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2022年11月

2022年11月27日 (日)

飛鳥Ⅱ「2023年オセアニアグランドクルーズ」寄港地観光ツアー・船内生活説明会

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飛鳥Ⅱ「2023年オセアニアグランドクルーズ」実施が決定し、25日(金)午後、東京駅前KITTEビル内で運航会社郵船クルーズによる寄港地観光ツアーと船内生活説明会(東京会場)が開かれた。2021年の飛鳥Ⅱオセアニアグランドクルーズが武漢ウイルス騒ぎで中止になり、2年間延期を繰り返してきたのだが、やっと国内外の関係当局の承認を取り付け来年2月10日から39泊で催行されることになったものである。ただし2021年のスケジュールからは、COVID 19の影響によりタスマニア寄港が抜かれるなど若干旅程が変更になっている。すでに商船三井客船の「にっぽん丸」はインド洋のモーリシャス向けに12月15日から47泊のクルーズ実施を決定しており、日本船では海外クルーズ再開後の第2船となる。


KITTEに設けられた説明会場はほぼ満席であった。冒頭、郵船クルーズの営業部長から、「安全」「楽しんでもらう」「最後までやる」が今回のクルーズのキーワ―ドであり、海外クルーズ再開にあたっていかに感染症防止対策に苦慮したかが述べられた。このクルーズでは乗船にあたっては3度のワクチン接種が「強く推奨」され、これまで通り乗船日のPCR検査が実施される上、日本帰港直前のグアムに於いても乗客全員に再度PCR検査が行われる。また海外寄港地での個人的な外食も禁止というからかなり徹底した対策である。もしクルーズ中に陽性者であることが分かると、次の港で強制下船となり、現地の医療費や隔離宿代、帰国費用などは自費となるので、旅行傷害保険についてはクレージットカード付帯のものだけでなく、追加の保険を十分検討して欲しいことが強調された。


ただしCOVID 19を問題視しているのは今や世界中でシナと日本だけであり、我が国も来春までには現在の感染症2類相当からインフルエンザ並みの5類に諸要件が緩和されることが予想されるので、現在発表のコロナ対策は「変更ありうべし」とのこと。一方でウイルス対策を行いつつも、なるべく「日常」を取り戻すように人気の「ダンス教室」や「コントラクトブリッジ教室」が再開される予定と嬉しい説明もなされた。「2023年オセアニアグランドクルーズ」の乗船予定者は460名だそうだ。いまクルーズ船に乗ってもし感染すれば「金持ち老人の道楽でほらみたことか!」と世間から非難や嘲笑の的になろうが、それにもめげずに乗船しようとする460名である。石橋を叩いても渡らないような感染症対策ばかりでなく、3年ぶりに実現した海外クルーズが楽しくなるように諸対策がいっそう緩和されることを願いつつ会場を後にした。

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2022年11月23日 (水)

高齢者の自動車運転事故

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11月23日、勤労感謝の日は晴れの特異日である。気象台の過去の記録を調べ、晴れる確率が最も高かったため決まったとされるラグビーの早慶戦は毎年この日に行われる。それが今年は終日かなり強い雨の降る寒い日となってしまった。私自身、本日開催の第27回東京都シニア健康スポーツフェスティバルのトラック競技にエントリーしていたものの、なにも気温11度の氷雨をついて走ることもないと、東京レガシーハーフマラソンに続きまたもや出場しないことに(DNS)決めた。ことしは試合に2回エントリーをして2回とも出走しなかったことになるが、趣味なので気持ち良く走ってナンボのもの、高齢者が無理をして走ることもあるまいと家でゆっくりとすることに。予定の無くなった日中に新聞を読んでいると、折り込みに入っていた高齢者の交通安全についての警視庁のチラシに目が留まった。


「歩行者の方へ」とするそのチラシの表面には、「ルールを守って安全な横断」として、高齢者が「横断歩道外の横断」「信号無視」「横断禁止場所の横断」で危険な場面に遭遇するイラストが描かれている。たしかに私もジョギングなどの際、これまでクルマが来ない交差点では、赤信号も気にせずに渡っていたが、最近は妻の「赤信号の交差点はなるべく止まって」との助言を聞きいれ、よほど安全について問題ない所以外は信号に従うようになってきた。年齢が上がるに連れて注意力が欠如し、迫ってくるクルマや自転車を見落とすことも多くなるに違いないので、なるべく素直に信号や横断禁止の標識に従おうと思っているところである。チラシの表面を納得しながら眺めつつ、次に裏面の「ドライバーの方へ」とする「都内の高齢ドライバー」の注意を読むと「ン?」と思うようなグラフが載っていた。


