カテゴリー「音楽」の記事

2022年2月 1日 (火)

LP レコード 大人買い

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神田神保町には中古レコード店が数軒健在

家のリフォームで居間が広々としたので、これを機に再びLPレコードに凝っている。これまで何度かこのブログでアップしたとおり、若い頃は給料を貯めてはかなり高価なオーディオ機器を購入し、LPレコードも数百枚ほど所有していたが、結婚やら引っ越しやらで大きな装置はみな捨ててしまった。音源もCDやカセットテープに買い替えてしまい、LPレコードは必要最小限でどうしても聞きたいもの30枚ほどに絞っていたのである。ところが広くなった新しいリビングでLPレコードを取り出して聞いてみると、スピーカーから出る音はやはりCDよりはるかに活き活きとして聞き応えがある。


人間の耳は20ヘルツの低音から20000ヘルツくらいの高音まで聞くことができるとのことで、CDはこれに合わせて22000ヘルツより上をカットして録音しているそうだ。一方でLPも同じように22000ヘルツ以上はカットされているが、なにせアナログの世界なのでこれ以上の高音も録音されているとされており、これが「LPの方がCDより音が良い」と云われる理由らしい。実際に聞き比べてみるとポピュラーの音楽では両者の再生音にはそれほど差がなく、むしろCDのシャープなサウンドが良いと感じる場合もあるが、クラシック、特に大編成の弦楽器の演奏においては、LPの方が圧倒的に音の厚みや弦のふくよかな響きが伝わってくる。


リフォームを期に不要なものは捨てたうえ収納場所も以前より増えたので、レコード盤に針を落とす度に捨て去った過去のLPレコードを買い戻したくなってきた。そういえば中学生になって自分の小遣いで初めて買ったのが、バックハウスとハンス・シュミット・イッセルシュテット指揮ウイーンフィルによるベートーベンのピアノ協奏曲「皇帝」で、レコード盤が擦り切れるほどよく聞いたものである。高校の入学祝いで講談社の「ステレオ世界音楽全集」を全17巻買ってもらい、各々2枚入っていたロンドン盤のLPに収録された世界の名演奏も飽くことなく聞いた。その他ベームのベルリンフィルやアンセルメのスイスロマンド管弦楽団など、自室で寝転がってステレオの名盤を聞いた若い日の情景が時々頭に蘇ってくるのだが、そんな思い出の名盤もすべて引っ越しのごみとなって消えてしまった。


幸い自宅から程近い神田神保町には中古レコードを販売している店舗が何軒か健在である。ただ移り変わりの激しい東京の街だからこの界隈もどう変貌するか分からない。思い立ったが吉日と散歩がてら中古レコード店を廻って、かつて持っていた懐かしのLP版を中心にレコードを買いあさることにした。中古品ゆえ店やレコードの状態によって値段はかなりの開きがあって、1枚数百円の盤から2千円もするかつての新品と変わらないものもある。学生時代なら2千円のレコードを前に買うか買わぬか店頭で逡巡したが、そこはシニアの余裕、人生で二度とこのレコード盤には出会えぬかもしれぬと腹を括り、躊躇なくエイヤッと大人買いするのである。新しい居間でコーヒーを沸かし、購入したレコードに静かに針を落とす瞬間がなんとも言えない。

2017年11月 8日 (水)

海上保安庁音楽隊 第24回定期演奏会

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場内撮影禁止だが隊員入場・演奏前にコソっと一枚

応募した海上保安庁音楽隊の第24回定期演奏会鑑賞券が当たり、池袋の東京芸術劇場コンサートホールに行ってきた。元来ブラスバンドを聞くのが好きで、春秋の金曜日の昼に日比谷の屋外公会堂で行われる消防庁の金曜コンサートはよく聴きに行っている。また警視庁や自衛隊などのバンドが行進する時には、ついパレードに一緒について行ってしまい、妻には「まるで子供のようね」と笑われているありさまだ。今度生まれたらブラスバンド部に入って自分で管楽器を演奏してみたいと思ってみたりもする。


