カテゴリー「鉄道」の記事

2020年3月19日 (木)

高輪ゲートウエイ

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史上最速で桜の開花が報道されたように、東京にいつもより早い春がやってきた。陽気に誘われるまま、会社の昼休みにこの3月14日に開業した「高輪ゲートウエイ」駅までぶらぶらと散歩に行ってみる。「高輪ゲートウエイ」は山手線や京浜東北線にできた久しぶりの新駅で、駅名公募の際には「高輪」や「芝浦」「芝浜」と云う多くの応募名をおしのけ、とってつけたようなカタカナの名前が採用され話題になった駅である。近くにある江戸時代の高輪大木戸がゲートウエイの名の由来だとされるが、このあたり田町から品川の間は、山手線でも駅間距離が2.2キロと一番長かった区間で、その中間に新しい駅ができたことになる。

もっとも新駅が造られた場所は、その海側(東側)にJRの広大な車両基地が広がっており、当面そちら側からはアクセスができない変則的なところである。開業当初に出入り口が設けられたのは山側(高輪側)のみで、その近隣は泉岳寺などの寺社のほかは高級住宅地街が広がり、それほど多くの人が利用するとは思えない環境だ。またほど近い場所に京急・都営地下鉄の泉岳寺駅があるので、新駅を造っても、利用者が少なくて有名な京浜東北線の上中里駅(北区)のようなことになるのではと危惧される。しかし新駅の地区は近い将来、品川の再開発プロジェクトの一環として高層オフィス街の建設と就業人口の増大が期待されているそうで、それに対応してJRは世界へのゲートウエイの役割を担う駅を開きカタカナ駅名を採用したのだと云われている。

開業した真新しい駅に行くと、昼休みもあってか駅前は利用者より見物客が多く、高架の駅前テラスから風景を眺める人、駅舎をバックに記念撮影する人などが目立つ。ふと傍らを見ると3~4名の中学1年ほどの男の子たちの会話が聞こえてきたが、そのリーダーはよほどの鉄道少年らしく、開業した駅の事を自慢げに仲間に語っていた。昼のそよ風の下、聞くともなく彼の話を聞いていると、そのうちに鉄オタの性か、こちらも誰かにウンチクをたれたくなってきた。「よく知っているねえ~」と少年に声をかけ、「目の前に広がる線路にはかつて田町電車区や品川客車区、東京機関区があってね、新幹線ができる前の東海道線の特急や急行が整備されて運転されていたんだよ」とつい鉄の先輩風を吹かしてしまう。と、神妙に聞き入っていた子供たちの脇の中年男性がにこにこして割って入り「良くご存じですね、勉強になります」と答えてくれる。「あ、お父さんですか、これは失礼」と赤面の体であわてて話を切り上げ会社に戻ったが、知っている知識をつい偉そうに誰かに喋りたくなってしまうのは変わらぬ我が性癖なのだろう。

2020年1月25日 (土)

シニアの鉄道趣味

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最近、鉄道への興味が復活してきた。子供の頃あれだけ好きだった鉄道である。当時、入場券で東京駅の14番線・15番線に通って東海道本線を下る優等列車の入線に心をときめかせ、自転車で遠征しては小田急線や品鶴線の列車の写真を撮ったものだった。家ではHOゲージの線路を広げ、その頃2冊しかなかった月刊誌「鉄道ファン」か「鉄道ピクトリアル」のどちらかを小遣いをためては買っていた。長ずるに連れ鉄道への興味も失せ、いつしか移動手段としてしか捉えられなくなっていたが、最近ゆっくりできる時間が増えたのか、はたまた人生の退行期なのか鉄道雑誌をまた買うようになった。

 

雑誌をパラパラとめくりつつ、なぜ多くの人たち、最近は女性も、鉄道の趣味に魅了されるのか考えてみた。ということで例えば老舗の鉄道本「鉄道ジャーナル」3月号を読むと、その3割ほどが特集「列車の旅を愉しむ」で、九州の豪華列車「ななつ星」などの乗車記のほか、海外の鉄道紹介記事もあり、主に「乗り鉄」を満足させてくれる内容だ。同誌はつづいて近鉄の新特急「ひのとり」やJR東の新型「サフィール踊り子」さらに小田急の一般車両動向など、この趣味のテッパン、新旧の車両披露のページが多い。さらに「歴史の街並みを歩く」という地誌もの、「木造駅舎の証言」や「橋梁エポック」と云った建造物関係の記事、「撮り鉄」のためのカメラ講座、他にバリアーフリーと云った社会的記事なども掲載されていて、昨今の鉄道趣味誌の内容が盛り沢山なのがわかる。

