カテゴリー「ジョギング・マラソン」の記事

2019年6月27日 (木)

いだてん~東京オリムピック噺~・前半終了

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金栗四三のバナー

日曜夜のNHK大河ドラマには近年まったく興味がなかったが、今年の「いだてん~東京オリムピック噺」の前半部(6月末までの陸上編)は毎回必ずチャンネルを合わせ楽しみに見た。滑舌の悪いたけしを落語家として配するミスキャストもあって番組は低視聴率に泣いているそうだが、主人公・金栗四三はじめかつて陸上競技界の草創期に活躍した大先輩たちの話がとても興味深い。むかし教科書や専門誌で読んだ雲の上の彼らの生きざまがドラマを通じて活き活きと展開されると、伝説の存在が急に身近に感じられるようだ。

この大河ドラマ、かなり面白おかしく造られたストーリー展開なのだが、実は随所に陸上経験者なら知っている背景や裏話が入っており、それを読みとくのもこの半年間の楽しみだった。我が国の長距離競走の先駆者だった金栗四三の活躍はもちろん、私も履いたハリマヤシューズと陸上界の関わり、東京高師(現・筑波大)が日本の体育やスポーツ普及になした貢献、日本女子体育大学の創始者・二階堂トクヨと高師の関係、箱根駅伝と読売グループなどなど、他にも「な~るほど、そうだったのか」と目からうろこの逸話も毎回見られたのだった。

話の中で、人力車夫の存在がかなり大きな要素になるのは、陸上競技の草創期に「プロ」のランナーであった人力車夫がトラック種目で活躍して問題になっていた事が背景にあるのだろう。実際に明治36年の第8回陸上競技大会(現在の日本選手権)のマラソンでは、1位から5位までを人力車夫が占めたが、結局アマチュア規定違反で失格になっている。また大正14年の第6回箱根駅伝は、日大が3区に登録選手の身代わりで人力車夫を起用し問題になり、日大は翌年の出場を取りやめたこともある。

ドラマの中ではハリマヤのマラソン足袋が大きく取り扱われており、事情を知らない人は実存した一介の足袋商店の異例の扱いにいぶかる声も出そうだ。しかし長距離走の黎明期に金栗四三の助言を得て、多くの選手に足袋を供給したハリマヤの貢献は知る人ぞ知るところである。「いだてん」は玄人好みのドラマだとも云われていたそうだが、まさに云いえて妙の評価だと思う。とにもかくにも主人公の金栗四三がいなければ、お正月の箱根駅伝もなかったわけで、そう考えると彼の存在は私の人生にも影響を与えてくれた事になる。さてドラマの後半、水泳の田畑政治の活躍はいかばかりだろうか、これも楽しみである。

大塚にある金栗足袋発祥の地の銘板
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2018年10月 5日 (金)

60歳代後半のランナー

人生も60歳代後半になると、筋力の衰えを如実に感ずるものである。60歳くらいまでは皇居一周、ちょうど5キロで高低差約30米のコースを20分以内で走れたが、いまやとてもそんな記録はだせない。それでも65歳になる前は、頑張ると21分くらいで一周できたのが、65歳以降になると22分を切るのに 「ハーハー!、ゼーゼー!!」と喘ぐ始末である。速度にすると5キロの距離を時速15キロで走れたものが、時速13.5キロくらいでしか走れなくなったというわけである。


そう云えば、かつて国際大会で活躍したような元大選手が、還暦過ぎにレ―スに招かれて走るのを見ると、名選手もずいぶん遅くなったと感じたものだ。特に65歳以降に招待された場合は、若い頃と違って、よぼよぼした走りで、まるで他人事として見ていたのだった。ところ変わって今度は自分がその年齢の老人になると、ちょうど彼らのようで、おのれのフォームが町のショーウインドウに映るところなどをみると、一生懸命に走っている割にはよたよたのゆっくりジョギングのように見えて何とも情けなくなってくる。


たとえばいま私が、皇居一周を時速13~14キロで走ろうとした時、ふつうスタートして3キロ~3.5キロくらいで息が苦しくなる。以前なら苦しくともそのままのリズムで5キロ程度は押し通せたのだったが、60歳代後半となると、そこで腕を意識的に振ったり、ステップを維持しようと努力しても、ただバタバタと苦しさに全身もがくばかりでスピードが持続できない。生理学的な知識はないのだが、筋持久力というのだろうか、酸素やスタミナが切れた状態のなかで、筋肉が踏ん張る能力が失せてきた事を如実に感ずるである。


