カテゴリー「日記・コラム・つぶやき」の記事

2020年6月27日 (土)

ゼロリスク神話を求める人たち

今日は3カ月に一度の歯医者の定期健診に行ってきた。顔なじみの先生に「武漢ウイルス騒動で大変でしたね」と言うと、「そうなんです、入口で検温することになって『コロナ対策のため検温お願いします』と言った途端、いきなりきびすを返して帰っちゃた方もいましてね。その患者さんは2か月ほど外出も控えていたそうで、よほどウイルスに神経質になっていたみたいですね」と先生は苦笑いをしていた。そう云えば「久しぶりに飲もうか」とラインで聞いたら、「3月からは数回クルマで外出しただけで今はまだ電車での外出はダメ」と返事を送ってきた知人もいた。いやはや、リスクゼロを求め日常生活に戻らない人が周囲にまだいる事に驚くばかりである。災難は忘れた頃にやって来るではないが、武漢ウイルスに100%の神経を注いでも、明日は豪雨か雷が我々を襲うかもしれないし、地震がおき火山が噴火するかもしれない。事故や病気も含めていつ災難が襲ってくるのか人生はわからない。そういう不条理の世界に我々は生きているのに、ウイルスなど何か特別に自分の気になる事だけを取り上げ、そればかりに各段の注意を払う人々の行動は神経症的とも思える。「絶対の安全」や「絶対の安心」などは世界のどこにも存在しない。


リスク・ゼロに関していえば、月間"HANADA"最新8月号の巻頭にジャーナリスト有本香氏が「イージス・アショア」の突然の配備計画停止についてこんな文章を載せていた。発射されたミサイルの部品が安全確実な場所に落下するのが難しいので、配備計画を停止するという防衛相の発言に「核弾頭が搭載され、一発で何十万もの日本国民を殺傷させるミサイルが飛んで来るかもしれない非常時に、それを撃ち落とす部品の落ちどころが心配だから配備しない?」「(小池都知事の馬鹿げたパフォーマンスだった)豊洲の地下六メートルの地下水じゃあるまいし、ゼロリスクを求めるあまり、巨大なリスクや損失を防げないということか。こんなバカな話がまかり通るのは、世界広しと言えども日本だけに違いない」として、彼女は「ゼロリスク詭道」(人をあざむくようなやり方、正しくない手段・広辞苑)に警告を鳴らしている。


原発反対運動でもそうだが、有本氏が指摘する如くいま日本で蔓延するゼロリスク神話を見ると本当に日本はこれで良いのかと心配になる。都知事選でも都内上空を通過する羽田空港の新進入方式に反対するサヨク候補がいる。事故や航空機からの落下物の危険を訴えているようだが空の利便性が新ルートで大きく拡大することに比べれば、ごくごくまれにしかおきない事故の可能性のみを取り上げるのもゼロリスク病で神経症的な態度といえる。リスクゼロ病と似た現象で、自然をごく少しでも毀損しかねないプロジェクトは推進してはならないという風潮も気になる。今日の読売新聞朝刊には、静岡県知事が大井川水系に影響を与えるかもしぬ、という理由で2027年に開業予定のリニア新幹線の工事着工を認めないとある。今では地下の導水路導入などで水量の調整などはかなりコントロールできる時代である。新幹線の工事とともに水利の調査も進めればよいと思うが、完全に影響がないと分かるまでは何も手を付けさせないというのも小児病的態度と云えよう。ことほどさようにリスクゼロを求めて多くの施策の実行が困難になるという状況なら、日本は「遅れた20年」にとどまらず、この先進歩を忘れ世界に取り残される時代になるのではと大いに危惧する。

2020年5月30日 (土)