「ドライバーの方へ」の面の冒頭には、「都内の高齢ドライバー(第一当事者)による交通事故件数は、10年前と比べ、減少していますが、事故全体に占める割合は増加しています」と「増加」の2文字が赤字太線で強調された文章があり、その下にグラフが記載されている。それを見ると2012年に高齢運転者(第一当事者)が起こした交通事故件数は6,600件だったが、以後は毎年事故件数が漸減しており、2020年度は4,246件、2021年度は4,370件となっていることが分かる。2020年度はコロナ禍で高齢者の外出が少なかったことが事故減の要因に挙げられようが、それにしても2020年度と2021年度に高齢の運転者が起こした事故は10年前の約3分の2となっている。大幅な減少である。


グラフには「事故全体に占める高齢運転者の事故割合」が折れ線で載っており、たしかに高齢者が事故を起こす割合は10年前の13.9%から年々漸増し2019年には18.1%となった後、2020年度は16.6%、2021年度は15.8%で、こちらは10年前よりプラス1.9%とわずかながら増えているのが分かる。ここで疑問が湧くのは、グラフの分母となるべき東京都の高齢者の数ないしは高齢運転者の数はどうなのかという点である。全年齢に対する高齢者による事故割合が増えても、もとになる全人口のなかの高齢者の割合がより増えていれば、この数字はあまり意味がないと云える。そこで東京都ホームページをみると、都内の65歳以上の高齢者は、2012年は270.6万人だったが、今年は312万人とこちらは15%も伸びていることが分かる。内閣府の高齢運転者の交通事故の状況「運転免許保有者構成率の推移」を見ても60歳以上の運転免許保有者は、この10年でかなり増加しているので、高齢運転者による事故割合の若干の増加は団塊世代の高齢化などに伴う高齢者人数そのものの増加と、若者の減少が原因である事が推定される。


つまり都内ではこの10年で高齢者の絶対数は大きく増加したが、高齢運転者による事故件数は大幅に減少している。また社会全体に対する高齢者の割合も増えたが、全交通事故のうち高齢者ドライバーによって起こされた割合はそれほどには増加していない、という2点がこのグラフから読み取れそうだ。交通安全のチラシが我々の注意を喚起する事は大いに評価するのだが、どうやらこのグラフは警視庁の意図するところとやや違う結果を示していると云える。そういえばこの3年に亘る武漢ウイルス騒動も、各行政機関が発表する一次データを読むと、いわゆる専門家が発するコメントやメディアの報道とはかなり様相が異なることを経験した。高齢者の運転に対していま大きく報道されている諸問題も改めて検証する必要があるだろう。


試合もなくなった閑な休みである。この際とばかりいろいろな統計を調べてみると、我が国全体の交通事故件数はこの10年で大きく減り、それに伴い高齢運転者の起こす事故件数そのものも大きく減少している。社会の高齢化により高齢運転者が増えた結果、高齢者が起こす事故の割合は僅かではあるが増えているものの、東京都のデータと同じようにこちらは高齢者人口の伸びよりはるかに少ない。残念ながら死亡事故の点では、75歳以上の高齢者ドライバーが起こす死亡事故件数は、他の年代よりかなり高い(令和元年の免許人口10万人当たり高齢運転者による死亡事故件数の推移(内閣府)では80歳以上9.8件、75歳以上6.9件、75歳未満3.4件)ため、メディアは格好のニュースとばかり「高齢者の重大事故」を騒ぐが、20歳台がおこす事故総数より65歳以上の高齢者の事故件数は少ないのが事実であることもわかった(世界を見える化するサイト)。精神科医で老人医療に携わってきた和田秀樹氏は「高齢者の免許返納などはもっての他」と常々警鐘を鳴らしているが、彼の主張の通り、高齢者の運転そのものが若者よりただちに危険ということはないようだ。ただしひとたび事故を起こせば、死亡事故に至る率だけが他の世代より多いという事実には注目する必要があり、これには安全運転をサポートする運転システムの開発や装着が急務である。

