カテゴリー「ニュース」の記事

2017年6月20日 (火)

米イージス艦とコンテナ船の衝突

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事故のイージス艦フィッツジェラルドと同型艦ジョン・S・マケイン(8362トン) 2009年12月横須賀基地公開日に撮影

日本郵船のコンテナ船CTX CRISTAL号と米海軍のイージス艦が衝突し多くのアメリカの若者が亡くなった。まずもってこの事故で亡くなった前途ある米国の兵士たちの冥福をお祈りしたい。それにしても2009年秋に自衛艦くらまがコンテナ船と衝突した事故の時にも思ったが、現代の軍艦というのは鉄板が薄い事にあらためて驚いた。旧帝国海軍では駆逐艦こそぺらぺらだったものの、巡洋艦以上の軍艦は装甲が厚かったと云われる。今の戦争は魚雷戦などがないのでこれでよいのだろうが、現代の巡洋艦たるイージス艦の船穀はこんなにも薄いのか。


報道ではよくわからないが今回の事故はどうも2隻とも伊豆半島の先端、神子元の灯台をかわして東京湾に向かう同航船だったようだ。当夜の視界は良好だった中、コンテナ船がイージス艦の右舷後ろから追突したとすると、ねずみ色でただでさえ見にくい軍艦のうえ、コンテナ船からはマストや両舷の赤青の灯火が視認できない位置、船尾灯しか見えない方向からぶつかったのかもしれない。追突だとすれば見張りをしっかりしていれば防げた事故だとも思うも、衝突したとされる午前2時頃は当直の2等航海士と操舵手(クオーターマスター)の二人ウォッチで、2航士が海図の確認などで遮光カーテンの奥で作業すれば、ブリッジは実質一人体制になる時もある。


NHKニュースでは内航船の船長の話として「3人ブリッジで見張りをしているはず」と言っていたが、これは2航士とクオーターマスターの他、船長もブリッジで操船をしている事を指しているのだろうか?ただ事故現場が船舶の輻輳する海域と云っても、深夜に神子元灯台をかわって翌日の早暁に着く浦賀のパイロットステーションまでは船長は居室に戻っていたのではないだろうか。というのも東南アジア航路の本船はここに来るまで荒天などでそもそも日本到着が遅れていたようで、その後の神戸・清水・名古屋・東京・横浜に連日入れ出しするスケジュールもかなりタイトである。船長は睡眠不足だったはずで、明朝の東京湾に備え少しでも寝ておくため、神子元を通過してからはブリッジにはいなかったのでないかと推測する。


かつて1980年代、私が北米航路のコンテナ船担当だったころは釜山・神戸・名古屋・清水・東京と毎日各港入れだしのスケジュールを船長(当時はみな日本人)に提示すると、毎回「俺を殺す気か、これじゃずーっと寝る閑がないじゃないか」とひどく怒鳴られたものだ。今回のコンテナ船はフィリピンクルーだそうで、実質的に日本の船主が日本郵船に定期用船で長期に貸し出している船である。これから保安庁の調べや海難審判で様々な事実がわかる事になろうが、就労体制も含めて一刻も早く原因が究明される事を望みたい。それにしてもコンテナ船の代船手配や船荷証券はじめ膨大な輸出入書類を書き換えなどに皆テンヤワンヤだろうと関係者の苦労を思うと心が痛む。


2015年2月 9日 (月)

「おおすみ」事故報告書公表

昨年1月、広島県沖で海上自衛隊の輸送艦 「おおすみ」 と釣り船が衝突した事故で、国の運輸安全委員会の調査報告書がこのほど出されたのでさっそく全文を読んでみた。それによると釣り船が事故直前に進路を変更し、「おおすみ」 に接近した事が原因と報告書に記載されている。この件について事故当時このブログで2度にわたり自衛艦に原因があるかに報道したメディアはおかしいと指摘したが、やはりというべきか当然というべきか、調査報告書では事故の原因が釣り船にあったとされたのである。( 自衛艦については早い段階での減速、より大幅な減速を行うなどしていれば、事故を回避できた『可能性』があると調査報告書は指摘している。)


