カテゴリー「船・船旅」の記事

2024年3月27日 (水)

ボルチモアの橋 (フランシス・スコット・キー橋)の崩落

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崩落したボルチモアのフランシス・スコット・キー橋(2018年5月飛鳥Ⅱ船上より)


米国東海岸メリーランド州のボルチモア港入口に架かるFrancis Scott Key Bridge(フランシス・スコット・キー橋)の橋脚に、現地時間3月26日未明にシンガポール船籍の大型コンテナ船が衝突し、46年前に造られた橋が崩落、何名かの行方不明者が出る事故が発生した。Key Bridgeと云えば2018年の飛鳥Ⅱ世界一周クルーズで、ボルチモア港に入出港した際、この橋の下をくぐったことが記憶に鮮明なので、橋の崩壊を告げるニュースにびっくりするばかりである。米国に於いて船舶がぶつかって橋が落ちた事件で思い出すのは1980年にフロリダ州タンパ湾口に架かっていたSunshine Skyway Bridgeのことである。私は乗船研修で貨物船に事務員として乗船していた1978年夏に、タンパの問題の橋の下を通過したばかりだったので、当時崩落の報道に驚いたことを思い出した。


巨大な架橋の大きな橋桁も船舶の衝突には極めて弱いようである。この点を知り合いの橋梁の専門家に尋ねたところ、『トラス形式の橋は、冗長性がない、不静定次数が少なく、計算し易い構造で、断面を削って製作費用を抑える事ができる。逆に言えば1箇所壊れると連鎖的に崩壊します。今回、超大型コンテナ船が橋の橋脚の前にあるはずの緩衝材ラムショック(想定船舶が10万トン程度が多い)を乗り越えて橋脚に衝突した。1940年代から1980年代の米国には、似たような形式のトラス構造、カンチレバートラスが多い。以前に崩壊したタンパの橋も同じです。』『 マリタイムナビの写真を見たら、船舶衝突防止構造は、一応ありました。しかし、小さいし、あのコンテナ船は、止まらない。橋の下部構造のコンクリートが破壊されたら、橋は持ちません。また、トラスの橋脚取り付け構造部にあたり破壊されたら、橋は崩壊します 』との貴重な見解を頂いた。東京ゲートブリッジなども同じような構造だと思われるが、渡ったりくぐったりすれば一瞬で通過する橋梁も実に様々な要件があるものだ。


ボルチモア港は米国東部だけでなく、五大湖や中西部へ向かう物量の一大結節点にあたり、輸入コンテナの扱い量では全米の港の2.5%を占めている。砂糖や石膏、石炭の取り扱いのほか自動車の輸入額では全米一を誇り、近年はカリブ海やカナダ東岸へのクルーズ船の拠点としてカーニバル社やロイヤルカリビアン社の客船の寄港も増えているそうだ。同港の入口に位置する橋の崩落により現在航路は閉鎖されているが、これによる損害は一日当たり15百万ドル(23億円)と見積もられているとのこと。またフランシス・スコット・キー橋は首都ワシントンDC近辺に連なる交通の要衝となっていたこともあり、地域経済や人々の生活にかなりの影響が出ることを地元が懸念しているとローカル紙は報じる。


港の入口に位置するKey Bridgeにぶつかった船舶は、船名が"DALI"。長さ約300米/幅48米、9万1千総トンで20フィートコンテナ換算で約1万個を積むオーバーパナマックス型の巨大コンテナ船である。本船は2015年に韓国の現代重工で竣工しており、船主は当初はギリシャ籍だったため、西欧風の変わった名前が付けられたようだ。その後シンガポールのGRACE OCEAN PRIVATE LTDという会社が買船して、コンテナ船の運航会社(オペレーター)であるマースクライン(デンマーク)に長期の定期用船に出されているものと思われる。


船はボルチモア港で荷役を終え次港のスリランカに向けて夜間の出港作業中で、衝突時のYoutube動画を見るとエンジンまたは発電機の故障なのか、直前に何度か航海灯が消え全船BLACK OUT(電源喪失)になっているようだ。一方で現地のニュースでは、本船の操船が困難であることが事前に分かったため、橋は通行止めになり橋上には工事車両だけが残っていたため巻き添えになった人が少なかったとされている。しかしもし時間的に余裕があったならば、橋に近づく前にタグボートの応援を頼むなり、錨を降ろすなりの処置がなぜ為されなかったのだろうか(錨は降ろしたとの情報があるが、そうならば錨が効かず走錨したのか)。事故時にはパイロットも乗船していたはずで、衝突原因については今後の調査結果が待たれる。


「おや?」と思ったのは、"DALI"の船級がNKと登録されている事である。船級とは船の湛航性(安全性)を担保する検査機関で、NKはNIPPON KAIJI協会(日本海事協会)であり、本船はこの協会の基準に従って建造、検査を受けていることを示している。世界にはロイド(英)、ABS(米)、DNV(ノルウェー)などの海運先進国を中心に幾つかの船級協会があり、船主が日本に関連した外航船舶は船級がNKであることが多い。そこで船主のGRACE OCEAN PRIVATE LTDは何者かと検索すると、どうやら三井物産となんらか関係のある法人であるらしいことが伺える。ネットでは三井物産が同社に2010年から13年間に亘り、約 250 百万米ドル(約375億円)の融資契約を実行することを発表した2010年9月11日付の同社の広報ペーパー(リンク)を今でも見ることができる。船主は実質的に三井物産と関係しているのか、単に融資のみの関連なのか、いずれにしても心配なところだ。今後起こされるであろう巨額の損害賠償請求に向けて、まずは船主のPI ( PROTECTION AND INDEMNITY ) 保険組合が対応することになろうが、その手続きの中で、関係者が保証金を求められた際などに日本の法人が巻き込まれることもあるかも知れない。


追記:その後気になってGRACE OCEAN PRIVATE社を調べてみた処、どうやら同社は三井物産とも親しいわが国有数の四国船主のシンガポール法人らしい。事件は対岸の火事ではなくなってきたようだ。


