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2022年4月

2022年4月26日 (火)

続・KAZU 1の遭難事故

KAZU1の遭難事故に関して、日夜さまざまな事が報道されている。そのうちのいくつか気になる点を記してみよう。

4月25日付の読売新聞(朝刊)は「KAZU1に甲板員として乗っていた曽山さんは、今年4月に観光船の運航会社『知床遊覧船』に入ったばかりで、それまでは船員としての実務経験はなかった。大学卒業後に各国を巡り、税理士事務所で勤務していたが、『船に乗りたい』と入社した」と報じている。今回の航海はKAZU1にとって今季初の営業航海だったから、彼にとっては人生初の海上の現場であった。知床の海の経験が一年余りの船長と、まったく船員実務経験のない甲板員の2名でいきなり事故に遭遇した後、災害からの離脱や乗客の誘導などが適切に行われただろうか大いに疑問が残る。

 

ネットニュースでは、冬季に観光船が上架されている間に他社の船は船体に付けられた防触亜鉛版(アノード)を交換するのに、KAZU1は行っていなかったとの同業他社の声が伝えられていた。とするとKAZU1には十分なメンテナンスが為されていたのだろうか。また4月25日のTV報道ステーションでは水難学会会長の斎藤秀俊氏が、雪国では冬の間に甲板の上に積もった雪の雪解け水が、甲板上部の給油口からしみこんで燃料タンクに水が入ってしまう事があると発言していた。それを知らずにエンジンを始動すると、その水がエンジンに回って、動かしているうちに出力が落ち、突然止まってしまうことがあるそうだ。今季初航海のKAZU1ではこのような事象が起きた可能性もあるだろう。

 

「水に落ちた犬は叩け」というシナの諺があるが、この会社の風評や好ましからざる実態が、ここ数日メディアより次々曝露されている。数年前にこの会社の船員は全員解雇されて知床の海を熟知していない船長が操船している、昨年は2度の事故を起こしている、社長は陶芸家で船舶や観光業とは無縁だった等々である。有名なハインリッヒの法則によれば、一つの重大事故の背後には29の軽微な事故があり、その背景に300のヒヤリ・ハット異常があって、それらが一直線で結びついた時に悲劇的な事象が起こるとされている。今回はこれらの地元での悪い評判が、ただちに事故につながったのだと云えよう。以前、小型船舶免許や安全規則に関する様々な要件の緩和措置は遊漁船の営業対策支援の面が多いと聞いたことがある。しかしたとえ小型船舶で沿岸・沿海ないしは平水限定と云えども多数の客を乗せて観光を行う船には、近海水域以上の船舶に準じたより厳しい安全基準が適用されるべきではなかろうか。

 

飛鳥Ⅱの救命艇に装着されている防触亜鉛板
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2022年4月24日 (日)

KAZU 1の遭難事故

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二級小型船舶操縦士講習テキスト

知床半島で観光船が行方不明になっている。今朝の時点で遭難された方が数名見つかったようだが、強風波浪注意報が出て波高3米と海が荒れた中、知床半島で何がおきたのだろうか。海水温度3度と云われる冷たい海で乗船者の一刻も早い救助を祈るばかりである。海難事故には仕事がら関心を寄せてきたので、今回の件を契機にあらためて以前受講した「二級小型船舶操縦士」のテキストブックを取り出し、小型船舶の要件をおさらいしてみた。とりあえず教則本やテレビの報道とともに、船舶安全法の該当箇所をざっと読んだ限り得た知識は以下の通りである。


不明のKAZU 1のスペックや建造年、造船所などは不明なれど、本船の総トン数は19総トンゆえ、「小型船舶」(総トン数が20トン未満の船舶)だと規定できる。小型船舶は船舶安全法で堪航性を担保するさまざまな規則からの除外項目が多いのが特長である。船長も20総トン未満を操船できる「小型船舶免許」を保持していれば良い。平成15年6月以降は旅客輸送に従事する者には「特定操縦免許」の受講が必要だが、当該船長はどの資格の免許を保持していたのか、またこの講習を受講したかは不明。


