カテゴリー「船・船旅」の記事

2021年12月 9日 (木)

オールディーズミュージック ON ASUKA Ⅱ

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船内で開催されたオールディーズトーク

横浜~横浜の2泊3日クルーズ、”オールディーズミュージック ON ASUKA Ⅱ”に乗船してきた。この一年間、「自粛」ムードには心底うんざりだったので、年末を控え、この辺りで一発”ブヮッー!”と景気付けをしたいとの思いを込めての乗船である。オールディーズミュージックといえばアメリカには専門のFMラジオ局がいくつもあって、北米駐在員時代には、会社の往復に朝はクラシック専門チャンネルを、帰りはカントリーかオールディーズをハンドルを握りながら聴いていた。オールディーズミュージックはメロディーが耳に心地よくコードの進行がシンプル、歌詞も聞いているうちに何となくわかる部分もあって、いらいらしがちな通勤ドライブ中にはうってつけであった。今でもアメリカで買った60年代ポップスのCDやカセットテープをかなり持っており、当時を思い出しては一人で聴いたりするから、飛鳥Ⅱとオールディーズの組み合わせなら乗らないわけにはいかない。


前回10月「秋の瀬戸内航行 土佐クルーズ」と同様、2週間前からの体温測定、1週間前の唾液によるPCR検査に加え、今回も乗船直前の横浜港で再度PCR検査を受ける必要があった。大桟橋で唾液を採取し、外部の人との接触禁止状態で結果が判明するまで約一時間。ここで陰性が確認されて、ようやく晴れて船内に足を踏み入れることができる。クルーにも厳格な検査と行動制限がなされており、船内は「世界で一番武漢ウイルスからフリーな空間」だとも云える。それでも、もしクルーズ船で感染者でも出ようものなら「この時期に一部の金持ちの道楽」だの「一体、何を考えているんだ」などと大いに非難されることになろうから、船側もごく真面目にコンサバで対応せねばならない。船内のフォーシーズンズダイニングには各テーブルの間に相変わらずビニールのパーティションが屹立し、クラブ2100ではまだダンスが踊れないようにフロアにソファが置かれているのだが、これもこの時期なら致し方ないだろう。


とは云うものの船内はクリスマスのデコレ―ションのほか、ジュークボックスやLPレコードが置かれ、その上に流れる音楽は60年代ポップス一辺倒で、クルーズテーマを盛り上げようとの演出が至るところに見受けられる。オールディーズをフィーチャーしたクルーズは初めてだそうで、乗客は250名程度らしいが皆がどのくらい盛り上がるのか、飛鳥Ⅱ側も大いに気になっているようだ。ドレスコードは2晩ともカジュアルで、乗船前の案内では「オールディーズスタイルに合わせたドレスコードで一緒にクルーズを盛り上げましょう」と記載されている。それならとこちらもその気になってノった方が勝ち、ボタンダウンシャツにチルデンセーター、タータンチェックのパンツで靴はスリップオンで決めることにした。と見ると船内にはかのVAN JACKETのオリジナルジャンパーを着ている男性もいて、このクルーズ狙い撃ちの乗客も結構多いことがうかがえる。


2日目の終日航海日はハリウッドシアターのオールディーズトークに始まり、夜のライブショーは銀座・横浜ケントスなどに出演している11人編成のSweet Childによる50年代・60年代の歌と演奏の洋楽ヒットメドレーである。ファンらしき人もちらほらのギャラクシーラウンジでの彼らのパフォーマンスは拍手大喝采の盛況で、これまで私たちが見た飛鳥Ⅱのショーの中でも最も盛り上がったものの一つであった。飛鳥Ⅱの乗船平均年齢は70歳代前半ほどだと思われるが、その世代なら誰でもが知っている曲を連ねたSweet Childステージは、観客の期待のドツボに嵌った設定だったようだ。極め付けがその夜10時過ぎからパームコートで開かれたツイストパーティ。ショーの余韻を残しつつ、フロア一杯の参加者とともに汗だくで体をくねらせていると、この2年間の馬鹿馬鹿しい武漢ウイルス騒動の憂さも晴れ、乗船して良かったとの思いが込みあがってきた。感染対策は行ないつつも、こうして徐々に日常が戻ってくることを期待し、恒例の船内アンケートに、毎年このクルーズを催行して欲しいと書いて下船した。いやあ、久しぶりにはっちゃけた。

アスカプラザのジュークボックス
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大型スクリーンにもオールディーズの映像が
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2021年11月17日 (水)

飛鳥Ⅱダイニング イン 岡山天満屋

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宇野港から戻った午後は、岡山市の天満屋デパートで11月3日から14日まで開催されているスぺシャルイベント”飛鳥Ⅱダイニング”である。実は10月に神戸から乗った飛鳥Ⅱ「秋の瀬戸内航行 土佐クルーズ」で瀧淳一総料理長から「今度、岡山の天満屋デパートさんでイベントを行うので是非来てくださいよ」とお誘いを受けていた。プロモーション用の社交辞令とは思うものの、その時は「おう、それはもちろん行きますよ」などと例によって安請け合いの調子よい返事をしていた。しかし下船した後は、いくら瀧さん直々のお誘いでも都内からわざわざ岡山までディナーを食べに行くのはどうしたものかと迷っていたところ、たまたまイベントの時期に玉野発の実証クルーズに乗れることになり、それならと岡山に乗り込んだのである。