当時、新聞やメディアの報道に接して違和感を覚えたのは、海上衝突予防法によって相手船を右舷に見る船の側に避航義務があるから、「おおすみ」の左舷に釣り船がぶつかっている(すなわち釣り船の右舷がおおすみに当たっている)なら、まず釣り船側に主因があると疑えるのではないか、という事であった。もちろん船舶の輻輳する海域や狭水道などでは様々な要因が絡む場合があるものの、どうも今回の事故ではそういう要素が少なそうだから、まあ 『普通』 の感覚の持ち主なら釣り船側に操船のミスがあったのではないかと疑ってよいはずだ。


それが当時のメディアとくると、テレビ朝日の古館キャスターやコメンテーターなど多くが 「大きな船が見張りをしっかりしていないから事故に至ったのでは」 とまったく根拠のない憶測報道をしていたものだ。なかには 「おおすみ」 が事故直前に左舷に大廻頭をしたかの如く妄想図を描いてみせたテレビニュースや新聞もあったが、こういう人達の意見も今日の報告書で吹き飛んでしまったわけである。そんなメディア人間たちが頭を丸めずに、今日もしたり顔でデタラメな解説を垂れ流しているのかと思うとなんだか恐ろしい気がしてくる。今回の報告書では、釣り船の船長は船の同乗者にライフジャケットをつけさせなかった上、「おおすみ」の早くからの五度に亘る注意の汽笛にも 「心ここにあらず」 という感じで反応していない様にみえるのである。


さて今日の発表の後、ここに至っても朝日新聞(デジタル版)では 「釣り船乗船員、報告に憤り」 と事故調査委員会の報告を暗に批難しているが、彼らは目撃者の証言も取り入れた客観的な調査よりも感情を優先した方がニュースになるとでも思っているのだろうか。1月の冷たい海で亡くなった釣り船の乗船者には謹んで哀悼の意を表するし、自衛隊の様な国家権力を監視するというのがメディアの役目だとしても、妄想や思い込みから報道がつくられるのではいわゆる『慰安婦』問題と何ら変わる事がない。そろそろ 「自衛隊と民間の事故」→「自衛隊が悪」というステレオタイプの報道をやめにして、これを機に小型船や漁船の操船不注意による事故や、その防止策を論ずる事こそメディアの役目ではなかろうか。

昨年の記事
四半世紀ぶりの電話(2014年1月16日)
「おおすみ」事故の報道(2014年1月17日)

当時メディアが作成した妄想図
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2014年8月 7日 (木)

朝日新聞「終わりの始まり」

「捏造」「日本をおとしめる」などと高まる世論に抗しきれなくなったのか、ついに朝日新聞が『慰安婦』に関する検証記事を書いて、強制連行の事実は確認できなかった事や、女子挺身隊と慰安婦問題を混同した事で、自らの過去の誤りを『一部』訂正した。有史以来、世界中であった軍隊相手に商売をする女性たちを、ことさらセンセーショナルに「従軍慰安婦」なる呼称で呼び、挺身隊と結び付けて、あたかも国策で強制的に連れてきたかの如く虚報を発しつづけて30年間、橋下大阪市長の云うとおり朝日の犯した罪はきわめて重い。この問題について朝日がどう決着つけるのか、かねてから興味を持っていたのでさっそく昨日は購読する読売新聞の他に朝日・毎日・産経の各紙朝刊を買って読み比べてみた。


毎日新聞は、一面で朝日関係者の国会喚問をほのめかす石破幹事長に対し「報道の自由懸念残す」との見出し。ニセの記事がきっかけで外交問題に発展しているのだから、その記事が作成された経緯を国会の場で公けにする事は、むしろ「国民の知る権利」につながると私は思うが、朝日と同じく偏向している上、斜陽の毎日らしくいささかピントはずれの記事が笑える。産経新聞は西岡力氏(東京基督教大学教授)の「日本の名誉傷つけた」などのコメントで堂々の論陣、朝日の最近の主張 『強制連行なくとも強制”性”はあった』 というやけくその言い訳を論破し、この問題で完勝した喜びが紙面から出てくるようだ。読売も思ったより冷静ながら「朝日こそ問題の直視を」(坂元一哉・阪大教授)のコラムに「朝日の責任問う声」の記事が意地をみせる。


