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2024年1月

2024年1月30日 (火)

浅草の鮨松波

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「氷見の仇は江戸で討つ」シミ(氷見)ブリの刺身

先日、知人に連れられて、予約がとても取りづらいと云われる浅草の名店「鮨松波」で夫婦して江戸前すしを堪能することができた。「鮨松波」は地下鉄 銀座線の田原町または浅草線・大江戸線の蔵前から徒歩5分ほど、いかにも下町という風情の一画に店を構える老舗であった。腹を空かせて暖簾をくぐると、1階には玉砂利を敷いた空間だけが広がり、2階にある店に続く螺旋階段が伸びている。ふつうの寿司屋さんにはない余裕の店構えに、「高級店」に来てしまったという緊張感が身を包む。2階に上がるとひのき柾目一枚板のゆったりしたカウンターに10席ほどのみで、すべての鮨は大将一人が目の前で握ってくれる。なんでもこの檜のカウンターは樹齢200年以上のもので、これまで一度も削ったことがないそうだ。


都内名店で修行したのちこの地で店を開いて60年近く、小柄な大将は最初は寡黙で取っつきにくいかとこちらが心配したが、「浅草の鮨は初めてですよ」と云うと、「この辺りは町内会がまだ残っていて助かるんですよ」と程よい距離感を漂わせている。聞けばその日の予約者の顔を思い浮かべながら大将が豊洲市場でサカナを仕入れるとのことで、客に出される新鮮な材料は皆きれいに江戸前の仕事がされ、大ざるに乗ってまな板の脇に置かれている。ここでは一日に来店する客の数も決まっており、大将がすべての食材をコントロールしているので、冷蔵庫に出し入れするよりこの方が旨くて良いらしい。料理はお任せが中心で、シャコのカクテルに始まり、刺身、握り、吸い物、酒はビールと広島のゴールド加茂鶴だけというラインナップであった。


いかにも江戸っ子の職人と云ういで立ちの大将は「今日のサバとブリはシミ(氷見)、コハダは房総、アジは相模湾、アナゴは羽田沖、シラメ(平目)は青森」とちゃきちゃきの下町ことばでサカナの説明をしてくれる。それは見事な下町言葉につられて「このサカナなら淡泊な加茂鶴ひきゃないね」と思わずこちらも怪しげな江戸弁になってしまうほどである。他店と一味違う大将の握りは「本手返し」と云う正統の技だそうで、感心して見ていると丁寧な手さばきの説明も加わった。昨冬は寒ブリを喰いたさに富山県まで遠征したものの、シーズンを僅かに過ぎて遂にありつけなかった氷見の寒ブリだが、それを今年は浅草で味わえることになり、「氷見の仇を江戸で討つ」とばかり妻と二人して酒飲むピッチも進んでしまった。


予想にたがわずしっかりと脂の乗ったマグロのようなシミのブリ、大間のマグロの大トロに、宮城のウニ、江戸前の魚介類の旬ネタを刺身と握りで愉しみ、〆はかんぴょう巻に自家製の玉子。時間をかけて焼きあげた卵焼きは、丁寧に裏ごしされた芝エビのすり身がたっぷりと入り、「これが江戸前の玉です」と大将自慢の逸品のようだ。鴨肉と野菜のお澄ましは甘味さえ感じる優しい味で、一同皆でお代わりし、腹一杯となってお開きとなった。この日は知人にすっかりごちそうになってしまったが、隅田を渡る夜の川風に吹かれつつ適度な酔いも手伝って、妻に「旨いもの喰うと元気がでるね。70歳過ぎてあと何年美味しく食べられるか分からないから、一年に一度くらいはこんな寿司を自分たちの力で食いに来よう」と話しながら帰路についた。

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豊洲で大将が予約客の顔ぶれを思い浮かべながら仕入れた魚介類

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房総のコハダに大間のマグロ

2024年1月28日 (日)

靖国参拝で自衛隊幹部が処分されたことに異論を唱える

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掃海母艦”ぶんご”艦橋内の金毘羅さん(2009年10月観艦式の際に撮影)。神社にお参りすることが宗教行為ならブリッジ内になぜこれがある?