1980年に船の衝突で崩落したフロリダ州タンパのSunshine Skyway Bridge (乗船研修中のジャパン・ロブレ号より1978年夏撮影)
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2024年3月24日 (日)

飛鳥II 常夏のグアム・サイパンクルーズ乗船 (6)番外編

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ビンゴ大会もたまには嬉しい景品が当たる(飛鳥クルーズ オリジナル クラフトジン)


そう云えば、クルーズ中に行われる定番の行事、ビンゴ大会で久しぶりに、「これは!」と思う景品が当たった。これまでもいろいろな船上でゲーム最後の方でやっとビンゴとなって下位入賞の景品を貰ったことはあったのだが、残ったハンドタオルやらお菓子の類いがほとんど。かつてシンガポール発着のスタークルーズの”スーパースター・ヴァーゴ”号船上で乗船アンケートに答えたところ『スーパースター・ヴァーゴ マラッカ海峡クルーズ乗船記(2005年12月16日)』で記したとおり、抽選で大きな袋に入ったロゴ入りグッズ一式を貰ったことを思い出したが、船内イベントに参加して貰った景品で「やった!これは!」というものに当たることは滅多にない。今回も「面倒くさいし時間の無駄だから行かないよ」と云うと、妻は「とにかく会場に行かなければビンゴカードが貰えないのだから」と、ゲーム中は寝てても良いから会場の入口だけは一緒に通って欲しいとの要求である。女性はタダで貰えるものは何でも欲しいのだろうか。


ということで読みかけの本を持参して会場のギャラクシーラウンジへと赴いた。パームコートでゆったりコーヒーでも飲んでいる方がましか、などと思いつつ渋々ゲームに参加していると、のっけからN列の数字ばかり読み上げられ、早くも7巡から8巡あたりで我が手持ちカードは縦4個の一列が当たりのリーチ状態となった。とはいうものの「出そうで出ないは何とか」で、ここから長いのがビンゴ大会とあって、「どうせ」とさして期待もせずに待っていると、壇上のマシンから飛び出てきたピンポン玉はまたまたN列である。眼前のカードはと見ればこの数字も正に盤上にあって、一瞬我が目を疑うも間違いもなく、早々に縦一列「ビンゴ!」の大当たりとなって驚いた。なんと300名は入ろうかというギャラクシーラウンジ満席の中で上位3番目くらいでゲットした景品は、飛鳥クルーズのオリジナルクラフトジンであった。船内のショップで買うと500mlで6050円もする酒とあって、これまでのビンゴ大会で得た中ではもっとも嬉しい景品であり、我が人生で飲んだなかでは最も高価なジンである。私を引っ張ってきた妻は、「ね、ビンゴ大会も来ればたまには良いこともあるでしょう」と鼻の穴が膨らんでいた。


船舶という一種の運命共同体、他と隔絶された洋上の世界で過ごすクルーズは非日常の世界である。クルーズ船では自ら工夫して主体的に楽しむべしの心意気はその(5)でアップした通りで、植木等のコスプレだけでなくクルーズ中に来たる場面を想定して、航路や寄港地にちなんだ準備をするのもクルーズの愉しみの一つとなった。思い出すのは2018年の世界一周クルーズで紅海入口のアデン湾で海賊警備に当たる我が海上自衛艦の為に、軍艦旗(旭日旗)を用意して飛鳥Ⅱに乗船したことだ。我が国を遠く離れ任務に当たる護衛艦”せとぎり”に向かい、早くから最上階の12デッキで軍艦旗を振っていたところ、最初は「あっち系のアブナイ人?」とほとんどの乗客たちは遠巻きにしていたものだった。しかし飛鳥Ⅱ護衛の任務を終え”せとぎり”も答舷礼で大きな軍艦旗をメインマストに掲げたのを見て、「これいいね」と我が旗を大勢が賞賛してくれたのは良き思い出である。ニューヨーク出港のSAIL AWAYパーティで着たSTARS & STRIPSをプリントしたキャップにTシャツ、半パンツとソックスの全身アメリカ仕様のいで立ちも思い出に残るし、国内クルーズでも舞鶴で観光協会から手に入れたカニのかぶり物で皆で踊った事など印象深い。オシャレをする日はうんと決め、楽しむ時は人目を気にせず大いに弾けるのが非日常のクルーズの魅力でもある。クルーズに因んだ持参の品があればなお愉しみも増えよう。そんなことを考えていたらまた船に乗りたくなってきた。

 

2018年アデン湾で海自”せとぎり”に向け持参した軍艦旗で敬礼する(写真家 高橋敦史氏の撮影)。最初は遠巻きにしていた他の乗客も一緒になって敬礼の声を送った
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今回のグアム・サイパンクルーズで持参した大阪で売られている(受け狙いの)サングラス
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2024年3月15日 (金)

飛鳥II 常夏のグアム・サイパンクルーズ乗船 (5)デッキディナー 植木等 編

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ダンスの先生とジルバで盛り上がる植木等

今回のクルーズでは久しぶりにデッキディナーが開催された。南十字星の下、飛鳥Ⅱプールサイドのデッキで酒や食事が出て音楽を楽しむならば、やはり「植木等」だろう。私の「植木等」とは、カンカン帽にロイド眼鏡、口ひげをつけてクレープのダボシャツにステテコ、肌色の腹巻、足元は雪駄という出で立ちでデッキディナーに参加することである。この衣裳はクレージーキャッツの植木等が昭和36年の大ヒット「スーダラ節」を歌いながらよく身につけていたもので、後年ドリフターズの加藤茶も似たような恰好をして「8時だョ!全員集合」に出ていた。”豪華客船”たる飛鳥Ⅱでステテコ姿とはいかにも場違いな出で立ちなのだが、元々は2011年の世界一周クルーズに際して、『 寄港地にちなんだテーマナイトを設ける予定です。民族衣装や浴衣などお持ちでしたら、ぜひご用意下さい。…アジアンナイト 飛鳥祭り アフリカンナイト メキシカンナイト ハワイアンナイトなど…』との乗船前案内があり、それならまずアジアンナイトで昭和のオヤジで決めようと一式を持ち込んだのが最初である。この時はチャイナドレスやアラブの王侯貴族風着衣に混ざって、我がステテコ姿がかなり受けたものと自負している。