2022年11月16日 (水)

飛鳥Ⅱ のんびり秋旅クルーズ(続2/2)姫路城

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「飛鳥Ⅱ のんびり秋旅クルーズ」を高松で下船し、金毘羅参りをした後は、姫路城を見物し新幹線で帰京する予定で、JR線の乗車券だけは旅の前に購入していた。姫路までは、まず琴平から多度津まで土讃線、多度津から坂出まで予讃線、坂出より岡山まで瀬戸大橋線(宇野線)、岡山から姫路まで山陽本線(途中相生乗り換え)といずれも各駅停車(瀬戸大橋は快速)の列車5本を乗り継いでの旅であった。妻は讃岐うどんでも食べてもっとゆっくり琴平で過ごし、特急と新幹線で姫路に行きたい様子だったが、少々時間がかかってもローカル列車も良いものだ。実は琴平駅には「みどりの窓口」がなく「大人の休日倶楽部ジパング」で割引切符を購入する場合は、窓口にある新型の自販機でセンターの係り員とモニターを通じて会話をして3割引きの特急券を発行して貰うシステムであった。最近は全国で「みどりの窓口」が次々と閉鎖され、こうした駅でジパングの切符を買う際には、駅の自販機を色々と操作して切符を入手する必要がある。列車の時間が迫っている際に、前の人が自販機の前でモタモタしていると大いに焦るのだが、各駅停車に乗車なら追加の切符も不要で琴平ではやってきたローカルの気動車列車に飛び乗ることが出来た。


各駅停車の列車で地元の高校生やら通勤客と乗り合わせながら夕方に姫路駅に着いた頃には、朝まで飛鳥Ⅱに乗船していたのが遠い世界の出来事のように思えてきた。駅前のホテルに泊まり翌日ぶらぶら歩いて行った世界遺産の「姫路城」は、子供の頃に訪れて以来なんと60年ぶり、妻は初めての見学である。最近ジパングで利用する「ひかり」(ジパングではのぞみの乗車は不可)のうち姫路駅に4分ほど停車する列車が多数あり、新幹線の上りホームからほど近い姫路城の大天守を窓超しに眺めているうち、またいつか来てみたいと思っていたのである。姫路城の五重七階の連立式天守は池田輝政により1609年に完成、以後何代かの大名が入封した後、明治維新や大東亜戦争の空襲にも生き残り、その美しい姿を今に保っている。高さ14.8米の天守台に31.5米の高さを誇る大天守は、白壁と屋根瓦を固める多量の漆喰により遠くから見た姿が白く見えることから別名を白鷺城とも呼ばれている。屋根や壁の漆喰は昭和31年から39年までの(昭和の)解体修理、平成21年から27年までの(平成の)大修理時に塗り替えられており、最後の塗り替えより7年半経過した現在は白さ加減も落ち着いて、白鷺城はいま見ごろの時期だと云えよう。


それにしても久方ぶりに訪れた姫路城は、約700米四方ほどの広い敷地に、大天守のほか3つの小天守、幾重にも重なる屋根や曲輪、廊下が連続する壮大な城構えであった。小天守などは他の城郭なら立派な天守閣になるほどの規模と云えよう。新興国に行くと「世界遺産」の登録もだいぶインフレ気味だと感じるが、ここは正に「国宝」「世界遺産」の名に恥じない文化遺産である。天守閣に入ったらエレベーターがありました、という新たに建て替えられた最近の城と違い、暗く急な階段を手すりに掴まりつつエッチラ上って辿り着いた最上7階から一望する市内や近郊の眺めは格別。この日は秋晴れの行楽日和とあって、これまで入国禁止となっていた欧米からの白人やアジア系では台湾からの観光客が姫路の町に目立っていた。集団でたむろしては大声でしゃべるシナ人の団体客がいないため場内も清々しく、当分の間、シナにはゼロコロナの愚策を貫徹し厳し~~い感染予防策を継続して欲しいところである。姫路からは山陽電鉄~阪神電鉄直通の特急に乗り、大阪から新幹線で帰ろうかとも思ったが、金毘羅さんの奥宮参りや姫路城の急階段でさすがに足が重くなり、早く新幹線で缶ビールを飲もうと姫路駅から「ひかり」に乗車して帰京した。