天満屋といえば岡山が本社である。なんでも三越や高島屋など全国規模の百貨店や、東急、阪急など私鉄系デパートを除いた地場百貨店では、天満屋は売り上げで日本一なのだそうだ。確かに初めて訪れた天満屋本店は、都内や大阪のデパートに劣らない威容を誇る本格的な店舗であった。なにより岡山市内の多くのバス路線が天満屋バスセンターに乗り入れて、ここが地元に密着した由緒ある百貨店であることを示していた。そんなご当地のプレステージアスな商業施設の地下1階、催し物エリアに”飛鳥Ⅱダイニング”は開設されていた。ダイニング入り口にはお馴染みのアルバトロスのロゴとともにASUKA CRUISEと大きくプリントされたサインが掲げられて人目を引く。


「こんにちは」と声をかけると予約が通っていたためか「あ、○○様、いらっしゃいませ」と即座にあちこちから声をかけられた。見るとこれまで船内で顔見知りになった多くの日本人サービスクルーが出迎えてくれたのだが、船内で中核を占めるスタッフが何人もこちらにいては、肝心の飛鳥Ⅱが順調にクルーズを続けられないのでは?などと軽口を叩きたくなるような豪華陣容である。イベント会場はそこそこの入りで、漏れ聞こえる会話からは、飛鳥Ⅱの乗船経験者も訪れていることがうかがえる。さっそくビールを注文して、予約していた4500円のセットメニューに移ろうとすると瀧さんがやって来て、「ふだんの○○さんご夫妻の食べっぷりからこれでは足りないと思います。テイクアウトメニューの前菜盛り合わせも追加で出せます」と飛鳥Ⅱらしい親密な気配りをみせてくれる。


ということでその晩に出てきたのは前菜盛り合わせ、瀬戸内産白身魚のマリネと彩り野菜サラダ、メインの黒毛和牛のグリエで、いずれも瀧さんらしいメリハリの効いた攻めの味の料理。多めについでくれたグラスワインの酔いも回って岡山まで来た甲斐があったと料理を堪能したが、それでも朝からのクルーズなどで胃の中はまだ余裕がある。「目の前のポンパドウルでカレーパン買って帰るわ」と冗談を言うと、「では飛鳥Ⅱドライカレーですね」とデザートの前にカレーまで食べて、ようやく満腹になって天満屋を後にした。旅に出るとタガがはずれるが、これも旅の楽しみというものだ。武漢ウイルスの蔓延期に岡山県知事は「(都会の人は)岡山に来るな」と暴言を吐いたので、騒動が終わってもこんな県では絶対に消費すまいと固く誓っていた。しかし来てみればなかなか良い街ではないかと、駅傍のホテルまで夜風に吹かれつつブラブラと帰った。

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2021年11月 2日 (火)

飛鳥Ⅱ2023年世界一周クルーズ発表

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さきごろ飛鳥Ⅱを運航する郵船クルーズより「飛鳥Ⅱ2022年世界一周クルーズ」を中止し、同時に「2023年世界一周クルーズ」を催行するとの発表があった。顧みれば2020年のアスカⅡ世界一周クルーズが武漢ウイルスによって出港直前の2月にキャンセルになり、以来2021年、2022年とワールドクルーズは、販売をしては世界各地の感染拡大で中止を余儀なくされてきた。この間、飛鳥Ⅱは中止のアナウンスと同時に翌年の世界一周新スケジュールを発表し、振替に当たる事を繰り返してきたことになる。この一連の手続きにより2020年のワールドクルーズに申し込んでいた我々も二度の延期を経験し、4回目の世界一周クルーズの実現が2022年に繰り越しになっていた。もし2022年春の出港が可能となればそろそろ寄港地発のオプショナルツアーの受付が始まる頃だと思っていたが、いまだシンガポールや欧米の寄港予定地では感染が深刻な状況とあって来年も催行は無理かと半ば諦めていた矢先の発表であった。


2020年の世界一周クルーズに向けて2019年8月末までに全額払い込んでいた2人分の(早期全額支払割引)代金は、2年以上預けっ放しで郵船クルーズと旅行代理店の間を行ったり来たりしている。中止と再予約の都度、一々払い戻しを受けてまた支払い手続きをするのは面倒なためである。もしピースボートのように払い戻しは分割払いで勘弁して欲しいだとか、てるみくらぶの如き旅行代理店の倒産があれば大変なことになるが、飛鳥Ⅱの親会社である日本郵船は海運市況の高騰でいまや絶好調の決算だし、信頼している旅行代理店も国内最大手とあってこの点の心配はまず不要と云える。銀行に預けていてもほとんど金利がつかない時代ゆえの預けっ放しだが、それぞれの年ごとに日数変更などによって微妙に生じる差額料金の調整だけを都度この旅行会社としてきた。


ということで「来年もやはりダメだったか、でも次の年のを発表してくれて良かった」と気持ちを切り替え、2022年の予約と預けている代金を2023年の世界一周に振り替えることに決めた。仕事もそろそろ引退の時期と考えていたので、その点でも再来年の方がちょうど良い。なにより感染対策であらゆる面での自由が制限され、ダンスもできない船内や、寄港地での不便を考えると、世界各地を巡るクルーズも2023年の方がより楽しめるに違いない。もっともそのあと2年我慢して2025年になれば飛鳥クルーズには新造船が投入されるが、今回のウイルス禍で身に沁みて感じたのは「世の中は何が起こるか分からない、思い立ったが吉日、遊びを含めてやりたいことは出来る時にしておくべし」ということだった。新造船が就航してもすぐにワールドクルーズに投入されるかは未定だし、その折に身体的にも金銭的にも余裕があればその時点でまた考えれば良いのである。


