カテゴリー「船・船旅」の記事

2019年5月25日 (土)

”さんふらわあ きりしま”昼の瀬戸内感動クルーズ(2)

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飫肥(おび)の町並み
クルーズの楽しみの一つは、寄港した港から催される本船のツアーである。我が家からわざわざ行くこともない場所だと思っていても、クルーズ船の寄港地からツアーで訪れると、風情ある名所が全国津々浦々にあることに気づかされる。かつて飛鳥Ⅱで広島港に寄港した際、当時NHKの朝ドラ「マッさん」で有名になった竹原に行ったのがまさにそうだった。今年は飛鳥Ⅱで、四日市から伊勢の一ノ宮・椿大神社にお参りできたのも良い思い出である。

「”さんふらわあ きりしま”昼の瀬戸内感動クルーズ」では、志布志に2日目の朝に到着してから、帰りの大阪南港行きとなるフェリー便の出港までの間、「さんふらわあトラベル」によって「小京都飫肥と鵜戸神宮・北郷温泉・歴史探訪」の旅」が催行されたので参加してみた。岸壁まで迎えに来た貸し切りバスに乗り、杉の生産地である宮崎県南部を揺られて約2時間、到着したのは飫肥藩5万7千石の城下町である飫肥だった。

飫肥は九州の小京都と云われるそうで、いかにも古くからの城下町らしい落ち着いた町並みは、大都会近辺の名所・旧跡にないひっそりとした佇まいだった。藩主の伊東家は、南には強大な薩摩の島津藩、北に豊後の大友氏の勢力が迫る中、いかに領土を守るかに腐心したと云う。日露戦争後に締結されたポーツマス条約で知られる小村寿太郎は、幼少の日々をここ飫肥藩の藩校「振徳堂」で学んだそうだ。明治時代、まだ弱小だった日本がいかに列強に伍していくのか、飫肥藩の置かれた立場と当時の大日本帝国の状況が重なってみえるようだ。

午後は宮崎県日南市にある鵜戸神宮を回る。長い階段を上り下りしてようやくたどり着いたのは、海辺の崖にある岩窟に鎮座するお社で、これも他では見る事のできない神社である。お年寄りにはきついと思われる参道だったが、日向灘の絶景を望みながらの参拝も忘れられないものになった。この日一日、関西で有名(らしい)な歴史家の田辺眞人氏が同行されたが、その洒脱な解説も楽しく、クルーズを盛り上げる「さんふらわあトラベル」の意気込みも感じられた。見学を終わり夕方5時大阪南港向けに出港する「さんふらわあきりしま」に戻ったのだが、こうしてみると、どうして”フェリー侮るなかれ”といえよう。

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飫肥名物の厚焼卵
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鵜戸神宮

2019年5月18日 (土)

飛鳥Ⅱ 飛躍・大規模改装

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夕陽に映える飛鳥Ⅱ(於アムステルダム)

飛鳥Ⅱが来年1月からシンガポールのドックで大規模改装すると云う報道が飛び込んできた。2020年から発効する排気ガス中の硫黄酸化物規制に対応する装置(スクラバー)搭載のほか、露天風呂の設置、ネット環境の増強、レストランやキャビンの改装など数十億円規模の工事だとされている。1990年にクリスタルハーモニーとして造られた本船だが、2006年に日本籍の飛鳥Ⅱに改装されてからもすでに13年、内装も外見も老朽化が目立つこの頃である。世界のクルーズ市場には次々と新鋭船が投入される中、幾らなんでもこのままでは高級船として生き延びることが難しいと思われた飛鳥Ⅱが、外部ファンドの資金を利用してやっと改装されることになったことは喜ばしいニュースだ。

浮かぶ養老院だとか、外国船に比べて料金がバカ高いと云われる飛鳥Ⅱだが、乗ってみると「お金はタダはとらない、高いものにはそれなりの価値がある」と実感してきた。このまま何もせずに飛鳥クルーズ自体が終焉を迎えるのではないかと危惧していた私も、本船がとりあえずリニューアルされサービスを継続することを知り一安心と言える。今は発表された改装後のプロファイルを見つつ、キャビンの様子やパブリックスペースの使い具合をあれこれ想像するのが楽しいところだ。新しくできる露天風呂は外に面しているから、橋の上からだけでなく神戸中突堤のオリエンタルホテルや、ホノルルのアロハ・タワー、セントーサのロープウェイなどから丸見えになってしまうのはどうするつもりなのか、などと今後の運用も興味が尽きない。

