カテゴリー「日記・コラム・つぶやき」の記事

2019年5月 3日 (金)

ゴールデンウイークの思い出

20190503
2018年4月、飛鳥Ⅱのワールドクルーズにて
アデン湾でわが海上自衛隊の護衛艦や哨戒機の護衛を受ける
(写真家:高橋敦氏の撮影)

昨日は昼から爽やかな晴天になった。居間から窓の外の青空を眺めていると、過去のゴールデンウイークのさまざまな場面が思い出すともなく浮かんでくる。そう云えば5月1日は、メーデーの中央集会に参加した者は出社扱いとするという会社の労使協定で、代々木公園に行った年もあった。集会や行進は昼で終わって渋谷のデパート屋上のビアガーデンに集まり、会社に残って仕事に精出す同僚には悪いが生ビールのジョッキを傾けたのも良き思い出だ。そのほか記憶に深く残るのは入社して数年目、やっと仕事に慣れてきた頃の事だ。

当時はバラ積み貨物船のオペレーションという業務を担当していた。荷主との契約書に基づいて、担当の貨物船に行き先や何の荷物を何万トン積むのか指示し、燃料を手配し寄港地の代理店に現場業務を依頼する仕事である。各船の船長とは日々航路の選定や航海速度・燃料消費量を協議するのだが、自社船のように我々営業サイドと船長の利害が一致している船ばかりではない。ギリシャからチャーターしてきた船などは、すべてにおいて本国の船主の利益を優先するので、借主である我々と船長のコミュニケーションが険悪になる事もあった。

例えば荒天域で必要以上に速度を落としたり遠回りしたチャーター船には、船主との契約書にある数値を守るように指示するが、船からは気象・海象が陸で想定する状態より遥かにひどいとエクスキューズの電報が入る。今と違い洋上の気象を観測する衛星などないから、付近を航行する他船の情報や天気図・波高図などを基にギリシャ人の船長と交信を交わすが、なにせ電報の世界でもどかしいことばかり。その上我々借主が負担する高価な燃料油を多めに見積もって要求したり、チャーター終了時に返してもらう燃料量を偽ったりなど苦労が絶えなかった。

そんな頭の痛いギリシャ船の一隻が、ある年のゴールデンウイーク中に日本の近くでエンジン爆発事故を起こして航行不能になりSOSを発信、けが人も出たとの電報が入った。本船の事故や乗組員の傷病は、本来ギリシャの船主側で対応すべき事項だが、本国を遠く離れた太平洋上での事故ではそうも言っていられない。SOSを受けて関係官庁に連絡するが、その時は海上保安庁ではなく航続距離の長い捜索機を持つ海上自衛隊が厚木基地から救難に向かうことになった。ところが自衛隊では船のファンネルの色や貨物船の船型や大きさを聞いても識別がつきかねるので、船会社から担当者が一名捜索機に同乗してほしいとの依頼がきた。

連休でのんびりしていた中での突如の事故、そして自衛隊機の搭乗と云う滅多にない経験ににわかにアドレナリンが出たが、結局、厚木基地に向かう朝、船は機関を応急修理して何とか自力航行できるようになり、けが人移送も保安庁で手配できるとの連絡があり飛行は中止となってしまった。けが人の早期収容は良かったものの、本物の自衛隊機に乗って太平洋を捜索するというチャンスが潰え、なんだか肩すかしを喰ったようなゴールデンウイークの思い出である。後日厚木基地に菓子折りを持って挨拶かたがたお礼に赴くと、基地の司令官から「我々は国民の為には何でもやりますから遠慮なく言ってください」と頼もしい返事を貰ったのだった。

2019年4月30日 (火)

