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2023年3月

2023年3月29日 (水)

シルバー・ミューズ号 見学譚

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横浜港 ハンマーヘッドに停泊中のシルバー・ミューズ号(40,700総トン)

いつもクルーズ乗船の際に予約をする旅行会社の案内で、横浜港のハンマーヘッド(新港埠頭)に着岸している”シルバー・ミューズ”号(40,700総トン)の船内見学に夫婦で参加することができた。2023年春に”シルバー・ミューズ”号は、関西発着の「日本周遊と韓国クルーズ」を2回催行するが、その1回目の途中寄港地となる横浜で、乗船客が観光に出かけている間を利用して見学会が行われたのである。国際的なクルーズ船の格付けに於いて、ラグジュアリークラスの中でも最高評価の6+を誇ると云う、ウルトラ・ラグジュアリーである本船のようなクルーズ船をゆっくり見られるチャンスはそう多くはない。我々はこれまで「プレミアムクラス」以下の海外クルーズ船しか乗ったことがないので、最高格付けの船内とはいったい如何なる感じなのか興味津々で横浜に向かった。


横浜港内と云えどもナッソー籍の船内は外国である。当日はパスポートとスマホに準備したワクチン証明書アプリを提示し、シルバーシー社の日本・韓国支配人の糸川氏の案内によって見学者総勢約20名で”シルバー・ミューズ”のギャングウエイを昇った。本船は乗客数が600名弱に対してクルーが400名余と約1.45人のサービスレシオであり、乗客2名にクルー1名以上が目安と云われるラグジュアリー船カテゴリーの中でもトップクラスのサービスを誇る。全長は212.8米で乗客用のデッキが8層に亘るため、外観的には最近のラグジュアリークラス船によく見られるようにトップヘビー気味になっている。因みに5万トン級の飛鳥Ⅱは定員が約700名で、全長が241米と長さは30米も長いが乗客用デッキは同じく8層で、飛鳥Ⅱに較べると”シルバー・ミューズ”はぐっとグラマラスな船の姿である。


それもそのはず、その船型を象徴するように、糸川氏の説明ではシルバーシーのクルーズ船は公室がVERTICALな配置になっているとのことだ。すなわち船内は公室を船首部と船尾部に集中させ、乗客には横に歩くよりエレベーターや階段を利用し上下階に移動する動線を取らせている。飛鳥Ⅱが5/6デッキにパブリックな施設を集中させていたり、最近の大型船が船内あちこちにそれを分散させたりするのとは、この会社の船は設計コンセプトを異にしている。船内にはフレンチ、アジアン、和食(風)など各種料理を提供する8つのレストランがあり、乗客定員に比して飲食スペースが多いのに驚くが、ラグジュアリー船とはこういうものだろうか。特に4デッキのエレベーターホールは周囲を4つのレストランに囲まれてまるで高級飲食店街に来たかと思うほどだ。私ならフレンチに行くつもりで、エレベーターをおりても、ふと醤油の焦げる匂いに誘われて目の前の鉄板焼きレストランに入ってしまいそうだ。朝・昼・夕にこれら8つのレストランを制覇しようとしたら一回のクルーズで体重が増加すること必至である。


”シルバー・ミューズ”は、船幅27米に対して乗客が利用する船内の通路は1本とあって、船内中央に船務用の余分なスペースがなく、両舷に向けて配置されたキャビンは奥行きがあって広々としている。そのため全キャビンにウオークインクローゼットを設ける余裕があり、長旅の衣裳などを格納できて極めて快適であろう。スタンダードなベランダ・スイートでも36平米+バルコニ6平米(すべてにバスタブとシャワースペース付)もあり、飛鳥ⅡのAスイート(37+バルコニ8.5)並みの広さを誇る。もっともこんな広い部屋では、老眼鏡や双眼鏡をどこに置いたのかと始終捜し回らねばならないかもしれない。もちろんこの船では乗船料金はチップ込みでWiFi使い放題、アルコールも飲み放題で全室にバトラーサービスがつく上、各寄港地ではショアエクスカーション一回分がタダだそうだから豪気である。プールも本格的な水泳が楽しめるくらいに立派なのが目立った。今回の「日本周遊と韓国クルーズ」の料金は1泊あたり12万円以上するが、それだけのことはあるようだ。