海上保安庁の音楽隊は、ホームページによると「国民と親交を深め、海上保安庁の活動に対してご理解をいただくと共に、海上保安職員の士気の高揚を図る」目的で昭和63年に設立されたそうだ。といっても海上保安庁じたい、ふだんの生活にはあまりなじみがない組織だが、クルーズ船に乗れば国内各地で巡視船を見る事ができるし、なによりシナによる尖閣問題では、彼らの命を張った行動に注目が集まるところである。その音楽隊は演奏専門の隊員でなく、海上保安業務を行いながら練習や活動に取り組んでいるとの事で、これはぜひ彼らを応援せねばと定期コンサートに応募したのだ。


夜7時からの演奏会は、大きなホールがほぼ満員の盛況だった。考えてみれば亡き父は運輸省(現・国交省)の役人だった頃、海上保安庁に出向した事もあったから、ここに来るのも何かの縁かと思いつつ開演を待つ。スーザの行進曲「黒馬騎兵隊中隊」で始まったコンサートだが、少し聴いているとふだん青空の下で聞くブラスのサウンドと違って実に豊饒な響きであるのに気がついた。ホールの音響効果を考えてても、そのハーモニーはついこの前まで巡視船に乗り組んでいたり、ヘリコプターの整備をしていた隊員とは思えないほど馥郁たるもので素晴らしい。


プログラムもマーチに始まり、英国の民謡、ミュージカル始め芸術的な曲目まで多彩、アンコールにはお約束の「海猿のテーマ」そしておなじみのマーチ「我らが指揮者」で盛り上がってフィナーレにとなる楽しいコンサートであった。こんなに素晴らしいコンサートなら毎年この抽選に当たればあたればよいのだが、そのためには海上保安庁友の会に入れば確率はもっと高くなるのだろうか。周囲を海に囲まれた日本で、たまたま親子して海運に縁があり、また妻の祖父も船乗りだった事を考えれば、これを機にこの会に入会しようと単純な私は決心したのであった。

2017年6月11日 (日)

ピアノのお稽古

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モーツアルトのピアノソナタ11番(ケッヘル331番「トルコ行進曲付」)の練習を始めたと当ブログにアップしたのが2015年6月末(リンク モーツアルト ピアノソナタ11番)で、それからほぼ2年が経過した。この間には100日に及ぶ飛鳥Ⅱの南極・南米ワールドクルーズがあり、船内の電子ピアノで練習できる時間が限られたりしたが、それ以外の日々には、ほぼ毎日の様に数十分から1時間の練習を繰り返してきたのだ。小さい頃は親に言われていやいや弾いていたピアノも、自分の意思で練習するとなると意外と積極的に取り組める事にあらためて驚くのであった。


自分の実力以上の課題、かつハノンなどは一切やらずにいきなりの練習だから、当然の事ながら随分と苦労した部分も多かったのが事実である。特に第1楽章の最後の変奏曲などは指が楽譜通りにおよそ動かず、プロの弾いたCDを聞いては「これは別の曲か?」と絶望的になったり、ピアノは私よりはるかに上手い妻が傍らで思わず噴き出してしまうような場面もよくあった。それでも老人の常で早朝に起きてしまった日などは、我が家の電子ピアノにヘッドホンをつけて、カタカタと一人練習してきたものだった。


「好きこそものの上手なれ」とはよく言ったもので、とにかく昔からこの曲が好きだったからこそ、なんとか自分の手で弾いてみたい一心である。70歳までには全3楽章、プロが演奏すると30分弱のピアノソナタを最後まで通して弾きたいと思っていたが、何とか2年で取りあえず第3楽章トルコ行進曲のコーダまでたどりつけた。もちろんまだまだ怪しい部分や弾きなおしをしなければならないところが多いし、人前で演奏するなどとは冗談でも言えないが、とりあえず自ら設定した所期の目標を2年で達成である。


ピアノは楽譜に向かっている最中でもけっこう他の事を考えている事がわかったり、苦手なところを繰り返し練習しているとある日ふっとそこがスムースに通過できたりと、新しい事に挑戦していると年齢に拘わらず思わぬ発見をすることがある。今は難しい場所を再度練習し直したりしているが、とりあえず全楽章をなんとか弾ける様になったから嬉しくて一日一回は最初から最後まで通して弾いてみる。さて次は何の曲にチャレンジするか、クラシックにはこれ以上好きなピアノ曲がないので、もう一度実力相応に戻りソナチネでも練習しようか。はたまたハノンもやっぱり必要か、いやポピュラーを楽しむか等といろいろ考える。やっぱり年齢などあまり気にせず何でもやってみるものなのだ。