防衛省は、陸上幕僚監部のナンバー2にあたる陸上幕僚副長など幹部3人が、1月9日に公用車を使用して靖国神社に参拝したのは不適切だったとして、訓戒の処分にしたことを発表した。今回の参拝は22名が参加したものの、参加した全員がいずれも休暇を取得し自主的に参拝していたとして、内部通達で禁止されている部隊での参拝にあたる可能性はなく、公用車を私的行為に利用したのが不適切だったとしている。しかし、この防衛省の判断に違和感を覚えたのは私だけではあるまい。もしこれが公務時間中であった場合には、靖国神社に自衛隊の幹部がお参りすることが、いわゆる「宗教的な行為」に当たるとされるのだろうか。政教分離の観点から防衛省は「部隊としての参拝」や「隊員への参加の強制」を禁じているそうだが、統一教会やイスラム寺院に詣でるわけではない。近代国家の礎を担い安全保障に携って亡くなった方々の「みたま」に敬意を表すことが「宗教的な行為」にあたり、私的な時間に行くべきとの防衛省の通達は一般的な社会規範や常識に反していると私は考える。


もし職務時間中に神社に参拝することを禁じるならば、海上自衛隊の護衛艦内のブリッジに祭られている神社はどう考えたらよいのだろうか。ブリッジは当直の隊員が「公務」で詰める場所そのものである。神社に詣でるのは「宗教的な行為」であり、私的時間に公務を離れて行うべし、という決まりなら、艦内の神社は隊員が仕事で使わない場所に造らねばならないことになる。軍艦に限らず一般の商船でもブリッジには、金毘羅さんや大山祇の神、宗像神社などが祭られている(外国の商船にはキリスト教の祭壇が置かれている)。日ごろから鳥居や社殿に向かってこうべを垂れ、正月やお盆、秋の収穫に際して神社に参拝して手を合わせるのは、日本人の心性に沿った「生活様式」であり「宗教的行為」には当たらないとするのがごくふつうの感覚であろう。私の周囲の友人、親戚などにも洗礼を受けたクリスチャンが多数いるが、彼ら彼女らも神社に詣でることが「宗教的行為」ゆえ教義に反するなどと主張する人間は皆無だ。神社に詣でることが「宗教的行為」と解釈すること自体が、およそ日本人の常識から外れた特殊な考え方だと云える。


こう主張すると靖国神社は特別だと脊髄反射する愚かな左巻き人間がいる。しかし靖国神社のホームページを見れば「靖國神社には・・・・近代日本の出発点となった明治維新の大事業遂行のために命を落とされた方々をはじめ・・・歴史的に著名な幕末の志士達、さらには日清戦争・日露戦争・第一次世界大戦・満洲事変・支那事変・大東亜戦争(第二次世界大戦)などの対外事変や戦争に際して、国家防衛のためにひたすら「国安かれ」の一念のもと、尊い生命を捧げられた方々の神霊みたまが祀られており、その数は246万6千余柱に及びます。その中には軍人ばかりでなく、戦場で救護のために活躍した従軍看護婦や女学生、勤労動員中に軍需工場で亡くなられた学徒など、軍属・文官・民間の方々も数多く含まれており、その当時、日本人として戦い亡くなった台湾及び朝鮮半島出身者やシベリア抑留中に死亡した軍人・軍属、大東亜戦争終結時にいわゆる戦争犯罪人として処刑された方々なども同様に祀られています。・・・つまり、靖國神社に祀られている246万6千余柱の神霊は、『祖国を守るという公務に起因して亡くなられた方々の神霊』であるという一点において共通しています。」とある。


