さざれ石
先日、蓼科のホテル・ハイジに行った際、妻が諏訪大社に寄ってみたいと言い始めた。と簡単に云うものの、諏訪大社は湖の東西に上社と下社が分かれており、上社は前宮と本宮、下社は春宮と秋宮と計4つのお宮があって、妻は全部お参りすると張り切っている。で、最初に訪れた上社・本宮前のみやげ物屋に「普通どういう順番で回るの?」など聞くと「あら~、4つとも行くの。あんまりそんな人いないけど順番は特にないよ」と肩すかし。どうも妻は時々人がやらない事に妙に興味を覚えて困るもんだ、などと一人ブツブツ呟きながら慣れぬ道を神社めぐりのドライブをしたのであった。
そんな中、3番目に詣でた下社・春宮の境内に祭ってあったのが「さざれ石」である。傍らの説明書きによると「 石灰が雨水に溶解され粘着力の強い乳状液(鍾乳洞と同質)となり何千年何万年もの間に小粒な石を凝結して次第に大きな巌となり苔むしてくる石である」とある。「あら、さざれ石は本当にあるのだ」などびっくりしたが、「君が代は千代に八千代にさざれ石の巌となりて苔のむすまで」という歌詞は、このさざれ石の事をそのまま歌った事に今更ながら気づき、我が国の平和を願う気持ちが石に託されてよく表されているのだと、改めて「君が代」の歌に思いを寄せるのである。
さて世界の主要国の国歌は戦いや勝利を祝う歌が多い中、王室や国家の安寧を基調にしたものはイギリスと日本だと云われている。君が代はもともと古今集の中に「詠み人知らず」として載っていた歌で、曲は明治時代になってイギリス人フェントンが作曲、これを雅楽家の林広守、奥義家らが改作したそうで、イギリスが「君が代」に関係していると云うのも王室と国歌という点からみると中々興味深い。スポーツの試合などで相手国の勇ましい国歌が流れた後に、雅楽の律音階によるおごそかな「君が代」が演奏されると、わが国の文化や伝統を世界に示す様でなかなか良いものだ、と感じるのはだんだん歳を重ねた証拠だろうか。
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