八千穂寿司のおいなりさん
2月24日(月)、テレビ東京の「世界!ニッポン行きたい人応援団」は、シアトル郊外に住み、いなり寿司を愛するアメリカ人女性を日本にご招待する特集だった。この女性の亡き祖母は進駐軍の兵士と結婚してアメリカに渡り、初孫だった彼女に日本料理を教えたそうで、おばあちゃんの味を受け継ぎたいというのが番組に応募した動機とのことだ。シアトル近辺には軍の基地が多いため第2次大戦に従軍して帰国した元兵士の家族が多数住んでおり、進駐軍で日本に滞在した米兵が日本人女性と結婚して連れ帰ったケースも多々あった。私がシアトルに駐在していた時も、進駐軍の軍人だった夫と結婚しアメリカに移住したオバちゃんが秘書をやってくれたが、一人駐在でアメリカの右も左もわからぬ中、彼女の様々な仕事ぶりにとても助けられたことを思い出す。かつての秘書のオバちゃんに孫娘がいれば、ちょうど番組の女性くらいかと考えると彼女に親近感を覚え、いなり寿司の作り方を日本の名店で短期修行しようとするその姿が興味深かった。
番組で彼女にいなり寿司のノウハウを教えた有名店の一つが、九段北のテイクアウト専門の「八千穂寿司」であった。この辺りは我がジョギングコースに近く、少し前よりこのお店があることは知っていたが、そこはJR市ヶ谷駅からは約600米もあり、一口坂という抜け道に面したあまり目立たぬ場所である。しかし「世界!ニッポン行きたい人応援団」でお店の人気や働く人たちの仕事ぶりが紹介されたのを見て、そんな名店ならば一度トライしてみようと、昨日はジョギング帰りに寄ってみた。午後のひととき、こじんまりしたお店にはすでに6人~7人の先客が列を作っていた。繁忙時を除き基本的には作り置きせず、注文を受けた分だけをすぐ後ろの調理場でこさえているため、簡単に客はさばけないようで、おばあちゃん始め4人~5人が一心に作業しているさまが並んだ列から見える。ふだん並ぶくらいなら要らない、ほかの物を買うとするせっかちな私ではあるが、家族総出で黙々と酢飯をお揚げにいれている厨房を見ると列を離れる気持ちにならず、何を注文するか陳列ケースを何度も確かめつつ待つことに。
約10分ほど待って買ったいなり寿司は、「いなり」単品 X 5(750円)、かっぱ巻き+かんぴょう巻+いなり2個(920円)入り「かっぱ合わせ」2点合計1670円プラス8%消費税。愉しみに折りを片手に持ち帰り、一口ほおばると油揚げは甘味がちょうどよく効き、味もしっかりした関東風、酢飯は口の中でほろりとほどけ、胡麻も入っていない素朴で懐かしいおいなりさんである。大将は神田淡路町の「志の多寿司」で修行したそうで、これぞ昔ながらの東京風というところ。子供の頃、玉電(現田園都市線)の真中(現駒沢大学駅)電停前に食堂があって、電車を降りるとそこのおいなりさんや、団子などを買って家路についたことを思い出してしまった。「八千穂寿司」はガリも本気の自家製、テレビで紹介されていた大将や会計の感じも良く、放送の余韻が去った頃にまた買ってみようかと思わせる味であった。お店は2021年に庶民的な巣鴨から靖国神社に近い九段北に移ってきたそうだが、大学や高校、オフィスが連なるこの街にちょっと似合わぬ「古き良き東京」の味わいである。
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