靖国神社にA級戦争犯罪人も合祀しているのが問題だから、靖国は特別だどいういちゃもん自体が、1985年の朝日新聞による反日報道にネジを巻かれた、シナや朝鮮のプロパガンダに過ぎないことは明らかだ。彼らの文句には「内政干渉」と一言突っぱねれば良いだけのことである。国防の最前線で戦うのが任務の自衛隊員が「祖国を守るという公務に起因して亡くなられた方々の神霊」に例え公務時間中であっても詣でることに何の問題があると云うのか私にはさっぱり分からない。市ヶ谷の防衛省と靖国神社は靖国通り沿いに距離的には僅か1.5キロしか離れていない場所に位置する。公用車で往復しても費用的にはガソリン代が60円くらいのもので、防衛省の人たちは堂々と公用車を使用して勤務時間内に靖国神社に参拝すれば良いと思う。ましてや今回は幹部自衛官たちは同日に境内で行われた偕行社(元陸軍将校の同窓組織で現在は陸自幹部OBも会員)の賀詞交換会(これは公的行事にあたる)に出席している事実がある。その折に神社に詣でるのは、日本人なら凡そ誰もが行う自然なことに違いない。これが「宗教的行為」で「私的参拝ゆえに公用車不可」であろうか?。陸上幕僚副長など幹部3人が公用車を使用して靖国神社に参拝したのは何も問題はなく、これを不適切だ、として処分を下す防衛省の判断そのものが不適切である。

2024年1月21日 (日)

2024年の政治

2024年は海外で重要な選挙が行われる年である。まず先週行われた台湾の総選挙では、対シナ政策で現状維持派と見られる民進党の頼清徳候補が大陸に融和的な国民党候補に勝利し、まずは一安心と云う結果になった。もっとも同日行われた立法院(議会)選挙では、与党・民進党の得た議席が過半数を割った為、今後の立法や予算を巡って政権は難しい舵取りを強いられると報道されている。次の注目の的である3月のロシア大統領選挙はよほどのことがない限りプーチンの勝利になることは間違いないのであまり興味は持てない。ウクライナとロシアの戦いは欧米の支援疲れ、と云うより援助資金の枯渇で、どうやらロシア優勢のまま終結しそうな情勢だ。西部戦線に国力を削がれ極東どころではなくなったプーチンが、何かの見返りに北方領土で我が国に僅かでも妥協するか、などと云うムシの良い期待も泡と消えて残念だ。


ウクライナと云えば、6兆円とも10兆円とも呼ばれる巨額の復興支援を日本が供与することを、すでに岸田首相がバイデン大統領と合意しているとする報道もある。4月に岸田首相が国賓待遇でアメリカに招待されているのはその見返りだと云う説もあるが、もしそれが事実だとすれば今年度予算編成の国会が大問題になることは間違いない。財政が非常に厳しいと云いながら海外には実に気易くカネをばらまく岸田政権である。どうせまた外為特会の剰余金を活用するなどと言いだすのもかもしれないが、そもそも外為特会であっても、これまでの外国為替の売買に伴って生じた利益であり、元を辿れば国民が汗水たらして稼ぎ積み上げた資金である。米民主党政権に云われLGBT法案を何の説明なく強行に立法化したとおり、肝心なことは国民に喋らないのが岸田首相のやり方だ。云われる通りバイデン大統領と約束を交わしウクライナ支援のために日本国民の巨額の資金がばらまかれるのか、国会での彼の言動や予算編成審議を注視せねばならない。


