2026年4月 6日 (月)

第59回東京六大学陸上競技大会 観戦

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注目の早大 大型新人 新妻遥己(西脇工業)が優勝した男子5000米

第59回東京六大学陸上競技大会が横浜市の慶應義塾日吉競技場で行われ日曜日は応援に行ってきた。今シーズンの開幕公式競技会である。各校の選手達が冬季練習を終えてどのように成長したのか、早稲田大学に入った注目の長距離新入生陣などが出場するのか観戦への興味は尽きない。ただ最近は、陸上競技にせよ、野球、ラグビーにしろ、学生スポーツを見る際は試合結果だけではなく、孫のような世代となった選手達がスポーツに打ち込み、全身全霊を傾けて競技に挑む姿そのものを見るのが楽しみになってきた。また全国から集まったアスリートに伍して、最難関入学校である東大の選手達がどう奮闘して大会を盛り上げるかを見るのも、この大会でちょっと注目しているポイントである。アマチュアスポーツが高度に専門化するにしたがい、逆に東大の活躍は気になるものだ。などと思いつつ、気温が20度超えとやや暑いほどのコンディションの中、周囲にまだ桜の花が残る日吉のグランドで、出場する各校の選手たちに声援を送った。


今年で大会は59回となるが、我々が現役だった50数年前は、この大会がうぶ声を上げたばかりの頃であった。当時は原宿の織田フィ―ルドなどの会場で選手と東京陸協などの関係者が集まるだけの、応援する人もいないような大会だったが、昨日は6校の応援団やブラスバンドも入って競技場は大いに賑わっていた。応援団以外にも大会に寄せる歌なるものを演奏するバンドや、選手を盛り上げる子供たち(エスコートキッズ)の応援、さらに優勝者インタビューが行われるなど、ショーアップされた企画は手作りの時代を知る者にとっては隔世の感がする。なんでも「一般社団法人東京六大学陸上競技倶楽部」が組織され、大会がこの法人によって開催されるようになったために、スポンサー企業の協賛も得られ、このような盛り上げ方が出来るようになったのだそうだ。かつては陸上の試合といえば「純粋に体育が好き」とか「走ったり跳んだりが好き」系のジャージ姿が似合うオタク的関係者が目立ったが、我々の世代からすれば、その時代が懐かしく思えるほどの大会の盛り上がりである。


華やかになったと云えば、陸上に限らず、最近の学生スポーツの試合会場に足を運ぶと感じるのは、選手の父兄、特に母親の応援が多いことだ。かつて我々が現役だった時代は、高度成長期とあって親世代に余裕などなく、子供たちが勝手に駆けっこしている程度に考える親が多かった。試合会場に選手の母親でも来れば「おい、お前んとこママがまた見に来ているぜ、気持ちワルー」と皆でからかったものである。インターハイに出場したような選手も、親が応援に来ることはほとんどなかったと記憶しているが、最近は母親らしき黄色い声援が観客席からよく聞こえる。両親の世代が子供の成長にじっくり付き合えるようになったのは、正に平和な日本、豊かで成熟した時代になった証であろう。また以前、この大会は男子だけだったが、近年は女子の部があるのも時代の流れである。周囲を見回せば、観客席では我々同期がどうやら最長老グループになっているようだ。いまや立派に改装され近代的な競技場になったが、かつて青春時代に汗を流した場所で、50有余年を経て後輩達の奮闘を見ると、ほんの僅かなりとも今に繋がる伝統の一コマになれて良かったとしみじみ思う。と共に老境の身となっても戻って来る場所があるのはとても幸せなことだと感じる試合観戦である。

2026年4月 1日 (水)

平和学習とオールドメディアの情報格差

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「修学旅行 平和学習」の定番(らしい)長崎平和記念公園

東京では昔から名門と云われる私立女子高に通っている姪っ子と食事をする機会があった。その学校は幼稚園から高校まであるキリスト教のミッションスクールである。彼女とは「辺野古の同志社国際高校の事件ひどいね。平和学習という名で活動家のボートに載せられて、同年代の子が亡くなったなんて可哀想すぎるよね」とジイサンと女子高生の会話がはずんだ。「ところで新学期にある修学旅行はどこへ行くの?」と聞くと「長崎」だという。「まさかそこで平和学習みたいなのがあるの?」とさらに問うと「平和学習はあります」と答えるのでびっくりだ。この晩は、それ以上「平和学習」の内容について突っ込んだ会話は交わさなかったが、大東亜戦争で甚大な被害を受けた場所へ行ったり、沖縄を訪れて「平和学習」を行うのは、どうやら関西の同志社交際高校だけでなく、東京の学校でも行われていることを初めて知った。たまたま両校ともミッション系の学校だから「平和学習」が行われるのかは良くわからないが、同じ私学と云っても「独立自尊」で宗教とはまったく関係ない男子高校で学んだ私は、修学旅行と云えば隠れてビールを飲んだくらいの思い出しかない。修学旅行でも我々の頃と今では随分と大きな違いがあるものだ。


