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2026年4月

2026年4月 6日 (月)

第59回東京六大学陸上競技大会 観戦

20260406

注目の早大 大型新人 新妻遥己(西脇工業)が優勝した男子5000米

第59回東京六大学陸上競技大会が横浜市の慶應義塾日吉競技場で行われ日曜日は応援に行ってきた。今シーズンの開幕公式競技会である。各校の選手達が冬季練習を終えてどのように成長したのか、早稲田大学に入った注目の長距離新入生陣などが出場するのか観戦への興味は尽きない。ただ最近は、陸上競技にせよ、野球、ラグビーにしろ、学生スポーツを見る際は試合結果だけではなく、孫のような世代となった選手達がスポーツに打ち込み、全身全霊を傾けて競技に挑む姿そのものを見るのが楽しみになってきた。また全国から集まったアスリートに伍して、最難関入学校である東大の選手達がどう奮闘して大会を盛り上げるかを見るのも、この大会でちょっと注目しているポイントである。アマチュアスポーツが高度に専門化するにしたがい、逆に東大の活躍は気になるものだ。などと思いつつ、気温が20度超えとやや暑いほどのコンディションの中、周囲にまだ桜の花が残る日吉のグランドで、出場する各校の選手たちに声援を送った。


今年で大会は59回となるが、我々が現役だった50数年前は、この大会がうぶ声を上げたばかりの頃であった。当時は原宿の織田フィ―ルドなどの会場で選手と東京陸協などの関係者が集まるだけの、応援する人もいないような大会だったが、昨日は6校の応援団やブラスバンドも入って競技場は大いに賑わっていた。応援団以外にも大会に寄せる歌なるものを演奏するバンドや、選手を盛り上げる子供たち(エスコートキッズ)の応援、さらに優勝者インタビューが行われるなど、ショーアップされた企画は手作りの時代を知る者にとっては隔世の感がする。なんでも「一般社団法人東京六大学陸上競技倶楽部」が組織され、大会がこの法人によって開催されるようになったために、スポンサー企業の協賛も得られ、このような盛り上げ方が出来るようになったのだそうだ。かつては陸上の試合といえば「純粋に体育が好き」とか「走ったり跳んだりが好き」系のジャージ姿が似合うオタク的関係者が目立ったが、我々の世代からすれば、その時代が懐かしく思えるほどの大会の盛り上がりである。


華やかになったと云えば、陸上に限らず、最近の学生スポーツの試合会場に足を運ぶと感じるのは、選手の父兄、特に母親の応援が多いことだ。かつて我々が現役だった時代は、高度成長期とあって親世代に余裕などなく、子供たちが勝手に駆けっこしている程度に考える親が多かった。試合会場に選手の母親でも来れば「おい、お前んとこママがまた見に来ているぜ、気持ちワルー」と皆でからかったものである。インターハイに出場したような選手も、親が応援に来ることはほとんどなかったと記憶しているが、最近は母親らしき黄色い声援が観客席からよく聞こえる。両親の世代が子供の成長にじっくり付き合えるようになったのは、正に平和な日本、豊かで成熟した時代になった証であろう。また以前、この大会は男子だけだったが、近年は女子の部があるのも時代の流れである。周囲を見回せば、観客席では我々同期がどうやら最長老グループになっているようだ。いまや立派に改装され近代的な競技場になったが、かつて青春時代に汗を流した場所で、50有余年を経て後輩達の奮闘を見ると、ほんの僅かなりとも今に繋がる伝統の一コマになれて良かったとしみじみ思う。と共に老境の身となっても戻って来る場所があるのはとても幸せなことだと感じる試合観戦である。

2026年4月 1日 (水)