「バイデンのポチ」と云われる岸田政権が、今年の通常国会を乗り切って目出たくアメリカに招待される日が来るのか。ここへ来て派閥パーティ裏金疑惑に対する浅慮極まりない発言やパフォーマンス先行の岸田首相には、自民党内で相当の不満がたまっているとされる。そもそも岸田派を離れると12月に明言した首相が、すでに代表でもなく離脱した「岸田派」の解散表明を出すことに矛盾はないのか。麻生氏らを中心に自民党内に「政治刷新本部」を立ち上げたばかりで、何の答申も経過報告もないのに、岸田派の3000万円の収支不記載が判明した途端、慌てふためいて派閥解消を発表する姑息さに自民党内は大混乱とのこと。国家観を以て政権運営をして欲しいなどとはすでに彼に期待していないが、思い返せばこれまでも岸田首相の方針は行き当たりばったり、自身に近い役人に云われるままだ。おそらく岸田政権は今春にも自民党内で総スカンを喰らい運営が立ちたち行かなくなり、アメリカの国賓招待を花道として内閣総辞職となると予想する。


今年最大に注目される海外の選挙と云えば11月の米国大統領選挙である。共和党の候補者選びは圧倒的にトランプ氏がリードで、この勢いで11月には民主党候補を破り大統領に返り咲くとの予測が飛び交うようになってきた。大いに結構なことだ。地球温暖化対策やら移民政策に反対し、所謂グローバリストたちが推し進める「ポリコレ」をぶち壊すにはトランプ氏くらいのパワーとえげつなさが必要である。同盟を軽く見るモンロー主義的なトランプ氏の復権に備えてNATOは大慌てで対策を練り始めたようだし、わが国も麻生氏が急遽トランプ氏の本拠地であるニューヨークに飛んで接触を試みた。彼が大統領に再選されれば、日米安全保障条約に関して日本側の負担を増大させると共に、アメリカの軍事的プレゼンスを少なくするような見直しを要求してくることは必至。そうなればシナや北朝鮮の脅威がますます強まるなか、初めて日本人が安全保障問題を現実の事として考えねばならぬ状況になる。明治維新から大東亜戦争終結まで77年、それから今年まででもう79年となる。わが国の存立基盤を見直し安全保障を考える上で、2024年は大きなターニングポイントになる年かも知れない。

 

2024年1月15日 (月)

初ダンスパーティ・初トライアル

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週に一回、妻と通っているダンス教室で行われるダンスパーティに昨日初めて出席した。クルーズ船でちょっと楽しく踊れたらいいよね、と考えて数年前から夫婦で通っているダンス教室の個人レッスンなのだが、ある程度ステップや基礎を覚えると、(どのダンス教室もそうだろうが)教室主催のパーティに誘われるようになる。このダンスパーティのプログラムの中には、フロアで数組だけで踊るトライアルや一組だけで場を独占するデモンストレーションと呼ばれる生徒たちのダンス披露の時間があり、これに参加すると事前の1~2か月は先生の振り付け指導や特訓を受けることになる。ダンスパーティを開くこと自体はもちろんのこと、トライアルやデモンストレ―ションの為の追加練習もダンス教室の重要な収入源である。これまでも何回かパーティ参加を誘われてきたが、ダンスはクルーズの楽しみの一つと位置付けてきた私たちには、夫婦二人で楽しそうに踊れれば充分で、いわゆる「社交ダンス」を人に見せる気はなかったため、ダンスパーティの参加は断わるのが常であった。


とは云うものの安くはない個人レッスンの授業料をどうせ払うのなら、もう一歩ステップアップもしたくなるのが人情というもの。殊に新年のダンスパーティは、ホテルなどを借りずに会場はいつもの教室というので、参加料もリーズナブルである。70歳代になって自由に使える時間も多くなった今、誰かから誘われた習い事や趣味に少しでも興味を覚えたらまずは参加してみることだ、と常日ごろ思い、登山やスキーなどを再開したことは記してきたとおりである。ダンスもせっかくここまで続けてきたのだから、パーティに初めて出てみるか、聞けばトライアルの時間は僅か1分半程度と言うし、それならワルツのトライアルにも初参加してみるかと急遽思い立ったのが昨年11月のことである。ダンスパーティと云えば大学の新入生時代に、どこかの同好会に所属していた友人からパー券を無理やり押し付けれられ、ダンスもできないのに参加して大いに恥を掻いたことがある。もう二度とこんなものに出るかと会場を後にして以来 半世紀(以上)ぶりの参加となるが、人は変われば変わるものだ。