平和学習とは何なのか?日本修学旅行協会なる団体があるそうで、その理事長・竹内秀一氏による2024年8月8日付で、「修学旅行で行う『平和学習』」とは?」というコラムがネットにあるのを見つけた。曰く「生徒たちに「戦争と平和」についてしっかりと考えてもらいたいという学校が多くあるようです。」「修学旅行で『平和学習』」といえば、旅行先は広島、長崎そして沖縄が定番で、毎年、たくさんの学校が訪れています。広島・長崎で原子爆弾の被害について、沖縄で沖縄戦の惨状について学ぶことは、生徒にとって戦争の実態を知り、考えるための他に代えがたい貴重な体験です。」とある。またベネッセ総合教育研究所の2024年11月22日のネット記事では、修学旅行で重点を置いた活動内容として「平和学習」が上位にあげられ、最近では見学より体験型で、見るだけでなくより主体的にかかわるプログラムが増えてきている、とされている。とまれ「戦争と平和」などという大変な問題には、立場によって様々な解釈や切り口があって、広島や長崎、沖縄の戦跡を見ただけで、何かを学んだ気になるのも考えものだが、まあ今ここではそのことは問わない。ただ辺野古の事件のように、平和学習に名を借りて、反体制派の活動家たちの革命ゴッコに子供たちを巻き込むなど真っ平ご免である。ましてや「体験型で主体的にかかわる」が、建設工事妨害目的の日本共産党に深く関わりのあるインチキボートに乗船することとなると、そんなものは論外かつ言語道断だと云える。平和学習ならロシアに占拠された北方領土を知床や根室半島から遠望した方がよほどためになりそうだ。


さて先日、大学時代の友人4人で左傾化したメディアの事などを肴に呑んでいた。「辺野古の平和学習活動はひどい、TVや新聞などのオールドメディアがサヨク活動家に不利な情報を報道しない姿勢は如何なものか」と私が切り出すと、一同まったくその通りだと賛同してくれる。都立高校出身の1人は「高校時代の同級生と話すと、オールドメディアが報じる通りの反体制的な意見や、いわゆるリベラル的な会話ばかりで、自分が得たYoutubeなどの情報と余りにも違うので困っていた」「今日は遠慮なく日頃感じていたサヨクに対する鬱憤をはらせて酒がうまいよ」と言葉も軽やかで杯を重ねていた。別の日、今度は小学校から付き合いのある男性仲間6人との昼飲み会で、辺野古事件の活動家たちの酷さを私が採り上げると、一同ただぽかんとして、「ヘー、そうなの」と答えるばかりだ。気が付けば、こちらの仲間は皆 XやYoutubeなどのネット情報にアクセスせず、日頃の情報はテレビや新聞のみから得ているグループだった。オールドメディアはサヨクやリベラル側がおこす不祥事にはひどく寛容、かつ「報道しない事由」を駆使し、彼らに都合の悪い出来事については風化を狙うのが常だが、この件でもテレビや新聞 (除く産経新聞 )の思惑に友人たちがもろにはまっているのが良く分かった。中高年層に於いては、SNS情報に日常的に触れている層と、テレビや新聞のオールドメディアを情報源に頼む層とでは、情報の量がまったく違い、社会を見る視点に大変な較差が生じていることを如実に感じた二つの飲み会だった。

2026年3月25日 (水)

同志社国際高校の辺野古事故 沖縄の闇

 

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那覇市内で見たノボリ 基地反対は利権の巣窟


3月16日の昼頃、沖縄県の辺野古基地建設工事現場沖を見学する建設反対派の「平和丸」と「不屈」のボート2隻が転覆したとするニュースが報じられた。この事故で 「不屈」の船長が死亡、沖縄県に修学旅行に来ていた京都の同志社国際高校の女子生徒一名も「平和丸」で亡くなり、他に負傷者も多数出ているとのことであった。彼女たち一行は沖縄の”平和学習”なるもので2隻のボートに乗船していたそうだが、修学旅行生がサヨク陣営の巣窟のような場所にわざわざ出向いて事故にあったとあって、これは大変な事になるだろうと予感した。すでに辺野古の建設反対運動(妨害活動)では、反対派の老婆がダンプカーの前にわざと飛び出す無謀行為を行い、これを防ごうしたガードマンが轢かれて死亡した事故が一昨年おきており、今回で2度目の死亡事故発生である。団塊世代の薄汚いサヨク老人による革命ゴッコでの死者はいい加減にしてもらいたいものだとニュースを見て思った。


ニュースに接し、まずは同志社と云う名が知れた学校法人の高等学校の修学旅行生が、辺野古基地建設抗議船という事業登録もされていないインチキ妨害船になぜ乗っていたのか理解できなかった。”平和教育”ならますます混迷を深める東アジアの安全保障、なかんずくシナの覇権主義を見据えた地政学などを学ぶ必要はあるのに、ネットで報じられる同校の”平和教育”には、防衛施設庁や在日米軍の声を聞くプログラムなどは一切見られず、ただサヨク過激派の施設に民泊したり、この妨害ボートに乗船するのが目的のようだ。教育基本法第14条第2項には、「法律に定める学校は、特定の政党を支持し、又はこれに反対するための政治教育その他政治的活動をしてはならない」と規定されており、学校は政治的に中立であることを義務付けられている。同志社国際高校のきわめて片寄った”平和教育”は法律を逸脱しているのは明らかだ。


