カテゴリー「日記・コラム・つぶやき」の記事

2020年9月17日 (木)

岸 信夫・防衛大臣との苦い思い出

菅 義偉 新内閣に岸 信夫氏が防衛大臣として入閣した。懐かしい顔を久しぶりに見た気がする。岸 信夫氏が慶応義塾を出て新入社員で入ったのは、住友商事の穀物部である。私が海運会社で一般バラ積み貨物船営業の管理職だった1980年代後半から1990年代に、岸氏は住商穀物部で麦や米の輸入責任者として第一線でバリバリ活躍しており、彼とは何回か直接会って商談をしたことがある。自民党の幹事長や外務大臣を経験した安倍晋太郎氏の息子だという事は知っていたが、当時の彼はまだ30代で、切れ者だった印象はあるも尊大な素振りはまったくみせず、当初は私のような取引先にはごく温厚な好青年だったと云う印象が残っている。


さて、従前「一粒とも米は輸入しない」としていた日本も、1993年冷夏による米騒動に端を発した問題などから、1995年に米のミニマム輸入枠(ミニマム・アクセス)を設定し、カリフォルニアや豪州・タイ・中国から食料米を輸入する政策に方針を転換した。これにより農水省の行政機関だった食料庁の監督のもとに大手商社数社が輸入実務を担当することになったのだが、主食である米の本格的輸入は画期的なことであり、国内の農家や農協の圧力を前に輸入米の取り扱いはきわめてデリケートな問題でもあった。またミニマムアクセス米は予算で裏打ちされた数量と価格、さらに主食の輸入という政治的な観点から、当初は限られた商社が納入業者として認められ住友商事もその中の一社であった。


しかし自由競争の世の中ゆえ時の経過と共に次第に米輸入に参入しようとする商社も増えてくる。新規参入商社とそれに結びついた海運会社が、限られた数量のミニマムアクセス米に商機を求めて殺到するのは世の常である。当時は私も若かった。次々と新規に参入を企図する商社からの船舶引合いに応じるうち、図らずもその頃あった業界の秩序を完全に無視して業容を大幅拡大する事態になっていた。既に米輸入に従事していた大手の商社からは「暴れるな」と私に幾たびか警告が聞こえてきたし、会社の上層部からは商権を伸ばせと云われていたにも拘わらず 「 おまえは何を無茶苦茶しているのだ!」 と後ろから鉄砲も撃たれた。


それらをいっさい無視して営業活動に励むうち、既存組大手の住友商事の岸氏から、とうとう「あなたは住商にお出入り禁止」と宣言されてしまった。以後、一般貨物船を扱う我が部署は住友商事との商談が一切できなくなり、しばしば運んでいた同社の穀物輸送もなくなったが、当時は「まあ他にも商社はいくらでもあるさ」とさして気にも留めなかった。そのうちこちらが関連会社へ出向した後は、会社は住商とも仲直りをしたようでまずは一安心であったが、彼の顔がテレビに出る度に「お出禁」事件をどうしても思い出してしまう。人づてに聞くと、岸氏は「あいつ(私のこと)は見たくもない」と当時言っていたそうである。いまや閣僚となった向こうはまったく覚えていないだろうが、私にしてみれば半沢直樹の十分の一くらいの血気で突っ走り、のちの大臣にあれほど嫌われたあの時代が妙に懐かしい。時も過ぎ今やノーサイド、がんばれ岸 新大臣!

