カテゴリー「日記・コラム・つぶやき」の記事

2026年2月 9日 (月)

オルセー美術館所蔵 印象派展

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有名(らしい)ルノアールの「ピアノを弾く少女たち」(写真撮影可)

妻が「オルセー美術館所蔵 印象派」展が上野の国立西洋美術館で開催されているから一緒に行かないかと誘ってきた。美術方面にはまったく疎い私だが、上野なら家から30分の距離だし、陽の光やうつろう大気を描いた風景画主体の「印象派」なら分かり易く気持ちの良い作品も多いだろうと、一緒について行くことにした。頭が筋肉で出来ているわけではないことを証明するために、一年に一度くらいは芸術の香りを嗅ぐことに興味があるふりをすることも必要である。なんでもオルセー美術館は、フランスのパリにある19世紀専門の美術館で、印象派の画家の作品が数多く収蔵されていることで有名だと云う。肖像画や宗教画などと違い、これなら館内で退屈することもないかと思い鑑賞の前日に国立西洋美術館のホームページを見ると、展覧会には「室内をめぐる物語」というサブテーマが付いており、見ても良いと思った風景画ではなく、室内画や人物画が中心の展示だとある。なんと印象派の画家たちは、風景画だけでなく室内を舞台にした作品も数多く手がけたのだそうだ。なんだか肩透かしを喰ったような気がしたが、これも何かの縁、勢いで平日の夕方に上野を訪れることにした。


印象派と云えば、私でも分かるのが光の変化の質感を表現する筆致の独特さである。明確な輪郭線を描かず強く短いストローク(というらしい)で大胆に描かれた絵画は、正確さや写実性の追求よりも、見る人をしてそう見えるように描かれた巧みな技法に思える。美術の素養がまったくない私には、印象派の絵画をどのように文章に表現したら良いのかうまい言葉がでてこないのだが、展覧会に行って彼らの絵画の前で短いストロークに目を凝らしたのち、あらためて絵全体を見ると、描かれた何気ない筆太の線たちが実に有機的に働いて作品を作っていることに感心する。人間はある場面を見ても対象物の詳細を一々追っているわけでなく、イメージでとらえたものを脳内で適当にスキャンして理解しているのだから、印象派による場面の捉え方は、人間がふだん相手を認識する視野に近いのかもしれない。などと今まで考えたこともない視点を提供してくれるのも展覧会に行くメリットである。


平日の午後にも関わらず切符売り場はそれなりの列が出来ており、やはりその7~8割が女性であった。老いも若きもそれなりに身なり正しく教養の高そうな「ご婦人がた」が多いようで、こんな「ご婦人がた」の一団に混ざって薫り高き美術作品を鑑賞する一時が日々の生活の中にあっても良いものだ。薄暗い館内に入れば、作品を前にして傍らの解説を読んでなんとなくわかったようなふりをしながらの絵画鑑賞である。有名(らしい)なルノアールの「ピアノを弾く少女たち」の前では、周囲がそうであるように殊更ゆっくり佇み、じっと絵画を凝視するが、細かい技法やら時代背景も分からず、目前の絵から何が伝わってくるかなど自問もできない我が教養のなさにもどかしくなる。ただモネやマネ、ルノアールやセザンヌなどの室内画が展示されているうち、昨年フランスの「モネの家」を訪れた経験から、「あ、これはモネの絵だな」と分かる程度には目もこなれて来た。我ながら嬉しい進歩である。こういう調子でたまには芸術作品に触れ、我が「教養」を少しでも高めたいものだと自答しつつ、黄昏迫る上野の山を下りた。フランス芸術に触れると何故だか美味しいコーヒーが飲みたくなり、帰路にセーヌ河畔のルーアンにもあったパン屋の”PAUL”でケーキを買い、夫婦二人して家でお茶をした文化的な夕べであった。

2025年5月14日ブログ:飛鳥Ⅱ 2025年世界一周クルーズ第51日 モネの家

2026年2月 7日 (土)

健康診断 毎年厳しくなる基準値

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区の健康診断(特定健診)を受けてしばらくして結果が郵送されてきた。70歳を過ぎ退職して国保に変わったため、基本的に無料で受けられる自治体の健康診断を受診することにしているが、この歳になれば誰しも身体に多少はガタが来ているものである。どこかが痛くなったり不具合が出ればその時に医療機関にかかれば良いのであって、ふだん何の自覚症状もないのに健診の数値を見て落ち込んだりしたくないと思うものの、この春に乗船予定の「飛鳥Ⅱアラスカ・ハワイグランドクルーズ」には、医者の診断書(健康診断の結果で代替可)の提出も義務付けられているので、そのためもあってのこの時期の受診である。特定健診には、肺、大腸、胃のがん検診もごく安く同時に行ってくれるオプションがあるので、どうせならとこれも受けることにした。届いた結果を見ると、肺、大腸、胃などは特に問題無しだが、予想どおり血圧が高いという指摘であった。また血液検査でも基準から外れた項目が幾つかあり、もう一度医療機関での再検診をお薦めしますなどの注意はあるものの、まずは想定の範囲内で一安心である。


