カテゴリー「日記・コラム・つぶやき」の記事

2019年1月17日 (木)

認知症予防の新・生活習慣

朝、いつものように勤めに出る準備をしていると、かたわらで新聞を読んでいた妻がニヤニヤしながら紙面を指さしている。見ると週刊文春の広告が紙面下部に大きく掲載されており、その中の「認知症予防の新・生活習慣12」という特集の見出しを読めという事らしい。どれどれと活字を追ってみると認知症予防には「運動:チームスポーツに挑戦、社交ダンス、エスカレーター断ち、食事:柑橘類は毎日摂取、カレー、乳製品、大豆・発酵食品 医療:早めに補聴器、3カ月に一度は歯医者」とある。生活習慣12のうち広告の見出しには10項目しかないが、この特集はなにを書いているのかの紙面をみれば大体の見当はつく。


さて船上で優雅に踊ってみたい、という事で妻と二人で習い始めた社交ダンスも、ワールドクルーズが終わってしまうと次は何を励みにしたらよいのか、ちょっと目標喪失のような状態である。このままレッスンを続けようかと逡巡しているところなのだが、妻は社交ダンスが認知症に良い、と云う見出しを私に見せて、このままレッスンに引き留めておこうと云う魂胆だろう。まあ、しょせん週刊誌の記事だからそれなりの内容であろうが、たしかに社交ダンスを習ってみると、予想以上に體育會系で今まで意識した事もないような筋肉や神経を駆使しなければならないから、ボケ防止には効果的だろうと想像出来る。


同様に新しい事を、頭で理解しつつ筋肉や神経を使って実践していくこと、例えば楽器の演奏なども認知症予防には効果があるだろう。などと考えながら、取敢えず週刊誌の見出し10項目のうち自分は何をやっているのか数えてみると、まずチームスポーツはやっていないが、エスカレーター断ちは実践中である。これは60歳代後半になって、筋肉量が減っている事を実感し、通勤時の地下鉄は階段を二段飛びで上る事にしたからである。と云っても最近の都内の地下鉄はかなり深い駅もあって、長い階段を見上げてうんざりする事もあるが、そのような階段は途中で2段飛びをやめ各段をコツコツ上がるのである。


食べ物の項目にいくと柑橘類こそ毎日意識して食べはしないが、果物は毎日必ず何かしらとっているし、カレーも週に一度は昼食に食べる。乳製品と云えばヨーグルトは毎日食べ、みそ汁や納豆もほぼ毎日である。補聴器はまだご厄介にはなってないが、歯医者には三カ月に一度定期検診に通い歯周病はゼロだ。と数えると、週刊誌が謳うボケ防止に役立つことはすでにほぼ実践しているようだ。週刊誌の広告を前にそれを自慢気に妻に話すと、「ボケ防止のためにはますます張り切って取り組まないとね」と社交ダンスレッスンの継続を仄めかされたのであった。

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2018年12月14日 (金)

12月14日 赤穂浪士の討ち入り

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本所松坂町・討ち入りのあった吉良亭跡の案内板

12月も半ばの14日である。通勤途中に今年ももう終わりかなどと考えていると、「そう言えば今日は赤穂浪士の討ち入りの日だった」と思い出した。吉良邸への討ち入りと云えば即座に「時は元禄15年12月14日、江戸の夜風をふるわせて、響くは山鹿流儀の陣太鼓、しかも一打ち二打ち三流れ…!、おう、まさしく赤穂浪士の討ち入りじゃ」と南春夫が歌う”元禄名槍譜・俵星玄蕃”のセリフが浮かんでくる。もっとも旧暦の12月14日といえば今なら1月も後半だから、その夜は江戸の夜風もひとしお冷たく、両国橋のたもとで雪を踏みしめ仁王立ちする助太刀の俵星玄蕃もさぞや寒かったに違いない。