2020年9月 4日 (金)

白井聡のツイッター

内田樹などとともに本屋の店頭にあるサヨク本で良く名前を見る白井聡がやらかした。松任谷由実がラジオ番組で、安倍晋三首相の辞意表明会見を見て「テレビでちょうど見ていて泣いちゃった。切なくて」とコメントしたのに対して、「荒井由実のまま夭折すべきだったね。本当に、醜態をさらすより、早く死んだほうがいいと思いますよ。ご本人の名誉のために」とツイッターで発言して炎上したという。彼はあちこちからの批判にさすがに抗しきれなくなってツイッターを削除し、反省のコメントを出したそうだが、共産党推薦のサヨクの論客と呼ばれる人物でもこの程度の「知性」だったかと笑えてならない。彼らサヨクは日ごろヘイトスピーチと云われるものに敏感だが、本当にそうであるならば自分も人に対して「死んだほうが良い」などと過激なことは言わないだろう。それを平気でやるのは、主義主張の異なる人には厳しいが、自分がいうことは過激でも良いと彼は思っているはずだ。

 

なぜリベラルと云われる人たちやサヨクが嫌われるのかと云えば、彼らが日ごろ発する「言葉」が結局ブーメランとなって自分に返ってくるという事実に無自覚だからと思われる。今回も首相退任に際して、大事な時に体を壊す癖がある人を総理に担ぎ続けてきた自民党の責任は問われるべきとした立憲民主党の石垣議員のツイッターが物議をかもした。出自や病気など自らコントロールできないことを理由として責めるのは不適切だという、日ごろリベラルが声高に主張するのと反対の発言に我々は驚かされたわけである。そういえばかつて「非武装・中立」のスローガンを掲げていた社会党の村山党首が、自民党と連合政権を組んで首相に任命されるや、日米安保や自衛隊を認め、結局のところ党の存在意義がなくなって社会党が消滅したことを思い出した。社会党はただ反政府の「言葉」として「非武装・中立」を唱えていただけで、責任ある立場になり現実と向かいあうや、自分が唱えていた「言葉」は実現する気がないことが露骨に分かり国民は白けてしまったのである。

 

「人がすれば不倫疑惑、自分がすればラブロマンス」ではないが、野党やリベラル・サヨクなど政府・与党をするどく批難する人こそ、自分の言動にはより注意深くならねばならないはずだ。ところが日ごろサヨクやリベラルが発する「言葉」は口先だけのもので、本音は自ら実践や体現する気もないただの空理・空論に過ぎなかったいうのが白井発言や石垣発言からうかがえる。米・中の本格的対立で世界のパラダイムが変わろうとしているなか、日本を取り巻く環境は大きく変わろうとしている。安全保障はアメリカに委ねながら経済は中国と密接のままで良いのか。世界の警察をやめようとする米国にこのまま安全保障を委ねてよいのか。憲法改正に向けて動き出すべき時と私は思うが、口先だけの「言葉」を弄する野党やサヨク、リベラル相手に時間を浪費していてよいのか。健全な民主主義のために、野党やリベラルがもう少し大人になるように期待したい。

 

2020年9月 1日 (火)

武漢ウイルス騒ぎはそろそろやめにしませんか

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前立腺の全摘手術から早くも3週間以上が経った。帰宅してから友人たちにメールをすると「実は俺も手術したんだ」という返事が結構あった。どうも我々の年代では少なくとも2割以上の男性が、前立腺に問題があって手術をしたり検査を経験しているみたいだ。私の場合はロボットのダビンチによる手術で、以前より入院期間もかなり短くなったようだが、それでも入院とは何とも退屈なものであることを実感した。ことに今は武漢ウイルスの院内感染を防ぐために、家族でも入退院と手術日以外は入院患者への面会謝絶とあって、時間のたつのがより遅くて困った。たぶん日本中の病院で入院患者への面会禁止が行われていると思われるが、武漢ウイルスは世の中あらゆる場面で迷惑をまき散らしているのだ。武漢で新しい感染症が発生したという情報を隠蔽し、世界中にウイルスをばらまいた中国の態度には怒りを覚えるのみである。