ブルーインパルスの都心飛行

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春の終わりから梅雨に入るまでの気持ちの良い季節になった。アメリカではこんな日をゴージャス・デイと言っていた。昨日の昼は都心に広がるゴージャスな青空を背に、航空自衛隊の飛行隊「ブルーインパルス」が上空で華麗な編隊飛行を披露してくれた。これは武漢ウイルスの治療にあたる医療従事者に感謝と敬意を表するための企画で、入間基地をスタートに都立駒込病院(文京区)、都立墨東病院(墨田区)、荏原病院(大田区)、自衛隊中央病院(世田谷区)、国立国際医療センター(新宿区)の上空などを高度800~1400米で2周する飛行である。


テレワークの日々のなか、昨日はたまたま週に一度の出社日で、昼は浜松町のオフィスにいた。まだまだ人の少ない町とはいえ、昼食をすませ東京タワーにほど近い芝公園に向かうと、すでに多くの人が空をにらんでカメラの準備をしている。ここはちょうど飛行コースの真下にあたるので、サラリーマンや家族連れに混じってテレビ局のカメラも見える。皆が青空を見上げつついまや遅しと待ち構えるなか、午後1時前に北の空から6機のジェット機が白煙を吐きながら上空をぐんぐん近づいてきた。編隊の傍らを飛ぶ1機は煙も出さずに随行しているが、これはフライトの模様を撮影でもする役目なのだろうか。


 真上を通過するブルーインパルスの編隊は、あっという間に南の空に消えてしまうも、お楽しみはもう一度ということで10分ほど、2周めは先ほどとは違う陣形で6つの飛行機雲が青い空を引き裂いて飛行していった。ブルー・インパルスといえば2年前の入間航空祭で見た曲芸飛行に感心したのだが、こうした都心の上空での編隊飛行も感動的である。感染症の総本山のような中国で発生したウイルスによって、東京はじめ首都圏では医療に当たる病院関係者は不眠不休の勤務を余儀なくされている。医療従事者に心ない言葉を投げかけたり、その家族にいじめをするチンピラもいるそうだが、そういう民度のきわめて低い人を吹き飛ばすような高い空からの応援飛行を見て清々しく職場に戻った。ありがとうブルーインパルス。ありがとう自衛隊。

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妻の撮影した動画

2020年5月20日 (水)

がんばれ外食産業

テレワークで毎日家にいて、外出自粛する生活にそろそろ飽きてきた。家にいてもテレビの下らないバラエティはもとより、”いわゆる”識者が出てきては見当違い、批判の為の批判を繰り広げるワイドショーなどはまったく見る気がしない。またインターネットのニュースとくれば、そのほとんどがワイドショーの焼き直しか、政府に対するお気楽な批難で、クリックするに足る記事はごく少ないのが実情である。こういう時期にはやはり内容が練られている紙の新聞の論評や解説の方がまだましだ、と改めて新聞の効用を知る。テレワークをしながら聞くモーツアルトのCDもさすがに毎日同じ様な曲を聴いているので飽きてきたし、YOUTUBEの「お気に入り」に入れた音楽も何か違うものがないか探す日々である。


いつか読みなおそうと思って積んでおいた書籍は2度目を読了したのが大半だ。ということで開いている本屋に新しい本を探しに行ったりするが、そうそう毎日高い本を買ってばかりいられず、一日も早い図書館の再開が待たれるところである。そういえばここ数か月コンサートやスポーツ観戦の機会がなかったが、これらが生活にいかに彩りを添えていたかとしみじみ感じる。その他これまで学校の同窓会や会社のOB会も、本当の老人になってもっと閑になったら出ようかなどと思っていたが、何事もなく旧友と会えるという事は、当たり前と思っていた日常があらばこそということに思い至り、柄にもなく人恋しくなって次からはなるべく出てみようなどと考える。武漢ウイルスも色々なことを、我々に気づかさせてくれるものだ。