乗客はと見ると、私達の見学中に船内に残った人たちのほとんどが、いわゆる西欧の英語系白人だったようだ。感心したのが、船内のサービスクルーの笑顔である。乗船客に愛想よくするのは商売上当たり前だろうが、明らかに見学者と一目で分かる我々シニアの日本人団体にも親切に笑顔で接してくれる。金持ちの集団の中にいるとサービスを提供する側も自然とジェントルになるのだろうか、はたまた教育が行き届いているのだろうか。さらに船内にはセルフランドリーもあるというので妻は喜んでいた。ただ残念なのは内装は良いものを使っているであろうに、通路の壁など一部の色が明るすぎて質感に乏しい素材に思えたこと、それにジョギングトラックが鉄板に区画線を引いただけのもので、この点では飛鳥Ⅱの真鍮を使った内装や、デッキを一周全通するチーク材張りプロムナードデッキの秀逸さと対比したくなった。まあ船内でバタバタとジョギングをしたいなら、このような超高級船に乗ることもないということか。日本人の大好きな社交ダンスの場も特にないから、今の我々のクルーズスタイルとはやや趣が違うようだが、将来この船なら気持ちの良い上質なクルーズが楽しめそう。もう少し歳を重ねたら、背伸びして1週間~10日程度のシルバーシー船クルーズに乗ってみようかと思いながら船を後にした。

スタンダードなキャビンもバルコニー付きで広々としている
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大理石調の階段と内装も豪華
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2023年3月25日 (土)

三菱ダイヤモンドサッカーとドラムマジョレット

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左端:金子勝彦アナウンサー 真中:この日のゲスト 三浦知良選手 右:サッカー協会専務理事 岡野俊一郎氏


NHK BSで「テレビが映したスポーツ70年(テレビとともに ブームが生まれた)」という番組があり、力道山のプロレス試合など往時のスポーツイベントの模様が放送されていた。子供の頃、プロレスの中継を見ると弟が興奮して家の中で寝技を仕掛けてきて、それに応戦するうちに本当の喧嘩になってしまった等と昔を思い出しながら昭和30年~40年代の記録を見ていると、サッカーの試合の画像と共に懐かしい声が流れてきた。「三菱ダイヤモンドサッカー」の金子勝彦アナウンサーである。その声を聞けば、番組のテーマミュージック”ドラムマジョレット”のマーチをバックに「 サッカーを愛する皆さん、ご機嫌いかがですか 」との語りで始まる「三菱ダイヤモンドサッカー」の場面が即座に脳裏に蘇ってきた。


「三菱ダイヤモンドサッカー」は1968年(昭和43年)から1988年(昭和63年)まで東京12チャンネル(現テレビ東京)で放送された30分の海外サッカーを紹介する専門番組だった。1968年のメキシコオリンピックに於いて釜本や杉山の活躍で日本代表が銅メダルを獲得し、サッカーが注目され始めたものの、テレビで見るスポーツといえばまだ野球か相撲オンリーの時代である。ほとんどの日本人が海外のサッカーなど遠い国の出来事だと考えていた当時、イギリスのプレミアリーグやドイツのブンデスリーガなどヨーロッパのサッカー試合のハイライト場面をダイジェストし、初めて定期的に茶の間に届けたのが「三菱ダイヤモンドサッカー」で、私は開始当初からこの番組のファンであった。


以前にも記したが、高校の担任が東京教育大(現・筑波大)サッカー部出身、県教員クラブで国体予選などに参加していた現役の選手で、この先生はことあるごとにサッカーの面白さを我々生徒たちに教えてくれた。そのうえ当時の私は何ごとも斜に構えて見るほうで、「大鵬・柏戸」や「王・長嶋」ばかりのスポーツ中継を鼻白む思いで横目に眺めつつ、本物はアメリカの大リーグや、ヨーロッパのサッカーだとうそぶく中二病(=他人とは違う俺カッコイイ病)ぶり。そんな生意気ざかりだったので「三菱ダイヤモンドサッカー」が伝えるイギリスの”アーセナル”や”マンチェスターユナイテッド”など、サッカー通しか知らない知識を周囲にひけらかすのが、ちょっとした自尊心を満たしたものだった。時代が下り1970年代半ばは、番組の放送時間は月曜日の夜10時から。会社から戻り遅い夕食を摂りながら「今週もまだ先が長いなぁ」とぼやきつつ、金子アナとコンビの岡野俊一郎氏の解説を欠かさず聞いた時代が懐かしい。思い起こせば月曜日なので飲み会や接待があまりなかったから、家で食事する機会も多かったのだろう。


「テレビが映したスポーツ70年」では現在の金子アナウンサーの様子も映し出されていた。さすがに90歳近くなった金子アナの顔は更けて見えるものの、かつてゴール前の場面で発したオハコの「決定的!!」というセリフと、老境になった今の声がさして変わっていないのに驚く。懐かしくなって番組のテーマ曲「ドラムマジョレット(Drum Majorette)」をYouTubeで聴いていたら、横から覗き込んだ妻が「あれ?横にMatch of the Dayって書いてある。でも私が知っている曲と違うけど」とネットを調べ始めた。それによると「Match of the Day」は今もBBCで続く長寿サッカー番組で、彼女がロンドンで高校時代を過ごした1980年初頭にはすでに新しいテーマ曲に替わっていたのだが、イギリスで番組が始まった1960年代は確かに「ドラムマジョレット」が使われていたようだ。「三菱ダイヤモンドサッカー」はBBCの「Match of the Day」を手本に始まったと云われており、本場の「ドラムマジョレット」を日本でもテーマ曲として使ったというのが歴史の真相なのだろう。古い映像を見ていたつもりだったが、今になって「そうだったのか」と新たに発見することもあるものだ。

