カテゴリー「鉄道」の記事

2019年5月20日 (月)

★貨物線乗車の旅★お座敷列車「華」で満喫 首都圏ぐるり旅 新宿発品川行き

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根府川駅に停車する「華」

以前に働いていた会社の現役の人たちに誘われて、5人グループで日曜日は「テツの一日」を楽しんだ。これは「びゅうトラベルサービス」の主催で、ボンネット型特急車輛485系を改造したお座敷列車「華」に乗り、普段は営業列車が通らない経路や貨物線を使い、首都圏をぐるり旅するという趣向である。昨日はまず新宿から新木場まで埼京線ルートを経由し、新木場から京葉線に入り、さらに蘇我で外房線に乗り入れると云う経路を経験する。外房線の誉田駅で折り返したのち、千葉から横須賀線と同じ経路で新鶴見の信号所(貨物操車場)へ入り、ここからは羽沢貨物駅経由東海道貨物線で根府川まで長駆「華」は疾走した。根府川からの帰り途は再び東海道貨物線を使い、大船から根岸線・高島貨物線経由、最後は下車駅である品川に戻ってくると云う7時間余のテツの旅であった。

この間、昼の弁当こそ出るが根府川駅以外は車外に出られない設定になっており、車内での販売もない。まさにオタのために催行されるような企画といえる。という事で車内はいかにもそれらしい男性の1人また2人組が多いが、マニアの夫やボーイフレンドと一緒に来たようなカップル、男の子を連れた親という取り合わせもちらほらで、6両編成で90人ほどの乗車は混まず空きすぎずといった感だ。鉄道マニアと云えば乗り鉄、撮り鉄、時刻表鉄など様々あるなか、我々一行もJR貨物の時刻表やら、首都圏JR線の構内ポイントや側線・亘り線などの配線一覧図、GPSロガーなどを持ち込み、営業列車で通らないポイントなどでは歓声を挙げる。これでも(私達夫婦を除き)我がグループはみな上場会社の現役役員や本部長なのだから、どこに隠れた鉄っちゃんがいるのか世間は判らないものだ。

もっとも朝9時過ぎ新宿を出る間もなく我々は持ち込んだ缶ビールや缶酎ハイをプッシューと開け、あっという間に空き缶やらワインの瓶で卓上が一杯にもなったとあって「飲み鉄」と呼んだ方が似つかわしいようだ。酔いに任せていい歳をしたオヤジ達がワーワーと自慢げに乗り物自慢をしていたから、さぞかし顰蹙だったに違いないが、周囲はみなテツの趣味を極めるかの如く、車中の貴重な一刻一刻を楽しんでいた。この企画に要望を挙げるとするならば、前面展望を各車両のテレビに表示するとか、運転士が交代する度にどこの所属か、ふだん使わない亘り線や跨線橋など都度その情報を流してほしいところだった。それにしても朝から7時間、参加費用の一人16,800円を考えると、料金の面では新幹線「のぞみ」で東京から岡山まで、時間的には東京から鹿児島中央にまで到達できる。それを東京の周りの貨物線の上を、一日かけて300キロぐるぐる回るというのは究極の贅沢であると云えよう。

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お座敷列車「華」の内部。元特急列車だけあって乗り心地は良かった

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マニア必携の配線図本

2017年9月 6日 (水)

THE ROYAL EXPRESS

先週末は伊豆に行った。今回は列車の旅だったが、東京への帰り道に伊東駅でJRの特急”踊り子”号を待っていると、向かいのホームに"The Royal Express"との表示もまばゆい青色の豪華な電車が停車している。この列車、先頭車両はムーミンの顔のような形状でどこかで見た事があったし、側窓のガラスを固定するパテもちょっと古そうなのだが、すべて閉まっている窓ブラインドの端からのぞき見る車内はすっかり木目調にリノベートされていて、これは一体何かとにわかに興味を覚えた。


帰宅して"The Royal Express"を検索すると、この列車は今年の7月から横浜-伊豆急下田間で伊豆急の親会社である東急が運行するクルーズトレインなのだと云う。ホームページによると、東急催行のこのクルーズトレインの旅は横浜から出発し、伊豆急下田までの3時間余りの間に車内で豪華な食事を楽しむのだそうだ。その晩は乗客は下田で宿泊し、翌日の帰路はこの電車で伊東に戻り、そこからJRの”スーパービュー踊り子”号で横浜まで帰るらしい。


