夏の思い出
暑い。という事でかねてから主張する2時間のデイライト・セービングタイム(夏時間)を個人的に実施する。夜は10時頃に眠り朝は5時におきてジョギングである。東京ではこの時期は5時でも十分明るいし、運動するには日中の日照りより朝早い方がずっとましだ。どう考えても夏の東京の朝は遅すぎて明るすぎで、この季節は時計を2時間進めて現在の朝9時を11時とした方が良いのにと毎年思う。そうすれば今の午後3時に会社や役所は終業となるから、少々残業をしてもまだ十分明るいうちに職場を出る事ができる。原発に反対などと言ってないで夏時間をさっさと採用し、朝は涼しい内に活動を開始し夜は早く寝る国民生活にしたら余程エネルギーの有効活用に効果があるはずだが、原発反対の野党からも一向にこんなアイデアが出てこない。
冷房があるといっても、やっぱり外は暑いので真夏は嫌なものだが、そういえば子供の頃は冷房もなかったし、夜は蚊帳を吊って寝ていたのにこんなに夏は暑くはなかった気がする。子供の頃、東京の郊外に住んでいたけれど、夜は雨戸を明けて寝ると月明かりがきれいだったし、大抵の晩は風が涼しい風が吹き込んできて、夜半になると父母が雨戸をしめて寝たものだった。眠れぬ夜などは月明かりに映える雲をあかずながめて、宇宙の事やクラスの可愛い女子の事などを想像しているといつか眠りに落ちたものだが、都市化によるヒートアイランド現象で、夜中でもクーラーが必要な今の都会では、子供たちも夜空を見ながら寝るという事は出来ないのだろう。
夏といっても当時は冷蔵庫などなかったから、暑いさかりに来客があると冷たい井戸水を金ダライに汲み上げて、ビールやすいかを冷やしていた。来客の準備に忙しい両親に井戸水を汲んでおく様に言われ、往時の手漕ぎポンプでギッチラ、オッチラ水を汲むと、最初は生ぬるい水が次第に冷たくなるのが気持ち良かった。そのうちタライを溢れた水が庭を流れるうち、そこここに水溜りが出来て、そこをわざわざサンダルでバシャバシャと入っては泥んこ遊びとなってしまい、しまいには親に怒られた事なども夏の思い出である。さて今では季節を問わずいつでも様々な野菜が売られているが、この時期になると妻には夏の味として茹でただけのトウモロコシ、切っただけのトマトを出してくれと時々頼む事がある。しかし最近のとうもろこしもトマトもちょっと甘くなりすぎて、昔の素朴な味が懐かしくなるのである。くそ暑い夏はいやなものだが、また夏休みを思いださせるちょっとノスタルジックな季節でもある。

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そうですね、昔の人のように暑さをそのまま受け入れる癖をつけた方が得かも知れませんね。南国の人ではないけど、慣れてしまえば気にならないのかも知れません。冷やしトマトとビール、またやりましょう!!
投稿: MT | 2013年7月19日 (金) 22時45分
MTさん
昔は東京にも緑が多かったので、夜の風はもう少し自然でしたね。でも蚊帳を吊って、寝苦しさのあまり手や足だけ出すと、そこだけ蚊にくわれたり・・・・。
ビールと夏野菜で近々やりましょう。
投稿: バルクキャリアー | 2013年7月20日 (土) 10時12分