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2024年4月

2024年4月30日 (火)

東京六大学野球 慶應の渡辺憩君 初スイングがリーグ史上初の快挙

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渡辺選手の史上初の初打席代打サヨナラホームラン(BIG 6 TVより)

風薫る季節、昨日は恒例の東京六大学野球春季リーグ戦の法政‐慶應、早稲田-明治の試合を観に明治神宮野球場に行ってきた。両カードとも1勝1敗で迎えた3回戦、この日勝てば優勝に一歩近づく大事な2試合とあって、観客席には1万余の観衆が入っていた。第1試合の慶應 対 法政戦は今秋のプロドラフト会議で上位指名が期待される法政の篠木君(木更津総合)と慶應の3年生エースの外丸君(前橋育英)の投手戦が予想されていた。篠木君は、1990年ごろに法政のエースとして活躍しプロ入りした高村祐投手(宇都宮南)を彷彿とさせる本格派の右腕で、下級生の頃から注目されていた投手である。片や外丸君は変化球をうまく使い、昨秋は慶應を大学日本一に導いたクレバーな投球が持ち味。試合は見込み通り投手戦が続き、後を継いだリリーフ陣の頑張りもあって、9回を終わってスコアは1対1のまま延長戦へともつれこんだ。


1対1のタイゲームのまま、連盟規定によりこの回を以て引き分け再試合となる12回裏の慶應の攻撃に、代打で起用されたのが一年生の渡辺憩君。昨年夏の甲子園大会で優勝した慶應高校の捕手で、これが神宮デビューとなる。このまま引き分けになるかとの雰囲気も漂い始めた一死後の打席、3ボール、見逃しの1ストライクの後、法政3年の宇山君(日大三)の高めの直球を渡辺君が思い切りよく振ると、なんと打球は高々とレフトスタンド中段に飛びこむ大ホームランになった。初打席の代打サヨナラホームランは長いリーグ戦史上でも初の快挙だそうだが、さらに彼の場合には大学に入った春の打席の初スウイングでもある。大学の公式試合で初めて振ったバットに当たった球が、優勝を左右するかもしれないサヨナラホームランになるとは劇的な幕切れであった。まさに野球は筋書のないドラマである。明治や法政に較べて選手層が薄い慶應が良く戦っているのは、堀井監督の采配が冴えていることが大きな要因だと思える代打の一振りだった。


眼前でプレーする選手たちも、もう孫の年代になってきた。母校が勝っても子供たちの勝敗にあまり興奮しないように、相手校の良いところも見ようと自制しているのだが、やはり第1試合で慶應が勝てば気持ちよく第2試合も見られるというものである。第2試合の早明戦は、これまたプロが注目する明治のショートストップ宗山君(4年・広陵)が出場するので試合中盤まで観戦することに。残念ながら宗山君は早稲田の伊藤投手(3年・仙台育英)の奮闘でこの日は良いところがなかったが、実力に加え甘いマスクでこの後人気も高まることだろう。ということで、こちらも延長戦の末に早稲田が5対0で明治を下して早慶が今週は勝ち点をゲットした。プロに進むにせよ一般企業に就職するにせよ、神宮球場で大勢の観客や母校の応援団の前で野球が出来ることに誇りを持って、各校の選手達はこの後もリーグ戦を盛り上げて欲しいものである。


ふと気が付けば、隣はかつて昭和の時代、リーグ戦を沸かした慶應の大エースが一人静かに観戦している。周囲には選手の友人や父兄に混じって、腰が曲がったり杖をついたりして来場した老人が、日がな一日、のんびりと野球を眺めている。老人たちの中には相手側スタンドの校歌も一緒に口ずさんでいる人もいて、きっと彼らは長い間このリーグ戦を見てきたに違いないと密かに共感を覚える。私も各校お馴染みの校歌や応援歌を聞くと、かつて目の前で繰り広げられた情景や六校の選手が活躍するありさまを思い出し、その折々に自分が置かれていた境遇やその後の来し方が自然に頭に浮かんで懐かしい気持ちになる。東京六大学野球のリーグ戦を見始めて60年、今日もここで元気に野球を観戦できる幸せを噛みしめながら、若者の溌剌としたプレーに自分も元気を貰った。神宮球場は「私の居場所」という空間である。