旅行会社から届いた「飛鳥Ⅱ2023年世界一周クルーズ」のパンフレットを見ると、2023年は4月2日の横浜からアジア、ヨーロッパ、北米中米を巡るオーソドックスな西回り104日間のコースである。我々が当初予約していた2020年のコースに比べてマラッカ(マレーシア)寄港が追加、ソグネフィヨルド(ノルウエー)クルーズがなくなったこと以外は寄港地はすべて同じであり、日数も103日が104日と1日増えただけである。肝心の料金は2020年に比べて一泊当たり5千円高くなっているのは、寄港地の港費や食料などの値上がりを考えると止む無しとも思えるが、一方で中止になった2022年(107日間)と比べると、2023年は3泊ほど日程が少ないのに料金は同額でやや強気の設定とも思える。やむを得ない事情とは云え、楽しみにしていた世界一周クルーズの再三の延期を経験させられた側としては、航海日数が前年より短くなるにも拘わらず同料金なら、何かインセンティブが欲しいところだ。例えば2020年から3回振り替えを余儀なくされた乗客は、船内のアルコールフリーなどはどうだろう、などと振替申し込みに当たって都合の良い注文を付けてみたくなった。

飛鳥Ⅱ2020年世界一周クルーズ出港の日(2020年4月2日)
飛鳥Ⅱ2020年世界一周クルーズ中止(2020年2月27日)
飛鳥Ⅱ2020年世界一周クルーズ・説明会(2019年2月9日)

2021年10月26日 (火)

飛鳥Ⅱ「秋の瀬戸内航行 土佐クルーズ」その3(完)

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新たに出来たアスカバルの生ハムとチーズ

11デッキ後方にあるリドカフェ&リドガーデンでは”アスカバル”と銘打って新しいサービスが始まっている。ここでは毎夕5時過ぎから無料の生ハムやチーズ、簡単な和食、焼き鳥に串揚げ、スイーツなどの居酒屋メニューが並べられ、これらを肴にワインや日本酒が楽しめるようになった。従来、午後の時間帯はリドガーデンでピザやハンバーガー、日によってたこ焼きやラーメンなどのスナックメニューを注文できたが、それに加えての”アスカバル”開始とあって、本船の食事のラインアップは大幅に拡充されたことになる。「秋の瀬戸内航行 土佐クルーズ」のような短い日程では利用者もごく少なかったものの、長期に乗船するワールドクルーズとなれば船内生活の目先を変えるために利用者も多くなることだろう。今回このアスカバルでは夕方6時までハッピーアワーでアルコール指定銘柄が半額になっており、2回目の夕食までちょっと小腹がすいた我々にとっては毎晩格好の「飲み屋」さんとなり重宝した(妻は予めネットでこのサービスの情報を仕入れており、普段は部屋飲み用に持ち込む缶ビールや乾きものを一切持って来ない徹底ぶりであった)。


さて夕方5時に神戸港を出港した飛鳥Ⅱは、その夜は小豆島の東の播磨灘で錨泊し、翌朝に備讃東瀬戸を抜けて、昼からこのクルーズのハイライトである三原瀬戸へ入った。関西と九州を結ぶフェリーが通る瀬戸内海の本航路は、備讃瀬戸を通過した後は来島海峡まで見どころがあまりないが、三原瀬戸は瀬戸内海の多島美を楽しむクルーズにはもってこいの水路である。ただ残念だったのは、ここには多くの名所が点在するのに、船長の案内放送がきわめて少なかったことだ。島の間を縫うかの狭い瀬戸は右舷遠くに鞆の浦、前方には多くの船乗りを養成する弓削島が横たわり、三原沖から振り返れば尾道水道に千光寺の屋根も垣間見ることができた。戦時中は毒ガスの研究、今はウサギで有名な大久野島のすぐ脇を抜けると、左舷近くの大三島の森陰には大山祇神社が鎮座しているし、さらに当日はあの"ガンツウ”もゆったりと遊弋していた。私にマイクを握らせたらいくらでもこの近辺について説明できるのにと思いつつ、この地の美しさや歴史をもっと多くの乗船者と共有したいという気持ちが沸き起こった。水路を抜けた後の伊予灘では、テレビで有名なDASH島に近寄るというサービスがあっただけに、三原瀬戸のアナウンスがごく少なかったことは惜しまれる。こういう風光明媚な航路では、船内でガイドフォンを無料で貸し出し名所案内をしたらどうだろう。


3日目はこの航海唯一の寄港地である高知に入港であった。武漢ウイルス禍以来久方ぶりの客船入港とあって岸壁には地元メディアのカメラがそこここに見うけられた。しかし高知では残念ながら自由行動は許されず、船会社主催の無料観光バスは桂浜往復のみ、船から出る有料ツアーは桂浜と高知城(ただし城内の入場なし)だけの見物でなんとも味気ない。せっかくここまで来たのだから有名な「はりまや橋」でも見ておきたいところだが、これはいずれまた別の機会に譲るとし、今回はまずは船に乗ることが目的と気持ちを切り替えた。無料コースを選びバスで15分ほど揺られて着いた桂浜には、大きな坂本龍馬の銅像が太平洋をにらんで立っていた。浜茶屋の看板に「海の向こうはカリフォルニア」と書かれているとおり、龍馬ならずともこの海岸に立てば海外雄飛の夢が自ずと湧き上がってくるかの景色である。正調よさこい節の踊りや「南国土佐をあとにして」のメロディに送られ、その日の夕方に本船は高知新港を解纜。翌日の神戸港下船は午後2時とゆっくりだったのはクルーズが一日増えたようで嬉しい日程だった。久方ぶりの楽しい3泊のショートクルーズだったが、パーティションやら体温計の感染対策が目立つ船内が、早く元の姿に戻って欲しいものだと思いつつ帰りの新幹線に乗車した。