当面、飛鳥Ⅱを大改装してサービスを継続しつつ、ファンドと協議しながら新造・飛鳥Ⅲ投入のチャンスを郵船クルーズは考えているのだろう。おりしもトランプ大統領の素晴らしい功績で、中国経済は急速に悪化しているようだ。中国の後退は喜ばしいが、これが我が国や世界の経済に返り血となって跳ね返り、アジアを中心に盛り上がるクルーズ業界にも不況が到来することが充分考えられる。その折には新造クルーズ船の建造予約で一杯の欧州造船所も、契約のキャンセルなどが出てくるのではないか。これらの造船所から空いたドックスペースで、安く客船を造らないかというオファーが得られる可能性もあろう。景気が悪くなれば、安いバルカーやタンカーばかり造っている日本や韓国・中国の造船所も、貨物船より船価の高いクルーズ船建造を図るかもしれない。どんな業界でもブームの後ほど景気の谷間が深くなるから、今はクルーズ業界の不況を待ち飛鳥Ⅲの新造計画をじっくり練るのも悪くないだろう。

ホノルルアロハタワーから
船体中央のネットの場所に造られる露天風呂が丸見え?
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2019年5月16日 (木)

”さんふらわあ きりしま”昼の瀬戸内感動クルーズ(1)

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出港を待つ南港コスモフェリーターミナルの「さんふらわあ きりしま」
手前は別府行きの「さんふらわあ こばると」

2014年6月に乗船した”フェリーさんふらわあ”の昼の瀬戸内感動クルーズが面白かったことは当時アップしたとおりだ。毎年何回かあるこの昼のクルーズだが、今回はいつもの大阪・別府航路ではなく新造船を使った大阪・志布志航路で催行されるとあって、先の日曜は大阪南港から真新しい”さんふらわあ きりしま”に乗船してみた。以前にも紹介したとおり、瀬戸内海を縦断する航路は今や夜間のフェリー便のみになってしまったので、日本初の国立公園として指定された瀬戸内海の景色を堪能するには、クルーズ客船を除くとこの昼の感動クルーズが唯一の機会である。昨年9月に就航したばかりの”さんふらわあ きりしま”は1万3659トン、二重反転プロペラやハイブリッド推進が話題の船である。

せっかくだからという事で、南港を日曜日12時に出る感動クルーズ便は今回も気張ってバルコニー付きのスイートルームを予約した。昼の“瀬戸内感動クルーズ”で本船に一泊し、帰りは四国沖を夜間走る通常のフェリー便の客として大阪まで帰る際は、志布志でチェックイン・アウトの必要もなく同じ部屋で過ごすことが出来る。本船”さんふらわあ きりしま”は新造船とあって船内はどこも真新しく広々と快適である。大阪商船や関西汽船時代の別府航路をたどる諸展示が船内に掲げられているのも、かつて新婚旅行で人気だった本航路の歴史を示していて興味深かった。もっともフェリーとあって、内装がクルーズ船のような豪華仕様でないのは仕方ない。特に船内あちこちに使われる木目の化粧板が色がうすく安っぽく見えるのがちょっと残念なところだし、淡い紫色や青色が照明や装飾物に多用されるのも、なんだか韓国調で気になった点である。

スイート客室は22.9平方米の部屋にバルコニー8.6平方米が付いてゆったりとしている。この部屋に限らずどのタイプのキャビンもプライバシーを重視した造りになっているのは、最近のフェリーの特徴だと云える。ディーゼルエレクトリック推進も採用している乗り心地は、今までのディーゼル船とさして変わらなかったが、今回は新造船にも関わらず、最初の晩は客室近くで船体のビビり音が強かったのがやや気になった(2晩目は振動・騒音の原因箇所を調整したそうで解決されていた)。食事は例によってビュッフェ形式なるも、往路は特に品数・メニューとも豊富で、この特別便を盛り上げようとのクルーの心意気が感じられる内容。それにしてもやはり昼の瀬戸内海航路は素晴らしい。これまで内外あちこちの海域に行ったが、ここは世界に誇れる多島美だと云えよう。点在する緑の島影だけでなく、潮流あり、橋あり、港や町に遠く望む工場ありで、自然と人間の営みが調和した光景は見るものの目を飽きさせない。“感動クルーズ”の名に恥じない催行だと満足して早朝大阪で下船した。

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どこか垢抜けない(様に感じる)スイートキャビンの内装

フェリーさんふらわあ・昼の瀬戸内感動クルーズ(1)2014年6月5日
フェリーさんふらわあ・昼の瀬戸内感動クルーズ(2)2014年6月6日
フェリーさんふらわあ・昼の瀬戸内感動クルーズ(3)2014年6月9日

2019年5月 6日 (月)

M/V "VIKING ORION" (飛鳥Ⅲの手本には?)

