カテゴリー「日記・コラム・つぶやき」の記事

2021年3月 4日 (木)

臺灣加油(がんばれ台湾)・パイナップル支援 "SUNNY HILLS"

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原産国 台湾 パイナップルケーキ

テレワークで家にいる間に妻が一人ジョギングに出かけたが、いつまで経っても帰ってこない。スマホを持ちながら走っているはずなので、どうしたのかと電話すると、表参道にある台湾のパイナップルケーキの店 "SUNNY HILLS"まで遠征したと言う。そこでケーキを買いこれから地下鉄で帰って来るところらしい。そういえば中共が台湾産パイナップルを3月1日から禁輸することにしたとニュースが流れたから、台湾を応援する意味でこれは良いことをしたと彼女の帰りを待った。報道によれば台湾では年間40万トンのパイナップルが作られ、そのうち4万トンが中国に輸出されていたが、中共は有害生物が検出されたとして急遽輸入禁止にしたそうだ。


パイナップルの産地である台湾南部は、現在の蔡英文政権の与党・民主進歩党が強い所で、今回のイチャモンは、蔡政権の反大陸の動きに対するけん制措置であると云われている。武漢ウイルス発生について真相を求めるオーストラリアに対して、同国産のワインに高関税を導入したのと同じ類の嫌がらせである。新疆ウイグル地区での人権弾圧、香港の民主化阻止、南シナ海や尖閣での緊張拡大などその本質を隠さなくなった「ならず者国家」中共に対し、簡単には屈しない蔡政権を応援したくなるのが日本人というものだ。特にあの東日本大震災の際に一早く応援に駆け付け、アメリカ合衆国とほほ同額である29億円もの義援金を差し出してくれたのが台湾である事は記憶に新しい。


ただ今回の禁輸で中国へ輸出できなくなった4万トンのパイナップルは、台湾国内の反中共の盛り上がりで大いに売れたほか、日本も輸入を大幅に増やしているとのこと。我が家でも台湾パイナップルを応援し、中共に一泡吹かせたい一心で、妻は以前からちょっと気になっていた店に急遽走って行くことにしたらしい。こうして表参道の"SUNNY HILLS"で買ってきたケーキは原産国名:台湾と表記されており、小分けの紙袋から茶色のケーキを取り出して食べると甘さが控えめ、こってりした菓子が多い世の中の風潮に反する素朴で優しい味であった。大陸の中共がどう出ようと台湾のWHOオブザーバー参加を支援するなど、日本はもっと台湾に寄り添い接近すべきだ、と思いながらコーヒーと共にパイナップルケーキを楽しんだ。義を見てせざるは勇無きなり。

南青山"SUNNY HILLS"の店舗
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2021年3月 2日 (火)

みずほ銀行のATMトラブル

2月28日(日)にみずほ銀行のATMで預金引き出しなどの操作が出来なくなるばかりか、機械に入れたキャッシュカードや通帳が戻ってこないというトラブルがおこった。私もみずほ銀行のATMを日曜日や休・祭日に利用するから他人事とは思えない。現金が出てこない上に、マシンに吸い込まれたキャッシュカードが戻ってこなかった例が全国で5000件以上との事で、休みで行員もいないATMを前にして、備え付けの電話でセンターに連絡しつつイライラして待った人が日本中にいたのである。今朝の読売新聞によると 「2月28日は定期預金の定期的な更新作業と合わせ、一定期間取引がない『定期預金口座を管理する不定期の作業』が同時に行われた。作業量がシステムの処理能力を上回ったことが障害の原因」  との事だ。


それにしても2002年にみずほ銀行の統合以来、これで大規模なシステム障害が3回目である。みずほ銀行のシステム運営には何か根本的な欠陥があるのではないだろうか。今回のトラブルの原因となった「預金口座を管理する不定期の作業」と云えば、2月15日午前、みずほ銀行から突如「重要なお知らせ」としてダイレクトメールが来て驚いた。そこには「お客さまは2021年1月末時点で過去1年以上通帳への記帳をされていない口座をお持ちの状況です。つきましては上記に該当する口座は、2021年2月下旬~3月上旬にかけて通帳を発行しない『みずほe‐口座』に自動的に切り替えさせていただきます」とあった。


いきなりの通知に何事かとメールを読み進むと、質疑応答形式で「Q.通帳への記帳はいつまでできますか?A.通帳未記帳明細がある場合、2021年2月26日金曜日までは通帳記帳いただけます。」とある。各銀行は開設されたまま使用されていない口座が増え、その管理コストで困っているそうだから、その対策に乗り出すのだろうが、それにしてもいきなりの通知から2週間以内に記帳しなければ、勝手にe‐口座に切り替えるとはショート・ノーティスすぎないか。そもそも銀行の口座に関しては、かつて友人たちから 「銀行に就職したから配属された支店にぜひ口座を作ってくれ、預金は100円でもよいよ」 などと必要もないのに強引に口座開設を要請された覚えがある。e‐口座では通帳の再発行にカネをとるそうだが、今になって昔の口座の管理負担が重いから勝手にそちらに移すとは余りにも一方的な措置だと云えよう。


ただ来たメールを読み「はて?自分には記帳していない口座などがあったか?」と不思議だったので、メール末尾にある問い合わせ先に電話をするが、これまた幾らかけても「只今混み合っております、後でおかけ直し下さい」という録音対応である。一時間たっても埒が明かず、仕方なくいつも電話をかけてくる支店の外回り担当者に電話したところ、未記帳分はふだん気にかけていない貯蓄性預金やe-口座とは関係ないと思っていた外貨預金のものだと判明した。その担当者によるとこの急なメールを受けた顧客からの問い合わせが多く、問い合わせ用の回線が混雑していたとのこと。過去に開設したものの記憶の外にある口座や、少額の金を預けてそのままになっている口座は全国にはあまたあるだろうから、問い合わせ殺到も当然の事だ。


今回のニュースを聞き、僅か2週間(10営業日)前の通知で、不利になりたくなければ預金者は月末までに記帳を終えろと云う、一方的かつ性急な『定期預金口座を管理する不定期の作業』が、システム障害を引き起こした一因であることがわかった。みずほ銀行は、記帳をしていない口座を勝手にe-口座に移行するのでなく、この問題に関して利用者に丁寧に周知徹底をし、十分な移行期間を置くことが必要ではなかったか。たとえば「窓口で対応するので、今後一年以内に身分証明や古い通帳を持って全国どこでもよいので当行の窓口でお尋ね下さい」などと対応していればシステム障害も防げたはずだ。また「過去一年の未記帳期間」も短すぎで「過去3年未記帳」くらいが妥当と思う。システムに関しては門外漢で詳細はわからないが、こう何度も大規模なシステム障害を起こすとなると、みずほ銀行には、拙速を排するという体質改善が必要だと考える。