一方でこの編成自体は2日目に伊東で乗客を降ろした後、東京からの”スーパービュー踊り子”で来る新たな乗客を収容して下田に行き、3日目に下田から横浜に帰る旅を1行程としている。どこかで見たと感じた車両は、1990年代前半に伊豆急が導入した”アルファリゾート21”を改造したものだったが、気になるお値段というと下田での宿泊費も込みで約15万円と、クルーズ船の飛鳥ならAスイートのキャビンに泊れそうな強気の設定である。


今回、私が見た"The Royal Express"は伊東駅で、ちょうど横浜方面から来る”スーパービュー踊り子”の客を待っているところだったようだ。2014年に旧鹿児島本線だった”おれんじ食堂”"肥薩オレンジ鉄道の旅を楽しんだ通り、この手の列車によるクルーズと云うコンセプトはJR九州の”ななつ星”で最近にわかに盛んになっている通りだ。この値段を鉄道に払うなら私ならクルーズ船の上級クラスのキャビンで旅する事を選ぶだろうが、いずれにしてもシニア世代を主な対象にした旅行の企画が益々盛んになる世の中である。

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2017年4月 9日 (日)

新幹線は外国人観光客の誤乗車防止を

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先週は”ANA修行”で一旦帰った後に、愛媛県や広島県の船主さんたち訪問の旅に出た。この旅は仕事の延長そのものだが、瀬戸内の船主は永い現役時代にお世話になった人たちである。個人的にも彼らとは多くの歴史や思い出があるし、仕事は基本的に人と人の繋がりや信頼関係で成り立っているから、お世話になったお礼を兼ねての退職あいさつである。さて帰路に福山から東京に新幹線で戻る際は新大阪まで”さくら542号”に乗車し、新大阪駅で6分後に出る始発の”のぞみ336号”に乗り換える事とした。”さくら”は普通車指定席でも横2列+2列だから、東京まで直通する”のぞみ”普通車の横5列席に長時間座り続けるより快適なのである。


福山から”さくら”に乗って指定された席に座ると、周りは体の大きな西洋人観光客たちばかりだった。その中の一人のおばちゃんと終点の新大阪までいろいろお喋りをしていると、彼女らは家族や友人7人のスウェーデンから来たグループで2週間の日本旅行をしているのだと言う。シナや朝鮮には行かず日本国内各地だけを廻っているそうで、桜がどこに行ってもきれいだと日本の事をほめていた。そういえば新幹線のホームにも列車内にも多くの観光客、それも最近は西欧人がやけに多いのに気がついた。


さて乗り換えの新大阪では時間もない上にホームも違うので、コンコースの電光掲示板の表示に従いホームに駆け上がり、すでにそこに入線している列車に乗り込む。もっとも一瞬これが目的の列車か不安になって、もう一度頭上の表示板で再確認したとおり、東海道新幹線はどの列車もN700系編成で白と青の同じ塗色だから、日本人でも慌てて乗ると違う列車だったと云う事が起こりそうだ。こうして新大阪から乗車した”のぞみ”336号”普通車指定席でも、近くに何組かの外人観光客が眼についた。


乗車した”のぞみ336号”は、名古屋に11時30分に到着し2分後に出発で、名古屋の降車も済みここから乗る客の番になるとドアー付近で混乱が起きている。どうやら外国人のグループなど多数がデッキで右往左往している様子で、うち一組は車内中央に進んでから誤乗に気づき降りようとUターンし後続の乗車客が驚いている。他方、私の横、通路をはさんだ3人席では、アジア人グループ同士で「その席は私達のだ」「いや私達がそのチケットを持っている」と揉め始めている。名古屋を発車しても席争いに埒があかない様子なので、私は一人に「切符見せて」と聞くと、その券面は3分後に同じホームから出る”ひかり518号”で、揉めている組は一本早い列車に乗車してしまったわけだ。