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この連休には、京浜地区にもクイーン・エリザベス始め多くのクルーズ船が寄港した。その中で東京晴海の客船ターミナルに、VIKING OCEAN CRUISEの新造船VIKING ORION号が来ているというので、昨日は晴天の下、ドライブかたがた見学に行ってみた。5月4日朝から2泊東京に碇泊するオリオン号はノルウエイ船籍で48,000総トン、昨年イタリアのフィンカンチェリ造船所で出来たばかりで白亜のペイントもまだ初々しい外観である。最新のクルーズ船とあってブリッジはウイングがガラスで覆われ、例によってベランダ付きの部屋が船側にずらりと並んださまが美しい。ちょうど東南アジアから極東を経由してアラスカ海域で夏場のクルーズに配船される途中の日本寄港で、晴海で見ていると乗客は欧米系のシニア層が多そうだ。

おりしも客船ファンの間では、老朽化した飛鳥Ⅱ(50,142総トン)がどうなるのか関心が高まっているところだ。同じサイズの新造船であるオリオン号を見ると、いずれ代替されるであろう飛鳥Ⅲが、今と同じ大きさならばどういう雰囲気になるのか参考にもなりそうだ。という事で両船のサイズを比べると、長さ/巾はオリオン号が227米X28.8米、飛鳥Ⅱが241米X29.6米とオ号がわずかに小さい。デッキプランを見ると、オリオン号は流行の全室オーシャンビユーのベランダ付きなのが素晴らしいが、全通するプロムナードデッキは残念ながら飛鳥Ⅱのようなチーク張りでないようだ。オ号は乗客定員930名クルーが550名でその比率が1対1.7に対し飛鳥Ⅱは1:1.5とあって、同じ高級船の部類だが、この点は飛鳥Ⅱが少し優っている。もっとも部屋の大きさはオ号のもっとも数が多いSTATE ROOMが25平方米と飛鳥Ⅱのベランダ付きキャビンの22.4平方米に優っている。その上WiFiが無料というのも新しい船ならではの特徴だ。

VIKING OCEAN CRUISE社は1997年に出来たばかりの会社で、当初はヨーロッパでリバー・クルーズを行っていたが、2013年に外洋クルーズに進出している。驚くのは、すでにオリオン号と同型のクルーズ船を5隻新造しており、この後も僚船をまだ数隻建造し大々的にクルーズを展開するらしい。飛鳥がこんな新しい船になったら、と思いながら晴海で眺めていたが、世界ではクルーズ船の新造ブームで、限られた欧州の客船用造船所はどこも予約で一杯だ。一方で日本でもやっとクルーズ人口が増えてきているのに、日本船は同じようなカテゴリーでこじんまりと客船事業を継続しているのが何とも寂しい。また大型タンカーの建造であれだけ世界を席捲したわが造船所も、客船の建造に恐れをなして逃げているばかりだ。大きく成長する世界のクルーズ事業を横目に、「事業の選択と集中」などと冒険しない理由ばかりを考える小粒なわが経営者達を見ていると、日本経済の失われた20年もむべなるかなと感じるのである。

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2019年2月11日 (月)

にっぽん丸のグアム事故(その3) 

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飛鳥Ⅱはじめクルーズ船で知り合った人たちと、時々食事会や飲み会をおこなっている。この3連休は2018年の飛鳥Ⅱワールドクルーズで再会を期したグループの集まりが都心であったが、その中に年末の”にっぽん丸”のグアム事故に乗り合わせていたご夫妻がいて話を伺った。この時の話を紹介してみたい。


『12月30日の夜に桟橋と衝突した時は船内ではさして衝撃を感じなかった。だが船の後部で見ていた乗客によると、迫りくる桟橋に「あー、ぶつかる、ぶつかる」と叫ぶ間もなくぶつかったそうだ。事故後に別の岸壁に係留されたが最初は状況がよくわからなかった。翌日、JG(国交省)と米国コーストガードの出港許可がおりないので本クルーズはここで中止という発表があり、船長の説明会があった。会場では厳しい声も乗客から上がったが、船長は気もそぞろ、魂の抜けたようなボーッとした風情で大丈夫だろうかと思った。船長一人に任せて他のオフィサーや上級クルーがアテンドしないのは危機管理上いかがなものか、不思議な光景だった。』