 

注)昨年11月26日にみずほ銀行から「通帳デジタル化につきまして」のメールがあり、よく見ると一年以上の通帳未記帳者はe-口座に移行します、とある。しかし同メールには受信者が一年以上未記帳者かどうかの表示はなく、ごく一般の広報・宣伝メールに思われ、これを見て自ら何かする必要があると思いつく人はごく少ないだろう。

 

2月15日のみずほ銀行からのDM。いかにもSHORT NOTICE
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2021年2月28日 (日)

サンデーモーニング 風を読む 街の声

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今朝のTBS「サンデーモーニング」「風を読む」”官僚と政治不信”というコーナーで、「街の声」として私がインタビューされた場面が放映された。先週の金曜日、仕事の都合で銀座4丁目の交差点を歩いていると、「TBSですがちょっと良いですか」と声を掛けられて応じたものだ。その時は「森さんのセクハラ発言についてどう思いますか」とでも聞かれるのかと身構え、「彼は何も悪くない、メディアやリベラルによる集団リンチだ」とカメラに向かってわめこうかと思ったが、予想に反して「東北新社・菅首相長男と総務省の接待問題について」の件だと云う。この問題にはさして興味がないし、細かい点までフォローしているわけではないものの、仕事は急ぐ必要もなく、たまにはテレビに出るのもまあ良いものだと、ミーハー的気分でインタビューに応じてしまった。という事で、今朝は録画されたインタビューの場面が放送されるかと、普段はヒダリ巻き論調でまず見ない「サンデーモーニング」にチャンネルを合わせたものである。


今回、銀座の街角で質問をしてきたテレビ局の40歳くらいの男性インタビュアーは、予め幾つかの質問を紙に書いて用意していた。「問題の総務省接待疑惑をどう思いますか」「国民にとってどういう影響があるでしょうか」「官僚の姿勢は」とか「接待はどの程度から問題になると思いますか、喫茶店でも問題ですか」などけっこう細かいことまで全部で10分以上も要する質問であった。平日とは云え、銀座の街を歩く多くの人々の視線を感じつつカメラに向かって答えるなか、「今回の総務省接待などは大した問題じゃあないよ」「私の父も官僚だったけど、昔はもっと接待は大っぴらで派手だったよ、この位でいちいち目くじらたてるなよ」「こういうやり方も日本の伝統じゃないの」とのいつもの持論コメントが喉まで出かかってくる。しかしそこはそれ、テレビに出る為にはリベラルと云われるTBSのご意向に沿った答えをしないとボツになるから慎重に言葉を選んで答えることにした。


実をいうと、これまでも都内を歩いていた際に、私がよほど暇そうなオヤジを見られたのか、幾度かテレビ局にインタビューをされたことがあった。かつてオカルトブーム時代に、「UFOがいると思いますか」と丸の内で聞かれた際に「いるわけないじゃない、いるなら自衛隊のパイロットやいつも夜空を見あげている天文学者がすぐ騒ぐはずだ」とカメラに向かって断言し見事にボツになった。また新橋のSL広場で自民党内閣の不祥事に際し「いや、今の政権はよくやっていると思うよ」とコメントした時にも、オンエアされなかった。ということで、せっかく時間を潰して答えるからには放送して欲しいものだと咄嗟に思いたち「いまこそ(過剰接待を)自粛しなければいけないときに(総務省は)国民に対して示しがつかないのでは」と、我ながら気恥ずかしくなるオポチュニスト的コメントを吐いた部分が、今朝は思惑通りに番組で放送された。


もっとも「官僚への接待は長い間続いた日本の慣習で直ちにすべてを変えることは難しい」「大多数の公務員は真面目に国民のために汗を流しており、こういうニュースは彼らにとって可哀そうだ」「法律に触れるなら処分されればよいが、それ以外の道義的部分まで問題にするのはどうか」などと、私の信条の幾分かはインタビューを通じてカメラの前で喋ったのだが、そういうコメントは割愛されており、テレビ局が都合の良い部分だけ切り取ったのは100パ―セント予想通りであった。結局こうして放送された場面は10秒ほどで、私のほかにはあと2人の中高年男性が「街の声」としてインタビューされていた。まあ、この問題を把握できるのは壮年以上の男性サラリーマン風に限るとの局側の目論見もあって、今回はカメラクルーの目にとまったのであろう。映りたい一心でかなり自説をオブラートに包んだのだが、こうしてみると日ごろ放送される「街の声」は、街の声を使ったメディアの声、話半分ウソ半分と思っておけばちょうどよいのではなかろうか。経験者は語る。(君子は豹変す、)小人は面を革む。

2021年2月15日 (月)

久々の皇居一周21分台

「梅は咲いたか桜はまだかいな」としょんがえ節でも唸りたくなるが、今年の梅の花はまだ蕾がかたく一分咲きである。それでも三寒四温の季節で気温が10度以上になる日もあり、そんな時はジョギングも短パンに着替えて走る。ねんりんピック始め各種のマラソン大会も、来年になると70歳以上の部で走ることになるため、そのクラスの上位入賞を目指し、術後の体調を完全に戻し準備を整えておきたいところだ。それにしても50歳になった時に60歳代のランナーを見て、ずいぶんと走る力が衰えるものだと思ったし、60歳になった際は70代になるとみな走るのがなんと遅いのかと感じたが、もうすぐあと一年ほどで自分がその年齢に達するようになるとは月日の経つのはなんと早いものだろう。


この週末は天気も良く、気持ちよくホームグラウンドである皇居一周の5キロ(標高差約20米)を走ってみると、久しぶりに一周を21分台で走れることができた。昨夏の手術後では最も良い記録で、平均時速にすると14キロ弱だからまだまだやれるという気になってくる。と云うことで以前の日記を取り出して記録を比較をしてみることにしてみる。古い日記をたどれば30歳代の頃、当時、事務所が丸の内にあり残業で疲れた後にリフレッシュなどと思い時々走ったが、気合を入れて走った日には17分代や18分台という記録も見られる。今なら前を走るジョガーをほとんどすべてごぼう抜きとなろうが、1970年代や80年代には仕事が終わって皇居を走るという酔狂なサラリーマンはほとんどおらず、当時はスピード感もわからずにただただ宵の道を突っ走っていたようだ。