 

こうしてみると鉄道趣味と一口でいっても、乗り鉄・撮り鉄・車両鉄のほか、沿線の歴史や地理地誌への興味、駅・橋・トンネルなど構造物への関心、システムへのアプローチなど幅広いものが含まれることがわかる。理科系としては車両工学・機械工学や電気工学に始まり管理工学にデザインや土木建築工学、文化系でみると歴史・地理のほか鉄道事業体の経営学や鉄道経済学、交通政策、大衆心理学、美術系では写真・動画や絵、文学的にはエッセイや詩、さらに鉄道模型も「鉄道趣味」の一画をなしている。「鉄道趣味」は子供のものだけでなく、社会経験を積んだおとなの知的興味の対象としてきわめて間口が広く、かつ奥深いため多くの人を惹きつけるのだと思われる。となると私の「鉄オタ、アゲイン」も子供の頃とは違った視線や、より広い角度から鉄道にアプローチできる気がしてくる。

 

この点では「鉄道ジャーナル」3月号の「車窓はスマホよりおもしろい」と題された車窓の楽しみ方の記事のなかで、山田亨さんという鉄道研究家のコメントが私にはとても印象深かった。今ではほとんどなくなった夜行列車の夜景の愉しみかたとして、この記事で山田氏は「家々の明りですよ、明りの一つひとつに人々の暮らし、大げさに言えば人生があるんだなと思うと感傷的になりました」と述べている。そう、今ではほとんどなくなった夜行列車の車窓を思いだすにつけ、同じ感慨に浸った当時のわが身を振り返ってみたくなるものだ。子供の頃と違ってこんなコメントに共感できるのも、シニアーの鉄道趣味の喜びの一つなのだろう。

以前のブログ「旅情(2009年6月9日)」

2019年9月 5日 (木)

TOHOKU EMOTION その2

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気動車列車に乗るのは、2014年の肥薩おれんじ鉄道「おれんじ食堂」以来だ。もっとも肥薩おれんじ鉄道はもともとは鹿児島本線の線路とあって、電化されている区間を気動車が走るため、沿線の景色は電柱が立ち並びちょっと興覚めだったが、今回はホンモノ非電化JRローカル線のディーゼルカーである。TOHOKU EMOTION(東北エモーション)に使われる110系気動車は、JR東日本で1990年から増備がすすめられた標準形式とあって、かつての幹線・亜幹線用キハ28やキハ58形式とどう乗り心地が違うのかも体験してみたい。

TOHOKU EMOTIONで使われる3両の車輛は、キハ110系を2013年に郡山車輛センターで改造、キハ110の700番台と名付けられている。前述のとおり久慈方より先頭車がオープンダイニングカー、中間がカウンターキッチンのあるキッチンカー、最後尾が7部屋の個室が並ぶコンパートメントカーで、キハ‐キクシ‐キハの編成となっている。ここで、はて聞き慣れない「キクシ」とは何ぞや?と疑問が生じた。気動車(ディーゼルカー)は各車輛にエンジンがついているので、気動車のキに等級を現すロ(二等車)やハ(三等車)をつけているだけかと思っていたし、真ん中のキッチンカーは食堂車なのだから単純に「キシ」ではないのか?

さっそく調べてみるとこの”ク”は、実は編成に「くっつく」車輛であるという意味のクから来るらしい。これまでクモハなどの”ク”は運転台のある車両につける記号だとばかり理解しており、クの語源など考えたことがなかったが、これは目からウロコだ。(同様に同じ付随車サハの”サ”は、編成に「差し込む」のサなのだと云う)この列車の中間車輛(カウンターキッチンカー)は床下のディーゼルエンジンが走行用でなく車内電源用で、停車中もひときわ大きなエンジン音を奏でているが、たしかに動力源が発電専用なら「くっついて走る」=クだというのも道理である。キサシは知っていたが、とにもかくにもキクシなどという珍車輛を、今回初めて経験することができた。