昨年6月にKAZU 1は出港後に座礁事故を起こしたとされている(但し国交省の船舶事故調査委員会ホームページには本船の事故の記載がないので軽微なものだった可能性あり)。NHKニュースによると同業者はその時以来船首部に亀裂が入っていたとコメント、またSNSでは他社が躊躇する荒天でも出港していくとの書き込みがあったが、この真偽のほどは不明である。


小型船舶の船体は国の代行機関である日本船舶検査機構(JAPAN CRAFT INSPECTION ORGANIZTION)による5年ごとの定期検査が必要である。1年ごとの中間検査のほか海難や火災などで船体や機関に重大な損傷を受けた際には随時検査が必要となる。本船は今月の検査を受けたとの報道があるが、もし「船首に亀裂が入っていた」とすればそれでパスしたのだろうか疑問が湧く。


本船は資格的には陸上より20海里以内に限って航行が可能な「沿海区域」資格の船と考えられる(或いはより基準の緩い沿岸区域資格か?)。船舶安全法の小型船舶安全規則によると、沿海水域限定の場合でも浸水した海水から機関を守るなどの隔壁が必要とされるようだ。救命いかだや海難事故の際の自己点火灯、自己発信信号などは備え付けが義務付けられており、危急の際の船外への脱出口も十分な大きさが定められている。しかし今後小型船・沿海限定資格に関する様々な緩和要点が浮き彫りになるかもしれない。現場は北方領土でロシアとの紛争が続く海域に近い。空・海の安全に留意され捜索活動を展開して欲しい。


【2022.4.25追記】
1.沿海水域限定の小型船舶は救命いかだに代えて救命浮器でも可とのこと(小型船舶安全規則第五十八条2)。

2.KAZU1は1986年に山口県の造船所で建造された「ひかり8」という瀬戸内海諸港の連絡用船舶だった事がネット情報で判明。2016年ごろに知床観光用に売船されてきた模様。もともと平水区域である瀬戸内海用に造られた小型船を春~秋に知床(沿海水域)で運航しているわけだが、(必要あらば)相応の備品の変更などをした上で毎年の船舶検査を受けているはずである。瀬戸内海各港を廻る小型定期船はふつう15ノット~20ノット以上と航海速度が速く、デザインも遊覧よりは速達性・定時性に適したものになっており、必ずしも北国の知床観光に適した船舶とは言えないと思われる。

 

2022年4月21日 (木)

姪の成人祝(帝国ホテル オールドインペリアル バー)

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エスプレッソマティーニ

いつまでも「感染症対策ごっこ」に付き合っているつもりはない。久しぶりに飛沫を飛ばし合って大声で歌いたいものだと、先日はもと居た会社の若者たちとカラオケに繰り出した。時は金曜日の夕方、それも卒業や就職の季節とあってカラオケ屋は歓送迎会から流れてきた人たちで大いに賑わっていた。一通り歌ってトイレに立つと、狭い通路に、あるいはトイレ前に泥酔した若い女性が倒れている光景があった。どの場面でも友人らがハンカチを出したり肩をさすったりの介抱をしているのだが、若い女性が意識を失い通路に足を投げ出しひっくり返っている姿は異様である。こんな醜態をみせるまで酒に飲まれてしまうのは如何なものか、もう少し酒の訓練をしとけよと忠告もしたくなる。


若い女性も自分のアルコール限界や酒との距離感を早くから知っておくべきだと、20歳になった姪の大学生を帝国ホテルの「オールドインペリアルバー」に連れて行った。「20歳になったら叔父さんと一度正式なホテルのバーに行こう」と以前から約束していたのだが、いざとなると、二人きりで何を話そうか、周りからはパパ活?援交?と見れるのかなどと妙に落ち着かない。ややキザだが赤いバラ一輪を買いバーのカウンターで彼女を待つ間、注文を取るバーテンダーに「いや、成人になった姪と待ち合わせなので暫く待たさせてもらうよ」と聞かれもしないのに状況を弁解するのが我ながら滑稽である。