数年前に母親が亡くなった際に弔問に来てくれた小学校時代の恩師が「君で一番覚えているのは、良くスーダラ節を歌っていたことよ!」と話してくれ、改めて合点がいったのだが、当時からなぜか一貫して植木等やクレージーキャッツのおちゃらけが大好きな子供だった。顧みれば学級委員的な優等生に対して、斜に構えるのがちょっと恰好良いくらいの幼弱性の現れに違いないが、三つ子の魂百までで、今に至ってもちょっと人と違ったことをやりたい気持ちが湧いてくるのだからしょうがない。妻は「2018年の世界一周クルーズ以来の植木のチャンスだし、船上の知り合いは多分期待しているから是非ともやってよ」と強く勧めるものの、さすがに70歳代になってコスプレしたら「イタい爺イ」だと嘲笑されるのがオチかと心配になる。なのでこのグアム・サイパンクルーズに乗船してからは、顔見知りのクルー達に「あの恰好をデッキディナーでまたやっていい?」と恐る恐る尋ねてみたのだが、みな一様に「どうぞ、どうぞ」「あ、またあの髭でしょ、待ってます」と嬉しい答えが返ってくる。


とは云うものの第7日目の夕方に行われるデッキディナーの直前まで、人前に出る自分の姿を想像しつつ、やるかやらぬかを逡巡していたのである。これまでの例からすると「それ、いいね!」と声をかけてくる人、プッと笑う人、完全に見て見ぬふりの人、怖いもの見たさに横目でにらむ人、「エンタメクルーだと思った」と言う人など反応は様々だが、このクルーズは友人も多いし、高い金を払って乗船するのだからここは自ら大いに楽しまなけりゃソンと蛮勇を奮って決行することにした。ただし今回は、さすがに透けて下着が見えるステテコに代わり、ベージュのハーフパンツにしたのはやはり年齢の為せる慎みである。夕方6時、いよいよ意を決してカンカン帽、ダボシャツ、腹巻、雪駄姿でデッキに飛び出せば、「ここ、ここ!」と友人たちが目ざとく見つけてくれ混雑の中で座席もすばやく確保、ビールにステーキをほおばっていると通りがかるクルーが「あ、久しぶり」と注目してくれるし、「一緒に写真撮って」と知らないオバちゃんたちからは何組からも声が掛かって段々と気分が盛り上がってきた。


そうこうするうちに始まったバンドの音楽に合わせて、雪駄のままでジルバを踊り、さらに飛鳥Ⅱのイベント定番ミュージック「ダイアナ」や「ダンシングクイーン」などで弾けている自分がいた。これで妻を始め船の友人の期待に応えることができたかと思うと船上を流れる宵の風も心地よい。酔いに任せるまま、あちこちからお呼びのかかったテーブルを遊弋するうち、あっという間にデッキディナーの時間が過ぎ去り、そのまま夜のダンス会場へ乱入した一夜だった(雪駄だけはシューズに履き替えてダンスをしたが)。ダンスも終えてホッと一息、心に浮かぶのは「随所に主となれ」という禅の言葉である。どこでも周囲に惑わされず主体性を持ち、その場になりきって行動すれば、心は自在に働き、本来の自分が発揮できるという意味なのだが、クルーズ船では自ら工夫して主体的に楽しむという心構えで乗船すれば、高い料金も損はないという気持ちになるから不思議だ。本船からのお仕着せの楽しみもなかなか良いが、普段はできない恰好をするとか、これはと思う趣味を船上で試みるとか、日常を離れた空間で自らが楽しむ気持ちで乗船すればクルーズの喜びも倍加すること間違いなし。こんな旅は他ではありません。

 

女性達にモテモテでダンスに興じる植木等。クルーズは楽しまなければソンソン!
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2024年3月14日 (木)

飛鳥II 常夏のグアム・サイパンクルーズ乗船 (4) グアム戦跡めぐり

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南太平洋戦没者慰霊公苑 参加者一同献花と線香で戦没者を慰霊

 グアムは2009年の正月、「にっぽん丸」のクルーズで来島以来、15年ぶりである。その時の為替は90円とあってレンタカーを借りてK MARTなど大スーパーマーケットでショッピングを大いに楽しんだ後、横井庄一さんが28年間ひそんだ横井ケーブ(レプリカ)を見学したのだった。今回は為替も円安で買い物の気分ではないので、飛鳥Ⅱのエクスカーションであるグアム戦跡めぐりツアーに参加することにした。これは大東亜戦争時に激戦地となったグアムの、アメリカ軍上陸ポイントであるガアン・ポイントや太平洋戦争博物館、旧日本軍守備隊長だった小畑中将以下が最後に自決した南太平洋戦没者慰霊公苑などを廻る4時間ほどのツアーで20名ほどの参加であった。グアム島は元々スペイン領だったのち、米西戦争(1898年)で勝利したアメリカ領となっていたが、1941年12月の日米開戦直後に日本軍が上陸して我が国に帰属するようになった淡路島くらいの大きさの島である。現在の人口は15万人ほどとの事。1944年7月の米軍の反攻上陸作戦では日本軍の死者18500人、米軍は死者・負傷者7000名を数える大激戦地となり、島にはいまだにトーチカや機関銃座などが残る戦跡の地でもある。