40歳代になると仕事が忙しくなった上に、夜は接待やら宴会やらで皇居を走る機会もなくなったが、ようやく50歳代半ばから時間に余裕ができランナーで溢れる皇居コースに戻って来ることができた。日記を見ると55歳頃には一周で19分台という記録もあるものの、60歳を超えると20分代で走るのがやっととなり、65歳では20分後半~21分台というのが気合を入れ頑張った時の記録である。年齢とともに遅くなるのが自然の摂理とはいえ、例えば5キロのうちのどこで粘れないかと顧みると、3キロを過ぎ呼吸が苦しくなってからの下半身の筋力にあるようだ。苦しくなってからも着実に歩幅が落ちず、ピッチを刻むには腹筋や大腿四頭筋の筋持久力が必要なのだろうが、筋肉そのものはトレーニングで衰えを遅らせることができても、筋持久力の維持はなかなか容易ではないようだ。それでも短いパンツに履き替え若者を次々抜きされば「まだまだ簡単には抜かれない、早く70歳にならないか」と気持ちが前向きになってくるのがわかる。春の息吹を感じつつ、あと数年、取り合えず身体が続く限り走ろうかと思っているところである。

昨日の新江戸川公園の梅
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2021年2月 9日 (火)

森 オリンピック組織委員会会長批判に反論する【言葉狩りはやめよう】

このブログの読者の方から、女性蔑視とされる発言をした森オリンピック組織委員会会長を批難するメディア報道に対し、憤りを感じるとのコメントを昨日頂いた。詳細は2月6日付け「海運業界、思わぬ好決算」のコメント欄に記したとおりで、私もこの方の意見に完全に同意する。例によって森氏に対するバッシングは、氏のコメントのごく一部を切り取ったものに違いないから、スピーチ全体で何が述べられていたのか、どういう場での発言かの検証が必要と感じネット検索をしたところ、日刊スポーツで以下のスピーチ全文を見つけ早速読んでみた。

スピーチの概要は以下のとおり:
時間・場所:本年2月3日・渋谷区に2019年5月に新しくできたジャパン・スポーツ・オリンピック・スクエア(JSOS)会議室で開かれた日本オリンピック委員会(JOC)の臨時協議会に於いて、東京オリンピック・パラリンピック組織委員会会長である森氏が行ったもの。時間は約40分と他のソースが伝えている。
スピーチの骨子:(注:森氏独特のサービス精神なのか、話はあちこちに触れながらの半ば与太話風のスピーチではあるが)

  1. JOCや日本スポーツ協会が入るJSOSの新しいビルは素晴らしいとの賛辞。
  2. 自分が体協の会長に選出された経緯や東京オリンピックの組織委員会が入る岸記念体育館のあれこれ、体協への不満など。(注:いずれのトピックスもリラックスした口調で面白可笑しく紹介し、お茶の水にあるサッカー協会の建物などにも触れ脱線気味の内容となっている)
  3. 森氏がラグビー協会に関わった際の病身を押してのロンドン訪問や、今のウイルス禍などの小噺。
  4. 東京オリンピック・パラリンピックに無責任に反対する人たちへの不満。
  5. 会長、名誉会長であったラグビー協会への不満。
  6. オリンピックは今年何としてでも行うとの固い決意。

などが読み取れる。どこをとっても、活字にしたら何やらよくわからない与太話の類であるのが全文を読めばわかる。

いまさかんにメディアなどで女性差別とされる発言は5. の項目で、名誉会長としてラグビーワールドカップ日本大会を大成功に導いた際に、氏が経験したラグビー協会の人事軋轢などのあとに為されている(下記全文、太字参照)。文脈から明確に分かるのは、女性の比率を一律4割にという乱暴なガイドラインに疑問を呈し、例としてラグビー協会の女性理事たちの事を否定的に言及した後に、組織委員会の女性理事は素晴らしいと述べていることである。早稲田のラグビー部に入りながら病気で退部せざるを得なかった森氏には、ラグビーに対して特段の思い入れがあることは衆目の一致するところだ。であらばこその様々な不満が身内とも言える日本ラグビー協会にあることを彼は吐露したまでで、これとは対比しながら組織委員会の女性理事については評価しているのである。(身内のラグビー協会への不満はスピーチの他の部分にもある通り)


JOCの入るビルでJOCの臨時協議会で招かれ、組織委員会の女性理事を引き立てるために謙譲の精神で身内を引き合いにしたのだろうが、そういう対比が良いかどうかは別として、全体を見れば何ら女性をおとしめる発言はしていないのが明瞭だ。果たしてこれのどこが時代遅れの女性蔑視の発言なのであろうか。さらに問題の発言の部分を声に出して読んでみたが、ここをゆっくり読んでもせいぜい2分程度で終わる長さで、やはり批難は「切り取り」であることがわかる。こうしてみると森氏の今回の発言に対する批難は、サヨクやリベラルお得意の「ため」にする批難、批難のための批難であると断言できる。40分と云われるスピーチのほんの一部を切り取り、曲解を重ねた上でよってたかっってバッシングするような社会が寛容な社会といえるだろうか。昨日のコメント欄でも触れたが、このような「言葉狩り」や「メディアの集団リンチ」が横行する社会はごめんこうむりたいものだ。


2月11日追記:森発言について下記赤字部分を追加しました。「全文」と謳いながらメディアはここでも自分の都合のよいように切り取っていることがよくわかります。それも森さんが女性をほめている部分を意図的に削除し「全文」だと言っているのです。いかにメディアが劣化しているのかよくわかります。

以下森氏「日本オリンピック委員会(JOC)の臨時評議員会(2021年2月4日)」での発言を
日刊スポーツ2月4日付「森会長/発言全文1~3」から引用
毎日新聞2月3日付「森喜朗氏『文科省がうるさくいうんでね』JOC評議員会での女性理事についての発言」から赤字部分補記

この建物(ジャパン・スポーツ・オリピック・スクエア=JSOS)に、いろんな会議場があるんでしょうが、会議というものに参加したのが今日は初めて。実に立派な会議室だなと。

私どもの組織委員会の会議室とまったく違う。私どもの会議にはじゅうたんは入ってないです。つまり、我々のは瞬間的な時間が決まった団体で、JOCは長い歴史がある。これからもスポーツの中心的役割を担うということだと思う。

ああいう、全部すぐ(映像が)映るような部屋はわたくしどもののところにはない。毎日のようにIOC(国際オリンピック委員会)と会議としてますが、会議場があっちこっち変わって、その都度職員が大きなテレビを持ち歩いて、そこから放映したり視聴したりしている。言い方よくありませんが、お粗末な会議場でありまして。(JOC会長の)山下(泰裕)さんはうらやましいなと。