とは云うものの、もうこの騒動もこの辺りで終わりにしないか、というのが今の率直な思いである。日本では武漢ウイルスによる重症者や死者が欧米諸国より極めて少ない中、何度もこのブログで書いているように、経済を大きく疲弊させてまでこの大騒ぎを続ける意味があるのだろうか。そう念じていたら、やっとここにきて一部の雑誌でも、私の思いと同じ論調が散見されるようになってきた。我が愛読誌の一つである月刊「HANADA」10月号は、国民全員PCR検査やれと一つ覚えの放送を連日繰り返していたモーニングショーの玉川徹らを「まだ懲りないバカのクラスター」と名指しし、彼らが「恐怖を煽るデマ、自粛警察を生む倫理操作」を拡散していると断じている。週刊新潮も8月に入ってから「怖いのはウイルスよりも集団ヒステリー」「ゼロリスクと叫ぶ偽善者たち」とワイドショーほか、ウイルスに過剰反応するポピュリストの知事たちを非難する記事を連載し始めた。昨日は新聞を広げると週刊ポストの広告に「岡田晴恵、玉川徹は恐怖の伝道師、モーニングショーは自粛警察の総本部」とある。高齢者や基礎疾患がある者以外は大した感染症でないことがわかってきた武漢ウイルスを必要以上に騒ぎたて、引き続きウイルスをネタに『商売』をしようとする「バカのクラスター」がまだ国内に多く巣くっているのである。


私もマンションのエレベーターには「マスクを着用してください」とあるのでエチケットとしその中ではするし、通勤電車や地下鉄の駅、それに狭い店などではマスクを着用してきた。外出後の手洗いやうがいも、この春からはきちんとするようになった。それでも「ジョギングにマスクがいるのか(5月3日)」でアップしたようにジョギング中や広い道・公園を歩くときにはマスクはしない。黙って近くを通り過ぎただけで感染はしないだろうし、何より暑いさなかに鬱陶しいものが顔についているだけで不愉快である。ということで昨日は退院後久々にジョギングを再開しようと皇居前の広い道でゆっくり走り足慣らしをしていると、向こうから歩いて来たマスクの男性にジロっと睨まれ、いきなり「チッ」と舌打ちされた。状況からしてこちらに何も思い当たる節がないから、その男性はマスクなしで1米くらい脇を走る私を見て、俺のそばで息を吐くな、とでも言いたかったのだろう。そう云えば先日、地下鉄でマスクをつけて普通に会話をしている二人連れ男性に「車内で会話をしないでください」とヒステリックに叫んでいたおばさんもいた。どこにでもワイドショーに感化されたような神経症的な自粛警察がいるものだ、と改めてバカのクラスターたちの罪に腹がたった。武漢ウイルスの大騒ぎはそろそろやめて、経済活動に飲食・旅行、スポーツや文化活動をふつうにやりませんか。

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2020年7月26日 (日)

長引く梅雨の思い出

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日本の上空から梅雨前線が一向に去らず各地で大雨や梅雨空が続いている。梅雨の終了時期と云うと、思い出すのは高校や大学時代の夏合宿のことである。その頃は7月10日~20日頃に夏休みに入るとすぐに夏合宿があって、合宿までに梅雨が明けないと、今のような全天候型トラックと違い、当時の土のグランドは雨でぬかるむため練習内容も軽くなった。なので夏休みに入る頃は、梅雨がなるべく長引き、明けないことを願ったものだが、残念ながら合宿入りの前にだいたい梅雨は終わってしまいがっかりしていた。今年の梅雨空を見ていると、そのような思い出が蘇ってくるのだが、こんなにぐずぐずと雨が続くのはいつ以来なのだろうかと関東・甲信地方の気象庁の梅雨明け記録を調べてみた。