検査結果を見るたびに思うのが、健診の基準値という閾値(しきいち)の胡散臭さである。この基準値とは何か。検索すると「 20〜60歳くらいまでの健康な人の検査成績をもとに、上限と下限の2.5%ずつを除外したもので、残りの95%の人の数値が基準範囲とされています。つまり、『「現時点では健康と考えられる人の95%が含まれる範囲』が基準値ということです。」と協会健保のサイトに記載されている。とすれば私のように70歳を超えた年代には別の違う基準値があって良いはずである。血管も筋肉、臓器も健康な20歳代の若者と、永年に亘って心身を酷使し、いまや老化のさ中にある我々のようなシニアが同じ物差しで「あなたは基準から外れているから医療機関に行って下さい」という健康診断の評価は乱暴ではなかろうか。自身のことで云えば、年相応の経年劣化と2つのガンの術後経過観察で、年に数回は血液検査を受けており、それぞれかかりつけの医師からは、(今回基準をはずれた項目含め)「基準から外れている項目もありますがまあ誤差の範囲で気にしなくて良いです」と御墨つきを都度貰っている状況である。


この健康診断の閾値は、実施する医療機関によって基準数値の設定に若干のバラつきがあるし、いつの間にか変わっているものもある。今回、肝疾患の疑いありと判定された肝臓については、検査結果の中でAST(GOT)が39 (基準は30以下)、γ-GTPが53(基準は50以下)によるための指摘であろうが(それ以外の肝機能数値は正常範囲内)、他の医院で検査する際の基準値はそれぞれ40以下と80以下で、そこでは問題なしと判定される値である。そもそもγ-GTPは本当の肝臓の病気になれば桁が違うほど跳ね上がるし、営業マンだった40~50歳代には、200以上になることもしばしばあったが、現役を退いた現在の数値は40~50くらいで永年に亘り安定している。血圧に関しては、生来気が小さく典型的な白衣高血圧症であるので医者に行くと途端に跳ね上がるが、前回健診で再検査となり受診した循環器科で、血圧手帳の記録を提示し、超音波検査や心電図、聴診などの結果により薬は飲まなくて良いでしょうと診断を受けている(リンク:健康診断・右脚ブロック(続き)2024年10月18日)。今年もまた血圧が高いとの健診結果で、ここのところ自宅で2台の血圧計で朝、昼、晩と計測しているが、家庭ではほとんど正常で、アルコールも飲んでいないのに昼間から最高血圧が100を切る低い時もある。一体全体、何が正しいのか、どうしたら良いのだろうかと思案するのである。

 

昨秋はねんりんピックのマラソンで全国3位になるほど運動しているから、循環器系に問題あらば何らかの兆候くらいは感じても良いはずだが、走る方は何の問題もなく年齢の割には絶好調である。そもそも最高血圧に関しては、少し前まで年齢プラス90まではOKということではなかったのか。今回の区の健診基準値をよく見れば、LDLコレステロールのそれは他の検査機関では最高で139であるのに比して119と低く設定されているし、血糖値もふつうは正常範囲が110以下がここでは99以下と一段と厳しい。これではひっかかる人が続出だろう。件の循環器科の先生は、「確かに血圧は薬を飲むのにギリギリのところだが、心電図の評価含めて健診の診断は厳し過ぎますね」と苦笑していたのが印象的だ。なぜ健康診断では年々閾値をあげるのか、かかりつけの泌尿器科の先生に聞いてみると、「国が医療費の抑制を図っており、早め早めの対策を打ちたいので、厳しくなっているのでしょうね」とのことである(他に製薬会社はじめ関連業界の思惑もあるだろうことは想像に難くないが・・・)。顧みれば実際に膀胱がんや前立腺がんで早めの対応が出来たのも、会社の健康診断で判ったからで、それを考えると健診が無意味というつもりは毛頭ない。しかし働き盛り人たちに向かって予防的な意味を強調したいがために一律に基準値を厳しくし、それによってシニア層が惑わされてストレスを高めるのもおかしな話である。そんな不満があるなら自治体の無料の健康診断ではなく、受診者の個性を反映するような高額な人間ドックでも受けろよ、と言わるのは承知の上での我が苦言である。傍らでは高血圧の薬をすでに呑んでいる妻が「参考値でしかないのに一喜一憂し過ぎ」と、どこ吹く風で笑っている。

2026年1月 5日 (月)

マドゥロ大統領拘束 ベネズエラの思い出

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カラカス市内にあったベネズエラ建国の父 シモン・ボリバー将軍の像

 