ネットの情報は玉石混淆

間もなく初夏だ。道を歩くと思わず「卯の花の匂う垣根に、時鳥(ホトトギス)、早も来なきて、忍び音もらす、夏は来ぬ」と「夏は来ぬ」を口ずさんでいる自分に気がつく。歌詞を思い出しながら歌いすすめるうち、四番の「棟ちる川辺の宿の、角近く、水鶏(クイナ)声して・・・・」ではたと疑問が浮かんできた。棟(あうち又はおうち)とは何だろうか、と。こういう時に手っ取り早いのがネット検索である。さっそくYahoo 知恵袋などで調べると、「棟(あうち)ちる」の意味には幾つか回答があって、棟は植物の「せんだん」の古い名でこれが散るさま、というのもあれば、田舎で棟(民家)が散らばっているさま、などと云うのもある。広辞苑やら何やらを調べるうち、「棟」は初夏に紫色の小さな花を咲かせる「せんだん」のことだと解ったが、それにしてもいい加減な解釈がネット上に溢れているものだ。

先日もYahoo newsのトピックスで「電車はパンタグラフが付いた車両に乗るべき」というコラムがあり、そのあまりのいい加減な内容にのけぞった。曰く「乗り心地の良いのはパンタグラフのついたモーター付き車両、安全面からもモータつき車両は事故で死傷者が多い先頭車にはないので、パンタ付きの車両に乗ることを薦める」とある。なんでもパンタグラフがついた車両はモーター付き車両で自重が重いから乗り心地が良いそうで、アメリカの研究でも事故の際に先頭車両に死傷者が多いのだと云う。しかしモータがついていてもパンタなし車両はごく普通にあるし、モーターがない方が乗り心地が良いのは広く知られている通りだ。そもそも先頭車両の死傷者が多いという研究が、どういう基準でなされたものなのか。アメリカでは、旅客列車は重量級のディーゼル機関車で牽引されているのにその研究に意味があるのかと、このカラムはツッコミどころ満点。案の定、ほとんどの読者の共感を得られていなかったが、金をもらって書いているにしてはあまりにもお粗末なコラムである。

また今年の確定申告時、昨年の入院・手術の費用を医療費控除で申請しようとした際、がん保険で給付を受けた分を差し引くべきなのか迷った。ネットで調べたところ、大手の保険会社のホームページでは実際にかかった費用から保険で填補された分は差し引いて確定申告せよとあるも、中には「税務署に問い合わせた結果、がん保険で貰った金額はあくまで『給付金』なので考える必要なし」と自信満々の某サイトもあった。結局他の案件もあり税理士のお世話になったところ、やはり病院に支払った費用から保険で貰った金額を引いた純支払い分が医療費控除対象になっていたが、某サイトの云うままに確定申告していたら、費用の過大計上をするところだった。これらの経験から分かったのは、ネットの情報は玉石混淆、内容が信用できるものもあれば、眉につばをつけて読まねばならぬものもあるという事。趣味の世界なら間違ってもご愛嬌で済むが、税金や医療の分野になるとそうも言っていられない。まあ、ネットの情報は、専門家に意見を聞く前の気休めくらいに思っておけばよいのだろうと当たり前の事を再認識している。

 

2019年4月24日 (水)

海運の平成30年間を振り返る

”平成の30年間を振り返る”たぐいの特集が目立つメディアである。確かに一つの時代が過ぎ去ろうとしているのは判るが、毎日の生活では西暦に慣れすぎて、「平成10年のあの事件」などと云われても、「えーと、1998年ね」といちいち読みかえるのが常だ。そうは云っても天皇陛下の御代が変わると同時に元号が変わるというシステムは、世界に誇る我が国の素晴らしい伝統だといえよう。業界誌「海事プレス」にもこのところ「日本海事産業の平成史」と銘打った記者座談会がシリーズで掲載されている。その7回目に「(平成の)この30年間で海運会社の仕事の仕方や文化も大きく変わったのではないかな。」という業界記者たちの話が載っていて、これが面白いので以下に抜粋してみる。