さてJR盛岡支社・八戸運輸区所属の110系700番台は、空気ばね付きのボルスタレス台車で、トルクコンバーターの変速も昔の気動車と違って実にスムースである。窓から見る枕木も一部コンクリート化されて軌道もしっかりしているようだ。八戸線は2011年の東日本大震災による津波の被害でしばらく運転ができなかったが、再開にあたって保線もしっかりやり直しているのかもしれない。こうしてみると八戸線に限らず、ローカル線列車の乗り心地も、最近は各段の進歩を遂げているようだ。かつて夏のローカル線ディーゼル車に乗れば、線路近くまで生い茂った草木が列車の風圧でなびくさまを車窓から眺め、あけ放った窓から肘でも出していると、前方の垂れ流しトイレから飛沫がポショっと飛んできたりしたものだ。TOHOKU EMOTIONの冷房が効いた車内で舌鼓を打っていると、鉄道の旅も快適で多様化したものだと隔世の感がある。

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2019年9月 4日 (水)

TOHOKU EMOTION その1

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先週末はJR東日本のジョイフルトレイン、レストラン列車の "TOHOKU EMOTION"(東北エモーション)に乗車した。"TOHOKU EMOTION" は週末や祝祭日に、青森県八戸と岩手県久慈を結ぶJR八戸線を、団体専用扱いで運転される豪華気動車列車である。往路は八戸駅を11時05分に出発して約2時間、当地名産の食材を使ったランチを堪能し、復路約2時間は、地元産のデザートビュッフェを楽しむという趣向になっている。折り返しの久慈駅では1時間半ほど停車するので、2013年のNHK朝ドラ「あまちゃん」をフィーチャーした「あまちゃんハウス」見物などの時間もある。

北東北随一の工業都市である八戸は、これまで何回も出張に来た場所なのだが、ここから三陸海岸を南下する八戸線やその沿線は一度も訪れたことがない。全線65キロの非電化・単線のローカル線に乗り、海岸をながめながら美味に舌鼓を打つのもよいかと思うと、目に親しんだいつもの八戸もなぜか違う場所のように見えた。その八戸駅1番線ホームに入線した "TOHOKU EMOTION" 用3両編成の白い列車には、我々の他に多くのカップル、その他同窓会なのか大勢のおばちゃんたちのグループが乗車する。この種の遊覧列車では先頭車両の写真を撮る客が多いものだが、カメラ片手に先頭車両に駆けていく人がほとんどいないというのは、鉄オタより食い道楽比率の方が高いからか。

列車は久慈方より先頭車がダイニングカー、中間がカウンターキッチンのあるキッチンカー、最後尾が7部屋の個室が並ぶコンパートメントカーである。ダイニングカーは2~4名掛けのテーブル席で最大20名着席でき、キッチンカーには厨房とデザートビュッフェのスペースにもなるカウンター、コンパートメントカーは各部屋4名まで収容出来るので、満員でも乗客は50人弱の定員である。この列車にシェフやサービス掛かりが5~6名乗車し、これに気動車の運転士・車掌がいるから乗客とクルーの比は最大でも6対1くらいのゆったりした車内空間である。この列車用に改造された車内アコモデーションもご当地の意匠を意識していて好感がもてる良い具合だ。

定刻に八戸駅を出発すると間もなくランチサービスが始まり、八戸市のはずれである鮫駅につく頃には飲み放題のドリンクやこの地の名産品であるホヤのフリットや、マンボウのこわた酢味噌和えなどのアペタイザーが供される。昼食にはちょっと早いのだが八戸~久慈往復で11,900円の料金(運賃込み)の他、片道3,000円のコンパートメント料金を行きも帰りも奮発(ただしこれらの代金は大人の休日倶楽部カードで決済すると5%引きとなる)、八戸までの東北新幹線や前泊ホテル代などもかかっているから、出てくるものは可能な限り楽しまねば損、と気合が入る。ビールのあとはワインや日本酒を頼み、素晴らしい晴天のもと、ウミネコの名所蕪島や種差海岸など風光明媚な海岸を眺めつつ、冬瓜とふかひれのスープや三陸産ホタテ浜焼き、岩手鴨のロースト、〆の海鮮ちらし寿司のわっぱ迄次々に出て来る美味に舌鼓をうちながらすっかり出来上がって13時頃久慈駅に着いた。