しかし、建物、これで公式的には3度目かな、いや4度目。最初は竣工(しゅんこう)式のパーティーの時。その時、長々と歴史の話はしましたので省きます。2番目は山下さんが決められて、なんかあったな、それで参りました。3回目はバッハ会長が安倍前総理にですね、功労賞をお渡しになるのでそれをどこにしようかと官邸から相談がありました。すぐに新しいスポーツ会館(JSOS)がいいだろうと。バッハさんも、安倍さんもこれるし、みんなこれるんじゃないかと。ここでやったのはつい最近であります。その次は参りました4回目が今日です。

いずれも立派なお仕事ができる環境。新国立競技場の真ん前にあり、その横に、競技場のエリアにあった青年館を横に、というよりスポーツ会館の後ろにもってきた。競技場のエリアにあった青年館を横にもってきたと。

そういう構図で、JOCを中心に競技場もあり、これからラグビー協会というより国策に基づき、秩父宮競技場を移転させると。これは国が決めたことで、近所に移る予定だそうです。いずれにしても、この場所は日本のスポーツ界の中心地だと。こんなところはない。結果として、私は当時、(渋谷にあった)岸記念(体育館)におりました(日本)体育協会の会長をしてまして。なった経緯を申し上げますと、河野洋平先生だったんです。河野洋平先生がきて、「一生に1度の頼みだから」と。「体協の会長に推薦されたんだ」と。「実は息子の太郎から肝臓をもらった」と。移植をやった直後で。「医者から飛行機に乗ってはいけないと言われているので、だめなんです。やる気持ちがない」と。従い、「よく分かってくれているのは森さん、あんただから、私は君を推薦したいんだよ、頼むよ」と言われまして。まあ、選考委員長はラグビーの大学の先輩である日比野先生だったものですから、「お願いだから断るな」と、「オレに恥をかかせるなよ」とこう言われまして、それでスポーツ協会、当時の体協の会長をいたしました。

今日は見えているかな、体協の方?さぼってんですか、それとも。(「オンラインです」の声に)オンラインでいるなら、あまり悪口は言えないな。

当時体協の専務、岡崎さんです。「一切口は挟まないからただひとつ」と。「岸記念館を建て直すことがあなたの仕事です」。えらいことになったなと。土地は国のものなんですけど、その下に水道局の施設が入り、そう簡単に動かせない。石原知事にも「森さん無理だよ、動かしたらダメだよ」と。

その時おもしろい話をしてくれた。次の五輪は晴海のほう、新しいフロントシティーでやりたい。従って国立競技場はそっちに持って行く。その時、NHKから相談があったので、NHKは国立競技場がもし晴海に行くなら、NHKの建物もかなり年期がたっているので大きくしたいと、そこ(跡地)に移ると。いまのNHKのビルはそのまま使える。それを協会のビルにすればと。そりゃいい話だと。

岸記念体育館のほうが渋谷の商業地に隣接しているのに、緑地公園なんちゃらで上に伸ばしちゃいけない。NHKの横は閑静な住宅街でしょ。どういう政治的判断があったのか。岸記念体育館は5階建てですか。結局、国立競技場の移設は反対になりました。日本陸連が、あそこは海から風が来るので、陸上競技の種目、風具合にでは公式記録では扱えなくなると。基本的な問題を考えないで、よく考えないで石原さんらしいけど、海側にいくのを断念した。結果として、いまのNHKのところにいくことができなかった。あれだけ大きいのでNF(国内競技団体)の方には広々とした部屋を提供できると思っていたのに、残念でありまして。NHKは動かないと。

さて、岸記念体育館をどうするかと、随分苦労しましたが、見事にスポーツ協会、JOCは、この建設地になったんですね。東京都のみなさんが考えてくれたことだろうと思いますが、もう1つ、あとは日本青年館ですね。青年館の郷里には農業関係の青年が多いですが、青年館は地位が高いですね。東京では日本青年館というのはあまり評価されていないですが、古い団体であることは間違いないですね。当時(新国立競技場建設にあたり)怒られました、なんで国立競技場から出すんだと。避けて建てればいいと。死んでも動かないとなりましてね、たまたまその当時の理事長が、鹿児島県選出の先生でした。私は平身低頭して日本のスポーツ界のためにお願いした。それだけ日本青年会は素晴らしい建物になるはずだと。国立競技場もラグビー場も神宮の野球場もみんな見える、酒を飲みながら見れるいい部屋が理事長室になるはずだと申し上げたら「それはいいな」と。していいかどうか、本人の名誉のために言っちゃいかんかったですが、もう亡くなられましたので。亡くなられる前にお見えになり、感激をしておられました。

青年館が移ったものですから、こちらにもってきたのは妙案だった。それがこの建物です。

オリンピックのマークもつけてもらい。これは竹田さんがやられたのか山下さんがやられたのかわかりませんが、我々も五輪マークをどこかにつけようと、虎ノ門、晴海の時もつけられないか言ったが、絶対に駄目だと。それがいとも簡単にこの建物に。国立競技場を見に来るお客さんは、あれは五輪会館だとこういうんです。ちょっと寂しい感じがしました。本当は体協なのになと。スポーツ協会とJOCが協力して建てたのになと。ところが国民は誰もそうは思ってない。これは五輪会館だなと。どこにあるんだと聞かれると、国立競技場の前に建物がありますと。スポーツ会館というと、「オリンピック会館じゃないんですか」と。これはもう定着した感じがあります。

サッカー協会が自前でお金を作って文京区にビルを作られた。しかし、知らないですよ。これはあっという間にオリンピック会館と言われるようになった。サッカー会館というと、「どこですか」とよく聞かれたんですが。順天堂大の前を…とか言っているんですが、その点、オリンピックのネーミングはそれだけ強いものだなと思います。日本のスポーツ界のまさに牙城、本城だと理解してもらい大いに活用してもらえばなと思ってます。

私も84歳になりますので、この建物を建てるまでだなと。新国立競技場ができるまではどうせ命は持たないだろうと。もうだめだろうと思ってたら、2015年のワールドカップのラグビーがイギリスでありまして、その時に医者に頼んだら、ダメだよあなたは年内までだと。海外とんでもない。海外で死ねば本望と言ったら、賢明な女房がつえついて行きなと。歩くのもやっとだった。ロンドンに行ったときは抗がん剤をして、一歩一歩歩くのがやっとでした。帰ってきて、医者に行ったら、年内の命だなと思ってたら、その時に厚労省から薬が認可おろしてくれて。今のワクチンと同じで、もっと早く準備すればいいんですよ、今ごろになって準備とか。その頃からワクチンの準備しないといけないんですけど、厚生省に聞くとどの薬を使うか決まってないからダメだと。結局この薬いいだろうとなってからやるのが、何が必要かと話すのが日本政府のやり方ですね。この建物ももっと早く使えるようになればと。