間もなく車掌が来て必要な手続きをした後、彼らを自由席に案内していったが、同じ車両で他にも同じように揉めている外国人がいたから、海外からの観光客急増で新幹線の誤乗車が増えているに違いない。なにしろ名古屋駅では同じホームから数分置きに同じ色、同じ形、同じ両数の新幹線が発着を繰り返している。長距離列車がそんなに頻繁にやって来る事を経験したことのない外国人にとっては、わずか2~3分前に到着したのが目的の列車と違うという事は想像できないだろう。外国人観光客にジャパン・レール・パスを売る際や指定席の窓口では誤乗車を防止する案内書きを手渡すとか、駅のアナウンスでも注意を呼びかけるなどして、快適な旅を提供する様にしたらとやり取りを聞きながら考えていた。

2017年2月 7日 (火)

銀座線1000系 特別仕様車両

銀座線のホームで地下鉄を待っていると、前面オデコの真中に前照灯一つだけを煌々と灯した車両がやってきた。「あれ、銀座線の1000系は2灯式じゃなかったかな?」とちょっといぶかしく思いながら乗車すると、その内部は何だかいつもと様子が違っている。車内は木目調の化粧板でシックに仕上げられ、すべての手すりが真鍮色になっているではないか。やっとここで乗車した電車が、先日発表された銀座線のかつての車両、旧1000形を模した特別仕様編成である事に気がついて、「今日はラッキー!」とひとり快哉を叫んだのだった。
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この電車は地下鉄90周年などの行事にも用いるために2編成作られたもののうち、1月17日から仕業についた最初の編成らしい。さっそく周囲を観察すると、まず目につくのがドア横の予備灯である。これを見ていたらかつて銀座線や丸の内線のホーム直前で、車内の電灯が一斉に消えて真っ暗になり、予備灯だけが点灯していた光景を思い出したブエノスアイレスの丸の内線)。車内の妻面に掲げられた製造者銘板の「日本車両会社」の文字がレトロなのも粋である。つり革は手でつかむ下側の部分が広い昔の形状をしているが、使われない時にバネで窓側に跳ね上げた本来のリコ式でないのがちょっと残念なところだ。
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こんなレトロな雰囲気を車内で感じているうち、子供の頃に赤坂見附の医者に行くために銀座線によく乗った事を思い出した。今は東急ホテルになってしまったが、かつて見附そばに大きな病院があって、小さい頃ひ弱だった私は体調を崩すとそこの高名な小児科の権威に診てもらったものだ。親に連れられて渋谷から銀座線に乗ると、次第に病院の注射が怖くなり、一つ手前の青山一丁目からはトンネルが永遠に続いて、いつまでも赤坂見附駅に着かなければよいのにと念じたのだった。騒音を撒き散らしながら走っていた当時の銀座線の旧車両には思い出がいっぱいある。
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さて特別仕様編成は、新型台車をはき、両開きドア(かつては片開き)の上には情報ディスプレイも備えた最新鋭の設備を誇るが、一方でノスタルジックな演出のために、ウインドシル・ウインドヘッダー(旧型車両のガラス窓の上下につけられた補強枠)を模した化粧テープを外側に貼っていたりする。ここまでやるならいっその事、走行中にかつてのつり掛け式台車の轟音を流し、駅に近づいたら車内の照明を真っ暗にして予備灯を点灯するなどと凝ってみたらどうだろう。きっと人気が一段と盛り上がるのではないだろうか。

2016年9月 5日 (月)

ブエノスアイレスの丸の内線

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旧丸の内線770、側面にはステップが加えられている

南米アルゼンチンの首都ブエノスアイレスで活躍していた営団地下鉄丸の内線500形車両が、20年ぶりに里帰りし横浜港で陸揚げされたと先ごろ報じられていた。これら丸の内線車両は地球の反対側、第2の職場アルゼンチンでも引退時期を迎え、徐々に新しい車両に置き換わるなかで、うち4両が鉄道技術の発展に寄与したという事で日本に帰って保存されるそうだ。我々も今年1月に飛鳥Ⅱのワールドクルーズでブエノスアイレスに寄港した際、旅の思い出として丸の内線車両が活躍するメトロB線に乗りに行ったからこのニュースを興味深くみていた。


