祝・慶応義塾高校優勝 社中協力とエンジョイベースボール
エンジョイベースとは 故・前田祐吉 慶應義塾大学野球部元監督の著書「野球と私」
慶応義塾高校が、第105回全国高校野球選手権記念大会で、107年ぶりに2度目の優勝を果たした。まさか私が生きている間に夏の甲子園大会で優勝するとは夢想だにしなかったので感慨もひとしおである。この大会では慶応高校の生徒・父兄だけでなく慶応女子高のチア始め、多くの大学生や卒業生(塾員と云う)が甲子園に駆けつけて、応援で仙台育英高校を圧倒したことも107年ぶりの勝因の一だつと云われている。慶応義塾には明治12年に福沢諭吉が唱えた「社中協力」という精神が息づいている。社中とは「慶應義塾を構成している教職員、学生、卒業生をすべて包含した結社と考えてよく、在学生の父母も広い意味での社中の一員」(慶応義塾豆百科)であり、「社中恰(あたか)も骨肉の兄弟の如くにして、互に義塾の名を保護し、或は労力を以て助るあり、或は金を以て助るあり、或は時間を以て助け、或は注意を以て助け、命令する者なくして全体の挙動を一にし、奨励する者なくして衆員の喜憂を共にし、一種特別の気風あればこそ今日までを維持したることなれ」(『福澤文集二編』)である。慶応高校の生徒・卒業生だけでなく、大学から慶応に入ったOBも含め勝利を後押しした今回の大応援は、まさに塾生、塾員、父兄、教職員など『全体の挙動を一にし、奨励する者なくして衆員の喜憂を共にし、一種特別の気風』を発揮した社中一致の賜物だと云えよう。
今回もメディアには塾野球部のモットーである「エンジョイ・ベースボール」がさかんに取りあげられていた。いまや慶応野球部の伝統ともなったこのエンジョイベースを広く唱え、自ら体現して部内にバックボーンとして敷衍させたのが、昭和35(1960)年から40(1965年)年と昭和58(1983)年から平成5(1993)年の2度に亘って大学野球部の監督を務めた故・前田祐吉氏であった。前田祐吉氏が書いた「野球と私」(平成22年出版、青蛙房)には次の様にある。「私は昭和24年の入部早々に、明治36年の第一回早慶戦に出場した大先輩に『エンジョイ・ベースボール』を説かれて感動し、以来、この言葉を大切にしてきた。この言葉は単にワイワイと楽しむのでなく、①チームの全員がベストを尽くす。②仲間への気配りを忘れない。これはチームワークと言い換えてもよい。③自ら工夫し、自発的に努力する。という三つの条件を満たして、はじめて本当に野球を楽しむことができるし、楽しんでこそ上達するのだという考え方である」。また1992年4月の朝日新聞「スポーツマインド」には「本来、スポーツは体を使って楽しむこと。それが虚礼や連帯責任、先輩後輩の上下関係などが強調され、いまだにアナクロニズムが色濃く残る野球界。少なくとも慶応の野球部には、そうした風潮を作りたくなかった」との前田氏の言葉を載せた記事がある。それまであった軍隊式上意下達や坊主頭などの古い因習を捨てて、自ら最大の創意工夫をしてスポーツを楽しむのがエンジョイ・ベースで、慶応野球部のこの信条が日本一を決める場で存分に活かされたことはご同慶の至りと云えよう。(報道ではエンジョイベースボールを塾高野球部に導入したのはもっぱら上田誠前監督によるとされているが、上田監督もそもそも慶応大学野球部のエンジョイベースボールを体得されている人である)
かつて西暦2000年以前、私がまだ働き盛りの会社員時代には”甲子園トトカルチョ”がどこの会社でも行われ、春・夏の甲子園大会の季節は、仕事そっちのけで職場の連中みなで高校野球の中継放送にかじりついたものだ。しかし最近はコンプライアンス重視、賭け事も禁止の世の中となって、あまり熱心に甲子園の野球中継を見なくなっていたが、この夏は慶応高校の快進撃にテレビ前に座る時間がきわめて多くなった。こうして画面を見ていると、はるかに若いと思っていたNHK解説者の早稲田大学OBの広岡資生氏や、土浦日大高校から慶応大学に進んだ印出順彦氏が、いいオッサン顔になっているのに驚き、わが年齢を顧みることしばしであった。最後の決勝戦では仙台育英高校のユニフォームと慶応高校のユニホームがうり二つであることが話題になったが、これは仙台育英の理事長が慶応OBで慶応側の許可を得てこのスタイルを採用したとのこと(8月23日読売新聞夕刊)。似たような恰好だが両校ユニホームの違いは、学校名を表す胸のマークのほかに、ストッキングの白線は慶応が2本あるのに対し仙台育英は1本だということである。慶応大学野球部は無敗で東京六大学野球を制するとストッキングに白線を入れることにしており、1985年の秋季リーグ戦で10勝無敗の完全優勝を達成した記念に従来1本だった白線に2本目を追加している。仙台育英高校が慶応スタイルを取り入れた時点ではまだ白線1本の時代だったと推測されるが、同校も捲土重来、来年以降はストッキングの白線を2本に出来るような大活躍をされる事を期待したい。
左:エンジョイベースボールを語る前田氏のコメントが載った当時の朝日新聞
右:似通った両チームのユニホームの由来を解説する8月23日読売新聞夕刊
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