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因島大橋をくぐったあと右舷後方に坂の街尾道を見ることが出来た

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TVでお馴染み、松山沖の由利島(DASH島)の西側と東側はトロッコで結ばれている

2021年10月24日 (日)

飛鳥Ⅱ「秋の瀬戸内航行 土佐クルーズ」その2(船内編)

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こうしてやっと辿り着いた飛鳥Ⅱである。船内に足を踏み入れると、最後に乗船した今春と同じようにフォーシーズン・ダイニングにはテーブルの間にアクリル板が設置され、ビンゴ会場のハリウッドシアターの席は一つおきの利用と厳しい感染対策が施されていた。クラブ2100は相変わらずフロアーにソファが置かれてダンスができないし、ピアノバーは閉鎖が継続されているなど、船内では密になりそうな場所を一切作らないという姿勢が徹底されている。どの公室に入るにもサーモグラフィーの体温チェックを受けねばならないのは今春と同じだが、さらに今回は船内どこでもテーブルに座るなりサービスクルーが乗船カードとその場に置かれたテーブルIDのICチップをスマホ状の端末で読み取って、いざという時の濃厚接触者を自動的に割り出す新しいシステムも導入されていた(以前は端末ではなく手書き)。そういう乗組員も乗客と同じ厳格な検査をうけて乗船しており、殊に外国人クルーは着いた岸壁以外は帰国まで何か月も船外へ外出禁止という刑務所なみの涙ぐましい労働条件で働いている。


現在行われている秋のクルーズでは、寄港地で乗客は船が手配したバスツアーで団体行動する以外の自由行動が許されないことになったため、船外から武漢ウイルスを持ちこむ可能性はまずないはずだ。今や飛鳥Ⅱは世界で最もウイルス感染から安全な場所であると断言できよう。尤もこれだけ船客の自由が制限されると、「これでもクルーズなのか」「乗船する意味があるのか」などという声が揚がってくるに違いない。それでも今春は使用禁止だったグランドスパ内のサウナは「同時に3人までなら使用可」となったし、飛鳥プラザやパームコートではバンドの音楽で(特に推奨はないが客が勝手に)踊れるなど、状況に応じ快適な船内生活を楽しめるように船も最大限の試行錯誤に努めていることがわかる。わが国ではウイルス禍がダイヤモンドプリンセス号から始まったので、クルーズ船上の感染が注目されるのは仕方がないが、いまや感染者も大幅に減ってきたので、飛鳥Ⅱもなるべく早く日常に近い船内に戻ることを期待したい。


さて今回の「秋の瀬戸内航行 土佐クルーズ」の乗船客は200名ほどで、フォーシーズン・ダイニングルームのキャパシティなら本来は夕食は1回で提供できるのだろうが、密になるのを避けるため2回制のディナーとなっていた。昨年に続き今秋催行されるクルーズのうち、全部で4回提供される飛鳥就航30周年記念の30thアニバーサリーディナーが、この航海の楽しみポイントでもある。この30thアニバーサリディナーは終日航海日の2日目に出されたが、短い航海に関わらず当日のドレスコードはインフォーマルと指定されていた。アニバーサリーディナーの冒頭、ダイニング中央で瀧総料理長が詳細を説明してくれたコースは、高価な食材を使った手の込んだ「攻め」の洋食。世界一周などロングクルーズの際に出される落ち着いた味も年配の乗客に好まれるだろうが、最近の飛鳥Ⅱの洋食は味にメリハリがあって私はとても美味しく感じる。何度も触れるが「おいしかったら遠慮なくお替りしてください」の飛鳥Ⅱの食の姿勢には好感が持てる。

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2021年10月23日 (土)

飛鳥Ⅱ「秋の瀬戸内航行 土佐クルーズ」その1(乗船前編)

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東海道新幹線N700 Supreme

飛鳥Ⅱの「秋の瀬戸内航行 土佐クルーズ」に乗船してきた。神戸発着の3泊のクルーズである。今年のゴールデンウィーククルーズ中、乗客のうち1名が乗船前に感染していたことが判明し、出港翌日に横浜に引き返す事態となり悪目立ちした飛鳥Ⅱであった。10月の営業再開後も船内感染へのこれでもかと云う追加対策で、いま販売されるクルーズは2泊が中心の短いものばかりである(2クルーズ以上の連続乗船は不可)。それも無寄港クルーズか、あるいは寄港しても船を受け入れてくれるが清水、四日市、新宮などで、これらは我々は今まで何度も訪れたお馴染みの場所ばかりとあってあまり興味が湧かない。ということで春に予約していたクルーズが何度もキャンセルになって、フネには乗りたし、しかしスケジュールは物足りなしでしばらく乗船を躊躇し機をうかがっていたところであった。そんな中「秋の瀬戸内航行 土佐クルーズ」はこの時期では最長の3泊、最終日に神戸で下船の時刻も午後2時と比較的ゆったりしているのが魅力的であった。ゆっくりと昼の瀬戸内海を航行、それも久しぶりの三原瀬戸の景色を楽しめるうえ、高知新港も我々には初めての訪問とあって、新幹線で神戸まで往復して飛鳥Ⅱに乗船することにしたのだった。


