カテゴリー「船・船旅」の記事

2026年1月17日 (土)

「東京発着 新春の四日市クルーズ」その(3)木曽三川・治水を知るツアー

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宝暦の治水工事で亡くなった薩摩藩士らが祀られる治水神社


新春の四日市寄港クルーズとあれば、まず思い浮かぶのが「お伊勢さん」参りである。「飛鳥Ⅱ」で2019年に来た際に訪れた椿大神社へ初詣というコースもある。今回は四日市の寄港日に何をするのか皆に諮ったところ、あれこれ案はあったものの、結局決まったのが、「木曽三川の治水について学ぶ」ツアーをしようという事になった。「油島千本松締切堤」の上をクルマで走って薩摩藩士らを祀った「治水神社」に行き、隣接する「木曽三川公園タワー」と、この地区の洪水をいかにコントロールしてきたかの歴史を展示する付設博物館「水と緑の館」を見学するというものである。これらは四日市から名古屋方面に向かって25キロ~30キロ離れた県境にあるのだが、初のクルーズでせっかく四日市に寄港したのに、神社仏閣より社会科見学のような目的地に興味があるとは一風変わった一族である。もちろんこんなマニアックな場所を見学するために本船から出るツアーはないし、近鉄やJR線だけで行ける場所ではないので、まずはレンタカーが必要となった。


国内クルーズでは寄港地で時々レンタカーを借りるのだが、土地鑑のまったくない場所で帰路に渋滞に巻き込まれやしないかなどと、帰船の時間がいつも気になるものだ。気が小さい私はレンタカーでの行動では、午後になるや名所見学もそこそこにやたらと帰り路を急ぎがちになるが、大体に於いて結果は、最終帰船時間のはるか前に港にたどり着いて妻に呆れられることが多い。今回もかなりローカルな目的地とあって、時間管理という点では少々気懸りだったが、幸いなことに義弟は新卒で外車のディーラーに就職し、その後もクルマに関係した仕事をこなしてきた運転のセミプロである。六人乗りのミニワゴンを借りて、木曽三川の輪中や桑名宿の七里の渡しなど数か所の見どころを周遊し、最後は桑名で名物のハマグリも食べようと盛り沢山の行程を躊躇なく引き受けてくれたのでまずは安心である。最新のカーナビも彼のスマホにあり、行程管理も自信ありそうだ。


木曽川、長良川、揖斐川の三大河川が集まるこの地方は、陸路や橋梁が整備できず、江戸時代の東海道は、名古屋の熱田宿から桑名宿まで「七里の渡し」として海路で結んでいた。地質的に東側を流れる木曽川から西の揖斐川に向かって台地は傾斜しており、各河川の川床の高さが違うなど、治水が非常に難しい土地柄だそうで、古くから大雨が降ると洪水が起きやすく被害は甚大であったとのこと。この木曽三川地区で、「油島千本松締切堤」を通って、まずやって来たのは治水神社である。揖斐川と長良川の合流近くにある神社は、宝暦(1751~1764)の頃、幕府の命でこの地区の治水普請に当たった薩摩藩士の犠牲者の霊を鎮めるために建立されたと由緒を記した案内板にある。ここでは工事の遅れや予算オーバーで責任をとって自決した武士、疫病で倒れた者など100名近い命が失われたとそこに記されていた。故郷を遠く離れて縁もゆかりもないこの地で、苦行にあえぎ多くの犠牲者を出した薩摩藩の幕府に対する恨みは強かったそうで、これが明治維新の倒幕の先鋒、薩長同盟に連なっているのかもと歴史に思いを馳せた。


近くの「木曽三川公園タワー」から、名古屋や岐阜市、遠く関ケ原や鈴鹿山脈を一望し、「水と緑の館」では木曽三川の成り立ちや河川の舟運、さらに昭和の伊勢湾台風時の被害写真などを見学して「木曽三川の治水について学ぶ」テーマに沿った一同の好奇心はかなり満たされたようだ。洪水から住宅地を守る輪中を通り、「湾岸長島PA」で名物はまぐりラーメンの昼食を摂った後は、「桑名の七里渡し公園」や、山林王と呼ばれたこの地の実業家、諸戸清六の邸宅「六華苑」を見学して、我々一同は四日市にとって返した。こんな旅にはレンタカーが便利、運転のうまい親族がいてもっと便利、予定の時間に飛鳥Ⅱに戻った四日市への寄港であった。この港に「飛鳥Ⅱ」で寄港するのはこれで三回目だが、有名な名所・旧跡の観光地を訪れるだけでなく、少し視点を変えればその土地の歴史や地理・文化をより深く知る得る機会はある。「この港はもう来たことがあるからいいや」と思わず、違うポイントからアプローチすれば日本中そこかしこに興味を掻き立てられる題材がある。(了)

桑名と云えば「はまぐり」ラーメン
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木曽三川公園タワーより  もっとも左側が木曽川、眼下が長良川、右側が揖斐川 長良川/揖斐川間の堤が「油島千本松締切堤」
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2026年1月16日 (金)

「東京発着 新春の四日市クルーズ」その(2)

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お代わり連発 「ふぐ白子豆腐 清まし仕立て」

 