第2試合の早明戦開始
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2024年4月27日 (土)

半日鉄道プチ旅行 京王相模原線 JR相模線

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京王相模原線 運転士の速度テスト(右の指導運転士がボードで見習い運転士の速度計を隠して速度感のテスト中)

連休を前に仕事も一段落で、久しぶりに半日のプチ鉄道の旅に出かける。地図を広げて今回はどこへ行こうかと考えていたら、JR相模線に乗りたくなった。わが家では時々、厄除けで有名な相模の国一の宮、寒川神社にクルマでお参りに行っており、その際に神社のすぐそばを相模線の電車がトコトコと走っていることが気になっていた。一度この神社のあるあたりを電車の窓から眺めてみようかと思ったのが、今回この線を選んだ理由である。相模線は神奈川県の北東部にある橋本と東海道線の茅ヶ崎を結ぶ33キロ、全線単線のローカル線で、東京近郊区間にありながら、1991年まで電化もされず気動車で運転されていた路線である。かつては収益も苦しかったが、終点の橋本駅はJR横浜線と接続するだけでなく、京王相模原線の終着駅でもあり、さらに話題のリニア新幹線の新駅がここに開業予定というから、今後の発展が大いに期待される路線である。


ということで、昼前にまずは新宿から京王線の橋本行特急に乗車する。この特急は調布で本線から相模原線に乗り入れるが、考えてみればこの線の電車に乗車するのも初めてだ。府中や高尾山方面に行く際には京王線本線を利用することはあるものの、新しいベッドタウンの中を走り抜ける相模原線は、親しい友人か親籍などが住んでいなければまず訪れる機会がないエリアだ。乗車した特急電車は調布で分岐後に多摩川を渡り、新緑の多摩丘陵の北の麓を縫うように西進、途中で小田急多摩線としばらく並走するなど、初めての風景を眺めるのが目に楽しい。と、いつものようにかぶりつきで前を注視していると、見習いらしき女性運転士の横に立つ指導運転士が、やおらプラスチックのような小さな板を取り出し、暫くの間それを速度計の前に置いてメーターを隠している。これがいわゆる「速度観測」で、新米運転士に速度計を見なくとも正しい速度を体感させるテストかと、彼女のこれからの健闘を後ろから見守っていた。混雑のない平日の日中、閑散区間で行われる運転士のテストの様子を目の前で見られるのも、暇な老人の特権だといえる。


特急は新宿から40分ほどで終点の橋本駅に到着、駅前の歩道橋から街の様子をひと眺めして、いよいよJR相模線である。JR橋本駅ホームに止まっていたのは4両編成のJR東日本の新鋭E131系電車で、500番台の番号が与えられた相模線用のワンマン車両(ただし運賃の収受は各駅で行うようだ)。乗車したクハE130-502は2021年に総合車両製作所新津事業所で製作された、sustina(サスティナ)ブランドであることが車内の銘板でわかる。ステンレスの外板に青の装飾は、湘南の海や相模川をイメージしたものだそうだ。このE131系は相模線の他に房総地区や日光方面でも投入されているが、幹線で役目を終えたお古が廻ってくるのではなく、このような新鋭車両が相模線に投入されるとは、JR東日本の底力を見るような気がする。房総地区のE131系と異なり、車内すべてロングシートでトイレも設置されていないのは、日中は20分間隔の運転で、乗車時間が最大でもおよそ1時間程度の通勤路線ならではであろう。