第三の人生の仕事で嘱託のようなお手伝いとは云え、幸い私の仕事は当面ウイルスによる直接的な影響はない。今できることは、このさなかに必死で営業を継続するサービス業の人たちを、可能な限り応援することだろう。ということで週に数回、これまで余り立ち寄らなかった近所のレストランや寿司屋でも外食をする機会が多くなった。自粛の要請下で店でアルコールが注文できるのは7時まで、店じまいは夜8時なのだが、5時過ぎに自宅でテレワークを終え妻と二人で向かうには何ら支障はない。店はどこも空いているから予約も要らず、ふらっと立ち寄るとサービスは快適で注文した品もすぐに出てきて気持ちが良い。妻の機嫌もすこぶるよいようだ。しばらく前はいつも満員だった串カツ田中も、今はすぐに座れ注文したものがただちに揚げられて出てくる。


お弁当の販売で生き残りを図るレストランも増えたので、テイクアウトを楽しむこともある。という事でこの一週間に買ったお店自慢の品である。写真一番上はチキン屋から買ったロティサリーチキン。目の前のガラス張りの専用オーブンでぐるぐるローストされるスパイシーなチキンの香りを嗅ぐとつい買わずにいられなくなる。次はフランスビストロのパテ・ド・カンパーニュ。豚や鶏肉、レバーなどを型に入れて焼いた、フランス伝統の家庭料理のひとつだそうだ。下は和牛の熟成肉ハンバーガーである。90年代前半日本にはチェーン店の安っぽいハンバーガーしかなかった時代に、アメリカのグルメバーガーがないかと思っていたが、今や街角あちこちにあって嬉しい。さて、みなそろそろ意識的に出来るところから消費生活を再開し、経済のダメージを最小にしようではないか。

バリスパのロティサリーチキン
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ラビチュードのパテ・ド・カンパーニュ
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ル・パヴェの牛肉しぐれ煮と熟成肉バーガー
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2020年5月12日 (火)

そろそろ武漢ウイルスも収束か

私の知人がこれまで接待などで時々使っていた小さな料理屋に「お見舞い金」を送金していた。武漢ウイルス騒動の外出や宴会の自粛で、ほとんどの飲食店が本当に困っているところだ。こちらが「顧客」なのだから、あえてそんなことをする必要もないと思うのだが、社会は持ちつ持たれつでもある。頼まれたわけでもないのに、日頃料理を提供してくれる相手が困った時に、お見舞いをする彼の姿を見てこちらまで少し嬉しい気分になった。お見舞いではないが、私も政府から10万円の給付金をもらったら、近所の飲食店でうんと飲み食いしようと思っている。

 

さて当初は収入が大幅に減った人に30万円を配るとされた政府の案も、手続きの煩雑さから撤回され、国民一人当たり10万円の給付となった。マイナンバーカードがもっと普及していれば直ちに思い切った施策がとれていたであろうが、国民一人一人を「監視するもの」とメディアや人権派の反対でこれまで導入のタイムスケジュールも遠慮しがちであった。真面目に納税している我々の側からすれば、資産や金の流れに関して不正が起きないように「監視」される事にいささかたりとも不安がないから、これを機に早くマイナンバー制度の有効な活用を望みたいものだ。

 

この点でいえば武漢ウイルスを完全に制圧したと自賛している韓国のマイナンバーがすごい。韓国ではマイナンバーに写真・指紋・出生地やパスポート番号はもとより戸籍・住民票・年金番号、納税、出入国記録、クレジットカードの活用状況、加えて医療保険や健康・服薬の記録、さらには運転免許証のほか、なんと学校の卒業記録までが記録されているそうである。今回はマイナンバーに紐ついている携帯電話の位置情報で、感染者がいつどこにいたのかを当局が把握でき、これをべースに強権的な防御策を講じたことでウイルスの制圧が早かったとされている。しかしいくら感染対策に有効であろうと、こんな監視社会はごめんこうむりたい。各国の状況を知るにつけ、モデラートな方法で収束方向に向かっているわが国の対策がやはり良かったのではないかと感じる日々である。

2020年5月 6日 (水)