『1月1日に飛鳥Ⅱが入ってきて乗客が楽しげに観光に出かけるのに、岸壁の端に追いやられた”にっぽん丸”の乗客は船内から出られず惨めだった。翌日は朝5時に起きて空港へ案内された。自分達はよい部屋だったから帰りのフライトの空いた席に優先的に案内されたが、キャンセル待ちの30名~40名は結局乗れずに船に戻ったようだ。荷物はパッキングをしてキャビンに残し船とともに横浜に着いた後で、自分で通関する必要があったので横浜まで取りに行った。大桟橋に止めて置いた自家用車のピックアップなどもあって大変だった。』


概略以上の通りである。同船に乗り合わせていた別の人によると「後進の勢いをつけすぎてしまい穴を2つあけてしまったと船長の説明があった。会場では『慰謝料は?』『保障は?』で殺気だっていた」そうである。またこれとは別に、2016年飛鳥Ⅱの南極・南米クルーズで知り合った友人からは、「昨年”にっぽん丸”の小笠原クルーズがこの船長の操船だったが、乗客を楽しませてくれてとても良かった」というコメントももらった。


さて起こしてしまった事故は仕方がないとしても、その後の対応がしっかりしているか否かが問題である。この事故が起きたのは、たまたま年始早々でグアムからの帰国ラッシュが始まる前だったから、帰りのフライトの席もなんとか確保できたのはラッキーだったといえよう。ただ事故を起こして動転している船長一人に説明させ、乗客の不安を増したとするのが本当ならば”にっぽん丸”の対応も心もとなかったのではないか。


もともと”にっぽん丸”ファンだったのに私達が最近乗らないのは、2014年2月の悪天候の際の本船の素っ気ない対応が原因のひとつである。この時は2泊3日で相模湾を周遊するクルーズだったが、雪や低気圧のため2晩とも横浜港外で碇を下ろしたまま動かなかった。このこと自体はやむ終えないものの、そうであればオンボードクレジットなりアルコールのサービスなどの一切提示ないその素っ気なさに、以後乗船する気持ちがやや萎えてしまった。2014年2月16日 (日)にっぽん丸 OASIS ( 横浜沖レストラン船)”にっぽん丸”はこの事故を奇禍として、より安全で良いサービスを心掛けて欲しいものだ。

2019年2月 9日 (土)

飛鳥Ⅱ2020年世界一周クルーズ・説明会

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先日、目黒にあるJTBクルーズ本店で飛鳥Ⅱ2020年世界一周クルーズの説明会があった。冷やかし半分で会場におもむくと我々を含め16名ほどの参加者で、平日の日中にも関わらずまだ現役世代とおぼしき若い人たちも出席している。冒頭、2018年以来2年ぶりに催行されるワールドクルーズだが、世界一周する旅は飛鳥Ⅱの諸クルーズの中でももっとも人気の高いもので、発売と同時にすぐにキャビンが埋まることが予想されるとの説明である。考えてみればJTBだけでこの説明会を日本全国20数箇所で行うので、一社だけの顧客で数百人が興味をもっていることになる。多くの旅行会社が同じような説明会を開いているから、それだけで飛鳥Ⅱの乗客定員700名をかるく超えてしまいそうだ。


JTBの説明によるとワールドクルーズ参加者の平均年齢は約70歳、初めて船旅をする人が20%もいるし、スタビライザーもあって揺れないから安心してお申し込みを、と云うことだ。たしかに私達が船内で貰った資料によると、南極・南米ワールドクルーズこそコースが特殊で初乗船者が14%と少なかったが、オーソドックな西回り世界一周だった2018年は26%が初乗船で、船旅経験の有無に関わらず「いつかは船で世界一周を」と思う人が多数参加していたことが判る。一方で船上で知り合った人たちの中には「長いクルーズは全部予約を入れるように旅行社に頼んでいる」などというツワモノもいた。概して世界一周などの長期クルーズに幾度も参加するのはオーナー企業をリタイアした元社長や元病院院長などが多いという印象を受ける。