無念の切腹をした浅野内匠頭であるが、本当は田舎者で礼儀知らずなのに、後世「忠臣蔵」などによって吉良上野介が悪役として書き換えられたのかも、との思いがふと湧いた。切り付けられた上野介は名門の出であり領地でも名君と云われていたそうだから、田舎から来た大名の世間知らずな所作を以前から苦々しく思っていたとも考えられる。一方で内匠頭も若い頃は江戸住まいが長く、そのうえ参勤交代でしばしば江戸にも来ており、そのあたり本当の田舎侍で礼儀しらずだったのか真偽のほどはわからない。結局のところ、今でいう上野介のパワハラにぶちキレて、松の廊下で刃傷沙汰に及んだのだろう。


浅野内匠頭はその場で取り押さえられ即日切腹処分の上、お家お取り潰しとなったのは「忠臣蔵」や「赤穂浪士」でよく知られる通りである。人々の平均年齢が40歳ほどの時代のことだ。内匠頭は33歳でこの重大な事件をおこしたのだから「若気のいたり」でキレたわけでもなし、まさに「短気は損気」の見本のような例であった。ただこの刃傷沙汰が日本人が好きな「忠臣蔵」につながっていくのだから、浅野内匠頭は歴史に名を残した大名だったと言えよう。私も高田馬場を通れば堀部安兵衛を思い出し、本所を車で過ぎれば以前訪れた吉良亭が目に浮かんできてしまうほどだ「江戸散策その4(2008年11月16日)」。と言うことで今日の昼休みは忠臣蔵にちなみ、内匠頭が切腹させられた新橋の田村右京太夫亭跡までぶらぶら散歩してみた。

新橋にある浅野内匠頭終焉の地にたつ石碑
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2018年11月29日 (木)

外国人労働者の受け入れ

雑誌"WILL" 最新号の巻頭コラム「朝四暮三」で、大阪大学名誉教授・加地伸行氏が、外国人労働者の受け入れ拡大を意図する出入国管理法改正について面白い話を展開している。いわく肉体労働者やサービス従業員の不足を外国人で補うより、国内のFラン高校や大学に無為に通学し、やりたくもない勉強に無駄な時間を費やしている日本の若者の労働力を活用すべしと。彼らが社会に出てすぐに働けるように、文科省は1年で諸技術を学べる新しい技術学校をつくって若者を世の中に送り出せば彼らもハッピー、外国人労働者を入れる必要などなくなるという主張である。


移民の問題で混乱する欧米諸国をみるにつけ、法律に色々なしばりをつけるにしても、今回の改正は将来さまざまな問題をおこしそうだ。私は、我が国の姿を変える怖れがあるような問題に対する論議はもっと慎重であるべきだと考える。何よりこの法律改正で入国してくるのは、まず近隣のシナ人や朝鮮人だろうから、彼らの国から将来どんなイチャモンがふっかけられ、無理難題がもちだされるかわからない。これは今回の韓国の徴用工問題をみれば明らかである。またインドネシアやマレーシアなどイスラム系の人たちが大量に入ってきたら、我が国のあちこちにモスクが出来るかもしれないが、これも見たい風景ではない。


すでに東京のコンビニでは日本人よりアジア系の従業員の方が多いし、多くの飲食店でもたどたどしい日本語で店員が接客をしている。これ以上外国人が増えたら、日本の社会はどうなるのかと危惧してしまう。しかし法律が改正された暁には彼らが入国する際に、日章旗の前で日本国の法を遵守する旨を一人一人宣誓させるべきであろう。また加地氏が提案するとおり、すでにスイスで実施されている様に一人20万円ほどの「国防税」を徴収し、このカネで彼らを監視するシステムをつくるのもよい。外国人の安全や健康を日本のシステムが担うのだから、そのくらいの課税は当然である。


野党もどうでもよいポリティカル・コレクトネスやらLGBT、反差別、モリ・カケ問題などにうつつを抜かすより、国のありようを左右するこの移民政策こそもっと真剣に討議してもらいたい。すでに不法に働いている外国人の特権や諸問題がこの法律であぶりだされる事を危惧しているのだろうが、立憲民主党のごとく安倍憎しで何でも反対するようでは、国民の支持は得られまい。現実に労働力不足に悩む産業界のために知恵をしぼりつつ、10年後20年後の繁栄を実現する政策を考える事こそ、いま政治家に求められているのではないだろうか。

