カテゴリー「船・船旅」の記事

2021年7月20日 (火)

東京九州フェリー”それいゆ”乗船記(2)/(2)

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左舷 大分県の関崎、右舷 愛媛県の佐田岬


横須賀‐新門司間に乗船して気が付いたことを記すことにする。

  1. クルーの対応
    船内の案内所やレストランのサービス係に何かを質問をしたら、決してお座なりな答えではなく、聞きたいポイントを笑顔で丁寧に教えてくれたのは大変好感が持てた。レストランはタブレットを使用して注文する方式だが、こちらが手間取っているとそれを察した係員がさっと近付いてにこやかに手順を教えてくれる。昼食はデッキでIHコンロを使ったBBQを楽しんだが、ここでもメニューの料理の量やドリンクの種類・値段を分かり易く提示してくれた。この笑顔は一部のクルーだけでなく船内で出会ったクルーすべてで、会社の教育やサービス方針が徹底していることを感じた。船長の挨拶も必要な航海情報を過不足なく知らせてくれ、きわめて適切で有用なものだった。
  2. 乗客の織り成す雰囲気
    夏休みの前だったため、クルマでの乗船者と徒歩での乗船を合わせても船客は100名程度だったようで、船内はのんびりした雰囲気だった。乗船者は若者や働き盛り年代の男性が多く、新造船で営業が始まったばかりのためか乗り物マニア、船オタクらしき人たちも散見された。たまたまなのかもしれないが、通路ですれ違う際にちょっとよけてくれたり、エレベーターのドアを我々のためにホールドしてもらう、あるいは写真のシャッターを切りましょうかと申し出てくれる場面などを幾つか経験し、国内旅行では珍しく気持ちの良い距離感だった。
  3. 客室
    ”それいゆ”ではプライベートテラス(ベランダ)やごく小さなバスタブがあるデラックスルーム(24平米、うちテラス6.8平米)は僅か2室で、18あるステートルーム(18平米)はテラスがなくシャワーのみである。扉でセパレートされているツーリストSクラスが62ベッド、蚕棚形式ながらプライバシーに配慮されたツーリストAは96人分が用意される。系列の新日本海フェリーはゴージャス志向で、スイートルームや16~24室あるデラックスルーム(除く和室)にテラスがあるのに対してシンプルな造りといえる。また新日本海フェリーでは上級キャビン向けにレストランの他に専用グリルが設置されているがこちらにはそれがない。本船は夜行で瀬戸内を走る傍系の阪九フェリー並みの仕様といえるが、東京九州フェリーは一昼夜近く航走するのだから、船旅の楽しさを掻き立てるような豪華な設備がもっとあっても良いのではないか。本船の設計に際して横須賀‐新門司間の客層をどう想定していたのだろうか知りたい気がする。
  4. デッキプランと船内アコモデーション
    露店風呂付き大浴場、フォワードサロン、アミューズメントルーム(カラオケ)、スポーツルーム、ドッグフィールドなど最新のフェリーとしての施設は完備している。ただ本船名”それいゆ(ひまわり=北九州市の花)”をイメージしているのかもしれないが、木目調の壁板やみどり色・黄色を多用したカーペット・扉などはカジュアル過ぎる感じがするし、全体的に各所の照明は明る過ぎで、エレベーター廻りを彩る照明はまるでゲームセンターのようである。総じて日本のフェリー全般に云えるのだが、船内はもう少し暗く、アコモデーションはよりダークでシックなものにして欲しいところだ。また乗客に開放されているデッキは主に6階だが、せっかく船尾方向に広いオープンスペースがあるのだから5階か4階のデッキにウォーキングトラックなどを設けて欲しいと思った。
  5. うねりの影響
    今回の航海では波高は約2.5米ほどだったが、船尾から船首方向に向かって太平洋の彼方から押し寄せる大きなうねりが見られた。スマホに組み込んだクリノメーター(傾斜計)では、ローリング・ピッチングとも2度ほどであったが、低気圧に接近すれば、船体が細く高速で走るフェリーが揺れやすいのは確かだろう。本船には揺れ防止のフィンスタビライザーが装備されているものの、スケジュールに従い定時運行が重視されるフェリーは、多少の時化でも速度を落とさずに針路を保持するために酔い易い。しかしこの揺れも船旅の一部と心得て楽しめば、21時間余りの船旅もさして苦にならないというものだ。首都圏から北九州に旅するのに飛行機、新幹線のほかにこれからは直行フェリーという手段が加わり選択肢が一つ増えることはとても嬉しい。潮岬、足摺岬、関崎など名だたる岬の景色も堪能出来るこの航路の繁栄を期待したい。


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明るい色調を使い過ぎて安っぽいと感じた船内

2021年7月19日 (月)

東京九州フェリー”それいゆ”乗船記(1)/(2)

