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2023年1月 5日 (木)

「津軽鉄道・ストーブ列車」と津軽海峡を望む天然温泉「ホテル竜飛」その2

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鶴の舞橋と上半分が雲に覆われた岩木山

明けて2023年元旦の朝である。竜飛岬は相変わらず風が強いものの、天気予報に反して海峡には薄日も漏れ対岸の北海道も良く見える。当初の予報より天気が崩れるのが遅くなって夜半から吹雪になると云うから、この日に予定する観光は雪に見舞わることもなさそうだ。天気は覚悟して来たものの、これは春から縁起が良いや、皆の日ごろの心がけの賜物だと空を見上げて一同で喜んだ。9時前に宿を出発し、観光バスに2時間ほど揺られて着いたのが、津軽平野に鎮座する高山稲荷神社であった。高山稲荷は鎌倉~室町時代に創建された当地きっての神社で、五穀豊穣、海上安全、商売繁盛の神様とされるそうだ。それでも東京近辺の寺社仏閣に比べると人出も少なく、まずは落ち着いた元日の初詣となった。次に立ち寄ったのが、大きな溜池である津軽富士見湖にかかる鶴の舞橋という太鼓橋であった。この橋は長さ300米の日本一長い木造三連橋で、地元青森特産のヒバの木でできており、名山である岩木山をバックに湖面には丹頂鶴が見られる景勝の地である。残念ながらこの日は鶴は見られなかったし岩木山も半分雲に隠れ、せっかく来たので向う岸まで渡ったものの、寒さもつのり皆は早々にバスに戻っていった。


五所川原駅近くのホテルで郷土料理「ホタテ貝焼き味噌」の昼食をとったあとは、いよいよ津軽鉄道のストーブ列車に乗車となる。津軽鉄道は津軽平野の中央に位置する五所川原から北に向かって中里駅までの20.7キロを結ぶ非電化単線のローカル私鉄で、津軽平野北部の開発と津軽半島環状鉄道の敷設促進のために地元有志が資金を出し合い昭和の初期に開通したとのこと。途中の金木駅で駅員が丸い輪のタブレットキャリアーを駅務室に運んでいるのを見てタイムスリップした気分になったが、ここはいまだに非自動閉塞でタブレットやスタフで鉄路の安全を確保している。ウイルス騒ぎが始まって以来、海外旅行に行けない分、国内ローカル線の旅が増えたが、鉄道の旅を通じて明治の末から大正、昭和にかけて日本中どこでも鉄道誘致、鉄道建設運動が盛んだったことを改めて思い知らされた。その後、国鉄に買いあげられた鉄道、はたまた私鉄のまま残った鉄道が、それぞれそのインフラを現在にどう活用しているのか、安全輸送と経済性にどう折り合いをつけるのか、ローカル列車に乗る度に、もしこの線路を自分で経営(運営)したら何をするだろうかと考えるのが楽しみになった。


JR津軽線も昨年の大雨で線路が決壊し、復旧に多額の費用かかるため廃止する方向に入ったと報じられている。ここ津軽鉄道も赤字に悩んでいるが、車両の更新ができないことを逆手にとって、昔ながらの石炭炊きのダルマストーブを旧型客車に載せたストーブ列車を観光の目玉にしている。ストーブ列車は12月1日から3月31日の間に一日3往復運転され運賃の他に500円の列車券が必要だが、この日は満席で海外からの観光客もちらほら見うけられた。津軽鉄道は夏は風鈴列車、秋は鈴虫列車を運転して観光収入を得ており、地方私鉄の必死の生き残り策を肌で感じるかの乗車体験である。車内では日本酒(350円)にスルメ(700円)が販売され、観光ガイドのおばちゃんが買ったスルメをダルマストーブで焼いてくれる。おばちゃんは2枚重ねにした軍手でストーブの上に置いた金網に、スルメをぐいぐい押し当てて素早く焼き上げ、みるみる車内はスルメ香が充満してくる。金木駅近辺にある太宰治の生家を遠望しつつ、津軽平野の雪景色を眺めながら日本酒片手に食べるこのスルメのなんと美味いこと。ついお酒も進んでしまったが、ほぼすべての乗客がスルメと日本酒を買い求めているようで、ストーブ列車の企画も大受けのようだ。


この日は地元乗客のための気動車2両が動力源となり、牽引される「オハ46 2」と「オハフ33 1」の2両がストーブ付き客車で、我々団体一同は「オハ46」に座席が指定されていた。Wikipediaによると乗車した「オハ46 2」のタネ車は、1954(昭和29)年製造の旧国鉄「オハ46 2612」だそうで、1983年に津軽鉄道に譲渡されたとのこと。さらにネットでいろいろ調べていくと、この「オハ46 2612」は元々は「スハ43 612」として戦後復興期に急行型客車の体質改善のために作られた車両であり、のちに軽量化改造と電気暖房設備を設置してオハ46の2000番台を名乗るようになったとされる。とすると元来この車両には暖房設備があるはずなのだが、津軽鉄道では牽引する側のディーゼル機関車や気動車に暖房用の電源供給設備がないため、やむなくダルマストーブを積んでストーブ列車にしたようだ。苦肉の策が却って大当たりとなって、今では観光の目玉になっているのだから世の中わからないものだ。その「オハ46 2」の車内はさすがにくたびれており、アルミサッシの窓(アルミサッシ化は国鉄時代なのか津軽鉄道でなされたのか不明)からは隙間風がビュービューと吹き込んで来る上、どこからかわからないが細かい雪まで入り込んで舞っていた。スルメを焼いていたおばちゃんは「吹雪の時はもっと吹き込んで来るよ~」と津軽弁で説明してくれた。


期待して乗車したストーブ列車だったが、旧型客車のノスタルジーを望んで乗車した私のような鉄オタにはやや不満も感じた。旧型客車の座席モケットと云えば濃青色のはずがピンク系の生地に張り替えられ、それもあちこちにツギが当たっている。客車特有の高いアーチ天井は良いが、照明は電球用の台座に丸い蛍光灯が裸で収まっているし、かつて扇風機が据え付けれていた台座も、意味不明の照明が設置されているのが何とも興ざめだ。客車列車というとバネ下重量が軽く軽快な走行音を聞くのが楽しみだが、かつては評判の良かったTR47系の台車も、ローカル鉄道の路盤状況では乗り心地を楽しむ術もなくガタンガタンと揺れが激しい。せっかく現役で走る貴重な旧型客車である。500円の乗車料金を1000円にしても良いし、寄付やらクラウドファンディングで資金を集めても良いから、動態保存の意味でもオリジナル状態への復元やメインテナンスに力を入れて欲しいところだ。団体旅行の悲しさ、もう一両の「オハフ33 1」をゆっくり見る時間がなかったのが残念だが、津軽鉄道は我々のようなオタクの為に車両の来歴を披露する説明や掲示も欲しいと思った。終点の中里駅で津軽鉄道を降りる頃から雪が強くなり、竜飛岬に戻るころは外は吹雪であった。津軽海峡冬景色、地元神社への初詣、岩木山に太鼓橋、ストーブ列車と印象的な2023年の正月休みであった。(了)

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天井の蛍光灯と扇風機跡が無粋なオハ46 2

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 地元案内のおばちゃんは軍手2枚履きで焼き網にスルメを押し付け素早く焼き上げる

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