―「最近の海運会社の人たちは本当に忙しそうだ。アポイントの時間がなかなか取れない。」; ―「海運会社の人と飲むと、昔の課長さんや部長さんは何だか暇そうだったな、という話によくなる。朝来てスポーツ新聞を読んでいたというし(笑)。」(筆者注;すみません、私も部課長時代、会社でスポーツ新聞読んでたクチでした); ―「(かつては)基本的にアポなし取材だった。朝一で海運会社のオフィスに行き、端から順番に部長席を回る。そしてネタを聞きまくる。今では考えられないけど、本当に自由だった。」; ―「あれだけ自由に取材できる業界は、その時代でも海運くらいだったらしい。本当に大らかで自由だった。海運業界は特別だと思う。」; ―「アポなしで会社に行くと、時間がある人は15分、30分と取材に応じてくれた。」(筆者注:私もよく業界紙(誌)の記者を会社のカフェテリアに誘って、ある事ない事好き放題に喋ったものでした)などとある。そして業界紙の記者は業界が育ててくれたと、平成初め頃までの海運業界を座談会出席者たちは懐かしんでいる。

続けて、―「昔の海運界はお互いに競争しつつもお互いを認めるという、大らかな関係性があった。みな一緒に飲みに行っていたし、会社の中で言えない悩みをライバル企業の人に話してたよね。」(筆者注;競合他社と飲んだりゴルフもよくしたものだった。銀座には業界の担当者たちが集まるバーもあったし); ―「時代の流れとはいえ、寂しさを禁じ得ない。…やはり昔の雰囲気は最高だった。残念だけど、これだけは元に戻ることはなさそうだ」などとコメントが続く。この座談記事を読み、私よりはるかに若い記者たちでも、最近の海運界から感じる雰囲気が私とまったく同じでちょっと嬉しくなった。私は今も業者として元いた会社に出入りするが、現役連中に「ルールはわかるがもっと融通を利かせて大らかにやれよ」「ほんの20年前まではこうだったんだから」などと言っても、コンプラアイアンスから1ミリも動かない彼らからは化石を見る様な目で睨まれてしまう。

こういう視点で平成の30年間を振り返ると、海運界でも「ポリティカル・コレクトネス」やら「コンプライアンス」あるいは「ハラスメント」などという言葉が使われだし、ついにはこれらが跳梁跋扈する様になっていった嫌な時代が平成だったと言えよう。まあ一年に何回も弁護士が行う講習会に呼び出され「これがハラスメントにあたる」とか「これをやったらコンプライアンス違反になる」などと、最悪の事例を大げさに教え込まれたら、普通の人間ならチャレンジする前に面倒だから余計な事には手を出すのやめようと思うに違いない。「失われた20年」などと云われ、日本の企業が中国や欧米の会社に遅れるようになったのは、米国型株主資本主義やガバナンスの流行に加え、「ポリテカル・コレクトネス」「コンプライアンス」「ハラスメント」などという考えに日本中が染まったからだ、と私は考えている。せっかく「令和」になり新時代が来たのだから、欧米流のこんな概念のくびきから逃れ、少々脱線しても自由にものが喋れ、現場の融通が利くような日本型の良き社会に「逆行」してほしいものだ。

2019年4月15日 (月)

アナログ世代のリタイア組

定年退職後もさまざまな企業で顧問やら嘱託として働いていた友人も、ここへ来て次々と会社勤めからリタイアしている。自宅ではあまりパソコンを開かない世代とあって、これまでは会社のメールアドレスを連絡先にしていた者らが、自宅やスマホのアドレスに連絡先を変更してくれと云う依頼メールが増えた。という事で、通知された新しいアドレスに新しいメールを送ると「配信不可」のエラーメッセージが戻ってくる事がしばしば。よく見ると送られてきた新通知先にどうみてもミスタイプらしき文字が混じっていたりする。かと思うと同窓会の連絡ですでに連絡済のグループにまた同じ内容のメッセージを送る友人などもいて、受けた方が混乱するケースも幾度かあった。我らが世代はEメールが普及した時代にすでに管理職になっており、こまかい実務は部下がやってくれていたから、自分でキーを打ち作業するのに不慣れなようだ。