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姉妹船”はまゆう”と潮岬沖ですれ違い

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横須賀港ターミナル内の船客待合室。新しく気持ちよい

この週末は7月1日に航路が開設されたばかりの東京九州フェリー横須賀・新門司航路に乗船して来た。帰りは新幹線のトンボ帰りなので、クルマではなく徒歩での旅である。この1年以上”飛鳥Ⅱ”や”にっぽん丸”のクルーズを幾度も申し込んできたが、多くの航海が武漢ウイルス騒動によってキャンセルとなりフラストレーションは溜まる一方。この辺りで潮気の補充が是非したくなってのフェリーだ。首都圏から九州方面に向かう長距離フェリーは、かつては川崎‐宮崎間や久里浜‐大分間にサービスがあったが10年以上前に廃止されている。残ったのは徳島港経由のオーシャン東九フェリーだけだが、こちらはカジュアルクルーズと銘打たれサービスは簡素、特に船内にレストランがなく、冷凍食品を自分で温めて食べるなどおよそ船旅を楽しむという感がしない。いま潮気充填の船旅を楽しむならこれしかない、どうせ乗るなら船も新しいうちにということで新造船”それいゆ”に乗船することにした。


東京九州フェリーの横須賀ターミナルは、最寄の京浜急行・横須賀中央駅から約1キロほどで、ゆっくり歩いても15分の場所にあった。品川駅から横須賀中央駅までは頻繁に運転される京急の快特で50分である。出港1時間前までに乗船手続きをする必要があるものの、出港は23時45分と遅いため、都心や横浜の繁華街でゆっくり食事をしてもゆったりと乗れるのがとても便利だ。もっとも横須賀中央駅に降り立つと周囲には乗り場の案内らしきものはなく、スマホの地図を片手に港の方向に夜道をまっすぐに歩くことになる。ほどなく寂しい夜の海岸通りに出るが、目の前には横須賀警察署や市の救急医療センターがあり、この辺りからフェリーの大きなフェンネルが遠望できる。とかく港の周辺は夜間は寂しいものだが、ここでは駅からフェリーまで特段怖いということもなかった。ただせっかく鳴り物入りで航路を開設したのだから、横須賀中央駅や途中の街路には徒歩乗船者への案内表示を設けてもらいたいところだ。


乗船手続きを行い出港まで待つターミナルは、簡素ながら新しくモダンなつくりであった。しかし照明に煌々と照らされて目の前に広がるエプロンには乗船を待つ自家用車が数十台、トラックのシャシーも数えるほどで、サービスの周知や運送業者への営業はこれからという印象を受ける。東京九州フェリーがこの岸壁を新しく借り受けて使用するのに際し、直前まで既得権益を主張する既存の港運業者とごたごたがあったそうだが、そのような紛議のあとはまったく見られない整った施設と整備されたターミナル構内であった。ターミナルの船客待合室でビール片手に待つことしばし、ほどなくボーディングゲートがオープンし、何もかもがが新しい施設の中を新しい船内へと案内された。船内中央部に開いた乗船口を通って一歩船内に踏み入れると、煌々とした照明に照らされた廊下(パッセージ)が船主方向に向かって伸び、いよいよこれから新造船の旅が始まると期待に胸が膨らむ。本船”それいゆ”はここから新門司まで約1000キロ(540マイル)を21時間余、実に平均スピード26ノット程で航走する。


”それいゆ”は三菱重工長崎造船所で姉妹船”はまゆう”と共につくられた新鋭船である。総トン数は15515トン、全長222.5米・幅25米で、何といっても親会社である新日本海フェリーグループの他航路の船と同じく時速28ノット(時速約50キロ)以上で航海できる高速船になっているのが特徴と云える。省エネに効果があるとされる垂直船首を採用し、揺れを軽減するフィン・スタビライザーやそれぞれ2基のスラスターを船首・船尾に装備、高速を活かして”はまゆう”と両船で横須賀・新門司間をデイリーサービスする。私たちは今回も奮発して本船に2部屋しかないデラックスルームに乗ったのだが、ベランダがついているのはデラックスルームのみであり、グループ僚船にある上級キャビン向けの専用グリルも本船にはない。従来のフェリーの特徴であるザコ寝部屋こそ廃止されたものの、船客向けの設備が総じてシンプルに配置されているのは、日本海や瀬戸内で事業展開する同グループ初の太平洋航路進出とあって、さまざまな試行錯誤を行うその表れであるように感じたのだった。(続く)

ボーディングブリッジとその後ろのエプロン。まだ利用車両は少なかった
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2021年6月23日 (水)

日比谷ダイビル レストラン「にっぽん丸」

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日比谷ダイビルの地下に6月19日(土)レストラン「にっぽん丸」がオープンした。当初の発表から遅れたものの、無事開店したことがわかり、酒類も提供されるようになったのでディナータイムに行ってみた。「にっぽん丸」は、ダイビルにあるレストラン「ライン」の店内外の内装を一部変更しアンテナショップコーナーを設け、船の絵画を店内に展示するなど、同船に乗船しているかのような雰囲気作りがなされていた。ダイビルは商船三井の子会社であり「ライン」は商船三井の社員食堂の運営もしているので、ちょうど郵船、三菱グループの丸の内「ポールスター」のような存在である。武漢ウイルス騒動で休航中の「にっぽん丸」の応援キャンペーンと云うことなのだろう、7月17日(土)までの期間限定で(但し途中貸し切り・休業あり)、「食のにっぽん丸」として船のダイニングで供されるメニューを都心で展開している。