ところが妻は秋口から始まった仕事に時間を取られており、集中的にレッスンを受ける必要があるトライアル参加には否定的。私一人が普段教わっている女性の先生と組んで出ることになって、年末から年始にかけて先生の特訓を受けてきた。細かい振り付けや姿勢の矯正などの指導を受け、踊りの方はだんだんサマになって来たように感じたが、パーティの期日が近づいてくると、どうして「トライアルに出ます!」などと宣言してしまったのかと後悔の念が強くなる一方だ。習ったルーティーン通りステップをうまく踏めるか、大勢が見守る中でもし大失敗をしたらどうしよう、頭が真っ白になって動けなくなってしまうかもしれない等と次々と良からぬ想像をしてしまう。「いや、失敗したって他人はそんなに注目してないさ」「たかが遊びに過ぎないよ」などと自分に言い聞かすものの、初めての事には不安はつきもの。妻が気の毒そうに同情しているのを横目に、これまでまったくやったことのない自宅での一人シャドウダンスを繰り返した正月明けであった。パーティ前日は入学試験の時のような、何となく眠りも浅く落ち着かぬ夜を過ごして、昼過ぎにこわごわと妻と二人でダンス会場に赴いた。


会場に足を踏み入れて圧倒されたのが、ド派手なドレスに身をつつみ、ステージ映えする濃いメークを「バチッ!」と音がするくらいに決めた中高年のおば様たちの視線。圧倒的に女性が多いために、男性と言えば教室の先生3人と、ヘルプにきた他のダンス教室の先生プラス某大学ダンス部の学生のほかは、いかにも「真面目にダンス習ってます」的ないで立ちの男性(うち2人はカップルだった)が数名という布陣である。この中で3時間を過ごし、その上に人前でトライアルを踊るのかと思うとますます気が重くなってきた。会場には「アルコールの用意もあります」とあるのに、ダンスに備えて女性陣はもちろんのこと、ダンスオヤジたちも一切酒に手を付けない。しかしせっかく参加料を払ってやって来たパーティである。皆に合わせる必要もなく我々夫婦だけがのっけからコップにビールを満たし、スパークリングワインの栓を抜くが、パーティ初参入にも関わらず二人して酒を楽しんでいると、気のせいかもしれないが場違いな冷たい眼差しが感じられなくもない。


クルーズ船ではディナー後、しっかりとアルコール摂取した状態で踊るのが常なので、ここは場内の雰囲気にめげずゴーイングマイウェイを決め込むことにする。少々のアルコールでステップが覚束なくなるようなヤワな酔っぱらい方はしないくらいの自負はある。次々と流れる音楽をバックにダンスタイムやクイズ大会などで適度にアルコールが廻り時を過ごすうち、いよいよワルツのトライアルの時間となった。同じヒートには私と先生の他、女性生徒と男性の先生が2組の合計3組が出場するが、ここまで来たらジタバタしてもしょうがない。まな板の上の鯉の心境でフロアに出る。音楽が鳴り踊り始めると曲のテンポもつかめているし、体も適度に動いていて何とかなっているようだ。近寄ったり決めポーズで飛んでくる「○○さん!」との声援や拍手も良く聞こえる。と思ったら好事魔多し、曲も後半に入り何とか最後まで行けそうだとやや安心したところで、リバースピボットのあとにライトシャッセをすることを完全に失念してしまった。「しまった!」と一瞬思いつつも、ここを何とかごまかして最後の決めに入ったのだが、後から妻に聞くと「まったくわからなかった」というから失敗からのリカバリーはうまくいったということか。初パーティ、初トライアルなのに「とても落ち着いてた」とパートナーの先生も妻も誉めてくれたのは、これまでのクルーズ船のダンスで散々失敗をして恥を掻いて来たからに他ならない。いやぁ、つくづく失敗は成功のもとだと思うのである。