考えてみれば今回里帰りした丸の内線の500形に初めて乗車したのは昭和33~4年頃であったろうか。開通まもない池袋から大手町あたりまで乗車した記憶があって、それまで乗り慣れた銀座線に較べて丸の内線は地上を走る区間が長いし、大騒音を撒き散らした銀座線車両のつり掛け駆動に対し、500形のWNドライブがきわめて静かな事が印象深かった。飛鳥Ⅱ船上の案内では、ブエノスアイレスの地下鉄は治安が良くないから単独行動で行くのはお薦めできないという感じであったものの、赤のボディに白い帯、帯の間には銀色のサインカーブが装飾された名車がまだ走っているというから矢もたてもたまらず駆けつけた。


時間の制約があり今回乗車したのは街の中心部フロリダ(Florida)駅から、B線の終点のアレム(L.N. Alem)駅までの僅か一駅間だったが、久しぶりに乗車したのは500形6両編成の先頭車770号。予想通り車体には落書きが多く、かつて輝いていた自慢の赤色もすっかりくすんで、お世辞にも車体はきれいとはいえないものの、その区間はオフィス街や商店街とあって、乗客の雰囲気も東京とそんなに変らない。ここは鉄道の規格が少し違うので、車両下部にステップが張り出していたのには違和感が残るも、かつて第三軌条のデッドセクションを通過する際、各ドア脇にともっていた小さな電灯が残っているのがひどく懐かしい。中南米では港湾に限らず各種輸送機器が中国製で席捲される中、こうして久しぶりに日本の名車両に乗るとやはり心和むのであった。

車体塗色はひどく毀損されているが、シートや車内壁に残るデッドセクション用の電灯(右上)、冷房がない車内のファンデリアなどが懐かしい
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2015年11月 5日 (木)

のぞみN700A編成

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かつて自営業者として仕事をしていた時に、新幹線での出張と云えばグリーン車をよく利用する事があった。特に広島あたりから東京へ帰る際には、前夜の宴会の疲れもあってグリーン車を頻繁に使っていた。それでも経費削減と云う事で、例えば広島乗車から新大阪までのJR西日本区間は”ひかりレールスター”の普通車指定席を利用し、のぞみグリーン車は新大阪からだけ利用したものである。新大阪で乗り換えの為ホームを移動するのは一手間だったが、”ひかりレールスター”の指定席なら2人+2人がけシートがグリーン車並みだし、新大阪~東京のグリーン料金は5150円(消費税アップ前)かつ座席に備え付けの社内誌”WEDGE”(400円相当)を持ち帰れるから、実質的にそう大変な出費だと感じなかった。


現在の会社では一嘱託の身分、平社員となったから出張もグリーン車などとは縁がなくなったが、まあ人間はその程度の我慢ならばすぐに慣れるものである。しかし今回の大阪マラソンは、久しぶりに身体を酷使するとあって、往復とも奮発してグリーン車を利用する事にした。久々のグリーン車だと思いながらやや興奮して東京駅で待っていると、やってきたのはN700A(advancedの意味)編成で、それも車端の”A”ロゴも大きいJR東海所属の最新鋭車両である。このN700A編成は東海道新幹線において285キロで走行する区間を増やすため、従来のN700系のブレーキや走行システムを改良し、かつカーブでは車体を傾けて速く走れる様にした車両である。ただ同じAでもまったく新しい編成と、従来のN700系をA並みの走りが出来る様に改造したN700A(スモールA)編成があって、走りの性能は同じでもいわばAは本物、スモールAは後からのアップグレード版編成と云う事になる。


という事で、いつも東海道新幹線に乗る際には純正N700Aに当たらないかとひそかに期待していたが、本物Aの本数はスモールAよりはるかに少ないとあって、なかなかAに乗るチャンスに当たらない。それが今回は気張ってグリーン車にしたら偶然の本物A編成とあって、マラソンを走る前にこれはラッキーな事だと嬉しくなった。内装については双方そう変らないものの、シートモケットは純正版が良いとの事で雰囲気もちょっとゴージャスな感じがする。着席するや早速お約束の缶ビールの蓋をプシュっと開けつつ乗り心地を体感していると、改造版Aよりも心なしか加速も揺れもソフトな気がしてくる。走りの装置は変らぬはずなのにスムースに感じるとすると、これは普通車ではなくグリーン車に乗っている事によるプラシーボ効果なのかもしれない。しかし払った料金分はウンと楽しまねば損と、大阪まで一睡もする事なく乗り心地を堪能したのだった。