新年早々、米トランプ政権はベネズエラで軍事作戦を実行し、マドゥロ大統領を拘束してNYへ連行、同国の政治を米国が運営すると表明した。ベネズエラはシナ製の麻薬の一大中継地であることをトランプ大統領は問題視している上、マドゥロ政権がシナの石油利権と深く結びついていることを危険視しての軍事介入である。かねてから不正選挙で選ばれたマドゥロ大統領に正統性はないと米国は主張していたとおりだ。にわかにメディアから流れ来る首都カラカスでの軍事作戦の映像や、現地の特派員のレポートなどを眺めるうちに、1978年にカラカスを訪れた若き日のことを思い出した。当時、石油や鉱物資源の豊富なベネズエラは、第一次オイルショック後の原油価格高騰の恩恵を受け、国中が高景気に湧き、世界各地からの輸入物資で港は恒常的に船混み状態だった。私がその頃、研修生として乗船していた1万トンの日本籍の貨物船は、電気製品や雑貨、オリノコ川流域の製鉄所向けの鋼材などを満載し、パナマ運河を超えて、日本から一か月余りかけてカラカスの外港であるラガイラに到着した。コンテナライゼーションが導入される前の事である。港が満杯のため何日か沖待ちをした後に、船は漸く着岸できたが、南米の怠惰な労働慣行によって、荷役は10日間以上かかる見込みだった。


その間、本職の船乗りでもない員数外の研修生が船に居てもしょうがない、ということで少しでも南米の事情を知ろうと、カラカスにある駐在員のお宅にご厄介になることにしたものである。港のあるラガイラから標高1000米に位置する首都カラカスまではクルマで30分ほどで、日本でもまだ高速道路があまり整備されていない時代に、立派な道路を駐在員のアメ車で一気にかけ登った事を思い出した。カラカスの中心部にあるヨーロッパ風の豪勢なコンドミニアムの自宅では、夫人の手料理をご馳走になり、現地のインターナショナルスクールに通う娘さんに、緑濃き首都の案内をして貰ったことが懐かしい思い出である。ちょうどアルゼンチンでサッカーのワールドカップが行われていた時期で、ベネズエラこそ出場していなかったものの、ブラジルやメキシコなど中南米の国が得点を挙げると、中継放送を聞いていた町のあちこちから歓声が上がったものだった。男ばかりの小さな貨物船で荒波に揉まれて一か月余、久しぶりの家庭料理に家族団らんの空気に触れ、帰りの航海で日本に到着するのはまだ数か月先とあって里心がついたのか、カラカスではやけに人恋しい気持ちになったものだった。


東京外大のスペイン語科を出て、カラカスではベテランの駐在員だった会社の先輩は、「今この国は凄いインフレ景気になっており、輝かしい未来は期待できるが、インフラは未整備で貧富の差は激しく、未開の地が広がって、政治的にも混乱が絶えない」と国情を教えてくれた。あれからすでに半世紀、資源が極めて豊富であるにも関わらず、ベネズエラは今になっても経済的にも社会的にも混とんとしたままで、ついに米国の攻撃によって大統領が拘束される事態に陥ったとは何ともお粗末である。その航海でカラカスでの荷役を終えて、次に行った港はオリノコ川にあるマタンザス港で、ここでは新日鐵製の鋼管を荷揚げしたが、この地の製鉄所は日本の技術協力で操業を行っていた。マタンザス港ではちょうど上流で土木工事を行っていた日本のゼネコンの人たちが、久しぶりの日本船ということで粗末なボートでやって来て、船内で日本食を楽しみ一時を過ごして帰ったが、ベネズエラの発展には実に多くの日本資本が寄与したのである。ところが後年、日本の地位を奪ったシナによる収奪的で荒っぽい「援助」がこの国の役に立たなかったばかりか、シナによる石油利権の蚕食が今回の米国による攻撃原因の一つにもなったと云われている。シナがあちこちの開発途上国や中進国に「援助」という侵略をすると、援助された国々が「離陸」するのが却って大変になることをベネズエラが教えてくれるようだ。ニュースを見ているとベネズエラにまつわる様々な出来事が脳裏に浮かんできた。

2026年1月 3日 (土)

2026年(令和8年)正月

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令和8年元旦 強羅「つつじ荘」の初日の出


穏やかな東京の正月である。元旦は義母や義妹・姪一家と共に箱根にある新宿区の保養所・「つつじ荘」で迎えた。家で過ごせば、お節料理の準備などで女性たちにとってこの時期は大変なのだが、旅先なら上げ膳据え膳で彼女たちの機嫌もすこぶる麗しく、こちらとしても心が平穏に保てるというものだ。「つつじ荘」は区営の保養所とは云え、豊富な湯量を誇る箱根強羅の源泉かけ流し、それも硫黄成分の匂いが立ち昇る湯で、まさに「これぞ温泉!」という風情の宿泊施設である。豪華な設備や高級な食材があるわけではないが、白濁の湯に清掃の行き届いた清潔な館内とアクセスの良さ、年末年始には特別メニューや餅つきもあって、数日間ゆっくりと正月気分を満喫できた。せっかくなので、大晦日には大吟醸酒のボトルなどを奮発し、皆で日本の温泉場らしく大部屋に総勢6名の雑魚寝、浴衣卓球やカラオケも楽しみ、全部込み込みで一人一泊1万円とはさすが公営の湯である。