先日、大阪のある市の商工会議所会頭を務めている友人と呑んだ際に、彼は「東京では想像できんやろが、関西では同和教育とか平和教育に名を借りたサヨク教育がすごいんよ。その中でも特に京都はひどいよ。」と我々関東人が知らぬ実情を教えてくれた。調べてみると、辺野古では、基地建設工事が遅れれば遅れるほど、活動家にいつまでも金が流れる利権の構造が存在するようだ。妨害すればするだけ、地元にお金が落ちるのである。そのほか修学旅行の”平和学習”で地元活動家に払われるカネや、日教組はじめ本土の様々な労組からの送金が辺野古反基地活動の支援金になると云われている。自分たちの学費や組合費の一部が革命ゴッコに使われることについて、生徒の父兄や企業の一般組合員は今後その是非を厳しく追及して欲しいものだ。


今回の事件で、事故後10日経過しても未だに判らないことがある。亡くなった女子高生が乗っていた「平和丸」の船長の名前が一切公式に明らかになっていない点だ。この平和丸船長と見られる人物は事故後も無傷で歩く姿がTV映像に出ているにも関わらずである。修学旅行でバス乗車中に事故に遭い亡くなった生徒がでれば、ただちにバス運転手の名前が明らかにされると云うのに、この差は一体何なのか。ましてや海難事故の場合は、世界中どこでもどのケースでも最終かつ最高責任者は船長である。「平和丸」の船長は、共産党幹部(またはその関係者)であり、デニー玉城知事にきわめて近い人物であるため名前が発表されないということが、ネットでは明らかにされているが、オールドメディアはこれをいつまでも隠している。玉城知事が事態鎮静化まで、この秋に行われる知事選の出馬表明を控えているのもなるほどと合点がいく。辺野古での妨害活動の実態、それに甘い玉城知事麾下の県警察、平和教育などの怪しげな利権、ひそかに活動家に流される資金、メディアの「報道しない自由」など、今回の事件がきっかけになって様々な沖縄の実態が全国民にわかっていく。かつて米外交官のケビンメア氏が指摘したとおり沖縄の闇は深い。

りンク:
ゆすり発言(2011年3月11日) 
アーミテージ・ナイ対談(2011年8月26日)

2026年3月17日 (火)

80万アクセス突破と辺野古の”平和学習”

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ダンスパーティ(飛鳥Ⅱ船上、2025年7月)

 

ふと気が付くと、このブログのアクセスカウンターが80万を超えている。777,777回に達したと密かに喜んだのが昨年8月末のことだから、200日余で2万4千回アクセスがあったことになる。同じ端末(IPアドレス)からは、何度アクセスを受けても一日に一回分しかカウントされない仕様とあって、毎日100人以上の方々の閲覧を受けている計算になる。素人の駄文に付き合っていただき、誠に嬉しい限りである。このブログを開設したのが2008年の2月で、当初は第3の職場で仕事もなく座っている時間の手慰みとして、いかにもパソコンに向かって一心に書類を作っているフリをするのに良いと思って始めたものだ。それから18年以上、環境はさまざま変わったものの、ここまでよく続いたものである。文章を作る難しさは都度感じることだが、それにも増してブログを始めてからは、日常生活にしろ旅先にしろ、興味を感じたことについてじっくり観察や考察をする癖が着いた。ややもすれば感動もなく流されがちになる生活に、メリハリがついたのはブログの思わぬ副次効果だったと云える。


18年と云えば、この歳月の間に人は変わるものだ。例えば社交ダンスのレッスンをこの間に妻とともに始めたが、それまでは客船でそれらしく踊っている男女を見ては何だか気持ち悪いものだと思っていた。私はどちらかと言うと及び腰で、妻の強い希望に従ったものだが、実際にやってみると段々と踊ることが負担にならなくなってきた。そして今ではおば様たちが圧倒的に多いダンスパーティやら発表会も出席を乞われれば断らないようになったのだが、顧みればこれは何という心境の変化であろうか。人間は幾つになっても変われるものだと我が変容に驚くばかりである。「今日が人生で一番若い日」とは正に至言である。少しでも興味を覚えたことは「もう遅い」などと思わず、手をつけてやってみることが人生の楽しみに繋がることも発見した。これからは体力や運動能力が衰えていくことだろうが、やってみるかと思い立ったことは、「年甲斐もなく」などと思わずなるべく参加するようにしたいものである。


もっとも歳をとってくると、自己主張が強くなってくる。先日も市ヶ谷の防衛省前をジョギングしていたら、たまたま「辺野古への移転反対」とカードを掲げた団体がいたため、「(支那の軍拡で防衛力強化が必要なんだ、)文句あるなら支那に言え」と通りすがりに棄てゼリフを吐いてしまった。彼らにからまれないようにさっさと走り過ぎたのだが、後ろでは活動家たちが私の背中目がけてワーワーと何か喚いているのが聞こえた。段々と暴走老人になっていくようで、自制しなければと再度誓うこの頃である。その辺野古では「平和学習」と称する活動で、基地建設反対の抗議ボートに乗船した京都の女子高生が、船が転覆して亡くなった。本当の「平和学習」なら軍拡を続ける支那共産党のことを学ばねばならないし、辺野古建設を推進する側の意見にも耳を傾けなければならない筈だが、その視点での活動はプログラムにはないことが判明している。左巻きのインチキ連中が若者にトンデモ教育を施し、挙句の果てに死亡事故を起こすとは、一体世の中はどうなっているのかと嘆きたい。時々はこういうパヨクに水を浴びせるブログを書かねばと老生は心を新たにするのである。