これが老化という事なのだろう。若い頃はまったくの無名選手で、いつも他人の後塵を浴びせられてきたのだが、永く走ってきたおかげで、今は同年代のレースでメダルや賞状を貰えるようになった。だが最近こうも遅くなってくると、次は「70歳代以上」という部門がある大会を狙って走るしか良い思いができないかという気もしてくる。もっとも最近思わぬ大病・手術をして気弱になった私に妻がくれた斎藤茂太氏の「モタさんの楽ラク人生術」という本には、「他人と比較するな」 「ある年齢になったら無理に体を鍛えるなかれ」「年齢相応と思って生きるのが楽なみち」とあって懸命に走るのはもう卒業するかという気持ちも一方でおこるのである。

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息の苦しくなる3.5km過ぎ

2018年2月26日 (月)

東京マラソン2018

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だいぶ前後もばらけてきた終盤の芝公園地点

義理の妹が東京マラソンに出たので、昨日は都内数か所あちこち廻って彼女の家族と応援してきた。天気は曇り空で気温は低いものの風がほとんどなく、応援にはまずまずのマラソン日和である。通過地点そばの地下鉄階段を上がり地上に出ると、いつもは多くのクルマが行き来する大通りを、市民ランナーたちが河の流れのように通過していく。沿道はどこもランナーたちを応援する友人や家族たちが二重、三重の人垣を作って立錐の余地もない。3万人余りの参加者を応援する人たちが、地下鉄で都内あちこちを移動するのだから、この日はさぞかし都営にしろ東京メトロにしろ地下鉄がウケに入っていることだろうと想像される。


それにしても目の前を通るランナーを応援していると、最近は外国人がとても多いのに気がつく。特に目立つのが台湾から来た選手たちで、彼らは団体ツアーなどで大挙してやってくるのだろう。“タイワン加油(ジャヨウ)”と声援を送ると、序盤は皆にっこり笑い返してくれるも、後半38キロ地点の応援ではうなずくのが精いっぱいというのもご愛嬌。そのほかドイツ・北欧・イギリス・イタリア・アメリカなどそれぞれのお国柄をプリントしたウエアを着込んだランナー達に、”ビバメヒコ!””GO AUSSIE"などと声援を送っていると、次第にこちらも大会に参加している気分になってくる。


目の前の大河のごとき流れも、シリアスランナー達が通り過ぎると、奇抜な恰好の人たちが増えていくのが面白い。オロナミンCの茶色の大きな瓶が通り過ぎれば、富士山の着ぐるみを着たランナー、帽子から靴まで上下真っ白なスーツ、和服姿とか金太郎、アラレちゃんにミニーちゃん、ウオーリーにマリオ、あるいは鞄を持った背広のサラリーマン姿も走っていく。酒飲み風おっさんは、蓋をした生ビールのジョッキを持って42キロも走るようで何ともご苦労さんなことだ。それぞれこの日のために準備したウケ狙いコスチューム姿に「いいぞオロナミンC!」などと声援を送ると、皆ここぞとうれし気に手を振ってくれる。マラソンはまさに人と人とのふれあいの場である。


さて最近は応援するランナーが現在どこを走っているのか、一瞬にしてスマホのアプリで見る事ができ、これを目安に地下鉄の降車駅がわかって便利である。それでもホームから地上に出ると、目の前の途切れぬランナーの流れに戸惑い、お目当ての人を見つけるのは難しい。幸い今回の義妹は序盤から梅宮辰夫のお面をしたランナーの後ろを走っていたので「梅宮が来たらもうすぐ」と目印が明瞭で探しやすかった。という事で梅宮の目標が良かったものか、日頃ほとんど走る練習もしていない彼女は5時間そこそこで無事ゴールにたどりついたのであった。こうして走らない者も楽しめた東京マラソンも、警察や消防、大勢の関係スタッフ、その他多くの支えがあってこそ無事に運営されているのが現場に行くとよくわかる。彼らに感謝しつつコースを後にした日曜日だった。