出港当日は13時に神戸のポートターミナルに集合なので、東京からなら朝出れば間に合うと主張する妻に対し、新幹線が遅れるなど旅は何があるかわからない、と念のため神戸で前泊することにした。ところが本当に旅は何が起こるかわからない。「大人の休日倶楽部」で乗れる「ひかり657号」に乗車すべく東京駅の東海道新幹線改札口に着くとザワザワと人だかりがして、なにやら異様な雰囲気である。説明に声を張り挙げる駅員のハンドマイクによると、この日の昼過ぎに豊橋駅で線路に降り「のぞみ」にぶつかった人がいてダイヤが大幅に乱れているとのことだった。事故の影響で上りの列車が到着しないため折り返し列車が仕立てられず、やりくりのつく編成で下りを順次出発させているとの説明であった。予約した列車は少なくとも2時間以上遅れると聞き、深夜の新神戸着かと一瞬愕然としたが、2時間遅れの「ひかり519号」岡山行きが出るとのアナウンスがあり咄嗟の判断で自由席に飛び乗った。立って行くことも覚悟はしたが、幸いなことに飛び乗った車両に空席も見つけた上に車両は最新のN700形のSUPREME!。この列車は後続の「のぞみ」がなかなか東京を発車出来ないためか、いっさい退避待ちなしの上、最新鋭SUPREMEの余裕からか回復運転にこれ努め、熱海・静岡・浜松停車でも新大阪まで2時間40分(のぞみ最速は2時間21分、ひかり最速は3時間弱)と予定より早く到着してしまった。旅にハプニングはつきものだがこういうラッキーもたまにはある。


翌日は、神戸のクルーズターミナルから飛鳥Ⅱに乗船である。と云ってもいま、クルーズ船に乗るのもそう簡単ではない。乗船2週間前からの「乗船前健康チェックシート」への日々の体温・体調記入、1週間前の唾液検体採取による郵送「事前PCR検査」に加え、ワクチン接種済みエビデンスの提示がこの秋からの乗船手続きに加わった。ワクチン未接種の乗客については、乗船の3日前(または4日前)に自費で「PCR検査 等温核酸増幅法⦅LAMP法、SmartAmp法など⦆」を受け陰性報告を提出する必要がある。ターミナル入口で検温と荷物預けをした後、うやうやしく私はワクチン予防接種済証を、「とりあえずまだワクチン受けない派」の妻は、新宿にある民間検査機関で受診した「新型コロナPCR検査結果報告」のメールコピーを提示する。そうして館内でようやく「乗船当日PCR検査」を受けられる訳である。「当日検査」は乗客を30名ほどのグループに分け、各自が綿棒状のスティックを30秒間口に含み、それを(同室者は同じ)容器に入れて提出する方式であった。提出した後、飛鳥Ⅱ船内に新しく導入されたシステムで検体分析が行われる間は、グループごとにホールの椅子に腰かけて待つ。こうして一時間あまり、グループ全員が「陰性」と判明してから乗船カードを受け取り、やっと一団で乗船可能となるのである。こんな検査の当日に限って喉がムズムズしたりして「ここまで来てヒョっとして?」などと不吉な予感が脳裏をかすめるものだが、ホールを見渡す限り問題が生じた乗船客は見当たらなかったようだ。これらが済んでやっと無菌(無ウイルス?)状態の飛鳥Ⅱ船内に乗船することができた。

船内のラボで検査結果が出るまでターミナルで乗船待機
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2021年9月14日 (火)

世界の船旅「飛鳥Ⅱ感動世界探訪」DVD全7枚組

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BS朝日で土曜日に放送される「世界の船旅」を毎週楽しみに見ている。いま世界中でクルーズが催行されない中、過去の録画とはいえ画面から流れる内外の客船のクルーズ風景には旅心が大いに刺激される。その番組のCMで8月に出た7枚組DVDボックス「飛鳥Ⅱ 感動世界探訪」の新発売キャンペーンが繰り広げられていて、潮気が恋しくてつい買うことにしてしまった。これまで番組で紹介された飛鳥Ⅱのロングクルーズの作品に、未公開の映像を加えて再構成されたもので、定価25,800円が今なら15,800円、さらにアスカクラブ会員なら12,900円という特別価格に釣られての購入である。この7枚組セットは飛鳥Ⅱの2015年世界一周クルーズ前後2巻、2015年‐16年南極・南米ワールドクルーズ前後2巻、2018年世界一周クルーズ前後2巻、それに2019年ハワイ・アラスカグランドクルーズ1巻からなっており、旅がしたい、海に出たいが出られないというフラストレーションをDVDで解消しようというものである。ウイルス禍で乗船したくともそれが出来ないクルーズ愛好者に的を絞った新発売ではなかろうか。


我々は2015-16南極南米クルーズと2018年の世界一周に乗船しているので、その時の思い出をプロによる映像でもう一度鑑賞してみたいと商品が到着するやいなや早速届いたDVDをセットしてみた。南極・南米クルーズ編ではイースター島のモアイ像、目前に迫る圧倒的なチリ・パタゴニアの氷河、快晴と凪に恵まれた氷の南極、さらに希望者全員が見学できたリオのカーニバル見物などが編集されている。画面でそれらの懐かしい情景を見ていると、ふつうなら一生かけても経験できない旅が僅か3か月で達成できたことに改めてロングクルーズの密度の濃さを再確認できる。2018年の世界一周編では地中海マルタ島の騎士団の建物、スペイン各地の料理や市場、カナダのハリファックスの大西洋海洋博物館などの情景が編集され、テレビの前で夫婦二人して「ここ行った、これ見た」と思い出のエピソードで盛り上がり船旅再開の期待を盛り上げた。