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Aのロゴが眩しい純正スペシャルA

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復路は残念ながら改造版A(スモールA)

2015年10月30日 (金)

阪急・京阪乗り較べ

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阪急電車の三複線 向こうの神戸線、真ん中宝塚線、そして乗車している京都線

せっかく大阪まで来たからにはマラソンだけ走って帰ると云う訳にはいかない。日曜日のレースに備え金曜日の夕方に夫婦二人で来阪した我々は、土曜日の午前に大阪城近くスタート地点の下見を終え、午後は京都まで京阪間の私鉄乗り較べをする事にした。行きは大阪・梅田から京都・河原町まで阪急電車の特急に乗り、帰りは三条から京橋まで京阪電車の特急である。「ええ~??電車だけ乗りに行くの~?」とあきれる妻には「河原町の呉服屋でウインドウショッピングを付き合うから」などと何とか誤魔化しての往復である。


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速度計は114キロ

という事で土曜の午後のひと時、阪急梅田駅から二人して京都河原町行き9300系特急車のかぶりつきに陣取った。阪急に乗るたびに興奮する三複線区間が終わり十三を過ぎるといよいよ京都本線である。最近も神戸線には時々乗る機会があったが、京都線に最後に乗ったのは2800系の特急で今から40年ほど前になろうか。当時はまだJRが国鉄だったから私鉄との競争などあまり意識していない時代である。対してその頃の阪急の特急は、十三を出ると京都四条大宮までノンストップとあって、何と速くて快適な電車かと感激したものだった。


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新幹線と併走

今回十三を発車した特急は淡路・茨木市・高槻市・長岡天神・桂と昔の急行なみに停車駅が多いのはややがっかりだが、ボルスタアンカ付き台車をはいてぐんぐん加速する前面の車窓は素晴らしいの一言。運転士の独特の指差し換呼やデジタル表示の運転席の速度計を見入るうちに、電車はあっと云う間に時速100キロを越し関西私鉄お得意の高速運転に入った。時速115キロに達すると運転士はマスコンのノッチを力行(前進)の1ノッチ目から動かさず、どうやらそこが2000系オートカー以来の阪急の定速運転モードらしく、少々の勾配でも速度計はピタっと114~115キロを指したままである。ほどなく新幹線の線路が近づいて来るが、新幹線に乗る度に大山崎近辺で阪急電車と併走しないか期待しているのに、今回は逆からの光景とあっていつもと変わった視点が新鮮である。


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京阪3000系 特急

あっと言う間に京都・河原町に着いた後は、お約束のウインドウショッピングなどで場をしのぎ、帰りは予定通り三条から京阪電車に乗って大阪に戻る。それにしても京阪電車の始発駅・出町柳とは何と風情ある駅名だろうか。三条駅にやってきたのが(新)3000系の特急電車。たしか30年くらい前にテレビカーと呼ばれた赤とクリーム色の旧3000系の電車をわざわざ東京から乗りに来た記憶があって、当時は車内に液晶画面などないからカラーテレビを備えた京阪電車の先進性に目を見張ったものだった。今回もかぶりつきに立つと阪急と違って勾配や曲線が多く最初はなかなか高速運転が楽しめないが、寝屋川を過ぎお待ちかねの複々線では大いに乗り鉄を楽しんだ。「せっかくの京都だから名古屋帯の一本でも買ってくれるのかと思ってたのに」と傍らでいつまでもぶつぶつ言っている妻を横目に、こうしてとんぼ帰りで大阪に戻ってきたのだった。

2015年10月15日 (木)

JR西日本227系新型電車のブリンカー

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東京を離れ各地に行くと、かつて国鉄時代に画一的に設計・配備された電車が、その地に応じて様々に改造されて、未だに活躍しているのを見る事ができる。例えば広島に行くと、ダイダイと緑色に塗られて大阪地区で走っていた115系電車が、グレーや白色に塗りなおされて働いており、車両自体はいささかくたびれているものの、その変わった色使いが鉄道ファンの我が目を楽しませてくれる。とは言ってもやはりJR各社が、それぞれ創意工夫を凝らして地区ごとに導入した新型の車両を見たり、それに乗ったりするのはもっと楽しい事である。