ツアーのポイント、太平洋戦争博物館は入口の前に帝国海軍の2人乗り潜航艇の「海龍」が置かれていた。入館すると、まずは日本軍統治時代のことを映像(日本語吹き替え版)で見るような展示になるのだが、おやッ?と思ったのがその内容。現地チャモロ人が作業する画面では、日本軍によってチャモロ人の住民は登録され、強制労働に駆り出されたとの音声解説が流れ、日本軍の圧政を上陸した米軍が解放したかの場面に続く。どうやら極悪非道の日本の軍隊と、それを駆逐した正義の味方の米軍というお約束の構成に仕立てられているようだ。ところが他の展示をよく見ると、1944年の米軍上陸作戦の際のチャモロ人の死者は1000名以下だったそうで、その事実からすれば多大な戦死者を出しながら日本軍は彼らを決して戦争に巻き込まず、それなりに扱ったのではないかとの推測が成り立つ。そもそも住民を登録させたのは、我が国固有の戸籍制度の一環であり、住民を日本人と同じに遇しようという意図があったのではないか。現にグアム政府観光局のホームページ「歴史」には、米軍の侵攻が急を告げる前は 「またチャモロ人の住居の自由は保証され、住みたい場所に住むことができました」とあり日本軍が常に圧政を強いたとは云えない記載になっている。


我々の世代ならこの種の展示を見ても、米国によるWGIP(War Guilt Information Program、マッカーサー進駐軍が我が国のメディアや教育機関などを総動員し、連合国側の見地のみに立った一方的解釈で旧日本軍の行為を断罪し、戦争責任や罪悪感を日本人に深く植え付け、もって2度と米国の脅威にならぬよう日本人を洗脳したプログラムのこと)の一環かと一歩引いてみることもできるが、グアムはいま多くの日本の高校生の修学旅行の地でもある。我々が訪れた時にも和歌山県の公立高校生たちが戦いの跡地を訪れていたが、彼らの若い脳裏に、このような所で自虐史観が植え付けられぬかと心配になった。日本が統治した時代に、現地の人々にとってなにがしかの不愉快な出来ごともあったかもしれないが、すべてが「日本人による悪行」のみであるはずはない。このようなプロパガンダ映像については、日本政府は当時の経済や民生について事実を調査し必要な訂正を申し入れるべきであろう。南京で日本軍によって市民が20万人虐殺されただとか、営利目的だった朝鮮人売春婦が、日本軍が組織的に関与したとされる(ありもしない)「従軍慰安婦」制度の犠牲者だった等ウソ八百の馬鹿げた事例が反日キャンペーンに利用されるのを見るにつけ、戦後も80年を迎え、そろそろ歴史の「事実」を見直す時期に来たと思う。グアムのツアーに参加して、飛鳥Ⅱに戻る車中でそんなことを考えていた。

 

ガアンポイントの帝国陸軍機銃座を見る日本の高校生たち
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戦争博物館
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2024年3月12日 (火)

飛鳥II 常夏のグアム・サイパンクルーズ乗船 (3)

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ダンス教室 午後(中級者)向けのクラス

今回のクルーズは横浜を出てグアムまで丸3昼夜以上が洋上の航海日、帰路もサイパンから3日間半が終日航海日という旅程であった。世界一周クルーズに於けるヨーロッパの区間、あるいは日本を一周するようなクルーズでは、船はほぼ毎日どこかの港に寄るのだが、実際問題として我々にとって毎日の寄港・上陸スケジュールは忙しすぎで、2~3日くらい船内でゆったりしてのちに観光というのがちょうど良いように思う。終日航海日が3日間あると船内での生活のリズムが整って、慣れたパターン通りに時を過ごせば体には楽だからだ。私は今回のクルーズでは毎朝8時過ぎに起床し11Fのビュフェで朝食、午前中はダンス教室の入門コースに参加し、昼食を抜いてデッキで恒例のジョギング。午後は一番に露天風呂に飛び込み、その後は船内ライブラリーで借りてきた本の読書や久々のゴルフの練習でのんびり過ごし、夕方のダンス教室(中級)に参加する日々を続けた。ダンス教室が終わって午後5時に缶ビールを一杯飲むと、その後は面倒になってショーなど催し物はほとんどパス(または部屋のテレビで中継を見る)、夕食は午後7時半からの2回目で、夜はクラブ2100で時々ダンスを冷やかすという毎日であった。


これら行事の中で社交ダンス教室だけは、クルーズ船に乗ると必ず参加する催しで、今回のクルーズでは午前中の入門初心者コースは参加者が約50名ほどであった(午後は30名ほど)。ダンス入門と云えば、多少でも経験がある人がこの入門者コースに来ると、まったくの初心者は肩身がせまいもの。特に競争社会に永年身を置き何事も人と較べがちできた男性は、ただでさえ慣れぬ種目で自信がないうえ、いざ組めばダンスは男性のリード次第となるからなおさら敷居は高い。なので暫く陸でダンスのレッスンを受けてきた身としては、午前中の入門コースに顔を出すのは控えようかと飛鳥Ⅱに乗る度に逡巡しがちである。とは云うもののクルーズ船の教室に参加する人たちの男女比を見れば、いつも大体女性が6割で男性が4割くらいの比率で女性が多い。よってダンス教室会場となるクラブ2100ではあまり目立たぬように隅の方で講師の解説を聞き 「空いている男性お手伝い下さい」 と先生が言う時にフロアーに出るようにしている (女性は余っているから、と妻は午後の中級向けだけ参加 )。入門者コースといえども参加すればしたで、ブルースやジルバなどのパーティダンスでも、かつて覚えた基礎がいつの間にか手抜きになっていたり、思わぬ気付きもあって結構勉強になるものだ。