こういう際に画面を見る楽しみの一つは、自分たちの姿やあるいは知人がDVD画面に登場しないか探すことである。ところが最近は個人情報保護法やら肖像権やらの問題なのか、なかなか個人が特定できないような画面構成、画像造りになっていて、知っている人の顔が大写しにならないのが残念だ。例えば船内の手芸教室を紹介する場面では、参加者の手許の映像ばかりで、肝心の楽しそうに作業をしている人の顔は映らない。お祭りなど皆が参加する船内イベントも参加者がはっきりとは特定出来ないよう遠望画面だったり、場面が細切れになっており、当初BSで放映された時から再編集されたように思える。私は南極・南米クルーズの取材で顔見知りになったディレクターにいつも「顔どんどんとってよ、俺には肖像権一切ないから」と言っていたら、そのせいかこのDVDではアルゼンチンタンゴ教室の場面にそのまま顔を出してくれたが、私のように映されてもなんら問題ない人が大半のはずだ。しかし最近は世界一周クルーズでもこの観点から記念写真集巻末の(購入予約者特典として掲載される)参加者の写真と名前が掲載されなくなってしまった。思い出の映像やら写真が出ることを望んでいる乗客も多いだろうから、この種の記録には下らないポリコレは止め、人の顔をバンバン出したらどうかとDVDを見ながら思った。その点が唯一の注文である。

 

2021年8月13日 (金)

CRIMSON POLARIS号 八戸港沖事故

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YOUTUBE動画(Mooktie Media)より。日本時間の8月11日早暁、本船は港外より陸地にゆっくりと接近中

八戸港沖で日本郵船が運航するCRIMSON POLARIS号の船体が真っ二つに折れ、中国人とフィリピン人のクルーは全員救助されたものの、船体からは燃料のC重油(バンカー油)や潤滑油が海洋に流れ出る事故が起きた。パナマ籍(実質は日本船)CRIMSON POLARIS号は8月11日朝、八戸港防波堤の外側で座礁事故を起こし船体に亀裂が生じたために錨をおろしていたところ、翌12日早朝になり亀裂の部分から船体が2つに分断されたという。ニュース映像を見るとブリッジなどがあるハウスの直前で船体がちぎれているが、その箇所にはバンカータンクがあるため、大量の重油が流れ出したものとみられる。私にとって八戸はこれまで仕事で数え切れぬほど訪問した地であり、港についてもなじみが深いのでなぜこのような事故がおきたのか大変興味を持っている。まだ発表された経緯が断片的なので断定的なことは言えないが、これまでの経験から分かることを以下アップしてみたい。


まず本船CRIMSON POLARIS号は2008年に広島の常石造船で建造されたウッドチップ専用船で49,500重量トンと発表されている。ウッドチップは長さ数センチの木くずで、製紙工場で漉かれたのち様々な化学処理をされてパルプや紙の原料になるのだが、貨物自体の比重が軽く本船の貨物艙(ホールド)一杯に積んでも、ふつう船の満載喫水線まで満たないのが特徴である。そのためにウッドチップの専用船は同じ重量トンの貨物船より、より多くの貨物を積載するために船体がかさ上げされているのが外見上の特徴と云える。但しかさ上げされていることが直ちに船体の脆弱性につながることはないように十分な設計がなされている。また積み荷が軽いので、船体の局所に集中的にひずみがたまるという事も考えにくい。


建造した常石造船は日本でもトップクラスの建造量と技術を誇る造船所であり、また本船の安全性を担保する検査機関は日本海事協会(NK)で、その品質水準は広く国際的に認められている通りである。CRIMSON POLARIS号が登録されたパナマ法人の実際の船主は今治市の洞雲汽船で、この会社は100隻を超える外航船を保有する国内でも有数の船主として有名で、自社での船舶管理(乗組員の配乗、船舶の保守・メンテ、ドック手配、その他運航に関わる諸手配一切)もするが、今回は四国中央市(旧伊予三島市)の美須賀海運を起用している。美須賀海運はもともと大王製紙の船舶に関わる仕事から発展した会社とあって、ウッドチップ専用船の管理についてはお手のものと云えるであろう。こうした来歴やスペックを見ると、本船は第一級の堪航性を保持したバリバリの船舶であるにも拘わらず、なぜニュースで見るように一晩で船体が破断する事態になったのかが不思議だ。


現在ネットで見られるAISの DATAによれば、CRIMSON POLARIS号は7月29日にタイのスリラチャを出港している。ここは広葉樹ユーカリ種のウッドチップ原料の積出港として日本の製紙会社が多くの数量を輸入している港である。このサイトによると本船はタイから南シナ海を通り津軽海峡経由で八戸市にある三菱製紙の八戸工場に向かっていたことが分かる。以上の用船スキームを纏めると、船主・洞雲汽船‐(船舶管理契約・美須賀海運) → 定期用船契約・日本郵船(=運航会社) →航海用船契約・三菱製紙(=荷主)(但し三菱製紙は現在、王子製紙、中越パルプと三社でチップの共同調達をしておりチップ専用船を相互で融通しあっている)ということになる。この用船形態に於いて座礁・油濁事故の責任は一義的に洞雲汽船が負い、管理者の美須賀海運の責任はごく限定的(例:最大1千万円程度の年間管理手数料の10倍以内など)、また運航会社の日本郵船については法的な責任は問われない。本船の座礁事故や船体切断について船主のロスは損保の船舶保険が、油濁損害はPIクラブが、荷物に損傷あらば荷主は損保の貨物海上保険で損害がカバーされることになる。