「にっぽん丸」のカラー写真が大きく張られた入口では、船内ダイニングなどで見かけるチーフが予約の確認と出迎えをしてくれた。この期間中は店内の厨房始めサービス要員は「にっぽん丸」のクルーが務め、運航が再開したらまた海上勤務に復帰するそうだ。メニューはコース料理が中心で、「シェフのおすすめコース」「にっぽん丸特製和牛ローストビーフコース」がそれぞれ8500円、そのほかにオードブル、スープ、メインから自由に選択できる「お好みコース」も用意されている。私はメインが豪州産牛のポワレ・ロッシーニ風の「おすすめコース」を、妻はせっかくの「にっぽん丸」ということで本船名物の「ローストビーフコース」を注文。


テーブルを見るとフォーク、ナイフ、皿などの食器は「にっぽん丸」のプレミアムダイニング「春日」で使われているものであった。こうなると乗船してダイニングにいるような気分になり、よほど我々はクルーズに飢えているのか高揚して、ワインは白では値段の一番高いカリフォルニア産「KENDALL-JACKSON」のソービニョン・ブラン(7500円)を奮発してしまった。「にっぽん丸」に乗船するたびに不満を感じるのがお替りが原則不可の夕食のボリュームなのだが、ローストビーフは1枚(100グラム)でも2枚(200グラム)でも良いとのことだったので、妻は当然のことながら2枚盛りの注文である。


店内は関係者とみられるグループの他、若い女性客などもちらほらで、サービス係もこちらの要望に良く気がついてくれて雰囲気はなかなか良い。感染症対策ということで、アルコールが出されてから90分間で退店しなければならないと最初に釘を刺されたのはやや興覚めだったが、これは小池都知事の意味のない要請なので仕方のないところだ。対面アクリル板ごしの会話は聞き取りづらいし、せっかくのフルコースを急いで食べ終わらなければならないのは勿体なかったものの、二人で久々に楽しんだ味はさすが「食のにっぽん丸」だけの事はあった。オードブルにスープ、口直し、メイン、サラダ、デザートにコーヒ(紅茶)でお腹は満杯になり、店内アンテナショップでお土産まで買って下船した。

にっぽん丸名物ローストビーフの豪華な2枚盛り
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2021年6月21日 (月)

飛鳥Ⅱ 新スケジュール 8月1日▶10月5日

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旅行社経由で飛鳥クルーズから8月1日以降10月5日までの新スケジュール案内パンフレットと「新型コロナウイルス感染症対策プラン」(2021年6月第五版)とされた冊子が届いた。さきの「ゴールデンウィーク 青森・北海道クルーズ」で横浜港出港翌日に武漢ウイルス陽性者が一名乗船していたことが判明したために、早々に以後の航海をキャンセルして横浜に戻って以降、5月に入って休止していた飛鳥Ⅱのクルーズがこれでようやく再開されることになる。問題のクルーズでは乗客全員が一週間前の唾液によるPCR検査で陰性だったものの、乗船直前に再度受けた検査において、一名の陽性が判明したのが出港の翌日だったというものであった。しかしながら従前のウイルス対策によって同室者を含め船内で他人には感染せず、全乗客が無事に帰宅できたのである。「ゼロ・コロナ」などありえず、武漢ウイルスとこれから永年共生していなければならない事を考えると、この際の飛鳥Ⅱの防御策は"ダイヤモンド・プリンセス"号の例を活かして完璧だったと私は高く評価しているが、慎重の上にも慎重を期す日本のクルーズ船ゆえ「これでもか」とばかりにさらに厳しい「新対策プラン」を実施するそうだ。


8月以降に再開する新スケジュールはすべてが横浜発着2泊3日のショートクルーズばかりである。新対策プランでは一週間前に行われてきた唾液によるPCR検査に加え、当日の検査が乗船前に判定できるように、午前中に横浜に集合して検査会場(大さん橋内か否か未定)で唾液検体採取検査をするそうだ。結果が判るまで3~4時間要するために当日は昼食が用意されると云う。また船内の食事は同室者または住居を一にする家族のみでテーブルを囲み、食事時間は約1時間で済ませられる内容にするとの事。寄港地では本船のツアー以外での下船は着いた岸壁上だけで、徒歩やタクシー、公共交通を使った外出は禁止となる。もちろん船内ではマスク着用で当面7デッキの客室は販売せず、セイルアウエイパーティーやダンスも行わないというのはこれまで通りである。こう見ると何やら小学校か中学校の修学旅行のような窮屈さで、ここまでやる必要性があるのかと甚だ疑問に思うのだが、「このご時世に」という同調圧力の強い日本だから「完璧でございます」という処を見せなくてはならないのだろう。