余計なこと申し上げましたが、今日、本当はお願いに来たわけです。いよいよ、JOCのお力を借りて、スポーツ協会の方のお力を借りて、五輪目前であります。あと半年です。ぜひ実現をしたい。今日もですが、見出しをみていると「森が謝った」とか「早く辞めろ」とか、そういう記事がたくさんばかり出ています。こないだまで悪口は山下さんばかりだったんだけど、最近は私か菅さんとどっちが多いかというぐらい悪者になってますね。うちの家内にこの年になって「総理の時は我慢していたけれど、総理の時よりも悪口を言われるということはよっぽど悪いことをしているんですか」と言われるんですが、切り取るところが、悪いんだろうといって女房を説得しているわけです。

端的に言うと、いま出ているニュースは山下さんや私に対するものというのは、結局オリンピックをさせたくないんですよ。オリンピックを失敗したら菅さんに責任を取らせるし、森にも責任を持たせるし、山下さんも。ということを考えている方がスポーツ関係の中にはかなりおられると。スポーツ界、NF、役員構成、理事構成、年齢構成などで必ずトラブルがあるわけですね。長く務めていると、JOCの理事、スポーツ協会の理事、副会長というのは肩書は世間的にはいいですが、そういう意味で長くやられた方は辞めるのが苦痛なんだと思います。ですから私は体協もラグビー協会も本当は、前代未聞のラグビーワールドカップをやったんですから、皆さんがもうちょっと残ってやったらどうかと言ってくれるかなと思っていたが、誰もそうは言ってくれなかった。それでしゃくに障ったんで、九州にいる森(重隆)さんを会長にしたんです。いずれにしてもラグビー協会の会長も早く辞めて、私に名誉顧問や名誉理事くらいと思ってそれもない。いかにラグビー協会は冷厳であるか。

そのラグビー協会もW杯前の19年6月に人事。新聞記者に聞いたら、W杯を目の前に辞めることないんじゃないかと。W杯が終わったら辞めればいいと。当時の会長もそうだとなり、みんなが黙って言えないことになっていたんだと。私はそれで憤慨したんです。自分たちがやりたいがために役員人事を半年延ばすのはもってのほか。私は強く抗議した。ただし、今まで一生懸命に苦労した役員のみなさんにはW杯の試合を全部見られるように手配しなさいと。見事に直前に岡村さんから今の森さんに変わられたと。山下さんからガバナンスコードについて、かなり難しい状況なんじゃないかなと。これもいろいろ聞いていました。同じように理事として頑張った方をどうやってオリンピックの時にと。これは山下さん、理事としてきちんとやってさしあげないとだめだと。

特にこの山下会長は竹田さんから20年ぶりくらいに会長が変わった。これは珍しい。それは竹田さんという大変な崇高なお立場の方でいました。立派な方なので自分で何か意思をおっしゃることはなかった。しかし、周辺が相当気を付けないと、評価されない面がたくさんあったと思う。いろんな不祥事もありました。お金の面で解決したことは1つもなかった。立ちはだかる競技は、橋本聖子さんがやってましたから、追及しにくい雰囲気があった。ですから、橋本さんが常に前面立つべきだという。国会の議員仲間に物が言いにくいということがあったと聞いています。そういう中で山下さんが皆さんの手によってお選びになられた。山下さんを全員で支える。

実を言うと昨日、組織委、JOC、東京都みなさん、国、関係者集まり、自民党本部で関係各位の会議がございました。その最後に山下さんがあいさつした。びっくりした。これが山下さんなんだなと。柔道以上にけれんみがあった。本来、山下さんがあれだけ立派な演説をするとは。みんなそう言っていた。しゃべり方だけではなく、理路整然と1つ1つしっかりした話をされてました。この原稿は籾井さんが作ったのかなと。いろいろ考えましたが、いずれにしてもみんな力を合わせて山下会長を守っているのだと安心しました。しかし、演説をしたのは山下さん。私もいろんな話の間、すばらしい山下さんのリーダーシップ、あらためて、大いに評価をし、これからもオリンピックに向けてしっかり頑張っていただきたいと。ご協力を賜ります。

これはテレビがあるからやりにくいんだが、女性理事を4割というのは、これは文科省がうるさくいうんでね、女性がたくさん入っている理事会、理事会は時間がかかります。これもうちの恥を言います。ラグビー協会は倍の時間がかかる。女性が10人くらいいるのか、いま5人か。女性は優れており、競争意識が強い。誰か1人が手を挙げると、自分もやらなきゃいけないと思うんでしょうね、それでみんな発言されるんです。結局、女性はそういう、あまり私が言うと新聞に漏れると大変だな、これはまた悪口を言ったと書かれるが、

  • 必ずしも数で増やす場合は、時間も規制しないとなかなか終わらないと困る。そんなこともあります。(日刊)
  • 女性を増やしていく場合は、「発言の時間をある程度、規制を促しておかないと、なかなか終わらないので困る」と言っておられた。誰が言ったかは言わないけど。(毎日)

私どもの組織委にも、女性は何人いますか。7人くらいおられるが、みんなわきまえておられる。

  • みんな競技団体のご出身で、国際的に大きな場所を踏んでおられる方ばかり、ですからお話もきちんとした的を射た、そういうご発言されていたばかりです。(日刊)
  • みんな競技団体からのご出身、また国際的に大きな場所を踏んでおられる方々ばかりです。お話もきちっと的を射ており、欠員があればすぐ女性を選ぼうとなる。(毎日)

長くなって恐縮です。山下さんが、私に最初にあいさつしろと。こう言うもんですから。私は長くなるよ、と。議事進行にご迷惑になるからと。というよりは私の立場を考えて、何か先にしないと失礼になると事務局は考えたと思う。そういう考えは無用です。ここに来れば、みんな同じなんです。ですから、そういう意味で、誰か偉い人が来たら、すぐさせるとか。特にそういうのは会議の途中でありますから「ただいま、何とか大臣が見えましたので、ごあいさつを」というのがあります。あれ1番、良くないですね。そんなつもりで来てるんじゃない。