2015年6月29日 (月)

モーツアルト ピアノソナタ11番

50年ぶりに再開したピアノの練習も、入門者用のブルグミュラーばかりやっているのに飽きてきた。という事で本来の練習とは別に刺激を求めるという意味で、一挙にモーツアルトのピアノソナタをやってみようという気になった。無茶である事は承知の上だが好きで再開したピアノなら自分のやりたい様にやってやろうと云うものである。で、どうせ練習するなら昔から好きだった、そして誰もが「ああ、あの曲!」とわかるイ長調のソナタ11番・(ケッヘル331番・トルコ行進曲付き)に限る、とこの週末はピアノの前に座った。


初心者がバッハのチェロの無伴奏組曲やピアノだったらリチャードクレイダーマンなど、一曲入魂とばかり有名な作品をそれだけに限って徹底的に練習し、その成果をYoutubeでアップしたりしているのを見るが、私の試みもそれと似た様なものだ。遥か実力以上の曲へのチャレンジで、私の場合はネットではなく、どこぞのピアノバーに行ってポロポロときれいな旋律のさわりを軽く弾き、店の若いオンナの子にでもちょっとモテようと云う不埒な動機もある。


もっとも言うは易しで、いざピアノソナタにとりかかってもブルグミューラの初心者クラスにはこのソナタが実に難しい。今までやったのとはレベルの違う難しい和音を片手づつ何とかとかんとか押さえて練習しても、いざ両手で弾こうとすると途端に神経が分散してしまい激しくつっかえるばかりなのである。どう聞いてもあの軽快かつ美しいモーツアルトのメロディとは思えぬどたどしさで、何度繰り返せど遅遅として上達せぬ曲に呻吟しながらの週末であった。


という訳で土・日それぞれ一時間ほどピアノに向かったが、2日かかってもソナタ冒頭のテーマである18小節の音がかろうじて出てくる程度である。本当はハノンでも開いて和音の練習などするべきなのだろうが、老後に向かってせっかく趣味で始めた事だから、つまらない鍛錬などは一切しないつもりである。まあ発表会があるわけでなし、数年かかっても良いから第一楽章をゆっくりと練習し、できれば女性にうけつつ70歳になる迄にこなせれば等と思っている。ボケ防止の頭の体操、期間の長い我がプロジェクトXの開始となった。

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黒鍵を押すべき音符にマーカーをつけて四苦八苦するピアノソナタの楽譜

2015年1月 3日 (土)

ウイーンフィル・ニューイヤーコンサート2015

毎年、この季節恒例のウイーンフィル・ニューイヤーコンサートのブログである。「他にないのかい」と云われそうだが、毎年欠かさず楽しみにしている番組だからしょうがない。さてウイーン楽友協会ホールから中継録画放送が始まると、今年はいつにも増して和服姿の女性が目立つ。きっと私の様に一生に一度はこのコンサートに行ってみたいという日本人も多いのだろうが、夏場に来ていた旅行社のパンフレットでは、日本からこのコンサートに行くツアーが100万円も200万円もして「うーん!?」と唸ってしまうのである。という事で今年もウイスキー片手にマンションの居間でテレビ鑑賞となる。


今年のプログラムはお馴染みズービン・メータの指揮で、ポピュラーなウインナワルツやポルカのオン・パレードである。インド人ながらウイーンで音楽教育を受けたというズービン・メータのユーモラスかつ軽妙な指揮もさる事ながら、オーケストラと指揮者が共に信頼しあいリラックスして演奏している事が画面から手をとる様に伝わってくる。各楽器の演奏者にとってこの日のレパートリーは自家薬籠中のものだから、楽譜を読むより指揮者の調子に合わせて共に音楽を楽しもうと云う雰囲気がステージに満ちている様だ。


音楽の専門的な事は解らぬも、ウインナワルツ特有の”ズン、チャッ、チャ”の拍子のとり方も、心なしか強調された曲があった気がするが、どんなにうまい外人歌手が演歌を歌っても日本人の方がしっくり来る様に、ウイーンでウイーンフィルが演奏する事によって新年の気分が盛り上げると云うものなのだろう。アンコールのお約束「美しく青きドナウ」、イントロを中断してメータの「プロージット・ノイヤー!」(新年おめでとう)と言うお約束の挨拶も決まり、ラデッキー行進曲では彼が観客席それぞれパート別に拍手を指揮したあたり、今年も楽しさが横溢した演奏会であった。やっぱり一生に一度はこの場に行ってみたいものだと改めて思ったのだった。