気象庁の記録によると1998年と2003年には8月2日頃に梅雨が明けたと発表されているが、歴代で目立つのは1993年の夏で、この年は梅雨明け宣言がないことがわかった。当時の記録によると、1993年は一旦梅雨明け宣言が出されたものの、その後も梅雨前線が日本上空に停滞し、出されていた梅雨明け宣言が取り消されており、その結果日照不足と長雨の冷夏が続いている。この異常気象で日本中でコメの作柄が悪化し、収穫不足から「平成の米騒動」がおこった年である。当時の日本国内の米の需要が年間約1000万トンに対して収穫は800万トンを切ったそうで、「コメは一粒たりとも輸入させない」と永年に亘って政府が農家に大ミエを切っていた中で米不足が起こったのである。


コメの収穫が著しく悪いことが分かったその年の秋から、すったもんだの末に打ち出された政策が、米作りをするアメリカ・オーストラリア・中国・タイから不足分を「緊急輸入米」として買い入れる事であった。とは云っても、それまで沖縄の泡盛用にごく少量のタイ米しか輸入していなかった我が国には、コメ買い付けや輸送のノウハウがなく、食糧庁(当時)や輸入商社、船会社が集まっては、産地ごとに食用米をどのように安全に運ぶか東京で何度も会議が開かれていた。当時私は、シアトルに一人でのんびりと駐在していたのだが、急遽コメ積み開始という事で、93年秋から1000キロも離れた加州米の積みだし港カリフォルニア州ストックトンに毎週のように出張し、多くの関係者と打ち合わせをすることになった。我が社はこの年、ストックトンから各船1万トンの袋詰め加州米を数航海輸送することとになったが、大事なコメを一粒たりとも事故なく日本に運ぶために万全を期しての船積準備であった。今年の長引く梅雨空で、学生時代の夏合宿や、冷夏で加州米を緊急船積した駐在時代の事を懐かしく思い出した。

 

2020年7月13日 (月)

Brooks Brothers が Chapter 11を申請

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Brooks Brothers Card

アメリカンクラシック服飾の代表的メーカーで、永い歴史を誇るBrooks Brothers米本社がChapter 11(破産法)の申請をして倒産したというニュースが流れてきた。なんでも服装のカジュアル化と武漢ウイルスによる売り上げ減が不振の原因だったらしい。そうなるとわが国のBrooks Brothers Japanがどうなるか心配となって、日本のホームページをのぞくと日本法人は「ブルックス ブラザーズ グループ インクと株式会社ダイドーリミテッド社との合弁会社であり、単独の法人として運営されておりますため、直接的な影響を受けることはございません」とある。しかし同ページには「商品展開についても、当面の間は従来通りのラインナップでお客様へご提供が可能であると見込んでおります」と、「当面の間」という微妙な表現をしており、時間の経過とともに何らかの影響を受けることになるのかもしれない。永年、ブルックスの背広や服飾品を愛用してきたファンとしては、ちょっと気になるニュースである。


振り返ると1960年代後半の青春時代、徐々に色気づくに従い、学ラン以外に何を着たら良いのかという戸惑いからIVYルックに興味を持ったのがアメリカンクラシックとの出会いである。アイビーと云えば米国東部の名門大学8校でなる IVY LEAGUEの学生が好んで着た服装で、それまで日本にはなかったボタンダウンシャツやコインローファー、細身のチノパンを着用するというスタイルである。当時の日本人の若者にとって先進アメリカからやってきたIVYルックは、知的で光り輝くスタイルに見えたし、上から下まで身に着けるものに「定番」「お約束」があり、その公式通りにしていればどこを歩いてもサマになるので、若者には便利なものでもあった。もっともボタンダウンシャツなどは、日本では石津謙介のVAN JACKETや銀座の帝人メンズショップなど、ごく限られた場所でしか手に入らず、私も当時はやった服飾雑誌”MENS'S CLUB”を読んでは、小使いを貯めたり親にねだったりしてやっと揃えたものだ。