2018年11月22日 (木)

ゴーン逮捕とニッサン車

ゴーン氏逮捕のニュースが駆けめぐっている。真相は闇の中で逮捕劇の裏には池井戸潤の小説並みのクーデター話も噂されるが、金にあまりキレイとは言い難かったらしいゴーンがこれにみごとにハマったのだろう。カネにこだわる人は10億円もらえば20億欲しいと言い、20億円もらえば40億もらいたくなるものだ。渡る世間どこに落とし穴があるのかわからないのだから、トップに立つ人間ほど潔癖さが求められる時代といえる。


という事でテレビの前で改めて日産自動車の事を考えてみたのだが、かつてニッサンファンだった私でも、今のこの会社のラインアップには買いたい車がまったくない。若い頃はニッサン(プリンス)スカイラインに憧れ、給料をやり繰りして新車を5台乗り継いだほどだったが、最近のスカイラインにはまったく興味が湧かず、たまに新車を町で見かけても「欲しい」という気持ちがおこらない。それもそのはず、現行のスカイラインは、中味はインフィニティーQ50という同社の世界ブランドのクルマで、国内市場向けにあえてこれにスカイラインというネーミングを施したものにすぎないのである。


いまやBMWでさえ直列6気筒にこだわる時代ではないから、スカイラインだけに直6を求めるのは無理にしても、かつては全長4.4~4.6米、全幅1.7米くらいのサイズだったスカイラインが、4.8米超 X 1.8米超と肥大化しすぎてしまったのがなによりこの車の魅力を失わせる第一の要因だ。国際的なメーカーの系列化で、世界的標準モデルからシャシーやエンジンを共有してクルマを作らなければならないし、安全性などの基準が厳格化された事などが背景にあるのだろうが、とにかく最近のクルマは総じて偉そうで大きすぎる。フロントのデザインもみな怒り顔のようで品がないし、ボディにはどの車もやたら不要なグラデーションが施されていて嫌味だ。


サニーvsカローラ、コロナvsブルーバード、セドリックvsクラウンとトヨタ・日産が競った頃は、販売のトヨタに対して技術のニッサンと云われて、クルマにあこがれた若者を引き付けた日産自動車であった。それが今や意欲的なモデルはトヨタの方が多く、クルマ好きはもっぱら外車に流れるか国産車ならスバルなどに乗っているようだ。ニュースによると日産自動車も、最近はゴーンに大ぶるまいできるほど利益を挙げているし、この際彼もいなくなる事だから、世界戦略車ばかりでなく昔のような”日本人に受ける””日本国内向け”の小ぶりなセダンやクーペ、スポーツカーを本気で開発したらどうなのだろうか。はやりのSUVの時代はいつか過ぎて、またスポーツカーの時代が来るかもしれないし・・・。 男60、GTアゲイン!


家にあった80年代スカイラインのカタログ ニューマンスカイラインに超感覚スカイライン
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2018年11月15日 (木)

最近の通勤電車に文句あり

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毎日、通勤・通学にレジャーに使う電車である。しかし最近ほとんどの駅で日本語・ローマ字の他に、中国人や韓国人の乗客向けに、中国語字体の漢字やハングルでの表記があってはなはだ不愉快な気持ちにさせられる。我々が海外に行った時は駅名やトイレの表示がローマ字ならばまず問題ないのだから、日本国内でも中国人や韓国人の為だけに彼らの文字を使う必要もあるまい。中・韓の人たちはローマ字を読めないわけでもなし、彼らを特別扱いをすると、その国民性からしてますます彼らは日本人に対して増長するのではなかろうか。この点JR東海はどの駅に行っても、日本語とローマ字表記だけで清々しくてよい。