橋本駅を出発すると、線路は横浜線と別れ、相模川左岸(東岸)を南の湘南海岸に向かって下っていく。上下列車が交換(行き違い)する駅では側線への進出入速度が25キロや35キロと徐行制限があるが、ローカル線にしては軌道もしっかり整備されているようだし、線路内に夏草がぼうぼうという感じもなく、本線の最高速度が85キロとゆったりしているためか、または新型車両の効果なのか揺れはそう感じないのが良い。進み行くうち相模川が真近になり、この鉄道が河川の砂利採取・運搬を目的の一つとして開業したことを実感させる景色が広がる。途中の海老名では、相鉄線や小田急線との接続で多くの乗客が入れ替わり、相模線から都内や横浜へ向かう乗客の意外と多いことをうかがわせる。相模線は駅での行き違いに時間をとるため沿線には複線化を望む声も多いそうで、たしかにゆったりと設定されたダイヤに思える。近郊が農村だった時代ならこれで良かっただろうが、都会と連絡する今はもう少し速達が望まれるところだ。行路も終盤、期待の寒川付近では車窓に大きな鳥居や参道の緑が見え、初の乗車で完乗1時間、車窓や運転風景を楽しんだ。いつもクルマでばかり来るこのあたりの近郊だが、列車に乗って新たな体験をするのも良いものだ。

JR東日本の新鋭E131系(橋本駅)
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2024年4月24日 (水)

ゴールデンウイーク直前

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春もたけなわである。今も月に1度は、有価証券である船荷証券の受け渡しに、都内の霞が関、丸の内や大手町、日本橋あたりに出向くが、天気が許す限り徒歩で各オフィスの間を廻るように努力している。歩数計では多い日で15000歩、少ない日で8000歩くらいか。写真はこの季節に咲くハナミズキ(銀座)の木とフジの棚(日比谷公園)。こられを見るとゴールデンウイークが来たことを実感する。

 

因みにハナミズキが初めて我が国に渡来したのは大正4年のこと。当時の尾崎東京市長が明治45年にワシントンへ寄贈した桜のお礼として、アメリカ合衆国から贈られたのが最初だそうだ。フジは好日性があり大きな樹木に巻き付いて成長、立派な花房を付けるので、この時期は藤棚を作って鑑賞するのが人気である。

 

都心でも、最近は皇居の上空にもトンビらしき猛禽類が舞う姿が見られ、ビル街にシジュウカラのツイッピーという声が響く。古いビルが高層ビルに建て替わると、縦に伸びた分、地上の空いた敷地に樹木が植えられ、都心に緑の面積が増えるのが影響しているのだろう。次々と高層ビルが立ち並び、街がきれいになるサマに、GDPが伸びないという我が国の統計はウソではないかと云う気持ちに毎度なる。

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2024年4月22日 (月)

フォーキャスト2024 藤井厳喜 著

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Youtubeなどでも好評の保守界の論客、藤井厳喜氏の新刊本、『フォーキャスト2024』(WAC)が本屋の店頭にあったので購読した。私と同年代の国際政治学者で、今回初めて彼の著書を読むことになる。今年は米国大統領選挙が11月に行われ、その結果によっては我が国の防衛・外交だけでなく、国内政治にも大きな影響が出ることは幾度かこのブログで発信した通り。ほとんどの日本の大手メディアはトランプ氏が大統領になることを望んでいない論調だが、私はかねてからトランプの再登板を期待している一人である。藤井氏によれば、世界はいま「無国籍企業的グローバリズム」と「民主的ナショナリズム」、「強権独裁的ナショナリズム」の三つ巴の争いに揺らいでいるとされる。ここでもしグローバリズムに親和的な民主党のバイデンが次も大統領を担えば、ますます世界の混乱に拍車がかかることが予想される。いま世界を危機からを救うのは反グローバリストでナショナリストのトランプだと考える私は、彼に好意的な藤井氏のこの本に共感するところが多い。


「無国籍グローバリズム」とは国家を基本的に否定する市場原理主義者や無国籍巨大企業(グーグル、アマゾン、アップルなど)及びそれらの資金を管理する英国の金融資本がバックとなる世界的な活動であり、国境や政府、伝統的な社会などは不要だとする動きにほかならない。極端な株主資本主義もその系譜に連らなろう。彼らは自由な活動には伝統的な家族の存在や地域的な紐帯、国家やナショナリズムの存在などが邪魔になると考え、目的を同じくする(冷戦後行き場を失った)マルクス共産主義者に巨大な資金的提供を行っている。本書にはこれら無国籍巨大企業群が、米国の極左集団であるBLM (BLACK LIVES MATTER)に12兆円以上の献金をしている内訳が掲載されており、その繋がりには驚くばかりである。グローバリストは家族の在り方を変えるためにLGBTQや同性婚をやたらと奨励し、移民や外国人との「共生」を通じて、伝統的な文化や社会の絆を分断させようと目論むが、それは形を変えた新たな共産主義インターナショナルでもある。本書では無国籍的なグローバル国際巨大資本と隠れ共産主義者が結び付いていることを私たちに示してくれる。