一族郎党を引き連れてまずは船内見学である。こちらが船首(オモテ)、こちらが船尾(トモ)、右舷はサインボードが青、左舷は赤と説明しても、なかなか方向が掴めないようで、一同あちらへ行ったりこちらを見たりと落ち着かない。一通り見学して回り義妹の口から出た感想は「なんか、義兄さんたち、日本人でもフィリピン人のクルーでも、あちこちでとても親し気にあいさつしてたね」。そう、一度乗ると顔を覚えてくれ「お帰りなさい」とニコニコ応対してくれるのが飛鳥Ⅱの良さである。妻は昨年の世界一周クルーズで担当だった客室係の女性に会えることを期待して、みやげのお菓子を持参していたところ、廊下を歩いていたら後ろから「あ~、○○サマ?」と声をかけられ「ヤーン、会えて嬉しい」と思わずハグを交わしたそうだ。始終乗客が入れ替わり、こちらがいつまた訪れるかは彼女たちはまったく知らないのに、半年ぶりに姿を見た瞬間に名前まで出て来ることに感心することしきり。最近、知った人の顔を見ても名前が中々出て来ない私からすれば驚異である。こういう出会いが、クルーズの愉しみの一つでもある。


西口元総料理長の正統的な洋食、次の現総理長である瀧氏の凝った献立に続き、このクルーズでは和食の岡本総料理長が指揮を執っていた。これまで2泊のクルーズでは、両晩とも洋食の献立だった記憶があるが、今回はさすが2日目のディナーは和食メニューであった。さてどんな味かとテーブルにつくと、前菜に続いて出されたお澄まし(ふぐ白子豆腐、清まし仕立て)のなんと美味かったことか。濃いめの出汁と塩の塩梅が絶妙で、一同まずは 「お代わり!」。柿をくりぬいた器にフルーツ白和えを盛った凌ぎも手が掛かっていて皆でまた 「お代わり!」。卓上コンロで自分で調理する黒毛和牛すきやきでは、義弟が2回肉の追加、80歳台義母も含めて女性陣も漏れなく追加を連発して、揃いも揃ってなんと食欲旺盛な一族かとクルーに呆れられたに違いない。何度頼んでも「お代わりは出しません」とにべもない某邦船他社のクルーズ船には爪の赤でも煎じて呑めと言いたくなる大盤振舞である。


クルーズと云えば我々にはダンスである。今回のダンス教師陣は世界一周クルーズで毎朝、毎夕、計150回ほどレッスンをつけてくれた山本先生(男)、小森先生(女)のコンビであった。2泊の短いクルーズにも関わらず2日目の午後にはダンス教室も開催され、例によってマンボとスクエアルンバ。何事においても、好奇心が羞恥心を大幅に凌駕する義弟夫婦や姪っ子も揃って参加したが、この姪は中学・高校時代にダンス部とあって、パーティダンスのステップなどは一度習えばその場ですぐ出来る。やはりダンスは若いうちに始めるに限ることを彼女が教えてくれるようだ。2人の先生たちも我々夫婦の技量を知っているため、夜のダンスタイムに小森先生から「踊りましょう」と誘われても、今回は躊躇なくクラブ2100のフロアーに立つことができた。踊りながら「いろいろな技をご存じなのね」と褒められれば「これ、先生にこの前のクルーズで教えてもらったステップで、一生懸命思い出し出し踊ったんすよ」、「あら、そうだったかしら、何をお教えしたか忘れたわ」などと楽しい会話が弾んだ「新春の四日市クルーズ」の夜であった。

 

最近は夜のダンスもそれほど躊躇しなくなった(クラブ2100)
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2026年1月15日 (木)

「東京発着 新春の四日市クルーズ」その(1)

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フネを横目に見ながら露天を延々と歩かされる東京港国際クルーズターミナル駐車場

2026年新春、我々のクルーズは、2泊の飛鳥Ⅱ 「東京発着 新春の四日市クルーズ」 から始まった。今回は、ロングクルーズに乗船する際に、いつも留守中の税金の支払いなどで世話になっている妻の母親、義妹夫婦、大学卒業を前にしたその娘(姪)ら総勢6人乗船の謝恩クルーズである。このクルーズは「飛鳥Ⅱ」では珍しく、東京港の新クルーズターミナル発着とあって、現役バリバリで働く義妹夫婦にとっては、仕事の不稼働時間がミニマイズできることも乗船理由の一つとなる。とは云うものの、東京港の台場地区にできた新しいクルーズターミナルは周囲がまだ整備されておらず、ゆりかもめ「東京国際クルーズターミナル」駅からのアクセスは、およそ旅の序章を盛り上げるような雰囲気ではない。特に自家用車利用の場合は、粗末な駐車場から手荷物を持って吹き曝しの道を800米も歩かされ、一体これが首都の「国際クルーズターミナル」なのかと呪いたくなる殺風景なアクセスだ。雨や雪でも降ったらどうするつもりなのだろうか。クルーズ船の乗下船と云う面では、雰囲気も便利さも横浜港の大さん橋に遥かに劣るのが、ここ東京国際クルーズターミナルの現状であった。

 

さて、今回の「新春の四日市クルーズ」は東京港出港が午後4時半だったが、たまたまこの日の午前中、船内は4月24日から始まる「2026年アラスカ・ハワイグランドクルーズ」の生活説明会会場に当てられていた。今さら飛鳥Ⅱの船内生活や各種催しを案内してもらう事もないのだが、この説明会では最後にメインダイニングで、ランチのコース料理と飲み物 (ビール等のアルコール類も。以前は飲み放題だったがここ数年は一人一杯限りになってしまった)が振舞われることになっている。たまたまその日の夕刻からのクルーズに乗船するのだから、この説明会に参加すれば朝からクルーズ気分を味わうことが出来ておトクではないかと思い、郵船クルーズ本社に当日の居場所を確認することにした。曰く、朝の説明会受付で荷物を渡しておけば、アサインされるキャビンまで届けてくれ、一旦ターミナルまで下りずとも、船内のレセプションで2名分のチェックインもやってくれると云う。という事で、この日は朝から説明会に出席、そのまま船内に居残らせてもらい午後からのクルーズに参加することとした。変則的な頼み事も、可能である限りかなえてくれようとするのが飛鳥Ⅱの素晴らしい点で、この姿勢がファンを引き付ける所以であろう。

