川と掘割・江戸東京歴史散歩
父親の転勤で西日本に住んだ時と自分の海外勤務を除いて、まる60年間東京で暮らしてきた。この間に東京も随分と変わったが、やはり”ふるさと東京”だと思うと、町の歴史や成り立ちを知りたくなってくる。という事で、先に「東京の街の秘密50」などでアップしたとおり、最近は東京の歴史や地誌について書かれた本を読む事が多くなった。今回はPHP新書から出たばかりの「川と掘割”20の跡”を辿る江戸東京歴史散歩」という本をとても楽しく読んだ。筆者の岡本哲志氏は、NHK「ブラタモリ」に町の案内人として7回も登場した東京のエキスパートである。
ちょっと振り返れば、先の東京オリンピックを契機として作られた首都高が日本橋川や築地川、古川などを覆ってしまうまでは、東京の都心はもっと水辺が広がっていたものだった。さかのぼれば徳川時代は、いくつもの台地が入り江や低湿地に切れ込む場所であった江戸の町造りのために、水のコントロールとその有効利用が幕府の大きな課題だったのである。玉川上水の開設や神田駿河台の堀削、そして本書で展開される江戸市中を縦横に網羅した堀や運河、河川の建設をみるにつけ当時の土木具術水準の高さにあらためて驚くとともに、都市計画にかける幕府の思いが伝わってくる気がする。
さて、この本を読んでさっそく気になっていた日本橋堀留町あたりを昼休みに散策してみた。堀や運河もないのになぜこのあたりが堀留町というのか、実は以前からちょっと気になっていたのである。本を読んで目からウロコ、ここにはかつて東西二本の堀があり、日本橋川の舟運を利用した荷物の揚げ場として賑わっていた事がわかった。こうした水辺が大火や震災、空襲のたびに埋めたてられ、最後は物流の変化によって消えていったのが東京の水辺の歴史でもある。この種の本を読むと、これまで何気なく通行していた場所が以前はまったく違う情景であった事を知り驚く事が多い。そこを通りかかるほとんどの人が知らない地誌や歴史を、自分だけが知っているという密かな悦びが沸き起こるのである。
日本橋の堀留公園。 何気ない公園だが、かつてここに運河があった事を知る人は少ない。

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