東京マラソンに関する過去の記事
東京マラソン2015 「マラソンには魔物が棲む」か?(2015年2月23日)
東京マラソン 2014・ボランティアの記(参加してこそ・・・)(2014年2月24日)
東京マラソン2013・皆が勝者(2013年2月25日)
感謝・東京マラソン2012(2012年2月26日)
魔の30キロ・地獄の35キロ(2011年2月28日)
東京マラソン応援(2010年2月26日)
東京マラソン後日譚(2009年3月27日)
妻の東京マラソン初挑戦(2009年3月22日)

2018年1月31日 (水)

第16回新宿シティーハーフマラソンは棄権願望のチキンレース

飛鳥Ⅱのクルーズから帰った翌日の日曜は、恒例の新宿シティーハーフマラソンである。第16回目となるこの大会は、東京の真ん中を走るハーフマラソンとして人気の大会だ。最近は東京マラソンの前哨戦としてこれを走りたい人も多く、抽選で出場の可否が決められる中、我々新宿区民は優先枠があるので、今年も気軽に申し込んでおいたものである。とはいうものの昨年のこの大会以来、20キロを超える距離は練習でも走った事がないし、なにより飛鳥Ⅱの船内では怠惰で贅沢三昧の時を過ごしたから、とても寒風のなかハーフマラソンに飛び出す気分にはならなかった。


飛鳥から帰って、天気予報はどうかと見れば当日は曇りで最高気温が5度との事で、それを聞くとますます萎えてくる。おまけに今回は妻ではなく一緒にレースに出る事になっている義理の妹は、一体どうしている事やらと前日LINEをチェックすると、彼女は昼からずっと何かイベントの打ち上げで飲んでいるという。夕方には「明日はムリかも」とあり、LINEの別の参加者からは「このままじゃ、明日倒れるから棄権をしなさい」と忠告が入っている。この様子なら彼女はまず出走しないだろうから、こちらもスタートに行かない良い口実ができたと思いつつベッドに入った。


とは思ったものの念のため当日早朝に確かめると、前の晩遅くに何を思ったのか「おやすみなさい、明日はとりあえず行きます」とびっくりの方針大転換。このまま二度寝を楽しもうかとすっかり棄権モードになっていた私だが、かなり年下の義妹の手前、走る方では大先輩である私がそう簡単に辞めると言うわけにいかなくなった。「やめるんじゃなかったのか!?」としぶしぶ準備を整え、会場の神宮球場に向かったのである。


ということで実に気合の入らないハーフマラソンだったが、彼女の方は心配していた関門の制限時間をクリアーして無事完走、私も年相応に記録は落ちたものの、60歳以上の部では今年も何とか入賞できたのであった。義妹は姉である私の妻から、私があまり走る気がないと聞かされていたようで、私が先に走らない宣言をしたら、渡りに船とばかりにやめられると思っていたそうだ。お互い「棄権」という誘惑へのチキンレースを競いながら、ついに引き下がる事ができずにギリギリまで粘り、その結果がまぁオーライだったというのがこのハーフマラソンの真相らしい。

スタート・ゴール会場の神宮球場のベンチから。野球の監督達はこの視線でゲームを見ているのか。
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2016年12月 1日 (木)

ねんりんピック東京都選手団解団式とスクワール麹町

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東京都選手団団旗返納

長崎ねんりんピックの東京都選手団解団式が、先の日曜日に四谷駅前のスクワール麹町で行われた。参加22種目、約400人の役員・選手のうち、解団式に集まったのは人数的に全参加人数の半分ほどだろうか。好成績であった水泳やマラソンの結果が紹介され、それぞれの競技の戦いぶりが報告された後、参加団旗が東京都体育協会に返納されて、今回の長崎ねんりんピック東京都選手団の活動は打ち上げとなった。会場では各種目競技チームからそれぞれ1名の代表がこの大会に参加した感想を述べたが、主に70歳台になろうという各長老の話しっぷりはしっかりしていて滑舌もよく、とても老人のスピーチとは思えなかった。ねんりんピックに参加するような元気なシニアたちは、しゃべる方も若者以上に元気なものだと目を見張ったのである。