2026年3月 9日 (月)

男性の更年期障害

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オールドメディアにしろネットコラムにしろ、健康に関する話題は読者にうけるようで、成人病やガン、老人医療などに関する記事を毎日のように目にする。戦乱やら倒産などが身近に起これば「健診」などと言っていられないから、それぞれが体のことを気にできるのも世の中、平和で安泰のしるしである。ということで、最近は「男性の更年期障害」などと従来あまり話題にならなかった症状(症候群?)を取り上げて、人々の耳目を集めようとする記事が目につく。齢をとれば筋力や生殖能力は衰えるのがすべての生き物の宿命なのだから、殊更に騒ぐことはないとは思うものの、読売新聞の「家庭版」3月号の「ココロとカラダの相談室」では「加齢現象だと見過ごされがちな男性の更年期障害」なる相談コーナーがあり、あまり関係ないと思いつつもつい読み入ってしまった。


ここでは医師の解説とともに、「男性更年期のセルフチェックリスト」なる質問、すなわち「総合的に調子が悪い」「睡眠が良くとれない」「心理状態が不安定」「憂鬱な気分」など17項目があり、それぞれ「症状なし1点」から「中等程度あり3点」「非常に重い5点」までの5段階に自分の状況を当てはめて合計点で該当者か否かを判定している。さっそくリストに取り掛かったところ、14問目までは「筋力低下」以外、まったく自覚症状がないことが分かった。それはそうだ。もし70歳をとっくに過ぎても筋力低下を感じないとすれば化け物のようなスーパー爺さんで、筋力などは衰えるのが当たり前であり、毎日の会社勤めがなければ、心理的負担はぐっと減るから夜もよく眠れるのがこれまた当然である。


ところが第15問「性的能力の衰えを感じる」第16問「早朝勃起の回数の減少」は、前立腺をガンで全摘した自分には答えようもないことが分かって思わず苦笑してしまった。前立腺を取る際には、普通その周囲にある勃起中枢も除去してしまうから、いくら第17問目にある「性欲」があってもそもそも「性的能力」は発揮できなくなる。よく見れば「ココロとカラダの相談室」に相談を寄せた質問者(本当に質問があったかどうかは不明だが)は45歳男性とあるから、前立腺ガンなどの対象年齢に達していないし、筋力低下もあまり自覚しないことだろう。どうやらこのリストの設問自体はもっと若い人向きかと、紙面を前にぶつぶつと呟く私を見ながら「女性の更年期障害だって大体50歳前後だから、男性だってそのぐらいなんじゃない?あなたのようなお爺さんはお呼びでない」と妻が横で笑っている。


そうかオレはとっくに更年期云々は過ぎて、本当のジジイかと改めて自覚するのだが、男女の性別という面では齢をとれば却って良いこともある。若い頃は20歳代のカワイイ女の子にしか目が行かず、それ以上の年齢の女性はまったく目に入らなかったものだが、齢を重ねるにつれその対象年齢が拡大していく。それも若い頃に気にした顔の美醜やスタイルの良し悪しではなく、「ただよう品の良さ」「感じの良さ」「受け答えのすばらしさ」「言葉の美しさ」など内面からにじみ出てくる所作に「女性らしさ」を感じ、いまでは同年代の70才台はもちろんのこと、80才台の女性でも素晴らしい人、美しい人がいるものだと感じる。更年期を過ぎると女性に対するエネルギーは昇華されるようだ。ちょっとしたことでもよいのだが、日々なにかの機会に感じの良い大人の女性と会話したあとは、ほんのりとした気分にさえなる。こんな時にはわが身を顧みて、自分も品の良い爺さんだと思われるように立ち居振る舞いを意識せねばと暴走ジイサン気味の私は心するのである。

2026年3月 1日 (日)

米+イスラエル イラン攻撃

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今や満開 大手町 丸紅前の河津桜

忘年会や新年会が終わり、年末・年始は忙しいので2月に会おうと約束した延期バージョンの諸会合もこの時期になってやっと終了した。昨年末に受けた健康診断で「要再検診」などの注意があった項目については、「まあ、大丈夫だろう」との自己判断もあったが、そこは小心者の老生である。2月にはそれぞれ専門医を一応受診して「まあ、良いでしょう」とのお墨付きも先ごろもらった。この時期は、確定申告も終わってホッと一息の季節である。ふと気が付くと街角から沈丁花の匂いがそこはかとなく漂い、都内では河津桜が満開の時期を迎えた。「めでたさも中ぐらいなりおらが春」と云う心境である。