1979年にIVYルックの大人版、アメリカンクラシックのBrooks Brothersが日本に進出してきたが、最初にオープンした青山店のラインナップはたしかに「良いもの」なれど値段は高め。その頃はペーペーサラリーマンだったから、ボーナスが出るか何か特別なお祝いがある時だけに思い切って購入できるアイテムだった。もちろんBrooksで買ったスーツのジャケットはナチュラル・ショルダー、前ダーツなしの寸胴、やや細身のラペルに3ボタン段帰り、センターフック・ベントに裾・襟の外から5ミリほどにスティッチ、パンツはストレートのパイプステム、ノータックでストレートポケット、裾はダブルと「教科書通り」のスタイルである。当時は銀行員などは職場でボタンダウンシャツが許されない時代である。まだアメリカンクラシックのスーツを着ているサラリーマンはごく少なく、街で同類と出会うとお互い相手のスタイルを上から靴までじろっと値踏みしたのが懐かしい。アメリカに駐在していた時も現地のBrooks BrothersでSサイズのスーツを買ったが、アメリカンクラシックの寸胴スタイルは、私のように足が短くても何とかサマになると一人で悦に入っていたものだ。今回のニュースを聞いてワードローブをあらためると、今も主流はBrooksである。どうか日本では事業を継続して欲しいと望んでいる。

今もクローゼットにはコートやスーツ、パンツなどBrooks 製品が多数
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2020年6月27日 (土)

ゼロリスク神話を求める人たち

今日は3カ月に一度の歯医者の定期健診に行ってきた。顔なじみの先生に「武漢ウイルス騒動で大変でしたね」と言うと、「そうなんです、入口で検温することになって『コロナ対策のため検温お願いします』と言った途端、いきなりきびすを返して帰っちゃた方もいましてね。その患者さんは2か月ほど外出も控えていたそうで、よほどウイルスに神経質になっていたみたいですね」と先生は苦笑いをしていた。そう云えば「久しぶりに飲もうか」とラインで聞いたら、「3月からは数回クルマで外出しただけで今はまだ電車での外出はダメ」と返事を送ってきた知人もいた。いやはや、リスクゼロを求め日常生活に戻らない人が周囲にまだいる事に驚くばかりである。災難は忘れた頃にやって来るではないが、武漢ウイルスに100%の神経を注いでも、明日は豪雨か雷が我々を襲うかもしれないし、地震がおき火山が噴火するかもしれない。事故や病気も含めていつ災難が襲ってくるのか人生はわからない。そういう不条理の世界に我々は生きているのに、ウイルスなど何か特別に自分の気になる事だけを取り上げ、そればかりに各段の注意を払う人々の行動は神経症的とも思える。「絶対の安全」や「絶対の安心」などは世界のどこにも存在しない。


リスク・ゼロに関していえば、月間"HANADA"最新8月号の巻頭にジャーナリスト有本香氏が「イージス・アショア」の突然の配備計画停止についてこんな文章を載せていた。発射されたミサイルの部品が安全確実な場所に落下するのが難しいので、配備計画を停止するという防衛相の発言に「核弾頭が搭載され、一発で何十万もの日本国民を殺傷させるミサイルが飛んで来るかもしれない非常時に、それを撃ち落とす部品の落ちどころが心配だから配備しない?」「(小池都知事の馬鹿げたパフォーマンスだった)豊洲の地下六メートルの地下水じゃあるまいし、ゼロリスクを求めるあまり、巨大なリスクや損失を防げないということか。こんなバカな話がまかり通るのは、世界広しと言えども日本だけに違いない」として、彼女は「ゼロリスク詭道」(人をあざむくようなやり方、正しくない手段・広辞苑)に警告を鳴らしている。


