秋川雅史 スぺシヤルリサイタル
某金融機関ご招待で、サントリーホール(ブルーローズルーム)で開かれた「秋川雅史スぺシャルリサイタル」に先日行ってきた。秋川雅史と云えば、国立音大を出たテノール歌手にして「千の風になって」でよく知られる芸能人でもある。リサイタルは2時間強で、前半がオペラの歌曲中心、後半は日本の歌で、最後は定番お待ちかねの「千の風になって」という曲目であった。これまでクルーズ船にエンターテイナーとして乗船してきた彼の歌を、ごく近くで聞いたことがあったが、小会場でも音響が素晴らしいと云われるサントリーホールでは、まるで別人のように迫力ある歌声が響いたのが印象的。平日の昼間の招待リサイタルとあって、400人ほどの聴衆は年齢的にクルーズ船上のコンサートのような雰囲気であった。
テノール歌手として本格的な歌唱かつ豊かな声量、(私には判別できぬが、多分)確かな技量も良かったが、秋川雅史氏の持ち味は、聴衆をまったく飽きさせないそのトークの軽妙、洒脱なところであった。歌曲の印税は誰が受け取るのかの芸能界裏話に始まり、歌手としての見せ所はどこか、テクニック、感情、魂のこもった歌はそれぞれどう違うか等と云うおしゃべりが、次に歌う歌曲の紹介にいつの間にか繋がると云う座持ちの良さである。これは天性の「エンターテイナー」的気質に、永年「芸能界」で鍛えた経験によるものであろう。彼がクラシック界だけではなく「芸能人」としてテレビの歌謡ショーに出演したり、長時間のリサイタルを演じられのも、歌唱力に加えてトークのうまさ所以だと納得できる。若い頃によく公開録画に行った「題名のない音楽会」の黛敏郎氏を彷彿とさせるそのしゃべりを楽しんでいると、時間はあっという間に過ぎていく。
私の幼な馴染みで秋川氏と同じ国立音大の声楽科を出た友人と時々酒を飲むと、歌い手が最もやりたいのはオペラの主役なのだそうである。ただわが国のオペラ公演では、ひな壇で歌う歌手はガタイが良く見栄えのする海外から呼んだ歌手が多いため、なかなか日本人には順番が回ってこないのが不満だと彼は漏らしている。友人のボヤキとたがわず、「芸能界」に深く足を踏み入れた秋川氏もオペラの舞台への憧れが言葉の端々に伺え、「今夏にトスカを自主公演するので是非聴きに来て下さい」と宣伝も怠りない。それにしても秋川氏は57歳になった今も、毎日音楽の向上を目指して練習を事欠かないとのことである。サラリーマンなら更なる能力向上を目指して切磋琢磨をするのはそろそろ卒業という年齢なのに、件の友人は「練習は必要だが、齢をとるとエネルギーを貯めるために休みが必要、あとウオーミングアップが大事」だそうで、音楽家とはなんとも大変な仕事である。エネルギーを燃やし一曲終わる度に肩で息するかの全力投球の秋川氏からは、素晴らしい歌を多くの前で演じるのは如何に大変なのかが伝わってくる。
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