最近はショーなどの催し物はパスと記したが、今回は船内で3回あった落語の古今亭志ん彌師匠の落語は、大いに楽しませてもらった。2011年の飛鳥Ⅱ世界一周クルーズで彼の落語を聞き、その名人芸に感動したのだが、また飛鳥Ⅱで師匠の落語を聞けるとは嬉しい限りだ。このような出しものがあるのが日本のクルーズ船の良さだと云える。久しぶりに生の落語を聞いて気が付いたことは、「ブス!」「バカ!」「こんちくしょう!」などの言葉やシモネタ、今では公衆の面前では大声で喋ることが出来ず、テレビなら禁止用語になる会話がテンコ盛りなことだ。いま話題のテレビドラマ「不適切にもほどがある」でも面白可笑しく描写されている通りだが、なんとも下らぬ「ポリコレ」を背景にあれも差別これも差別、ルッキズムだのセクハラだの言葉狩りに怯える窮屈な世の風潮が、落語の世界では一切ないことに救われる思いがする。そういえば飛鳥Ⅱに初めて乗船したのが50代半ばで、当時は船内あちこちで「場違いな若造が乗って来た」という視線を感じたものだが、こちらも70歳をとうに過ぎ、ほぼロングクルーズにおける飛鳥乗船者の平均年齢になった。以前は船内どこを見ても爺さん、婆さんばかりだと感じたのが、最近はマジョリティーの仲間入りをしたような居心地の良ささえ感じる。船内は自分の世代が中心かと思うと、元気なうちに大いにクルーズを楽しむべしという気持ちがまた湧いてきた。

古今亭志ん彌師匠の落語 (一席後の撮影タイム)
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2024年3月 9日 (土)

飛鳥II 常夏のグアム・サイパンクルーズ乗船 (2)

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入出港時、ウイング上で見物客に気さくに対応してくれる小久江船長

10日間と云う久しぶりに長め、それも外国人クルーを起用することに起因する対組合対策の韓国ワンタッチ寄港などではなく、海外が目的地である本来の海外クルーズにやっと行くことが出来た。思い起こせば予約していた2020年の世界一周クルーズが、武漢ウイルス騒動でキャンセルになって以来、4年に亘る感染症対策と称する泥沼が続いたが、それも去り、いまクルーズの日常が漸く戻って海外に船で行けるようになったことがとても嬉しい。久しぶりに再会した船友とカタフリ(船乗り用語で船上での会話のこと)をしていたら、この後に続くA-styleクルーズに連続乗船すると言う人もちらほら数名。それを聞いて、少なくともあと2~3日はこのまま乗っていたいという気持ちが湧いてきた。その未練を断ち切り自宅に戻った昨晩は、風呂に入ればお湯が揺れており、今日も椅子から立ち上がる時などいまだに陸酔いを感じている。


一言でいえば、3か月のドックを終えて、飛鳥Ⅱはとても良くなったと感じる。赤錆が目立った外板がきれいに錆落としがなされたのもそうだが、なによりネット環境が大幅に改善され、陸上にいるのとほぼ変わらずサクサクと通信が出来るようになったのが嬉しい(IT主任の妻の言)。今回利用したDバルコニーでは、毎日1時間 x 12回無料でネット接続、実際にはほぼ無制限で使い放題のような感覚である(ただし1時間経つと接続が切れるので再接続する必要はある)。自営業者としてまだ細々と仕事を継続している身とあって、連絡先とのメール交信が適宜必要なのだが、それを欠かすことなく船上(しかも室内)でできたし、確定申告の時期で税理士との連絡も問題なくこなせて一安心であった。飛鳥Ⅲが来年就航したあとしばらくは併存させるものの、飛鳥Ⅱは遠からずリタイアするのだろうと思っていたが、このリニューアルを見て郵船クルーズはまだまだ本船を現役で使い続けるつもりだということがわかった。


かねてより問題の本船のエンジン(変圧機)もやっと修理がなされ、久しぶりに15ノット以上の航海ができるようになった。もっとも4月3日より始まる「飛鳥Ⅱ2024年世界一周クルーズ」においては、郵船クルーズから 「主発電機(エンジン)の一部に不具合が生じている事を確認し、修繕の対応を進めております。…寄港地間によっては必要な速力が確保できないことにより、クルーズスケジュールに支障をきたす可能性がありますことから横浜・神戸の出港時間、ならびに一部寄港地の入出港時間の調整を行いますことを決定いたしました。」と突如3月6日に発表がありびっくり。この「常夏の島グアム・サイパンクルーズ」では、この後の世界一周航海を前に、久しぶりの米国寄港に備え安全・衛生基準の確認のほか、換装したエンジンの外洋での試験が行われたとみられるが、どうもエンジンの方はまだ完全復活とはいかないようだ。世界一周クルーズでは横浜をはじめ一部の寄港地で出港を早め、次の港の到着時間を遅めにするのだろうが、今年の世界一周はただでさえ少ない寄港地なのにその滞在時間さえ減ってしまいそうだ。


さて永年本船の指揮をとってきた小久江船長は、3月半ばを以て船長職を離れるとフェアウェルパーティーで挨拶があった。思い返せば、2011年の世界一周航路に彼がスタッフキャプテンとして乗船して以来、幾たびか小久江船長率いる飛鳥Ⅱに乗ることができたのは幸せであった。丁寧な航海情報のアナウンスとともに、クルーズ船の船長として出来る限り名所に近寄って乗客を喜ばようという操船ぶりには大いに楽しませてもらった。今回のクルーズでも孀婦岩、鳥島、硫黄島、小笠原などへ最大接近して詳しい解説を聞けたし、帰路の洋上でも”にっぽん丸”との邂逅を企画し、終日航海日を盛り上げてくれたことに感謝である。2018年の世界一周クルーズ中に7デッキをジョギングしていた際、エクササイズを兼ねて船内見回り中の小久江船長と立ち話を幾度もしたのは我が良き思い出。ビスタラウンジ前のデッキからブリッジのウイングで操船機器を操る小久江船長と毎回のように言葉を交わした妻は、「小久江キャプテンもいなくなっちゃうし、飛鳥Ⅲになったらウイングも覆われて上から声もかけられないから、見学は潮時なのかも」と寂しそうである。

洋上での”にっぽん丸”との邂逅
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2024年2月29日 (木)

飛鳥II 常夏のグアム・サイパンクルーズ乗船 (1)

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太平洋上の雲


強風が吹き荒れた東京を離れ、横浜港より乗船して一晩、飛鳥Ⅱは北緯30度付近を南下している。北風の残滓による大きなうねりを船尾から受け、船はほどよい周期でピッチングを繰り返している。今日は水が暴れるのでプールは水が抜かれているが、船の周りあたり一面大海原が広がり、早くもちぎれ雲が水平線線の彼方まで浮かんで南の国の風情を漂わせている。やっとクルーズに来た実感が湧いてきた。