いま世界は反国家的グローバリストである米バイデン、仏マクロン、英ジョンソンらが画策したウクライナや中東での戦乱に加え、強権独裁的ナショナリストであるプーチンや習近平が企てる覇権主義によって混乱が絶えないことを藤井氏は指摘し、安倍氏亡き後、唯一の民主主義によるナショナリストであるトランプ氏に期待するところが大きいとしている。私はディープステート的陰謀論にすべて汲みするわけではないが、ウクライナや中東で永年継続する戦乱を見るにつけ、我々がまったく預かり知らぬところで蠢く英米のグロバーリストたちによる動きが、地域の安寧を阻害していることは疑いないと信じている。彼らグローバリストたちの暗躍によって、元々あった地域の宗教的、民族店な分断が助長されより深刻になっているのが紛争の実際であり、ナショナリストでモンロー主義的なトランプの大統領復帰でグローバリストたちの動きにも一定の楔が打たれることが期待できよう。


地球温暖化問題も、グローバリストたちによる新たな利権構造だと私は考えている。藤井氏は「カーボンニュートラル(脱炭素)神話はいずれ崩壊する」として、「トランプが勝てば、世界経済の安定と繁栄が戻って来る、しかし民主党政権の継続となると、相変わらずの地球温暖化問題で『CO2を削減しろ、ガソリンエンジンもディーゼルエンジンもだめだ・・・』というトレンドがしばらくは続くことになる。世界経済は当然、低迷と混乱を続けることになる。」と、温暖化対策のパリ協定からの離脱を仄めかすトランプの復権を歓迎している。さてバイデンのポチと云われる岸田首相は、必要もないLGBTQ法案を急ぎ制定し、異民族との「共生」を唱えつつ、巨額のウクライナ支援始め各国に金をばらまいて、すっかりグローバリストの輪に取り込まれてしまったようだ。トランプ氏が当選した暁には、我が国の安全保障体制の見直しは必至になると考えられるが、その他、グローバリズムにすっかり感化されてしまい、保守の精神や伝統をすっかり捨て去った自民党がどうトランプ政権と平仄を合わるのか実に見ものだ。願わくは自民党に代わる新たな保守陣営が日本に生まれ育って欲しいものである。

2024年4月15日 (月)

箱根は花盛り

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富士霊園の桜と愛車

週末は箱根の強羅にある区営の山荘に行ってきた。この施設も武漢ウイルス騒動中はガラガラだったが、最近の週末は予約で一杯になっている。今回は偶々、直近のネット検索中に空きを見つけたものである。セミリタイア夫婦の身とあって、なにも混む週末でなく、空いているウイークデイに行っても良いのだが、最近、妻がパートで季節的な仕事をするようになり、暫くの間、遠出は週末という事になった。ちょうど我が愛車であるカブリオレの屋根を開けて走るにも良い季節でもある。そもそも10年ほど前にこのクルマを購入した際には、夫婦二人でオープンカーに乗ってのんびりと郊外でオープンエアドライブを、というコンセプトであった。普段は都内のごちゃごちゃした道ばかりを走っているため、たまの長距離ドライブとあってクルマも喜ぶ気がする。


途中で立ち寄った御殿場の富士霊園には妻の父の墓がある。ここには見事な桜の並木道があり、霊園の参拝者の他にこの季節は花見の人たちで大賑わいする場所である。宿泊する山荘の夕食時間を気にしつつも、東京より2週間ばかり遅れて咲く桜の満開を屋根のないクルマから楽しみ、いつもよりゆっくりと墓参りの時間をとった。思ったより桜に見とれてぎりぎり夕方に到着した宿だが、温泉と云えばご飯前にひとっ風呂がお約束。浴衣に着替えて風呂場へ駆けつければ、弱酸性、硫黄泉の露天風呂の上を桜の枝が覆い、湯舟に浸かった肩に一片の桜の花びらとは正に風情満点、極楽気分。日本人で良かったとつくづく思う。平日に来ると高齢者の姿が目につくが、週末には現役世代の家族連れが多く雰囲気も賑やかであった。