こうして2020年のワールドクルーズの説明会に来たものの、実際に乗船に向かってアクションを起こすかというのは別問題だ。それでも 「キャンセル率は40%、キャンセルしても料金を取られるのは11月初めからだからとにかく予約だけはして下さい」 と薦めるJTBの言葉に乗ってとり合えず申し込み書に名前を記載しておくことにした。「また行くの?」という周囲の顰蹙の声が聞こえそうだが、私の病後経過も順調のようだし、周囲に死にそうな人もいないから「夢よ、また一度」である。考えてみれば今年の”サンプリンセス”の世界一周クルーズをキャンセルしたことから、キャンセルすることの抵抗感もやや薄らいだ。新入社員の時に関わったインドの鉄鉱石の積み地ゴアに寄港地するのも良いし、それまでダンスのレッスンを続けると云うポジティブな気持ちをキープするためにも、2020年の飛鳥Ⅱ世界一周を一つの目標とすることにしてみた。もっとも前回より一段と高くなった料金がとても気にかかる点ではあるが。

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2019年2月 6日 (水)

ピースボートのエコシップ

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2016年2月リオデジャネイロ(ブラジル)に停泊中のピースボート(中央・赤いファンネル)

週刊文春の2月7日号に「ピースボート570億円豪華客船計画が座礁」という記事が載っている。北欧のアークティック造船で計画されていたピースボートの新造船エコ・シップの完成が2020年3月から2年遅れになるとの発表がなされ、本当にこの計画がすんなり進むのか疑問を呈している。2015年にピースボートが発表したエコシップは、太陽光発電などで二酸化炭素の排出を約4割減らすとされているが、この造船所はしばらく客船も建造していないところだし、建造契約も決まらない段階でエコシップに乗りたい人から金を集め、就航が遅れるのを知りながら募集を続けた姿勢が問題だと記事は報じている。


ピースボートと云えば、辻元清美と云う私の嫌いな政治家が始めたプロジェクトで、中古の客船をチャーターして世界一周クルーズを催行していることは広く知られる通りだ。飛鳥Ⅱのワールドクルーズでも、以前にピースボートで世界を回ったという人たちに幾人か合ったが、誰でも料金を払えば乗れるものの、船上では「憲法改正反対」とか「環境保護」などを訴えたりするそうだから、ちょっと気持ちの悪い船でもある。ただJTBのサンプリンセス世界一周チャータークルーズが「ピースボートよりは高いが飛鳥Ⅱのワールドクルーズよりは安い」と喧伝するように、料金面では我が国の世界一周クルーズである種の指標になっているのも事実である。


ということで、一体何がおこっているのか興味が湧いてピースボートを主催するジャパングレイスという会社のホームぺージを読むと「新造船計画の遅延は安全基準の変更に伴うものであり」週間文春の「『計画が座礁』という表現につきましては、実情を著しくゆがめる表現で」「新造船の建造計画は新日程において順調に進んでおり、新日程でのお客様の募集も再開しております」とある。また同社の別のページには「週刊文春での報道について」としてアークテック造船所とは造船契約を締結しており、その造船所は過去に客船の実績があり、現在エコシップの募集はしていないし、エコシップ予約金の使途は造船契約に充てる予定はあるが、全員に払い戻しても資金繰りに何ら影響はない、と記載されている。


ピースボート側の主張に沿って調べてみると時系列的にこういう事になる。

  1. 2015年10月にピースボートがエコシップを2020年4月に投入すると発表

  2. 2017年5月にピースボートよりアークティック造船所にLETTER OF INTENT(LOI=発注内示書)が出される

  3. 2017年6月IMO(国際海事機関)で2020年1月以降に「建造契約」する客船の構造要件の変更が決定(浸水しても船の全損にならない区画を従来より拡大させる事など)

  4. 2018年央 アークティック造船所よりエコシップを新基準に合致させるために引き渡し遅延をピースボートに打診

  5. 2018年末 ピースボートと同造船所が正式に2022年4月に引き渡すことで合意

という事になるが、ここで幾つかの疑問が湧いてくる。
  1. 契約から完成まで普通の貨物船でも最低2年はかかる。仮に2015年10月以前から内々で打ち合わせを開始していても、デザインも推進方法も新しいコンセプトの船をつくるのに、当初の4年半という工期はあまりにも短かすぎないか。最初から2022年引渡しありきでなかったか。

  2. 新基準に合致させる新造船は2019年末までに契約をしておけば免れるから、それまでに契約を済ませてしまうのが造船・海運の常識で、コストのかかる新しい基準にわざわざ合わせる例はこれまで聞いた事がない。造船契約で合意していた建造費用はアップするし、引き渡し遅延のペナルティは誰が負担してどう扱うのか。