そういえばねんりんピックのマラソン(各3キロ・5キロ・10キロの3種目)では、総じて60歳以上の部でも70歳以上の部でも、その年代に達したばかりの”若い”人が上位に多数入っていたようだ。その中で西日本のある県の代表が68歳にして60才台の部で3位になっており、「年齢が上がっても、やりようによってはまだまだ走れるのだ」と私はその人の走りっぷりにずいぶん勇気づけられた。こういう元気なランナーを見ていると、私も60歳代の後半になっても、Young at Heartで頑張ってみるかと云う気持ちが湧いてくる。今後、仕事に拘束される時間が減って練習時間はよりとれる事になるだろうから、まずは2年後のねんりんピック富山大会の東京予選に出るべくトレーニングをつんでみようかと欲も沸いてくるのだった。


それはさておき、2度にわたるねんりんピック大会出場に際して、集合場所として四谷駅前のスクワール麹町に何度も来たが、この便利な施設は11月30日で土地借用契約満了のために全館規模での営業が終了する。施設の一部こそ来年はまた使用できるとの事だが、ここはねんりんピックの他、かつて仕事関連の集会のために何度か来たことがあり思い出深い会館でもある。元々この場所には消防署があって本来は東京消防協会の厚生施設だと云うが、来年以降は駅前のこの立派な建物はどうなるのだろうか。ただ次回もし都の予選を突破しねんりんピックに出られる事になっても、その時に集まるのはこの場所でないのかと思うと、ちょっと寂しい気持ちもする。そんな感慨を抱きつつ、フランス語の「広場」という意味からきたスクワール麹町で行われた解団式に参加したのだった。

2016年10月17日 (月)

ねんりんピック長崎に参加して

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ねんりんピック長崎の開会式

この週末は、”長崎でひらけ長寿の夢・みらい”と銘打たれた第29回全国健康福祉祭(ねんりんピック長崎)のマラソン交流大会に参加した。国民体育大会(国体)が日本体育協会や文科省が主催するに対し、こちらの”ねんりんピック”は60才以上の高齢者の大会として厚労省が主催(共催:スポーツ庁)するイベントで、毎年、日本の各地持ちまわりで開かれている。参加者の年齢からして本格的な競技志向というよりは、「地域や世代を越えた交流」を趣旨とするので、同じ強い選手が続けて出る事がない様に、選手は隔年にしか参加できない仕組みになっている。私も東京都の予選を突破して、一昨年の27回栃木大会以来のマラソン交流へ出場である。


土曜日は秋空に恵まれ、諫早にあるトランス コスモス スタジアム長崎陸上競技場では、常陸宮華子さまご臨席の下、スポーツ庁の鈴木大地長官も参加し、盛大な開会式が行われた。全国の都道府県に加え各政令指定都市の代表選手団は入場行進や式典の後、スタンドに着席して配られたお弁当を楽しんだが、2万人収容できる観客席がほぼ満員だったから、各競技にそれだけの数の選手・役員たちが集まった事がわかる。これを見ていて思わず宿代や貸切バス代の他おみやげ費用なども含め、何億円の経済効果が開催県にあるのだろうかと疑問が浮かんできた。参加する選手には、交通費・宿泊費に一定の補助が各出身地方から出ているし、国体ではそれらが全額公費負担だそうだから、国体やねんりんピックなどは、お金が開催県へ循環して地方を活性化させるシステムとしての役割もあるのだろう。


などと野暮な事ばかりでなく、実際に町をユニフォーム姿で歩いていると、子供たちが必ず「こんにちは」と声をかけてくれるのがとても気持ちよい。きっと全国からお年寄りが集まってくるから必ず挨拶をする様に言われているのだろうが、彼らにとっても観光バスが何百台も集まり、大挙して老人が我が町に押し寄せてくる光景は印象深いものに違いない。それにしても開会式の地元の高校生たちで構成されたブラスバンドは素晴らしかったし、様々なダンスのエキジビションも完成度が高くて感心した。こうして子供たちの挨拶をうけ、年々レベルが高くなっているような課外活動に触れる一方で、老人たちがピンピンと元気で走ったり飛んだりしているのを見ると、日本はやっぱり良い国だと思うのである。