2014年1月23日 (木)

大滝詠一の実年行進曲

昨年末に突然亡くなった大滝詠一を偲んで、このところ彼のLPアルバムやCDをよく聞く。といっても特別なファンという訳ではないから、所有しているアルバムはわずか3枚である。インストルメンタルのLPアルバム" NIAGARA SONG BOOK" 1(1982):=演奏はNIAGARAFALL OF SOUND ORCHESTRA=、同じ名前のアルバムその 2(1984):=演奏も同じ=、それに歌とインストルメンタルが入ったCDアルバム"A LONG VACATION 20TH ANNIVERSARY EDITION" (2001)の3つを、折りをみて取っかえ引っ換え聞いているのである。


こんな懐かしい音楽を耳にすると、それを聞いていた時代に一挙にタイムスリップスリップしてしまう。このLPアルバムを買った頃は、都心の会社まで1時間ほどかかる東京の郊外に住んでいて、通勤電車でウオークマンのカセットテープから流れるオーケストラの大滝サウンドをよく聞いていた。最寄の駅からの帰り道は北向きで、冬には多摩丘陵を吹き抜ける風が顔を打ったが、リリカルなリゾート風の音楽をイヤホンで聞きつつ、帰り道に次の休暇の事などを考えるのが楽しかった。思い出すとあの頃は残業も多かったしよく働かされたものだが、当時の会社の仲間達は元気なのだろうかと歌を聴くと皆が懐かしい。


実は大滝詠一は何と植木等やクレージーキャッツの大ファンで、彼の作曲や発言には多分におふざけが混ざっているそうである。聞く人をゆったりさせる彼の音楽は、そんな遊び心から生まれたものだろう。そういえばクレイジーキャッツのアルバムに”実年行進曲”というのがあって、青島幸男作の「俺たちゃ実年、文句があるか♪ 背は低いが血圧高い♪ 頭は薄いが小便はこいぞ~ 」などというふざけた歌詞がついており、この歌の作曲が大滝詠一なのである。こんな作曲も彼がクレージーファンである事に所以がありそうで、同じクレージーファンだった私としては嬉しいものがある。今、このブログをアップしている傍らで、私の好きな大滝の曲の一つ "FUN x 4"が流れているが、今度カラオケに行く機会があったら、彼の追悼のために”実年行進曲”を歌ってみようか等とふと考えた。

ナイアガラソングブックの2枚のLPとCD1枚、それに大滝詠一作曲の「実年行進曲」入りクレージーのCD
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2013年11月17日 (日)

未完成交響楽

休みの朝ゆったりと音楽を聴く。今日手にとったCDはカール・ベーム指揮ベルリンフィルのシューベルトの未完成交響曲だった。久しぶりにこの曲を聞いたが、”未完成”を聞くたびにいつも疑問に思う事は、なぜこんな名曲が第2楽章で終了してしまうかという問題である。この疑問は誰もが思い浮かべる様で、古くから多くの評論家だけでなく、往年の映画「未完成交響楽」などでその謎解きが紹介されている通りである。今週末に読もうと思いたまたま買った月刊誌VOICE12月号(PHP研究所)に、作家である百田尚樹氏の「覚醒するクラシック」という連載コーナーがあり、”未完成”がなぜ未完成なのかを取上げていたのでこれを興味深く読んだ。


百田氏によると”未完成”が2楽章で終わった理由として ①完成した1楽章と2楽章で充分作品になっているとシューベルトが考えた ②恋人に捧げるつもりが失恋して中断した ③単に面倒になったなどと諸説があるが、そのうち百田氏は③番目が最も適当であろうと云う。他人に依頼されて書いた作品が多かったモーツアルトや、一度着想した曲を練り上げるベートーベンに対して、天才肌のシューベルトは典型的なきまぐれタイプで、創作の意欲が一旦下がるともうやる気をなくし、後は放っておいたのが真相ではないかと氏は推論する。この説は作家としての百田氏の体験から紡ぎ出されたものだそうで、音楽や小説を創る事が精神的にいかに大変な作業なのかを百田氏は教えてくれる。