 

無料のランチビールでほろ酔い気分となり、食事後はパームコートで寛ぎつつ、早々に船内でチェックインを済ませると、午後2時半過ぎにクルーズ参加者が乗船してきた。こういう機会はそう滅多にはないのだが、真っ先に乗船する10階のスイートルーム客たちが、ボーディングブリッジを通って乗り込んで来るのを、船内からゆったり眺めるのは、ちょっとした優越感である。そうこうするうち、やがて妻の母や義妹夫婦などの一団が賑やかに乗り込んできた。姪っ子は低学年だった2009年に、我々と一緒に「にっぽん丸」に乗船したことがあるものの、小さ過ぎて細かい記憶は定かでないらしい。「豪華客船・飛鳥Ⅱ」には初乗船と言うことで、アスカプラザのゴージャスな雰囲気に一同頬も紅潮しているようだが、そう云えば今から20年以上前、内外のクルーズ船に乗り始めた頃は、我々も興奮して舷門をくぐったものだった。動くリゾートホテルというだけでなく、その日の気象や海象によって航海模様が変わり、クルーや乗客が混然となった一種の閉鎖的空間で過ごせば、翌朝には別の町、別の国という旅の有りようが、クルーズへの憧れを駆り立てるのだろう。

 

この「東京発着 新春の四日市クルーズ」は700名超の乗客で満船状態であった。最近あまり経験したことのない大人数である。通常は年末年始クルーズのあとは閑古鳥が鳴くことが多いそうだが、それを見越して、今回は東京都民には割引がある「都民クルーズ」とした上(そのため東京港発着とした)、クルーズコンサルタント試験の合格者向け乗船研修も受け入れて集客したとのことである。このため旅行社の社員ら普段あまり見かけない若者の団体が数十名乗船しており、船内は若やいだ雰囲気に包まれていた。満船とあって朝食ラッシュの時間帯や、行事が一段落した後の風呂場(グランドスパ)では、一部混雑が見られたが、どこも大混乱というほどではなく、この船の乗客誘導の動線管理が優れていることを改めて実感することになった。ただ若者団体の中には、明らかに日本人とは違うアジア系グループが見られたのは些か気になる点だ。商船三井クルーズでは米国最大手クルーズ会社である「カーニバル」と組んで、インバンド需要も取り込むそうだが、郵船クルーズもアジアからの乗客に向けてセールスを始めるのか。国内ではインバウンド観光客による様々な弊害が取り沙汰されている。外国人の乗船を嫌うわけではないが、本船の良さが損なわれないように海外からの旅行者を迎えてほしい処である。

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誰もいない船内でパームコートを占有

2025年12月25日 (木)

三井オーシャン サクラ Visual Book

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"Visual Book"と称する 「三井オーシャンサクラ」に関する冊子(コンセプトブック)が届いた。商船三井クルーズのフリートに新たに投入される 「三井オーシャンサクラ」号に関する簡単なビジュアル・ガイドブックである。本船は昨年就航した3万2000総トンの 「三井オーシャンフジ」号とまったく同型船で、「フジ」が元々2009年に建造されたSeabourne Cruise社の 「Seabourn Odessey」号であり、「サクラ」は翌2010年に出来た 「Seabourn Sojourn」号であった。両船とも、欧米マーケットでは富裕層を対象に好評を博してきたヨットスタイルのクルーズ船で、ベルリッツ本でも5つ星を獲得してきた名船たちだ。商船三井クルーズはこの2隻を購入し、フジは2024年末から我が国マーケットで運航を開始、サクラは来年9月から営業を始める。両船の大きな違いは、「フジ」がバハマ籍で船舶管理がSeabourne Cruise社時代のものを引き継いでいるのに対し、「サクラ」が日本籍船として来春引退する 「にっぽん丸」の後継となることである。そのため「サクラ」はカボタージュ規制もなくなり、「フジ」に比べ国内だけの短い日程でフレキシブルなクルーズを組めるのが特徴となる。

 


「三井オーシャンフジ」は昨年8月に乗船したことはこのブログでアップした通りだが、今般届いた「三井オーシャンサクラ」のVisual Bookを見て、「フジ」との相違点および私なりに気が付いた点を挙げてみたい。

  • デッキ8のメインプールのトモ側に足湯が設置された → ショートクルーズでは大人が水着に着替えプールに入る光景もあまり見ないので、水のある場所の有効利用という点で足湯の設備を設けるはなかなか良いアイデアだと思う。
  • デッキ5のオーシャンクラブ&バーの一画を寿司バー潮彩に改装 → この一画はスペースが相当あるのに「フジ」ではあまり利用されていなかったので、寿司をつまめる場にするのも良きアイデア。
一方で
  • デッキ9のスパ&ウエルネスは "Seabourn Sojourn"号のままである(フジもそのまま)。→ やたら広いスペースにいくつもの温熱ベッドが置かれており、別室で西欧式のトリートメントの施術を受けられるが、これらがどのぐらい日本の中高年層に受けるかは疑問である。この雰囲気は少なくとも私の趣味ではない。
  • 高いと不評だったベッドの高さは変わっていないように見られる → 「フジ」で私はまったく気にならなかったが、SNSでは高いベッドがこわいという声が多いようだ。