武漢ウイルスの感染騒動以後、ワンタッチ寄港ではなく目的地が外国の港である初クルーズとあって、今回は650名ほど満船に近い乗船者でディナーも2回制である。顔見知りのクルーとの挨拶はここ数年行われた感染予防のグータッチでなく以前のようにシェークハンドに戻り、いつもの船上の日常が始まった。しばらく会わなかった船友とあいさつを交わし近況などを語り合っていると、ここでは時間があっという間に過ぎそうだ。残念ながら参加できなっかったが、昨晩はクラブ2100で飛鳥ダンス(エイキー・ブレーキー・ハート)も踊ったそうである。


船内には立派なひな人形があちこちに飾られ、陸上にいるより季節を実感できるのもクルーズの良いところである。昨年10月以来数か月ぶりに飛鳥Ⅱに乗船したが、長いドックの間にエンジンが直され久しぶりに速度が17ノットくらい出てまずは安心である。見れば細かい点もドックで改修されたようで、例えば11デッキのプルーサイドステージがアンブレラ状のものからきれいなひさしに改装されたのが目を引く。何にもましてネットが以前よりサクサクと速くつながる環境になったのが気持ち良い。飛鳥Ⅱは乗っていると船齢が34歳とは思えぬ、まるで働き盛りの船かとみまごうばかりだ。昼にいつも通りデッキでジョギングした後に露天風呂に駆け込むと、春風のような風がほほをなでて改めて日本船の良さを感じている。

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プールサイドステージ上のひさしの形状変更

2024年2月18日 (日)

飛鳥Ⅱ 2024年世界一周クルーズ 航路変更

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2011年 シンガポールを出た後 飛鳥Ⅱはスンダ海峡を抜け一路インド洋を西に


当初は乗船予定だったものの、昨年予約をキャンセルした飛鳥Ⅱによる4月5日横浜発の「2024年世界一周クルーズ」について、郵船クルーズ社は「中東イエメン沖ならびに紅海海域の情勢を鑑みて、お客様、乗組員の安全確保を最優先に、当初予定しておりました紅海・スエズ運河通航を避け、アフリカ大陸・喜望峰経由の航路に変更することを決定いたしました」と2月13日に発表した。紅海では昨秋、日本郵船が定期用船する自動車専用船が、イエメンの反政府武装勢力フーシに乗っ取られたことがわが国でも大きく報じられたが、その後もこの海域の情勢は不穏なままで、クルーズ船は無論のこと、コンテナ船など多くの船舶が紅海通行を避けて喜望峰周りに航路を変更している。この状況をみれば飛鳥Ⅱの世界一周クルーズの航路変更も止む無しだと思われる。


我々が初めて飛鳥Ⅱの世界一周クルーズに乗船した2011年も、紅海入口のアデン湾に於ける海賊被害の恐れのために、喜望峰周りに飛鳥Ⅱのスケジュールが変更になった。当時の記録を繰れば、この時の乗船予定者には、コースが変わっても乗船するかの内々の打診が2月中旬にあり、4月3日の出発を控えて2月21日に正式な発表がなされたのだが、今年も聞けば航路変更によって乗船をキャンセルするか否かの問い合わせが既にあった模様で、この13日に最終決定がアナウンスされたのである。2020年の飛鳥Ⅱ世界一周クルーズが武漢ウイルス禍で中止になったあと、中止 → 次年度に繰り越しを重ねようやく5年越しで実現した大航海だったが、またまた不可抗力とは云え当初予定されたインドや地中海に寄港しないことになったのは、乗船予定者にはとても残念なことであろう。


2024年の世界一周クルーズに参加しないことにした理由は、代金の高騰と寄港地の少なさであるのは「飛鳥Ⅱ 2024年世界一周クルーズ 乗船キャンセル」(2023 9月2日)に記した通りである。とは云うものの、振り返れば2011年当時の為替は1米ドルが約80円だったから、このところの世界的なインフレに加え、円安によってフィリピン人クルーなどの人件費、港費、燃料代などドル費用が膨らむ船側が、クルーズ料金を大幅にアップさせることは理解できぬわけではない。クルーズ料金や寄港地を決めるには、テロや戦争などの世界の情勢、天変地異にパンデミック、為替や経済環境など考慮することが多く、世界一周クルーズを企画・運営する方も大変である。料金の問題はさておき、飛鳥Ⅱでは2018年以来6年ぶりのワールドクルーズとあって乗船を心待ちにしていた予約客も多いようで、懇意にしている旅行社の話では今のところ航路変更による目立ったキャンセルの動きはないという。


発表された新スケジュールでは、飛鳥Ⅱはシンガポールを出た後はコーチン(インド)、サラーラ(オマーン)、スエズ運河、ピレウス(ギリシャ)、メッシーナ(イタリア)、チビタベッキア(イタリア)、マルセイユ(フランス)の7港には寄らず、アフリカ大陸を大回りする航路でモーリシャス、ケープタウン、テネリフェの3港のみに寄港、5月12日にリスボンでオリジナルの航程に復帰する。これにより当初より少なかった寄港地がますます減って、終日航海日が連日続くことになってしまった。もっとも我々も2011年には航路変更で憧れの地中海には行けなかったが、代替地のナミビアやセネガルなど西アフリカ諸港には一生行くこともないだろうと乗船をしたところ、それはそれで良い思い出になったのは事実。終日航海日が多いため船内で出来た友人も多く、未だに彼らとは定期的に飲み会を開いているし、毎日毎日開かれたダンス教室がきっかけとなって今では社交ダンスを少々嗜めるようになった。南半球に入る際の赤道通過祭りも忘れられない思い出とあって、航路変更もあながち悪いことばかりではない気がする。


赤道通過祭
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連日続くインド洋の終日航海日
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2023年12月15日 (金)