そういえば、ちかごろ企業やイベントの広告に特別な塗装をしている私鉄車両が目立つ。鉄道の車輌といえばその会社の表看板であろう。意匠を凝らした各社独自の外観や内装、それぞれの路線に合わせた「車輛」といういちばん大事な道具に、わずかな広告費収入のために見るも無残なデザインを施すのはいかがなものか。武蔵野の武骨サムライのような外観をもつ西武鉄道の車輛を私は好きなのだが、地下鉄へ乗り入れてくる西武線の電車には学校の宣伝やら漫画のキャラクターなどのみにくいシールがよく貼ってある。写真の西武6000系は、最近の電車には珍しく戸袋に窓ガラスがはまった伝統的デザインなのに、肝心の窓は鉄板でふさがれて子供だましのシールが見える。こんな電車を見ると鉄道会社の社員に車両への愛があるのか疑いたくなってくる。


そのほか世の中全体の風潮とはいえ、若い車掌の案内言葉がやたら丁寧語ばかりなのも変である。ラッシュ時の電車での「そろそろドアを閉めさせていただきます」はまだ良いとしても、「発車させていただきます」などというアナウンスは過剰で気持ち悪い。昔のように「ドアをしめます」「発車します」で必要にして充分だ。そのくせ列車が遅れた際の放送などは、説明不足の上に要領が得ないものが多い。まずは”逃げ”をうつようなやたら丁寧なアナウンスをやめにして、「シルバーシートでスマホに熱中している乗客の方は、お年寄りや妊婦、体の不自由な方がいないか、今一度周囲を見回してください」と大きな声で生の車内放送でもしたらどうだろうか。

2018年11月 4日 (日)

60周年記念 入間航空祭

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昨日は航空自衛隊入間基地創設60周年記念の入間航空際に行ってきた。池袋や新宿から西武線で60分、入間基地はわが国の中枢部を守る中部航空方面隊司令部があり、日本の防空や輸送活動の拠点として重要な役割を果たしている。緑多き入間には、もともと旧陸軍の航空士官学校があり、戦後アメリカ軍の接収が終わったあと、1958年に自衛隊の基地となって今年でちょうど60年目になる。入間基地は4,200人が働く空自最大の基地だそうで、ふだんは輸送機中心に活動が展開されているが、この日は新鋭F-2や主力F15イーグル、それにお祭りの目玉、松島基地のアクロバット飛行チーム、ブルー・インパルスなどがやってきて基地内は華やかな雰囲気となる。


南からの微風が頬を撫でる秋空の下、広大な基地に入り午前中は警備犬の訓練展示、陸自空挺隊のパラシュート降下やT-4練習機の編隊飛行披露などに見とれているうち、あっという間に時間がすぎる。会場を埋め尽くした入場者は19万人との事で、中くらいの規模の都市一つがすっぽりと入ったことになる。基地内はどこも大勢の人波なのだが、その割にはみな秩序正しく整理の隊員の指示に整然としたがっているように見える。群集と言えどもミリタリー好きは何か他のイベントのそれとは少し違うような気もする。そういえば25年前ほど前に、アメリカ海軍のブルーエンジェルスのアクロバット飛行隊をシアトルでみた事があったが、その時は夏のお祭り”シーフェアー”のイベントの一つで、今回のような広大な基地の上空で、縦横に繰り広げられるブルー・インパルスのアクロバット飛行に一段と期待が高まるのであった。


昼過ぎ、大観衆の前を飛び立つ6機のT-4によるブルーインパルスは、青白に塗りわけれれたチームカラーで機体が青空に映え美しい。40分以上に亘って上空で繰り広げられたのは、6機全体の集団アクロバット飛行のほか、5機・2機・単独機などによる変化に富む各種の展示飛行で、集まった大観衆からは歓声と拍手が沸きおこる。急降下からの機体の引き起こしはコンマ数秒でも判断が遅れれば大事故になるし、2機による真正面からのすれ違いは、綿密な打ち合わせがあるにしても最後はパイロットの技量なのだろうとハラハラ・ドキドキの連続である。おりしも会場にはかつてのトムクルーズ主演の映画「トップ・ガン」の音楽が流れていたが、画面とは違う本物の迫力を堪能できた一日だった。興奮冷めやらないまま帰途する車中では、自衛隊の存在と役割をきちっと担保すべく、早く自主憲法を制定する事が大切だとあらためて思っていた。