これについて、私は素人論としてこんな風に常々考えている。”未完成”の第2楽章が完成したのは1822年だが、その時期にすでに畏友ベートーベンは第9の創作に取り掛かっていた。当時まだ小さな都市だったウイーンでその事を知ったシューベルトは多分にベートーベンの大作を気にして、美しいメロディーに満ち、安らかな緩除楽章で何かを暗示する様な”未完成”をほおりなげ、後に”グレート”と呼ばれるベートーベン的な大作ハ長調交響曲の創作に取り掛かったのではないか。多分専門家からみれば噴飯ものの珍説だろうが、”未完成”と”ザ・グレート”の曲想の違いを聴くと、31歳で夭逝する事を自身が予感していたかの様に、偉大な大先輩を意識し、それを超えんと生き急ぐシューベルトの姿を思い浮かべてしまうのである。

カールベーム・ベルリンフィルの未完成とザ・グレート2曲入りCD
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2013年10月 9日 (水)

Coldstream Guards Regimental Band

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英国コールド・ストリーム・ガーズバンドのコンサートに行かないかというお誘いを受けた。バンド大好き人間の私たちは、本場イギリスの第一級軍楽隊バンドに触れる絶好のチャンスという事で、昨晩は会場である すみだトリフォニーホールに行ってみた。コールドストリーム連隊と云えば、GRENADIERS GUARDS ( 擲弾兵=てきだんへい連隊 )、SCOTS GUARDS ( スコットランド連隊 )などと共に ロンドン・バッキンガム宮殿の衛兵交代式を勤める近衛連隊の一つである。もともとはイングランドとスコットランドの境にあるコールドストリームと云う小さな村で編成された連隊だったが、今やコールドストリーム連隊のバンドといえば、世界各地で親善演奏を行うイギリスを代表する音楽隊となっている。私たちもかつてロンドンで彼らが行進・演奏する雄姿を見た事があるし(下動画)、わが家にも彼らのCDが数枚あるので、本物のコンサートを聞こうと会場への足取りも軽い。


いよいよ演奏が始まると、その迫力にまず息をのんだ。ブリリアントかつ重厚なハーモニーと云う言葉がすぐさま脳裏に浮かぶが、私にもっと文章力があれば、この圧倒的な迫力と音楽性を適確に表現できるだろうにと、いまパソコンの前で歯噛みしているところだ。会場のすばらしい音響効果を考えにいれても、30数名のブラスでこれだけの音が出せるとは、彼らの技量に加え彼我の肺活量の違いがあるのだろうか。演奏者は制服の右腕に階級章、左の胸に勲章をつけ軍務サービスも実際に行う隊員の他に、階級賞や勲章がない制服姿の音楽隊員も加わっており、女性隊員もちらほら見られる。コンサートはマーチ、クラシックナンバーの他、ゲスト歌手によるミュージカル歌曲や古楽器による18世紀当時のバンド再現演奏などもあって、聴衆を飽きさせる事なく進行する。


プログラムの後半には、おなじみ”79連隊のジブラルタルへの別れ”や”Highland Laddie(ハイランドの若者)”というバグパイプナンバーがあるので、一体どうやって演奏するのかと思っていたら、会場の後ろからキルトスカートの2人のパイパーに、スコットランドダンスの青年1名が突如登場するというサプライズ演出である(パイパーズはスコッツガーズから客演)。お約束の”フィガロの結婚”こそ、ほんのさわりだけだったものの、エンディングにはさっそうと”近衛兵連隊行進曲(レジメンタル・クイックマーチ)”で、会場はおおいに盛り上がったのであった。インターミッションやコンサート前後に、ひょうきんな隊員達が会場でCDを売り歩く姿を見ていると、隊員は皆イギリスの普通の若者なのだという親近感も湧き、舞台と聴衆の近さもあって、さすがブラスの大国だとコンサートを楽しんだのであった。

2006年7月6日バッキンガム宮殿の衛兵交替式(コールドストリームガーズ)
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2013年2月21日 (木)