オールドメディアではほとんど報道されていなかったが、かねてからネット界隈で喧伝されていた通り、米軍とイスラエル軍によるイランへの爆撃が始まった。この問題は以前より軍事衝突が必至だと云われており、一説には先週末に米軍が攻撃を開始する可能性が非常に高いと云われていたのだが、現実はネットの識者予想より1週間遅れての戦闘となった。ここで戦争が始まればペルシア湾の原油輸送に重要なホルムズ海峡が多大な影響を受け、ガソリンの価格も高騰するであろうから、自衛策としてこのところマイカーのガソリンは常に満タンをキープすることを心掛けてきた。昨日もガソリンを満タンにしたばかりとあって、暫くはガソリンの給油も必要なく私としては高みの見物である。もっとも戦闘が長引けば船舶燃料用バンカーオイル(C重油)の値段も高騰することが想定されるが、この春に乗船予定の「飛鳥Ⅱアラスカ・ハワイクルーズ」のバンカー(燃料油)サーチャージは1月末までの原油価格を基準に算定されるとあり、今回は適用外とあってまずは一安心。中東の出来事は決して他人事ではない。


週明けには世界で一番早く開く東証始め世界中の株価が多大な影響を受けるのだろうが、この処の株価の急激な値上がりからどれだけ下落するのか、こちらも注目である。反対にホルムズ海峡が封鎖されたり紅海地域への紛争拡大が続けば、代替航路の手配で船舶輸送のトン・マイルが増大し海運株の値上がりが起きるかもしれない。他方、極東情勢を見れば、今の米軍は2正面で作戦を展開する余力はないだろうから、この機に乗じてシナは台湾に軍事侵攻する可能性も取り沙汰される。4月の米中首脳会談を前に、シナが危険な賭けに出るのは難しいという考えもあり、いずれにせよ台湾情勢にも目が離せない。米軍によるベネズエラのマドゥロ大統領の鮮やかな拘束作戦に肝を冷やしたシナ人民解放軍は、現在の実力では米国とコトを構えたくない姿勢になったとも報道されており、イランでの軍事衝突からシナ共産党は台湾進攻について何を学ぶのだろうか。イランの後ろ盾にはシナがいるとされており、習近平はこの戦争を大いに注目していることだろう。これからの世界で何が起きるのか、ネットやオールドメディアを比べながら過ごす閑な老生の週末である。

2026年2月24日 (火)

三重県 鳥羽国崎沖 貨物船 「新生丸」と遊漁船 「功成丸」の衝突事故

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499型貨物船 (2025年8月瀬戸内海にてMITSUI OCEN FUJI号より)

三重県の鳥羽国崎町沖で 20日昼、内航貨物船「新生丸」と遊漁船(釣り船)「功成丸」が衝突、「功成丸」は船体が真っ二つとなって2名の釣り客が亡くなり、多くの重軽傷者が出ると云う重大海難事故が発生した。事故が起きたのは午後一時頃で海上は穏やか、視界も良好と云われる中での大変残念な事故であった。この事故では鳥羽海上保安部に業務上過失致死の疑いで逮捕された貨物船「新生丸」の当直2等航海士が、まだ21歳の若さの女性だったことも話題になっている。

 

報道をベースに「新生丸」をトレースすると、同船は広島県呉市の海運会社が新造して所有するいわゆる「499型(ヨン・キュ・キュウ)貨物船」で、JFE物流に定期用船(あるいは航海用船だけかも)され、水島のJFEスチール水島製鉄所から愛知県衣浦にある同社知多製造所への鋼材輸送に従事し、事故時は空船となって水島に折り返す途中だったようだ。「499型貨物船」は、500総トン未満ならば船員資格や乗り組員要件が有利になるために内航海運では広く普及している船型で、長さは80米弱、幅約12米、重量トンでは1600トン余りのバラ積み荷物や鋼材を輸送する汎用型貨物船である。


衝突場所を地図で確認すると、現場は大王崎と潮岬を結ぶ直線上にあり、ちょうど中京工業地帯と西日本各地を結ぶ航路とあって、多くの船舶が輻輳する海域になっている。一方、遊漁船「功成丸」は2001年に就航し、レーダーや魚群探知機などを備え、この海で永年に亘り営業を続けてきた船であることがホームページからわかる。見通しや海象に問題のない昼下がり、現場海域を知り尽くした遊漁船と、荷物はなく船脚も軽い貨物船の間で何があったのだろうか。

 

報道を見て「21歳の女性が一人で当直とは?」などという声がネット上では喧しいが、周囲に船舶がいると言っても湾内から外洋に出てホット一息の時間とあって、船長は自室に戻るか、昼食の為に食堂にでも居たのであろう。499型船は通常甲板部、機関部併せ5人~6人で運航し、入出港や狭水道以外では航海当直は一人体制である。この型の船を操船するには、少なくとも6級海技免状を取得することが必要なのだが、この免状は数か月の座学、乗船実習に半年の乗船経験を経て受験資格を得られるそうだから、若い航海士が一人で操船していたことは何ら不思議ではない。(内航船でも2航士は原則12時~16時の当直に入るそうだ)