新年、我が国経済も積極財政の高市さんが首相になって大いに期待が持てるようになった。石破前総理のすべてに於いてだらしなかった所作、長々と何を言っているのか分からなかったスピーチとは対照的に、いかにもきちんと躾や教育を受けたことが分かる彼女の立ち居振る舞いが清々しい。ガソリン価格はあっという間に30円~40円も下がり早くも高市効果が実感できたし、シナの脅しにまったく動じない彼女の外交姿勢は頼もしい限りだ。最近はエマニュエル・トッド始め、著名な欧米の思想家が続々「次は日本の時代だ」との著作を出しているそうで、それらの根拠は日本の国体の継続性にあると云われている。古くからシナの冊封体制とは距離を置き、明治維新の混乱のさ中でも欧米列強に伍して独立を貫き、大東亜戦争の荒廃からも一早く復活したように、日本の国体が包含する レジリエンス(強靭さ)が、混沌とした世に再び力を発揮しそうだと世界から注目されている。いま世界の趨勢を見れば( リベラルと云われる)サヨクやグローバリズムが退潮し、反対に保守主義が復活して伝統への回帰が図られている。地球を俯瞰すると、高市さんの登板は誠に時宜を得たものだと思われ、この一年の日本の復活を期待したい。


個人的には元気なうちに、訪れたことのない場所をなるべく回りたいという気持ちで、1月はまず「 島根・広島・山口ぐるっと満喫旅」というクラツーの団体旅行に参加することにした。かねてから山口県の萩や島根県の石見銀山を訪れたいと思っていたのだが、東京から行くと、山陰各地を横に繋ぐ鉄道のダイヤは実に不便である。レンタカーという手もあるものの、土地鑑が無く苦労をしてまで行くこともないと思っていたところ、新聞のチラシにこの旅が掲載されているのを見て、迷わず申し込んだものである。団体旅行のメリットは、自分たちで行く場合には知り得ない、地元バスガイドや添乗員の案内を聞けることにある。レンタカーを利用すると、どうしても目的地へ急ぐ旅、点と点の旅になりがちなのだが、ローカルな途中景勝地の案内、ロスの少ない列車やフライトの乗り換え・接続時間など貸し切りバス旅行で得るものも多い。まだ 「若い者には負けられない」とは思いつつも、個人手配旅行と団体旅行を目的地によって使い分けながら、今年も旅を楽しみたいと考えている正月である。

 

今日は皇居周回コースの走り初め 昨夜の雪がまだ残る三宅坂
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2025年12月 4日 (木)

最近の風潮は

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新宿御苑側道の紅葉

クルマを運転しながらFMラジオを聞いていたら、対談形式の番組に国語辞典の編纂者が出演していた。彼曰く 「最近、『ご苦労様』という言葉は上から目線に聞こえるので使わない方が良い、ねぎらいの言葉であれば『お疲れ様』がふさわしい、という説が流布しているが、『ご苦労様』にはそんな人を見下すような意味はまったくない」とのこと。私も仕事で若者たちと日々メールの遣り取りをしているが、業者などに対して「ご苦労様」というべき箇所で、やたらと「お疲れ様」が出てくることに違和感を感じていたので、やはりそうだなとハンドルを握りながら一人で肯いていた。そのほか、日頃彼らとのメールでどうしても気になのが、「させて頂きます」のようにやたらとへりくだる口調、あるいは対象となる相手に面と向かっているのでなく一般的な客体である人(人々)に対してまで「いらっしゃる」という尊敬語を多発する点である。いずれも低姿勢であるかの発信にしておけば、波風が立ちにくい事を狙っているのだろうが、若者よ卑屈になる必要はないと云いたい。「ご苦労さま」「○○を致します」「○○がいます」で充分である。


先ごろ行ったホテルには無料で新聞が置いてあり、その「地域版」に、県内の結婚やおくやみ、新生児の命名を伝えるコーナーがあって、東京の新聞にはないので、ついそのページに見入ってしまった。なかでも目を引いたのが、赤ちゃんの命名欄であった。ある大きな市の赤ちゃんの新しい名前を上から読んでいくと、徠捺(きな)、夾生(こう)、暖弥(はるや)、紫響(しおん)、柚凪(ゆずな)、翔生(とき)、乃愛(のあ)、星來(せな)、空優(くう)、璃音(りのん)、琉彩(るあ)、世成(せな)等々となっている。これらはわざわざ凝った名前の例を拾ったわけでなく、掲載順にそうなっていたのである。これ以外も漢字はIMEパッドでなければ出て来ない字も多く、読み方もフリガナがなければまず読めない名前ばかりで、昔の様に一郎や春子などのシンプルな名前は見当たらないし、なかには性別がよく区別できないものもある。両親はさまざまな思いを子供の名前に託しているのだろうが、幼稚園や学校で先生は出席簿を読めるのだろうか、役所の窓口などで確認を求められたりしないのかと新聞を読みつつ他人事ながら気になった。名前の点からも世の中は変化している事を感じる。