ネット社会と言えば最近は通勤電車に乗るとみな一応にスマホをのぞき込んでおり、新聞を広げている勤め人などはほとんどいない。我々の現役の頃は出社前に日経新聞に目を通すことはサラリーマンの暗黙の了解事項で、朝の会議で「『新聞』のあの記事なんだけど」と話が挙ると、日経新聞の関連記事だと皆がわかったものだ。かつて私は日経新聞は高いので家では普通の日刊紙をとり、朝の駅で日経新聞を買っていた。しかし二日酔いで会社に這っていくような時や電車に駆け込んだ日などは日経を読めず、そういう日に限って『新聞』の話題が朝から出て恥をかいたものだった。いま電車の中でスマホに熱中する人たちの画面をチラっとのぞくと、朝からゲームをしたり音楽や映画を見たりが多いようで、「日経」を読んでいなければ、会議でも客の前でも話にならないという文化は、いまやサラリーマン世界から消えたのだろうか。

その日経新聞は値段が高い上に読む項目も多く、毎朝目を通すのは辛いものもあったが、記事は世界・日本の経済や金融動向、株やら諸商品相場、各産業の市況の話など自分の業務に関係なくとも、経済人として勉強になったのは確かである。新聞というものは自分の興味ある記事だけでなく、紙面を斜め読みするだけで凡そ世の中の動きが察知できるのが良いが、小さな画面のネットニュースではそれも無理だろう。いま企業社会の中心となって世の中を引っ張っていくべき中年のおじさん達が、新聞も読まず朝から電車の中でスマホゲームに熱中しているのを見ると、日本の社会は本当に大丈夫なのかと心配になってくる。以前にも書いたとおりスマホに熱中している人たちは、目の前に体の不自由な人や妊婦、高齢者がいても気づかないことも多い。たしかにITで社会は便利になったし、その利便を私たちも享受しているが、アナログおじさんとしては昔の風情がときどき恋しくなったりするものである。

2019年4月12日 (金)

COSTCOはコスコかコストコか?

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英米から来た書簡を抜粋して蓄えた自作文例集の一部

現役時代は、仕事で英語が必要だったのでそれなりに苦労した。なにしろ大学の語学の成績はほとんどがC.C.C、すなわち優・良・可・不可の可ばかり、お情けで卒業させてもらったようなものだからとにかく就職した当初は大変だった。会社に入って初めて書いたテレックス文案を見た上司は、「うーん!」と絶句し、「キミは本当に大学を出たのか?」とあきれたものだ。さすがにクビになったら拙いと思い、同じような不出来な同僚を集め、自費でアメリカ人に英会話を習ったり、英語の通信講座を受けたりした。そのほか英字新聞や英語が上達する本を読み、ドライブ中はFENにチューニング、通勤電車でも英語カセットを聞くなど我ながら相応の努力をした。ハリウッド映画の人気ビデオ(当時はDVDなどなかった)を借りると、聞き取れない場面を何度も繰り返し見たことも思い出である。

という事で何とかアメリカ一人駐在も乗り切ることができたのだが、現役を退くと英語が必要な場面もなくなってホッとする。イギリスの高校を出た妻が時々DVDで字幕のない外国の映画を見ており、以前は勉強とばかり一緒に画面を眺めたが、最近は「あ、どうせ判らないからよいよ」と素直に本音が出せる。それでも日本の国内で氾濫する英語表記には、思わず目が留まってしまうのは永いこと英語で苦労したサガだろう。今も地下鉄の車内で「非常時には駅の間で線路におりないでください」などと英語の掲示があると、これがあまりに直訳かつこなれない英語なので「俺ならこういう書くのに」と見る度一人ブツブツ唸るのである。