原発反対運動でもそうだが、有本氏が指摘する如くいま日本で蔓延するゼロリスク神話を見ると本当に日本はこれで良いのかと心配になる。都知事選でも都内上空を通過する羽田空港の新進入方式に反対するサヨク候補がいる。事故や航空機からの落下物の危険を訴えているようだが空の利便性が新ルートで大きく拡大することに比べれば、ごくごくまれにしかおきない事故の可能性のみを取り上げるのもゼロリスク病で神経症的な態度といえる。リスクゼロ病と似た現象で、自然をごく少しでも毀損しかねないプロジェクトは推進してはならないという風潮も気になる。今日の読売新聞朝刊には、静岡県知事が大井川水系に影響を与えるかもしぬ、という理由で2027年に開業予定のリニア新幹線の工事着工を認めないとある。今では地下の導水路導入などで水量の調整などはかなりコントロールできる時代である。新幹線の工事とともに水利の調査も進めればよいと思うが、完全に影響がないと分かるまでは何も手を付けさせないというのも小児病的態度と云えよう。ことほどさようにリスクゼロを求めて多くの施策の実行が困難になるという状況なら、日本は「遅れた20年」にとどまらず、この先進歩を忘れ世界に取り残される時代になるのではと大いに危惧する。

2020年5月30日 (土)

ブルーインパルスの都心飛行

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春の終わりから梅雨に入るまでの気持ちの良い季節になった。アメリカではこんな日をゴージャス・デイと言っていた。昨日の昼は都心に広がるゴージャスな青空を背に、航空自衛隊の飛行隊「ブルーインパルス」が上空で華麗な編隊飛行を披露してくれた。これは武漢ウイルスの治療にあたる医療従事者に感謝と敬意を表するための企画で、入間基地をスタートに都立駒込病院(文京区)、都立墨東病院(墨田区)、荏原病院(大田区)、自衛隊中央病院(世田谷区)、国立国際医療センター(新宿区)の上空などを高度800~1400米で2周する飛行である。


テレワークの日々のなか、昨日はたまたま週に一度の出社日で、昼は浜松町のオフィスにいた。まだまだ人の少ない町とはいえ、昼食をすませ東京タワーにほど近い芝公園に向かうと、すでに多くの人が空をにらんでカメラの準備をしている。ここはちょうど飛行コースの真下にあたるので、サラリーマンや家族連れに混じってテレビ局のカメラも見える。皆が青空を見上げつついまや遅しと待ち構えるなか、午後1時前に北の空から6機のジェット機が白煙を吐きながら上空をぐんぐん近づいてきた。編隊の傍らを飛ぶ1機は煙も出さずに随行しているが、これはフライトの模様を撮影でもする役目なのだろうか。


 真上を通過するブルーインパルスの編隊は、あっという間に南の空に消えてしまうも、お楽しみはもう一度ということで10分ほど、2周めは先ほどとは違う陣形で6つの飛行機雲が青い空を引き裂いて飛行していった。ブルー・インパルスといえば2年前の入間航空祭で見た曲芸飛行に感心したのだが、こうした都心の上空での編隊飛行も感動的である。感染症の総本山のような中国で発生したウイルスによって、東京はじめ首都圏では医療に当たる病院関係者は不眠不休の勤務を余儀なくされている。医療従事者に心ない言葉を投げかけたり、その家族にいじめをするチンピラもいるそうだが、そういう民度のきわめて低い人を吹き飛ばすような高い空からの応援飛行を見て清々しく職場に戻った。ありがとうブルーインパルス。ありがとう自衛隊。

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妻の撮影した動画

2020年5月20日 (水)

がんばれ外食産業

テレワークで毎日家にいて、外出自粛する生活にそろそろ飽きてきた。家にいてもテレビの下らないバラエティはもとより、”いわゆる”識者が出てきては見当違い、批判の為の批判を繰り広げるワイドショーなどはまったく見る気がしない。またインターネットのニュースとくれば、そのほとんどがワイドショーの焼き直しか、政府に対するお気楽な批難で、クリックするに足る記事はごく少ないのが実情である。こういう時期にはやはり内容が練られている紙の新聞の論評や解説の方がまだましだ、と改めて新聞の効用を知る。テレワークをしながら聞くモーツアルトのCDもさすがに毎日同じ様な曲を聴いているので飽きてきたし、YOUTUBEの「お気に入り」に入れた音楽も何か違うものがないか探す日々である。