2023年3月18日 (土)

SEABOURN ODYSSEY(シーボーン・オデッセイ)を商船三井が中古買船

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2011年5月 飛鳥Ⅱで訪れたリスボンでシーボーン・オデッセイの同型船シーボーン・ソジャーンと出会う


本年年初に日本クルーズ客船の”ぱしふぃっくびいなす”が引退し、我が国の日本籍クルーズ船は郵船クルーズ(日本郵船子会社)の”飛鳥Ⅱ”とMOPAS(商船三井子会社)の”にっぽん丸”の2隻のみとなってしまった。ドイツの造船所で完成する予定の郵船向け5万トンの新造船は2025年春の引き渡しだし、商船三井の3万5千トン級の新造船2隻はそのあとの2027年に出来るので、国内クルーズ船市場はしばらくはこの寂しい状況のままかと思っていたら、昨日ビッグニュースが飛び込んで来た。郵船の後塵を拝していた商船三井が2027年の2隻の新造船の他に、ラグジュアリークルーズの雄、シーボーンクルーズ(SEABOURN CRUISE LINE LTD.)社(SINGAPORE)より、2009年6月に竣工した"SEABOURN ODYSSEY"(3万2千トン・船客定員458名)を昨日付けで中古購入したのである。


なにせ2023年3月期の経常利益がなんと7,850億円というウハウハ状態の商船三井だから、この機を逃さず業容拡大を目指すとともに、今期中3月末までに節税対策として大きな買い物をする必要があったのだろう。一方で世界的な感染症の蔓延により海外のクルーズ船会社は青息吐息とあって、各社減船を実施中で、市場には売り物の中古クルーズ船が多かった。全客室が28平米以上でベランダ付(飛鳥Ⅱの人気のD・Eバルコニーは22.9平米)、2つのプールに6つのジャグジー、全室に日本人には必須のバスタブと独立したシャワーを備える"SEABOURN ODYSSEY"は当初の建造船価が2億5千万ドル(約300億円)と云われていたが、今なら相応の中古船価格で商船三井は手に入れることができたに違いない。さらに本船の長さ198.15米というのは、瀬戸内海の夜間航行制限である長さ200米以下という制限をクリアーしており、日本でクルーズ事業を展開するには大型船より使い勝手が良いと考えられる。


1999年に「ナビックスライン」と「大阪商船三井船舶」が合併し新生「商船三井」が発足した時、同社はトップの日本郵船を追い抜くと豪語していたが、その気概はどこへやら。海難事故のニュースこそ目立ったが、営業的には安全運航に徹して1位の郵船との売り上げは差が開く一方であった。そもそも同社の客船部門は1964年の海運集約※(下記注)以来、永年に亘って中南米航路の移民船を手掛けた大阪商船派と、合理主義の三井船舶派の社内確執に翻弄され、営業継続の危機が幾度もあったのが実情である。さすがに今の社長の代になれば、三井だの商船だのと旧来のくびきに惑わされることもなく、グループ全体の多角化、B to Cビジネス拡大戦略として、2027年の新造クルーズ船2隻を決めたものだと理解していた。と思っていたら、なんとラグジュアリー船の代表のような"SEABOURN ODYSSEY"まで購入したというから、これはいよいよ「郵船なにするものぞ」とクルーズ船部門でも商船三井は攻めの姿勢に入ったようだ。


"SEABOURN ODYSSEY"はイタリアの造船所の建造だが、商船三井の客船部門は、かつてユーゴの造船所で出来た客船を2代目の”にっぽん丸”として使用していたこともあり、外国製のクルーズ船の扱いにアレルギーが少ない伝統が残っているのかも知れない。 今後"SEABOURN ODYSSEY"はしばらくシーボーンクルーズにチャーターしてそのまま使われた後に、船名を変更し、必要な改装を施した上で2024年末からMOPASで日本を中心としたクルーズを開始するとの発表である。商船三井はフィリピンにマグサイサイという船舶管理やクルー供給の大きな会社を持っており、現在の”にっぽん丸”もそのサービスを利用している。本船もMOPASの運航となれば”にっぽん丸”と同等、もしくはそれ以上の顧客対応が期待できよう。今年の夏には新しい船名とクルーズの概要や価格が発表されると云うから楽しみである。また同社は世界最大のクルーズ船グループであるカーニバルから、アドバイザーを招聘することを併せ発表したので、外国人の乗船客も視野に入れているようだ。これまでハードの面では飛鳥Ⅱに劣っていた現”にっぽん丸”だったが、商船三井の積極的投資で、近い将来に郵・商のクルーズ船部門での本格的な競争が始まることが期待できそうだ。