多くの釣り客を乗せ釣行中の遊漁船と、貨物船が衝突コースに入った時はどちらの船に優先権があるのだろうか。重いトロール網などを曳く漁船は目立つ場所に鼓型の黒い形象物を掲げ、周囲の船舶に警戒を促すことが定められている。ただ遊漁船(釣り船)については通常の動力船かつプレジャーボートと同様に扱われ、海上衝突予防法に基づき右側から近づいて来る方の船に優先権がある。報道によれば遊漁船「功成丸」の右舷に貨物船「新生丸」のバルバスバウ(球状船首)が衝突しているので、貨物船を右に見る遊漁船に過失度合いが大きいことになる。もっとも事故後、真っ二つになって浮かぶ遊漁船「功成丸」をヘリコプターから撮影した映像を見ると、遊漁船のマストには「本船は動力がなく錨泊中」を示す黒く丸い形象物(球形形象物)が掲げられていた。とすれば「功成丸」が現場で錨を降ろし錨泊をしているところに、貨物船「新生丸」が突っ込んだ可能性が高く、貨物船側の見張り不充分がこの事故の大きな原因になるようだ。但しこの場合でも遊漁船側も見張りの義務があり汽笛を発するなどの必要があったので、そのあたりの過失の割合は微妙になることだろう。

 

内航の貨物船のブリッジを考えると、出港後は当直をしている間にも、様々なペーパーワークや雑務をこなさねばならないことがある。見張りはおろそかにできないが、どうしても手元の書類やログブックなどに気を配る必要もあるだろう。時には会社から電話があったりで、一人当直の内航船では、何もかも自分でやらねばならない場面があるそうだ。船内では三度の食事も自炊することが多いと聞く。トン・キロベースでは国内物流の4割は内航海運が占めているにも関わらず、この業種は慢性的な人手不足と3Kの象徴の様な労働環境に甘んじているのが現状である。重大な事故を起こさないために、内航貨物船にこそ絶対的な衝突予防装置の装備が求められると思う。また報道に応じた「功成丸」の乗船者は、衝突時に救命胴衣を着用していなかったかのように語っているが、ライフジャケットの着用義務も今一度徹底することが必要ではなかろうか。

 

錨泊中に掲げる球形形象物 (2025年6月 メキシコ カボサンルーカスの飛鳥Ⅱ FORE MAST)
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2026年2月21日 (土)

宮本輝 「よき時を思う」 (ネタバレあり)

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ちょっと奇妙な小説である。「よき時を思う」は、90歳になる金井徳子お婆さんが子供や孫たちのために開く一世一代の華麗な晩餐会の話と、金井家とは特段縁が深いわけでもない三沢家の親子の話が別々に語られ、2つの家族の物語が絡みあうでもなく終わるという構成である。2023年に刊行された宮本輝の小説「よき時を思う」の文庫版(集英社文庫)がこの度出版されたのを新聞広告で知り、宮本ファンの私としては早速書店に並ぶ文庫本を購読してみた。買ってきた本を手にして一度目は筋を追いながら先を急いで読んでみたところ、ハッピーエンドではあるものの、滋賀県の近江八幡市に住む金井家と東京郊外の三沢家の2つの家族の別個のストーリーが交錯することなく終わる展開に、「これで終わり?」と思わず呟いてしまった。作者は「よき時を思う」で何を描きたかったのか。「よき時を思う」とは、いつの時を思うことなのか、しっくりと頭に入って来ず、結構ぶ厚い本を改めて今度は一ページづつじっくりと字句を追ってみた。


例によってこの小説には悪人が出て来ない。サスペンスやどんでん返し、はたまた恋愛の駆け引きがあるわけでもない。金井家の晩餐会物語の中にはフランス料理やワイン、美術工芸品に関するウンチクがテンコ盛になるが、それも決して嫌みではなく淡々と話は進んで行く。登場人物は全員が教養のある、『レベルの高い人々』で、姑である金井徳子お婆さんとその家に来た嫁(母)がきわどい冗談を交わせる良き仲であり、父と30歳になる娘、金井綾乃が手を組んで街中をデートするような、現実にこんな素晴らしい三世代の大家族がいるのかと思わせる地方の素封家が舞台である。その一家8人のために、一晩で400万円もの費用がかかる極めて豪華な晩餐会を開く徳子さんなのだが、なぜそんな饗宴を催すのかが物語の中で次第に明らかになると云う筋立てだ。16歳で請われて名家に嫁いだが海軍軍人だった夫が新婚2週間で戦死し、一時は自刃(じじん)も考えた徳子さんである。しかし戦後、再婚して教育者となった彼女の凛とした生きざまが、晩餐会を彩る様々な登場人物たちの人生に色濃く投影されると云う設定は、ストーリーテラーの宮本輝の面目躍如という感がする。


この晩餐会とはまったく別個に、金井家の長女、綾乃が寄宿する家の大家さんである三沢家の話が小説の中で展開するが、こちらは父親と思春期の息子の深刻な断絶と26年後の再会がテーマになっている。作中、家出して永年行方知らずになっていた息子と会えるものの、うまくやって行けるかと心配する父親に、隣人は「もう心配することないですよ。つまりは、父親が息子のことを心配したから始まったぶつかり合いなんですよ。ちょっとした言い方と、それをどう受け取ったかのほんの微妙な感情のずれなんでしょうね」と答えるが、このあたりが困難があっても時の経過とともに大抵のものは乗り越えられるという作者の心情がにじみ出ているようだ。金井家の物語と三沢家の物語は、それぞれが関連しない別仕立てだが、2度この本を読んでみると、『人生の不条理』は歳月を経るうちに『癒される』とする宮本輝ワールドが通底して描かれていることに気が付いた。「幸せな家族」と「幸せがこれからまた来る家族」それぞれが過ごす「よき時」とは、日々刻々、通り過ぎる日常を丁寧に過ごすことで、人生はより味わい深いものになることを示しているのだと私は解釈した。ほっこりとする気持ちを味わったら、金井一家が住む近江八幡の武佐の町を訪れたくなった味わいのある小説であった。