普段はビールとウイスキー、それにワインくらいしか飲まないから食前酒に何が適当か、などと若い娘にウンチクを語るほどの知識はない。なので家を出る前にネットで食前酒とはそもそも何かとか、ロングドリンクは何がロングなのか、などについて一通りの予習をし、少し遅れてやって来た彼女に「何を飲む?」と尋ねた。すると彼女はやにわスマホを取り出し、「これ、この間マルタに英語留学した時にヨーロッパの友達がよく飲んでいたカクテル」と、我々世代は聞いたこともないようなドリンクをバーテンダーに注文する。聞かれた方は一瞬考えたのち「わかりました」とにっこり笑い、後ろの棚から酒瓶を探し出し鮮やかにシェーカーを振るあたりさすが帝国ホテルである。


彼女の目の前に運ばれてきたカクテルは、なんでも「エスプレッソマティー二」という名前だそうで、帰宅後に調べるとコーヒーとウオッカのカクテルで、いま世界的に人気が急上昇中だと云う。こったカクテルなど知らないオヤジ世代の食前酒、私のジントニックと彼女のしゃれたグラスを合わせ、姪が成人になったお祝いの杯をあげたのだった。それにしても最近はバーで適当なお酒を見つけるのもスマホなのかと、電話とメールにLINEくらいしかスマホを使わない私は若い人たちの活用術に驚くばかり。その後ホテル地下の「ラ ブラスリー」でワインと共に名物のシャリアピンステーキや舌ビラメを楽しみお開きとしたが、地下鉄の駅で別れた彼女の後姿を見つつ、酒とはうまく付き合えよと、二日酔いで使い物にならない日をしばしば経験した人生の先輩から思いを送った。

帝国ホテル名物のシャリアピンステーキ
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2022年4月12日 (火)

飛鳥Ⅱ 電気系統の不具合・原因

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3月26日に「飛鳥Ⅱ電気系統の不具合で4月11日まで長期修理」をアップし、郵船クルーズに「不具合に関する情報公開を望む」と文章を締めた。しかし飛鳥Ⅱはその後も故障個所が復旧しないばかりか、少なくとも5月一杯までクルーズの催行中止を発表、その後の販売スケジュールも未だ発表されていない。私たちは当初3月11日発のA-styleクルーズ~春彩~を申し込んでいたのだが、ウイルス禍によりクルーの配置が整わずで中止となり、その代金を充てて5月8日から3泊の「グループサウンズクルーズ」の予約をしていたところ、これまた本船都合でキャンセルとなってしまった。今は外国船は日本に来ていないので、動き始めている”にっぽん丸”か”ぱしふぃっく びいなす”に乗ろうか、などと旅行会社から送られてくるパンフレットを眺めながら懸命に旅心を掻き立てているところである。


この間に旅行会社からは「本船の電気系統に12個あるシンガポール製の『部品』のうち、一つの調子が悪く、スピードが出ない。その部品を調達出来る時期が未定であると郵船クルーズから連絡がありました」との情報は得ていた。エンジンは動くがスピードの調整ができないとなれば、考えられる原因はディーゼルエレクトリック推進装置か、可変ピッチプロペラの制御に関するものかと想像していたが、旅行社の担当者にそれ以上の詳細を求め郵船クルーズに問い合わせを頼むも筋違いである。そもそもこちらも船の機関のことについては素人だから、今度乗船した時に本船のエンジニアでも見つけ今回のトラブルの詳細を聞いてみようか、などと考えていた。