 

※海運集約:高度成長する日本経済発展に寄与するために、海運会社の経営安定・船舶整備を目指し、当時乱立していた海運会社を日本郵船、大阪商船三井船舶、川崎汽船、ジャパンライン、山下新日本汽船、昭和海運の6つのグループに集約、政府系金融機関より利子補給した1964年の政策。その後、合併などで現在は3社体制になっている。


ソジャーンの舷門でクルーと話したところ「以前はクリオスタル・ハーモニー(現・飛鳥Ⅱ)に乗っていた。良い船だね」と会話が弾んだ。
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2023年3月 9日 (木)

3月13日からマスク着用が完全に個人の判断に

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政府が「推奨」してきたマスクの着用が3月13日から個人の判断になる。これまで何度も書いたように昨年春に武漢株がオミクロン株に変異した頃から、私は戸外でのマスクの着用は止めてきたが、これでいよいよ大っぴらにノーマスクで街を闊歩できると思うと清々しい気分だ。思えば2020年春の武漢ウイルス感染拡大当初から、ジョギング中には断固としてマスクをしなかったため、走っている間に多くのマスク警察の罵声を浴びたものだ。その度に年甲斐もなく「ウルセー!」とやり返して、一緒に走っている妻にたしなめられたが、もうこれもおしまいである。そういえば黙ってジョギングする際中にも呼気のエアロゾルで街行く他人を感染させたり、ウイルスを吸い込む恐れがあるので、走りながらもマスクが必要などと、今では笑いものになるような珍説を吐いた高名な学者がいたが、彼らは最近みな沈黙のようである。


私自身、この1月にオミクロンに感染して今は最強の免疫を保持しているという自負から、3月になってからは一足早く、地下鉄の中でもマスクをするのを止めた。テレワーク主体の毎日なので地下鉄に乗るのはラッシュアワーの時間帯を外れているし、電車はいま窓を開けて車内換気も十分とあって、感染の危険性をほとんど感じない。 と、昨日は朝10時過ぎに取引先に向かう途中にノーマスクで地下鉄に乗ると、対面のシートに母親に連れられて座った2歳くらいの女の子がまじまじと私の顔を見つめてくる。視線を幾度ずらしても彼女と目が合うので、はて?どうしたのかと思ったら、どうやらその子は電車の中でマスクをしていない人がよほど珍しいらしく目が私に釘付けになっているようだ。こちらからにこっと微笑むと慌てて目をそらすが、また私の口許に女の子の視線は戻って来る。そうか、この子は生まれて以来、電車の中でノーマスクの顔を間近に見たことがないのだから、好奇心にかられ見つめてしまうのか、おかしな世に中になったものだと、いつまでも続くその視線を感じながら妙に納得した。改めて車内を観察すると、この時間に都心に向かう地下鉄車両は座席がほぼ埋まる程度の混み具合だったが、車内でノーマスクは私ただ一人。まだまだ同調圧力にみな支配されているのかと日本人の社会病理現象の根強さに驚いていた。


今日の読売新聞は「マスク着脱『個人で判断』」として3人の識者のコメントが掲載されている。鳥取県の平井伸治知事は、マスクを外すことについて「専門家は知らない顔をしているように見える。正直、ちゃんと仕事をした方がいいと言いたくなる」と述べているが、このウイルス騒ぎで(いわゆる)専門家や識者がどれだけ頼りにならないのかが露呈したのに、いまだマスクを外すことの是非まで彼らにすがり、ポピュリズムに陥りがちになる為政者の弱さを見るようだ。公衆衛生学の小坂健 東北大教授は、「むやみに着用を続けるのは、雨が降りそうだからと言って、いつも傘を差しているようなものだ」としながら、「とはいえ、感染が拡大する時期や地域では着用の必要性は高まる」とあって、おいおい結局どっちなんだよとツッコミたくなる内容である。世間学なるものが専門の佐藤直樹 九州工大名誉教授は、同調圧力が強い社会は息苦しく「それには流されない」、マスクをはずす「小さな勇気を一人一人が持つことが大切」と訴えており、私は佐藤氏の意見が最もピンとくる。明日からも小さな勇気を持って電車の中でもマスクをしない事を心掛けていきたい。

2023年3月 6日 (月)

M/S"AMADEA" (アマデア)東京港新クルーズターミナル初寄港

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プロムナードデッキに面したキャビンがバルコニ―付に改装されたAMADEA

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2006年3月 横浜大さん橋でAMADEAと飛鳥Ⅱが並ぶ