新スケジュールによると2泊3日のクルーズは、横浜発着で伊豆諸島や伊東沖を寄港地なしで周遊するコース、同じく清水寄港コース、鳥羽寄港コース、常陸那珂寄港コースの4パターンを繰り返す旅程である。料金を見るともともと販売されていた恒例の加山雄三の「若大将クルーズ」以外は割安に設定されているのが判る。ゴールデンウイークの休航前に発表されていたスケジュールでは、8月1日発の伊豆大島・新島遊覧クルーズ(2泊)がK:ステート142,500円、D:バルコニー186,500円に対して、新料金では同日発でそれぞれ109,000円と164,000円となっている。鳥羽・伊勢クルーズ(2泊)はもともとの鳥羽ウイークエンドクルーズがK:ステート148,000円、D:バルコニー194,500円だったものが120,000円と180,000円となり、特に9月28日発は109,000円と164,000円とかなりお得である。鳥羽は通船上陸なので岸壁に下りることができないが、その代わりに伊勢神宮内宮半日観光が別料金の発生しない「組み込みツアー」となってクルーズ料金に含まれるのが良い。常陸那珂や清水でも「組み込みツアー」込みがあり、その分得した感じだが、自由に出歩けないとなると自由行動派には不満が残るだろう。


特筆すべきは当日午前中に行われるようになった唾液検査の導入により乗船日には昼食が出されるようになったことと、若大将クルーズ以外は横浜への帰港が14時と大幅にゆっくりになったことである。これにより昼食2食が追加になり、下船日にはあたふたと荷物を準備する必要もなくなった。乗船日には朝早くに横浜に出向き、下船日はいつもの9時ではなく午後までと、今までよりは長くクルーズ気分に浸っていられるのは嬉しい。相変わらず連続乗船はできないようだが、不便な中でもわずかに「安く長く」なるのは光明だと云えよう。武漢ウイルスのせいとは云えこの1年半に楽しみにして待っていたワールドクルーズやオセアニアクルーズなどが次々とキャンセルになり、仕方なしとして予約した9月の小樽発着の稚内・オホーツク網走クルーズも無くなってしまった。新しく発表された2泊ばかりのクルーズに乗船してもダンスもなし、ディナーは1時間だけと楽しみは半減するものの、飛鳥Ⅱも感染対策をよりタイトにしながら精一杯事業継続に努力しているのだから、10月までに1航海くらい乗ろうかとパンフレットを眺めながらため息をつく。

2021年5月31日 (月)

来島海峡 プリンス海運 ”白虎”号の沈没事故

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青線=推定される白虎号の航跡、黄色線=同U・PIONEER号航跡
来島海峡の指定航路(画面右側中央)と斎灘の一般的航法(画面左側上部)は反対通行で衝突地点で交差する。(AIS データなどから作図)


海の難所・来島海峡の西口でプリンス海運のRORO船”白虎(11454総トン・船主:北星海運)”と、マーシャル籍で実際は韓国のケミカルタンカー"ULSAN PIONEER"(3481重量トン)が衝突する事故が27日(木)の24時前におきた。この事故で白虎が沈没し、船長以下機関士2名、計3名が行方不明になるという惨事になった(その後不明者のうち機関士1名が発見され死亡が確認)。”白虎”は2020年に国内の造船所で建造された最新鋭の大型RORO船である。ROROとはROLL ON ROLL OFF のことなのだが、このROLL ON/OFFをWeblio辞典で調べると Ships which enable vehicles to directly drive in and drive off the shipとある。すなわちフェリーの様に車両が自走してそのまま船内に乗り入れることができ、また自走して出て行くことのできる構造の船をRO/RO船と云う。この種の船舶は船体内部がガレージのようになっており水密隔壁が少ないため、一般的に急激に海水が流入すると浸水区画が拡大しやすい構造だといえる。


オペレーター(運航者)であるプリンス海運は、もともとは日産プリンス海運と云われ日産車の国内輸送に従事していた会社であった。2001年に現社名に改称、現在は日産自動車の国内輸送のほか、シッピングスケジュールを公表して一般車両の輸送も手がけているようだ。発表されている配船時刻表によると”白虎”は毎週木曜日の1630に神戸港を出港、翌日0530に北九州の苅田に到着することになっており、ちょうど現場の来島海峡を5月27日木曜日の真夜中に通過することになっていた。事故が発生した来島海峡は航路が極めて狭く屈曲している上に潮流が速いので、海上交通安全法によって航法が定められているわが国でも屈指の海の難所である。ここでは来島海峡船舶海上交通センターが航路の監視を行っているほか、総トン数1万トン以上の船舶はパイロットの乗船が義務付けられているが、”白虎”のように定期的に通過する船舶や、総トン数が2696トンの”ULSAN PIONEER”にはふつうパイロットは乗船しない。


