飛鳥Ⅱ 2025年世界一周クルーズ 余話 『船旅への招待』(斎藤茂太)
この世界一周クルーズでは、飛鳥クルーズの第8代目船長だった中村大輔氏が日本からシンガポールまでと、最後のハワイから横浜までの区間に乗船し、彼による「客船余話」と称する講演が数回開催された。飛鳥Ⅱや飛鳥Ⅲの汽笛の周波数というマニアックな話やら、「世界一周クルーズ寄港地の中では、ニューヨークのマンハッタンにあるクルーズターミナルへの着桟が一番難しい」など元船長ならではの逸話がとても面白かったが、その中でかつて初代 「飛鳥」で世界一周クルーズに乗船した、精神科の医者にして船好きで知られた作家の故・斎藤茂太氏(モタさん)の著書が紹介された。モタさんの本によると、世界一周クルーズの船客は、乗船して当初シンガポールまででまず 「高揚期」を迎え、その後、船上生活への慣れや倦怠の期間を通じて、100日後の下船に至るまで何回かの心理的変化を経験すると云う。
世界一周クルーズを何回か経験した身からすると、なるほどモタさんの描写は言い得て妙だと、そのプロ的な観察眼に共感を覚える。たしかに世界一周クルーズでは、最初のシンガポールまでの8~9日間は、船内は妙に興奮した華やいだ雰囲気に包まれるが、その後の長いインド洋横断の頃となると「なんだか疲れてしまった」 「何で来たんだろう」などと漏らす人が毎回数名ほど必ず出てきて、中には実際に下船して帰国してしまった乗客もいるらしい。ハワイを過ぎ、もうすぐ日本となった頃、「これでやっと家に帰れて本心はとっても嬉しい」とロングクルーズ初乗船の女性から打ち明けられたこともある。また社交や船内行事のほか、寄港地の行動にも非常にエネルギッシュだなと思っていたら、途中で体調を崩してしまい、しばらく休養をとるためキャビンから出て来れないという乗客もいた。狭い空間で100日以上の時間を缶詰状態で過ごすとあって、うまく自分の心身をコントロールすることは、船上生活をエンジョイするために必須な要素と云える。
中村元船長の講話を聞くうち、モタさんは実際にどう船内の様子を分析し、それを文章にしたのかに興味が湧き、帰宅後に1997年に発売された斎藤茂太氏著 「船旅への招待」(PHP研究所)をアマゾンで取り寄せて読んでみた。以下その一部を紹介してみる (P.157~P.159)。航海開始後間もなくは 「 ワールドクルーズを通して、船客の心理はさまざまに変遷する。まず我々を襲うのは『ハイ』の状態である。96日間 (飛鳥による第一回目の世界一周は96日間だった)という長途の船旅。・・・当然そこに不安も起こる。武者ぶるい、不安を打ち消すための気分の高揚等々が絡みあって『ハイ』が来襲する。それを打ち消すために「何事にもチャレンジする。何でも食べる。何でも飲む。運動もする。それがえてして『オーバー』『やりすぎ』につながる」とある。
このためインド洋に入る頃になると乗客は疲れや倦怠感を覚えるのだが、それを克服してヨーロッパ区間に到達すると「みな船上生活になれ、心身をコントロールする術を知る。・・・これを沈静期と名づけていいと思う」となる。さらに大西洋を渡りニューヨークに着くと、クルーの交代などもあり「当然そこに『ハイ』の心理が生まれても不思議はない」「しかしそれは初期ほど激しくはなかった」。パナマ運河を過ぎて「サンフランシスコを出ると(日本の)税関申告書が配布され、気持ちが一挙に現実に引き戻された」「私はこれを不安期と名づけた」。最後に日本に近づくにつれ(不在の間に貯まった諸事等を思い出し)「『勝手にしやがれ』の思い・・・」が増し、「勝手にしやがれの時期と名付けた・・・」としている。すなわちモタさんは世界一周をするうちに 高揚期 → 倦怠期 → 沈静期 → 小高揚期 → 不安期 → 勝手にしやがれ期と乗客心理が変化すると分析している。
彼が乗船した初代「飛鳥」の時代より30年近くが経過し、社会情勢も乗客の構成も、またそれに伴う船内の様子も当時とは相当変わっているが、クルーズの進行とともに変化する乗客の心理状態は、今も当時もそう変わらないと思われる。私は今回乗船するに当たり、心身のアップダウンを少なくすることを目指し、行動はすべからく70%程度としようと決め、スケジュールは余裕をもったものにすることを心がけた。すなわち昼のアクティビティーはどうしても出たいものだけに厳選する、夕食が過ぎた後のショーや落語は部屋のTVで見て原則会場には行かない、夜のダンス会場は週に一回くらい、夜中に腹が減っても夜食を食べにリドへ行かない、バーやカラオケに行くのはどうしても付き合いがあるときだけと意識的に活動を控え、かつ毎日のルーティンはなるべく決めた通りに行うこととした。「せっかくだから後先を気にせずに大いに楽しもう」と誘惑の声も心の中で響いたが、心身を擦り減らさない程度にしていると、「ああ、今日は楽しかった」「また明日も楽しい日がやって来るに違いない」と余裕ができ、不調も覚えず毎日が過ぎ行くものである。ロングクルーズは腹七分目くらいが私にはちょうど良いようだ。









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