MITSUI OCEAN FUJI 南米ワールドクルーズ説明会

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旅行会社JTBが、商船三井クルーズのラグジュアリー船 "MITSUI OCEAN FUJI”号(32000トン)をフルチャーターして、2025年1月から91日間で太平洋の島々や中南米を巡る「 MITSUI OCEAN FUJI 南米ワールドクルーズ 」を行うのは発表の通りである。来年1月16日の発売開始に先だち、JTBによる説明会が東京駅にほど近い 丸の内のフォーシーズンズホテルで昨日開かれたので参加してきた。これは日本全国各地で行われる10回の説明会のうちの一つである。昨日の説明会は例の「世界の7割は海です!」のJTBクルーズ齋藤氏の名調子によって進められたが、参加者は、約50名ほどであったろうか。飛鳥Ⅱのロングクルーズ説明会とはやや会場の雰囲気が異なっており、私の勝手な感想ながら、フツーの勤め人OB・OGという感じの人たちが多いように見受けられた。商船三井クルーズは”SEABOURN ODYSSEY"号として欧米で富裕層向けに活躍するこの船を今春すでに中古買船、2024年末に改名した後は自らのフリートに組み入れることを決めている。その商船三井クルーズの親会社である商船三井が、移民船時代から南米航路を運営してきた経緯が説明会冒頭に触れられ、同社の代理店網などが寄港地で卓越していることなどがまず紹介された。また世界的な物価高にもかかわらず、2025年1月時点では、本船がまだ日本船仕様に本格的に改装される前、かつ外国船籍だからこそ、(比較的安い)価格で本クルーズが実現できたとの説明がなされ、続いて恒例の寄港地の詳細が続いた。


このクルーズは定員450名ほどのところ、380名から400名の募集とし、ゆったりした船内生活が楽しめるはずと齋藤氏は述べる。船内では食事は常時どこかで採れるし、メインダイニング(ザ・レストラン)には好きな時に行って良いそうで食事の2回制などもない。また最近のラグジュアリー船に見られるように、キャビンは主に船体前部に集中させる一方、パブリックスペースは各デッキの後部に配置され、乗客は縦にエレベーターで移動するバーティカル配置が特徴のクルーズ船とのこと。キャビンは全室スイート仕様だけあって従来の日本船よりかなり広く、カーテンの仕切りにより2部屋的なしつらえにできるので、一人がベッドで寝ていても同室者が室内で活動できるデザインになっているそうだ。我が家では妻は灯りがあると眠れないたちなので、クルーズ船に乗ると彼女が寝るときは私も同じ時間に寝てしまうか、起きていたとしても灯りを落として配慮しなければならないが、そのような気遣いもこの船なら不要になる。元来が外国船だけにWi-Fiはとても使い勝手がよく便利 (ただし料金がどうなるか未定)、チップはなく、船内蔵書も日本の本になるなど聞いているうち、快適なクルーズ生活が送れそうな期待が高まってきた。


とはいうものの本船は、このクルーズ催行時点では外国船籍のままで、デッキやエンジンクルーはこれまでの陣容継続とのこと。肝心のサービスクルーについては、食堂のメートルディやレセプションなど主要スタッフは日本語対応になり、日本人のコックも乗船するが、どの程度の割合で日本人をよく知るクルーになるのかはまだ決まっていないとの説明である。もちろん大浴場設置の改装工事はこのクルーズまでには間に合わないだけでなく、各キャビンにはウォシュレットは付かないというのはかなり切実な問題である。すべての部屋に深いバスタブがあるので風呂はまだ良しとしても、日頃ウォシュレットに甘やかされた我々は、短期間ならいざ知らず、どこまでこれを許容できるだろうか。また日本船お得意のいわゆる「社交ダンス」用の広いスペースがDECK PLANには見当たらないのもちょっと気にかかる。デッキ5のプロムナードはチーク張りで広いらしいが、飛鳥Ⅱのように1周全通していないかもしれず、しかも僅か200m強(飛鳥Ⅱは440m)だとすると、日課のジョギングが出来たとしても何十回も行ったり来たりしなければならなくなりそうだ。自分で使えるセルフ洗濯機は8台だけとあって、有料のランドリーサービルを利用するのが嫌いな日本人向けには数が足りなくなることが必至、などと心配な点がいくつかある(ちなみにランドリーサービスに抵抗があるのは、自分のことは自分でしなさいという日本的な倫理に背くからではないかと妻は考察している)。

 

JTBのスタッフも船内各部にこのクルーズの要所で乗船するらしいし、2019年に" SUN PRINCESS号"をフルチャーターして世界一周クルーズを成功させた同社だからこそ、これまでの経験と創意工夫でうまく問題点を差配して行くつもりなのだろう。しかしながら商船三井クルーズが所有しているとはいえ、2025年初頭のこのクルーズ開始までの間、現在もまだ"SEABOURN ODYSSEY"として欧米マーケットでクルーズ事業を展開しているので、総じて貸し出し元の商船三井クルーズ自体が、本船に於ける日本人船客扱いのあれこれをまだ詰めていない様子がうかがえた。それゆえJTBも船内生活やクルーの詳細を知らされていないようで、まだしばらくはこのクルーズ時の船内生活の実際を思い描くのは難しいことだろう。商船三井クルーズ所有でJTBがフルチャーターラーでありながら、外国船のままクルーズが催行されるので、カジノは本物の金を掛けて遊べるなどと聞くと、どうやら” MITSUI OCEAN FUJI 南米ワールドクルーズ” は日本船と外国船の中間くらいのイメージになりそうな気がする。こうして説明会も終わったが、これも何かの縁、中年米は船以外では今後行くこともないだろうから、とりあえず安めのキャビンを予約することにした。キャンセル料がかかる期限まで時間があるし2025年は再来年のこと、このクルーズを軸として新春はゆっくりと色々な長旅を検討することにしよう。

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2023年11月22日 (水)

日本郵船が運航するGALAXY LEADER号の拿捕

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日本郵船が海外から用船している(とみられる)自動車運搬船(2016年9月 広島沖)