肝心の朝日は、「1990年代当時は他紙も同様の記事を書いていた」と、まるで間違えたのは皆も同じで「悪いのは僕だけでないもん」とふて腐れた子供の様だ。朝日がかつて報じた如く国家の後ろ盾で強制的な連行があり、何万人もの女子挺身隊が意に反して『慰安婦』とされたか否かが事の本質だったのに、その記事が間違いとわかるや「女性への暴力」だとか「本質は人権問題で、強制があったかは大きな問題ではない」などと識者のコメントに託しつ話をすり替えるあたり正に三百代言。教師に反省文を書かされた中学生が「書きゃいいんでしょ、書きゃ。本当は何も悪いと思ってないし」とペロっと舌を出しているかの様な往生際の悪い検証文である。


なにしろ朝日新聞たるや戦争中は最も軍国主義を煽ったと思ったら、戦後はニセの伊藤律の単独会見、最近ではサンゴ礁事件とデッチあげがお得意の新聞である。お祭りどんどんに主義主張の為なら何でもOKの空気が社内に蔓延しているのだろうか。本当に慰安婦問題を検証するなら、下手な言い訳と問題の敷衍化をさけ、これまでの記事の全面撤回と真摯な謝罪をしたらどうなのだろうか。私も朝日新聞を祖父の代から購読してきたが、余りの偏向ぶりにとうの昔に読売新聞に代えてしまった通りである。正力や渡邉礼賛とジャイアンツばかりの読売も少々ウザイが、朝日の偏った記事に較べれば可愛いものである。西山事件が一つのきっかけで毎日新聞は傾いていったが、慰安婦問題の検証をはぐらかしている朝日を見ると、この会社の「終わりの始まり」がいよいよ始まった気がしてならない。

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2014年1月17日 (金)

「おおすみ」事故の報道

その後、自衛艦「おおすみ」と釣り船の事故についての報道が続く中、船舶に装備されているAIS(船舶自動識別装置)の航跡を見られるサイト(マリントラフィック)から、「おおすみ」の衝突までの航跡が判った。それによると事故が起きたと推定される時間(15日0800頃)に「おおすみ」は180度(真南)に真っ直ぐ向かい17.4ノットで航行していた。これに対してつり船の乗客は「100米の距離で併走していた『おおすみ』を右舷側から追い抜くかたちで左舷側に入ったが、10分後「おおすみ」の汽笛が一回聞こえ(おおすみが右転する事を示す)同時におおすみの左舷に接触して転覆した」(読売新聞の17日夕刊要約)と証言しているそうだ。


ここで第一の疑問が湧いてくる。釣り船は通常20ノットから30ノットのスピードが出る。「おおすみ」は約17ノットで真っ直ぐ航行していた事がAISデータで判ったから、釣り船が一度追い抜いたら時間の経過と共に両船の位置は離れるはずである。それが「おおすみに追突された」との証言になるのは、釣り船が大幅に蛇行したか速度を大きく減じたかの可能性が強い。またこの乗客は「おおすみを抜く前に、タンカーが対向してきた」と述べているそうだが、視点の低い釣り船からは直進してくる相手船がタンカーなのか、(乾)貨物船なのか砂利船(ガット船)なのか区別がつかないはずだ。なぜこの乗客は対向して来た船が「タンカー」とわかるのだろうか? つまりは事故で動転している釣り船の乗船者に、メディアが無理やり証言を引き出そうとして、却って乗船客の記憶を混乱させているのではなかろうか、という疑問につきあたる。仮に漁場に近づき釣り船が大きく速度を落とした場合、もし操縦困難なら漁船は法律に基づいた表示をする義務があるし、そうでなければ釣り船はなお直進する「おおすみ」を右舷に見て衝突するコースにいるので避航義務があるはずだった。