フィリップ・ジョーンズ・ブラス・アンサンブル 「スイスの休日」

10年前に引越した際、もうレコードなど聴く事もないと思い、イギリスの金管楽器グループであるフィリップ・ジョーンズ・ブラス・アンサンブルの「スイスの休日」(Phillip Jones Brass Ensemble in Switzerland) のLPを捨ててしまった。ところが数年前、アナログのレコードプレーヤーを買いなおしてからというもの、無性にこのアルバムが聞きたくなって、中古レコード屋を何軒か廻ったがどこにも見つからない。スイスの民謡を中心に軽快な音楽で綴るブラスアルバムは、正にフィリップ・ジョーンズ流ショーマンシップの真骨頂と云えるもので残念でならなかった。


こういう時の頼みの綱、YOU TUBEを探してみてもフィリップ・ジョーンズは1986年に解散したそうで、古過ぎるのかお目当ての映像や音楽はポストされていない。レコードなどは簡単に捨てるものではないと反省しつつ、それでも念のために何度かアマゾンのサイトをチェックしていると、一度絶版になりながら80年代のCDの再販であれば2枚在庫があるとの表示を発見した。その上、昔は2000円以上したLPレコードだったアルバムが、今は新品のCDで1000円という事で、これはもう買うしかないと即刻注文したのであった。


音楽は聴いていたその時代へ気持ちをただちに戻してくれるもの。宅配の封を解き懐かしい曲がブラスによって軽やかに演奏されるのを聞くと、かつてコンポーネントステレオでLPを熱心に聞いていた若い頃を思い出す。原盤の録音は1975年1月とあるから、もとのLPを購入したのは会社に入って間もない頃だったろうか、よく上司に注意されては休日にストレス発散のためステレオを大きな音で鳴らした場面などが脳裏に蘇る。ネット、ネットという最近の風潮には時々抵抗を覚える頑固オヤジの私でも、YOU TUBEやアマゾンなどで簡単にアルバムの検索ができるとは、何て便利な時代になったのだろうかと驚くのである。
20130221cd

2010年9月21日 (火)

ウッドコーンスピーカー

大学生の頃にアルバイトで貯めたお金をすべてつぎ込んで、コンポーネントステレオを買った。専門誌を読んでは機器同士の相性だとか、ワウ・フラッター率だとか、S/N比がどうだなど、今から思えばそれで訳が分ってたのか、聞き分ける耳があったのかはなはだ怪しいものだが、まだオーディオなどという言葉が世間に広まる前に、それなりに音に凝ってステレオの各機器を買い集めたのであった。まだFM東京が東海大学FM実験放送局などと云っていた時代の事である。それが社会人になってからはゆっくり音楽を聴くという時間もなくなり、いつの間にかメーカーお仕着せの安いミニコンポなどで満足する様になって、オーディオなどに興味も失っていた。

しかし最近は家でゆっくり音楽を聞く時間も出来て、先日アップした様に古いレコードを引っ張り出してみようという事になった。で、秋葉原の電気店を数箇所廻ってみたところ、どこも最近発売したビクターのウッドコーンスピーカーを使ったミニコンポセットを薦める。高級スピーカーと遜色ない音がでるというので、試聴コーナーでいくつかのスピーカーと聞き比べたのだが、もう錆付いた私の耳ではどれほど違うのかがよくわからない。よほどメーカーの販売促進奨励策があるのかといぶかりながらも、特段電器店の薦めを断るほどのものはないのと、品の良いデザインが気にいって、ウッドコーンスピーカーつきのビクターのミニコンポとオーディオテクニカ社のレコードプレーヤーを8万円ばかりで購入した。

値段もこんなだし、まあまともに音が鳴れば良い位に思って、ミニコンポやプレーヤーを接続して古いレコードを久しぶりに聴くと、これが何とも言えない良い響きなのにびっくりしてしまった。これまでスピーカーは大きくなくては音が悪いと思いこんでいたのだが、ビクターが研究を重ねて開発したという木製の小さなフルレンジ・スピーカーからは、弦楽器の響きが厚く低音も良く出ている。紙の様なこもった感じもないしシャープでとんがった感じもなくて、ナチュラルな音がスピーカーから流れ、目をつぶると前にオーケストラがいる様である。昔は何万円ものカートリッジをあれこれ交換し、30センチのウーファーが欲しいだとか何とか言いながら良い音を求めていたのが、いまや8万円でこんなに妙なる調べをレコードから再現してくれるとは技術も進歩したものである。こうなると若い頃の情熱が蘇ってきて、ウッドコーンスピーカーのもっと上級機種が欲しくなってくるから、人間の欲望はおそろしいものだと感じている。

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