と思っていたら、郵船クルーズから旅行傷害保険を掛けていた人のための「飛鳥Ⅱクルーズ運航中止証明書」や、上下船の為にすでに手配済みだった費用についての精算案内が届き、私達も証明書に同封されていた次回クルーズに使える1万円の船上クーポンを受領した。それとは別便で先日アスカクラブからもハガキが送られてきたが、そのハガキにはお詫びの言葉と共に「本船機関内の変圧器の一部に不具合が生じ、換装に時間を要する見込みです」「変圧器自体は一昨年入れ替えたもので、現在原因を究明中」と原因が記されていた。これにより、予想の通りディーゼルエレクトリック推進の制御関連システム不具合が今回の一連のクルーズ中止の原因であるらしいことが判明した。


飛鳥Ⅱは5基あるディーゼル発電機で6600ボルトの高圧電力をおこし、周波数変換装置や変圧器でこの高圧電力を制御、2基の推進モーターで可変ピッチプロペラを廻して推進力を得るというシステムである。発電エンジン本体は三菱重工MAN製だが、変圧器などは当初欧州製(フィンランド・ABB)のものを据え付けていた。一昨年のシンガポールでの大規模な改装ドックの際に、これらの電気関係の機器を換装したそうで、その内の一基の変圧器が今回不調となり、推進モーターの電気制御が出来なくなったものと考えられる。飛鳥Ⅱは日本で建造された初めての本格的ディーゼルエレクトリック推進船とはいうものの、世界では客船はじめすでに多くの船舶に電気推進は使われている。システムの一部が故障したとしても代替・換装品の完成時期が不明であるとはなんと頼りないドックないしは機器メーカーであろうか。シンガポールにおけるドックの選定やメーカーの指定は正しかったのだろうか、飛鳥Ⅱは今後のためにも体制を早く立て直して欲しいところだ。

2022年4月11日 (月)

東京六大学野球 2022年春の感染症対策

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先週末の土曜日は東京六大学野球の開幕試合観戦にチャリで神宮球場に出かけた。戦前予想によると昨年の春・秋リーグを連覇した母校・慶應が、今季も優勝候補と云われておりペダルを踏む足は軽快。武漢ウイルスの蔓延でこの2年間変則的だったリーグ運営も、久しぶりに先に2勝したチームが勝ち点1を得る従来の方式に戻ったのはまことに喜ばしい限りだ。しかし定員3万1千人収容の神宮球場で今季の入場者は上限15000人と限定されたうえ、応援団やブラスバンドは無人の外野席の一画に隔離され、内野席観客からも声を出しての応援は禁止と相変わらずの「対策してますポーズ」「感染防止ごっこ」である。六大学野球には応援団と学生やOB・ファン一体の伝統の応援風景を楽しみに来場する者も多いなか、この日の第2試合、早稲田対法政戦では早大応援団に感染者が出たため、早大側の外野は応援団もない何とも気の抜けたスタンドであった。早稲田の応援団全員が感染したわけでもあるまいし、意味のない自粛に思わず苦笑してしまう。

 

球場入口の検温、場内はマスク着用というのは昨年と変わらなかったが、今季実施されたのは「個人情報記入用紙」の提出であった。入場券を購入する際に窓口で渡された小さな用紙に、入場日・名前・連絡先電話・場内のどこに座るか(ネット裏、一塁側、三塁側などきわめて大ざっぱな区分け)を書いて入口で提出するのだが、これはもし感染者が出た場合、その近くにいた人に後ほど注意喚起するのに使うのだそうだ。しかしきわめて雑駁な場内の区分け、かつ座席は完全自由席のうえ、友人などを見つけ頻繁に移動もする観客も多いのにどうやって連絡をとるつもりだろうか。この日の入場者は8000人。仮に一塁側でも三塁側でもどちらかから感染者が出たとすれば、電話で連絡すべき対象者は数千人いることになる。全員が正しい連絡先を記入していたとしても、とても実効性のある施策とは思えない。他のイベントではもう多くの観客を入れているし、米メジャーリーグ中継を見ればマスクをしている観客など数えるほどしかいない。甲子園の選抜大会では応援団がアルプス席で他の一般生徒と共に活躍していた。最高学府のリーグ戦で、なおかつ東大や慶應には医学部もあるのに、何とも非科学的な「感染症対策やってますごっこ」には驚くばかりである。