久慈は思いのほか暑さが厳しく少し動くだけで汗が噴き出たが、「あまちゃんハウス」見学のあと道の駅くじ「やませ土風館」まで足を延ばして帰りのスイーツ用のスペースを捻出した。久慈駅14時20分発デザートビュッフェ便では、最初にデザートを持って来てくれるが、食べ終わる頃2号車ではビュッフェサービスが始まった。流石にもう食べられないと思ったが、食い意地の張っている妻は「オードブルもあるみたいよ」と取りに行った。そこで復路もアルコールが飲み放題とわかり、白ワインまで注文して戻って来た。ランチの満腹の上に無理やりスイーツを詰め込んで、更に妻はアルコールとオードブルまで食べて夕方八戸駅に戻って来る頃には、しばらく食べ物は見たくない、というグルメ列車の旅であった。

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往路の前菜のアソート

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復路のケーキとオードブル

2019年5月20日 (月)

★貨物線乗車の旅★お座敷列車「華」で満喫 首都圏ぐるり旅 新宿発品川行き

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根府川駅に停車する「華」

以前に働いていた会社の現役の人たちに誘われて、5人グループで日曜日は「テツの一日」を楽しんだ。これは「びゅうトラベルサービス」の主催で、ボンネット型特急車輛485系を改造したお座敷列車「華」に乗り、普段は営業列車が通らない経路や貨物線を使い、首都圏をぐるり旅するという趣向である。昨日はまず新宿から新木場まで埼京線ルートを経由し、新木場から京葉線に入り、さらに蘇我で外房線に乗り入れると云う経路を経験する。外房線の誉田駅で折り返したのち、千葉から横須賀線と同じ経路で新鶴見の信号所(貨物操車場)へ入り、ここからは羽沢貨物駅経由東海道貨物線で根府川まで長駆「華」は疾走した。根府川からの帰り途は再び東海道貨物線を使い、大船から根岸線・高島貨物線経由、最後は下車駅である品川に戻ってくると云う7時間余のテツの旅であった。

この間、昼の弁当こそ出るが根府川駅以外は車外に出られない設定になっており、車内での販売もない。まさにオタのために催行されるような企画といえる。という事で車内はいかにもそれらしい男性の1人また2人組が多いが、マニアの夫やボーイフレンドと一緒に来たようなカップル、男の子を連れた親という取り合わせもちらほらで、6両編成で90人ほどの乗車は混まず空きすぎずといった感だ。鉄道マニアと云えば乗り鉄、撮り鉄、時刻表鉄など様々あるなか、我々一行もJR貨物の時刻表やら、首都圏JR線の構内ポイントや側線・亘り線などの配線一覧図、GPSロガーなどを持ち込み、営業列車で通らないポイントなどでは歓声を挙げる。これでも(私達夫婦を除き)我がグループはみな上場会社の現役役員や本部長なのだから、どこに隠れた鉄っちゃんがいるのか世間は判らないものだ。

もっとも朝9時過ぎ新宿を出る間もなく我々は持ち込んだ缶ビールや缶酎ハイをプッシューと開け、あっという間に空き缶やらワインの瓶で卓上が一杯にもなったとあって「飲み鉄」と呼んだ方が似つかわしいようだ。酔いに任せていい歳をしたオヤジ達がワーワーと自慢げに乗り物自慢をしていたから、さぞかし顰蹙だったに違いないが、周囲はみなテツの趣味を極めるかの如く、車中の貴重な一刻一刻を楽しんでいた。この企画に要望を挙げるとするならば、前面展望を各車両のテレビに表示するとか、運転士が交代する度にどこの所属か、ふだん使わない亘り線や跨線橋など都度その情報を流してほしいところだった。それにしても朝から7時間、参加費用の一人16,800円を考えると、料金の面では新幹線「のぞみ」で東京から岡山まで、時間的には東京から鹿児島中央にまで到達できる。それを東京の周りの貨物線の上を、一日かけて300キロぐるぐる回るというのは究極の贅沢であると云えよう。

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お座敷列車「華」の内部。元特急列車だけあって乗り心地は良かった

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マニア必携の配線図本

2017年9月 6日 (水)

THE ROYAL EXPRESS

先週末は伊豆に行った。今回は列車の旅だったが、東京への帰り道に伊東駅でJRの特急”踊り子”号を待っていると、向かいのホームに"The Royal Express"との表示もまばゆい青色の豪華な電車が停車している。この列車、先頭車両はムーミンの顔のような形状でどこかで見た事があったし、側窓のガラスを固定するパテもちょっと古そうなのだが、すべて閉まっている窓ブラインドの端からのぞき見る車内はすっかり木目調にリノベートされていて、これは一体何かとにわかに興味を覚えた。


