特別展「和食」於国立博物館
上野の国立科学博物館で10月28日~来年2月25日まで開催されている特別展「和食」に行ってきた。「和食」がユネスコ無形文化遺産に登録されてから10年、改めて日本の食文化をさまざまな角度から紹介する企画特別展である。いま和食は世界的ブームとあって、海外のクルーズ船の船内にも「すしバー」だけでなく「和食レストラン」がオープンするほどである。かつて海外では怪しげな「日本食」レストランが多かったが、最近は本格的な高級日本料理店も随分と増えたようだ。とはいえ、海外からの観光客が来日して驚くのは、天ぷら屋、寿司屋、蕎麦屋、とんかつ屋など、一つのジャンルの料理だけを出して飲食店としての商売が成り立つ食文化である。出汁(だし)を使うことを始め、なぜ日本食が他の料理と異なる発展をしたのかは不思議なところだ。私はふだん食に関してはあまり興味があるとは言えないが、こだわりのある妻が内覧会の招待券を当てたので、この機会に和食のことをもっと知っても良いかと散歩がてら上野の杜を訪問してみた。
「和食」の展というと、料理法の発達や栄養面での分析、また出汁や米・麹、みそ、醤油、日本酒などの歴史解説が主かと想像して入館したが、地理や地学的アプローチを交え、文化人類学的なワイドな切り口による特別展は想像以上で、時間の経過を忘れて見入ることになった。展示はまず人類の祖先がアフリカ南部から移動を開始した時から、世界の各地で何を食べて生きてきたかという説明から始まる。活字よりも豊富なサンプルや模型、分かり易い図表などが理解を深めるのに役立つ。次に日本列島の自然と食材のコーナーになるが、ここでは日本の置かれた地理的特性により、我々が大変豊かな食材に囲まれてきたことがわかる。また日本の水はなぜ欧州と違い、マグネシムやカルシウム分が少ない軟水なのかの詳しい説明もなるほどと納得。かと思うと魚貝のどの部分がすしネタになるのかなど、ちょっとした知識、小ネタが得られて、博物館を出たら上野近辺の寿司屋に入りたくなった。また江戸時代にすし、てんぷら、そばの外食文化が普及したことを館内に再現された屋台が示し、その伝統と日本人の繊細な感性が、今の一つの料理に特化する飲食店に繋がったことが伺えてわが疑問も氷解した。
展示をぐるっと回って、どのような経緯を辿って日本人が食べてきた食物が「和食」としてかたち造られ確立してきたかが分かったが、それにしても日本列島とはなんと食材の豊富な場所に位置しているかと、我々が於かれた環境に感謝したくなった。同じ島国と云っても、日本近海では4,500種の魚類が生息するのに対して、イギリスは300種、ニュージーランドでも1,300種しかいないそうだし、植物は日本が7,500種、イギリスが1,600、ニュージーランドが2,000とわが国に於ける生物の多様性は諸外国と比べて突出している。キノコも日本列島には3,000種と世界では有数の種を誇っているそうで、食材の豊富なことが和食の発達に大いに繋がっていることが分かった。話は変わるが最近の考古学の研究では、稲作文化は朝鮮半島を経て渡来したものではないということや、日本の縄文時代は従来考えられていたものより東アジア地域の中でも早くから開明していたことが明らかになっているそうだ。一方で地震、津波、台風など壊滅的な天災にしばしば遭遇してきたのも日本列島である。こうした環境で世界最古の歴史を誇るわが国の文化が育まれてきたわけで、下手な西欧グローバリズムに呑まれずに和魂洋才を是とし、日本列島で育まれた伝統や習俗を大事にすることが大切だと改めて思いつつ国立科学博物館を後にした。
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