2020年ゴールデンウイーク

この連休に町で目立つのは、食事デリバリーのUber Eats(ウーバーイーツ)と小学生くらいの子供を連れたママさんジョガーだ。ママさんジョガーは最近流行のランナーズウエアではなく、どちらかというと学校の体育着を引っ張りだして着ているような人が多い。多分自粛疲れで外出もままならず運動不足気味、屋内のアスレティックジムなども閉鎖しているので、少し走ってみようかしらと昔のトレーニングウエア系を着用して走り始めたのだろう。ふだん走りなれていないものだから一人で町を走るのは気恥ずかしく、子供をダシにまずは走り出したようなことか。季節も良いし連休で一段と町行くクルマも少ないから、子供と一緒にどんどん走って身も心も軽やかになって欲しいと走っている彼女らを心の中で応援する。


新聞を読むと全国ほとんど主要都市の駅で、昨年の同じ時期より混雑が60~80%減っていると云う。強権的なロックダウンなど行わなくとも、自主的に自粛する日本人の民度が実証されているようだ。ただ残念なのはエゴ丸出しで、都会の人間を汚染まみれかのようにみなす一部の地域があったことだ。なかでも酷いのは岡山県で、県内の高速道路の出口を封鎖しサービスエリアで検温を実施するなどを企図した上、知事が警察官や県職員のドライバーへの声がけに「声をかけられた人が『まずいところに来てしまった』と後悔してもらうようになれば良い」と話したそうだ。この発言も前後の流れや全文が判らないものの、もし伝えられた通りなら、騒動が収束した後も岡山県に行くのはやめようと思ってしまう。地域、団体、個人問わずこういう時の発信で、普段の表向きリップサービスとは違う排他的な本音が透けて見えるような気がする。


個人的には「どこかへ出かけねばならない」という強迫観念的な思いも湧かず、今年の連休はゆっくり過ごすことができた。以前読んだ本のうち印象深いものはいつかまた読みなおそうと積んであったが、その内の数冊もじっくり読むことができた。小説は2度読むと前回分からなかった物語の伏線がところどころ散りばめてあることに気が付き、なるほどとあらためて納得する点もある。時事問題に関する新書も2度読むと、書き手は何を論旨展開の中心に置きたかったがより明確に理解できる。その他、時間があるので変わらず毎日10キロほど走っているが、社会的マナーを守ってマスクをつけようか、いや走るのにはマスクは不要で過剰なマナーだと外そうか都度逡巡し、一応持って出たマスクを周囲の状況によってつけたり外したりしながら走っている。いずれにしても今年のゴールデンウイ―クは忘れられないものになるだろう。

 

2020年4月27日 (月)

気候の良いこんな時には無寄港ドライブがお勧め

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武漢ウイルス感染防止で「みなStay Homeして」などと画面からアナウンサーが連呼すると、大東亜戦争時の「欲しがりません。勝つまでは」という標語を連想してしまうこのごろである。大政翼賛会みたいな人たちもいて「ジョギングは良いですよ」と云うのに「マスクをせずにジョギングするランナーがいるのは怪しからん」などと文句を言っているそうだが、そういう人達には一度マスクをして走って欲しいものだ。マスクをしていると実際息がすぐ上がって苦しくなり、とても気持ちよく走れるものではないということはちょっと試してみたらわかる。皇居の周りを走るランナーも、律儀にマスクをする人が増えたが、途中でかなり多くが息苦しさでマスクを顎までおろして呼吸をしている。とくに都心を走る多くの西欧人ランナーは大半がマスクなどはしていない。風紀委員長のようにエキセントリックに批難する人達には、ジョギングとマスクは両立しないと云う当たり前のことを知っていてほしいものだ。もっとも妻は人目を気にして政府支給のマスクをかけて走ってはいるのだが、なんともご苦労なことだ。まあ過剰に神経質に叫ぶ人の声に捕らわれず、盛り場や密な宴会・集会は避け、手洗いとうがいをするなど当たり前の事をして、あとはこんな時にしかできないことを見つけて楽しく暮らすのが一番の過ごし方だと言えよう。