別荘などを持てば貧乏性の私なら償却費やら固定資産税、維持管理費などを考えてしまい、年間これぐらいは行かないとペイしないなどと却って振り回されるに違いない。妻も着いた途端に掃除や食事の準備、寝具の確認などは真っ平だと言うとおり、別荘を持つより気軽に宿泊できる宿に泊まった方がすべてにおいて負担が少ない気がする。豪華な旅館やホテルはそれなりのサービスでリッチな気分に浸れ、それもまた良しだが、公営の宿舎でも豪華食材は出されなくとも家で食べるより料理の品数は多いし、味もそこそこ旨い。夫婦2人で夫々3回づつ湯につかり満腹になって宿賃は1万5千円。年に数回は利用するが、高速道路やガソリン代を入れても2人で2万円ほどの休息の週末である。

中強羅地区のしだれ桜
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2024年4月12日 (金)

「死は存在しない」 田坂広志著

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人生100年時代と言われるが、私のような70才過ぎの男性高齢者が100まで生きるのは48人に1人の割合、女性では12人に1人(国際長寿センター)だそうで、そう誰もが100才に到達するわけではない。両親のことを考えると、二人とも90歳前後でなくなったから、自分の寿命も長くてもせいぜいあと20年くらいかと思っている。平均余命の尺度で考えれば、我々はあと14才ほど生きるのが「平均」なのだそうだが、振り返って14年前のことを思い出せばついこの間のようで愕然とする。飛鳥Ⅱで人生初の世界一周クルーズに行ったのが2011年の4月で、あれからちょうど13年が経過し、それと同じくらいの時間が経過すれば、私という存在は統計的にはこの世にいない可能性が高くなるわけだ。それでは死んだあとの自分は一体どうなるのか、多くの人が考えるように、ふとその疑問が脳裏をかすめる。


特に信じる宗教もないので、人間は亡くなれば家族や知人の記憶に残るだけで無へ帰って行く存在だと思っている私だが、「死は存在しない」(光文社新書)(「死後我々はどうなるのか」)と云う本が本屋の店頭にあったので購入して読んでみた。著者である田坂広志氏は東大工学部を出た原子力工学の博士で、世界賢人会議の日本代表や大学教授などを歴任し、内閣官房参与にも就いたと云うから、履歴からすると純粋に最新の科学に立脚して本書を上辞したように見える。もっとも著者自身の最近の著作は「運気を引き寄せる」とか「人生で起こること、すべて良きこと」などのスピリチュアル系が多いようだが、この本の帯には「最先端量子科学が示す新たな仮説」とあり、科学者の眼から死についてどういう考察がなされるのか期待しつつ読み進めた。


「最先端量子化学が示す新たな仮説」とはどういうものだろうか。本書によれば、我々の住む宇宙は、138億年前に量子真空と呼ばれる真空が「ゆらぎ」を起こして大爆発(ビッグバン)して誕生したそうだ。この世に存在する物質の究極は波動であり、我々が知覚する「もの」は実際にはないし、時間もない、と云うのが最新の物理学の考えだと著者は説明する。またビッグバンを起こした量子真空は、無限のエネルギーを持っており、そこには、この宇宙が存在を開始した138億年前からのあらゆる情報が記録される「ゼロポイントフィールド」なる空間が存在するというのがこの本の主張するところである。「ゼロ・ポイント・フィールド」には私たち人類一人一人を含む全宇宙のあらゆる歴史や行動、変化が「宇宙的意識」として集積されており、我々が死ねば肉体が滅びても魂は「宇宙的意識」に止揚されるので、「死は存在しない」という理屈になるらしい。