そもそも広い海原の中での自船の位置は、2地点以上の目標を羅針盤で見比べ海図にプロットして初めてわかるものである。釣り船の乗客は自船が蛇行していたのか、はたまた「おおすみ」が航路を変えて自船の前に回りこんだのか正確には認識できなかったのではと考えられる。まして証言している乗船客は釣りの準備などをしていただろうから、積載されていたされるGPS画面を正確に監視しているわけでもなかったはずだ。なぜメディアは素人がちょっと考えてもわかるこんな疑問を一切検証しようともせず、事故で混乱している釣り船の乗客の証言だけから「自衛艦の見張りが不十分だったのでは」という憶測に基づいた放送をするのだろうか。自国であれ他国であれ軍艦に行き交った際には敬意を表し、自船の国旗を下げるのがシーマンシップの基本であると言うことを、報道する人達は知っているのだろうか。

2014年1月16日 (木)

四半世紀ぶりの電話

昨晩は新年会で酔っ払っていい気持ちで帰宅すると、護衛艦と釣り船が広島で衝突したニュースがテレビ朝日の報道ステーションで放送されている。同じ方向に同航していた船舶同士がなぜぶつかったのか、原因についてはこれからの調査を待たねばならないが、それにしてもまだ何も特定できないうちに、昨日は古舘キャスターの横に座った朝日新聞のコメンテーターがひどかった。「大きな船が見張りをしっかりしていないから事故に至ったのでは」と云う趣旨の発言を臆面もなく喋っている。サヨクの人たちは自衛艦と民間の船、特に相手が漁船の場合などは、原因がわかる前から自衛隊側に非があるかの様に言うのがお約束としても、この時点での一方的すぎるコメントに思わずテレビの前でのけぞった。2008年に房総沖でイージス艦「あたご」と漁船が衝突した事件の刑事裁判は、操艦していた自衛官が無罪になったが、当時のメディアは海上自衛隊を大いに叩いていたのが記憶に新しい。


大きな船であろうと小さな船であろうと、見張りは全船舶に義務づけられているし、海上衝突予防法の追い越し船がどちらかはまだわかっていないのに、大きいから責任が重いとの発言は余りに初歩的、というより意図的な間違いで視聴者を甘く見ている嘘である。で、つい酔った勢いもあって、なんと25年ぶりにテレビ朝日に抗議の電話をしてしまった。そういえば25年前は朝日新聞のサンゴ事件(朝日新聞のカメラマンが自分でサンゴに傷をつけ、自然破壊をする者がいると虚偽報道をしたもの)を、当時ニュースステーションが大した事がない様に報道したので電話をしたのだった。その時は 「テレビ朝日と朝日新聞は別の会社ですが」 と電話の相手が言うので、「では隣に座っている朝日新聞のコメンテーターは何ですか?」 と反論すると、「貴重なご意見を現場に伝えます」と誠意のない返事が返ってきたものだった。そんな事もあって不愉快なので永い間購読していた朝日新聞は止めてしまった。


今回、25年振りのテレビ局への電話は、「この電話は参考のために録音します」という録音された音声に続いて係りの女性が受話器に出てきた。さっそく報道ステーションのコメントについて「見張りの義務は双方にある。大きいから自衛艦側に責任があるかの様な予断を持った報道はおかしいのでは。あたごの件でも報道の基調とは違って、裁判の結果は自衛官には刑事罰が課せられなかったではないか」 と怒りを抑えつつ喋ったところ、「ご意見は関係者に伝えます」と予想通り紋切り調の返事が返ってきたのであった。まあこんな意見を彼らは万分の一にも参考にする事はないだろうが、いい加減な報道やコメントをたれ流しておきながら、先の特定秘密保護法の成立に際しては言論や報道の危機だなどとおよそ見当違いのニュースを放送するメディアである。ここはごまめの歯軋りでも一つ抗議をしなくては江戸っ子がすたるというもので、四半世紀振りにテレビ朝日に電話をかけてしまった新年会の夜だった。


