日本郵船が運航するGALAXY LEADER号の拿捕
日本郵船が海外から用船している(とみられる)自動車運搬船(2016年9月 広島沖)
日本郵船が『運航』する貨物船"GALAXY LEADER"(ギャラクシー・リーダー)が11月19日、紅海イエメン沖を航行中に、イスラエルと敵対するイエメンの反政府武装勢力 フーシに乗っとられたとするニュースが大きく報じられている。同船は最大で約5,000台ほどの車両を運ぶ貨物船(自動車運搬船)であり、巨大な立体駐車場にエンジンと操船設備を取り付けた様な外観で、ブリッジや乗組員の居住区は海面よりはるか上方に位置している。この海域では小型ボートを使って襲撃する海賊がしばしば出没するため、通航する船舶は海面上の警戒はするものの、自動車輸送船は船体の下部に海賊が取りつく手がかりがなく、乾舷が高いため通常は襲われにくいとされている。昨日は武装した犯行グループがヘリコプターから船体上部のデッキに降り立ちブリッジに侵入する動画がSNSで公開されたが、それを見るとクルーはまさか上空から襲撃されるとは予想もせず、シタデル(緊急退避指令所)に避難する隙もなかったようだ。
"GALAXY LEADER"はバハマ船籍でポーランドの造船所に於いて2002年に竣工した長さ189米、48710総トン(17127重量トン)のヨーロッパ仕様の大型船である。船主はGalaxy Maritime Ltd と登録されているが、実質はロンドンにビジネス拠点を置く Ray Shippingと云うイスラエル人の会社であり、その下で乗組員の手配や船舶の管理はギリシャのStamco Ship Management Co. Ltd社 が引き受けていると発表されている。通常、ギリシャの船舶管理会社は日本人船員を雇わないことから、本船に日本人クルーが配乗されていないのは不幸中の幸いだった。この船主は車両輸送船の世界ではイスラエル系の会社としてよく知られるかなりの大手であり、ヨーロッパのメジャーな船会社(運航会社=用船者)のほかに、日本郵船や商船三井、川崎汽船の邦船各社(運航会社=用船者)にも長期契約で船をチャーターアウト(定期用船契約)している。今回本船はトルコで揚げ荷をした後、空船でスエズ運河・紅海を通ってインドの積み地に向かっている途中に襲撃されたようだが、フーシはこの船を急襲して、イスラエルの船主に今後何を要求するのであろうか?
新聞やテレビでは「日本郵船の輸送船」とされる報道もあって、その用語の使い方に違和感を覚えるが、日本郵船は船主のGalaxy Maritime Ltd に対して単なる定期用船契約上の用船者であり、法的には今回の事件に当事者として関わる立場にはない。郵船のホームぺージには「当社が英国Galaxy Maritime Ltd から傭船する自動車専用船GALAXY LEADER(ギャラクシー・リーダー、以下「本船」)がインドに向かってイエメン、ホデイダ沖付近を航行中に拿捕されたと同社から連絡を受けました。当時、本船に貨物は積まれておりません。当社は…(中略)対策本部を立ち上げ、情報収集にあたり、本船の傭船者として乗組員25名の安全を第一に対応しています」とある。これは上場企業として情報開示には務めたうえで、人道上の配慮から「乗組員の安全」第一とはしているものの、あくまで『用船者』の立場であることを示して、本件について法的には無関係であることを示唆するアナウンスだとも読み取れる。
報道された本船の写真を見ると、外観は二引きの郵船ファンネルであり、NYK LINEと船体にもロゴが大きくペイントされているため、「日本郵船の輸送船」と呼ばれるのも無理はない。しかしながら既にこのブログで何度も書いてきたように、定期用船契約の上では、船舶が航海する上で生じる事故や事件の責任、ないしは船体の保全や乗り組員に対する安全責任は船主(またはその下にいる船舶管理者、または船長)にあり、定期用船の用船者(今回は日本郵船)にはないことが、永い海運の歴史の上でほぼ確立された世界的なルールになっている。定期用船契約では、船主は乗組員の手配を含め、船舶を必要な航海に堪えるように整え、積まれた荷物の保全に必要な注意を尽くすことが義務であり、用船者は航海に必要な燃料(バンカー)を手配、安全な海域を通って安全な積揚げ港に向かうことを船長に指示し、約定外の危険物を運びこまないことが根本的な契約義務となっている。
今回のケースに当てはめれば、現状では紅海が戦争などの危険水域になっていないため、郵船が用船者として「トルコから紅海を通ってインドへ行く」指示を出すこと自体に何ら問題はない。また船体が拿捕されたり乗り組み員が拘束されたりすることに対して、郵船が責任の一旦を負う必要はまったくなく、船主に対して「OFF HIRE」を宣言し、本船が解放されるまで一日当たり数万ドルの用船料の支払いを中断しておけばよいだけである。但し、もし積荷があった場合には、対荷主との間では道義的または商売上の関係で、用船者も事件に一定程度巻き込まることがあるが、幸い今回は空船だったので、郵船はただ事件の傍観者の立場となっているはずだ。もっとも次のインドで船積みを予定をしている荷主には、説明を尽くすとともに可能なら配下のフリートの配船繰りを変更して代船をだすこと程度は検討しているのかもしれない。一方の船主側は、乗り組員の安全についてはP&I保険、船体については(もし掛けていれば)不稼働損失保険や拿捕に対する保険、OFF HIRE保険などによる填補を求めると共に、本船解放へ向けて保険関係機関ないしは外交・法律専門家などによる支援を探ることになるだろう。この後、いかなる解放交渉がフーシと船主の間で行われるかが注目されるが、いずれにせよ本船が「日本の船」「日本郵船の船」としてセンセーショナルに扱われるのはどうなのだろうか?と思ってニュースを見ている。
追記:この船主は手広く日・欧の船会社(運航会社)に自動車運搬船を定期用船に出しているので、今後同社から定期用船した他社の船舶にも同じような事件が起きる可能性はあるかも。
紅海を進む飛鳥Ⅱ(2018年4月)デッキには海賊除けのフェンスが張り巡らされ、武装したガードマンが乗船、夜間灯火管制など厳重な警戒がなされた
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