 


すぐには無理だろうが、せっかくの日本船である。将来はデッキ9のスパ&ウエルネスは大浴場にして欲しいのでボイラーの増設などの大改造を、またデッキ5のオーシャンクラブ&バーは「船ではダンスや各種アクティビティーが楽しみ」という日本船ファンのために、(ピラーがフロア内にあっても良いから)ダンスフロアの拡張をドックで施工して貰いたい。また2デッキ船尾にあるマリーナは、現在まったく活用を考えていないようだが、このままでは他船にはないせっかくの設備が宝の持ち腐れとなる。ここを有効活用するような寄港地の開発、アクティビティの工夫を望みたいところだ。さてディナーの際にメインの「ザ・レストラン富士」で日本人の上級スタッフに聞いてみたところ「料理のお替わりは自由です」と言ってくれたのが今夏乗船した際の「フジ」である。反対に、何度頼んでも「お替わりは不可」とけんもほろろだったのがこれまでの「にっぽん丸」の「瑞穂」ダイニングであった。一方で、(特殊なものでない限り)アルコール飲料は「フジ」に次いで「サクラ」も料金のうちで無料、という酒飲みには嬉しい特典も今般打ち出された。 同型船2隻目が戦列に加わり、今後どういった差異をつけていくのか、はたまた商船三井クルーズの共通コーポレートカラーを打ち出していくのかが実に楽しみである。

2025年12月14日 (日)

「飛鳥Ⅱ 2026年アラスカ・ハワイ グランドクルーズ」の「寄港地観光ツアー説明会」

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郵船本社で行われた寄港地観光ツアー説明会

 

先日、「 飛鳥Ⅱ 2026年アラスカ・ハワイ グランドクルーズ」の「寄港地観光ツアー説明会」に参加した。来年4月末に横浜港を出発する同クルーズの出港日から遡ること約4ヶ月余、寄港地に於ける船会社主催のショアエクスカーションなどに関する案内の会である。説明会は東京で3回開催される他、福岡、大阪、名古屋でそれぞれ行われるが、その中で我々は東京で行われた最後の説明会に出席することにした。当日、丸の内にある郵船ビルの会議室に約50人から60人の乗船予定者が集合したところをみると、3回行われた説明会に東京近辺からは計約200名、各地会場を含めると全国から300名から400名くらいが参加したことになるのだろう。そう云えばこのクルーズの区間乗船ツアーのパンフレットも我が家に来ていたので、どうやら現時点ではまだ満船(定員約700名)ということにはならず、区間乗船を含めて400人から多くとも500人程度が乗船する適度な混み具合のクルーズになりそうと予想できる。


説明会では例によってクルーズに必要な持ち物や旅行保険の手引き、寄港地11港での本船主催ツアーの案内がなされ、参加者一同、スクリーンや配布の冊子を見ながら一時間半ほどの説明を受けた。もっとも紹介されたツアーは、すべて米ドル表示で、そもそも代金が割高な上に、今の為替相場で円に換算すれば、「えっ!」と驚くような値段である(ツアー料金はクルーズ時の為替で精算される)。私たちがアラスカクルーズに初めて乗船したのは、2008年夏の”セレブリティ・マーキュリー”号で、その時の記録を見てみると、ジュノーで行われたクジラウォッチングクルーズ(所要時間4時間)が船内での予約販売価格が135ドルであった。当時の為替が90円ほどだったから、邦貨にして約1万2000円である。一方で”飛鳥Ⅱ”で来年実施される同じ行程のツアーは200ドルで、もし為替が150円なら3万円となる。ケチカン港から行くトーテムバイト州立公園ツアー(2時間半)は、その時の船内予約が45ドル(4000円)だったのに対し、来年は120ドル(1万8000円)と設定されている。水上飛行機によるミスティフィヨルド遊覧飛行(2時間)も当時254ドル(2万3000円)だったものが、今や490ドル(7万3千円)と、どれをみても同じ内容のツアー料金が以前より3~4倍高くなりそうだ。


アラスカクルーズと云えば定番、スキャッグウエイ港から出る人気のホワイトパス・ユーコン鉄道(3時間)は、2011年に”ゴールデン・プリンセス”号のアラスカ・グレーシャーベイクルーズで訪れた際に乗車したが、その時129ドル(当時の為替80円で1万円)だった列車運賃は、来年は210ドル(3万2000円、ただし貸し切りとのこと)である。 『至れり尽くせり、何があっても安心』の飛鳥Ⅱのツアーであることを勘定に入れても、近年の値段の高騰には驚くばかりだが、これも海外はインフレで物価が高くなった上に、円安のデメリットが加わったことによるものである。”ゴールデンプリンセス”に乗船した際は、船尾の広いビスタスイートをエンジョイして7泊で料金は3500ドル、30万円を切る費用とあって、この15年で何と海外旅行の費用が嵩むようになったことかと今更ながら驚く。かつて我が国がバブル経済真っ盛りの頃、アメリカの物価は何でも日本の半分と云われたのも遠い昔の話である。これから来年4月の出発までに、日本国内は国債大増発で金利上昇、対する米国は経済の減速でFRBが金利を下げ、為替が一挙に1ドル100円ほどに戻らないものか、などと都合の良い妄想を浮かべてみたりする。