いつか読みなおそうと思って積んでおいた書籍は2度目を読了したのが大半だ。ということで開いている本屋に新しい本を探しに行ったりするが、そうそう毎日高い本を買ってばかりいられず、一日も早い図書館の再開が待たれるところである。そういえばここ数か月コンサートやスポーツ観戦の機会がなかったが、これらが生活にいかに彩りを添えていたかとしみじみ感じる。その他これまで学校の同窓会や会社のOB会も、本当の老人になってもっと閑になったら出ようかなどと思っていたが、何事もなく旧友と会えるという事は、当たり前と思っていた日常があらばこそということに思い至り、柄にもなく人恋しくなって次からはなるべく出てみようなどと考える。武漢ウイルスも色々なことを、我々に気づかさせてくれるものだ。


第三の人生の仕事で嘱託のようなお手伝いとは云え、幸い私の仕事は当面ウイルスによる直接的な影響はない。今できることは、このさなかに必死で営業を継続するサービス業の人たちを、可能な限り応援することだろう。ということで週に数回、これまで余り立ち寄らなかった近所のレストランや寿司屋でも外食をする機会が多くなった。自粛の要請下で店でアルコールが注文できるのは7時まで、店じまいは夜8時なのだが、5時過ぎに自宅でテレワークを終え妻と二人で向かうには何ら支障はない。店はどこも空いているから予約も要らず、ふらっと立ち寄るとサービスは快適で注文した品もすぐに出てきて気持ちが良い。妻の機嫌もすこぶるよいようだ。しばらく前はいつも満員だった串カツ田中も、今はすぐに座れ注文したものがただちに揚げられて出てくる。


お弁当の販売で生き残りを図るレストランも増えたので、テイクアウトを楽しむこともある。という事でこの一週間に買ったお店自慢の品である。写真一番上はチキン屋から買ったロティサリーチキン。目の前のガラス張りの専用オーブンでぐるぐるローストされるスパイシーなチキンの香りを嗅ぐとつい買わずにいられなくなる。次はフランスビストロのパテ・ド・カンパーニュ。豚や鶏肉、レバーなどを型に入れて焼いた、フランス伝統の家庭料理のひとつだそうだ。下は和牛の熟成肉ハンバーガーである。90年代前半日本にはチェーン店の安っぽいハンバーガーしかなかった時代に、アメリカのグルメバーガーがないかと思っていたが、今や街角あちこちにあって嬉しい。さて、みなそろそろ意識的に出来るところから消費生活を再開し、経済のダメージを最小にしようではないか。

バリスパのロティサリーチキン
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ラビチュードのパテ・ド・カンパーニュ
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ル・パヴェの牛肉しぐれ煮と熟成肉バーガー
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2020年5月12日 (火)

そろそろ武漢ウイルスも収束か

私の知人がこれまで接待などで時々使っていた小さな料理屋に「お見舞い金」を送金していた。武漢ウイルス騒動の外出や宴会の自粛で、ほとんどの飲食店が本当に困っているところだ。こちらが「顧客」なのだから、あえてそんなことをする必要もないと思うのだが、社会は持ちつ持たれつでもある。頼まれたわけでもないのに、日頃料理を提供してくれる相手が困った時に、お見舞いをする彼の姿を見てこちらまで少し嬉しい気分になった。お見舞いではないが、私も政府から10万円の給付金をもらったら、近所の飲食店でうんと飲み食いしようと思っている。

 

