北海道の思い出
札幌や苫小牧などは、仕事や遊びで最近訪れる機会も多かったが、道東・道央の帯広・川湯・網走・旭川などは、高校の修学旅行や大学の合宿で来て以来40年ぶりの訪問である。そんな旅先での若い日の思い出が、ドライブ旅行中次々と思い浮かんでくる。
今回、川湯の宿は、高校の修学旅行で宿泊したのと偶然同じところであった。そういえばその修学旅行では、川湯に泊まる前々夜の層雲峡、前夜の網走湖の宿で、冷蔵庫内のビールや日本酒を飲んでしまい、水などを詰めてそのまま冷蔵庫に戻す生徒が大勢いた。川湯のホテルにはそれらの旅館からクレームが続々届き、先生達が慌ててコースを逆走して謝罪と弁償をして廻った事を思い出した。川湯の宿の広間には我々生徒が集められ、残った引率の教師にこってり絞られたのだが、あれはどの部屋だったろうか? 修学旅行から帰った後、飲酒した生徒達は停学処分になったが、あまりに多数の者がやっていて数クラスは停学の期間中、事実上授業ができなかった。あの時の悪ガキ達が、今や企業の内部監査役やコンプライアンス関連の役員になっていたり、公認会計士だったりするのを聞くと笑ってしまうのである。因みに私と言えば、冷蔵庫の酒を飲むなど幼稚な事はせず、外にビールを飲みに行って門限直前にそのまま布団直行だったので、何もお咎めはなかったのである。
大学時代は旭川近郊で国鉄の列車を止めた事を思い出した。その時は宗谷本線の塩狩峠駅近くのユースホステルに仲間と泊まったのだが、朝、皆寝坊して一日に数本しか来ない列車の出発時間になってしまった。その時に駅からユースホステルに電話があって、列車が待っているからすぐ駅に駆けつけてくれと言う。慌てて身支度や精算をして列車に飛び乗ったのだが、前日ユースに泊まる客の数を覚えていた駅の配慮で乗り遅れずに済んだのだ。列車は我々の為に15分ほど遅れて塩狩駅を発車したのだが、何の事はない、次の和寒駅で急行列車の待ち合わせの為30分ほど停車したのだった。ローカル線ののんびりしたダイヤだったので、現場の判断で我々は救ってもらえたのだろうが、今では列車が定時になっても出発しなければ、列車無線で即指示が飛んでくる処だろう。旧国鉄ローカル線時代の良き思い出である。
当時は大きなリュックを担いだ"かに族”で賑わっていた北海道である。懐かしい宿がまだ健在なのは嬉しいが、今は若者もレンタカーで廻るのが主流なのか”わ”ナンバーで一杯の駐車場を見ると、時代が変わった事を実感したのだった。
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