そういえば近頃よく行くスーパーにはCOSTCOの巨大なポテトチップスの袋があって、その売り場の表示に「コストコ」とあるのにしばし違和感を感じる。アメリカで住んでいた家のすぐ近くにCOSTCOの本社があり、当時よく買い物をした際は、アメリカ人も現地の日本人もみな「コスコ」と呼んで「ト」を現す発音は聞こえなかった。スーパーと云えばスープなどの会社Knollも正しくは「ノル」のはずなのに、日本では「クノール」の呼び方が一般的だ。シンガポールでシングリッシュが使われるとおり、言葉は生き物で、場所によって違って良いものの、できれば本場い近い読みの方が恰好良いのではないか。

英語と云えば先ごろイチローの出場で話題だったように、アメリカのメジャーリーグ公式戦も日本で行われる様になり、日米の用語の違いが分かり興味深い。四球は米ではWALKというのに対し、こちらではフォア・ボール、HIT BY PITCHが死球と訳され、日本ではデッドボールと呼ぶのも面白い。日本のネクストバッターズサークルは、「待機する」という意味で使われるON DECKからON DECK CIRCLEと本場では云う。こんな中でアメリカのグランド・ルール・ダブル(外野でバウンドしたボールが観客席に飛び込んだ際に2塁打とするルール)をエンタイトルド・ツーベースと名づけた日本人のセンスの良さは特筆ものだと思う。明治時代、日本に入ってきた野球のルールを、正岡子規ら当時のインテリ達が知恵をしぼって編み出した用語なのだろう。さしてモノにならなかった英語だが、やっぱり違う言語に触れ、いろいろなところで彼我の違いを見つけるのも面白いものだ。

2019年4月 8日 (月)

コンバーティブルで花見

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今年は桜の花が咲き始めてから花見の見ごろが長いのが嬉しい。一部で早くから満開になったものの、その後一旦寒くなった上に風や雨の日が少なく、10日以上あちこちで満開の桜を見る事ができる。という事で先の週末は妻と花見のドライブを楽しむことにした。といってもどこかにビニールシートを広げてゆっくりと花見酒を楽しむのではなく、コンバーチブルのルーフトップを開けてあちこちの桜並木の下をドライブするのである。以前このブログで、さかんに一生に一度はオープンカーが欲しいと書いた通り、7年前にBMW335iのまだ5000キロも走っていない下取り中古車を正規ディーラーで手に入れた。燃費は悪いし屋根のない分だけ車体の剛性やハンドリングも劣るが、屋根を開けた時の解放感と、3リッター直列6気筒ツインターボのトルクフルなフィーリングに惚れ込んで購入したのである。

今のコンバーティブルは屋根を開けても車内が快適になるようにエアコンなどに様々な工夫がされており、真冬でも極寒でない限り屋根を開けてドライブできる。とは言え雨が少なく一年中屋根全開でも快適なカリフォルニアとは違い、東京では様々な制約が多い。最悪なのは夏の日射しで、直射日光が頭の上から遠慮なく突き刺されば頭が熱くなってたまらない。エアコンをかけてはいるが、真夏はさっさと屋根を閉めてこの日差しを遮りたいと思ってしまう。春・秋でも曇り空かと思うと一転にわかに掻き曇り雨粒がポツポツ、という日がけっこうあって、渋滞のさなかでそんな状況になろうものなら、周囲のクルマから「あの車雨に降られてるよ。いつ閉めるのかねぇ」と好奇の目でみられるのが恥ずかしい。まあオープンカーなどは見られてなんぼ、シニア夫婦が青山通りあたりを屋根全開でゆったり流すのも良いか、と居住性を無視した自己陶酔の世界である。