さて、津軽海峡を抜けて北から八戸港に向かった本船は、日本時間8月10日午前3時過ぎに港外に到着していることがAIS DATAから読み取れる。ふつう八戸港で沖待ちする大型外航船舶は、港の南側にある種差(たねざし)海岸沖の錨地に錨を下すが、本船は港内の最北部のチップ専用岸壁へ向かう航路に沿い防波堤の外で行き足を止めている。これは沖待ちがなくダイレクトに接岸できるとの代理店指示で、朝6時からサービスを開始する同港のパイロットを乗船させるため港に近い場所で待ったのだろうか。本船はここで一旦投錨したように見えるが、その後午前5時過ぎから0.5ノットほどで徐々に陸地に近づいており、強風に流されて走錨している状況かと解釈できる。船体のかさが大きいのも風に流されやすい要因である。7時50分前後にもっとも陸地に近づいた後、本船は3ノット以上でまた沖に向かって移動しているが、この時刻に船長は座礁に気づいて沖出ししたという事であろうか。八戸港の港域図を見ると防波堤の外でも水深は十分にあり、本船の満載喫水11米を切って座礁するにはかなり陸地に近寄ったものと考えられる。


なぜタイから直行してきた本船は通常の錨地に向かわなかったのか、天候はどうだったのか、パイロットは強風下でも乗船予定だったのか、港外に到着した後に自船の位置を確認する見張りは十分だったのか、座礁事故で生じた船体の亀裂はそれほど致命的であったのか、など事故の原因となる知りたい情報は数多い。さらに分断された船体や残る積み荷はどう回収されるのか、今後の対応を待つことにしたい。それにしてもモーリシャスで座礁したWAKASHIO号は鋭利で強固なサンゴ礁に擱座したために船隊が折れたのは理解できるが、CRIMSON POLARIS号は座礁して船体に亀裂が入っていたとしても、水の上に浮かぶ長さ200米の鉄の塊である。荷物も積み付けに当たっては性状のごく穏やかなウッドチップで、この状態でわずか一晩で船体が完全に折れて2つに分かれてしまうという事実は衝撃的である。船舶の安全性が問い直される契機にもなりかねないこの事故の経緯やその後の状況が早く発表されないか待たれるところである。

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チップ船上のウッドチップ揚げ荷役状況
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2021年7月20日 (火)

東京九州フェリー”それいゆ”乗船記(2)/(2)

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左舷 大分県の関崎、右舷 愛媛県の佐田岬


横須賀‐新門司間に乗船して気が付いたことを記すことにする。

  1. クルーの対応
    船内の案内所やレストランのサービス係に何かを質問をしたら、決してお座なりな答えではなく、聞きたいポイントを笑顔で丁寧に教えてくれたのは大変好感が持てた。レストランはタブレットを使用して注文する方式だが、こちらが手間取っているとそれを察した係員がさっと近付いてにこやかに手順を教えてくれる。昼食はデッキでIHコンロを使ったBBQを楽しんだが、ここでもメニューの料理の量やドリンクの種類・値段を分かり易く提示してくれた。この笑顔は一部のクルーだけでなく船内で出会ったクルーすべてで、会社の教育やサービス方針が徹底していることを感じた。船長の挨拶も必要な航海情報を過不足なく知らせてくれ、きわめて適切で有用なものだった。
  2. 乗客の織り成す雰囲気
    夏休みの前だったため、クルマでの乗船者と徒歩での乗船を合わせても船客は100名程度だったようで、船内はのんびりした雰囲気だった。乗船者は若者や働き盛り年代の男性が多く、新造船で営業が始まったばかりのためか乗り物マニア、船オタクらしき人たちも散見された。たまたまなのかもしれないが、通路ですれ違う際にちょっとよけてくれたり、エレベーターのドアを我々のためにホールドしてもらう、あるいは写真のシャッターを切りましょうかと申し出てくれる場面などを幾つか経験し、国内旅行では珍しく気持ちの良い距離感だった。
  3. 客室
    ”それいゆ”ではプライベートテラス(ベランダ)やごく小さなバスタブがあるデラックスルーム(24平米、うちテラス6.8平米)は僅か2室で、18あるステートルーム(18平米)はテラスがなくシャワーのみである。扉でセパレートされているツーリストSクラスが62ベッド、蚕棚形式ながらプライバシーに配慮されたツーリストAは96人分が用意される。系列の新日本海フェリーはゴージャス志向で、スイートルームや16~24室あるデラックスルーム(除く和室)にテラスがあるのに対してシンプルな造りといえる。また新日本海フェリーでは上級キャビン向けにレストランの他に専用グリルが設置されているがこちらにはそれがない。本船は夜行で瀬戸内を走る傍系の阪九フェリー並みの仕様といえるが、東京九州フェリーは一昼夜近く航走するのだから、船旅の楽しさを掻き立てるような豪華な設備がもっとあっても良いのではないか。本船の設計に際して横須賀‐新門司間の客層をどう想定していたのだろうか知りたい気がする。
  4. デッキプランと船内アコモデーション
    露店風呂付き大浴場、フォワードサロン、アミューズメントルーム(カラオケ)、スポーツルーム、ドッグフィールドなど最新のフェリーとしての施設は完備している。ただ本船名”それいゆ(ひまわり=北九州市の花)”をイメージしているのかもしれないが、木目調の壁板やみどり色・黄色を多用したカーペット・扉などはカジュアル過ぎる感じがするし、全体的に各所の照明は明る過ぎで、エレベーター廻りを彩る照明はまるでゲームセンターのようである。総じて日本のフェリー全般に云えるのだが、船内はもう少し暗く、アコモデーションはよりダークでシックなものにして欲しいところだ。また乗客に開放されているデッキは主に6階だが、せっかく船尾方向に広いオープンスペースがあるのだから5階か4階のデッキにウォーキングトラックなどを設けて欲しいと思った。
  5. うねりの影響
    今回の航海では波高は約2.5米ほどだったが、船尾から船首方向に向かって太平洋の彼方から押し寄せる大きなうねりが見られた。スマホに組み込んだクリノメーター(傾斜計)では、ローリング・ピッチングとも2度ほどであったが、低気圧に接近すれば、船体が細く高速で走るフェリーが揺れやすいのは確かだろう。本船には揺れ防止のフィンスタビライザーが装備されているものの、スケジュールに従い定時運行が重視されるフェリーは、多少の時化でも速度を落とさずに針路を保持するために酔い易い。しかしこの揺れも船旅の一部と心得て楽しめば、21時間余りの船旅もさして苦にならないというものだ。首都圏から北九州に旅するのに飛行機、新幹線のほかにこれからは直行フェリーという手段が加わり選択肢が一つ増えることはとても嬉しい。潮岬、足摺岬、関崎など名だたる岬の景色も堪能出来るこの航路の繁栄を期待したい。