今日、私は実際、しゃべりはないと。そう思って。言われなかったから原稿も用意してなかった。急な話ですから昨日一昨日使った、当時使った、この原稿を使ってくださいと。一昨日しゃべったことを何でなんだと。まあ、こういう風にみんなが気をつかってくれることは、ありがたいことでありますが、どうぞ、あんまり気をつかわないで。あんまり気をつかわれたら私もう来ないようにしますから。さっきから事務局の皆さんにも、そう申し上げた。山下さんも出てこられたんで、あなたが私を出迎えにエレベーターへ来られると、全理事にしなきゃいけませんよ、と。それができるんだったらいいが、できないんだったらやめなさいと、さっそく注意した。そういう意味で皆さん、円満にスポーツのことをしっかり考えて。

そして今日、最後にお願い申し上げるのは、オリンピック、ぜひ、どんなことがあってもやります。あまり具体的なことは言えません。これテレビがあるから言えないんですが、まあ、無観客、ということも当然想定しながら、いくつかのシミュレーションをしております。その無観客にもまた、いくらでも細かい部分はあります。要は、外国から来る一般のお客をどうやって水際で防げるかということです。選手、役員、その他関係者はですね、割といい。あとはアプリをみんな持ってもらって。今、認証カードで全部、自分の母国を出た時の写真が東京へ入ってくる。どの会場にも、その写真がいくというようなシステムを今、一生懸命、企業が考えてくれております。

ですから、どんなことあってもこれはやらなきゃなりません。簡単に来年に延ばせばいいとか、フランスに変わってもらえばいいとか、4年後でいいんじゃないかとかですね、そういう無責任なことを言う人たちがスポーツ評論家の中にもあるというのは、何なのかなあと。学問をやっているようだけど神髄がわかってない人たちがある。これを1年延ばして、皆さんに大変ご迷惑を掛けました。特にアスリートの皆さんにご迷惑を掛けた。しかし、これを延ばすことによって今、公表されてますが(追加で)3000億のお金がかかりました。したがって(延期前が)1兆3500億円でしたかな。それが予算が(合計)1兆6500億円まで広がったわけです。これを東京都と私どもが折半します。国が出すのはパラリンピックだけでありますので1500億。これはそのままになります。

したがって、私どもはスポンサーを集めて、お金を集めることはできないわけじゃない。しかし、これをやれば東京都と組織委員会には同額にするという約束になってますから。東京都が、そのお金を出さなきゃいけない。東京都はお金をどこから出すかと言ったら税金から出すしかないわけで。1兆6000億でおきたいんですが。

これをですね、また1年延ばすと簡単におっしゃいますが、選手の管理をやられてるだけでバスを二千数百台、借りているんです。今年1年あるわけでしたが、そのまま据え置いて来年、乗用車が約600台から700台。バス運転手も、その倍います。取っておかないといけません。変な話ですが、築地の跡に車を止めてありますが、そこに運転手がみんな控えるとなりますと、トイレから何から全部、想像を絶するような準備をしなきゃいけない。

ホテル、やっと昨日初めて、担当局長がホテル協会と解決しましたと。キャンセル全部しちゃったわけです。そのキャンセル料を1円も払わずに、また1年延ばして、同じ条件でまたやってくれと。こんな虫のいい要求を私は恥ずかしくてできないんだけど「会長は出ないでください」「あんたが出ると妥協するから」と言われまして。しっかりとした局長が、しっかり言ってました。だから全く昨年と変わらない形でホテルも全部、契約を済ませました。

まあ、そんなこと言い出したら切りがないです。これを全部、国民の皆さんに話してしまえば、だから金がかかるから五輪には反対なんだよ、という、またそういう声が出てくることになります。しかし、今はコロナになっておりますが、原点は東北。震災から始まったこと。熊本、新潟、災害はたくさんあって、そういう災害から立ち上がっている諸君を激励しよう、皆さんを元気づけましょう、ということがオリンピックの最大の目標だったはずです。それをみんな事を忘れて、コロナ、コロナ、コロナだから辞めてしまえと。そうじゃないんだと思います。しかも世界から多くのお見舞いをいただいた。

世界から、たくさんのボランティアが来た。募集した我々が想像した以上に集まってくれた。そしたら組織委が金を払ってやれとか、車代を出せとか、タダなら学徒動員と同じだ、とまで書いた新聞社もあるわけですから。そこまで、やっぱり批判されてきたわけです。1つ1つ、そういうものを挙げたら本当に切りがない話なんです。

ですが、皆さんの真心と各競技団体。そして何と言っても、役員のために、JOCのために、組織委員会のために五輪があるわけではないんです、IOCのためでもないんです。日本のアスリートのためでしょ。アスリートは、この本番でお客さんがいなくてもやりたいと言ったら、やらせてあげるしかないじゃないですか。誰もいなくても、走るだろう。

それを去年の1年前のイベントでご覧になったと思いますが、池江(瑠花子)さんを使って、国立競技場で1人で手を挙げて、トーチを持ってましたよ。大きな広告を全国の新聞に出しました。あの心境なんです。1人でも私は、やります。こんなに体力なくても私はオリンピックを目指します、という感じ。それを国民に見てもらった。だから日本中の国民の皆さんも、あの広告を見て「あ、五輪やるんだな」。そういう思いを皆さんが持っていただいたと思っています。どうぞ、大事な大事なアスリートのために、この五輪を何としても開催するんだ、ということを皆さんもご理解をいただいて、これから極めて難しい時期になりますけど、格別のお力添えをたまわれますように。また日ごろ、皆さん、すべての団体を代表して組織委員会にも多くの皆さんを派遣していただいておりますけども、厚く御礼を申し上げて、以上、長々と申し上げましたが、ちょうど時間になりましたでしょうか。ありがとうございました。どうぞよろしくお願いします。

2021年1月23日 (土)

金曜の夜なのに・・・・

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金曜の宵というのに人通りもまばらな銀座・並木通り

昨日は久しぶりの出勤日だった。仕事を終え天気も良いので、たまにはうまいメシを喰おうと妻を呼び出して銀座の天ぷら屋へ向かった。いま我々にできることは少しでも飲食店を援助することだ。妻と待ち合わせてそぞろ歩く銀座は5時過ぎだというのに人通りが少なく、中央通りの歩道も広く感じる。ただこんな早い時間にも関わらず、タキシードやダークスーツでびしっと決めたいわゆる「クラブの黒服」店員がビルの入り口にやけに目立った。どうやら緊急事態宣言で飲食店の営業は8時まで、酒類の提供は7時までと云うことで、普段は8時~9時開店の銀座も夕方の5時から営業しているのだろう。冬とは云えまだ明るさが残る時間、パーマをかけたばかりで職場へ急ぐホステス女性の派手な姿が酔客もいない街路で目をひく。