この筋立ては、かつて若い頃、ブルーバックス本などでかいつまんだ「特殊相対性理論」などの世界に似ているようでもあり、最新物理の知見を踏まえればこのような展開に導かれることもありうべしと、引き込まれるそうになる点がミソである。また宇宙の彼方には人類の英知や進化を越えた何か超越する存在があるという話は、1968年のスタンリーキューブリックの映画作品「2001年宇宙の旅」も想起させ、見果てぬ世界を知りたいとの人々の欲をくすぐる考え方でもある。もっとも、この「ゼロ・ポイント・フィールド」が実存する証として、著者は仏教の涅槃はじめ多くの宗教の教義にその世界が描かれていることや、人々がしばしば六感、予知能力、占い、デジャブなどの非日常現象を経験するのは、「ゼロ・ポイント・フィールド」がすべての事項に繋がっているからだとの理論を展開している。しかしその論考は、神秘論的かつ余りにも性急、短絡的なこじつけに思え、「ゼロ・ポイント・フィールド」なるものが存在することを学問として示すには、より普遍的で精緻な事例をあげて検証を行う必要があると考える。「死は存在しない」は興味深い発想だが、著者の思い入れが強すぎ、それを物理学的な装飾でカバーしたのではないか、とも思えるのである。仮説と現実を繋ぐより実証的な具体例があれば、理解の度も深まる気がしている。

2024年4月 7日 (日)

第57回東京六大学陸上競技大会

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応援団の声援をバックに代表5000米レースの熱戦


改修工事の終わった慶應義塾日吉競技場のこけら落としとして、昨日は第57回東京六大学陸上競技大会が行われた。後輩たちの今年の戦力を占う緒戦とあって日吉に赴けば、やや肌寒い曇り空だったが風もなく陸上競技日和である。当日は男子18種目、女子10種目に亘り、それぞれ代表レースと他の学校やOBも参加できるオープン競技が新しいグラウンドで繰り広げられた。我々が学生だった50年前は、この競技会の黎明期とあって、代々木の織田フィールドや世田谷競技場などで観衆もなく担々と試合をやっていたものだが、今や各校100名を超える部員に加え、競技関係者や多くのOBが観戦に訪れるちょっとした大会に成長した。もともと東京六大学と云えば野球の連盟であり別に陸上競技で集まることもないのだが、そこは東京に昔からある大学のよしみで早慶戦や明法戦など対抗陸上競技会を開いてきた間柄であり、友好的な関係にある仲間でもある。6大学は集まるにはちょうど良い規模、環境で、50回大会からは女子種目も加わって一層盛り上がるようになった。


六大学は競技の成績に於いても昨年の関東インカレで、男子1部16校のうち早稲田が2位、法政9位、慶応12位、明治14位であり、2部42校中のうち立教は5位、東大は18位と各校がそれなりに健闘している状況にある。早稲田は今年の関東インカレで優勝を狙っているし、2部とはいえ立教も最近は箱根駅伝に復活し意気が上がっているので見る方も熱が入る。体育専門の大学に較べれば、各校ともトラックやフィールドの全種目にあまねく人材が揃っているわけではないが、却ってそれが得点争いの穴になるのが対校陸上の面白いところ(※インカレも六大学も決勝の1位が8点、2位が7点、以下8位が1点を獲得し、各校が合計得点で順位を競う)。箱根駅伝のテレビ中継で見た顔や、400米ハードルでパリオリンピックを狙う母校の主将・豊田兼君(4年桐朋)のような注目の顔が眼前で全力の争いを繰り広げるのを見ると、こちらもエネルギーを貰った気分になる。昨日は6校の応援団やチア、ブラバンの応援合戦もあって、対校競技会としての雰囲気も一段と盛り上がるなか、100米で三輪爽太君(4年西武文理)、3000米障害の安田陸人君(4年開成)ら後輩の優勝や、トリの1600米リレーの早慶デッドヒートで久々に陸上競技を楽しんだ一日であった。