という事で、晴れた日曜はカブリオレの愛車の屋根をフル・オープンにして妻と郊外にドライブに出かけた。人と触れ合いさえなくせば、どこに出かけようと自由だから、横浜郊外にある評判のパン屋で買い物をし、ついでに多摩丘陵で初夏の陽を浴びて運転するのである。「不要不急」の外出かと問われれば、パンはどうせ都内にいても買う必要があるし、パン屋の店員以外は誰とも接触しないのだから、大手をふっての県外移動である。とはいうもののクルマの電動開閉式の屋根は暫く前から調子が悪く、開閉の際にギクシャクと途中で動きが止まってしまう事があり、その度に開閉スイッチのオン・オフを繰り返したり、屋根を手で押し引きして機械をなだめたりと金属製ハードトップの開閉に苦労していた。ええ格好してオープンカーに乗っているうち雨が降り出し、もし屋根が閉まらなければ、周囲の嘲笑の的とあって、何度かディーラーにチェックを頼んでも「どこも悪くないですね」とつれない回答ばかり。しかし3月にはとうとう屋根が開いたままピクリとも動かなくなってしまったので、ついに大枚はたいて開閉用の油圧モーターをドイツから取り寄せ交換したばかりだ。クルマを買う時には「屋根の開閉装置はまず故障しないですね」とセールスマンは大言壮語していたが、今回修理メカニックに聞くと「やはり10年過ぎたコンバーティブルには時々この故障があります」とのことである。同じ会社でも売る人と修理する人では云う事が違う。まあわが家の車は2008年製だから外車はこんなものだろうと気を取り直し、せいぜい修理代のモトを取るべく屋根はなるべく開けてマスク装着のドライブである。


初夏の多摩丘陵はワインディングロードあり、ところどころに坂道ありで畑や林の緑の中を、直列6気筒ツインターボでドライブするのは気持ちよい。この車でドライブするときのコンセプトは”初老の夫婦二人が、ちょっと前の形式の高性能オープンカーで、ゆっくりと野山を巡る”だから、外気を楽しみながら無理にスピードは上げずカントリーロードにクルマを進める。このところ路上で目につくのが「わ」ナンバーのレンタカーというのは、クルマ離れの若者が武漢ウイルスのために、外出する際は公共輸送でなくクルマを借り他人との接触を減らしている現象なのだろう。とにかく屋根を開けて走ると、風のにおいや道行く人の会話、周囲の雰囲気やクルマの動向がわかり、一度オープンエア・ドライブを経験すると忘れられなくなる、と云われるのが実感できる。それにしても道行くクルマの少なさは、まるで元旦の夜のようで、都内~東京近郊でもこんなストレスフリーなドライブができるのはやはり嬉しい。カントリードライブの帰り道は国道246号線の川崎市・津田山陸橋(溝の口)から、都内渋谷の宮益坂上までの11キロ間で赤信号に一回もかからない奇跡のような状況だ。こんなにスムースにドライブできるのも「Stay Home」のおかげだろうが、やはりいつまでもスカスカの道路では寂しいという気持ちも湧いてくる。それにしてもガソリンは安い上、渋滞無し、他人との接触もないし、経済に少しでも貢献できるから、こんな時にはせいぜい皆でドライブを楽しもう。次はナントカ族のように首都高都心環状線をぐるぐる廻ってみようか。

 

2020年4月26日 (日)

ハナミズキの季節

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日比谷公園・松本楼をバックにハナミズキ、紫のネモフィラにチューリップ