家に帰って配布された「寄港地観光ツアーガイド」の冊子をじっくりと読んでみたが、やはり各ツアーの値段の高さは気になる。わずかにスキャッグウエイの「シーニックハイウエイと犬ぞりキャンプ見学」(4時間、190ドル)だけでも申し込もうかと思っていると、妻はシアトルから3泊4日の「熱狂と勘当 メジャーリーグ観戦とロサンジェルス 3泊4日」の頁を開いて目を輝かせている。これはシアトルで一旦下船し、ロスでドジャースの大谷選手の試合を2試合見てサンフランシスコで船に戻るツアーで、代金はなんと一人5800ドル、今の為替なら90万円もする。かつては30ドルもあれば内野席で観戦できたMLBの試合が、いくら大谷選手でも「たかが野球」に90万円とは高騰の極みで法外、と冷ややかに冊子を眺めていると、妻は別の旅行社から届いた「MLB ロサンジェルス・ドジャース 3試合観戦 6日間の旅」のパンフレットをこれ見よがしに開いている。そちらを見ると日本からドジャースタジアムでMLB3試合を組み込んだ6日間のツアーは、往復のエターはビジネスクラス利用もあってすべて220万円~270万円になっている。「ね、これ見ると飛鳥Ⅱのツアーもそんなに無茶な料金ではないわよね」と、勝ち誇ったような視線を送ってくる。

 

2011年8月ホワイトパス・ユーコン鉄道乗車
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200万円以上のJTB2026年ドジャース観戦ツアーのパンフ
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2025年11月24日 (月)

飛鳥Ⅱロングクルーズの縁 かき小屋

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九十九島セットのかき、一人前は10個ほど

花火の翌日の昼食は、佐世保市郊外、九十九島湾にあるカキ小屋に連れて行ってもらった。かき養殖のいかだの上に簡単な椅子・テーブル、炭火のコンロが置かれ、とれたてのカキをそのまま焼いて食べる専門店である。いかだの脇にはボートやヨットの係留場所もあり、クルマで来る人の他に、船遊びの途中に乗り付けてかきを楽しむ客もいる。海水中に吊り下げた網の中のかきはプランクトンを食べて、1年半から2年かけて出荷サイズになるのだが、海水温が適度かつエサや酸素が過不足ない環境でないと育たないため、季節や天候によって吊り下げる水深を調整してやる必要があるそうだ。えさのプランクトンの生育には河川から流れ込む大地の栄養が必須で、問題になっている海水温の上昇に加えて護岸のコンクリート化や、浄水しすぎによる川の水の栄養不足がかきの生育不良に繋がるらしい。いま全国生産の6割をしめる広島県産など瀬戸内地区でかきが不漁だと報道されているが、ここ九十九島湾ではそんな事はないようで、訪れた昼は満席の盛況であった。


注文した料理は、殻付きのかきが1キログラムに、かきチャウダーやかき炙り笹めしがついた「九十九島セット」で、なんとこれで2,500円と産地ならではの破格の値段である。この日は追加でサザエやヒオウギ貝(ホタテのような2枚貝)も注文して貝尽くしの昼食となった。殻付きのかき1キロとは、大体一人当たり大小のかきが10個ほどもあるので、一年分のかきを食べるようなけっこうなボリュームである。この生がきを炭火であぶると、ほどなく殻の淵がパカッと簡単に開くものと、なかなか開かずにナイフでこじ開けねばならないものとがあって、最初はほど良い焼き具合が分からないのだが、見様見真似で周囲の席を観察しているうち次第に火の通り加減を体得し、から剥きのころ合いもうまくなってくる。取り出したかきには適度な塩味がついているため、そのまま食べても良いし、醤油を一滴垂らすのもまた良しである。かつて生のかきで当たったことがある妻は、最初は慎重に火の通りを待っていたが、慣れてくると「おいしい、おいしい」と殻を剥く手が止まらなくなった。


その晩は、佐世保市内の料理屋さんで、この冬出たてのフグ料理を頂いた。てっさが東京のふぐ店で出されるより厚く切られているのは産地ならではで、ブロッコリーの素揚げと共に盛られたふぐの唐揚げも独特の味付けで印象的なうまさだ。てっちりと雑炊の定番コースで、酒も進んだ佐世保の夕べであった。こうして船の中で知り合ったご夫妻、それも出合ってから半年ばかりで、誘われるままにお邪魔するのはいささか図々しいかと躊躇する気が起きぬわけではない。100日以上のクルーズで時間を共有して意気投合し「是非陸でまたお会いしましょう」などと約束しても、そのままになってしまう相手が多いなか、先方が我々を歓待してくれるのはやはり何かのご縁があったからだろう。人生後半、こういう繋がりは貴重だし大切にしたいものだ。クルーズと云えば食事や寄港地などが何かと話題になるのだが、船内で生まれた新しい交友関係が人生を豊かにしてくれるのも、ロングクルーズがもたらしてくれる恩恵の一つだと感謝しつつ帰京した。

 

絶好の秋晴れの空の下、九十九島のかき筏の上にて
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2025年11月20日 (木)

飛鳥Ⅱロングクルーズの縁 ハウステンボスに滞在

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ここはオランダか ワッセナーの夕暮れ

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各戸の前には桟橋が

先の「飛鳥Ⅱ2025年世界一周クルーズ」で仲良くなった、長崎県のハウステンボス住宅街(ワッセナー)に住む友人のお宅へ遊びに行ってきた。我が国で最大級のテーマパークであるハウステンボスに隣接して造成されたワッセナーは、周囲を縦約800米 X横 250米の水路に囲まれた土地に、戸建て130戸とマンションスタイル120戸、計250戸の住宅が建てられている地域である。因みにワッセナーとはオランダに実在する古い町の名前なのだそうだ。オランダ風の家々に加えて、各戸の前に引かれた水路からヨットやプレジャーボートで、そのまま大村湾へ出ることが出来るのが魅力の街並みである。敷地内は警備会社によってセキュリティーが確保されているために、普通は警察のパトロールも入ってこないそうで、東京に住んでいる我々が九州にあるそんな街を体験することができるのも、ロングクルーズならではのご縁によるものだ。