平和学習とオールドメディアの情報格差

20260401

「修学旅行 平和学習」の定番(らしい)長崎平和記念公園

東京では昔から名門と云われる私立女子高に通っている姪っ子と食事をする機会があった。その学校は幼稚園から高校まであるキリスト教のミッションスクールである。彼女とは「辺野古の同志社国際高校の事件ひどいね。平和学習という名で活動家のボートに載せられて、同年代の子が亡くなったなんて可哀想すぎるよね」とジイサンと女子高生の会話がはずんだ。「ところで新学期にある修学旅行はどこへ行くの?」と聞くと「長崎」だという。「まさかそこで平和学習みたいなのがあるの?」とさらに問うと「平和学習はあります」と答えるのでびっくりだ。この晩は、それ以上「平和学習」の内容について突っ込んだ会話は交わさなかったが、大東亜戦争で甚大な被害を受けた場所へ行ったり、沖縄を訪れて「平和学習」を行うのは、どうやら関西の同志社交際高校だけでなく、東京の学校でも行われていることを初めて知った。たまたま両校ともミッション系の学校だから「平和学習」が行われるのかは良くわからないが、同じ私学と云っても「独立自尊」で宗教とはまったく関係ない男子高校で学んだ私は、修学旅行と云えば隠れてビールを飲んだくらいの思い出しかない。修学旅行でも我々の頃と今では随分と大きな違いがあるものだ。


平和学習とは何なのか?日本修学旅行協会なる団体があるそうで、その理事長・竹内秀一氏による2024年8月8日付で、「修学旅行で行う『平和学習』」とは?」というコラムがネットにあるのを見つけた。曰く「生徒たちに「戦争と平和」についてしっかりと考えてもらいたいという学校が多くあるようです。」「修学旅行で『平和学習』」といえば、旅行先は広島、長崎そして沖縄が定番で、毎年、たくさんの学校が訪れています。広島・長崎で原子爆弾の被害について、沖縄で沖縄戦の惨状について学ぶことは、生徒にとって戦争の実態を知り、考えるための他に代えがたい貴重な体験です。」とある。またベネッセ総合教育研究所の2024年11月22日のネット記事では、修学旅行で重点を置いた活動内容として「平和学習」が上位にあげられ、最近では見学より体験型で、見るだけでなくより主体的にかかわるプログラムが増えてきている、とされている。とまれ「戦争と平和」などという大変な問題には、立場によって様々な解釈や切り口があって、広島や長崎、沖縄の戦跡を見ただけで、何かを学んだ気になるのも考えものだが、まあ今ここではそのことは問わない。ただ辺野古の事件のように、平和学習に名を借りて、反体制派の活動家たちの革命ゴッコに子供たちを巻き込むなど真っ平ご免である。ましてや「体験型で主体的にかかわる」が、建設工事妨害目的の日本共産党に深く関わりのあるインチキボートに乗船することとなると、そんなものは論外かつ言語道断だと云える。平和学習ならロシアに占拠された北方領土を知床や根室半島から遠望した方がよほどためになりそうだ。


さて先日、大学時代の友人4人で左傾化したメディアの事などを肴に呑んでいた。「辺野古の平和学習活動はひどい、TVや新聞などのオールドメディアがサヨク活動家に不利な情報を報道しない姿勢は如何なものか」と私が切り出すと、一同まったくその通りだと賛同してくれる。都立高校出身の1人は「高校時代の同級生と話すと、オールドメディアが報じる通りの反体制的な意見や、いわゆるリベラル的な会話ばかりで、自分が得たYoutubeなどの情報と余りにも違うので困っていた」「今日は遠慮なく日頃感じていたサヨクに対する鬱憤をはらせて酒がうまいよ」と言葉も軽やかで杯を重ねていた。別の日、今度は小学校から付き合いのある男性仲間6人との昼飲み会で、辺野古事件の活動家たちの酷さを私が採り上げると、一同ただぽかんとして、「ヘー、そうなの」と答えるばかりだ。気が付けば、こちらの仲間は皆 XやYoutubeなどのネット情報にアクセスせず、日頃の情報はテレビや新聞のみから得ているグループだった。オールドメディアはサヨクやリベラル側がおこす不祥事にはひどく寛容、かつ「報道しない事由」を駆使し、彼らに都合の悪い出来事については風化を狙うのが常だが、この件でもテレビや新聞 (除く産経新聞 )の思惑に友人たちがもろにはまっているのが良く分かった。中高年層に於いては、SNS情報に日常的に触れている層と、テレビや新聞のオールドメディアを情報源に頼む層とでは、情報の量がまったく違い、社会を見る視点に大変な較差が生じていることを如実に感じた二つの飲み会だった。

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