さて男女あわせて250名ほどが参加した3キロ、5キロ、10キロの各マラソンは、男性選手の多くが短いランパンにランニングシャツ姿のシリアスランナー・スタイルで、いまどきの若者に多いタイツを履いた”なんちゃってランナー”風はあまり見ない。最近の各地の普通のマラソン大会より余程こちらの格好が「本格的」なのは、それぞれが各地方代表として誇りを持って走る証であろう。もっとも急に蒸し暑くなった天気の影響からか、頑張りすぎて足に力が入らなくなり、ふらふらになって倒れる男性ランナーが何人かいたのは年齢を考えると仕方がないか。ただ女性ランナーには倒れる人がいなかったようだから、歳をとっても女性の生命力は男より強い事をあらためて思い知らされた。私は今回も入賞する事ができてメダルを貰えた上、各県代表のランナー達といろいろ交流でき快い疲労と共に帰京してきた。

2016年6月 1日 (水)

ねんりんピック長崎2016

外出から帰ると留守番電話に東京陸上競技協会からメッセージがあってコールバックしてくれとの事である。かつて現役選手だった頃の登記・登録は神奈川陸協だったし、東京陸協に何か用事があったかなと訝しく思いながらも電話をかけると、「今秋、長崎で行われるねんりんピックのマラソンに東京代表で推薦したいが都合はどうですか」と係りの人が言う。昨秋行われた予選に参加したものの、その時は60歳になったばかりらしき元気なランナーに大きく離されての2位だったから、今年は駄目かと忘れていた。それがどうも1位の選手が怪我かなにかで都合がつかず、参加を辞退したために次点の私にお鉢が廻ってきたようで、出場を依頼する電話に二つ返事で応えたのだった。


正式には「全国健康福祉祭」と云われるねんりんピックは、年に1度開かれる「60歳以上を中心とした健康と福祉の祭典」である。国民体育大会の老人版と思えば良いが、国民体育大会が文部省関連に対してこちらは厚労省が主体で、国体と同じく全国各地もち回りで開かれている。開催期間中は各県代表によるテニス・卓球・ソフトボール・ラグビーや水泳などの競技スポーツの他に、ゲートボールやペタンク、ダンスなどシニア向け種目も競われ、さらに囲碁や将棋などの文化交流も行われるというお祭りである。1988年に始まったねんりんピックも29回目になる今年は長崎県で開催されるが、選手は最短でも一年あけた翌々年にしか出場できない仕組みなので、一昨年の27回栃木大会に参加した私にとっては、実質的に連続出場という事になる。


さて問題は団体競技や技術・経験がものをいう種目と違って、走力は60歳を過ぎると年々急速に衰えると云う点である。各地で盛んに行われるシニア向けマラソン大会の結果を見ても、50歳代と60歳代の記録は大きく違うし、60歳と65歳の間に刻みがある試合では、5歳の差によってもその差が歴然としてくる。昨秋の予選会で私が60歳そこそこの選手に遠く及ばなかった通り、長崎においても60から70歳までが一括りの中で、60歳代半ばになると云う私がどこまで「若い」選手に食い下がる事ができるのだろうか。思い起こせば、高校時代にはぜひインターハイに出場し全国から来た選手と戦いたいと思っていたが、実力が伴わなずインターハイどころか県予選で敗退したものだった。しかしあれから半世紀近く経って、予選を突破し東京代表として連続で『全国大会』に出られる事になるとは、人生は面白いものである。

2015年12月 4日 (金)

皇居ランの思わぬ幸福

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半蔵門にて皇后陛下のお姿(奥に天皇陛下)

都心できわめて便利、警官がそこかしこに配備されているので夜間でも安全、1周するとちょうど5キロと切りが良い皇居周回のコースは、早朝から深夜までつねにランナーで溢れている。以前は神田あたりの銭湯で着替えて走る人もいたが、最近ではコース周辺にロッカーやシャワー設備を備えたジョガー用の店も多く、遠方から走りに来た人にも便利になった。私が陸上競技を始めた1960年代には「欧米ではジョギングと云って、選手でもないのに趣味でゆっくり走る人達が増えてきたんだって」と話題になったものだが、正に隔世の感の皇居周回コースである。


