”にっぽん丸”「神戸/横浜クルーズ」と”飛鳥Ⅱ”「博多発着 秋の連休 ウイーンスタイルクルーズ」連続乗船記
この一週間で、”にっぽん丸”と”飛鳥Ⅱ”の2隻のクルーズ船を乗り継ぐ旅をしてきた。まず10月29日から2泊の”にっぽん丸”による「 神戸・横浜クルーズ」、続いて11月2日から2泊の「 博多発着 秋の連休 ウイーンスタイルクルーズ」の連続乗船である。 都内に住んでいながら、なぜ神戸や博多までクルーズ乗船のために出かけたかの理由は紙幅の都合により割愛するが、時を経ずして日本の代表的客船2隻による、無寄港ショートクルーズを経験できたので、思いつくまま気づいた両船の相違点を挙げてみたい。今回の2クルーズとも定員一杯の満船状態で、食事やイベントはすべて2回制、特に”にっぽん丸”は、例によって旅行社による団体ツアーの片道乗船者が多数と云う船内光景であったことをまずは付記する。
船体の大きさや設備などの物理的な面はさておき、両船の一番大きな違いは、クルーと乗客との間の「距離の差」であろう。”にっぽん丸”では正にソーシャルディスタンスとでも言うべき「適度な距離感と緊張感」がクルーと乗客の間にあるのに対し、”飛鳥Ⅱ”ではその距離がはるかに近いと感じた。まずはタガログでの会話を例に取ろう。乗客へのサービスクルーは両船ともほとんどがフィリピン人なので、我々も日ごろの挨拶や簡単なコミュニケーションには、数少ないボキャブラリーながらなるべくタガログ語を使うようにしている。「お元気ですか」に始まり「おはよう」「こんばんは」など時間により1日で4回ある挨拶言葉、ご飯やみそ汁、サカナなど食事の名前、数詞、「多い」「少ない」「ちょうど良い」の他、「ありがとう」「問題ない」「どういたしまして」「これは終わりました」など、狭い船内で顔を合わす彼らとの会話をちょっとしたタガログ語で行えば、それは良き潤滑油になると思っているからだ。
”飛鳥Ⅱ”では彼らフィリピン人クルーは遠くからでも我々を見つけるや、「○○さま~」と、恥ずかしくなるほど大きな声と笑顔で手を振ってくれることが多い。時々乗船するとは云え最近は年に2~3回しか来ないのに、みな良く名前まで覚えてくれるものだと、つい嬉しくなってこちらも笑顔になる。いくつかの船内のバンドは、私がかつてリクエストした曲目を覚えており、顔を見ると黙っていてもお気に入りを演奏してくれるのも嬉しい。拙いタガログ語で何かを頼めば、タガログでちょっと難しい返事が返ってくることもよくあり「え、ちょっと待って、それはどういう意味?」などと語学講習のように会話が弾むこともある。要は”飛鳥Ⅱ”のフィリピン人クルーが人なつっこいのである。これに対して”にっぽん丸”では、我々がタガログで挨拶しても、意に反して日本語で「こんにちは」と却ってくるケースがほとんどだ。”にっぽん丸”の神戸/横浜クルーズ中、こちらのタガログ語での挨拶に、フィリピン人クルーからは、タガログ語による返事が僅か1回あっただけだった。それも何とも恥ずかしそうな小さな声で。ここでは日本人の乗客はタガログなど喋らないとの先入観があるのか、彼らにはとっさに脳内回路が切り替わらないと云うように見える。同様に日本人クルーについても、様々な場面で”飛鳥Ⅱ”の方が、乗客との距離感が”にっぽん丸”より近いことを感じる。
顔見知りの”にっぽん丸”のクルーズコンシェルジュの話では、先年フレンドシップを謳い文句にしていた”ぱしび(ぱしふぃっく・びいなす)”が運航をやめ、同船のクルーが転職してきてからは、それでもかなり船内の雰囲気が変わったとのことだ。彼女の話によれば 元”ぱしび”から転職したフィリピン人クルーが”にっぽん丸船上”で以前の乗客に再会し、派手にハグして喜びをわかちあった時には、従来の”にっぽん丸”の雰囲気にはないものと船内びっくりしたと云う。それを聞くと”にっぽん丸”では、良き意味でクルーは乗客との間に「適度な距離感と緊張感」を保つことを伝統としてきたことがうかがえる。”ぱしび”と”飛鳥Ⅱ”クルーのフィリピンでの養成機関は同じソースである。久しびりに再会したクルーと馴染み客のハグぐらいは、飛鳥Ⅱではそれほど珍しいとも思えない光景だが、サービスをプロバイドする側と受益者の間のやや放埓に見える関係は、従来の”にっぽん丸”の伝統からすると奇異に見られるのだろう。そんな馴れ馴れしさに眉をひそめる古くからの”にっぽん丸ファン”は多いものと思われる。ただ乗客とクルーの距離間は「文化」の問題であり、どちらを好むかは人それぞれである。”にっぽん丸”乗船は最近は年に一度あるかないかなので、頻度の差が出るのは致し方ないが、私個人としては、目を逸らしてまで距離を保つかの慎ましやかな”にっぽん丸”よりも、陽気な笑顔の”飛鳥Ⅱ”の方が居心地が良く感じられる。
食は”にっぽん丸”ということである。2泊クルーズの2晩目には、本船名物の大きなローストビーフが(約150グラムくらいか?)供された。目玉料理とあってこれまで食べたローストビーフに中でも、最も美味い部類に入るものだった。さて毎回”にっぽん丸”の乗船時にアンケートにも記しているが、今回もダメ元で、日本人男性ウエイーターに 「これ美味しいね、お代わりできない?」と質問をしてみた。案の定 「それはちょっと」とすげない彼の返事。「なぜ?」と尋ねると「 人数分しか用意していないので」とこんな質問するな、とも言いたげである。「飛鳥Ⅱではお代わりどうぞっていつも言ってくれるよ。またあちらではメニューに1~3までチョイスがある際には、1x2つでも、3つすべて選んで頂いても結構ですと云うけど」「 ローストビーフは切ればすぐ出せるので問題ないでしょ。そういう声があったと上に伝えておいて」とお決まりの文句をぶつけた。どうせ無視されるであろうことは予想されるも、”にっぽん丸”が少しでも良くなるようにと、暴走老人にならない程度に穏やかな怒りの表現である。対して「ウイーンスタイル」の飛鳥Ⅱは、2晩めは「銀座ハプスブルグ・ファイルヒエン」のオーナーシェフによるオーストリア伝統料理と、こちらも豪勢な晩餐を楽しめた。以前、”飛鳥Ⅱ”で同じ様なスペシャルディナーが出された際に、「 あんまりうまいのでメイン皿のお代わりできる?」と聞いたところ「まだ出せるか数を確かめてきます」と厨房をチェックしてお代わりを出してくれた。余裕があれば乗船客のリクエストに応えようとする”飛鳥Ⅱ”と、公平性と規則を重んじて人数分しか出しませんという”にっぽん丸”の違いである。
どちらかと云うと杓子定規な”にっぽん丸”の食事と、現場の裁量がある程度許されている”飛鳥Ⅱ”ダイニングには間違いなく文化の差異はある。
最近のコメント