国を挙げて馬鹿げたお祭り騒ぎを繰り広げた武漢ウイルス騒動もやっと一段落で、外国から多くのクルーズ船が3年ぶりに日本にやって来る。その第1船としてドイツのPHOENIX REISEN(フェニックス・ライゼン)社の"AMADEA"(アマデア) 28,856総トン(ナッソー船籍)が東京港の新クルーズターミナルに初入港。東京には2日間停泊し4日(土)に出港するので、土曜日はUW旗を持って見送りに東京港までドライブに行ってきた。お台場地区の新クルーズターミナルは2020年9月に完成したものの、クイーンエリザベスはじめ海外のクルーズ船がウイルス禍によって寄港をキャンセルし、今回やっとAMADEAが外国船として初めてここを利用する船となったものである。今後、新ターミナル発着の国内クルーズも実施されるだろうから、駐車場などの使い勝手を調べるためにもこの見送りはちょうど良い機会と云える。


AMADEAは昨年12月フランスのニースを出た150日間の西回りの世界一周クルーズの途中で、パナマ運河を越えたあとはイースター島やタヒチを含む南太平洋の島々を経由し、約400人の乗客を乗せてグアム・サイパンから先週清水港に入港、内地2港目の東京港のあとは名古屋、神戸、広島、長崎など日本国内の10港をじっくりと訪れる予定になっている。このAMADEAはもともと初代”飛鳥”として1991年12月に三菱重工長崎造船所で完成、2005年にPHOENIX REISEN社に売船され、改装されて現在の船名になった船であり、同船にとっては久しぶりの里帰りの旅でもある。個人的には飛鳥だった時代はこの船のことについてよく知らなかったが、AMADEAとなってからは何故か浅からぬ縁ができて、今回の見送りも4度目の出会いということになった。


思い起こせばAMADEAとの初の出会いは2006年3月のことであった。偶々、横浜の中華街で仕事仲間と会食があり、食後に腹ごなしで港の方へブラブラと歩いて行ったら、ちょうどその日がAMADEAの命名式の日で、飛鳥Ⅱと同船の2船が大さん橋の両側に揃い踏みしている光景に出会ったのである。当時は飛鳥Ⅱにも乗船したことがなかったから、後年この両船にこんなに近しくなることはまったく予想できなかったのだが…。次に2011年の飛鳥Ⅱ世界一周クルーズのオプショナルツアーで、アムステルダムからドイツのワルネミュンデまでAMADEAを郵船クルーズがチャーターして、キール運河経由の2泊クルーズを楽しんだのが2度目の思い出。さらに2018年の飛鳥Ⅱ世界一周クルーズ途中、スエズ運河に向かって紅海を航海中、サラーラ(マスカット・オマーン)からエジプトのサファガに向かうAMADEAと偶然に出会い、数日間、飛鳥Ⅱと同航してお互い長旅のエールの交換を経験したのが3度目のことだ。


紅海での邂逅から5年ぶりに身近にみるAMADEAは、白い船体がきれいに塗られ発錆も遠目にはまったく見えない。ほぼ同じ時期に同じ造船所で造られた今の飛鳥Ⅱ(EX,CRYSTAL HARMONY)より外観上は美しく見映えがするほどである。その後は船体に大きな改造はされていないようだが、7デッキのキャビンの一部が、プロムナードデッキに直接面したバルコニー付きになったのが今回目立った点である。このバルコニーはプライバシーの観点から嫌う乗客もいるだろうが、他方チーク材張りの広いデッキとバルコニーが一体となって、開放的で広々として良いという声も大きいのではなかろうか。アメリカのゴルフ場に行くと、コースすぐ脇の住宅が柵や生垣もなく、ゴルフ場の緑と庭先が一体になっているのに驚くことがあるが、プロムナードデッキに面したバルコニーも同じような感覚なのだろう。一度、この種のキャビンを利用してみたいとも思うものの、気軽にパンツ一丁でバルコニーに出られないのは唯一の気懸りではある。


新しいクルーズターミナルの送迎デッキで、乗客の避難訓練の様子を見ていると、全員マスクをつけを救命胴衣持参で真面目な点呼風景なのがいかにもドイツ船らしい。こうして出港を待つうち、本船に2011年に乗船した時の思い出が蘇ってきた。川のような狭いキール運河を通航中、船尾デッキで行われた地元の若者たちのフォークダンスショーを、本場ドイツの生ビールを片手に眺めたのは忘れられない楽しいひと時だった。そういえばあの時仲良くなって朝食を一緒に取ったピアニストのギュンターさんはまだ元気で乗船しているのだろうか。飛鳥から引き継がれた、田村能里子氏の絵画もそのままだろうかなどと船内の様子も気にかかる。運河の側道を自転車に乗ってAMADEAに伴走する人々、運河を渡る鉄橋を通過する列車、鳥の声や本船の引き波の美しさなど、ビールをしこたま飲みつつ楽しんだ情景などを思いだすうち、また海外クルーズに行きたいという思いが強くなってきた。早く海外クルーズが全面的に再開されないかと願いつつ、汽笛を鳴らしながらターミナルを離れるAMADEAをいつまでも見送っていた。

2011年飛鳥Ⅱ世界一周クルーズ乗船記のリンク
AMADEA 船内の様子
キール運河終日航海日(5月18日)

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2018年4月 紅海で飛鳥Ⅱと並んで航海するAMADEA

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2011年5月キール運河を行くAMADEA船上の地元若者のローカルショー

2023年3月 5日 (日)

川越線の「あわや正面衝突事態」との報道は確かか?