2022年11月13日 (日)

飛鳥Ⅱ のんびり秋旅クルーズ(続1/2)金毘羅参り

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「走る電車の博物館」琴電の仏生山駅に集う旧京浜急行の電車群

「飛鳥Ⅱ のんびり秋旅クルーズ」も新宮や四日市には何度か行ったことがあるため、船で3泊した後に最初の寄港地・高松で途中下船することとした。前日の夕方に飛鳥Ⅱは高松港に到着しているので、下船日の朝は早起きして港周辺をジョギング、一旦船に戻りシャワーを浴び朝食を摂って10時過ぎに船を離れた。これまでワールドクルーズなどで区間乗船の人たちを見送ったことは何回もあったが、見送られる側になるのは初めての経験で、いざ下りるとなるとひどく船が名残惜しくなってきた。乗り合わせた船友たちは今晩もフォーシーズンダイニングでディナーを楽しむのかと思うと、「やっぱり最後の横浜まで乗る事にします。差額はカードで支払います」と申告するかとの考えが一瞬頭をよぎる。ただすでに「大人の休日倶楽部ジパング」で帰りの割引乗車券を購入し、途中の姫路駅前のホテルも予約済みとあって気をとりなおし当初の予定を遂行することに。


この日は高松から初乗車の琴電に乗って金毘羅さんにお参りし、その後は瀬戸大橋経由で姫路まで行く予定である。琴平までの高松琴平電気鉄道は、乗車する琴平線(33キロ)と志度線や長岡線の3線からなる、軌間1435ミリ、全線1500ボルトの地方民鉄だが、ここを走る電車は元京急や京王帝都、名古屋地下鉄の車両が多く、「走る電車の博物館」と全国にその名前を知られている。さっそく下船した足で始発の高松築港駅で琴平行きを待つことしばし、コトコトと入線して来た2両編成の電車は1200形の1207編成で、塗装こそ黄色に塗り替えられているが、その面構えは昭和45年から製造された元京急の700形であった。さっそくかぶりつきに陣取り終点の琴平までの前面展望と運転システムを楽しむことにすると、先ほどまでの船旅の余韻がすっかり頭から消え去り、テツの血が湧いてくるから我ながら現金なものである。


東京都心の鉄道ではめっきり聞かなくなった抵抗制御の機械音、ブレーキシューの制動音、派手なレール継ぎ目のジョイント音や揺れ具合は、いかにも地方の電車といった風情である。瓦駅での分岐や高松市内の立体連続高架区間を過ぎ、電車は都市郊外の住宅地区や近郊農業地帯、ほどなく森や林を抜けたと思えば鉄橋を超え、ため池が点在する讃岐平野を走り抜ける。運転席のスピードメーターには、60キロ付近にマーカーがあり、どうやらその辺りが最高速度の一応の目安らしいが、かつて100キロ以上で京浜地区を疾駆していた真っ赤な京急の700形が、のんびりと田園風景を走る風景もなかなか味があってよいものだ。この日は日曜日の朝にも拘わらず下りの乗客が多いことに驚くも、これは高松から20キロほどの綾川駅に隣接する大規模ショッピングモールの買い物客であった。地方民鉄の例に漏れず琴電も赤字経営らしいが、沿線に大規模な商業施設を誘致すれば、自動車から鉄道を利用する乗客を取り込めるのだろう。地方の鉄道に乗る度に感じる土地に応じた営業努力には頭が下がる。


高松から一時間あまりで、終点の琴電琴平駅に到着。荷物を近くのJR琴平駅に預けてここから金毘羅参りである。「♬ 廻れば四国は讃州那賀の群 象頭山金毘羅大権現 ♪」と謳われたとおり、琴電の電車から見ると、進行正面に象の頭のような山が横たわって見える。金毘羅さんと云えば航海安全の神社で名高いが、讃岐富士(飯野山)や屋島と同様に、特徴的なその山の姿は、かつて沿岸航法の時代に船乗りの良い目標になっていたに違いない。大昔は海岸がもっと象頭山に迫っていたとも云われ、ここに航海安全の神様が鎮座するのもうべなるかなである。海運会社に勤めていた頃には、四国の造船所で進水式が行われた折などに金毘羅さんに度々詣でたことがあるが、あれからはや20年が過ぎているし、妻は初めての参拝である。天気も秋晴れ、本宮までの約2キロ、785段の階段はさして苦にならず一気に上ってしまい、そのまま調子に乗って、1.3キロ先、階段をさらに600段上がって標高420米の奥宮にも参拝した。奥宮では高松で後にした飛鳥Ⅱの残りのクルーズの航海安全とともに、私がまだ細々と続けている海運関係の仕事の商売繁盛を祈願し、次の目的地である姫路に向かった。