会社の接待費で昔よく来た銀座のバーやクラブはまだ健在かとビルにかかるネオンサインを見ると、知っている店の幾つかはつぶれたのか営業をやめている。あのママはどうしているのかとビルを見上げているうちに、この辺りも大混雑だったバブル時代の事を思い出した。あの頃はとにかく帰りの足であるタクシーを捕まえるのに必死で、お店に入るなり顧客のためにかかり切りでタクシー会社に配車依頼の電話をしていた。だがタクシーのチケットが乱れ飛んだ時代とあって、夜も更けるにつれ簡単にタクシーが捕まらず、大日本帝国(大和・日交・帝都・国際交通の四社)などはお得意様向け用に電話の裏番号があったし、運転手と個人的に契約している同僚もいた。それでも捕まらない時は寒空の下、土橋ガード下の四社の配車場に並んだが、その乗り場も今はもうなく「強者どもの夢の跡」という言葉が浮かぶ。


そういえば昨春、武漢ウイルス騒ぎが始まった時分には、パチンコ屋で感染すると云われたが結局パチンコ屋からクラスターが出たという事実はなかった。その後はGOTOトラベルが諸悪の根源にように云われ菅首相が批難されたが、GOTOが感染を広げたというエビデンスもなかった。そして今は飲食店やバーがスケープゴートになって銀座は閑古鳥が鳴いている。ここへ来て政府は休業や営業時間短縮に応じない業者には罰則を科すというが、基本的人権を損ねかねない法改正を拙速に強行してよいのか。日ごろ何かというと「人権」「憲法違反」と叫ぶサヨクや憲法学者たちが、今おし黙っているのが不思議だ。小池都知事やら医師会長の上から目線の自粛要請は「欲しがりません勝つまでは」「贅沢は敵だ」と国民に自粛を強いた戦時下を彷彿とさせる。天ぷらを堪能しガランとした銀座の街をほろ酔い気分で家路につくと、早く一億総ウイルス狂騒曲を終わらせ、街に元気が戻ってきて欲しいとの思いがますます強くなった。

2021年1月19日 (火)

パエリア 緊急事態宣言下の献立

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海鮮パエリアキット

テレワークで家にいる時間が増えている。接待や会食がなくなり家での夕食が増え、妻は献立をどうするか以前より頭を悩ませているようだ。そこで手っ取り早く鍋物にしようかということになり、週に1~2度は卓上コンロで寄せ鍋やおでん、しゃぶしゃぶ、すき焼きなどを食べる。テレビは今どの局を見ても武漢ウイルスの感染者数やその怖さを煽る番組ばかりでまったく見る気がせず、以前に撮りだめたBSのクルーズや鉄道の番組を流しながらの夕食である。財布の具合や帰りの足の心配がないので、つい晩酌アルコールの量も増えがちなのが少々気にかかる日々だ。


昨日はイトーヨーカ堂で買ってきた「海鮮パエリアキット」の夕食であった。パエリアといえば2018年12月に都内のスペインレストランで食べたのが最後で、ちょうどその年に飛鳥Ⅱで訪れたスペイン・バレンシアの味を懐かしんで食べたのだった。今回、たまには目先が変わった夕食も良いかと買ったキットは材料がすべてレディメードで、無洗米を始め有頭エビやホタテ、ムール貝やパプリカに調味料が入っている。米は本場の長粒米ではなく国産の令和元年の古米だったが、古い米もいい感じに水分が抜けて、パエリアには合っていたようだ。これを家庭のフライパンで蒸し焼きにすれば良いだけである。


もっとも妻はキットのままでは「パエリア風の料理」になってしまうと考え、ニンニクや玉ねぎ、さらに本場のパエリアではよく使わるウサギの代わりの鶏肉を投入し、いったん炒めた後にオーブンで焼きレモンを絞って「本物風のパエリア」に仕立てた。パエリア発祥の地であるバレンシアで食べたものは塩味が濃かったが、昨日のキットは旨味の効いた日本人にあった風味なのがご愛敬。キットは税抜きで798円、4人前と表示されているが2人で平らげてしまえる程の量である。それにしてもこのような「自粛」が続くと、毎晩料理を考える主婦も大変なことだろう。スーパーの同じ棚には中華キットのラインアップもあったから、これらを利用するのも目先が変わってよいかもしれない。

本場バレンシアのウサギ肉パエリア
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2021年1月17日 (日)

大学入学共通テスト(英文リーディング)

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昨日とうってかわって寒い日曜日の朝、だらだらと起きて新聞を広げると大学入学共通テスト第一日目の問題とその回答が紙面を埋めている。大学入学共通テストは、昨年までの大学入試センター試験に代わって今年から始まったテストで、高校3年生の姪がこの週末にチャレンジしている。彼女はどんな試験を受けているのだろうか、はたまた2年前に「2019年 大学入試センター試験 英語筆記」でアップしたセンター入試試験と大学入学共通テストはどれほど違うのかと思いたち、紙面にある英語のリーディングテストを解いてみることにした。英語なら仕事で永年使ってきたし、いきなりでも何とかなるだろうという軽いノリでのチャレンジである。


そう思ったものの新聞紙面に掲載されたテストの問題は活字がひどく小さい上、設問はすべてが長い文を読んだ上で回答する形式とあって、寝起きの頭にエライものにチャレンジしてしまったと一瞬後悔の念がよぎる。しかし若干18歳の姪がこんなテストに立ち向かっており彼女の試練は如何ばかりかと気を取り直し、まずは点眼鏡を取り出し、脳の活性化に良いかと朝の紅茶にいつもより多めに砂糖を入れて紙面に向かった。取り掛かかってみると、これまでのセンター試験と違って発音の正誤を問うような簡単な質問などはなく、メールのやり取りやホテルへの道案内、人工甘味料に関するレポートなどの問題文を参照しながら、その文章の真意や論理の展開が如何になされているかを択一式で回答させるものだった。


問題の中に難しい単語は皆無、持って回った言い回しもほとんどないが、提示された長文はほとんどがテストの問題にありがちなダラダラと締りのない文章である。もし会社で部下がこんな英文の草案を持ってきたら「必要でないことは書かない」「分かり難いことは箇条書きにする」「時系列順に書け」などと突き返したくなるようなテキストだが、そこから文章の要点を推し量るのが試験なのだから受験生も大変だ。ビジネス英語のように斜めにザっと目を通しても、相手が何を要求しているのか分かるような書き方とはまるで正反対の文章とあって、とにかく読み進めるのに骨が折れてしょうがない。制限時間80分とある中、30分ほど経過すると疲れてしまい、まず答えが何を要求するのか先に読んでから問題文に当たってみるなど英文と格闘することしきり。