海上交通安全法によって定められている来島海峡の航法は「順中・逆西」と云い、東行き、西行き問わず、自船が乗る潮流が順目の時には馬島より大島寄りの中航路を通過、逆潮の際には馬島と今治の間の西航路を通過すると規定されている。”白虎”が神戸から苅田に向けて来島海峡を通過した時間の来島海峡の潮汐は南流(逆潮)ゆえ本船は西航路を辿り来島海峡大橋をくぐり斎灘(いつきなだ)に到達、規定航路の出口に向かっていたはずである。一方、韓国から大阪向け酢酸を積んで来島海峡に向かっていた”ULSAN PIONEER”は中航路を通るため航路の東側に出る必要があり、この近辺で”白虎”など西行船の進路を横切ることになる。ULSAN号にとっては、ここまでは一般的な航法に従って右側通行なのが、この時間はここから左側通行に変わる面倒な場所である。このような地点で両船は交錯したが、掲載した略図(上)を参照すればわかる通り、事故直前に”ULSAN PIONEER”のブリッジからは”白虎”の左舷(赤灯)を視認していたと考えられ、万国共通の海上衝突予防法によって避航義務は第一義的には”ULSAN PIONEER”にあると考えられる。


ニュースで見る”ULSAN PIONEER”は船首が大きく損傷、船首のマストが倒壊しており衝突の衝撃の大きさがわかる。それにしてもこの事故にはいくつも解明されねばならない点があるようだ。船体真横に衝突されたとしたも、なぜ2020年に竣工した最新鋭大型のRORO船が簡単に沈没してしまったのだろうか。2009年フェリー”ありあけ”の事故以来、RORO/フェリータイプの船舶の安全性確保にはさまざま手が打たれてきたはずで、船内への海水浸入や荷崩れが起き船体が傾斜してもそう簡単に沈没しない構造になっていると思っていた。また救助に参加したコンテナ船の船長は、”白虎”は事故後に荷崩れがあったようだと証言しているが、そうだとすれば当時多数積んでいたとされるシャシーの固縛は十分だったのか。フェリーの旅が好きな私にはこのあたりの安全対策が他人事ではなくとても気にかかかる


最近の船舶は内航船でも夜間はエンジンルームは無人運転である。よって死亡が確認された機関士はこの時間は上部の居室にいるはずなのに、船尾にある舵機室で発見されたと報道されているのも不思議だ。これはたまたま狭水道通過のためスタンバイで船底のエンジンルームに詰めていて事故に巻き込まれ、一挙大量に進入する海水に逃げ道を失って船尾に追いやられたのだろうか。また衝突から沈没まで2時間ほど時間の余裕があったようだが、66歳の船長は不明の機関士を探しに船内に戻ったのか。助かった乗り組み員は海に飛び込み他船に引き上げられたそうで、なぜ救命艇(救命いかだ)が展開しなかったのかも疑問である。せっかく来島海峡船舶海上センターは安全を監視していながら、航路の入出口の交通整理まではしないのだろうか。行方不明者の捜索に全力をあげるとともに、両船が事故に至った経緯を調査、事故再発防止に関係者は力を注いで欲しい。


大島・亀老山から望む来島海峡。手前から3・4本目の橋脚の間が中航路、5・6本目間が西航路。写真奥が九州方面(斎灘)。
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2021年5月 5日 (水)

飛鳥クルーズ 横浜赤レンガ街ブース

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赤レンガ街の飛鳥クルーズ売店(左) 背景に大さん橋に停泊中の飛鳥Ⅱ


公式のホームページにはなにも記載がないようだが、横浜赤レンガ倉庫街のイベント広場に飛鳥クルーズがブースを出しており、スムージーなどのスイーツや、お馴染み黒毛和牛を使った弁当を売っていると誰かがツイッターで呟いていた。船内に武漢ウイルス陽性者が出たために急遽ゴールデンウィーク青森・北海道クルーズを中止して横浜に係留されている飛鳥Ⅱを応援するために、昨日は横浜までドライブに出かけることにした。首都高・横羽線はいつもの連休時よりやや交通量が少なかったが、絶好の行楽日和とあって港周辺の街々は例年の休日と変わらず多くの人出でにぎわっていた。皆もう「自粛」に飽き飽きし、行政やメディアが何を言ってもさして心に留めなくなったのだろう。


赤レンガ街まで約1キロとやや離れているものの、65歳以上のシニアは3時間まで駐車料金が無料の大桟橋にまずクルマを入れる。ゴールデンウイークにはよく大桟橋ホールでイベントがあり、駐車場に入るために車の列ができることが多いが、今年は蔓延防止等重点措置の「自粛」とあってかすんなりと入場できる。ふつう家からドライブをして大桟橋に到着すると「さあこれからクルーズ船に乗るぞ」という気持ちになってくるのだが、飛鳥Ⅱはじめにっぽん丸もここ大桟橋にしばし係留されているのは見て何とも悲しい気がする。せっかくここまで来たので、大さん橋の送迎デッキで飛鳥Ⅱを眺めていたら顔見知りのフィリピン人のサービスクルーたちが船内から我々を見つけてくれ、手を振ってしばし彼らの無聊を慰めることができたのは思わぬ喜びであった。