金毘羅宮の奥宮 標高400余メートル、階段1368段
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2022年11月 9日 (水)

飛鳥Ⅱ のんびり秋旅クルーズ

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横浜港大さん橋の飛鳥Ⅱと護衛艦いずも

「飛鳥Ⅱ のんびり秋旅クルーズ」に乗船してきた。11月3日発のこのクルーズは、国内8泊にも拘わらず寄港地が高松、新宮、四日市の3港だけと名前通りきわめて「のんびり」の秋のクルーズである。なぜ「のんびり」かと云えば、本船は今春起きた船内発電機の故障がいまだ直らず、現在に至るも全力航行ができない状態であることが理由だと思われる(飛鳥Ⅱ 電気系統の不具合・原因 本年4月12日ブログ)。いま飛鳥Ⅱは最大でも11~12ノットしかスピードが出ず、よって1週間ほどの日程では母港の横浜から遠くの幾つもの寄港地まで往復できない。また感染防止の観点から国内でクルーズ船を受け入れる港がまだ限られているのも事実である。これらのいくつかの制約の中で、必然的に本船は洋上を「のんびり」遊弋するようなスケジュールになった模様である。


私たちは新宮や四日市はこれまで訪れたことがあるので、今回はクルーズ前半の横浜~高松間の3泊コース(Bコース)のみの乗船とした。300名の乗船者のうち、70名ほどがBコースだそうだ。出発日である11月3日(祝)は例によって乗船前PCR検査を受けるため、横浜港大さん橋での集合、受付は出港3時間前の2時であった。この日は国際観艦式に参加する自衛艦「いずも」が大さん橋に着桟しているため多くの艦内見学者が詰めかけ、飛鳥Ⅱの出港時にも最近になく人だかりができて、「ついで」にか、多くの人たちが飛鳥Ⅱを見送ってくれる。PCR検査も無事終わり久しぶりに賑やかな見送りの中、定刻5時に飛鳥Ⅱは大さん橋を離れたが、やはり客船の出港は華やかなのが一番だと感じた。


飛鳥Ⅱには約1年ぶりの乗船となったが、感染症対策は昨年末と大差なく船内パブリックスペースはマスク着用が原則。またフォーシーズン・ダイニングで友人夫妻と夕食を共にしたら、相変わらず同室者以外との間にはアクリル板のパーティションが置かれ、まるで耳の遠い老夫婦2組が会話しているように大声を出さねば通じない。これでは却って飛沫やらエアロゾルが飛ぶのではないのだろうか。クラブ2100もフロアーに無粋なソファが置かれたままで、せっかくの生バンド演奏とあってもダンスはできない。もっともパームコートや飛鳥プラザでバンドの演奏に合わせて踊ってみたが、クルーは何も言わなかったからこの程度は黙認なのだろう。総じて感染症対策でピリピリした昨年の雰囲気に比べれば、船内は大分マイルドになった気がしたが、もはやオミクロンは「ただの風邪」である。早く以前のように皆で集まって「アスカダンス」(エイキー・ブレーキーハート)を踊りたいものだ。


この「のんびり秋旅クルーズ」の船長は小久江キャプテン。いつもの様にさまざまな航海情報や本船の今後の予定、船長の意図などを的確かつ詳細に船内放送で語ってくれるのが素晴らしい。本船は11月中盤からドックに入り、いよいよ具合の悪かった発電機も直するそうだから、その後は減速航海やまるでドリフティング(漂泊)のような速度調整も少なくなるだろう。彼には思う存分腕を奮って欲しいものである。一方で日本船の一画である”ぱしふぃっくびいなす”が年内出港をもって、クルーズから撤退するとのニュースが飛び込んで来た。本船郵船クルーズの親会社である日本郵船のマニラにある関連会社は飛鳥Ⅱのフィリピン人クルー養成だけでなく、ディズニークルーズや”ぱしび”にも船員を供給している。飛鳥クルーズは2025年に新造船が投入され2隻体制になるので、日本語が分かり日本文化を知っている”ぱしび”のフィリピン人クルーはどうやら多数が飛鳥クルーズに転船してくるようである。