折しも泊めて頂いた夕べは、ハウステンボスで「九州一花火大会」が開かれ、打ち上げ現場の直近に準備されたエリアで2万発の花火を楽しむことができた。最近はどこの花火大会も大混雑で、待ったり並んだりが大嫌いな私は、場所取りなどをする気はまったくおきないのだが、ここでは奥方手作りのつまみにビールでゆったりと特等席から打ち上げを見ることができた。かつて花火大会に今ほど大勢の見物客が繰り出さなかった時代は、打ち上げ場所の至近で見物できたからか、目の前に花咲く大輪の光の祭典を見ているうち、ふと子供の頃に見た隅田川や多摩川の花火を思い出してしまった。この夜は天気も良いし心配された寒さもそれほどではなく、ビールを飲んでもトイレがごく近くに設置されている絶好のロケーションで、適度な人混みの中でゆっくりと盛大な花火大会を見物していると、やはり東京近辺は何のイベントにせよ過密過ぎると感じた。


一方で天国のようなワッセナーでも、食料品や日用品を買うのはクルマで数キロ離れたスーパーに行かねばならないから、高齢となっても運転は必須だと友人は言う。また我々の感覚からすると敷地内の中古物件売買は億を超える単位なのかと思ったら、成立する価格は5千万円くらいが多いそうで、その点も異常なマンション価格高騰にあえぐ都内とはちょっと相場が違うようだ。もともと友人夫妻は佐世保の中心部に住んでいたので、近々佐世保駅に近い新築マンションに引っ越すとのことで、やはり銀行や郵便局、市役所、買い物などでここは不便だと嘆いていた。周囲からはどんなに素晴らしく見える生活でも、それぞれに一長一短があるものだ。花火の翌日は、昼食に九十九島のカキ小屋でカキやサザエを堪能し、夜は佐世保市内で今の冬出始めのフグ料理を頂いて、一年分のカキやフグを楽しんだ週末だった。奇しくもカキ小屋に向かう道中には、佐世保ドックに入渠中の飛鳥Ⅱが車窓に見えて、船が取り持つ不思議な縁を感じたのだった。

 

佐世保ドック入渠中の飛鳥Ⅱのご縁で知り合った不思議
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2025年11月13日 (木)

2011年飛鳥Ⅱ世界一周仲間による飛鳥Ⅲ乗船感想

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飛鳥Ⅲ 2025年5月セントヘレナ沖

2011年に「飛鳥Ⅱ」で世界一周クルーズを体験した乗船仲間が集まって、半年に一度、「飛鳥の会」の昼食会(昼呑み会)を行っており、今日は、京橋の明治屋モルチェでこの秋の例会が開催された。世界一周クルーズを下船した直後の14年前、20名ほどでスタートしたこの会も、病気で亡くなったり自然に足が遠のいた人などはでたものの、今でも毎回十数名の参加者を得ている。それもこれも、ここ京橋で代々商売をやっていた会の纏め役である江戸ッ子べらんめえ調幹事の人徳に依るものである。この「飛鳥の会」では、折に触れ皆でクルーズ船に乗ったり、病気の会員のお見舞いなども行ってきて、いまでは皆すっかり気心が知れた身内のような関係になっている。出身地や出身校、現役の頃の仕事や趣味もまったく違う同士だが、ここではお互い一切の利害関係がなく、よってマウントを取り合う必要もないから、まるで100年の知己のごとく旅の話題や近況などを話しあえる。今日も私より数歳年上の夫婦から、マンションを売って老人ホームに入ったという話を聞き、そろそろそういう話題で盛り上がる年齢になったかと我が身に置き換えて神妙にしていた。


毎会、それぞれが最近乗ったクルーズ船の話題も多く出され、今日はノールウエイジャンクルーズライン(NCL)日本周遊クルーズの乗船談義などを興味深く聞けたし、私も今年の「飛鳥Ⅱ」の世界一周クルーズのトピックスや、最近乗船した「三井オーシャンフジ」の経験などを皆に披露した。その中でも参加者一同の興味を引いたのは、やはり「飛鳥Ⅲ」の4泊クルーズに早速乗った仲間の感想であった。彼は就航直後の今年8月に「飛鳥Ⅲ」に乗船したそうだが、話題になっている有料レストランの予約困難問題の他に、船内のサービス体制にも戸惑いが多かったと表明していた。なにしろ「飛鳥Ⅱ」の乗船勤務経験があるクルーは運航や機関部門を含めごく少数しかおらず、肝心のサービスクルーもまだ今夏の乗船時点では手慣れていないことが目立ったと言う。例えばダイニングでちょっとした出来事が起きてもその場で解決できず、シニアスタッフが途中から介在する場面に幾度か遭遇したとのことである。なにより食事のメニューをタブレットで示すようなやり方は、シニアの客層からは反発を買うのが必至なのに、それがわからないのかと彼は嘆いていた。