日本郵船が『運航』する貨物船"GALAXY LEADER"(ギャラクシー・リーダー)が11月19日、紅海イエメン沖を航行中に、イスラエルと敵対するイエメンの反政府武装勢力 フーシに乗っとられたとするニュースが大きく報じられている。同船は最大で約5,000台ほどの車両を運ぶ貨物船(自動車運搬船)であり、巨大な立体駐車場にエンジンと操船設備を取り付けた様な外観で、ブリッジや乗組員の居住区は海面よりはるか上方に位置している。この海域では小型ボートを使って襲撃する海賊がしばしば出没するため、通航する船舶は海面上の警戒はするものの、自動車輸送船は船体の下部に海賊が取りつく手がかりがなく、乾舷が高いため通常は襲われにくいとされている。昨日は武装した犯行グループがヘリコプターから船体上部のデッキに降り立ちブリッジに侵入する動画がSNSで公開されたが、それを見るとクルーはまさか上空から襲撃されるとは予想もせず、シタデル(緊急退避指令所)に避難する隙もなかったようだ。


"GALAXY LEADER"はバハマ船籍でポーランドの造船所に於いて2002年に竣工した長さ189米、48710総トン(17127重量トン)のヨーロッパ仕様の大型船である。船主はGalaxy Maritime Ltd と登録されているが、実質はロンドンにビジネス拠点を置く Ray Shippingと云うイスラエル人の会社であり、その下で乗組員の手配や船舶の管理はギリシャのStamco Ship Management Co. Ltd社 が引き受けていると発表されている。通常、ギリシャの船舶管理会社は日本人船員を雇わないことから、本船に日本人クルーが配乗されていないのは不幸中の幸いだった。この船主は車両輸送船の世界ではイスラエル系の会社としてよく知られるかなりの大手であり、ヨーロッパのメジャーな船会社(運航会社=用船者)のほかに、日本郵船や商船三井、川崎汽船の邦船各社(運航会社=用船者)にも長期契約で船をチャーターアウト(定期用船契約)している。今回本船はトルコで揚げ荷をした後、空船でスエズ運河・紅海を通ってインドの積み地に向かっている途中に襲撃されたようだが、フーシはこの船を急襲して、イスラエルの船主に今後何を要求するのであろうか?


新聞やテレビでは「日本郵船の輸送船」とされる報道もあって、その用語の使い方に違和感を覚えるが、日本郵船は船主のGalaxy Maritime Ltd に対して単なる定期用船契約上の用船者であり、法的には今回の事件に当事者として関わる立場にはない。郵船のホームぺージには「当社が英国Galaxy Maritime Ltd から傭船する自動車専用船GALAXY LEADER(ギャラクシー・リーダー、以下「本船」)がインドに向かってイエメン、ホデイダ沖付近を航行中に拿捕されたと同社から連絡を受けました。当時、本船に貨物は積まれておりません。当社は…(中略)対策本部を立ち上げ、情報収集にあたり、本船の傭船者として乗組員25名の安全を第一に対応しています」とある。これは上場企業として情報開示には務めたうえで、人道上の配慮から「乗組員の安全」第一とはしているものの、あくまで『用船者』の立場であることを示して、本件について法的には無関係であることを示唆するアナウンスだとも読み取れる。


報道された本船の写真を見ると、外観は二引きの郵船ファンネルであり、NYK LINEと船体にもロゴが大きくペイントされているため、「日本郵船の輸送船」と呼ばれるのも無理はない。しかしながら既にこのブログで何度も書いてきたように、定期用船契約の上では、船舶が航海する上で生じる事故や事件の責任、ないしは船体の保全や乗り組員に対する安全責任は船主(またはその下にいる船舶管理者、または船長)にあり、定期用船の用船者(今回は日本郵船)にはないことが、永い海運の歴史の上でほぼ確立された世界的なルールになっている。定期用船契約では、船主は乗組員の手配を含め、船舶を必要な航海に堪えるように整え、積まれた荷物の保全に必要な注意を尽くすことが義務であり、用船者は航海に必要な燃料(バンカー)を手配、安全な海域を通って安全な積揚げ港に向かうことを船長に指示し、約定外の危険物を運びこまないことが根本的な契約義務となっている。


今回のケースに当てはめれば、現状では紅海が戦争などの危険水域になっていないため、郵船が用船者として「トルコから紅海を通ってインドへ行く」指示を出すこと自体に何ら問題はない。また船体が拿捕されたり乗り組み員が拘束されたりすることに対して、郵船が責任の一旦を負う必要はまったくなく、船主に対して「OFF HIRE」を宣言し、本船が解放されるまで一日当たり数万ドルの用船料の支払いを中断しておけばよいだけである。但し、もし積荷があった場合には、対荷主との間では道義的または商売上の関係で、用船者も事件に一定程度巻き込まることがあるが、幸い今回は空船だったので、郵船はただ事件の傍観者の立場となっているはずだ。もっとも次のインドで船積みを予定をしている荷主には、説明を尽くすとともに可能なら配下のフリートの配船繰りを変更して代船をだすこと程度は検討しているのかもしれない。一方の船主側は、乗り組員の安全についてはP&I保険、船体については(もし掛けていれば)不稼働損失保険や拿捕に対する保険、OFF HIRE保険などによる填補を求めると共に、本船解放へ向けて保険関係機関ないしは外交・法律専門家などによる支援を探ることになるだろう。この後、いかなる解放交渉がフーシと船主の間で行われるかが注目されるが、いずれにせよ本船が「日本の船」「日本郵船の船」としてセンセーショナルに扱われるのはどうなのだろうか?と思ってニュースを見ている。

追記:この船主は手広く日・欧の船会社(運航会社)に自動車運搬船を定期用船に出しているので、今後同社から定期用船した他社の船舶にも同じような事件が起きる可能性はあるかも。


紅海を進む飛鳥Ⅱ(2018年4月)デッキには海賊除けのフェンスが張り巡らされ、武装したガードマンが乗船、夜間灯火管制など厳重な警戒がなされた
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