2013年7月21日 (日)

デトロイト財政破綻とビバリーヒルズコップ

1990年代にアメリカ東岸や五大湖向け鋼材・鋼板輸送の仕事をしていたので、何度か出張でデトロイトに行った事がある。よく泊った郊外のホテルのそばにはフォードの大きな看板が立っていて、ここはいかにも自動車の町という事を肌で感じたものだった。デトロイトはセントローレンス川に面したアメリカらしい町だったが、街中には治安が悪い地区があるからそこには近寄るな、と地元の人に注意を受けた記憶がある。1980年代前半から日本車の輸入攻勢に押されてアメリカの自動車産業は斜陽となり、失業者が溢れて市の財政が厳しくなるとともに治安も悪化していたのである。


そのデトロイトが財政破綻して連邦破産法9条(チャプター・ナイン)の適用を受けるという。ニュースによると市内で事件が起き、通報しても、警察が来るまで1時間近くかかり全米で最悪の状況、救急車は半分が動かないというから住民に対する各種サービスは完全に機能マヒに陥っているようだ。これから市の職員の待遇を下げたり、退職者の年金減額などで財務負担を減らしながら再建を目指すと報道されているが、車窓から見た寂れた一角を思い出すにつけ、果たして順調に再生できるのか、道のりは長いのではないかと予想する。


そんなデトロイトの警察といえば思い出すのが、1984年エディ・マーフィの主演になる”ビバリーヒルズ コップ”である。デトロイト市警のぶっとび刑事アクセル(エディ・マーフィ)が、殺人事件を追ううちにビバリーヒルズに行き着き、痛快無比な活躍で事件を解決するという娯楽映画で、当時は続編も出る人気作品だった。映画は華やかさの象徴、カリフォルニアのビバリーヒルズのスマートな警察と、寂れた町デトロイトのやさぐれ警察の違いを見せながら、さまざなアクションとともに痛快に筋が展開していく。公開された当時は何と云う事なく画面を見ていたが、なぜアクセル刑事がデトロイトから来てビバリーヒルズなのか、困窮と富を象徴する2つの町を対比する事でストーリーをより際立たせる狙いがあったのだろう。ニュースを見て、そんな事が脳裏に浮かんだのだった。
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2013年7月 5日 (金)

TBS偏向報道  喝!

ニュースによると、自民党はTBSの報道内容が公平さを欠いてるとして取材を拒否すると云う。参院戦を前に全国ネットのテレビ放送に自ら出演しないのも大変な決断だが、私も常々TBS系列の日曜日朝の”サンデーモーニング”が偏向していると疑問に思っていたので、自民党の怒りもなるほどと理解できる気持ちだ。今回の原因はTBSの「NEWS23」6月26日の放送が、先の国会会期末に電気事業法改正案などが廃案となった原因を、自民党にあるかのように報道した為だとしている。ちょっと思い出してみれば、会期末に少数野党から出された形ばかりの首相問責決議案に対し、「問責決議より重要法案を通すことが 先だ」と意思表明をしていたはずの民主党が、その僅か2時間後の採決で賛成に廻ったため可決されてしまい、結果いくつかの重要な法案が審議出来なくなった訳で、これが自民党の責任だというのはどう考えても首を傾ける報道だ。


今回廃案となった中には日本船舶警備特例法案も含まれていて、これが通れば海賊対策の為に日本籍の船舶に武装した警備員を乗船させる事が可能になるはずだった。日本籍のタンカーの安全運航だけでなく、現在、飛鳥Ⅱなどの客船が海賊を避ける為に、はるかアフリカ最南端を廻って世界一周しているのに対し、法案が通ればスエズ運河や東地中海を通って航海できる可能性も出て来るだけに、クルーズファンとしても注目していたのである。まあ客船などはごく一部の事だが、そのほか廃案になった重要法案を見ると、今回の首相問責決議でどれだけ多くの国民が実質的な迷惑を蒙るのか、問責決議の提出やそれに賛成に廻った党の不見識、国民不在の党利党略の国会に憤りたくなる。