この季節にいつも楽しむ六大学野球や「日比谷の森のコンサート」も今年はまだ武漢ウイルス騒動で開かれない。これまでおおむね政府は感染防止対策をよくやっていると拍手を送りたいが、ただ一つの失敗は習近平を国賓として招くことになっていたために、彼に「忖度」し、中国からの旅行者を全面遮断するのが遅かったことだろう。武漢ウイルスの隠蔽や情報開示が遅れたことで、いまアメリカや欧州では中国を訴える動きが広まっているなか、わが国も中国を訴えるなり批難決議を国会で採択するなり抗議の姿勢を見せねばなるまい。ここに来て中国は武漢ウイルスの医療支援で救世主のようなふりをしているが、一方で南シナ海では軍事的脅威を一層強め、尖閣でも相変わらず連日、彼らの公船がわが国の接続水域を侵しているのである。


さて自宅でテレワークの日々でも紙の書類の整理やファイリングのために、今も週に一度は事務所に行っているが、往復の地下鉄が空いていて別の都市にいるみたいだ。通勤も楽なので、狭い家で毎日24時間妻と顔を合わせているより、時々別に過ごした方がお互いの精神衛生上にも良いようだ。と言っても図書館も博物館も行けないし、ダンスのレッスンもしばらく休止、友人たちとの飲み会もできないのでやはり時間は持て余し気味である。こんな時はもう一度読もうと思って積んでおいた本を取り出してみたり、ガラガラの都内の道路をドライブしたりと普段あまりできない事を試みることにしている。


昨日は出社した帰路、日比谷公園に立ち寄ってみた。この季節になると変わらずきれいな花を咲かせるハナミズキやツツジが盛りである。今年はネモフィラという紫色の花をつける小さな植物が花壇一面に植えられ、そばに咲くチューリップの赤や黄色も一層映えてみえる。連休の頃になると見事な姿となる藤棚も、間もなく見ごろになりそうだ。ブラブラ歩いていたら以前このブログで日比谷公園のハナミズキやオバマ大統領の来日のことアップしたことを思い出した。6年前のそのブログを改めて読み返すと、東京の空の青はちっとも変わらないのだが、世の中の雰囲気がずいぶん変わってしまったことに気が付いた。来年の今頃は「去年は武漢ウイルス騒動で大変だったね」と、皆でまた笑っているであろうことを願うのである。

藤棚とツツジ
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6年前のブログ→「オバマとハナミズキ(2014年4月25日)」

2020年4月23日 (木)

武漢ウイルスよりこわいもの

「権力の暴走に歯止めをかける」はずのメディアが暴走している。もっと国民全員にPCR検査を、であるとか政府の対応は中途半端で生ぬるいし遅すぎるなどと世論を煽りに煽っているようだ。まるで大東亜戦争の際に「欲しがりません勝つまでは」とスローガンを掲げた当時の大新聞社を彷彿とさせるものがある。そういえば当時は「撃ちてしやまん」やら「一億総玉砕」などというスローガンもあったが、今のネットニュースやワイドショーなどは、外出する者をまるで「非国民」扱いしているかの感がある。経済の破滅を阻止し財政規律を保ちながら冷静に防疫対策を行う政府の慎重な防疫対応の方が、よほど抑制的でバランスが取れているが、さんざん安倍政権は独裁政権だとこれまでキャンペーンを張ったメディアが、いまや政府に強権的かつ人権抑圧さえいとわぬ態度を求めるのはまことに皮相な現象といえよう。


思い出すのは近年の安全保障に関する法案の審議の最中に「戦争法案が通れば徴兵制復活」などと寝とぼけた事を言っていた人たちの事だ。武漢ウイルスという国難に際して「個人の自由」の観点から政府が抑制的な態度を今でも保持しているのをみるにつけ、もし一朝、わが国に安全保障の有事があれば「一億火のたま」などと言って挙国一致を焚きつけるのは政権側ではなく、いま「政府のやる事が遅い」と騒ぐ「メディア」やいわゆる「識者」「評論家」「ジャーナリスト」側なのだろうと思える。要するに彼らはいかなる場面でも「政府のやる事はなんでも反対」「ただ批難をしたいからイチャモンをつけているだけ」ということのようで、日頃彼らが金科玉条の如く唱える「個人の自由」や「人権」などは、有事には平気で踏みにじっても良いと考えるに違いない。