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2018年10月31日 (水)

一切かかわるな韓国

やはり出た韓国最高裁で、日本統治時代の徴用工訴訟の賠償確定判決である。この国の事だからこういうバカな判決がでるだろうな、と思っていたが予想通りの結果であった。日本はもう韓国と「なるべく」ではなく、「一切」つき合わないくらいの覚悟が必要であろう。わが国の政界はもとより経済界の重鎮たちも、これまで日韓関係については、きれいごとを言う傾向にあったようだが、これで彼らも少しは目が覚めたことだろう。原材料の調達・加工・製品の販売、合弁など形態を問わず、いずれにしても関係を避けるべき危険な国である事が明確になった。接触を回避すれば経済的な損失も大きいだろうが、それよりも我々には大事な守るべきものがある。


私も以前よりロッテの製品はどんなことがあっても買わないし、サムソンの電気製品や通信機器にも見向きもしない。何かのイベントのシャトルバスに運悪くヒュンダイ製のバスが配車されて来たら、一台見送って国産車が来るまで待つだろう。ただ妻によると、原産地や加工地がはっきりしない韓国製品がスーパーのプライベートブランドなどとして出回っているようだ。そんな場合には包装や袋を隅々までチェックして、韓国や中国製でないことを確かめてから買うようにしていると彼女は言う。。整形手術だらけで皆おなじような顔のタレントが出てくる韓国ドラマや歌番組の、わが国スポンサー企業の製品購入も、これからは真面目に考えねばなるまい。


外航海運業界では、以前からエージェントをつかって韓国人船員を使ってきた歴史がある。船長や機関長など上級船員が韓国人で、普通のクルーがフィリピン人の場合、クルーが韓国人船長から殴られたとしばしば訴えがあったものだ。日本から韓国に中古で売った大型フェリーを、一年後に見たときは火気厳禁の車両甲板を改造し、飲食・喫煙可能なバーが作られているのを見て腰が抜けるほど驚いたこともある。個人としてつきあうと韓国人にも良い人はいるのだが、あれは演技なのだろうか。今回の徴用工訴訟を見ると、30年くらい後に韓国人海運業者からわけのわからぬイチャモンをつけられて、飛び上がる日本の海運会社が出て来るのも想像に難くない。「卑日」と「ケンチャナヨ!」の国よ、さらばである。

日本から買った韓国籍フェリー。わが国では考えられないように改造された車両甲板で行われたレセプション
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2018年10月13日 (土)

中国支配の世界などまっぴらだ

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2011年のNYトランプタワー

数年前まで勤めていた海運会社に行く用事があった。会社のカフェテリアで現役の若者達と話していたら、ここ半年で中国向けの物流がすっかり変わったと云う。これまでの約20年、アメリカから中国に大量に運ばれていた穀物の動きがまったくなくなり、困った中国は南米などから輸入しているそうだ。このこと自体は船会社にとって輸送距離が伸びるため良いことなのだが、彼らの話を聞いてトランプ政権の圧力で中国を廻る国際物流が実際に大きく変化している事を実感した。


アメリカのトランプ政権も、いよいよ本気になって、中国共産党による世界支配の企みを阻止する行動に出たことはまことに喜ばしい限りである。米国の中間選挙を前に、相変わらず米国のみならず日本のメディアもトランプ大統領のスキャンダラスな面だけを取り上げ、なんとかこの大統領をおとしめようとしているが、ひょっとするとトランプ氏は後世、歴史に残る素晴らしい大統領だったと評価されるかもしれない。