中学時代の男女友人たちと昼呑み会を行う。最近は皆がヒマになって、幼稚園、小・中・高、大学、社会人など、各時代の旧友との呑み会が多くなった。こういう際にタッチパネルで酒や料理を注文するのに苦闘し、思った通りのグラスや料理が届くと皆で胸をなでおろすのがシニアの”あるある”だ。ちょっと値段が高くなってもよいから、従来の声掛け一つで注文を受けるテーブルがあれば気軽なのにと友人らとこぼすことしきりである。そのうちLINEで連絡しようということになり、皆がスマホを取り出すのは良いが「あーでもない、こうでもない」と友達登録やらグループの設定にひどく時間がかかるのも”お約束”。アルコールが廻るにつれて、亡くなった会社時代の友人へお悔やみをしようにも、個人情報保護法やらコンプライアンスがんじがらめで連絡先さえ教えてくれない現役の会社に憤慨の声も高まる。まあ最近の風潮に首を傾げることが多いのは、こちらが齢をとった証拠であろう。個人情報と云えば「近頃はAIとかで、顔だけ別にすげ替えられたり、別の目的で使われるのは心配、だから写真には写りたくないよね」と女性が云うので、「誰も70歳代も半ばになろうとする婆さんの画像を水着姿の下半身に合成したりしないぜ」と茶化したくなったが、そこは口にせず腹の中でぐっと呑みこんで杯を重ねた同窓会だった。

2025年9月25日 (木)

読売新聞夕刊・インティマシーコーディネーターの流儀

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昨夕、いつものようにジョギングを終え缶ビールのタブを開けて一杯をやりながら、読売新聞の夕刊に目を落とした。夕刊第2面には「多様な愛情表現 寄り添う」とのコラムがあり、それを何となく読み始めた途端、突っ込みどころ満載の文章に思わず口にしたビールを吹き出しそうになった。見れば「インティマシーコーディネーターの流儀」とのタイトルで、浅田智穂なる女性が連続して寄稿しているコラムで、昨日のは連載第2回目らしい。インティマシーコーディネーター(以下ICという)とは、昨年放送されたTVドラマ 「不適切にもほどがある」で初めて知ったが、ドラマや映画などのセクシュアルな場面を作成する際に 『 演者の尊厳や心身の安全を守りながら、演者側と演出側の意向を調整 』する新しい仕事(ウィキペディア)のことを云うらしい。INTIMACYとは英和辞典によれば 「 (キスなど)愛情表現」で、それのコーディネーターとなると何とも怪しげだが、ネットで検索すればコラムを書いた彼女は、映像の現場のベテランであり、日本初のICだと云う。


彼女の寄稿文章は「ICの大事な存在意識の一つは、LGBTQ(性的少数者)のアライ(支える人)になること。人の数だけあるジェンダーやセクシャリティーにおいて、相手のみならず自分自身の愛情表現も様々で、その全てが受け入れられる世の中であって欲しい。そんな世の中に、私はICとして寄り添いたい」と冒頭にある。まずは人の数だけ『 ジェンダー 』などがあるとは何のことだと突っ込みたくなる。トランプ大統領も明言している通り人類の性は男か女か2つしかないのに、人の数だけあるならば、世界には80億超の性があることになる。『 相手のみならず自分自身の愛情表現も様々で、その全てが受け入れられる世の中 』とは、例えば性的変質者の愛情表現も受け入れられる世も含まれることになるのだが、そんな変態にも彼女は寄り添いたいのか?。 また自分自身の愛情表現も受け入れられる世の中に寄り添いたいって、文章として破綻していないか?。 聞きなれぬ 『アライ』とは英語のALLY(味方)を示すらしいが、日本人にまったく定着していない単語を散りばめるあたりが、自らの先進性を自慢するような表現であざとい。


次に「 脚本上の登場人物が自分とは違う属性だった場合、その表現には人一倍気をつけなければならない 」と書かれている。属性とは広辞苑で引けば 『特徴・性質』とある。どうやら彼女はLGBTQの役を演ずる俳優が実際はそうでない場合を言いたいらしいのだが、脚本上の登場人物は演ずる者とは違う属性なのは当たり前であり、それを敢えてそれらしく演ずるのが俳優の仕事であるのは云うまでもない。つまり彼女のこの部分は、何も言っていないのと同じことである。属性と云えば、ICとは離れるが、俳優の覚悟という点で気になることがある。大東亜戦争の軍隊を描いているドラマや映画を見てると、坊主頭でない軍人が時々出てくる。旧大日本帝国の陸軍は上から下まで全員坊主頭であり、海軍も上級士官や特殊な任務以外は坊主頭であった。であるから少なくともカネを貰っているプロ演者ならば、出演に当たって坊主頭にしてくるのが当然であろう。人に見てもらってナンボという意識のないものが、LGBTQであろうと軍人であろうと、「登場人物が自分とは違う属性だった場合」などと尤もらしい言い訳を持ち出すように思える。

 