帰宅して"The Royal Express"を検索すると、この列車は今年の7月から横浜-伊豆急下田間で伊豆急の親会社である東急が運行するクルーズトレインなのだと云う。ホームページによると、東急催行のこのクルーズトレインの旅は横浜から出発し、伊豆急下田までの3時間余りの間に車内で豪華な食事を楽しむのだそうだ。その晩は乗客は下田で宿泊し、翌日の帰路はこの電車で伊東に戻り、そこからJRの”スーパービュー踊り子”号で横浜まで帰るらしい。


一方でこの編成自体は2日目に伊東で乗客を降ろした後、東京からの”スーパービュー踊り子”で来る新たな乗客を収容して下田に行き、3日目に下田から横浜に帰る旅を1行程としている。どこかで見たと感じた車両は、1990年代前半に伊豆急が導入した”アルファリゾート21”を改造したものだったが、気になるお値段というと下田での宿泊費も込みで約15万円と、クルーズ船の飛鳥ならAスイートのキャビンに泊れそうな強気の設定である。


今回、私が見た"The Royal Express"は伊東駅で、ちょうど横浜方面から来る”スーパービュー踊り子”の客を待っているところだったようだ。2014年に旧鹿児島本線だった”おれんじ食堂”"肥薩オレンジ鉄道の旅を楽しんだ通り、この手の列車によるクルーズと云うコンセプトはJR九州の”ななつ星”で最近にわかに盛んになっている通りだ。この値段を鉄道に払うなら私ならクルーズ船の上級クラスのキャビンで旅する事を選ぶだろうが、いずれにしてもシニア世代を主な対象にした旅行の企画が益々盛んになる世の中である。

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2017年4月 9日 (日)

新幹線は外国人観光客の誤乗車防止を

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先週は”ANA修行”で一旦帰った後に、愛媛県や広島県の船主さんたち訪問の旅に出た。この旅は仕事の延長そのものだが、瀬戸内の船主は永い現役時代にお世話になった人たちである。個人的にも彼らとは多くの歴史や思い出があるし、仕事は基本的に人と人の繋がりや信頼関係で成り立っているから、お世話になったお礼を兼ねての退職あいさつである。さて帰路に福山から東京に新幹線で戻る際は新大阪まで”さくら542号”に乗車し、新大阪駅で6分後に出る始発の”のぞみ336号”に乗り換える事とした。”さくら”は普通車指定席でも横2列+2列だから、東京まで直通する”のぞみ”普通車の横5列席に長時間座り続けるより快適なのである。


福山から”さくら”に乗って指定された席に座ると、周りは体の大きな西洋人観光客たちばかりだった。その中の一人のおばちゃんと終点の新大阪までいろいろお喋りをしていると、彼女らは家族や友人7人のスウェーデンから来たグループで2週間の日本旅行をしているのだと言う。シナや朝鮮には行かず日本国内各地だけを廻っているそうで、桜がどこに行ってもきれいだと日本の事をほめていた。そういえば新幹線のホームにも列車内にも多くの観光客、それも最近は西欧人がやけに多いのに気がついた。


さて乗り換えの新大阪では時間もない上にホームも違うので、コンコースの電光掲示板の表示に従いホームに駆け上がり、すでにそこに入線している列車に乗り込む。もっとも一瞬これが目的の列車か不安になって、もう一度頭上の表示板で再確認したとおり、東海道新幹線はどの列車もN700系編成で白と青の同じ塗色だから、日本人でも慌てて乗ると違う列車だったと云う事が起こりそうだ。こうして新大阪から乗車した”のぞみ”336号”普通車指定席でも、近くに何組かの外人観光客が眼についた。


乗車した”のぞみ336号”は、名古屋に11時30分に到着し2分後に出発で、名古屋の降車も済みここから乗る客の番になるとドアー付近で混乱が起きている。どうやら外国人のグループなど多数がデッキで右往左往している様子で、うち一組は車内中央に進んでから誤乗に気づき降りようとUターンし後続の乗車客が驚いている。他方、私の横、通路をはさんだ3人席では、アジア人グループ同士で「その席は私達のだ」「いや私達がそのチケットを持っている」と揉め始めている。名古屋を発車しても席争いに埒があかない様子なので、私は一人に「切符見せて」と聞くと、その券面は3分後に同じホームから出る”ひかり518号”で、揉めている組は一本早い列車に乗車してしまったわけだ。