で、週末はまだ残った桜を求めて都内各地や神奈川県をあちこち回ってみた。時折りしも気温は20度前後、空は青く咲き誇る桜並木の下を走ると、頬をなでる風も爽快で枝まで手が届きそうだ。屋根を開けて走ると周囲の音がけっこう入ってくるもので、春を告げる鳥の鳴き声に混じって、どこかの宴会のカラオケでうなる声まで聞こえてくる。のみならずバーベキューのソースの匂いとともに、車内には花粉が容赦なく飛び込んで2人してグシュ、ハクションの一日だ。それでも信号で止まるとひらひらと桜の花びらがシートに舞い降りて、おもわず「肩にひとひら花が散る、花もかがやけ希望にみちて、競え青春強気きもの」と「若い力」の歌詞を思い出したりする。これからの季節、ゴールデンウイークから梅雨に入るまでが屋根を開けてのドライブには絶好のシーズン、せいぜいこの間を安全運転で楽しみたい。

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2019年4月 1日 (月)

ドライブしながら考える

日曜日に都内をドライブしていると、立憲民主党の枝野党首のポスターを掲げた宣伝カーが街頭で盛んに政策を訴えている。信号待ちで聞くともなく流れるスピーチに耳を傾けると、安倍内閣に対する批判の他に、「LGBTを支援する立憲民主党…」と言っていて思わず座席でのけぞった。彼らは人権派を気取りたいのだろうが、そもそも大多数のLGBTの人たちはひっそりと今のままで生きていたいのだという。この問題を政治の争点にしようとしたり、LGBTの権利を拡大せよなどと騒ぐのはごく一部の活動家だけらしい。モリカケ問題もそうだったが野党はもっと大きな問題、例えば消費税などに議論の焦点を当てて欲しいものだ。日本は海外債権が3兆ドル、対外債務は事実上ゼロ、経常収支は黒字、国民の金融資産はGDPの3倍、国債は国内でさばけて金利は上がらない国である。国の資産もさまざまな形で各所に相当あるそうだ。それでも消費税を上げる必要性を与野党はきちんと時間をかけて是非議論して欲しい。LGBTなどにこだわっているようでは彼らは万年野党でいるより仕方あるまい。

クルマを進めて近所では数少ない駐車場無料のスーパーに行くと、そこの入口で羽田空港の新しい進入路が新宿の上空を通るはけしからん、と演説してい市民団体に出くわす。なんでも騒音や危険が増す、なにも人口の多い新宿区の上空を通る事はない、と声高に訴えているようだが、こういうのも聞いていると鼻白む思いがする。騒音といっても羽田空港から離れたこのあたりでは、着陸機も上空1000米の高度を飛ぶ。飛行機の部品が落ちる危険性はごく僅かで、そんなことまで心配しだしたら都会で暮らしていけやしない。いや、どんな人里離れた場所でもあっても、生きている限りは天変地異や事件・事故から完全無縁、絶対の安全などがあるはずもない。何より彼らは羽田空港の利便性や都会の便利さを一方で享受しながら、自分の近辺だけはほんの僅かでもいかなる不利益も蒙りたくないという訴えをしているようだ。こういうのを住民エゴと云うのだろう。同じ新宿区民の私は、羽田に着陸する飛行機がより近く低く飛ぶようになれば、双眼鏡を持って機体を眺めて楽しもうと考えているが世の中はさまざまだ。

一方BREXIT離脱問題では英国が揉めに揉めている。こうなると新聞を読んでも、何がどうなっているのかフォローするのに一苦労である。もう一度EU離脱するか否かの国民投票を行ったら結論が変わるかもしれない、と聞くと単一イッシューの住民投票の恐ろしさやその無責任さが良くわかる。住民投票が「民意」というなら、先に行われた辺野古移設の住民投票も、百田尚樹氏が云うように、真の当事者である名護市や辺野古の住民だけの投票が行われ、そこで「移設賛成」多数だったらそれが「民意」になるのであろう。こうして見ると、住民投票はそれまでの歴史や経緯、国や地域の置かれた立場、より広くは安全保障問題や経済・外交問題を無視し、問題をごく単純化して住民に問うものだと云えよう。我々は代議制による間接民主主義と云うシステムを作り上げてきたが、ベストではないものの、住民投票のような直接民主主義よりはましだとBREXITの大混乱を見るにつけ思う。さてこうなると我が国の憲法改正では、国民投票が必要というのが何とも鬱陶しく感じる。