この際、大新聞の一社、あるいはテレビーキー局のなかの一社でも「武漢騒動を収束させる事も大事だが、経済を死なせないことはもっと大事である」や「人の自由な往来を法の厳格な適用で半強制的に行うのは、大きな問題を将来に残す」という観点から独自の論陣をはれないものだろうか。「挙国一致」の空気は危険な兆候であると主張し「メディアは政権の暴走を監視するのが義務」とこれまでさんざん政権を批判してきた連中が、武漢ウイルスの問題になると、政治や行政の対応が生ぬるいと強権的な手段を求め、超法規的とも思える措置まで主張するありさまに違和感を感じてしょうがない。彼らは隣の韓国が武漢ウイルスの収束に成功などと報道しているが、人口が日本の半分以下で若年層の比率が高い社会とわが国を比べても意味ないのに、第一の権力になったメディアの暴走には歯止めがかからないのだろう。そういえばマイナンバーに反対と言ったメディアや識者が、今もっと早く10万円を支給しろと騒ぐのも自己矛盾もよいところだ。

 

2020年4月 8日 (水)

羽田空港 新進入路

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ANA Boeing 787

テレワークで毎日家にいると電話が一日に数本で、あとは限られたE-Mailを処理するだけである。通勤時間や無駄な会議はなく、昼食は家にあるありあわせで10分ほどで済むので時間が余ってしまう。外出自粛だから友人らと会食や飲み会もできない上、非常事態宣言を受けダンス教室もこの先一か月中止になってしまい時間の潰し方に頭をひねる。まずジョギングや散歩は自粛期間中でも「よい」との事で、人出の少ない都心をゆっくり走って楽しむことはできる。今年は桜の花開く期間が例年より長く、遅咲きの桜の木の下で汗を流せるのは気持ちよいものだ。老人は筋肉を落とさないことが肝要なので、家で行っているバーベルを使った補強運動も、週に2回から4回ほどに増やしてみた。会社に出ていた時は30分くらいだったピアノは、今ならゆっくりと毎日一時間練習できる。飛鳥Ⅱの世界一周から帰ってから直そうと思っていたクルマの不具合を修理して、ドライブもよくするが都心の道路は今どこも空いており渋滞がなく運転のストレスが減った。せいぜいこの特別な期間でしかできぬことをいろいろ探して楽しんでみよう。

 

さて最近は羽田空港に都心上空から進入するコースの運用が夕方行われており、低空で飛んでくる飛行機をわが家のベランダから眺めるのも楽しみだ。南風の日に羽田空港のA・C滑走路に着陸する飛行機は、新宿上空を高度900米を飛び、風向きによってはジェット機の轟音もかすかに聞こえてくる。とくに東京湾や千葉県上空からC滑走路に降りるフライトは、赤羽あたりで大きく左旋回するので、望遠鏡越しに見る機体は左の主翼を下にして夕陽に映えとても美しい。C滑走路に向かって行く機は池袋の上空あたりでA滑走路に向かう別のフライトと進路が平行になり、時によっては2機横並びで羽田に向かって降下していくことになる。

 

国内ではこれまで民間機2機が同時に降りていく空港がほとんどなかったので、この光景を見ていると何機もが同時に離発着するアメリカか欧州の巨大空港のそばにいるような気持ちになってくる。妻と二人で望遠鏡を覗きながら「787」「次はトリプル7」「新鋭エアバスのA350だ」「次はJALでANAと横並びに降りていく」「次はAir Doの737」などと飛行機が目の前を通過していくさまを、子供のように楽しむのもテレワークの日ならばの事と云える。それにしても多分どのフライトも機内は空席ばかりなのだろうと想像すると心が痛む。多くの人が搭乗した機が、もっとひっきりなしに飛来し、新進入路も忙しくならないものかと武漢ウイルス収束を願いつつ夕空をバックに機体を見つめる。

