オルセー美術館所蔵 印象派展

有名(らしい)ルノアールの「ピアノを弾く少女たち」(写真撮影可)
妻が「オルセー美術館所蔵 印象派」展が上野の国立西洋美術館で開催されているから一緒に行かないかと誘ってきた。美術方面にはまったく疎い私だが、上野なら家から30分の距離だし、陽の光やうつろう大気を描いた風景画主体の「印象派」なら分かり易く気持ちの良い作品も多いだろうと、一緒について行くことにした。頭が筋肉で出来ているわけではないことを証明するために、一年に一度くらいは芸術の香りを嗅ぐことに興味があるふりをすることも必要である。なんでもオルセー美術館は、フランスのパリにある19世紀専門の美術館で、印象派の画家の作品が数多く収蔵されていることで有名だと云う。肖像画や宗教画などと違い、これなら館内で退屈することもないかと思い鑑賞の前日に国立西洋美術館のホームページを見ると、展覧会には「室内をめぐる物語」というサブテーマが付いており、見ても良いと思った風景画ではなく、室内画や人物画が中心の展示だとある。なんと印象派の画家たちは、風景画だけでなく室内を舞台にした作品も数多く手がけたのだそうだ。なんだか肩透かしを喰ったような気がしたが、これも何かの縁、勢いで平日の夕方に上野を訪れることにした。
印象派と云えば、私でも分かるのが光の変化の質感を表現する筆致の独特さである。明確な輪郭線を描かず強く短いストローク(というらしい)で大胆に描かれた絵画は、正確さや写実性の追求よりも、見る人をしてそう見えるように描かれた巧みな技法に思える。美術の素養がまったくない私には、印象派の絵画をどのように文章に表現したら良いのかうまい言葉がでてこないのだが、展覧会に行って彼らの絵画の前で短いストロークに目を凝らしたのち、あらためて絵全体を見ると、描かれた何気ない筆太の線たちが実に有機的に働いて作品を作っていることに感心する。人間はある場面を見ても対象物の詳細を一々追っているわけでなく、イメージでとらえたものを脳内で適当にスキャンして理解しているのだから、印象派による場面の捉え方は、人間がふだん相手を認識する視野に近いのかもしれない。などと今まで考えたこともない視点を提供してくれるのも展覧会に行くメリットである。
平日の午後にも関わらず切符売り場はそれなりの列が出来ており、やはりその7~8割が女性であった。老いも若きもそれなりに身なり正しく教養の高そうな「ご婦人がた」が多いようで、こんな「ご婦人がた」の一団に混ざって薫り高き美術作品を鑑賞する一時が日々の生活の中にあっても良いものだ。薄暗い館内に入れば、作品を前にして傍らの解説を読んでなんとなくわかったようなふりをしながらの絵画鑑賞である。有名(らしい)なルノアールの「ピアノを弾く少女たち」の前では、周囲がそうであるように殊更ゆっくり佇み、じっと絵画を凝視するが、細かい技法やら時代背景も分からず、目前の絵から何が伝わってくるかなど自問もできない我が教養のなさにもどかしくなる。ただモネやマネ、ルノアールやセザンヌなどの室内画が展示されているうち、昨年フランスの「モネの家」を訪れた経験から、「あ、これはモネの絵だな」と分かる程度には目もこなれて来た。我ながら嬉しい進歩である。こういう調子でたまには芸術作品に触れ、我が「教養」を少しでも高めたいものだと自答しつつ、黄昏迫る上野の山を下りた。フランス芸術に触れると何故だか美味しいコーヒーが飲みたくなり、帰路にセーヌ河畔のルーアンにもあったパン屋の”PAUL”でケーキを買い、夫婦二人して家でお茶をした文化的な夕べであった。
2025年5月14日ブログ:飛鳥Ⅱ 2025年世界一周クルーズ第51日 モネの家













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