  3. そもそも造船契約は交わされたのか。法的効力のあいまいなLETTER OF INTENT(発注内示書)は交わしたとピースボートは公言しながら、正式に契約した事が発表されないのはなぜか。(船価は守秘義務があるも、契約したこと自体は特段守秘する必要はない)

  4. 今回の遅延に関して造船所がピースボートに出したLetter(英文)がホームページで公開され、そこには「我々の造船契約に基づきプロジェクトは進展中」とあるも、ビジネスレターなら「何年、何月、何日付けの造船契約に基づき」と書く筈なのにその記載がないなど体裁が奇異。

  5. これまでのチャーターから自社の運航になるから、船舶管理はじめ運航やホテル部門のクルー手配や乗り出し諸準備は当初計画の2020年に向けてすでに開始されていたはずだが、どうなのだろうか。

などなど疑問がつきない。


さて造船所への支払いは分割払で、契約時は(双方の信用力などによっても異なるが)船価の10%程度を造船所が受け取ることが多い。通常は船主はこの資金を自己資金でまかなうが、570億円とされる船価ならば契約時支払いは57億円である。キャッシュがよほど潤沢でないとこの資金を準備するのは困難だろうから、ピースボートはその引き当てもあって週刊誌が指摘する全額前払いのエコシップのクルーズ代金を集めていたのだろう。一方で造船所では自己都合で船が出来なくなった場合の返金保証(REFUNDMENT GURANTEE、造船所側の銀行による保証になることが多い)が準備出来ず、これが契約を遅らせる要因になっていたのかもしれない。仮にすべてうまくコトが運び、造船契約がすでに交わされているとすれば新基準に合わせる必要はないのに、両者は敢えて安全性向上ために設計を変更して引き渡しを遅らせた事になる。そうだとすれば造船業界でこれまでに聞いたことがないことが起こっているわけで、今後どう話が展開していくのか野次馬根性全開である。

2019年2月 2日 (土)

にっぽん丸のグアム事故(その2)

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修理なった”にっぽん丸”の船尾(1月27日横浜・大桟橋にて)

飛鳥Ⅱのチャータークルーズで横浜港大桟橋へ帰ってくると、グアムの事故でドックに入っていた商船三井客船(MOPAS)の”にっぽん丸”が修理なって、次の航海「世界青年の船」の乗客を待っていた。みると船体後部の破孔もきれいに修復され、本船の堪航性が完全に回復してまずは一安心である(写真上)。事故で怪我人が出なかった事はもちろんだが、もともとこの時期にドックが予定されていたからその点はMOPASにとって不幸中の幸いだった云えよう。ただ「船長の酒酔い操船か?」と大きく報道されたこの事故で、同社の評判が毀損されたことは間違いない。事故の原因は何なのか、金額的にどの位の損害が出たのか、個人的に興味を覚えたので推測してみたい。


おりしも国土交通省の運輸安全委員会より「旅客船にっぽん丸衝突(港内施設)事故について」の第一回目の報告が出され、本船の事故に至る経緯が概観できる。これによると、昨年12月30日夜9時すぎにグアムのアプラ港をサイパンにむけ出港しようとした本船は、タグボートの支援を受け後進を開始している(下図)。当時の天候は快晴だから視界は良好だったことであろう。海上としては特別に強風というほどでもないが、風が北東(図面の右上)から8米以上10.8米未満吹いている事が報告書からわかる。F4岸壁に入船左舷で着岸していた本船は、離岸後に後進で岸壁の端を交わしたのち左回頭し、港の出口に向かおうとしている。報告書に記載はないが、パイロットは乗船しているはずである。


注目されるのは(多分後進の行き足がある)離岸7分後、左回頭中に左右2基あるプロペラの両方が全速後進となっている事である。以前のブログでも書いたように一般商船と違ってクルーズ船では、ウイングにあるジョイスティックやエンジンテレグラフを船長自ら操作するから、ここでも船長は自ら操船していたものと考えられる。報告書には、この後「いったん左舷プロペラが前進になった」との記載があるが、左に回頭中に、左舷前進・右舷後進の操作をすれば本船は右に回る力が働くはずで、この操作も不明である。その後ただちに両プロペラは全速後進となって、離岸後9分で米軍の燃料補給桟橋(下図D桟橋)に本船の艫(とも)から衝突した事が報告書に記載されている。