間もなく車掌が来て必要な手続きをした後、彼らを自由席に案内していったが、同じ車両で他にも同じように揉めている外国人がいたから、海外からの観光客急増で新幹線の誤乗車が増えているに違いない。なにしろ名古屋駅では同じホームから数分置きに同じ色、同じ形、同じ両数の新幹線が発着を繰り返している。長距離列車がそんなに頻繁にやって来る事を経験したことのない外国人にとっては、わずか2~3分前に到着したのが目的の列車と違うという事は想像できないだろう。外国人観光客にジャパン・レール・パスを売る際や指定席の窓口では誤乗車を防止する案内書きを手渡すとか、駅のアナウンスでも注意を呼びかけるなどして、快適な旅を提供する様にしたらとやり取りを聞きながら考えていた。

2017年2月 7日 (火)

銀座線1000系 特別仕様車両

銀座線のホームで地下鉄を待っていると、前面オデコの真中に前照灯一つだけを煌々と灯した車両がやってきた。「あれ、銀座線の1000系は2灯式じゃなかったかな?」とちょっといぶかしく思いながら乗車すると、その内部は何だかいつもと様子が違っている。車内は木目調の化粧板でシックに仕上げられ、すべての手すりが真鍮色になっているではないか。やっとここで乗車した電車が、先日発表された銀座線のかつての車両、旧1000形を模した特別仕様編成である事に気がついて、「今日はラッキー!」とひとり快哉を叫んだのだった。
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この電車は地下鉄90周年などの行事にも用いるために2編成作られたもののうち、1月17日から仕業についた最初の編成らしい。さっそく周囲を観察すると、まず目につくのがドア横の予備灯である。これを見ていたらかつて銀座線や丸の内線のホーム直前で、車内の電灯が一斉に消えて真っ暗になり、予備灯だけが点灯していた光景を思い出したブエノスアイレスの丸の内線)。車内の妻面に掲げられた製造者銘板の「日本車両会社」の文字がレトロなのも粋である。つり革は手でつかむ下側の部分が広い昔の形状をしているが、使われない時にバネで窓側に跳ね上げた本来のリコ式でないのがちょっと残念なところだ。
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こんなレトロな雰囲気を車内で感じているうち、子供の頃に赤坂見附の医者に行くために銀座線によく乗った事を思い出した。今は東急ホテルになってしまったが、かつて見附そばに大きな病院があって、小さい頃ひ弱だった私は体調を崩すとそこの高名な小児科の権威に診てもらったものだ。親に連れられて渋谷から銀座線に乗ると、次第に病院の注射が怖くなり、一つ手前の青山一丁目からはトンネルが永遠に続いて、いつまでも赤坂見附駅に着かなければよいのにと念じたのだった。騒音を撒き散らしながら走っていた当時の銀座線の旧車両には思い出がいっぱいある。
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さて特別仕様編成は、新型台車をはき、両開きドア(かつては片開き)の上には情報ディスプレイも備えた最新鋭の設備を誇るが、一方でノスタルジックな演出のために、ウインドシル・ウインドヘッダー(旧型車両のガラス窓の上下につけられた補強枠)を模した化粧テープを外側に貼っていたりする。ここまでやるならいっその事、走行中にかつてのつり掛け式台車の轟音を流し、駅に近づいたら車内の照明を真っ暗にして予備灯を点灯するなどと凝ってみたらどうだろう。きっと人気が一段と盛り上がるのではないだろうか。

2016年9月 5日 (月)

ブエノスアイレスの丸の内線

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旧丸の内線770、側面にはステップが加えられている

南米アルゼンチンの首都ブエノスアイレスで活躍していた営団地下鉄丸の内線500形車両が、20年ぶりに里帰りし横浜港で陸揚げされたと先ごろ報じられていた。これら丸の内線車両は地球の反対側、第2の職場アルゼンチンでも引退時期を迎え、徐々に新しい車両に置き換わるなかで、うち4両が鉄道技術の発展に寄与したという事で日本に帰って保存されるそうだ。我々も今年1月に飛鳥Ⅱのワールドクルーズでブエノスアイレスに寄港した際、旅の思い出として丸の内線車両が活躍するメトロB線に乗りに行ったからこのニュースを興味深くみていた。