皇居周回を走っていると乾門か半蔵門の辺りでちょっとした人だかりと、多くの警官が配置についている光景に出会う事がある。皇室の方々の皇居への出入りがあるのだが、一団が首都高を利用する際には北側の乾門、赤坂の東宮御所や都内各地を訪問される際はここ半蔵門を通るからランナー達と交錯するのである。そんな場面に行き当たると、よほどタイムを計って先を急ぐ走りをしていなければ、警官か周囲の刑事に「誰がお通りになるのですか」「あと何分ですか?」と聞いて待つ事にしている。警官はこちらに一瞥をくれ、まあ怪しそうでないと見ると「○○宮様です」「あと何分でここを通過します」と親切に教えてくれる。門の脇には見学者用の一角が簡単に仕切られており、そこで皆で手を振っていると、皇室の方々は車のブラインドガラスを下げて我々に手を振って下さるのである。


これまでも皇太子殿下・妃殿下はじめ宮様たちを何度か拝見したが、先日はたまたま天皇皇后両陛下がお通りになると云うので、ジョギングを中断して手を振る事にした。見物の中国人の観光客などもちらほら見られる中、スマホの動画を熱心に操作し動画を撮ろうとする白人の中年男性がいたので「今日はlucky dayだね。天皇皇后両陛下だよ」と英語で話しかけると「知ってます、今回で両陛下の通過を見るのは2回目ですよ」とまことに流暢な日本語が返ってきて、欧米にも皇室マニアがいるのかと驚いたのだった。などとしばしそこで佇むうちにいよいよ車列は近づき、一台の窓がスルスルと下げられると、見慣れた皇后陛下のニコヤカなお顔とその奥で会釈される天皇陛下のお姿を拝見できたのである。


平日こそ車の排気ガスがやや気になるものの、緑近く適度な高低差ありかつ信号一切なしの上、運がよければこうして天皇陛下をお見受けできるとあって、ジョガーにはとっては素晴らしい環境のコースだといつもここを走る度に思うのである。天皇皇后両陛下を拝見できたこの日は、それからの走りにいつの間にか力が入ってしまい「♪起て一系の大君(おおきみ)を、光と永久(とわ)に戴きて、臣民われら皆ともに、御稜威(みいつ)に副わん大使命、往け八紘(はっこう)を宇(いえ)となし四海(しかい)の人を導きて・・・・・・♯」などと愛国行進曲を思わず口ずさんで速度を増している自分に気がつくのである。いや皇居ランは良いものだ。

2015年11月25日 (水)

ねんりんピック長崎大会・予選

駒沢陸上競技場で行われた来年のねんりんピック・長崎大会の予選を兼ねた第20回シニア健康スポーツフェスティバルTOKYOのマラソンの部に出場した。ねんりんピックは厚労省と各都道府県などが共催する60歳以上のスポーツ・文化の祭典で、各都道府県代表によるマラソン・水泳・テニス・剣道・ソフトボール・サッカーなどの競技の他に、ゲートボールやゴルフ、ダンスなどのシニア向けスポーツも行われる総合イベントである。更に囲碁・将棋・俳句・マージャンなどの文化交流大会に、常陸宮さまと同妃ご臨席による開会式や音楽祭・美術展などが期間中に催され、持ち廻りで開催にあたる各県では地域の一大イベントになっている。


一昨年に駒沢公園で行われた第18回シニア健康スポーツフェスティバル TOKYO で3キロの部を気軽に走ったところ、この試合が翌年のねんりんピックの予選を兼ねており、昨秋は栃木で行われたねんりんピック栃木2014 のマラソンの部(3キロ)に参加できた事はアップした通りである。選手は隔年のねんりんピック本大会にしか出られない規則になっているから、あれから2年後この秋の予選で一着になればまた来秋のねんりんピック長崎大会に東京代表で出場できる事になる。という訳でマラソン大会の会場となった駒沢公園に先の勤労感謝の日に集合した。マラソンの競技は3キロの他に10キロや5キロの部もあるが、もともと学生時代は中距離(800米や1500米)が専門だった私は、短いほうが相対順位が良いから、東京代表を狙うなら3キロである。