おりしもアメリカの戦略家で、日本でも有名なエドワード・ルトワック氏に対するインタビュー記事が今朝の読売新聞に掲載されていた。彼によると、米国の対中戦略はワシントンで国家として合意されたもので、たとえトランプ政権が終わっても、習政権の覇権主義が続く限り米国は「中国支配の世界を阻止」するのだと云う。5年ほどまえ「太平洋は中国とアメリカの二国が活動するのに、十分な広さがある」と習近平がオバマ大統領に言った時には悪い冗談だと笑って聞き過ごしたアメリカだったが、これが中国の本音だという事にやっと彼らも気づいたのだろう。


軍事や経済だけでなく様々な国際ルールの制定・敷衍、文化や芸術スポーツなど含め中国に支配された世界なぞ考えてみるだけでおぞましいから、米国が本気で中国の台頭を阻止しようとし始めたことに諸手を挙げて賛成である。また紙面でルトワック氏は、中国は自分に都合がよくなるように米国の選挙にも干渉していると批判しているが、それが事実だとすると、日本のメディアや「リベラル」親中派の人たちにも中国の工作が浸透していると考えた方がよさそうだ。外交強硬派の安倍政権を揺さぶろうと中国が工作を試みているなどと云うと、「そんなのは陰謀論とか謀略説の類いだ」と一笑に付す人たちこそかえって怪しい気もする。ルトワック氏のインタビュー記事を読みつつ、そんな事を考えて土曜日の朝のコーヒーをすすっていた。


2018年5月に行った際はトランプタワーも観光名所になっていて入館のセキュリティーも一段と厳しくなった。ビル内にあるトランプストアで記念のグッズをいろいろ物色した。
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2018年10月10日 (水)

10月10日と坂井義則さん

10月10日と云えば1964年に行われた東京オリンピック開会式の日だ。かつて「体育の日」はこれを記念して10月10日だったのが、いつの頃から土・日につけて三連休の一日になってしまった。今日、その10月10日の東京は、あのオリンピック開会式を思いおこさせる気持ちの良い天気であった。もっとも東京生まれ・東京育ちの私なのだが、1964年は父親の転勤で神戸にいて、10月10日はテレビを通じて東方の空の下で行われた開会式を見ていたのだった。


テレビでみた国立競技場の開会式では選手団の入場行進はもちろんだが、聖火の最終ランナー、早稲田大学競走部の坂井義則さんが国立競技場バックスタンドの急階段を駆け上り、聖火台に着火する姿がとても印象に残っている。坂井さんは原爆が投下された日に同じ広島県で生まれたという事から聖火の最終ランナーに選ばれたそうだが、なによりその階段を駆け上るフォームがとても美しかった。今で云えばインスタ映えするかのような、すくっと直立し、一歩一歩乱れる事なく国立競技場の急階段を上るその走姿は何ともりりしかった。彼が聖火最終ランナーに選ばれた理由は、その腰高の美しいフォームにもあったのではないか、と私は思っている。


それから数年後、競技会で当時は東伏見にあった早稲田大学のトラックで走る事があった。そのころ早大競走部の合宿所はグランドのすぐ近くにあり、競技会に参加する他校の選手も着替えの際に自由に合宿に出入りできたが、古びた民家の様な木造の建物の中、ふと傍らの机の上を見ると、日々の練習を記録したノートが置かれていた。「さあ自由にどうぞ見てください」とばかり無造作に置かれたごく普通のノートには、日付とともに数年前まで早稲田の主将だった坂井選手のコメントや記録などが多数記されているではないか。私は書かれた練習のメニューやタイムなどより「あの聖火最終走者の坂井選手が書いたものか」と感激して、彼のコメントの一語一句に目を凝らした事を思いだす。


