「東京発着 新春の四日市クルーズ」その(3)木曽三川・治水を知るツアー
新春の四日市寄港クルーズとあれば、まず思い浮かぶのが「お伊勢さん」参りである。「飛鳥Ⅱ」で2019年に来た際に訪れた椿大神社へ初詣というコースもある。今回は四日市の寄港日に何をするのか皆に諮ったところ、あれこれ案はあったものの、結局決まったのが、「木曽三川の治水について学ぶ」ツアーをしようという事になった。「油島千本松締切堤」の上をクルマで走って薩摩藩士らを祀った「治水神社」に行き、隣接する「木曽三川公園タワー」と、この地区の洪水をいかにコントロールしてきたかの歴史を展示する付設博物館「水と緑の館」を見学するというものである。これらは四日市から名古屋方面に向かって25キロ~30キロ離れた県境にあるのだが、初のクルーズでせっかく四日市に寄港したのに、神社仏閣より社会科見学のような目的地に興味があるとは一風変わった一族である。もちろんこんなマニアックな場所を見学するために本船から出るツアーはないし、近鉄やJR線だけで行ける場所ではないので、まずはレンタカーが必要となった。
国内クルーズでは寄港地で時々レンタカーを借りるのだが、土地鑑のまったくない場所で帰路に渋滞に巻き込まれやしないかなどと、帰船の時間がいつも気になるものだ。気が小さい私はレンタカーでの行動では、午後になるや名所見学もそこそこにやたらと帰り路を急ぎがちになるが、大体に於いて結果は、最終帰船時間のはるか前に港にたどり着いて妻に呆れられることが多い。今回もかなりローカルな目的地とあって、時間管理という点では少々気懸りだったが、幸いなことに義弟は新卒で外車のディーラーに就職し、その後もクルマに関係した仕事をこなしてきた運転のセミプロである。六人乗りのミニワゴンを借りて、木曽三川の輪中や桑名宿の七里の渡しなど数か所の見どころを周遊し、最後は桑名で名物のハマグリも食べようと盛り沢山の行程を躊躇なく引き受けてくれたのでまずは安心である。最新のカーナビも彼のスマホにあり、行程管理も自信ありそうだ。
木曽川、長良川、揖斐川の三大河川が集まるこの地方は、陸路や橋梁が整備できず、江戸時代の東海道は、名古屋の熱田宿から桑名宿まで「七里の渡し」として海路で結んでいた。地質的に東側を流れる木曽川から西の揖斐川に向かって台地は傾斜しており、各河川の川床の高さが違うなど、治水が非常に難しい土地柄だそうで、古くから大雨が降ると洪水が起きやすく被害は甚大であったとのこと。この木曽三川地区で、「油島千本松締切堤」を通って、まずやって来たのは治水神社である。揖斐川と長良川の合流近くにある神社は、宝暦(1751~1764)の頃、幕府の命でこの地区の治水普請に当たった薩摩藩士の犠牲者の霊を鎮めるために建立されたと由緒を記した案内板にある。ここでは工事の遅れや予算オーバーで責任をとって自決した武士、疫病で倒れた者など100名近い命が失われたとそこに記されていた。故郷を遠く離れて縁もゆかりもないこの地で、苦行にあえぎ多くの犠牲者を出した薩摩藩の幕府に対する恨みは強かったそうで、これが明治維新の倒幕の先鋒、薩長同盟に連なっているのかもと歴史に思いを馳せた。
近くの「木曽三川公園タワー」から、名古屋や岐阜市、遠く関ケ原や鈴鹿山脈を一望し、「水と緑の館」では木曽三川の成り立ちや河川の舟運、さらに昭和の伊勢湾台風時の被害写真などを見学して「木曽三川の治水について学ぶ」テーマに沿った一同の好奇心はかなり満たされたようだ。洪水から住宅地を守る輪中を通り、「湾岸長島PA」で名物はまぐりラーメンの昼食を摂った後は、「桑名の七里渡し公園」や、山林王と呼ばれたこの地の実業家、諸戸清六の邸宅「六華苑」を見学して、我々一同は四日市にとって返した。こんな旅にはレンタカーが便利、運転のうまい親族がいてもっと便利、予定の時間に飛鳥Ⅱに戻った四日市への寄港であった。この港に「飛鳥Ⅱ」で寄港するのはこれで三回目だが、有名な名所・旧跡の観光地を訪れるだけでなく、少し視点を変えればその土地の歴史や地理・文化をより深く知る得る機会はある。「この港はもう来たことがあるからいいや」と思わず、違うポイントからアプローチすれば日本中そこかしこに興味を掻き立てられる題材がある。(了)
























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