ただ問題は年齢で、60歳を過ぎると筋力や走力はそれ以前の落ち方に比べて確実に早くなる。駒沢の会場で昨年の栃木ねんりんピックで仲良くなった何人かのランナーと再会すると、みな一様に去年より記録が落ちたとボヤいているのである。みな総じてリタイヤかセミ・リタイヤの身だろうから、時間的には練習するのに充分な環境のはずなのだが、いかんせん年齢には克てず、60歳になったばかり(厳密には予選時59歳から参加可能)の『若手』の参加がなによりの脅威となる。今回3キロの部は参加30名ほどでスタートしたところ、その中にただ一人ダントツに速いランナーがおり、プログラム記載のその名は初めて見るから多分60歳台になったばかりの新参者に違いない。ゴールではその彼に30秒も離されて2着と一敗地にまみれ、来年の長崎ねんりんピック出場は結局ただの夢となってしまった。こうなればこの一着のランナーが何かの都合で来年のねんりんピックを辞退して順番が繰り上がらないかと、一緒に長崎旅行を楽しみにしていた妻が嘆く昨日今日である。

人気のないスタンドのポール。掲揚された旗のロープが寂しく
風になびきカンカンとポールに響く音は風情あって良いものである。
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2015年10月27日 (火)

第5回大阪マラソン2015・その後

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さて予定時間をはるかにオーバーしながら何とかゴールにたどりついた大阪マラソンである。思わぬ結果にがっくりし、とぼとぼ帰路についたがそれはそれ、記録にかかわらず新幹線の中での完走ご苦労さん会は別の楽しみである。あれだけのエネルギーを使ったのだから、今日ばかりはうんと体に悪そうなものを食べてやろうと、新大阪駅でサラミソーセージに唐揚げ、串かつ、焼き鳥にとんかつ弁当などをしこたま買いこんで新幹線に乗り込んだのだった。水分といえば朝から各給水所でスポーツ飲料ばかり飲んでいたので、口の中が妙に甘辛くて気持ちが悪い。ビールは500ml の「大」なのは当然として、スポーツ飲料の口直しにはウイスキーが良いかと水割りとハイボール缶も買っての乗車である。


車中、体が疲れ過ぎてビールが苦いと珍しい事を言う妻を横目に、プシューとタブを開けビールをゴクゴクと飲み始めると、これがいつものビールなのにやけに甘く感じるから不思議なものだ。苦味がビールの醍醐味だと云うのに、苦さを感じる神経が麻痺し、疲れで甘さを欲しがる本能が味覚を変えてしまうのか。甘く感じるビールを飲み干すと次はウイスキーを、と思うもこの日はなぜかウイスキーにあまり意欲がわかない。胃腸はそう疲れていないし疲労もそう強くはないが、体が「こんなきつい事を課しやがって、ちょっとサボらせてもらうぜ」と飲酒を拒否しているような感じさえする。


「魔の30キロ、地獄の35キロ」と幾度か書いた通り、フルを走ると20キロのレースやハーフマラソンにはない強い肉体的ダメージを受けるもので、どうみても40キロ超の走りは20キロ走の倍ではなく2乗くらい疲れる気がする。世の中には100キロマラソンやらウルトラマラソンなどと云う競技もあるが、私には42キロ以上は到底無理であろう。そんなフルマラソンを走った後は体内の細胞という細胞から水分を使い果たした様な感覚が押し寄せて、近ごろ年齢相応に増えたトイレの回数もその日はピタっと止まってしまう。大阪では朝8時のスタート前にトイレに行ったきり、ビールをいくら飲もうと東京の家に着くまで12時間ほど催さなかったし、その晩も寝る前にトイレに行ったきり、普通は明け方に行くトイレもなかったのだった。


さきの検診の結果、毎朝計れと医師から言われている血圧は、マラソンの翌朝は上下ともいつもより10以上低い事が今回わかった。体内のエネルギーが枯渇してしまい充電レベルが低下し、血圧まで下がってこういう事になるのだろう。まあ、こうやって一年に一度くらいはフルマラソンを走り切り、体内充電池をEMPTYにしたり細胞内の水分を出して、新たにチャージし直すのも健康面では何となく効果がありそうで、断食療法などはこれの静的版だと云う気がしてくる。一般的に運動は体に良いとは言われているものの、はたしてフルマラソンはそうなのかどうか解らなくなるが、こうして完走した後の2~3日間だけは、体重やら何やらを一切気にせず好きなものをたらふく食べ、運動もしなくて良いというのがご褒美、かつストレスからの解放、極楽生活である事は間違いない。

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