以下「 性的マイノリティーの表現を監修する『 LFBTQ+インクルーシブディレクター』など知識と表現力」だの 「グラデーションのある数多(あまた)のリアリティーがあるからこそ、『演ずる』前に『理解』は必要。表現の先には観客がいることを忘れてはいけない」だの、どうもLGBTQをもっと良く知れと言いたいらしいが、我々には何を言いたいのか意味不明の文章が続く。読売新聞の夕刊と云えば高齢者の読者が多いはずだが、大多数はこのコラムを読んで、彼女が何を具体的に行い、この文章で何を表現したいのかはよく分からないであろう。耳に優しい「多様」だとか「愛情」、「ジェンダー」などという、それらしいキーワードを掲げ、これに「寄り添え」ば、お手軽に時代の先進を行っているかを見せられるが、そんな薄っぺらい社会が望ましいのか。プロの俳優なら自らが気に入らないセクシュアルな場面でもLGBTQ役でも敢然とやり切る覚悟が必要だし、髪を切れと言われたら切る、それが嫌で自分の属性とやらがどうしても大事だと主張するなら、台本を読んだ時点できっぱりと出演を断るのが筋である。プロ野球の投手だって試合の展開によっては慣れぬ一塁や外野に回されることもある。何かと云うとコーディネーターやらカウンセラーが立ち会う現場では、プロの熟練の技や覚悟が発揮できず、役者も成長しないことだろう。ビールを呑みつつ、訳の分からぬコラムを読んで 「 こんなのを載せるようでは読売ももう駄目だな」と昭和のオヤジは一人して唸っていた。

2025年9月16日 (火)

シニアの秋

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週末は、東京六大学野球の秋季リーグ戦開幕カード、慶応義塾 VS 法政の2回戦を観戦に神宮球場へ行った。子供の頃から60年以上、東京にいる限り春・秋のシーズンには何試合か必ず神宮球場に足を運んできたが、この春は飛鳥Ⅱに乗船していたので今年初めての大学野球観戦となる。そういえばこの秋はけっこう忙しくなりそうで、この試合がひょっとすると今年のリーグ戦の見納めになるかもしれない。というのも今年の秋は、夫婦そろって 「ねんりんピック岐阜大会」 のマラソン種目への出場がある。昨秋に行われた予選の結果、男子70才代の部の3000米と、女子60才代の部10キロで東京都代表に選ばれたので、夫婦して10月半ばには3泊で岐阜県へ行くのだが、一応東京の代表選手だし、旅費や宿泊費などの一部が公的資金から補助されることから、恥ずかしくない程度に練習は積まねばならぬ。ねんりんピックには東京都選手団の結団式なる行事もあって結構予定がつぶれそうである。


その他に、涼しくなると夏から延期となっていた友人たちとの会食や会合が、「そろそろ予定を決めましょう」ということで日程が埋まってくる。またスポーツの秋とあって、箱根駅伝予選会の他に陸上競技の試合がいくつかあるので、昔の部活仲間から後輩の応援に繰り出そうと誘いがくる。最近特に多くなったのが、これまで出席を遠慮してきた元いた会社のOB総会や、大学體育會のOB総会という「総会」への出席依頼だ。会社の方は、かつて社長や重役だった人がいつまで経っても中心になっているし、運動関係の方も、昔のオリンピック出場組などがひどく元気で、大した競技実績がない私などは隅の方で小さくなっているだけだ。こんなのに出ても面白くないとこれまで足が遠のいていたが、上の世代が高齢で徐々に出席できなくなる一方で、下の世代はこういう趣旨の集まりは敬遠気味らしい。そろそろ私たちの世代が出席しないと参加人数が先細りになって困るとの世話役のたっての希望で、枯れ木も山の賑わいとばかり、こういう類の「総会」にも顔を出すことにした。


同窓会や各種の会合への出席は、時として面倒だと思う。しかし「袖すり合うも他生の縁」だ。考えてみれば、自分がこうして今ここに居られるのは、周囲の助けがあったからこそという事実を、年齢を重ねるとともにより感じるようになる。実際、「それなりにやってきた」と自負しても、自分の努力などは10分の1もあるかないかで、残りの9割は周りの力で自分が成り立っているのである。その努力することさえ、両親や先生が小さい頃から諭し教えて来てくれたことだ。親ガチャではないが、そもそも日本人の親、それもごく普通の両親の下に生まれ教育を受けられたのは、天の配剤である。そう考えると自分たち老人たちの役割は、現役の迷惑にならぬ範囲で、後輩らがいま出来ないことに力を貸すのみだと思う。多少なりとも自分がその場に出ることで、かつて属した組織の役に立つようならそれもまた良しである。昔の偉そうな上司や、有名だった選手の前でお体裁を言いつつ、いまだに小さくなっているのも、何らかの社会貢献であると考えて、総会出欠はがきの出席に丸をする秋である。

2025年3月 6日 (木)

ビールはミニグラス、ワインには氷

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愛用のビアグラスは元々モロゾフのプリンが入っていた容器

少し前、ネットの「ダイヤモンド オンライン」上で、大平 哲也さんと云う福島県立医科大学の教授(医師)が、ワイングラスの大きさについての記事を寄せていた。何でもケンブリッジ大学の研究チームが、「過去100年で食器のサイズが大きくなったことが肥満につながった」とする仮説に注目して、ワイングラスについての調査を行ったそうだ。そのチームが1700年から2017年までのワイングラスを収集し、それぞれの容量を調べてみると、やはりワイングラスは大きくなり、容量は増えているのが分かったとのこと。この研究から、「確固たるエビデンスは得られていないものの、グラスのサイズを小さくすることでアルコール摂取量を減少できるのではないか」と考えているそうである。