考えてみれば今回里帰りした丸の内線の500形に初めて乗車したのは昭和33~4年頃であったろうか。開通まもない池袋から大手町あたりまで乗車した記憶があって、それまで乗り慣れた銀座線に較べて丸の内線は地上を走る区間が長いし、大騒音を撒き散らした銀座線車両のつり掛け駆動に対し、500形のWNドライブがきわめて静かな事が印象深かった。飛鳥Ⅱ船上の案内では、ブエノスアイレスの地下鉄は治安が良くないから単独行動で行くのはお薦めできないという感じであったものの、赤のボディに白い帯、帯の間には銀色のサインカーブが装飾された名車がまだ走っているというから矢もたてもたまらず駆けつけた。


時間の制約があり今回乗車したのは街の中心部フロリダ(Florida)駅から、B線の終点のアレム(L.N. Alem)駅までの僅か一駅間だったが、久しぶりに乗車したのは500形6両編成の先頭車770号。予想通り車体には落書きが多く、かつて輝いていた自慢の赤色もすっかりくすんで、お世辞にも車体はきれいとはいえないものの、その区間はオフィス街や商店街とあって、乗客の雰囲気も東京とそんなに変らない。ここは鉄道の規格が少し違うので、車両下部にステップが張り出していたのには違和感が残るも、かつて第三軌条のデッドセクションを通過する際、各ドア脇にともっていた小さな電灯が残っているのがひどく懐かしい。中南米では港湾に限らず各種輸送機器が中国製で席捲される中、こうして久しぶりに日本の名車両に乗るとやはり心和むのであった。

車体塗色はひどく毀損されているが、シートや車内壁に残るデッドセクション用の電灯(右上)、冷房がない車内のファンデリアなどが懐かしい
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2015年11月 5日 (木)

のぞみN700A編成

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かつて自営業者として仕事をしていた時に、新幹線での出張と云えばグリーン車をよく利用する事があった。特に広島あたりから東京へ帰る際には、前夜の宴会の疲れもあってグリーン車を頻繁に使っていた。それでも経費削減と云う事で、例えば広島乗車から新大阪までのJR西日本区間は”ひかりレールスター”の普通車指定席を利用し、のぞみグリーン車は新大阪からだけ利用したものである。新大阪で乗り換えの為ホームを移動するのは一手間だったが、”ひかりレールスター”の指定席なら2人+2人がけシートがグリーン車並みだし、新大阪~東京のグリーン料金は5150円(消費税アップ前)かつ座席に備え付けの社内誌”WEDGE”(400円相当)を持ち帰れるから、実質的にそう大変な出費だと感じなかった。


現在の会社では一嘱託の身分、平社員となったから出張もグリーン車などとは縁がなくなったが、まあ人間はその程度の我慢ならばすぐに慣れるものである。しかし今回の大阪マラソンは、久しぶりに身体を酷使するとあって、往復とも奮発してグリーン車を利用する事にした。久々のグリーン車だと思いながらやや興奮して東京駅で待っていると、やってきたのはN700A(advancedの意味)編成で、それも車端の”A”ロゴも大きいJR東海所属の最新鋭車両である。このN700A編成は東海道新幹線において285キロで走行する区間を増やすため、従来のN700系のブレーキや走行システムを改良し、かつカーブでは車体を傾けて速く走れる様にした車両である。ただ同じAでもまったく新しい編成と、従来のN700系をA並みの走りが出来る様に改造したN700A(スモールA)編成があって、走りの性能は同じでもいわばAは本物、スモールAは後からのアップグレード版編成と云う事になる。


という事で、いつも東海道新幹線に乗る際には純正N700Aに当たらないかとひそかに期待していたが、本物Aの本数はスモールAよりはるかに少ないとあって、なかなかAに乗るチャンスに当たらない。それが今回は気張ってグリーン車にしたら偶然の本物A編成とあって、マラソンを走る前にこれはラッキーな事だと嬉しくなった。内装については双方そう変らないものの、シートモケットは純正版が良いとの事で雰囲気もちょっとゴージャスな感じがする。着席するや早速お約束の缶ビールの蓋をプシュっと開けつつ乗り心地を体感していると、改造版Aよりも心なしか加速も揺れもソフトな気がしてくる。走りの装置は変らぬはずなのにスムースに感じるとすると、これは普通車ではなくグリーン車に乗っている事によるプラシーボ効果なのかもしれない。しかし払った料金分はウンと楽しまねば損と、大阪まで一睡もする事なく乗り心地を堪能したのだった。

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Aのロゴが眩しい純正スペシャルA

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復路は残念ながら改造版A(スモールA)

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