大型コンテナ船や巨大タンカーに永年乗っていた知り合いの船長にこの航跡図を見てもらったところ、やはり「不思議だなあ。港の中ではふつう全速後進などはかけない」「パイロットがどういう指示をしていたかもあるけど、ちょっと理解できない」との事である。船体の重さに比べ上部構造物の嵩が大きい客船で、後ろに向かって北東の風が吹く中、なぜ全速で後進したのかがやはりポイントのようだ。一般商船から乗ってくる飛鳥Ⅱの船長と違い、MOPASは船長が自社養成だから、本船に慣れていないということもないだろう。事故原因については船長が本当に飲酒の影響下にあったのか、パイロットやタグボートの関与はどうだったか、艫(とも)でワッチに入っていた2航士からの報告が適切だったかなどが、航海情報機器の記録解析とともに必要になろう。


さてもし仮に船長のアルコール摂取が事故の主因で、これが船長の重過失だと認定されれば、本船に生じた破孔を填補する船舶保険の支払いに影響がでるかもしれない。一方で3億円と云われる米軍の桟橋の修理費用は、PI保険(Protection and Indmnity=船主責任保険)の領域となるが、この約款を読むと保険金支払いの免責事項として「不穏当かつ慎重を欠く航海」が掲げられている。とは云え1989年にアラスカで起きたエクソン・バルディーズ号の油濁事故は船長の酒酔いも事故の原因の一つだったが、PI保険だけでなく船舶保険も適用されていた実例もある。ただしPI保険は社会的・道義的責任には適用されないから、億の単位になるかも知れぬ乗客の帰国費用負担がMOPASの負担になるのだろう。今後の調査の進展を注視したい。

下図・国交省・運輸安全委員会の当該報告書より推測される”にっぽん丸”の航跡(一部合成、青線は筆者の加筆、 D桟橋に衝突)
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2019年1月31日 (木)

飛鳥Ⅱ新春の伊勢クルーズ(3)ワンナイトチャーター編

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料理の説明をする落合シェフ

某メガバンクによるチャーター・クルーズは2015年の1月以来二度目である「飛鳥ⅡA-Styleクルーズ~冬彩~ (2人だけのダイニング)2015年1月14日」。 一介の勤め人にすぎぬ私は特段この銀行のお得意様と云うわけでもないのだが、新入社員時代以来の永年の付き合いでいろいろ催し物の案内が来る。振り返ってみれば昔はほとんどの会社の入口はオープンで、今のように事務所に入るのに受付を通せだの、セキュリティがどうだのという事はなく、ヤクルトや牛乳配達、生命保険のおばちゃんなどが毎日事務所に顔を見せていたものだ。当時、近所にあったこの銀行の聡明そうな若い女性も社内を廻っていて、通帳と印鑑を渡しておくと必要な時に金を引き出して自分のデスクまで持ってきてくれる。銀行の彼女となるべく口を聞きたいしサービスも便利なので、給与振り込み先をこの銀行にしたのがそもそもの付きあい始めなのだが、若い日のいささか不純な動機が今日のクルーズにも繋がるとは縁は異なものである。


閑話休題(それはさておき)この銀行の一泊チャータークルーズは、料金的には他のクルーズと比べて特段のメリットはない。ただ「日本で一番予約がとりにくい」と云われるイタリア料理店”ラ・ベットラ”の落合シェフによるフルコース・ディナーが出されるのが目玉である。実はクルーズの一週間前にたまたま銀座・宝町にあるベットラ本店に行ったばかりで、その時の料金は前菜、パスタ、メインの3品で一人4千円ちょっとだった。飛鳥独自のディナーも相応の値段はするだろうが、いつもと変わらぬクルーズ料金でベットラのコース料理が味わえるのはちょっとお得感がある。出されたディナーはデザートを含め少しずつ八品もあり、実にどの皿も美味しかったが、落合さんが「スパゲティは飛鳥のギャレーでストップウォッチで計りながら30秒ごとに順番に茹で始めて出しているのです」とダイニングで乗客に力説した通り、ウニのスパゲティが秀逸で妻はお替りを頼んで二皿平らげてしまった。