その坂井義則さんも2014年に70歳で幽明界を異にしたそうである。「東洋の魔女(ニチボウ貝塚)対西洋の美女(ソ連)」「鬼に金棒、小野に鉄棒」「円谷対ヒートリーのデッドヒート」などと当時の話題を言っても、ついてくる人も少なくなったこの頃である。先日、東京六大学野球観戦で神宮外苑に行くと、来るオリンピックの主会場となる国立競技場の立て替え工事が真っ盛りなのに気がついた。その工事風景を眺めているうち、旧競技場にあったバックスタンドの急階段を、満員の観衆の視線を浴び、素晴らしいステップで駆け上った坂井義則選手の姿が、なぜかまぶたに浮かんできたのである。

建設中の(霞ヶ丘)国立競技場
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2018年9月25日 (火)

新潮45を支持する

月刊誌「新潮45」を支持したい。今回大騒ぎになったので、あちこち行ってこの本を探すのだが「あれ!そういえば売り切れですね」「何かあったんですか?」と逆に町の本屋から聞かれる始末である。この雑誌がよほど話題になって飛ぶように売れたのだろうか。かつて「WILL」や「HANADA」が刊行される前は、出張の飛行機や新幹線で読むために「正論」や「新潮45」を駅や空港で買ったものだが、最近はすっかりご無沙汰の本であった。私にはとうてい馴染めないLGBTとやらの問題で最近はにわかに脚光を浴びているとあって、新潮社応援のために久しぶりに買い求めたくなったのである。


ネットの情報によれば、自民党の杉田水脈衆院議員が「新潮45」で同性カップルを「生産性がない」などと書き、同誌の最新号で小川栄太郎氏が同性愛者と痴漢を比較して評論しているらしい。雑誌が手に入らないため問題の記事を読めず、私は自分の言葉でコメントできないのがははなはだ残念である。ただ報道から察すると彼らの表現の方法や比喩がいささか稚拙かつ乱暴で適切でない部分はあるが、本来ごく当たり前の事を水田氏や小川氏らが言っているように思う。


先天的にせよ、後からの怪我や病気が原因にせよ、身体や心に問題があって不自由な方々が充分に活動できるよう、社会が手をつくすべきことは云うまでもない。しかしLGBT(Tは微妙ではあるが)となるとやはり問題の性質が違うのではないのだろうか。それぞれの人々が感じる性的な趣向を必ずしも否定するつもりはないが、人類が永い間に作ってきた伝統や家族・教育のあり方に従えないという人たちがいるなら、(犯罪にならないかぎり)彼らは『ひっそり』と自分達の好きなように暮らせば良いだけの話しであろう。自分達の特異な生き方をただちに社会的に認知せよ、それに反論する動向や言論は『反動的で許さない』と封殺する性急かつ偏狭な考えが今回の騒動にみえて不愉快である。


性的な問題に対する区別は、国や宗教、人種によって実に様々である。かつてアメリカに住んでいた時、プールの更衣室で2歳にも満たない女児が父親と一緒に着替えをしようとした際、「幼児でも異性が一緒に更衣室にいるのは嫌だという人がいるから」と注意されて彼女だけ係員に外に出された事があった。アメリカ社会の性に関する一種ストイックな面を見たが、一方で欧州ではまた別の文化があろうし、日本ではいまでも田舎の温泉などで混浴がみられる。昔は日本にはお小姓などというものもあったし、中国も宦官制度があった。そういえばイスラムの社会ではLGBTはどう扱われるのかも興味深い。カトリック教会内のセクシャルハラスメントも大問題だし、そもそも同性愛が犯罪になる国も世界には多数あるのである。


性や性別に関する問題というものはその社会に根ざした文化に深く関わっているもので、一月刊誌に掲載されただけのLGBT記事にエキセントリックな大キャンペーンを張り、日本社会の良き習慣に反する主義主張をごり押しする人たちに大きな違和感を感じる。性の問題はきわめて慎重で漸進的であるべきだと私は信じている。その新潮出版は反対運動をかけられ、ついには「新潮45」が休刊すると言うが、これこそパヨクや進歩的文化人がいつも最も嫌う「言論の自由、表現の自由への弾圧」ではないか。御茶ノ水女子大に男子学生が入学するなどという冗談は、小遊三師匠の小噺ぐらいだけにして欲しいものだ。

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