2019年3月26日 (火)

九段会館の建て替え

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 工事前の九段会館


東京都内に次々出来る高層ビルの中には、元の建物の一部を保存して再現したり、由緒ある部分を残して建てられるものも多い。丸の内では進駐軍(GHQ)の本部があった第一生命ビルや、明治生命ビルなどがかつての面影を残しつつ、近代的な高層ビルに生まれ変わっている。皇居の反対側では、よくクルマやジョギングで通る九段坂下の九段会館の建て替えがどうなるのか注目していたところ、ここも特徴あるその外観を保存しながら新しい建物になる工事が行われている。

まるで城郭の様で変わった外観が目を引いた九段会館は、もともとは在郷軍人会の本部として昭和9年にできたビルである。戦前は軍の予備役の訓練や宿泊に使われ、2・26事件の際は戒厳司令部も置かれたそうだ。戦後は進駐軍に接収されたのち、1957年から九段会館として永らく宿泊・結婚式・レストランや貸しホールの用途で使われてきた。ところが2011年の東日本大震災の際に老朽化したホールの天井が崩落して、たまたまその下に居あわせた利用者2名が亡くなったため、取り壊して建て替えられる事になったのである。

このあたり、皇居の北側は旧近衛師団本部などなかなか趣のある建物が残っているが、中でも九段会館はひときわ威風堂々、周囲を睥睨するかの感があった。軍人会館だったにも関わらず戦後は社会党大会などが開かれたのは皮肉だが、印象深かったのが2000年に開催された「女性国際戦犯法廷」というイベントだった。「旧日本軍の性奴隷制を裁く国際戦犯法廷」などという、バカげた政治ショーを、旧軍人会館で開くのは如何なものかと当時話題になったのだった。

こうして時代の波にほんろうされつつも昭和・平成を見届けてきた建物が、2022年に17階建ての新しいビルになる。独特だった外観は、新しいビルにどういう形で再現されるのだろうか、その工事完成後が楽しみだ。九段坂下から竹橋にかけては、千代田区役所を始め役所が多いため、夜間や週末は人通りが少なく寂しくなる一画である。新しい九段会館が周囲のランドマークになれば、九段下交差点もよりにぎやかになるに違いない。


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取り壊し工事が真っ盛りの九段会館

2019年3月20日 (水)

時代

90歳を目の前にして母が急逝した。足腰は弱くなったものの胃腸は丈夫で、食欲があって太って困るとこぼしていた母である。内臓には疾患がないはずと自慢していたが、入っていた老人ホームで突如高熱が出て意識不明になった。尿路感染から敗血症を起こしたそうで急遽国立医療センターに運び込まれたが、入院して48時間もしないうちに息を引き取った。本人の強い遺志で遺体は大学病院に直ちに献体し、通夜・告別式も行わなかったから何やら「けじめ」もつかず、母の死は本当のことだったのか、夢でも見ている気分である。今でも「あれは冗談よ」などとひょっこり顔を出すのではないかと思ったりもする。

体が弱く何度も手術や入退院を繰り返した父は細く長く最後は90歳過ぎまで生き、反対に元気でひょっとして100才まで生きるのではと思っていた母がピンピン・ころりである。父の年齢より早く亡くなった母を考えると、人生は本当にわからないものだとの思いが湧いてくる。我々はすべからく自然というべきか天というべきか、はたまたそれを神と呼ぶのか、そういう大きな存在の掌の上に居るだけなのだろう。人間の浅知恵などは天の前にはいかほどの力があるのかという考えとともに、ならば与えられた環境や時間にせいぜい感謝し、その日一日をなるべく前向きに楽しく過ごすよう心掛ける事が我々のできる事だと思えてくる。