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手前はC滑走路、奥はA滑走路に並行して着陸する2機

2020年4月 4日 (土)

武漢ウイルスのその後

友人の外科医は、「入院や手術を余儀なくされた際には治ってから楽しいことしている姿を想像したらよいよ」と日頃言っている。世界中が武漢ウイルスで困難な状況にある今、この騒動が収まったら次に何が起こるか想像するのも息抜きになるだろう。ということで考えるのは、ずばり「中華人民共和国」の崩壊である。武漢で発生したウイルスを隠蔽し世界に拡散させたとして、すでにアメリカ各地で中国政府に対する集団訴訟を起こす動きが始まっていると報じられている。米国の裁判所が主権国家である他国政府を裁けるのか疑問はあるものの、世界中の人々がいま感染症の発生させ拡散させた中国に対して怒っていることは間違いない。アメリカだけでなく、武漢ウイルスによる経済損失を被った世界各国の企業や団体が中国に対し訴訟をおこし、このうねりが世界的に広まったら、騒動で迷惑する我々もちょっと留飲が下がるというものだ。


おりしも中国の覇権を許さないトランプ政権は、3月末に「台北法」に署名し同法が発効になった。これは台湾の孤立化を防ぎ中国の横暴に対する国際連帯を呼びかけるもので、WHOなど国際機関のテーブルに台湾を加えることを目ざす法案だという。すでに始まった米中貿易戦争はじめとして、トランプ政権が打ち出す一連の中国牽制政策にはあらためて拍手をおくりたい。一方わが国の新年度予算も脱中国を目論む企業に2000億円の予算措置を講じるとのことで、遅すぎたとは云え経済界でも中国から撤退する動きが今後加速していくことだろう。時宜を得たまことに喜ばしい事だといえる。また問題が多々指摘されてきた中国の「一路一帯構想」にG7加盟国ではいち早くなびき、中国との交流を促進させたイタリアが武漢ウイルスで苦しんでいるのを見て、「人民元」をあてにした経済開発に世界の各国が今後二の足を踏むことを期待したいところだ。

 

中国ではウイグル自治区の人権弾圧に加え、香港での民主化運動による混乱も記憶に新しい。そもそも沿海部から砂漠の民まで、イスラムも含めた14億人もの人達を選挙によらない共産党独裁政府で本当に統治できているのだろうか。考えてみれば報道は統制され厳しく監視される社会とはいえ、いまや多くの中国人たちがパスポートを持って海外に出る時代である。彼らが世界の情勢に直に触れるにつけ、民主主義や報道・表現の自由という世界の動きに対して、いつまでもこの国は背を向けたままでいられるか分からない。武漢ウイルスに関して共産党政府の情報隠匿体質や統計のウソが世界中から批難される中で、資本や産業の逃避が加速する状況が明らかになれば、中国国内でも自由化・民主化運動が高まってくる事を期待したいところだ。

 

顧みれば50年前、米ソ冷戦の時代にソ連が崩壊することを誰が予想できただろうか。計画経済などという概念はしょせん空想の産物だったわけで、虚構の上に成り立つ連邦の矛盾があらゆる面で露呈しつつあった当時ではあったものの、チェルノブイリでおきた事故からソ連の崩壊まではあっという間、一瞬の出来事だった気がする。チェルノブイリの如く今回の武漢ウイルスが契機になって、同じように中国共産党の無謬神話や正統性が完全に覆り、中国がロシアの様にいくつもの共和国になって分裂するという空想もあり得ないとは云えない。10年後には中華人民共和国が福建共和国や四川国、北京市国や雲南連邦などとなって、無闇な軍備拡大をやめて覇権なぞ目指さぬ体制になれば、いま中国発のウイルスで苦しむ世界にとっては僅かな救いになるに違いない。

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