さて当初は収入が大幅に減った人に30万円を配るとされた政府の案も、手続きの煩雑さから撤回され、国民一人当たり10万円の給付となった。マイナンバーカードがもっと普及していれば直ちに思い切った施策がとれていたであろうが、国民一人一人を「監視するもの」とメディアや人権派の反対でこれまで導入のタイムスケジュールも遠慮しがちであった。真面目に納税している我々の側からすれば、資産や金の流れに関して不正が起きないように「監視」される事にいささかたりとも不安がないから、これを機に早くマイナンバー制度の有効な活用を望みたいものだ。

 

この点でいえば武漢ウイルスを完全に制圧したと自賛している韓国のマイナンバーがすごい。韓国ではマイナンバーに写真・指紋・出生地やパスポート番号はもとより戸籍・住民票・年金番号、納税、出入国記録、クレジットカードの活用状況、加えて医療保険や健康・服薬の記録、さらには運転免許証のほか、なんと学校の卒業記録までが記録されているそうである。今回はマイナンバーに紐ついている携帯電話の位置情報で、感染者がいつどこにいたのかを当局が把握でき、これをべースに強権的な防御策を講じたことでウイルスの制圧が早かったとされている。しかしいくら感染対策に有効であろうと、こんな監視社会はごめんこうむりたい。各国の状況を知るにつけ、モデラートな方法で収束方向に向かっているわが国の対策がやはり良かったのではないかと感じる日々である。

2020年5月 6日 (水)

2020年ゴールデンウイーク

この連休に町で目立つのは、食事デリバリーのUber Eats(ウーバーイーツ)と小学生くらいの子供を連れたママさんジョガーだ。ママさんジョガーは最近流行のランナーズウエアではなく、どちらかというと学校の体育着を引っ張りだして着ているような人が多い。多分自粛疲れで外出もままならず運動不足気味、屋内のアスレティックジムなども閉鎖しているので、少し走ってみようかしらと昔のトレーニングウエア系を着用して走り始めたのだろう。ふだん走りなれていないものだから一人で町を走るのは気恥ずかしく、子供をダシにまずは走り出したようなことか。季節も良いし連休で一段と町行くクルマも少ないから、子供と一緒にどんどん走って身も心も軽やかになって欲しいと走っている彼女らを心の中で応援する。


新聞を読むと全国ほとんど主要都市の駅で、昨年の同じ時期より混雑が60~80%減っていると云う。強権的なロックダウンなど行わなくとも、自主的に自粛する日本人の民度が実証されているようだ。ただ残念なのはエゴ丸出しで、都会の人間を汚染まみれかのようにみなす一部の地域があったことだ。なかでも酷いのは岡山県で、県内の高速道路の出口を封鎖しサービスエリアで検温を実施するなどを企図した上、知事が警察官や県職員のドライバーへの声がけに「声をかけられた人が『まずいところに来てしまった』と後悔してもらうようになれば良い」と話したそうだ。この発言も前後の流れや全文が判らないものの、もし伝えられた通りなら、騒動が収束した後も岡山県に行くのはやめようと思ってしまう。地域、団体、個人問わずこういう時の発信で、普段の表向きリップサービスとは違う排他的な本音が透けて見えるような気がする。


個人的には「どこかへ出かけねばならない」という強迫観念的な思いも湧かず、今年の連休はゆっくり過ごすことができた。以前読んだ本のうち印象深いものはいつかまた読みなおそうと積んであったが、その内の数冊もじっくり読むことができた。小説は2度読むと前回分からなかった物語の伏線がところどころ散りばめてあることに気が付き、なるほどとあらためて納得する点もある。時事問題に関する新書も2度読むと、書き手は何を論旨展開の中心に置きたかったがより明確に理解できる。その他、時間があるので変わらず毎日10キロほど走っているが、社会的マナーを守ってマスクをつけようか、いや走るのにはマスクは不要で過剰なマナーだと外そうか都度逡巡し、一応持って出たマスクを周囲の状況によってつけたり外したりしながら走っている。いずれにしても今年のゴールデンウイ―クは忘れられないものになるだろう。

 

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