日中の船内エンターテイメント行事はごく少なく、夕食後にはショーもないから船内でやることがなくなって退屈してしまったと彼は続けて喋る。食事は良かったそうだが、これまでのクルーズ船に慣れた人であればあるほど、IT化や静かな船内に戸惑うことが多々あった、との感想であった。この船に関しては、別の機会に「飛鳥Ⅱ」ではヘビーリピーターだった人からもまったく同様のコメントがあったので、この辺りが今のところの集約された声なのであろう。もっとも新造船にさっそく乗船するような人は、元来が新しい物が好きであり、彼らは照れもあって、高い料金なのに戸惑ったという心情を殊更に強く表明しているという可能性もなくはないので、その点は割り引いて考える必要はありそうだ。顧みれば2006年に「飛鳥Ⅱ」が就航した際にも、トラブルが続出して新聞でも話題になったとおりで、新しいクルーズ船の船出には小さな混乱は往々にして起こりうるものだ。そんな話を交わした後に家に帰って「飛鳥Ⅲ」のホームページをみると、そこには「飛鳥Ⅲ」の有料レストラン予約の詳しい説明の他、2026年5月以降は「飛鳥Ⅲ」7デッキにあるアスカバルコニーDを中心にキャビンの区分け変更、クルーの増員と大幅な乗客定員減を行うと今日付けの発表が記されていた。船側もより良きクルーズ船を目指して「生みの苦しみ」を続けているようで、来年以降もう少し落ち着いたら短いクルーズに試しに乗ってみようかと思っているところである。

2025年11月 3日 (月)

飛鳥Ⅱ 2026年 「アラスカ・ハワイグランドクルーズ」

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「飛鳥Ⅲ」と洋上の邂逅 2025年5月セントヘレナ島沖で「飛鳥Ⅱ」より

 

「飛鳥Ⅱ」による2026年「アラスカ・ハワイグランドクルーズ」の支払いをようやく終えた。我々にとっては「飛鳥Ⅱ」による最後のロングクルーズと考えているクルーズである。料金については10月31日までに全額支払えばグランド特別割引として25%オフだったので、いろいろ工面して費用を捻出したのだが、支払い後になんと期限が12月まで延期されたと聞いて何やら拍子抜けである。「飛鳥Ⅱ」は来年1月~2月に36日間の「アジアグランドクルーズ」を行うので、直後に設定された4月末から46日間の「アラスカ・ハワイグランドクルーズ」の集客はそう容易ではないだろうと想像していたが、案の定、乗船希望者の出足が予想を下回っているのであろう。いきなり割引条件を12月末まで延長するならば、それを知らずに10月末までに料金を支払った我々のような乗客には、オンボードクレジットなりアルコール飲み放題なりのアドバンテージを提供しろ、と声を大にして言いたい。


いま日本船の置かれた状況はと見ると、郵船クルーズはこの夏「飛鳥Ⅲ」が就航して2隻体制となり、商船三井クルーズも「三井オーシャンフジ」と、来年5月に引退する「にっぽん丸」の2隻が同時運航となって、瞬間的に市場は供給過剰状態のように思える。すでにお馴染み「ダイヤモンド・プリンセス」の他に「MSCベリシマ」や「バイキング・エデン」などの外国船も我が国のマーケットに参入しており、30万人と云われる日本のクルーズ客人口を内外船が入り乱れて奪い合っているのが現状だと云えよう。この様な状況もあって、新しいクルーズスタイルを模索すると云われる「飛鳥Ⅲ」は、従来のクルーズ愛好者たちにはあまり評判が芳しくないようで、「飛鳥Ⅱ」と市場を分け合って営業がなかなか大変なようだ。郵船クルーズは、来年は「飛鳥Ⅱ」を主にロングクルーズに投入する一方で、国内市場向けには「飛鳥Ⅲ」スタイルの普及を図る目論見なのだろうが、新規の顧客を獲得したり、リピーターに乗船を促すには「飛鳥Ⅲ」の料金設定があまりに高すぎるのではないかとまずは注文をつけたい。


詳しい資料は持っていないが、クルーズ船の通である何人かの友人の情報やx(ツイッター)によれば、当初、いろいろ不具合が伝えられた「三井オーシャンフジ」は大幅割引の効果も出て集客が好調であり、お別れ間際というノスタルジー効果によって「にっぽん丸」もそこそこの乗船率とのことだ。一方で就航直後に「飛鳥Ⅲ」に乗った人たちは、新しいものが大好き、例えばクルマで言うならば「テスラ」をいち早く購入するような層だと考えられるから、いまEVがさして売れなくなったように、乗船が一巡した後に、彼らがリピーターとして定着するかは非常に興味深いところだ。「飛鳥Ⅲ」では船内を盛り上げるエンターテイメントクルーはおらず、ダンス会場はおろかショーやゲストエンタテイナーなしで、「乗ってて退屈しちゃった」と、「飛鳥Ⅱ」のヘビーリピーターだった友人たちの声も漏れ聞こえる。さらにこの船のバルコニークラスの乗船客は、ご自慢のスぺシャルティレストンを当面予約できない不具合に不満が大きいそうだ。これらの反響をどう捉えるのか、来年の郵船クルーズの行方に注目である。


さて乗り慣れた「飛鳥Ⅱ」のロングクルーズは、一応2026年の「アラスカ・ハワイグランドクルーズ」で打ち止めとし、その後は「飛鳥Ⅱ」の短いクルーズは乗るにしても、主にヨーロッパのリバークルーズなどに挑戦しようと思っているこの頃である。後継の「飛鳥Ⅲ」はごく短い航海に限って、どんな雰囲気なのか試し乗りこそしてみたいものの、この船がネット時代の静かな新たなクルーズを追い求めるなら、あまり魅力は感じないであろう。クルーズは非日常の世界である。ツンとすましてスノッブを気取るより、デッキディナーに盆踊り、皆で楽しく歌ったりダンスをしたり、あるいはオシャレをして弾けるのがクルーズの楽しさだと思っている私としては、設備が素晴らしい上に予想に反して船上のノリが良かった「三井オーシャンフジ」の方が、今や「飛鳥Ⅲ」より魅力的に映る。逆にうんと背伸びをするなら、先般見学した「リージェントセブンシーズ」など本物のラグジュアリークラスの外国船に乗って、久しぶりに英語やマナーで苦労するのも究極の非日常で一興ではないか。3年後にはディズニークルーズも日本に参入する。各船、多種多様なサービスを展開することだろうが、今後どのスタイルに人気が集まるのか注目したい。