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3月2日午後夜10時前、大宮から川越方面に通じる川越線の単線区間で「あわや正面衝突」というニュースが飛び込んで来た。ちょうどギリシャで列車の正面衝突事故が起きたことが報道されたばかりだが、川越線はほとんどが単線とはいえ、首都圏に於けるJR線でそのような事態が発生するとはにわかには信じがたい。鉄道は安全を担保するために、列車の行き違いができない単線区間の駅間(閉塞区間)には、一本の列車しか入線できないきわめて厳格な仕組みで成り立っている。電気信号で制御されるATS(自動列車停止システム)が導入される前は、スタフやタブレットと呼ばれる通行手形を保持する一本の列車だけが、両駅間を運行できるシステムになっており、最も原初的なスタフ交換では手形の受け渡しミスで列車が正面衝突する危険性がかつて存在したのも確かである。しかし川越線は、今や埼京線に直通するE223系10両編成の電車が約20分おきに運転され、ATOS(東京圏輸送管理システム)管理の下、ATS-P型が完備する自動閉塞の近代的路線となって、単線区間での列車正面衝突の危険は余程の事(例えば1991年の信楽高原鉄道正面衝突事故は、方向てこと呼ばれる信号工事の設定ミスや運転規則違反が重なって起きた)でもない限り起こりようもない線区になったと考えられる。


ニュースでは、当日は強風で川越線のダイヤが大幅に混乱するなか、指扇(さしおうぎ)駅と南古谷(みなみふるや)駅間で【注:ここはニュースでは伝えられていないが、両駅の間にある川越車両センターに分岐する側線に入るポイントを挟んで】上り列車と下り列車が対峙して同じ線路上で停車し、お互いの距離は600米だったと報じられている。両方の列車とも指扇駅と南古谷駅を出発する際の信号は青だったが、南古谷駅に向かう下り列車の運転士が、営業運転中にも拘わらず分岐器(ポイント)が車両センター(車庫)に向かって開通しているのでおかしいと思いポイント手前で停止、一方で指扇駅に向かう上り列車も、南古谷駅を青信号で出発したものの、ポイント手前の信号が赤を現示するため停車したところ、両列車が見合う形でデッドロックになったとされている。メディアは「正面衝突の可能性」(ANN)のほか「信号の不具合が起きていた可能性」(NHK WEB)などと報じているが、鉄道ではそう簡単に正面衝突事故は起きないはずだし、信号の不具合ならシステムとしてフェイルセーフで全信号が赤になるので、どうもこれらが伝える内容はいま一つ信じられない。


真実を究めるというよりは、書かない自由の権利を最大限に行使しつつ、少しでも煽れることはセンセーショナルな記事にしつらえる、というメディアの手法はこの3年のウイルス騒動で明らかである。どうせこのニュースも不勉強な記者らの「あわや正面衝突?」との妄想でつくられたものに違いなく、当夜現場で何がおきたのか、本当に危機一髪の危険な状態だったのかを自分で調べてみることにした。本件については事件後、さっそく多くの鉄オタによる真相探求サイトやツイッターがネットを賑わしていて、それを見ると川越線や車両センターの線路配置などの詳細が描かれており大いに参考になる。Youtubeには川越線の運転席からの前面展望動画が上り線・下り線ともアップされており、閉塞区間や出発信号機、場内信号機の現示位置もすぐ分かるから、世の中、便利になったものである。各種サイトや繰り返し見たYoutube動画などから、当夜はこうだったであろうと推定される経緯を下の①~⑦のとおり記し、その概略図を上に掲げてみる。