人の波に乗ってブラブラと歩いて着いた赤レンガ広場の飛鳥Ⅱブースはなかなか繁盛していた。オヤツの時間に差し掛かっていたためか特にアイスクリームや各種パフェが人気のようで、注文すると配られる番号札を片手に出来上がりを待つ人たちのちょっとした人だかりが周囲にできている。横浜でも蔓延防止ごっこということでアルコールは販売されていないものの、赤レンガ街は館内・屋外とも食事を楽しむ人で一杯であった。「ゼロコロナ」などはありえないし、これから数年に亘って我々は武漢ウイルスと共生していかねばならないのだから、あまり神経質にならず連休はこうでなくちゃいけない。この日はTAKE OUTで「黒毛和牛と野菜のソテー」x2、「飛鳥風ドラカレー」、「大盛スナックシュリンプ」計4800円也を購入、ブースの中で奮闘する西口統括総料理長に軽く挨拶して帰路についた。このブースは今月9日まで営業しているそうだ。がんばれ飛鳥Ⅱ、がんばれクルーズ船!


家でゆっくりビールとともに飛鳥Ⅱの味を楽しむ
上・黒毛和牛と野菜のソテー 下・ドライカレーとスナックシュリンプ
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2021年4月18日 (日)

飛鳥Ⅱ 春の東北 大船渡・小名浜クルーズ Ⅱ タイムラプス動画編

 

理科系の妻(元祖リケ女)がこのクルーズに持ち込んだのが新しく買ったタイムラプスカメラ(Time Lapse Camera)である。lapseとは時の経過や推移という意味の英語である。このカメラは任意に設定した間隔で画像を連続記録するもので、あとで見ると長い期間に状況がどう変化したのがわかる。妻はこれをバルコニーの手すりに専用器具で取り付け、目の前の景色を4泊のこの航海中ずっと録画し、下船後も思い出を家で楽しもうという目論見だ。カメラをバルコニーに置いておいた場合は、潮をかぶる事が予想されるために、プラスチックの防水ケースでカメラ全体を覆うことにした。画像をとる間隔は1秒から1日の範囲で設定できるが、今回はクルーズと電池の消耗や景色の移り変わりを考慮し、1分毎にシャッターが切れれるようにしていた。できた動画はYOU TUBEにアップし、旅のあとも余韻や思い出を楽しもうとの魂胆だ。


クルーズ船への持参といえば彼女が10年以上前から必携するのがGPSロガーである。GPSデータロガーも一定の間隔ごとに現在位置(時刻、緯度・経度、高度など)を記録する器具で、何時・どこをどのように走ったのかの情報を家に持ち帰ることができる。帰宅後これを加工して自分のホームページに掲載し、旅の様子を時々思い出しては悦にいっているようだ。ただしこの機器は何日間も使用する仕様でないため、記憶されたデータを適宜吸い出してパソコンに取り込む必要がある上、乾電池は一日に一度交換しなければならない。妻は天気の悪い日も時々バルコニーに出ては、このデータロガーが正しく衛星からの電波をとらえているか、バッテリーが十分なのかチェックしている。そのほかに毎度おなじみ、クルーズ船に持ち込んでいる無線受信機では、操船のいろいろな指令やら航路の管制の声を秘かに聞いては興奮しており、とにかく船上ではあれやこれや情報をインプットすることに余念がない。学生時代の連続気象観測によって身についてしまったリケ女の習性といえよう。


そんな理系頭に対して超文系アナログ派の私は、クルーズ船に特別に持ってくるものと云えば、望遠鏡くらいである。ただ日課のジョギングでデッキをグルグルと回ると、景色が同じで何周したのか分からなくなるため、ゴルフのスコアカウンターは毎回持参することにしている。大叩きすると頭にカッと血が上るヘボゴルファーだった私にとっては、正しいスコアーを記録してくれる頼もしい用具だったが、それがまさかいまになって船上で役立つとは思わなかった。もっともゴルフのスコアカウンターは当然15までしか表示がないため、飛鳥Ⅱで7デッキを10キロ(23周)走ろうとすると、15周した後にリセットして1に戻す必要はある。船に乗ったら食事やショー、ダンスに寄港地観光など、24時間では遊び足りないほどすることで満ちているが、それに加えてジョギングはもとより、データの収録や機器のメンテなど、とにかく忙しく時間が過ぎていく。

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GPSデータロガー

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デッキ周回計(ゴルフのスコアカウンター)

2021年4月14日 (水)

飛鳥Ⅱ 春の東北 大船渡・小名浜クルーズ Ⅰ

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リドでのビュフェも再開


さきの週末は飛鳥Ⅱの「春の東北 大船渡・小名浜クルーズ」に乗船してきた。北上する桜前線を追いかけて岩手県大船渡や福島のいわき(小名浜)を4泊で巡るクルーズである。昨年11月に営業を再開した飛鳥Ⅱも、これまではウイルス対策として2~3泊程の短い日程が多かったが、やっと横浜から4泊のクルーズが出るというので乗船することにしたものだ。といっても今回の乗船客は約120名程度で夕食は当然一回制、船内はどこもガラガラでクルーの姿だけが目立つありさまであった。世界的にクルーズ船の運航が中止されているなか、いち早く感染症対策を施し動き出した日本の3隻の客船の英断に敬意を表したいが、恐怖を煽るメディアのせいで、春だというのに主な顧客であるシニア層はまだクルーズ船に戻ってきていない。といっても少ない乗船客のなかには、ロングクルーズだといつ乗っても見かける顔がチラホラで、挨拶を交わす言葉の端々からみな本格的なクルーズ再開を待ちわびていることが伝わってきた。