さて”サンデーモーニング”である。毎回の偏向的な報道に辟易としているのだが、土曜日の夜にマチャアキの”チューボーですよ”を見てテレビを消すので、日曜の朝にスイッチ・オンするとそのままTBSが始まるから、ついダラダラと見てしまう事が多い。そもそも出演する数人のコメンテーターの顔ぶれを見ているだけで、随分と偏っていると感じているうち、彼ら彼女らはお約束通りおおむね競争やら自由貿易、自己の責任という事に後ろ向きで、社会主義的かつ観念的なコメントを述べるので辟易としてしまうのである。おまけにかつてはレフトに球が飛ぶと、ピッチャーが「こらあかん」としゃがみこんだと云うほど下手くそな守備だった張本が、自分の事は棚にあげて「渇!」などとスポーツコーナで叫んでいると、思わず耳を覆いたくなってチャンネルを変えるのが日曜日の朝である。TBSの報道はもう少し何とかならないか?

2013年3月12日 (火)

さよなら東横線・渋谷駅

新しく出来た渋谷ヒカリエで開かれたクルーズフェア2013を覗いた後、この3月15日で役目を終えて再開発される東横線渋谷駅の最後の姿を見ておこうと改札口に行ってみた。80年以上の歴史を刻む東横線渋谷駅は、3月16日にメトロ副都心線と東横線が相互乗り入れするに際し、地上2階の現在の場所からヒカリエ地下の新ホームに移る。私にとって若い頃に永年利用した渋谷の地上駅が消え去る事になり、一抹の寂しさと時代の流れを感じるのである。


特に東京オリンピックにあわせて改造された現在の駅は、かまぼこを横に連ねた様な天井に、側面に逆三角形の飾り板が並ぶ独特の景観で、この逆三角形を見る度に「渋谷にいるな」と実感させられたものだ。関西私鉄の阪急・梅田や南海・難波駅などには敵わないものの、東京では珍しい平面・4線7ホーム頭端型の駅は、いかにも郊外電車のターミナルという感じがあって、ことに昭和40年代は青ガエル5000系、セミステンレスカーの6000系、オールステンレスの弁当箱電車7000系、それに新鋭8000系など各種車両のオン・パレードだったから、ここで電車を見ているだけでウキウキしたのであった。


まもなく廃止になるホームを改札の脇で見ていると、大学時代、三田の校舎で午前中の講義を終え、合宿所やグランドがある日吉に戻るたために、学ラン姿で昼下がりにここから電車に乗った記憶が蘇ってくる。沿線には武蔵小杉に法政大学、綱島に青学大のグラウンドがあって、知った選手をみつけては彼らがどんな練習をしているのか、今どんな状態なのか情報交換した事などが懐かしい。


それにしても若い頃の渋谷は「大人のまち」などと呼ばれていて、道玄坂の色街や宮益坂あたりに気取った一角もあったが、一体いつからこんなに若者ばかりのせわしない町になったのだろうか。行き止まり式のホームが消え副都心線から東武や西武の電車が直通してくると、この町の風情もさらに変って、もはや我々の記憶に残る渋谷とは違った盛り場になってしまうのだろうか。
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2013年2月 9日 (土)

縄文時代の東京都民

新宿区のマンション建設現場を発掘調査していたら、約4000年前の縄文時代中期~後期の遺骨11体が発掘されたと先日ニュースになっていた。という事で暇な我々は、さっそく現場を見に行ってみる事にした。場所は市ヶ谷の防衛省から数百米北側、市谷加賀町にある住宅地の一角で大手デベロッパーによるマンションの工事現場である。ここはちょっと前まで大きな古いお屋敷が建っていた所で、ついに業者に売られたとみえ周囲をフェンスで囲んで工事が始まっている。酸性土で覆われた武蔵野台地にしては珍しく良い状態の遺骨の群が今回見つかり、学術的には大きな発見なのだそうだ。