  1. ①強風でダイヤが混乱するなか、中央センターの列車指令が川越方面行き下り営業列車を、川越車両センター行きの回送と設定する誤インプットをする(この列車の営業は指扇駅までと指令は誤解か?)。
  1. ②これにより下り回送電車の進路は指扇駅出発信号(青)→第2閉塞(青)→第1閉塞(青)→車両センター着発線場内(多分 黄色信号現示)で開通。車両センター行きポイントの進路分岐表示は左側に進路開通を現示していたはず。
  1. ③営業中なのに車庫行きはおかしいのでは?と下り列車運転士が指令に問い合わせのため、車両センター着発線場内信号機の手前で停車。
  1. ④このとき上り列車に対しては南古谷駅の第3出発信号が赤となっており、第2出発は黄色、第1出発信号機が青となっているはず。
  1. ⑤上り列車は青信号に従い南古谷駅を出発し、赤を現示する第3出発信号のところまで進行してポイント手前で停車。
  1. ⑥両列車がポイントを挟んで対峙する形で停車し運行できなくなった。
  1. ⑦この状態から回復するために、上り列車を南古谷駅までバックさせた後、下り列車も同駅まで前進したが、安全確認に3時間かかった。


ここまで見ると指令のコンピュータへのインプットミスがそもそもの原因であったにせよ、その後は⑥までシステム的には極めてロジック通りに事が進んでいる事がわかる。すべては安全を構成する要件通りに事態は推移しているのである。そもそも上り列車は、南古谷駅の第3出発信号機より同駅に近い駅構内内部にいるわけで、これは対向して駅に進入する下り電車が側線に退避するまでの間、上り列車が単に駅構内で「信号待ち」をしていた状態であったとも云える。こうして見ると、メディアが騒ぐ正面衝突一歩手前とは、実際はかなり様子が異なっていた事がわかる。指令が間違った行先を設定しても、正面衝突は起こりえなかったのである。問題は列車設定のインプットミスをどう防ぐかという事と、⑦以降、仮にインプットミスをした際に、速やかに元に戻すコンティンジェンシープランが不十分であった事に尽きるようだ。このような事態がこれからもダイヤ混乱時に想定されるなら、少なくとも指扇駅と南古谷駅間だけでも複線化することが望ましいが、車両センター内に留置する車両の配置を工夫して、車両センター着発線場内信号から南古谷駅まで下り列車が進めるようにするアイデアも考えられるのではないか。路線図などを眺めながら、事故防止にはどうしたら良いかなどと思考を廻らすのも鉄道趣味の一つである。近々現場を通過する列車に乗ってみたいものだ。

2023年3月 2日 (木)

リバーサルオーケストラ

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日本テレビで水曜日の夜10時から放送されている連続ドラマ「リバーサルオーケストラ」を毎週楽しみに見ている。地方のプロオーケストラを話の中心に据えた珍しいドラマである。クラシック音楽の演奏家という人たちは、才能に加え子供の頃から大変な努力を重ね、専門の大学で研鑽を積むはずだが、そんな彼らでもプロのオーケストラの団員になるのは実に狭き門だと聞いてる。私の友人の娘さんも幼い頃からピアノの才能を認められ、音大付属高校から音大に進み、有力な先生に師事して、大変な時間と費用を使ったものの、結局プロのクラシック演奏家にはなれなかった。音楽家とは実に厳しい世界で生きているものだと思うが、演奏会の時だけでなく町で大きなチェロのケースなどを背負った演奏家を見ると、彼ら彼女らはどういう気持ちで日々音楽に向き合っているのだろうかと興味を掻き立てられる。という事で全10話とされる「リバーサルオーケストラ」を見始めた。

 

「リバーサルオーケストラ」は、主人公でトラウマを抱えた元天才少女バイオリニストの谷岡初音(門脇 麦)と、田舎のポンコツオーケストラ立て直しのためにドイツから呼び戻された期待の若手指揮者、常葉朝陽(田中 圭)を中心に話が進む。特別に美人というわけではないけれど、とても感じの良い女の子という風情の初音と、照れ屋で独善的、クールで頑固だが本当はやさしいマエストロの朝陽の2人によって、仲良し集団の緩いオーケストラがどうプロ集団に変わっていくか。ビオラ主席の濱田マリやオーボエ主席の平田満など演技達者な脇役によって紡がれるサブストーリーが加わりながら、団員が徐々に覚醒し脱皮することが見る者に伝わる筋書きである。オーケストラを潰したい勢力の権謀術策もあって話は一難去ってまた一難、かつて音楽で蒙った心の傷を初音がどう克服するのか、さらにお約束の恋愛話も絡めて毎回飽きることがない。ちょうど2019年に話題になったTBS日曜ドラマ「ノーサイド・ゲーム」のラグビーボールをクラシック音楽に置き換えたような展開だと言ったらよいだろう。