このような考察に基づき、大平氏はビールや酒を飲む時には小さなグラスを使い、氷や水で割るアルコールは、多めに氷や水を入れよう、と提唱している。小さなグラスでお替わりするほうが、同じ量でも何杯も飲んだ気がするし、同じアルコール量を飲むなら水や氷で膨らました方が沢山飲んだ気になるのだと彼は言う。たしかに人間は情報の80%を視覚から得ていると云われているから、味が少々薄くても目の前に注がれた酒の嵩が多ければ酔った気分になるものだ。その一方で、大きなグラスで一気に飲むより、同じ量でもちびちびと杯を重ねた方が、何となく酔ったような気分になってくるのも事実である。


我々の感覚とは実にいい加減なもので、例えばジョギング中に上り坂に差し掛かった際は、道路の先を見てしまい「あそこまで行かねば」とウンザリするより、視線を足下から50センチほど前に落とし、「一歩一歩」と進んだ方が遥かに楽に頂上に到達する。同じ事をするのも視線一つで気分は変わる。同様に「小さなグラスを使って自分をダマす」「水を多めにして薄めることでたくさん飲んだ気分が味わう」(大平氏)ことが出来るのも心理の綾である。ということで、私は以前より家でビールを飲む際は、小さなグラスに入れてちびちび飲むことにしている。このグラスなら一杯が60~70CC、350CCの缶ビールなら5回も6回もお替わりできるので、何となく杯を重ねた気分を味わえる。これなら、スポーツ後の最高にビールが旨い時、最初の一杯目をぐっと飲み干しても、「あと4杯でも5杯でも持って来~い」と思えるゆとりを感じる。小グラスでお替わりしつつ缶ビール一本を飲み干せば、(ちょっと物足りないものの)もう何杯も飲んだから食事にするかと次に進める気にもなる。また邪道とは思いつつ、白ワインに氷を入れて嵩を増やせば、こちらもちょっと満足した気になる。おかげでγ-GTPもなんとか規定の数値に収まっている。

2025年2月27日 (木)

八千穂寿司のおいなりさん

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2月24日(月)、テレビ東京の「世界!ニッポン行きたい人応援団」は、シアトル郊外に住み、いなり寿司を愛するアメリカ人女性を日本にご招待する特集だった。この女性の亡き祖母は進駐軍の兵士と結婚してアメリカに渡り、初孫だった彼女に日本料理を教えたそうで、おばあちゃんの味を受け継ぎたいというのが番組に応募した動機とのことだ。シアトル近辺には軍の基地が多いため第2次大戦に従軍して帰国した元兵士の家族が多数住んでおり、進駐軍で日本に滞在した米兵が日本人女性と結婚して連れ帰ったケースも多々あった。私がシアトルに駐在していた時も、進駐軍の軍人だった夫と結婚しアメリカに移住したオバちゃんが秘書をやってくれたが、一人駐在でアメリカの右も左もわからぬ中、彼女の様々な仕事ぶりにとても助けられたことを思い出す。かつての秘書のオバちゃんに孫娘がいれば、ちょうど番組の女性くらいかと考えると彼女に親近感を覚え、いなり寿司の作り方を日本の名店で短期修行しようとするその姿が興味深かった。


番組で彼女にいなり寿司のノウハウを教えた有名店の一つが、九段北のテイクアウト専門の「八千穂寿司」であった。この辺りは我がジョギングコースに近く、少し前よりこのお店があることは知っていたが、そこはJR市ヶ谷駅からは約600米もあり、一口坂という抜け道に面したあまり目立たぬ場所である。しかし「世界!ニッポン行きたい人応援団」でお店の人気や働く人たちの仕事ぶりが紹介されたのを見て、そんな名店ならば一度トライしてみようと、昨日はジョギング帰りに寄ってみた。午後のひととき、こじんまりしたお店にはすでに6人~7人の先客が列を作っていた。繁忙時を除き基本的には作り置きせず、注文を受けた分だけをすぐ後ろの調理場でこさえているため、簡単に客はさばけないようで、おばあちゃん始め4人~5人が一心に作業しているさまが並んだ列から見える。ふだん並ぶくらいなら要らない、ほかの物を買うとするせっかちな私ではあるが、家族総出で黙々と酢飯をお揚げにいれている厨房を見ると列を離れる気持ちにならず、何を注文するか陳列ケースを何度も確かめつつ待つことに。