 

快適だった「三井オーシャンフジ」2025年夏 佐世保にて
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2025年10月29日 (水)

リージェント・セブンシーズ・エクスプローラー号見学譚

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落ち着いた雰囲気の図書コーナー(日本語の本は置いてなさそうである)

ラグジュアリー船の中でも最高峰に位置する「リージェント・セブンシーズ・クルーズ」の「セブンシーズ・エクスプローラー号」船内を見学する機会があり、お台場の東京国際クルーズターミナルに行ってきた。「セブンシーズ・エクスプローラー」は55,254総トン、2016年にフィンカンチエリ(イタリア)で造られた同社5万5千トン型基幹3隻シリーズの第1船で、サイズからするとちょうど飛鳥Ⅲと同じくらいである。ラグジュアリー船と云えば2万~3万トンの小型船がこれまで多かったが、最近の例にもれず、リージェントのフラッグシップも、この大きさに拡大されているのである。同船はこの秋に日本を中心としたクルーズを2航海実施しているそうで、今回は1航海目と2航海目の間の東京港寄港を利用しての見学会となった。ラグジュアリー船の中でもラグジュアリー、値段もさることながら、同社のクルーズでは乗船料金にショアエクスカーションの参加費用もすべて含まれていると云うこともあってか、多くの乗り継ぎ乗船客は東京や近郊の観光地に向かったようで、船内はガラガラであった。よってこの日は我々もゆったりと内部を見て回ることができた。

 

船内に踏み入れると、廊下やパブリックスペースは、重厚なマホガニー様の木目板を施したビクトリア調のしつらえで、照明もそれほど明るくないことに気付く。天井にはシャンデリアがそこかしこに目立ち、床をみれば大理石をあしらったスペースも多く豪華な雰囲気を醸しだしている。これまでにも何隻かのラグジュアリー船を見学したことはあり、先般乗船した「三井オーシャン・フジ」も元はラグジュアリークラスの船だったが、ここは他の同クラス船とは一味違うぞとばかりの主張を感じさせてくれる内装である。このオーセンティックな重厚感は、いかにもアメリカ人のアッパークラスに好まれそうな作りだと思えるし、乗客数は700名余と飛鳥Ⅲなどと同等とあって、船内各部の配置がゆったりしていて居心地は良さそうだ。この日まず案内された「リージェント・スイート」はキャビン面積が412平方米もあって、その広さと豪華さにまず圧倒されたが、こんな部屋にもし泊まることが出来たとしても、私なら一日中「スマホはどこに置いた、読みかけの本は?今度は老眼鏡が見当たらない」と大騒ぎして、妻の顰蹙を買いそうである。もっとも、どう間違ってもこんな部屋に宿泊する機会は生涯ないだろうが…。

 

続いて、ペントハウス・スイートやベランダ・スイートなどの(この船の)標準的かつ快適そうなキャビンを見て回ることが出来た。わずかながら船内に残った乗船客も、みないわゆる西欧系白人シニア層ばかりのようで、カリブ海域のクルーズ船のようなタトゥーまみれの乗船客などはまず見当たらない。こうしてみると「セブンシーズ・エクスプローラー号」船内の、「乗客の織り成す雰囲気」も相当レベルが高そうだ。ただ日本人乗船客にとって問題なのは、これらの客室のうちバスタブが付いているのは3割だけで、7割はシャワーのみとのことで、こうなると長いクルーズは躊躇する向きがあるかもしれない。また当然のことながら、最上級の「リージェント・スイート」をもってしてもウォシュレットが設置されていないというのは、大いに気にかかる点である。最近は、露天風呂から大海原を眺めるのがクルーズの醍醐味などと思っている私からすると、いくらバトラーが付こうと、大浴場やウォシュレットの快適さがない辛さは旅程が長くなればなるほど勘弁して欲しいところである。

 

この日は無料の見学・説明会だったにも関わらず船内フランス料理レストランの「シャルトリューズ」でゆったりと豪華昼食会が開かれ、南ア産の赤白ワインを楽しみながら、本格的なフランス料理を我々も堪能することができた。若い頃は、日本人は我々だけという海外のカジュアル船乗船にフライ&クルーズで幾度かチャレンジしたこともあったが、齢をとって来ると段々と日本船の気楽さに甘えるようになり、風呂とウォシュレットのない生活、醤油気のない横メシ(横文字をしゃべりながら食べるご飯)が堪えがたくなってくるものだ。とは云え、一方でこんな贅沢な空間に身を浸すのも短時間なら良いかも、とも思えてくる。となると長いクルーズなら日本船に乗るとしても、一週間くらいなら圧倒的な高級感に包まれたこのようなラグジュアリー船で、例えば地中海などをぐるっと回ってみるのも悪くないかと思いつつ舷門をあとにした。

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スタインウエイ&サンズのグランドピアノが置かれたリージェント・スイート

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部屋にプライベートサウナまである最上級の船室だが...

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