競技が終了した後は、懐かしの日吉の街でOBの懇親会となる。会場の居酒屋には老若男女40名ほどのOB・OGが参加したが、見回せば我々の代が最長老であることを発見して愕然とした。若い頃にこの種の催しに参加すると、上席は白髪や禿げあがった爺さん達ばかりで、その長い説教や訓示に辟易としたものだが、気が付けばこちらがあの世代さえ超えている。まさか自分がそういう年齢になろうとは、想像だにしなかった。月日の経つのはなんと早いことか。と、隣の部屋で懇親会を開いていた早稲田OB会会長の瀬古利彦氏が我々の座に押しかけて、「本当はボク慶応大好きなんですよ、息子も慶応だし」「今の早稲田にはフィールド選手がいないんですよ、だから早慶対抗戦はフィールド種目をやめてトラック種目を増やしましょう、円盤なんか20m飛ばしてもしょうがないでしょう」など投擲陣が怒り出しそうな冗談を飛ばしていた。あの有名な瀬古もサービス精神を発揮して敵チームの宴会に乱入し、日本の瀬古ではなく早稲田の瀬古になるのだな、と彼のテレビで見るのと変わらない軽妙なトークに我々は大いに盛り上がった。

世界の瀬古から早稲田の瀬古へ、慶応OB会に乱入して盛り上げてくれた瀬古利彦氏
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2024年4月 4日 (木)

2024 春の到来 

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60歳を過ぎた頃から冬場はズボン下を履くようになった。ジジ臭くて嫌だな、とは思ったものの実際に履けば暖かいのだからやせ我慢はやめた。日記を見ると昨年は寒くなりかけた年末からズボン下を着用したことが分かったが、最近の陽気でそれも脱ぎ捨てたので、3カ月半のパッチ生活であった。これをやめて素足に近づくと、下半身がすっきりと活性化したようで気持ち良い。そう云えば今年は遅かった桜の花もようやく開き、「入学式と桜」という児童雑誌の表紙のような光景をあちこちで見かけるようになった。地球温暖化で桜の開花が早まったなどという、早とちりの解説を聞かないのも例年と違って嬉しい。地球はもっと大きな宇宙的なサイクルの下で温暖と冷却を繰り返しており、CO2の排出が温暖化の原因とは云えないとする研究者も多い。地球温暖化対策と称してCO2削減を、と声高に訴える利権ビジネスもそろそろいい加減にして欲しいと思っているところである。


アメリカでは「もしトラ」ではなく、トランプ氏が大統領に選出される可能性が高くなってきた。彼が大統領になれば、地球温暖化対策の国際的枠組みであるパリ協定から再度離脱を宣言するであろうし、EV購入に対する補助も止めることが見込まれている。安倍さん亡き後、LGBT法案の極めて拙速な制定始め、「多様化」やら「移民との共生」を促してきた自民党政権は、今やアメリカ民主党や バイデンの「ポチ」と呼ばれ、彼らの主張のままに動いているように見られる。地球温暖化の問題でもアメリカの後を追ってか、我が国もEV購入補助など諸対策を打ち出しているが、トランプ氏が大統領となったら、今の自民党は後ろ盾を失ってどこへ漂流していくのか見ものだ。もうトランプの盟友である安倍さんはいない。LGBT法案の成立に怒り自民党をすっかり見限った私は、急速にリベラル化しつつ親シナであるこの党が落ちるところまで落ちたらよいと、「裏金問題」などの自民党のスキャンダルをニヤニヤしながら見ている。


さてトランプ政権が再来すれば、シナに向きあうアメリカの姿勢はより厳しくなり、移民問題も厳格な政策が実施されることだろう。また自国ファーストのトランプによって、NATOや我が国のような同盟国も安全保障上の甘えは許されなくなることが必至。代わりにトランプ氏は日本や韓国が核兵器を持つことを容認する考えを持つとも伝えられる。増大するばかりのシナの脅威の前にアメリカのプレゼンスが地域で後退すれば、戦後80年続いた我が国の経済重視・軽武装の国是も根本的に見直すことが求められるし、何よりその前に憲法改正が喫緊の問題になるだろう。この秋には実現するかも知れないトランプの復帰によって、彼とプーチンと云う反グローバリストに先導される国際情勢が我々の眼前に広がりそうで、一体どんな光景が展開するのか興味が尽きない。そうなれば我が国も安閑としていられなくなりそうだ。個人的には「意識低い系」を自認する私は、SDGSやらCO2削減にはまったく興味がないから、当分クルマは燃費の悪いBMWの直列6気筒、ツインターボエンジンでガソリンをまき散らしてドライブしようと思っている春である。

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