2026年2月16日 (月)

中道改革連合 負けに不思議の負けなし

20260216
交差点の向こう側 中道 海江田候補の選挙演説 


週に一度くらいはブログを更新したいと思っているが、トピックスも見当たらない。こともなく日々が過ぎてゆく。この間、衆議院選挙では自民党が予想以上の大勝とあって、誠にご同慶の至りだ。東京第一区に住んでいるので、私も妻も選挙区では自民党の山田みき候補に、比例区では日本保守党に投票した。山田みき候補は中道改革連合の海江田万里候補を破って当選、残念ながら日本保守党は当選者を出せなかったが、直近の選挙で2%以上の得票を得ることが必要とされる政党要件を今回も満たすことができ、我々の投票が死票にならなかったことは幸いである。私はふだんから山田候補を特に応援しているわけではないが、元来が保守主義である上に対立候補の中道(ex立憲民主党)の海江田候補には絶対に一票を投じたくないという理由がある。そもそも海江田氏は慶応の経済学部卒とあって同学部を卒業した同窓で親近感はあったし、かつては自宅の近所で良く辻立ちもしていたので16年前にはこんな内容のブログもアップしている。

 

『駅前演説』(2009年7月31日付)

『 朝、衆議院選挙に立候補するであろう、民主党の海江田万里氏が駅前で演説しているのを見た。大学同窓のよしみ、またこれまで、かつての「朝まで生テレビ」その他あちこちのテレビでの彼の発言に好感を持っていたから、いつも「頑張ってね」と声をかけてきた。彼はそのたび演説をやめ、歩み寄って来て「ありがとうございます」と握手を返してくれていたが、先の「郵政民営化」選挙の自民党圧勝のあおりで現在は浪人中の身、演説もより熱がこもっている様だ。

今回は朝の出勤時であったが、一言彼の姿を見たらどうしても言いたい事が思い浮かんだ。 「 海上自衛隊の洋上補給は民主が勝っても続けるのだろうね。あれをやめたら世界の笑われ者になるよ、本当は民主はどちらなの? 」と歩みを止めて彼に聞くと 「その通りです。私が当選すれば、なんとしてでも続けるようやってみます」と明確に答えていた。民主党でも、まっとうな候補者はやはり解っているのか、と少し安心したのだが、では選挙になってやっと現実的な対応も検討するいう事は、派遣が決まった時は現実を見ない党であったという事になる。私などは、ここいらで自民党が野党になって永年の膿、澱を一度出し尽くしてもらいたいものだと願っているのだが、そんな反対の為の反対をして国会の審議を伸ばした民主党しか受け皿がないかと思うと、急に情なくなる。ましてや社民党と連立を組む事を民主党は想定して、その為に自衛隊の扱いがあいまいだ、などとニュースで聞くと、やはりこの党に投票するのはどうしようかと思ってしまう。

悩ましい次回の選挙であるが、さて海江田氏はてっきり学校の後輩だと思って、街頭でも偉そうに口をきいてしまったところ、駅前で配られたビラを良くみるとほんの僅かだが彼が先輩だった事がわかってびっくり。かつてなら1年違えば身分は奴隷であったから大変生意気な注文の仕方をしてしまった、と反省。次回駅前で見かけたら「先輩、頑張って下さいね」と小声で応援する事にした。』


自衛隊の洋上補給とは、当時アフガニスタンなどで頻発したテロの対策として、米軍を中心とした艦隊がインド洋に展開し、これら艦艇に海上自衛隊が燃料や物資を国際貢献の一環として行っていた行動である。これに対し例によって共産党や社民党などのサヨクが反対表明をしていたのだが、民主党が政権をとった暁には、この問題にどう向きあうのかを、辻立ちの海江田氏に聞いたものである。その時は、選挙が終わっても海上自衛隊の洋上補給は「なんとしても続けるようにやってみる」と私に向かって断言した海江田氏であった。その言葉を信用して彼を見守っていたのだが、いざ民主党の鳩山政権が2009年夏に誕生してみると、翌年初頭にはあっさりと自衛艦の派遣を止めてしまった。その当時、新聞やテレビでは海江田氏が民主党内で洋上補給を続けるべしと主張したなどの報道は一切なく、挙党体制で海自の派遣中止を決めた模様で、私は「なんだ彼はやはり口先だけの男だったのか」とひどく落胆し、以後一切の応援をしないことにしたものである。