2024年1月 9日 (火)

サブマリン707とNちゃん

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神保町で買った小澤さとる作のサブマリン707

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Nちゃんから貰ったサブマリン707のイラスト入り昭和40年(へび年)年賀状


幼稚園の同級生男女数名で新年会を行った。世田谷の幼稚園で知り合ってから70年近く、故人となったがやたら面倒見の良かった先生のおかげでいまだに連絡を取り合うかつての紅顔の美少年美少女たちだ。皆それなりに齢をとったが、それぞれの思い出話や近ごろの状況、級友たちのその後などお約束の会話で座が盛り上がった。そこで話題になったのが、かつては仲間の取り纏め役の一人で今は出席できなくなったNちゃんのことである。Nちゃんは大手都市銀行に勤務していたが取引先の会社に出向・転籍したあと、60歳そこそこで認知症になり退職、その頃から同窓会にも顔を出さなくなった。年賀状だけは毎年出しているのだが、向こうからは奥さんの字で、一行「良い一年を」と添えたものが来るだけである。


10年近く前、異変に気づいたのは、彼宛てに出したメールに返信が来なくなったことだった。幼稚園だけでなく小学校も一緒の無二の親友、社会人となってもよく行き来したし、同窓会など各種会合で一緒に幹事もやったので、直接会う機会が無い年も時々メールの遣り取りは重ねてきた間柄であった。それがある時から返事がぷっつりと無くなり、彼の携帯に電話しても誰も出ない。年賀状で安否を尋ねても何も音沙汰がないのでおかしいな、と思っていたら、ある日彼の奥さんからメールがあり、メールや電話には気が付いていたが、Nちゃんは認知症になり、すでに家族との会話もままならないので失礼していたとのこと。


奥さんのメールの行間にはそっとしておいて欲しい雰囲気が感じられたので、それ以降は年賀状だけを送るようにしているのだが、今回のように昔の仲間で会えば彼がどうしているのか皆も気にしている。彼とは刎頸の交わり、奥さんより俺の方が長い時間彼とは付き合ってきたのでちょっと会う事ぐらいは許してほしいと言いたくもなるが、そんな思いも毎日の生活で苦楽を共にする家族の気持ちに勝るわけもない。クルマが好きでラリーなどに出ていた彼の自慢の三菱ランサーは、しばらくするうちに処分したようで、たまに家の前を通りかかってもクルマのない車庫が寂しい。近所に住む旧友からは、奥さんに手を取られて歩く彼の姿を見たが、すれ違っても誰だか分からなかったようだとの話も入る。


同窓会の皆で彼のその後を心配しての帰り道、ふと降り立った神田神保町の古本屋を冷やかすと、店頭にあったのは小澤さとるの「サブマリン707」の漫画本であった。「サブマリン707」は昭和38年(1963年)から昭和40年(1965年)にかけて週刊少年サンデーに連載された海上自衛隊の潜水艦を舞台にした海洋少年漫画である。潜水艦とその乗り組員である若き海自の隊員を主題に据えた本格的な漫画が描かれるのは初めてで、当時は少年サンデーの発売日を心待ちにしたものだった。私と同じ乗り物マニアであり、ちょっとしたイラストを描くのが得意だったNちゃんも「サブマリン707」の大ファンであり、小澤さとる描く特徴ある潜水艦の姿を実に良く捉えたイラストを、画用紙やノートの切れ端に器用にスス~と描いていた。


皆でNちゃんのことを話した同じ日に、彼が大好きだった「サブマリン707」の単行本(1991年発行)を見つけるとはなんという偶然であろうか。まるでこの本が「買って欲しい」と訴えているようで、迷わず買い求めることにした。ページを開けばかなり専門的な内容で、今読んでも十分楽しめる漫画である。読んでいるうちに、ドンガメと呼ばれた707号潜水艦が、長いシリーズ連載の間に徐々に改良されていくのを自分の事のように喜んだあの日々のことが蘇って来た。「サブマリン707」を読んだのはつい昨日の事のようでもあり、遠い昔の事だったようにも感じる。そうだ、読み終わったら彼にこの本を郵送しよう。

