80万アクセス突破と辺野古の”平和学習”
ふと気が付くと、このブログのアクセスカウンターが80万を超えている。777,777回に達したと密かに喜んだのが昨年8月末のことだから、200日余で2万4千回アクセスがあったことになる。同じ端末(IPアドレス)からは、何度アクセスを受けても一日に一回分しかカウントされない仕様とあって、毎日100人以上の方々の閲覧を受けている計算になる。素人の駄文に付き合っていただき、誠に嬉しい限りである。このブログを開設したのが2008年の2月で、当初は第3の職場で仕事もなく座っている時間の手慰みとして、いかにもパソコンに向かって一心に書類を作っているフリをするのに良いと思って始めたものだ。それから18年以上、環境はさまざま変わったものの、ここまでよく続いたものである。文章を作る難しさは都度感じることだが、それにも増してブログを始めてからは、日常生活にしろ旅先にしろ、興味を感じたことについてじっくり観察や考察をする癖が着いた。ややもすれば感動もなく流されがちになる生活に、メリハリがついたのはブログの思わぬ副次効果だったと云える。
18年と云えば、この歳月の間に人は変わるものだ。例えば社交ダンスのレッスンをこの間に妻とともに始めたが、それまでは客船でそれらしく踊っている男女を見ては何だか気持ち悪いものだと思っていた。私はどちらかと言うと及び腰で、妻の強い希望に従ったものだが、実際にやってみると段々と踊ることが負担にならなくなってきた。そして今ではおば様たちが圧倒的に多いダンスパーティやら発表会も出席を乞われれば断らないようになったのだが、顧みればこれは何という心境の変化であろうか。人間は幾つになっても変われるものだと我が変容に驚くばかりである。「今日が人生で一番若い日」とは正に至言である。少しでも興味を覚えたことは「もう遅い」などと思わず、手をつけてやってみることが人生の楽しみに繋がることも発見した。これからは体力や運動能力が衰えていくことだろうが、やってみるかと思い立ったことは、「年甲斐もなく」などと思わずなるべく参加するようにしたいものである。
もっとも歳をとってくると、自己主張が強くなってくる。先日も市ヶ谷の防衛省前をジョギングしていたら、たまたま「辺野古への移転反対」とカードを掲げた団体がいたため、「(支那の軍拡で防衛力強化が必要なんだ、)文句あるなら支那に言え」と通りすがりに棄てゼリフを吐いてしまった。彼らにからまれないようにさっさと走り過ぎたのだが、後ろでは活動家たちが私の背中目がけてワーワーと何か喚いているのが聞こえた。段々と暴走老人になっていくようで、自制しなければと再度誓うこの頃である。その辺野古では「平和学習」と称する活動で、基地建設反対の抗議ボートに乗船した京都の女子高生が、船が転覆して亡くなった。本当の「平和学習」なら軍拡を続ける支那共産党のことを学ばねばならないし、辺野古建設を推進する側の意見にも耳を傾けなければならない筈だが、その視点での活動はプログラムにはないことが判明している。左巻きのインチキ連中が若者にトンデモ教育を施し、挙句の果てに死亡事故を起こすとは、一体世の中はどうなっているのかと嘆きたい。時々はこういうパヨクに水を浴びせるブログを書かねばと老生は心を新たにするのである。
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