という事で、先日広島へ出張した際に印象深かったのが、JR西日本によって広島地区にぞくぞく新造増備されている227系新型電車だった。広島ベースのこの電車は、車両の内外共に赤ヘル・広島カープのレッドを意識した赤系の色でデザインされ、その愛称を”レッドウイング”と云うのだそうだ。台車は最近のJR西日本のお約束、一両にモーターのついた電動台車と付随台車を一台づつ配置した0.5M方式というのがわれわれ関東人には興味をそそられるが、この新型電車で一番目を牽くのが運転台の両脇やや下に突き出ているまるで馬の目隠し(ブリンカー)の如き巾30センチ、高さ1メートルほどの板である。


今回は呉から広島まで新型227系電車に乗る事ができキョロキョロしていたが、広島駅で乗務が終わって交代する運転士に「この板は何の為にあるのですか?」と尋ねると「乗客がホームから車両と車両の間に転落するのを防止するためです」との返事。なるほど東京や大阪と違いこの地区では乗客の多寡に応じて、編成を2両・3両から最大8両まで分割・併結するから、しばしば運転席がついた車両同士が隣り合って連結される事になる。運転席同士の連結は普通の妻面同士の連結より車両間のギャップが大きくなるので、酔っ払い客などがそこに転落する危険も多くなるようだ。最近ではほとんどが8両や10両固定編成の首都圏の電車にはない広島地区のひと工夫で、「ほほぅー!そうか」と思わず鉄オタの好奇心が呼び起こされたのである。

2015年8月 6日 (木)

またエアセクション事故

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エアセクション表示表

8月4日夜、横浜市内の京浜東北線で架線事故があり、列車が駅間で停まるなど35万人もの人たちの帰路の足が奪われたとニュースになっていた。当初から事故のおきた場所は架線が二本平行に張ってあるという事で、まさかエアセクション内における停車による架線短絡(パン・オーバー)ではないだろうなあ?と思っていたところ、その後の報道では予想通り、正にパンオーバーが事故原因だと云う。


電車に乗って運転士のすぐ後ろ、いわゆる「かぶりつき」から前方を見ていると、しばしば「エアセクション」表示が目に入る。エアセクション区間は各変電所からのき電区間の継ぎ目で、数十米に亘り架線がダブルに並行(間隔数十センチ)に張られており、この区間を電車が走り抜ければ問題ないが、もし停車するとパンタグラフが2本の架線を短絡するので、両電線の電位差で火花が散ったり熱が生じて断線事故がおこるのである。よってこの表示がある区間は、電車や電気機関車は停止禁止となる。


最近では2007年にJR東北線・大宮付近で、セクション内に止まった電車による架線事故が起きたが、部外者から見ると運転士はセクションの場所を知っているだろうし、セクションを示す線路際の表示にも注意しているはずなのに、何故このような初歩的な事故がおきるのか不思議なところである。今回はデジタル式のATC(列車自動制御装置)が設置されており、先行電車に接近した当該運転士は運転台の表示に従ってセクション外で停車するべきところ、これに従わず手動で200米手前のエアセクション内に停車してしまったと報道されている。


一方で横浜のこのATC区間では、他線区にはある電柱の「セクション」表示がなかったとされている。200米も手前に一旦停止したのが妥当だったのか当夜の状況はよく判らないが、ラッシュアワーの様な稠密な運転間隔でなければ、運転士は安全への余裕をもって規定の位置より手前に停車したくなるのは人間心理としては理解できる。今回はもし「ここで止まるな」との従来のアナログ表示が電柱にあれば防げえた事故と思われ、システムとしてのデジタルATC化は万全であっても、勘違いなど想定外の事が起こった際に、悪い方向に事態が進まない仕組みを造る事が必要であろう。


先の東北線での事故を踏まえ、2007年にJR東日本は「運転士に注意を喚起する表示板をエアセクション区域の全ての電柱に設置する」「エアセクション内停止に関して運転士への音声アラームを導入する」「架線が破断しないよう剛体化を促進する」との対策を発表したが、一番簡単で真っ先に行えるはずの「表示板の設置」はこのATC区間において為されなかった。


