ボルチモアの橋 (フランシス・スコット・キー橋)の崩落
崩落したボルチモアのフランシス・スコット・キー橋(2018年5月飛鳥Ⅱ船上より)
米国東海岸メリーランド州のボルチモア港入口に架かるFrancis Scott Key Bridge(フランシス・スコット・キー橋)の橋脚に、現地時間3月26日未明にシンガポール船籍の大型コンテナ船が衝突し、46年前に造られた橋が崩落、何名かの行方不明者が出る事故が発生した。Key Bridgeと云えば2018年の飛鳥Ⅱ世界一周クルーズで、ボルチモア港に入出港した際、この橋の下をくぐったことが記憶に鮮明なので、橋の崩壊を告げるニュースにびっくりするばかりである。米国に於いて船舶がぶつかって橋が落ちた事件で思い出すのは1980年にフロリダ州タンパ湾口に架かっていたSunshine Skyway Bridgeのことである。私は乗船研修で貨物船に事務員として乗船していた1978年夏に、タンパの問題の橋の下を通過したばかりだったので、当時崩落の報道に驚いたことを思い出した。
巨大な架橋の大きな橋桁も船舶の衝突には極めて弱いようである。この点を知り合いの橋梁の専門家に尋ねたところ、『トラス形式の橋は、冗長性がない、不静定次数が少なく、計算し易い構造で、断面を削って製作費用を抑える事ができる。逆に言えば1箇所壊れると連鎖的に崩壊します。今回、超大型コンテナ船が橋の橋脚の前にあるはずの緩衝材ラムショック(想定船舶が10万トン程度が多い)を乗り越えて橋脚に衝突した。1940年代から1980年代の米国には、似たような形式のトラス構造、カンチレバートラスが多い。以前に崩壊したタンパの橋も同じです。』『 マリタイムナビの写真を見たら、船舶衝突防止構造は、一応ありました。しかし、小さいし、あのコンテナ船は、止まらない。橋の下部構造のコンクリートが破壊されたら、橋は持ちません。また、トラスの橋脚取り付け構造部にあたり破壊されたら、橋は崩壊します 』との貴重な見解を頂いた。東京ゲートブリッジなども同じような構造だと思われるが、渡ったりくぐったりすれば一瞬で通過する橋梁も実に様々な要件があるものだ。
ボルチモア港は米国東部だけでなく、五大湖や中西部へ向かう物量の一大結節点にあたり、輸入コンテナの扱い量では全米の港の2.5%を占めている。砂糖や石膏、石炭の取り扱いのほか自動車の輸入額では全米一を誇り、近年はカリブ海やカナダ東岸へのクルーズ船の拠点としてカーニバル社やロイヤルカリビアン社の客船の寄港も増えているそうだ。同港の入口に位置する橋の崩落により現在航路は閉鎖されているが、これによる損害は一日当たり15百万ドル(23億円)と見積もられているとのこと。またフランシス・スコット・キー橋は首都ワシントンDC近辺に連なる交通の要衝となっていたこともあり、地域経済や人々の生活にかなりの影響が出ることを地元が懸念しているとローカル紙は報じる。
港の入口に位置するKey Bridgeにぶつかった船舶は、船名が"DALI"。長さ約300米/幅48米、9万1千総トンで20フィートコンテナ換算で約1万個を積むオーバーパナマックス型の巨大コンテナ船である。本船は2015年に韓国の現代重工で竣工しており、船主は当初はギリシャ籍だったため、西欧風の変わった名前が付けられたようだ。その後シンガポールのGRACE OCEAN PRIVATE LTDという会社が買船して、コンテナ船の運航会社(オペレーター)であるマースクライン(デンマーク)に長期の定期用船に出されているものと思われる。
船はボルチモア港で荷役を終え次港のスリランカに向けて夜間の出港作業中で、衝突時のYoutube動画を見るとエンジンまたは発電機の故障なのか、直前に何度か航海灯が消え全船BLACK OUT(電源喪失)になっているようだ。一方で現地のニュースでは、本船の操船が困難であることが事前に分かったため、橋は通行止めになり橋上には工事車両だけが残っていたため巻き添えになった人が少なかったとされている。しかしもし時間的に余裕があったならば、橋に近づく前にタグボートの応援を頼むなり、錨を降ろすなりの処置がなぜ為されなかったのだろうか(錨は降ろしたとの情報があるが、そうならば錨が効かず走錨したのか)。事故時にはパイロットも乗船していたはずで、衝突原因については今後の調査結果が待たれる。
「おや?」と思ったのは、"DALI"の船級がNKと登録されている事である。船級とは船の湛航性(安全性)を担保する検査機関で、NKはNIPPON KAIJI協会(日本海事協会)であり、本船はこの協会の基準に従って建造、検査を受けていることを示している。世界にはロイド(英)、ABS(米)、DNV(ノルウェー)などの海運先進国を中心に幾つかの船級協会があり、船主が日本に関連した外航船舶は船級がNKであることが多い。そこで船主のGRACE OCEAN PRIVATE LTDは何者かと検索すると、どうやら三井物産となんらか関係のある法人であるらしいことが伺える。ネットでは三井物産が同社に2010年から13年間に亘り、約 250 百万米ドル(約375億円)の融資契約を実行することを発表した2010年9月11日付の同社の広報ペーパー(リンク)を今でも見ることができる。船主は実質的に三井物産と関係しているのか、単に融資のみの関連なのか、いずれにしても心配なところだ。今後起こされるであろう巨額の損害賠償請求に向けて、まずは船主のPI ( PROTECTION AND INDEMNITY ) 保険組合が対応することになろうが、その手続きの中で、関係者が保証金を求められた際などに日本の法人が巻き込まれることもあるかも知れない。
追記:その後気になってGRACE OCEAN PRIVATE社を調べてみた処、どうやら同社は三井物産とも親しいわが国有数の四国船主のシンガポール法人らしい。事件は対岸の火事ではなくなってきたようだ。
1980年に船の衝突で崩落したフロリダ州タンパのSunshine Skyway Bridge (乗船研修中のジャパン・ロブレ号より1978年夏撮影)
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