こうしてキッチンで結構ウンウン唸りながら過ごした午前中だが、いよいよ解答欄と比べてどの位できている答え合わせをすると何と100点満点の80点しか取れていない。内訳は全45問中で単純な間違いが3問、英文の細かい解釈が違ったというのが4問である。一昨年のセンター試験の英語は200点満点で170点くらいだったし、今回も100点満点で90点くらいは到達するだろう、と甘く見て始めたが、今の我が英文読解力はこの程度のレベルなのかといささかがっかりした。後で姪からはこの試験は85点とれているはずと連絡がきたので密かに拍手を送ったが、こんなエネルギーのいる試験を英語だけでなく何科目も受ける受験生の苦労に触れて、思わず皆の健闘を祈りたくなった日曜日であった。

2021年1月12日 (火)

七草がゆと鏡開き

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1月7日は吉例の七草がゆを妻がつくった。歳の初めの例とて「 セリ・ナズナ・ゴギョウ・ハコベラ・ホトケノザ・スズナ・スズシロ、これぞ七草」とボケが進行していないか、記憶力を試して七つの名前を口に出してみる。松の内が明けるこの時期に春の七草を使って粥を作るのは、正月料理や祝い酒で弱った胃腸を休めるためだとか。いまや仕事はセミ・リタイアの我が身、僅かにやらねばならない仕事はテレワークで済ませ家で過ごす時間が多い日々とあって、季節感のリズムを蘇らせてくれる粥である。

鳴子温泉で買ったこけしの鏡餅

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1月11日は鏡開きの日だった。正月に神や仏に備えた鏡餅を切って雑煮や汁粉に入れて食べるのだが、江戸時代の武家の間では「切る」は腹切りに結びき縁起が悪いので「開き」にしたとのことである。我が家は先日訪れた鳴子温泉で買ったこけしの鏡餅を今年はお供えしたので、本当の鏡餅はない。よって簡易バージョンでスーパーの切り餅を使ったお汁粉である。恒例に従い神や仏に感謝し、この一年の無病息災を祈りつつお汁粉を味わう。ラグビーの大学選手権も終わり、これから東京六大学野球が始まる4月までは特に注目するスポーツもない。昨年の冬に久しぶりに行ったスキーをまた今年もやってみようかと、大雪の知らせを聞きつつスケジュールを考える睦月である。

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2021年1月 8日 (金)

武漢ウイルス陰謀論

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昨日は仕事で各社を廻り、どこもテレワークでがらんとしたオフィスで話をした。現役世代に「周囲に武漢ウイルスに感染した人はいない?」と聞くと、みな一様に家族・親戚・知人に感染者はいないと言う。例年ならインフルエンザや風邪で休む人がそこかしこにいるのに、武漢ウイルスが猛威をふるっているとされる東京でさえ、知っている限り周囲に感染者がいないとはどういう事なのだろう。年代別の感染者数や都内の各地域ごとの数字は報道されているが、性別や一体どこの国から来た人が感染者なのか不明とあって、我々も危機の判断のしようがない。そもそも他の病気で死にかけていた人も最後にPCR検査が陽性だと「コロナで亡くなった」とカウントされるとされる中で、どういう属性の人が死亡したのか、いかなる状況での感染なのかの実態は我々には分からない。その様な状況でもメディアはただただ「感染者」が増えたと大騒ぎをしている。


武漢ウイルスについての「感染者」は発症者と違い、検査の結果で陽性だった人すべてを指すのだと云う。だとすると春先に比べてPCR検査が普及し、検査を受ける人の数が飛躍的に増せば「感染者」も大きく増えるのは自明のことだ。我々夫婦も再開した「飛鳥Ⅱ」のクルーズに乗船するため、これまで2度ほど唾液によるPCR検査を受けている。また日本のPCR検査キットは他国と比べて高感度に設定されていて、外国なら陰性ないし偽陽性のものも陽性と判定とするらしい。さらに検体が東京の機関で分析されて結果が陽性と出ると、東京都の感染として数えられるとも云われており、本当に我々の周囲に武漢ウイルス感染者がそんなにいるのか発表された感染者の多さと実感の差異に戸惑う。出稼ぎや風俗系で働く外国人労働者の共同アパートなどではクラスターが発生しやすいと想像するが、国籍別、職業別の感染者の数が報道されないのも不思議だ。


昨夏に入院・手術をした病院では春先に武漢ウイルスのクラスターが発生しているが、かかりつけの泌尿器科の先生に「大変でしたねえ」と聞くと「えー、まあ」と笑いながらさして深刻なようすはうかがえない。日本は他の先進国よりはるかに感染者が少ない上に入院ベッド数が多いなか、病院も歯科医院もいつもよりガラガラに空いているのに「医療が逼迫」と聞けば、それはひとえに医療資源の配分が悪いというしかないだろう。国民に自粛を訴える前に、第三の波がくる事が必至と云われていたのに、感染者の隔離基準変更や医療従事者の再配置、機器の増設などの施策を実施すべきではなかったか。特に医師会という業界の利益・圧力団体が、感染症に対する内部からの提言や自らの改善計画もなしに、ただ上から目線で「大変だ大変だ、自粛せよ」と危機を煽っている様子がなんとも見苦しい。彼らは自分たちの過酷な状況ばかりを訴えるのでなく、困窮する旅行業や飲食業界従業者の診察代を割り引くくらい提案したらどうなのか。


ちょっと考えてみると、どうもこの武漢ウイルス騒動は不思議なことが多い。まず中国の感染者数は、検査で陽性となっても無症状者は除外されているし、発表される統計数字がまったく信用できない国だから、日本の基準にすれば実際の感染者は2桁くらい多いのではないか。中国共産党はウソの感染者数を発表することで、強権的な手法による一党独裁が西欧民主主義より優れているという自らの正当性を、世界に示すチャンスとして利用しているようだ。さらに中国は武漢ウイルスの実態を知っていながら当初情報を故意に隠蔽し、世界中の経済を混乱に落とし疲弊させたのち、中国資本が市場を席捲するというシナリオで動いているという陰謀説が頭に浮かぶ。これまでも新しい疫病を幾度も世界中にばらまき、今回また武漢でウイルスを発生させ情報を隠匿した中国に世界はなぜ強く怒らないのか。少なくとも国連は中国非難の決議をし、世界の各国はこの国に対して国家賠償くらいは請求して良いと思う。その前にいま何より声を大にして言いたいのは、日本は中国・韓国からの入国を一切停止することだ。

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