今回の衆議院選挙でも自宅の近所の交差点で海江田候補の選挙演説が始まった。選挙目当ての完全な野合集団である中道改革連合を鼻白む思いで見ていたので、信号待ちの間に周囲にいる海江田候補の運動員に聞いてみた。「辺野古への移設は公明は賛成、立憲は反対だけど一体どうするの?」「安保法制は違憲なの、合憲なの?」「原発は廃止?維持どうするの?」の三質問である。本当は喋っている本人に聞きたかったが、演説の終わりを待つほど暇ではなかったのでビラを配る運動員に尋ねてみた。最初に質問をぶつけた若い運動員は、マスク越しに困った顔をするばかりでなんら返事を寄越さない。次に聞いたやや年上の運動員は、これまたマスク越しにうすら笑いを返してくるばかりで返事が一切ない。「そうか答えられないのか、そうだろうな、じゃあしょうがないな」と毒づいて青信号になった交差点に踏み出した。中道改革連合の大敗については、すでに様々報道されている通りだ。言えることは、旧態依然たる(日本ではなぜかリベラルと呼ばれる)サヨクの教条主義や安全保障観のいかがわしさ、ジェンダーフリーなどの過激思想に国民が飽きたこと、TVや新聞などサヨクびいきのオールドメディアがネット社会に凌駕されたことなどが挙げられる。その上、シナ共産党による誠に時宜を得た恫喝外交が高市政権への大きなアシストになったことは言うまでもない。「負けにふしぎの負けなし」である。

2026年2月 9日 (月)

オルセー美術館所蔵 印象派展

20260209
有名(らしい)ルノアールの「ピアノを弾く少女たち」(写真撮影可)

妻が「オルセー美術館所蔵 印象派」展が上野の国立西洋美術館で開催されているから一緒に行かないかと誘ってきた。美術方面にはまったく疎い私だが、上野なら家から30分の距離だし、陽の光やうつろう大気を描いた風景画主体の「印象派」なら分かり易く気持ちの良い作品も多いだろうと、一緒について行くことにした。頭が筋肉で出来ているわけではないことを証明するために、一年に一度くらいは芸術の香りを嗅ぐことに興味があるふりをすることも必要である。なんでもオルセー美術館は、フランスのパリにある19世紀専門の美術館で、印象派の画家の作品が数多く収蔵されていることで有名だと云う。肖像画や宗教画などと違い、これなら館内で退屈することもないかと思い鑑賞の前日に国立西洋美術館のホームページを見ると、展覧会には「室内をめぐる物語」というサブテーマが付いており、見ても良いと思った風景画ではなく、室内画や人物画が中心の展示だとある。なんと印象派の画家たちは、風景画だけでなく室内を舞台にした作品も数多く手がけたのだそうだ。なんだか肩透かしを喰ったような気がしたが、これも何かの縁、勢いで平日の夕方に上野を訪れることにした。


印象派と云えば、私でも分かるのが光の変化の質感を表現する筆致の独特さである。明確な輪郭線を描かず強く短いストローク(というらしい)で大胆に描かれた絵画は、正確さや写実性の追求よりも、見る人をしてそう見えるように描かれた巧みな技法に思える。美術の素養がまったくない私には、印象派の絵画をどのように文章に表現したら良いのかうまい言葉がでてこないのだが、展覧会に行って彼らの絵画の前で短いストロークに目を凝らしたのち、あらためて絵全体を見ると、描かれた何気ない筆太の線たちが実に有機的に働いて作品を作っていることに感心する。人間はある場面を見ても対象物の詳細を一々追っているわけでなく、イメージでとらえたものを脳内で適当にスキャンして理解しているのだから、印象派による場面の捉え方は、人間がふだん相手を認識する視野に近いのかもしれない。などと今まで考えたこともない視点を提供してくれるのも展覧会に行くメリットである。


平日の午後にも関わらず切符売り場はそれなりの列が出来ており、やはりその7~8割が女性であった。老いも若きもそれなりに身なり正しく教養の高そうな「ご婦人がた」が多いようで、こんな「ご婦人がた」の一団に混ざって薫り高き美術作品を鑑賞する一時が日々の生活の中にあっても良いものだ。薄暗い館内に入れば、作品を前にして傍らの解説を読んでなんとなくわかったようなふりをしながらの絵画鑑賞である。有名(らしい)なルノアールの「ピアノを弾く少女たち」の前では、周囲がそうであるように殊更ゆっくり佇み、じっと絵画を凝視するが、細かい技法やら時代背景も分からず、目前の絵から何が伝わってくるかなど自問もできない我が教養のなさにもどかしくなる。ただモネやマネ、ルノアールやセザンヌなどの室内画が展示されているうち、昨年フランスの「モネの家」を訪れた経験から、「あ、これはモネの絵だな」と分かる程度には目もこなれて来た。我ながら嬉しい進歩である。こういう調子でたまには芸術作品に触れ、我が「教養」を少しでも高めたいものだと自答しつつ、黄昏迫る上野の山を下りた。フランス芸術に触れると何故だか美味しいコーヒーが飲みたくなり、帰路にセーヌ河畔のルーアンにもあったパン屋の”PAUL”でケーキを買い、夫婦二人して家でお茶をした文化的な夕べであった。

2025年5月14日ブログ:飛鳥Ⅱ 2025年世界一周クルーズ第51日 モネの家

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