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明るい色調を使い過ぎて安っぽいと感じた船内

2021年7月19日 (月)

東京九州フェリー”それいゆ”乗船記(1)/(2)

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姉妹船”はまゆう”と潮岬沖ですれ違い

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横須賀港ターミナル内の船客待合室。新しく気持ちよい

この週末は7月1日に航路が開設されたばかりの東京九州フェリー横須賀・新門司航路に乗船して来た。帰りは新幹線のトンボ帰りなので、クルマではなく徒歩での旅である。この1年以上”飛鳥Ⅱ”や”にっぽん丸”のクルーズを幾度も申し込んできたが、多くの航海が武漢ウイルス騒動によってキャンセルとなりフラストレーションは溜まる一方。この辺りで潮気の補充が是非したくなってのフェリーだ。首都圏から九州方面に向かう長距離フェリーは、かつては川崎‐宮崎間や久里浜‐大分間にサービスがあったが10年以上前に廃止されている。残ったのは徳島港経由のオーシャン東九フェリーだけだが、こちらはカジュアルクルーズと銘打たれサービスは簡素、特に船内にレストランがなく、冷凍食品を自分で温めて食べるなどおよそ船旅を楽しむという感がしない。いま潮気充填の船旅を楽しむならこれしかない、どうせ乗るなら船も新しいうちにということで新造船”それいゆ”に乗船することにした。


東京九州フェリーの横須賀ターミナルは、最寄の京浜急行・横須賀中央駅から約1キロほどで、ゆっくり歩いても15分の場所にあった。品川駅から横須賀中央駅までは頻繁に運転される京急の快特で50分である。出港1時間前までに乗船手続きをする必要があるものの、出港は23時45分と遅いため、都心や横浜の繁華街でゆっくり食事をしてもゆったりと乗れるのがとても便利だ。もっとも横須賀中央駅に降り立つと周囲には乗り場の案内らしきものはなく、スマホの地図を片手に港の方向に夜道をまっすぐに歩くことになる。ほどなく寂しい夜の海岸通りに出るが、目の前には横須賀警察署や市の救急医療センターがあり、この辺りからフェリーの大きなフェンネルが遠望できる。とかく港の周辺は夜間は寂しいものだが、ここでは駅からフェリーまで特段怖いということもなかった。ただせっかく鳴り物入りで航路を開設したのだから、横須賀中央駅や途中の街路には徒歩乗船者への案内表示を設けてもらいたいところだ。


乗船手続きを行い出港まで待つターミナルは、簡素ながら新しくモダンなつくりであった。しかし照明に煌々と照らされて目の前に広がるエプロンには乗船を待つ自家用車が数十台、トラックのシャシーも数えるほどで、サービスの周知や運送業者への営業はこれからという印象を受ける。東京九州フェリーがこの岸壁を新しく借り受けて使用するのに際し、直前まで既得権益を主張する既存の港運業者とごたごたがあったそうだが、そのような紛議のあとはまったく見られない整った施設と整備されたターミナル構内であった。ターミナルの船客待合室でビール片手に待つことしばし、ほどなくボーディングゲートがオープンし、何もかもがが新しい施設の中を新しい船内へと案内された。船内中央部に開いた乗船口を通って一歩船内に踏み入れると、煌々とした照明に照らされた廊下(パッセージ)が船主方向に向かって伸び、いよいよこれから新造船の旅が始まると期待に胸が膨らむ。本船”それいゆ”はここから新門司まで約1000キロ(540マイル)を21時間余、実に平均スピード26ノット程で航走する。


”それいゆ”は三菱重工長崎造船所で姉妹船”はまゆう”と共につくられた新鋭船である。総トン数は15515トン、全長222.5米・幅25米で、何といっても親会社である新日本海フェリーグループの他航路の船と同じく時速28ノット(時速約50キロ)以上で航海できる高速船になっているのが特徴と云える。省エネに効果があるとされる垂直船首を採用し、揺れを軽減するフィン・スタビライザーやそれぞれ2基のスラスターを船首・船尾に装備、高速を活かして”はまゆう”と両船で横須賀・新門司間をデイリーサービスする。私たちは今回も奮発して本船に2部屋しかないデラックスルームに乗ったのだが、ベランダがついているのはデラックスルームのみであり、グループ僚船にある上級キャビン向けの専用グリルも本船にはない。従来のフェリーの特徴であるザコ寝部屋こそ廃止されたものの、船客向けの設備が総じてシンプルに配置されているのは、日本海や瀬戸内で事業展開する同グループ初の太平洋航路進出とあって、さまざまな試行錯誤を行うその表れであるように感じたのだった。(続く)

ボーディングブリッジとその後ろのエプロン。まだ利用車両は少なかった
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