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2026年1月16日 (金)

「東京発着 新春の四日市クルーズ」その(2)

20260116
お代わり連発 「ふぐ白子豆腐 清まし仕立て」

 

一族郎党を引き連れてまずは船内見学である。こちらが船首(オモテ)、こちらが船尾(トモ)、右舷はサインボードが青、左舷は赤と説明しても、なかなか方向が掴めないようで、一同あちらへ行ったりこちらを見たりと落ち着かない。一通り見学して回り義妹の口から出た感想は「なんか、義兄さんたち、日本人でもフィリピン人のクルーでも、あちこちでとても親し気にあいさつしてたね」。そう、一度乗ると顔を覚えてくれ「お帰りなさい」とニコニコ応対してくれるのが飛鳥Ⅱの良さである。妻は昨年の世界一周クルーズで担当だった客室係の女性に会えることを期待して、みやげのお菓子を持参していたところ、廊下を歩いていたら後ろから「あ~、○○サマ?」と声をかけられ「ヤーン、会えて嬉しい」と思わずハグを交わしたそうだ。始終乗客が入れ替わり、こちらがいつまた訪れるかは彼女たちはまったく知らないのに、半年ぶりに姿を見た瞬間に名前まで出て来ることに感心することしきり。最近、知った人の顔を見ても名前が中々出て来ない私からすれば驚異である。こういう出会いが、クルーズの愉しみの一つでもある。


西口元総料理長の正統的な洋食、次の現総理長である瀧氏の凝った献立に続き、このクルーズでは和食の岡本総料理長が指揮を執っていた。これまで2泊のクルーズでは、両晩とも洋食の献立だった記憶があるが、今回はさすが2日目のディナーは和食メニューであった。さてどんな味かとテーブルにつくと、前菜に続いて出されたお澄まし(ふぐ白子豆腐、清まし仕立て)のなんと美味かったことか。濃いめの出汁と塩の塩梅が絶妙で、一同まずは 「お代わり!」。柿をくりぬいた器にフルーツ白和えを盛った凌ぎも手が掛かっていて皆でまた 「お代わり!」。卓上コンロで自分で調理する黒毛和牛すきやきでは、義弟が2回肉の追加、80歳台義母も含めて女性陣も漏れなく追加を連発して、揃いも揃ってなんと食欲旺盛な一族かとクルーに呆れられたに違いない。何度頼んでも「お代わりは出しません」とにべもない某邦船他社のクルーズ船には爪の赤でも煎じて呑めと言いたくなる大盤振舞である。


クルーズと云えば我々にはダンスである。今回のダンス教師陣は世界一周クルーズで毎朝、毎夕、計150回ほどレッスンをつけてくれた山本先生(男)、小森先生(女)のコンビであった。2泊の短いクルーズにも関わらず2日目の午後にはダンス教室も開催され、例によってマンボとスクエアルンバ。何事においても、好奇心が羞恥心を大幅に凌駕する義弟夫婦や姪っ子も揃って参加したが、この姪は中学・高校時代にダンス部とあって、パーティダンスのステップなどは一度習えばその場ですぐ出来る。やはりダンスは若いうちに始めるに限ることを彼女が教えてくれるようだ。2人の先生たちも我々夫婦の技量を知っているため、夜のダンスタイムに小森先生から「踊りましょう」と誘われても、今回は躊躇なくクラブ2100のフロアーに立つことができた。踊りながら「いろいろな技をご存じなのね」と褒められれば「これ、先生にこの前のクルーズで教えてもらったステップで、一生懸命思い出し出し踊ったんすよ」、「あら、そうだったかしら、何をお教えしたか忘れたわ」などと楽しい会話が弾んだ「新春の四日市クルーズ」の夜であった。

 

最近は夜のダンスもそれほど躊躇しなくなった(クラブ2100)
202601162100

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