天候にも恵まれ、津波被害から復興する大船渡では市長らの歓迎を受け入港。大船渡は2005年にっぽん丸で訪れた時以来16年ぶりで、津波ですっかり変わってしまった港の周囲の景色に息をのんだが、大地震のあと、海辺にはどこも高い堤防が造られ、復興への意気込みを感じさせる風景となっていた。ここ岩手県では武漢ウイルスの感染者が極めて少ないなか、首都圏から来たクルーズ船に対する暖かい歓迎が嬉しく、この騒動が終わったらもっと多くのフネが寄港する事を願わずにはいられない。反対にこれまで多くのクルーズ船で賑わっていながら、ウイルス禍となると手のひらを反し、いま客船お断りとする港には平常に戻ってもこっちから願い下げしたら良いのだ。2港目の小名浜からは観光バスに揺られて1000年の樹齢を誇るという天然記念物の三春のしだれ桜ツアーを楽しみ、どっぷりと東北地方で観光気分に浸ることができた。


飛鳥Ⅱの船内も徐々に厳しかった感染予防策が緩和されてきている。リドグリル・リドカフェでの朝食やランチは再開直後はセットメニューしか出されなかったが、今回は以前のようなビフェスタイルに戻っていた。但しそれぞれが料理を取り分けるのでなく、カウンター向こうのサービスクルーが注文に応じてよそってくれる方式である。飛鳥Ⅱの乗客にはどうかと思われたスマホでバーコードを読み取るダイニングのメニュー呈示は、今回の乗船では従来の紙の印刷物に戻っていた。お馴染み飛鳥プロダクションによるショーは"BACK TO THE 80'S"と80年代ポップスをフュチャーしたもので、様々な試行錯誤を繰り返し、旧来の顧客の要望も考えつつも、やや若い世代に沿った改変をフネが試みていることがわかる。クラブ2100では社交ダンスはまだできなかったが、いずれ様子をみながら踊れるようになるだろう。もっとも今年からフォトショップがクローズになってしまったことはすこぶる残念で、規模を縮小してもよいので再開店して欲しいところ。船内では2025年に完成と発表されたばかりの飛鳥クルーズ新造船の話題が交わされ「それまで元気でいようね」とお互いの健康を祈りつつ、あっという間の4泊の旅から下船したのだった。


クラブ2100では感染防止でソファーが置かれダンスはできない。飛鳥ダンス(エイキー・ブレーキー・ハート)を早く踊りたい。
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2021年4月 1日 (木)

飛鳥クルーズ新造船発表 飛鳥Ⅱの後継?

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M/V "SEVEN SEAS MARINER" 48,000トン 飛鳥クルーズ新造船はこれに近いフォルムになりそう:2008年アラスカ・シトカにて


日本郵船が飛鳥クルーズ向けに5万トン級の新造船をドイツで建造すると発表した。少し前に「飛鳥Ⅱもおばあちゃんだからそろそろ新造船を?」と関係者に水と向けると、「そうなんですけどなかなかうまくいかなくて」と困った顔で答が返ってきたが、最近は「いろいろ考えています」とややトーンが変わっており密かに期待をしていたところだ。世界で次々と新しいクルーズ客船が就航するなか、日本を代表する”豪華客船・飛鳥Ⅱ”が船齢30歳以上の厚化粧貴婦人なのはいかがなものか、と残念に思っていたところに久々の嬉しいニュースである。飛鳥Ⅱは引退し、新造船に替わるのだろうが、新しい船は何と命名されるか、大方の予想通り「飛鳥Ⅲ」となるのか興味津々である。昨日発表された新造船のスペックは、総トン数は飛鳥Ⅱの50,444トンから51,950トンとさして変わらないが、全長が240米から229米に短くなっており、飛鳥Ⅱのあの美しいクリッパーバウが見られなくなるとすればちょっと寂しい。乗客定員は飛鳥Ⅱの436室・872名から385室・740名と15%少なくなっているので、船内のスペース的にはややゆとりが広がるようだ。