ドラマの幕間で流れる音楽はクラシック音楽の名曲が番組に合うようにアレンジされて耳に心地よい。感心するのは出演する役者たちの楽器を演奏する演技の上手なことだ。弦楽器を扱う際の弓の使い方や弦の押え方、管楽器演奏の時の頬の表情や息の吹き方は、役者の後ろで演奏する神奈川フィルの本チャン演奏者とさして変わらないように見え、本当に役者たちが音を出しているかと錯覚するほどである。田中圭演じるマエストロの指揮ぶりも評判が良いようだ。クラシック音楽やオーケストラがテーマになっているのにも拘わらず内容が親しみやすくこなれているのは、脚本や演出、構成がこの道に造詣の深いスタッフによってなされているからだろう。本物のクラシック音楽演奏家たちが「リバーサルオーケストラ」を見れば、「これあるある」とか「これはないなー」と会話が盛り上がるに違いない。さあドラマも終盤、初音と朝陽はどうなる?オーケストラは存続するか?この後が楽しみだ。いつも番組を見終わると音楽心が刺激され、真夜中に電子ピアノに向かってみたり、ドラマの中でオケが演奏した曲のCDをかけて夜更かしになってしまうが、それもあと僅かか。

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2023年3月 1日 (水)

日本のGDPは本当に伸びていないのか?

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津軽鉄道車窓風景

ジョギングをしていると、どこからかほのかに沈丁花の香りが漂ってくる。匂いには決して敏感ではない私だが、子供の頃に庭に沈丁花の植え込みがあったせいか、この花だけは妻より早く嗅ぎ分け春が近いことを実感する。町行く人は何故かまだ多くがマスクをしているものの、やっとこのバカバカしい武漢ウイルス騒動から解放されそうでホッと一息の春である。そういえばこの3年間、ほとんど開かれなかった各種集まりも再開の機運が高まったようで、幼稚園や中学、高校、大学、それに元いた会社の友達、さらにクルーズ仲間などによる誘いが次々と舞い込む。3月の予定も早々に詰まってきて、飲食店に行く回数もこれから増えそうだ。また先月、富山県に寒ブリを食べに行った帰りの北陸新幹線では指定席が一杯でやむなく自由席に飛び乗ったが、その自由席も終始満席の状態で、旅行者の数もだいぶ戻って来たことがうかがえた。こうしてみると、今年は飲食やサービス産業を中心に、ウイルス禍の反動で景気が大幅にアップするのではないかと大いに期待ができそうだ。


振り返ればこの3年間、海外に出られない分、これまでになく数多くの国内旅行をした。その都度感じるのは、国内どこに行ってもきれいになったということである。吹雪の中に訪れた正月の本州最果ての竜飛岬も、番屋風の建物を除いて、いわゆる「東北の寒村」的な風景を見ることはなく、民家も総じて小ぎれいであった。峠道でも道路は完全に舗装され、路肩にはガードレールや標識がこれでもかというくらい丁寧に設置されている。アメリカの山道を運転すると、アスファルトはツギハギのうえ、ガードレールなどない場所も多く、ちょっとハンドルを誤れば谷底真っ逆さまかというカーブによく行き合うが、それとは対照的だ。海岸線を行けばあちこちに防波堤で守られた立派な漁港が整備されているのも日本的風景と云える。旅に出ると旅館にしろ名所にしろ、国内どこでもきめ細かいサービスを提供してくれる。特にこの10年で印象深いのは、日本中でトイレが美しくなったということであろう。汲み取り取り式便所は山にでも行かないと出会わず、和式トイレもかなりの数が洋式に換えられ、ウオシュレットまでついている公共トイレも増えた。都内に帰ってくると、方々で高層ビルとタワーマンションの建築が進んでいるのがわかる。何度もこのブログで疑問を呈しているが、日本はこの20数年間本当にGDPが伸びていないのだろうか? 発表される国の経済指標は我が実感と大きく乖離しているように感じてならない。


国内の建物や公共設備が新築、改築、改良されているの見るにつけ、我が国の統計の取り方は他国より厳しい基準になっているのではないかと時々訝しく思う。ウイルス禍でPCR検査の閾値(しきいち=CT値)が他国の基準より敏感に設定され、多くの陽性者を数えたのと同じ様な現象が経済統計にもあるのではと勘繰ってしまうのである。そう考えていたらシナでは新興の高級車メーカーの雷丁(レイディン)自動車が、地元の経済実績を挙げたい山東省共産党によって、実際の3倍以上売り上げを水増し申告するように強要されたことが明らかになり問題になっている。もともとこの国の各種公式発表は眉唾ばかりだが、今回はさすがに規模が大きく、レイディンだけではなく国中あまねく同様な虚偽申告が行われているのではと批難の声が挙がっているそうだ。シナは究極の対極的存在とはいえ、どうもわが国では各統計の分類方法や閾値の設定が真面目に厳しめに偏っているのではないだろうか。GDPの集計方法などはまったく素人ながら、一度ユルそうな南欧や南米諸国並みの基準(いい加減さ)で数値を集計し再計算したら、大幅に日本のGDPがアップするか見てみたいものだ。本当に日本の経済は伸びていないのか、さらには社会の格差が広まったのか常々疑問に思っている。

本州最果ての龍飛岬にも立派な漁港
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