川越線の「あわや正面衝突事態」との報道は確かか?
3月2日午後夜10時前、大宮から川越方面に通じる川越線の単線区間で「あわや正面衝突」というニュースが飛び込んで来た。ちょうどギリシャで列車の正面衝突事故が起きたことが報道されたばかりだが、川越線はほとんどが単線とはいえ、首都圏に於けるJR線でそのような事態が発生するとはにわかには信じがたい。鉄道は安全を担保するために、列車の行き違いができない単線区間の駅間(閉塞区間)には、一本の列車しか入線できないきわめて厳格な仕組みで成り立っている。電気信号で制御されるATS(自動列車停止システム)が導入される前は、スタフやタブレットと呼ばれる通行手形を保持する一本の列車だけが、両駅間を運行できるシステムになっており、最も原初的なスタフ交換では手形の受け渡しミスで列車が正面衝突する危険性がかつて存在したのも確かである。しかし川越線は、今や埼京線に直通するE223系10両編成の電車が約20分おきに運転され、ATOS(東京圏輸送管理システム)管理の下、ATS-P型が完備する自動閉塞の近代的路線となって、単線区間での列車正面衝突の危険は余程の事(例えば1991年の信楽高原鉄道正面衝突事故は、方向てこと呼ばれる信号工事の設定ミスや運転規則違反が重なって起きた)でもない限り起こりようもない線区になったと考えられる。
ニュースでは、当日は強風で川越線のダイヤが大幅に混乱するなか、指扇(さしおうぎ)駅と南古谷(みなみふるや)駅間で【注:ここはニュースでは伝えられていないが、両駅の間にある川越車両センターに分岐する側線に入るポイントを挟んで】上り列車と下り列車が対峙して同じ線路上で停車し、お互いの距離は600米だったと報じられている。両方の列車とも指扇駅と南古谷駅を出発する際の信号は青だったが、南古谷駅に向かう下り列車の運転士が、営業運転中にも拘わらず分岐器(ポイント)が車両センター(車庫)に向かって開通しているのでおかしいと思いポイント手前で停止、一方で指扇駅に向かう上り列車も、南古谷駅を青信号で出発したものの、ポイント手前の信号が赤を現示するため停車したところ、両列車が見合う形でデッドロックになったとされている。メディアは「正面衝突の可能性」(ANN)のほか「信号の不具合が起きていた可能性」(NHK WEB)などと報じているが、鉄道ではそう簡単に正面衝突事故は起きないはずだし、信号の不具合ならシステムとしてフェイルセーフで全信号が赤になるので、どうもこれらが伝える内容はいま一つ信じられない。
真実を究めるというよりは、書かない自由の権利を最大限に行使しつつ、少しでも煽れることはセンセーショナルな記事にしつらえる、というメディアの手法はこの3年のウイルス騒動で明らかである。どうせこのニュースも不勉強な記者らの「あわや正面衝突?」との妄想でつくられたものに違いなく、当夜現場で何がおきたのか、本当に危機一髪の危険な状態だったのかを自分で調べてみることにした。本件については事件後、さっそく多くの鉄オタによる真相探求サイトやツイッターがネットを賑わしていて、それを見ると川越線や車両センターの線路配置などの詳細が描かれており大いに参考になる。Youtubeには川越線の運転席からの前面展望動画が上り線・下り線ともアップされており、閉塞区間や出発信号機、場内信号機の現示位置もすぐ分かるから、世の中、便利になったものである。各種サイトや繰り返し見たYoutube動画などから、当夜はこうだったであろうと推定される経緯を下の①~⑦のとおり記し、その概略図を上に掲げてみる。
- ①強風でダイヤが混乱するなか、中央センターの列車指令が川越方面行き下り営業列車を、川越車両センター行きの回送と設定する誤インプットをする(この列車の営業は指扇駅までと指令は誤解か?)。
- ②これにより下り回送電車の進路は指扇駅出発信号(青)→第2閉塞(青)→第1閉塞(青)→車両センター着発線場内(多分 黄色信号現示)で開通。車両センター行きポイントの進路分岐表示は左側に進路開通を現示していたはず。
- ③営業中なのに車庫行きはおかしいのでは?と下り列車運転士が指令に問い合わせのため、車両センター着発線場内信号機の手前で停車。
- ④このとき上り列車に対しては南古谷駅の第3出発信号が赤となっており、第2出発は黄色、第1出発信号機が青となっているはず。
- ⑤上り列車は青信号に従い南古谷駅を出発し、赤を現示する第3出発信号のところまで進行してポイント手前で停車。
- ⑥両列車がポイントを挟んで対峙する形で停車し運行できなくなった。
- ⑦この状態から回復するために、上り列車を南古谷駅までバックさせた後、下り列車も同駅まで前進したが、安全確認に3時間かかった。
ここまで見ると指令のコンピュータへのインプットミスがそもそもの原因であったにせよ、その後は⑥までシステム的には極めてロジック通りに事が進んでいる事がわかる。すべては安全を構成する要件通りに事態は推移しているのである。そもそも上り列車は、南古谷駅の第3出発信号機より同駅に近い駅構内内部にいるわけで、これは対向して駅に進入する下り電車が側線に退避するまでの間、上り列車が単に駅構内で「信号待ち」をしていた状態であったとも云える。こうして見ると、メディアが騒ぐ正面衝突一歩手前とは、実際はかなり様子が異なっていた事がわかる。指令が間違った行先を設定しても、正面衝突は起こりえなかったのである。問題は列車設定のインプットミスをどう防ぐかという事と、⑦以降、仮にインプットミスをした際に、速やかに元に戻すコンティンジェンシープランが不十分であった事に尽きるようだ。このような事態がこれからもダイヤ混乱時に想定されるなら、少なくとも指扇駅と南古谷駅間だけでも複線化することが望ましいが、車両センター内に留置する車両の配置を工夫して、車両センター着発線場内信号から南古谷駅まで下り列車が進めるようにするアイデアも考えられるのではないか。路線図などを眺めながら、事故防止にはどうしたら良いかなどと思考を廻らすのも鉄道趣味の一つである。近々現場を通過する列車に乗ってみたいものだ。
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