当該運転士がこの区間をどれだけ周知していたのか知る由もないが、他の線区ではふつうに表示されているものがデジタルATC化ゆえに必要ないとされ、その結果事故を誘発したのなら、今回は正にシステム化に伴う陥穽にはまった事例といえる。世の中には完全なシステムなどなく、人間とのインターフェイスをいかに構築するのか、我々の周囲のデジタルシステムは、「人間は間違うもの」という前提で開発してほしいものだ。

セクションに関する過去の記事

万世橋マーチエキュートN3331とセクション外停止位置(2014年3月10日)
定通確認(2010年1月20日)
鉄道標識(2)停車禁止(2008年4月3日)

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セクション外停止位置表

2015年8月 3日 (月)

上野東京ライン

この週末には、ひさしぶりに横浜からJR線で東京に帰る機会があった。ふだん横浜に鉄道で行くなら私鉄ファンゆえ東横線か京急をなるべく利用するのだが、今回はこの3月に開通したばかりの上野東京ラインを使って、最寄下車駅の東京駅または秋葉原を通り越し上野まで行って戻ってくる事にした。という事で久しぶりに横浜駅の東海道線ホーム、保土ヶ谷寄りで電車を待っているとまるで今浦島になったような気持ちになる。まず横須賀線の上りホームに入線するのがE231系、緑色と橙色の湘南カラーの電車だ。「あれ?なんでスカ線に湘南電車が走ってるの?」などと一瞬驚くが、今や成田エキスプレスや湘南新宿ラインはスカ線を利用して運転されている様だ。


やってきた上野東京ラインに直通する電車はE233系の小金井行きで、そういえば昭和30年代には157系の車両を使った「湘南日光」号と云う日光と伊東を結ぶ準急電車が運転されていた事を思い出した。当時は東北本線から伊豆方面に直通する運転などきわめて珍しく、東京駅に列車の写真を撮りに行くと、157系特有の先頭車2枚窓の下に「湘南日光」と大書きされた文字がまぶしかったものである。伊豆方面に向かう「湘南日光」と同じ時間帯には151系(こだま型電車)の名古屋行き「おおとり」もあったし、何といってもEF58に牽引された20系客車のブルートレインたちが次々入線とあって、鉄道少年の私は愛用のフジペットを片手に東京駅のホームを走り回ったのだった。


さて横浜から乗車した小金井行き電車は短い10両編成で、どうやら小金井や籠原の電車区(今では小山車両センターと高崎車両センターの籠原支所と云う)から都内を通って東海道線に乗り入れる編成にも時々10両のものがあるらしい。15両だと思ってホームで並ぶ乗客は混乱するし、土曜日の昼下がりというのに車内は混んでいるが、ふと見回すと乗り入れ車両の面白さで、栃木県の遊園地や学校などの広告チラシが目をひく。JR線以外でも東京では地下鉄を介してまるで営業地域が違う私鉄同士が乗り入れているから、東急線の車中で川越のマンションの広告を目にしたり、京急線で千葉の自動車学校の入学案内を見たりと一昔前にはありえなかった車内光景が最近見られるのである。


「湘南日光」で興奮していた時代が嘘のように多くの列車が直通するようになった東海道線⇔東北・高崎線だが、一部の列車は常磐線の取手方面にも直通するとあって、昔の乗り換え駅やその情報がインプットされている私の脳内回路は大混乱しそうである。戸塚あたりでボーっと東京行きに乗ったら、着いたのは新宿だったなどという乗客もいる事だろう。因みに大宮から横浜間の距離は湘南新宿ラインが60キロに対し、上野東京ラインは59.1キロと差はないものの、その区間の到達時間は上野東京ラインが約1時間なのに、湘南新宿ラインは快速でも1時間から1時間20分ほどかかるとあって、東京を縦貫する乗客にとって新しいルートはさぞや便利になった事であろう。いずれにしても私は都内に住んでいるので、どちらに乗ろうとさほど直結運転のメリットを感じないが、仕事をやめたら有り余る時間を使って、以前には考えられなかったルートで乗り鉄を楽しんでみようかと想像力がかきたてられたのだった。

上野東京ライン電車の車掌室から過ぎ行く秋葉原駅を見送る
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