ブリッジで操船する小久江キャプテン(左)とスタッフキャプテン
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「のんびり航海」とあって8.8ノット(右下メーター)の超減速航海の飛鳥Ⅱ
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2022年11月 2日 (水)

ねんりんピック予選用 アシックス・ターサー

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60歳台前半に、東京都代表として「ねんりんピック栃木大会」と「ねんりんピック長崎大会」のマラソンの部に出場してから早くも6年以上が経過した。時の経つのは早いもので今年は70歳台になり、「ねんりんピック」本大会を走るチャンスが巡って来た。11月23日(祝)に駒沢公園陸上競技場で行われる第27回東京都シニア健康スポーツフェスティバルのレースが、来年愛媛県で開かれる本大会の予選を兼ねるため、これの3000米競走(トラック)の部に出場することにしたのである。ねんりんピックはマスターズ陸上と違い、男性の年齢別刻みが59歳から69歳、70歳から79歳、80歳以上の3つしかない。10歳の年齢差の人が同じレースを走ることになるが、歳をとるにつれ筋力の衰えが顕著となり、60台後半では新規60台参入者と勝負しても競えないのは明らかだ。よってこの6年間は予選に出る事をためらっていたが、やっと一番アドバンテージを持って勝負ができる年齢になった。


10年ほど前に新宿シティハーフマラソンで、70歳になろうかと云う招待選手の君原健二さんを抜き去ったことがある。東京・メキシコ・ミュンヘンオリンピックのマラソン代表で五輪銀メダリストだった君原さんを追い抜けることに感激したが、あの偉大な選手でさえ歳をとると市民ランナーに抜かれてしまうのか、年齢をとるとはそういうことかと、改めて「老い」の現実を目前にして驚いたものだ。我が身を顧みれば、ジョギング中に街中のショーウインドウなどに自分の走りが反射して映ると、なんとヨタヨタとして遅いんだとその走姿に愕然とする。2年前の腹腔鏡手術の際に、お腹に穴が開けられ腹筋が緩んだこともあり臍周りがぷっくりと出てしまったのも気になる。しかし歳をとったらそれなりにあがきつつ、ゆっくりと走る事を楽しめばよい、若い時と違って時間はたくさんあるのだと納得するようにしている。


ねんりんピックの陸上競技は3000米のほか、5000米と10000米の種目があるが、各年代別の各種目には、この人は一体何歳なのと思わせる怪物のように速いランナーもちらほらいる。彼らの話を聞くと走る事を中心として一日のスケジュールが決まっているようだし、レース前日は禁酒するなどその熱心かつストイックな姿勢にはいつも関心するばかりだ。学生時代には合宿所を消灯後に抜け出して夜のまちに時々繰り出したし、市民ランナーとなっても楽しく走ることがモットー、もちろんレース前日も構わず飲酒する私にとっては、とても真似のできない求道的ランナーたちも多い。今年はこんな人たちと予選を一緒に走るのだから、足元だけはそれなりのシューズにするかと、先日は銀座にあるアシックス直営のランニングショップを訪れた。


日ごろ履いている厚い底のジョギング用ではなく、「自分の足で蹴る感覚」「スピードトレーニング向け」「速くなるためのシューズ」とメーカーがうたう、本格志向の定番の「ターサー」を久しぶりに予選で履こうと思いついたのだ。血気盛んな頃はターサーをよく履いたが、あれからウン十年、今のコンディションで薄底シューズで怪我しないか、少しは速く走れるか、と新しいシューズを手にその軽さを感じては何となくワクワクしていた。ターサーも最近は定価が15000円もするので、その日はもったいなくてつい古いシューズでジョギングに出てしまい、「せっかく買ったのに眺めてるばかりで履かないの?」と妻に笑われた。彼女は私が予選を突破すれば一緒に愛媛に行く算段で、競技場やら付近の観光地を調べ始めたが、予選が通過できるかがまず問題である。

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