最近齢をとるにしたがい朝早く目が覚め、ベッドの中のうつろな頭にいろいろな言葉が浮かんでくるが、母の死後は中島みゆきの「時代」の歌詞が浮かんでくる。

♪そんな時代もあったねと いつか話せる日が来るわ
あんな時代もあったねと きっと笑って話せるわ
だから今日はくよくよしないで 今日の風に吹かれましょう

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2019年3月 1日 (金)

都立高校の入試問題と正解

1月21日に「2019年 大学入試センター試験 英語筆記」をアップしたとおり、大学入試となると英語でもそう簡単でないことがわかったが、では高校入試はどうだろうか。理科系は無理としても、文科系ならまあ満点に近いものがとれるだろうとタカをくくって、新聞に載っていた「都立高校入試問題と正解」に挑戦してみる。


まず国語である。冒頭に出題される読みがなや漢字は、何と云う事もなくすらすらと簡単に答えられる。やはりこの程度か、と安心して先に進むと、次は三浦哲郎の「燈火」から引用されたかなり長い文章が出てくる。この小説は登場人物が多いので、まず彼らの関係や立ち位置を考えながら読んでみる。なにしろ「試験」だから慎重に読まねばならないのだが、大学の英語問題と同じように何と云うこともない内容がくせ者だ。


設問はこの小説のある箇所の表現が、登場人物のどういう心理を描いたものかなどを四択の中から選ぶものが続く。ドラマチックとは正反対、落ち着いた文章で描かれる日常的な場面から登場人物の内面を推し量る作業は、けっこう本文を読み込んでみないと判らない。四択のうち2つはすぐに違うと判るが、正解らしき2つの候補を見比べると、どちらとも採れるようでしばし戸惑ってしまう。こういう長文読解は、まず他を解いてからじっくり時間いっぱいまで粘れ、などと受験塾では指導するのだろう。


その後、古文などはそう悩むこともなく国語を終え解答を見比べると、やはり長文読解の箇所で2問間違えていてマイナス10点である。自分では採点できない作文の出題(10点)を除いた結果は90点満点の80点であった。こうしてみると長い文章ではポイントを外した解釈を自分がしている事が分かったが、日頃妻が「あなたは会話の中で時々ポイントを外した事を云うわよ」と言っていたのを思い出ししばし不愉快になる。


次の挑戦が社会科。ここでは日本史の中世から近世にかけて、年代を解答する問題で2問ほど間違えたのは暗記していないから仕方あるまい。一つ悔しいのが「最高裁判所の裁判官の任命は、その任命後初めて行なはれる衆議院議員総選挙の際国民の審査に付し、その後10年を経過した後初めて行はれる衆議院議員総選挙の際更に審査に付し、その後も同様とする。」とする憲法の条文は (ア)参政権 (イ)自由権 (ウ)社会権 (エ)請求権のどの権利を保障するかという問題であった。


はて最高裁長官は内閣が任命するものの裁判官は内閣が選ぶわけではないし、彼ら裁判官の適・不適を判断し罷免を要求するのが国民審査だから「請求権」か??などと迷いつつ(エ)を選ぶと見事にペケ。正しくは(ア)の参政権で、広辞苑にも参政権は「国民が国政に直接または間接に参与する権利。選挙権・被選挙権、国民投票、国民審査で投票する権利など。」とあった。お恥ずかしい限りだが、高校入試くらいの問題を解いていると、自分の勉強不足に気がついてけっこう面白い。こうして社会も80点台となり、社会なら満点とれるだろうなどと云う自負はもろくも崩れ去ったのであった。

20190301


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