エンジョイベースボール
慶応野球部のモットーは”エンジョイベースボール”である。その心は野球をただ楽しくやるというだけでなく、猛練習を通じてチームの全員がベストを尽くす・仲間への気配りを忘れない・自ら工夫し自発的に努力するという事で、これを実践する事で初めて本当に野球を楽しめる事ができ、楽しんでこそ上達するのだと云われている。そのエンジョイベースボールの具現者が、昭和35年からの6年間と昭和57年からの12年間、計18年間監督を務めた前田祐吉氏であろう。前田監督はこの間にリーグ戦優勝を8回、大学選手権優勝2回、明治神宮大会優勝2回と輝かしい実績を残しているのだが、その前田元監督の「野球と私」(青蛙房)が出版されたので早速講読してみた。
「野球と私」には監督としての悩みや、伝説の早慶六連戦の話、遠征先でのエピソードなどの他、氏の野球に対する考え方が詳しく述べられている。一読してみると神宮球場で指揮を取っていたその姿がまぶたに蘇ると共に、当時の采配は氏の書かれている野球観をそのまま実践したものであった事があらためて理解できる。私の様なファンから見た前田野球というものは、手堅く一点を取って守りに徹する野球ではなく、思い切りバットを振りエンドランや盗塁などを積極的にしかけるもので、選手も一球ごとにベンチのサインを確認する様な事はあまりせず、のびのびと戦っていると云う印象があった。
前田氏はこの本のなかで、最近はやりのスモール・ベースボールが嫌いであるとはっきり書いており、アメリカのベースボールと同じく野球は点取りゲームで、守りに徹するものではないとの自身の考えを披露している。加えて一球一打毎に監督のサインを待つのでなく、自ら臨機応変に工夫するのが学生野球の本領であり、主力打者にはバントの練習をさせなかったと述べている。早稲田や法政・明治などの素質に満ちた選手に対抗する為に、色々工夫を凝らした前田監督の果敢な采配は、とかく定石通りでデータ重視の現在の学生野球より、見ていてはるかに楽しかった事をこの本を読んで思い出した。さて「私の野球」には次の様に前田監督が書いている箇所があるが、私はこれこそエンジョイベースボールの真髄であり、前田監督をして名監督と呼ばれるゆえんであると思うのだ。
『 私が唯一誇りに思えるのは、私が監督であった間、誰一人として卒業できない部員が出なかった事である。』『 野球部員にとって、授業に出席するのは義務ではなく、最も基本的な権利である。そしてこの権利を行使して自らを高めるか、放棄して惰性に流れるかは、自分自身の問題であり学業を放棄したツケは、一生自分で背負っていくしかない。大学で野球部に在籍した事は、何の言い訳にもならず、卒業後に直面する社会は、それを評価してくれるほど甘くはない。いかに優れた指導者でも、その人の教えを守って野球に精進すれば立派な人間になれると考えるのは、危険な思い違いである。学生野球の指導者にとっては、部員が努力すれば学業と野球が両立できる環境を与えることが、逃れる事のできない義務であり、自らを律するモラルだと私は考える。』
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