日本のクルーズ船の魅力・ライブラリー「灯台からの響き」
クルーズ船に乗って、終日航海日には一体なにをするのか、との質問を時々受ける。船内では各種催しものや稽古事の教室、クイズなどが適宜開催されて退屈する閑はないのだが、日本船に乗船した際には、船の図書室から本を借りてゆっくりと読書を楽しむことも愉しみの一つである。「飛鳥Ⅱ」ならライブラリー、「にっぽん丸」ではeカフェ&ライブラリーには雑誌、文庫本・新書からハードカバーの単行本や全集まで多くの書物が揃っており、ふだん手に取らないジャンルの本でも船上でゆっくりと読むことができる。購入すれば高価だし、読後も置き場に困るためハードカバーの小説などは自宅ではめったに買わないが、船の蔵書なら自室から歩いて数分の所に専用の図書館があるようなものである。この3年は武漢ウイルス感染症騒動により、乗船した日本船のクルーズも2~3泊ばかりだったが、先の「にっぽん丸の横浜/奄美/那覇クルーズ」と「飛んでクルーズ沖縄Aコース」の連続乗船は、6泊とこれまでに比べれば長めとあって、横浜で乗船するなり早速eカフェ&ライブラリーで航海中に読む本を探すことにした。
「飛鳥Ⅱ」のライブラリーには私の好きな宮本輝の14巻になる全集が揃っており、これまでの乗船中にそのほとんどを読破してきたが、さて「にっぽん丸」では何を読もうか。宮本輝の最近の作品は書棚にあるのか、と思いながらライブラリーを物色していると、運よく彼の「灯台からの響き」と云うハードカバー小説本が見つかった。2019年から2020年にかけて地方紙に掲載された連載小説を書籍化したもので、比較的新しい単行本である。宮本輝と云えば、人間の業と愛、時間の経過と癒しなどいうキーワードがすぐに頭に浮かぶのだが、2018年2月2日に「田園発 港行き自転車」でアップしたとおり、「例によってスリル満点とか波乱万丈、最後に大逆転などという劇的な話の展開はない。読んでいるうちにふとうたた寝をして手から本が滑り落ちているが、気がつくとうっちゃておけず、すぐにまた本を手にして読みたくなるような物語」でクルーズ船の生活にはぴったりである。
「灯台からの響き」は都内はずれの商店街でラーメン屋を営んできた実直な主人公と、彼のラーメン造りを助けながら家庭を営んだ妻の話であった。60歳になる前に急逝した妻はいつの日か夫の目に触れるようにと、30年前に彼女がある男性から受け取った灯台が描かれた一枚のハガキを残していた。そのハガキの差出人のことを生前の彼女はまったく知らないと言っていたがその真相は一体いかなるものか、亡き妻の知られざる過去を追って夫は旅に出る。ハガキの謎が明かされるに連れ彼女の人間関係の綾が解きほぐされる宮本輝の面目躍如たるストーリー展開で、その生き様が灯台に対比されて読み手を納得させる筋立てになっている。例によって様々な人々が交錯するなかで、人間の業があぶり出されるが、それに対する年月の持つ重みや、人間性に対する作者の信頼感が文章から紡ぎ出され、読了後は期待したとおり「読んでよかった」と思える宮本輝ワールドであった。デッキチェアに横たわり引き波の音を聞きながら、日常の些事を忘れて船に備え付けの小説の世界に入り込むのも、外国船にはない日本船によるクルーズの魅力の一つである。
« さようなら 最後の日比谷の森 金曜コンサート | トップページ | SEA SPICA (シースピカ)号 せとうち島たびクルーズ »
「船・船旅」カテゴリの記事
- 飛鳥Ⅱ 2025年 世界一周クルーズ 乗船説明会に参加して(2024.09.07)
- 飛鳥Ⅱ 2025年 世界一周クルーズ 乗船説明会(2024.09.01)
- クイーンビートル 運航停止(2024.08.20)
- ディズニークルーズ日本に上陸(2024.07.10)
- 飛鳥Ⅱ 2025年世界一周クルーズ 急遽発売(2024.05.27)
コメント
« さようなら 最後の日比谷の森 金曜コンサート | トップページ | SEA SPICA (シースピカ)号 せとうち島たびクルーズ »
バルクキャリアー様
「人間の業と愛」「時間の経過と癒し」「亡き妻の知られざる過去を追って夫は旅に出る」「生き様が灯台に対比される」「人間性に対する作者の信頼感」等何とも魅惑的な文言な並ぶ書評だなと思い直ぐに買い求めました、読むのは一人旅に出た時にしようと。それから2週間経ち東南アジアのホテルの一室で一気に読み上げました。
哲学、人情の機微など人として滋味溢れる展開に心が痺れどんな人の人生にも無限の小宇宙が存在していて「生きることは尊い」と感じました。それと同時に出雲日御碕灯台に訪れ今まで自分に明かりを灯してくれた人々に思いを馳せたいとも。リアルタイムで投稿しようとしましたが海外からのコメントは受付けず。
息子が前々月から「また木次線を応援に島根に行こうよ」とせがんでいたので一昨日の帰国時に「また島根行くぞ」との意向示すと狂喜乱舞。ハードカバーの紹介ありがとうございました、その良本読書の襷を次に繋げたいとも。
投稿: M・Y | 2023年7月25日 (火) 23時29分
M・Y様
あちこち飛び回って活躍のご様子、素晴らしいですね。第一線から引き自宅で細々と仕事をする身となると、艱難酷暑、通勤電車で毎日通った日々が懐かしくなります。
宮本輝の小説は読み応えがあるうえ、大人の展開で旅をしながら読むにはうってつけだと思います。「錦繍」(新潮文庫)などは次にいかがでしょうか?長さもそれほどでなく旅の友にはお勧めです。在来線の列車に乗って、ウイスキーの小瓶を窓際に、宮本輝を読むのもちょっと粋かも。
木次線のトロッコ列車はもうすぐ終了ですね。路線自体も短縮→廃止の流れでしょうか、寂しいです。今のうちに是非、ご家族で乗車を楽しんでください。
投稿: バルクキャリアー | 2023年7月26日 (水) 09時57分