さて今回の乗船中に飛鳥Ⅱを所有する郵船クルーズ社から、株式のうち50%を船舶投資ファンドに譲渡し、このファンドとともに客船事業を運営していくと発表があった。ファンドマネーにより飛鳥Ⅱの大規模な改装と、さらに今後の新造船計画を練るのだそうだ。このファンドは旧ジャパンラインにカネをつぎ込み海運界の泥沼にどっぷりと浸かった旧興銀やら、ロッキード事件で疑惑にまみれた海部軍団の旧日商岩井のメンバーがトップらしく、百選練磨のなかなか手練れた陣容に見える。修羅場をくぐった面々が繰り出す一癖も二癖もある大技・小技を駆使して、このあと飛鳥クルーズの興隆を図ってもらいたいところだ。私が聞いたところでは、飛鳥Ⅱ船内の関係者からは、新しい体制になり念願の新造船の計画が大きく進展するのでは、とのニュアンスが強かったが、いよいよそうなることを期待しつつ下船の舷門をくぐったのだった。

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ラ・ベットラ名物 ウニのスパゲティ

2019年1月30日 (水)

飛鳥Ⅱ新春の伊勢クルーズ(2)乗り継ぎ編

20190130

今回のクルーズは新春の伊勢クルーズとメガバンク主催のワンナイトクルーズの乗り継ぎで、最初のクルーズの乗客が午前中に下船したあと、ワンナイトクルーズの乗船が始まる夕方まで本船にいることができる。この乗り継ぎの間、我々は例によって山下公園や港みらい地区を一時間ほどジョギングし、飛鳥Ⅱに戻って昼食を楽しみ、一番風呂に入るなど船内でのんびりする事にした。


ランチは乗り継ぎ客3組6人のために飛鳥Ⅱがメインダイニングで無料で用意してくれるのである。今回出てきたのは茶碗蒸しや大根のそぼろ煮に豪華なマグロ丼、野菜天ぷら盛り合わせとふだんのクルーズ中に出される昼食よりも品数もボリュームも多く、とても得した気分であった。通り掛かった日本人のメートルディに「凄かった、ご馳走様でした」と言うと「今日は特に豪華ですね、厨房ではなんか一生懸命やってましたよ」とのことだった。


乗船した2つのショートクルーズは週末にかけて行われたものだから、いつもの雰囲気とはやや違う。孫を連れた3世代乗船や働き盛りのカップル、子供の姿もあちこち見えて船内がちょっと賑やかである。常連のリピーターはほとんどおらず、船内ガイドを片手にあちこちの施設を見て回る人たちが多いのも新鮮だ。食事やショーなどの合間には、多くが一斉に売店やフォトショップに駆け込み、今まで見たことないほど人でいっぱいの場所もあった。


こんな船内ではこちらは、あまり「通」ぶったフリはしたくないものだが、遠くから知った顔を見つけると「ア、○○様~」と日本人もフィリピンクルーも笑顔で声かけてくるのが飛鳥流である。そうなると思わずそこで近況を話しこんだり、数少ないタガログ語で挨拶を交わしたりしてしまうものだ。かつて初乗船の際、この船は随分とクルーと馴れ馴れしい常連客がいるものだと感じていたが、当方がそうなってみると決してこれ見よがしでそうしているのでない事に気づく。きっと当時の常連さんも同じだったのだろうなと改めて思いだすのである。


さて船に乗るからには覚えてみようかと始めたのが社交ダンス。最初はマンボさえもどちらの足から出してよいのか戸惑うほどだったが、何回かのロングクルーズのダンス教室や陸上の個人教授で最近はなんとか中級クラスに入ってきたようだ。かつてフォークダンスでさえ逃げ回っていた我が小中学校時代を知る旧友は、「エ~?おまえがダンスぅ?」とのけぞるが、生バンドをバックにダンスホール(クラブ2100)で踊れるのは船旅ならではである。初めて船に乗って船内見学をする乗客の好奇の目にさらされつつ、カラー光線が交錯するホールに出ても、最近は「旅の恥はかきすて」せっかくだから「踊らにゃ損々」と開きなおれるようになったのはレッスンのたまものだろう。


それにしても日本人のダンスはしょせん西洋の借り物、若い頃からプロムで自然にダンスを経験した欧米人のさりげないダンスとはかなり違う。朝食時にたまたま近くのテーブルにいた夫婦が「ダンス会場の雰囲気ってなんか変だよね、何とかならないかね」と交わしていた会話を聞きながら「確かに変だよ、俺もキモイと思ってたよ。それでも船上で踊れるようになると段々ハマっていくんだなあ」と内心共感しつつもちょっと反発も覚える船上のダンスである。

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