2024年1月 7日 (日)

令和6年能登半島地震と羽田での航空機事故

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福岡空港で搭乗したJALエアバス350の隣に駐機していた今回の事故に遭遇したエアバス350JA13XJ号機(2023年5月15日)


元旦におきた能登半島の大地震、翌日の救援物資を輸送する海上保安庁機とJAL機の羽田空港での衝突炎上事故と新年からびっくりする大事件が続いた。地震と飛行機事故と云えば、いつも考えることがある。例えば東京から広島など、飛行機でも新幹線でも移動できる区間でどちらの交通機関を使うかという問題である。山の中にあって霧などでしばしば着陸できない可能性もある広島空港に対して、新幹線は東京から広島まで4時間ほどかかるものの、開業以来一度も乗客の死傷事故がないことを誇る安全な交通機関である。今回の能登地方を襲った地震でも北陸新幹線には被害がなく、いち早く運転が再開されたが、これを見ても新幹線は安全であるということが改めて実証された。


と云っても安全に「絶対」はない。2004年の中越地震の際には、上越新幹線の「とき」が脱線したが、この時は浦佐駅に停車する為に速度を落としていたために、乗客に被害が及ぶような事故にならなかったとされている。この事故を契機に脱線防止の車両ガイドを広く設置するなどの対策が講じられているのだが、もし云われている南海トラフ、東海沖地震のような想定を超える巨大地震が起きた時に、新幹線がどうなるのかは心配だ。一方で飛行機の安全性は地震には直接影響されない。しかし地震とは別に、様々な安全対策が講じられているはずの航空機も、多くの確認事項や安全対策を少しずつすり抜けた不幸の連鎖の挙句、陥穽の罠が待ち受けたような大きな事故が時々起きる。


羽田の事故については、例え管制官と海保機間の会話に齟齬があったとしても、滑走路内に誤って侵入しないように同空港には交通信号が設置されているものの、なぜかこの信号の運用はここ暫くなされていなかったそうだ。また許可を得ずに滑走路に侵入した機体を表示するシステムもあったが、管制塔にあるシステム表示画面の警告に管制官たちは気が付いていなかったとも報道されている。もし海保機がもっと大きかったか、あたりがすっかり暗くなる5時47分ではなく海保機の離陸が1時間早い午後4時台だったなら、着陸する日航機から滑走路上が視認でき衝突も防げたのではないかと思われる。事故原因はこれから究明されるが、これら不幸の連鎖が一直線に連なって、今回の衝突事故が起きてしまったことは間違いないだろう。


東京から広島まで新幹線で乗車している4時間の間に大地震のような天変地異がおこる可能性と、死亡する確率は0.0009%だとされる航空機事故を比較し、どちらが危機に遭遇する確率がより高いのか、との不安が鉄道の改札口や空港の搭乗ゲートを通る際に一瞬頭をかすめる。と云っても広島空港には鉄道がないから、その先に乗るバスやレンタカーの方が確率的にははるかに危険なはずだ、いや心配なことは事故以外にもっと沢山あるなどと考えているうちにいつしかそんな危惧は忘れてしまうのが常である。ただ首都圏直下型の大地震が発生する可能性も取り沙汰される昨今だ。日本列島に住む身としては、いつかどこかで大地震に遭遇するかもしれないと覚悟しておくことは必要だと、能登半島の被災地から送られてくるテレビ映像を見ながら考える。海保機で亡くなった乗員に弔意を捧げるとともに、地震に被災された方々へのお見舞いと一刻も早い復旧をお祈りする。

 
北陸新幹線の車内
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