目を引くのが新造船の喫水で飛鳥Ⅱの7.8Mから6.7Mと大きく減少している。これは燃料をこれまでの重油炊きからLNGにし、補助的に低硫黄重油やガスオイルを使うという推進方針の転換によって生じたものだろう。液体化すると容積が極めて小さくなるLNGを使用する事によって、燃料やタンクの重さが大きく減り、喫水が浅くできたものと思われる。日本国内を始め世界には水深が浅く入港制限のある港湾や河川が多数あるから、喫水が浅くなることは本船の寄港地オプションが増えて汎用性が増す事に繋がる。また錨を下さずとも定点に留まれるダイナミック・ポジション・システムを採用するとの事で、プロペラはアジポッド推進になるだろうから船の回頭性や安全性の向上も期待できる。外国の大型船がタグボートもなしに入出港を繰り返す港で、飛鳥Ⅱは安全第一でタグボートを従えるが、これからはそういう風景も少なくなっていくかもしれない。


発表された外観図をみると、5・6デッキがダイニングなどの各種パブリックスペースに充てられるようで、プロムナードデッキは従来の7デッキから6デッキになっている。その上の7デッキから10デッキまでが客室スペースですべてバルコニーが付いている。最上階12デッキの船首側には従来の飛鳥Ⅱにはなかった構造物が見え、そこには開口部らしき空間があるのでここが露天風呂になるのだろうか。とするとその周囲はスパ&サロンやフィットネスの空間になると予想される。我々がジョギングをするプロムナードデッキは、船首部が船体の中に隠れているので、ここを一周全通できるのか不明。また資源が枯渇しているとされる本物のチーク材がプロムナードデッキに張られるかもまだわからない。ブリッジは今風のウイングまで屋根に覆われたデザインになるが、11デッキから離着岸の模様を見下ろし、スタンバイ後の船長らと言葉を交わしていた我々には楽しみがなくなってしまう。ならば世界初の試みとしてオープンカーのように天井が空くウイングなどがないか、と外観図を前に空想たくましくする。いずれにしても早く一般配置図が発表にならないか楽しみである。


M/V"VIKIN ORION"48,000 トン 乗客定員930人でこの船の雰囲気も飛鳥クルーズに近いようだ:2019年東京にて
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2021年3月30日 (火)

"EVER GIVEN"スエズ運河で巨大コンテナ船座礁(続々)

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スエズ運河のムアリングボートマンたち。万一の為に乗船してくるが客船上ではデッキで土産物を売る事に専念している。(2018飛鳥Ⅱワールドクルーズにて)


どうやら"EVER GIVEN" 号は離礁したようで、まずは一安心である。事故の原因究明はこれから始まるのだろう。私は航海や操船については門外漢ではあるが、事故の原因を探る上でのポイントを素人ながら下記に推測列挙してみた。


①遮るもののない砂漠地帯での突風と砂嵐が原因と云われているが、地中海向きの船が船団を組んで一列で航走していた中でなぜ"EVER GIVEN"号だけが針路を違え事故をおこしたのか。パイロットの指示は?船長とパイロットは協調できていたか?

②水深が24米と浅い水路の中で船団を組んで8ノット程度の速力で走っているときの本船の舵の効きどうであったか。一般論としては水深が浅く船の速力が遅いと舵が効きにくくなる。突風が吹いていた時に本船の速力がどうだったのか。もっと遅かったのか?サイドスラスター(船体を横向きに移動させるプロペラ)を使用するような状況ではなかったのか?

③スエズ運河通峡には万一に際に備え、タグボートとの間でもやい綱を遣り取りするためにムアリングボートマンと呼ばれる作業員が乗船して来るが、タグボートやこれらボートマンは規則通りに機能したか。

④狭い水路で突風が吹き荒れた際には錨を降ろすことができず(錨をおろせばそこを起点として本船が振れ回る)、大型船はただ前進あるのみで非常に危険な状態になると考えられる。当日の朝の天気予報では突風や砂嵐の吹く可能性はどうであったのか。

⑤"EVER GIVEN"号はまだ船齢も若いので重要な航海計器や舵の故障は考えにくいものの、ブリッジやエンジンルームの乗員配置を含めて本船は運河通過のための堪航性が保持されていたのか。

⑥本船は10段ほどコンテナをオンデッキに積んでいるようだ。この状態で、ブリッジから狭水路を航行するのに十分な視界が得られていたのか。(かつて北米航路コンテナ船の配船担当だった時代に、ミーティングで各船船長から怒られたのは寄港地のスケジュールが厳しすぎて寝る暇がない、ブリッジ前に荷物を積みすぎて前が見ない、オンデッキの荷物が過大で船の重心が高すぎ復元性が心配だ、の3点だった)

⑦オンデッキ10段積みの状態では横風に対して水面上に長さ400米x高さ50米ほどの巨大な壁ができる事になる。同じ20万重量トンクラスでも原油タンカーなら満載状態において風に流される面積は水面上10米ほどの高さ(乾舷)にしかならない。そもそもこのような巨大「コンテナ船」が、オンデッキにコンテナを高々と積み上げてスエズ運河を通る際に、風に対する安全性は確認されているのか。船舶の排水量に応じたオンデッキの高さ制限が必要でないか。

以上である。

砂漠の中を地中海から紅海に向かうスエズ運河通峡中のコンテナ船。マースクラインのこの船はデッキ上8段積んでいる。ブリッジからの視界は十分なのだろうか?
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