現場に佇み、いにしえにここはどんな景色だったのだろうかと想像をめぐらすと、これがなかなか住みやすい場所だった様な気がしてきた。南側にあたる防衛省前を貫く現在の靖国通りは江戸築城前には川だったと云われるし、ここから北に少し行くと神田川の大きな流れに突き当たる。すぐ西の外苑東通りは今でも小さな谷になっているから、当時はきっと小川が流れていたに違いなく、この場所は三方を川に囲まれた日当たりの良い台地だった事だろう。多分、武蔵野の雑木林が生い茂っていたから木の実などが豊富だったはずだし、遺骨の歯が一応に磨り減っていた事から動物の皮をなめしていたらしく、このあたりには獣も多かったと推測できる。


地下1米ほどから遺骨が出てきたと報道されているから、我々が生活を営む東京の他の場所も、ちょっと掘り下げれば様々な時代の遺跡などが埋まっているのだろうか。表面に残ったものは風化して無くなってしまうが、土に埋もれたものが時空を超えて今に現われたかと思うと、先人達が「俺達も東京都民の大先輩として、ここでこうやって生きていたのだぞ」というメッセージを伝えてくれている様にも感じる。先達が弥生人や他の人たちとどう交わり、今の我々に繋がってきたのかなどと思いを巡らせ、考古学とか先史のロマンを感じながらぶらぶらと加賀町の現場を巡ったのであった。
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2013年2月 3日 (日)

スポーツ野蛮国

桜ノ宮高校に続き高校駅伝の名門校で体罰があったと報じられ、その他にも多くの人がこれまで運動部で体罰にあったと云うアンケートが発表されている。一般社会ではCSRだ、ガバナンスだ、コンプライアンスだとがんじがらめになっているのに、教育やスポーツの現場ではまだこんな事が行われていたのかと大いに驚く。私が学生時代に経験した運動部には幸い体罰の伝統はなかったが、試合会場で顔見知りの他校の部員が「夕べ下級生全員殴られた、もうこんな学校にはいたくない」などと顔を腫らして泣いているのを見て驚いた覚えがある。そもそも鉄拳指導は終戦で軍隊から帰ってきた兵隊によって広く行われる様になったそうで、戦後すでに70年近く経ているのに旧軍隊の悪弊が残っているとは、教育や体育の世界が世の中からいかに閉ざされ遅れているかが伺いしれるのである。


私などは心理テストを受けると「信念をもった厳格、頑固な父親タイプ、感情で動き、物事を楽しんで行う人を見ると腹をたててしまう事もある」という結果が出て笑ってしまう位だから、運動における厳しい指導の意味は十分わかるつもりだ。また理屈を超えた鍛錬が選手を大きく伸ばす事も事実なのだが、それを達成するのに暴力を使わなければならないとしたら、そんな運動は指導する価値も指導される価値もないと思っている。しかし今だに近所のグランドで行われる少年野球の練習などを見ていると、コーチと称される人達がエラーをした子供を口汚く罵っている場面に遭遇し、こういう指導がまかり通る所に今回の騒動を許す下地があるのだろうと感じるのである。


どうやら報道されているのは氷山の一角で、全国にはいつ自分の事が表沙汰になるのかと戦々恐々としている教師やコーチが多数いるのだろうと想像が付くが、世界の国々でこんな騒動は聞いた事がないから、スポーツの指導で暴力が許されているのは日本独特のやり方に違いない。オリンピックを再び東京に招致しようとしている現在、肝心のスポーツの指導で暴力がはびこっているとすれば世界の笑いものになりかねず、文明国として恥ずかしい限りである。これを機に暴力の一掃は云うまでもなく、校名宣伝のために勝利至上主義に陥っている学校スポーツのあり方などを考え、スポーツの持つ自主性や楽しみをより評価する動きが強まれば良いと私は考えている。

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