約10分ほど待って買ったいなり寿司は、「いなり」単品 X 5(750円)、かっぱ巻き+かんぴょう巻+いなり2個(920円)入り「かっぱ合わせ」2点合計1670円プラス8%消費税。愉しみに折りを片手に持ち帰り、一口ほおばると油揚げは甘味がちょうどよく効き、味もしっかりした関東風、酢飯は口の中でほろりとほどけ、胡麻も入っていない素朴で懐かしいおいなりさんである。大将は神田淡路町の「志の多寿司」で修行したそうで、これぞ昔ながらの東京風というところ。子供の頃、玉電(現田園都市線)の真中(現駒沢大学駅)電停前に食堂があって、電車を降りるとそこのおいなりさんや、団子などを買って家路についたことを思い出してしまった。「八千穂寿司」はガリも本気の自家製、テレビで紹介されていた大将や会計の感じも良く、放送の余韻が去った頃にまた買ってみようかと思わせる味であった。お店は2021年に庶民的な巣鴨から靖国神社に近い九段北に移ってきたそうだが、大学や高校、オフィスが連なるこの街にちょっと似合わぬ「古き良き東京」の味わいである。

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2025年2月24日 (月)

神田川・環状七号線地下調節池

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方南町付近、環七通りの地下40米、長さ4.5キロ・内径12.5米の巨大地下調節池(トンネル)


「 神田川・環状七号線地下調節池」の見学ツアーに参加した。善福寺川の川べりにある取水施設を訪れ、地下に造られた普段は入れない巨大な水路を一同40人ほどで見学するのである。武蔵野台地の縁に町づくりがされた東京には、多摩川や荒川など幾つかの水系があり、その一つの神田川は三鷹市の井の頭公園に源を発し、途中で善福寺川や妙正寺川を合わせ、杉並区や新宿・豊島・文京の区境を東に流れる長さ24.6キロの一級河川の水系である。流域の都市化に伴い、かつては地面に吸収されていた雨水が直接都市河川に流れ込み、洪水の被害が大きくなることはよく報道されているが、この神田川水系でも東京の発展と共に大雨が降ればしばしば水害が起きていた。このような状況の下、中流域の浸水対策として昭和61年(1986年)から平成20年(2008年)にかけて整備されたのが、妙正寺川、善福寺川、神田川に通じる地下大水路である。


調整池トンネルと名づけられた地下の巨大水路に水を流し込むためには大掛かりな設備が必要である。まず東京西部に大雨が降った際に、神田川、善福寺川、妙正寺川の水位が一定以上になると、3つの河川のコンクリート護岸に設けられた取水口が手動で開けられる。取水口から流入した水は導水路で川べりの取水施設に導かれ、施設内にある導入孔(ドロップシャフト)と呼ばれる高さ40米ほどの特殊な立孔を通って、環状七号線の地下に設けられた調整池トンネルに流される。道路の地下深く、内径12.5メートル、南北に長さ4.5キロに亘るトンネルに3河川から集まる水量は、最大で合計54万m3(約50万トン)とのこと。大雨が去れば2日後にポンプを使って地下の水を汲み上げ、元の河川に戻す作業が行われるが、ポンプが稼働できるように、トンネル内には僅かな傾斜が施されているそうだ。


この日は、地下鉄方南町駅にほど近い善福寺川の取水施設で、まず係員による丁寧なガイダンスを受け、14階のビルに相当する長い階段を地下トンネルに向けて下りて行った。傾斜も急でステップの奥行も狭い階段で地下40米の地底に達すると、潜水艦にも使われる分厚い水密扉の向こうに、調整池トンネルに通じる内径6メートルの連絡路が伸びている。連絡路から本トンネルへ、係員が持つポータブルランプが足元を照らすが、ここは地下の奥深く、灯りがなければ真の闇だ。見学者のある日は絶対に水が流入しない仕組みになっているそうだが、もし南北に延びる暗闇の本トンネルの彼方から濁流が押し寄せれば、”グーニーズ”や”インディジョーンズ”の映画の世界かと思わず想像が逞しくなる。暗所恐怖症や閉所恐怖症気味の人は来るのを止めた方が良さそうだ。トンネル内は地下深いため、気温・湿度とも快適なるも、頭上には環七の渋滞があるとは信じられない空間である。地底に滞在すること1時間弱、色々な説明を受けて浸水対策がいかに大変な事業であるかを実感しつつ、今度は長い階段を登って外の空気が吸える地上に戻った。


こうして見学してきた地下調整水路の貯水量は約50万トン、と云われてもピンとこないが、東京ドームの容積が124万m3とあるから、豪雨の際はドーム球場半分位の量の雨水をここに蓄えておけることになる。ペルシャ湾から原油を運んで来る超大型タンカーが30万トン超なので、これに積めば1.6~1.7隻分の水量となる。大雨の日にトン数的に一体どれだけの雨が流域で降ったのか素人の我々には想像できないため、この貯水量がどれほど意味深いのかはよく分からないのだが、取水施設に展示されたデータによると、システム完成以来これまで調整池トンネルが稼働したのは46回もあり、神田川中流域での浸水の被害は激減したとのこと。地下調節池による損害額の減少効果は、設備投資(工事費は約1000億円だったとのこと)や運営費用をはるかに上回るとの係員の説明であり、このような大規模な河川対策を実施しているのは、東京と大阪の一部だけだそうだ。なるほどこういう設備に税金が使われ、浸水被害に大きな効果があるならば、高い地方税を払う価値もあるのかと納得しながら見学を終えたのだった。

 

善福寺川取水施設と護岸に設けられた取水口
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