ウイルス学、免疫学の専門家で京都大学准教授の宮澤孝之氏による最近の話題作「ウイルス学者の責任」(PHP新書)によれば、生物がウイルスに感染するには一定量以上のウイルス粒子が細胞に侵入する必要があり、十分な換気があれば感染者から出たウイルスは直ちに拡散してしまい、他人にはうつることはないと云う。生物の細胞にはウイルスが侵入しても抵抗する因子があり、相当量のウイルスに連続して曝露されなければ感染はおこらないのは、ウイルス学の「常識」だそうだ。メディアがウイルス専門学者ではなく、感染症の数理モデルによって「人と人との接触を8割減らさなければならない」「このままだと2週間後には感染爆発したニューヨークのようになる」などと言う学者や勉強不足の医者の意見を採り上げて大いに煽った結果、この2年間的外れとも言える政策が実施されたと宮澤氏は憤っている。氏の本を読まずとも薫風吹き抜ける屋外の野球場、それも3万人の収容人数のある場所に1万人程が入って校歌や応援歌を歌うくらいで感染が広まるとは到底思えない。そろそろ東京六大学野球も、かつての様に応援団・学生一体の応援席に戻し盛り上げてほしいものだ。早稲田大学は応援団がいないせいか、早々に連敗してしまったではないか。

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2022年4月 4日 (月)

路面電車と新宿風景

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昨日は四谷の新宿区立歴史博物館で「路面電車と新宿風景」展を見学した。都電は最盛期には約200キロ、41系統、都内の各地を結び一日200万人近くが利用した都民の足であったが、現存するのはそのほとんどが専用軌道を走る荒川線12キロ余だけである。かつて新宿区内には新宿駅を起点とする都電11~13系統、荻窪へ向かう14系統、高田馬場起点の15系統、四谷からの33系統、飯田橋からの3系統など多くの路線が敷かれていたが、モータリゼーションの発達で昭和44年に荒川線を除く都電の路線は区内からすべて撤去されている。ありし日の都電の走る情景を資料と共に追憶しようというのがこの企画展である。雨にも拘わらず最終日とあって、昨日はけっこう参観者も入っていた。


私も東京の西郊から新宿区内に引っ越してから早くも20年近く経過した。新宿区というと当初は何か猥雑な環境かと云う気もしたが、高層ビルの林立する新宿駅西口や、歓楽街であるゴールデン街や歌舞伎町地区、今やどこの国だかわからないような大久保・新大久保などは新宿の一部の姿に過ぎない。区内には早稲田大学や東京理科大など多くの教育機関のほか古くからの大病院が多く、住宅地や商工業地が拡がるのがもう一つの顔である。そういえば父が亡くなった際に見た結婚前の本籍地は新宿区の百人町であった。今では朝鮮人街になった観のある百人町だが、祖父は今の国立国際医療センターの前身である陸軍病院に勤務していた軍医だったので、病院通勤に至便だったこの地に居構え、そこで父が生まれたらしい。また叔父は矢来下で育ち神楽坂の毘沙門天境内でよく遊んだと言っていたが、こういう話を聞くにつれ新宿区と我が人生は縁が浅からんことを感じる。


と云うことで、むかしの新宿と都電の様子を少しでも多く知りたいとの念にかられ、昨日は時間をかけて展示されていた資料や多くの写真を見て回った。都電の走る写真には現在でも往時の面影が残る場所も多いが、いまやすっかり変わってしまった場所もあって、展示を前にこれは現在のどの地点にあたるのか、「うーむ」と一人唸ることしきり。ただ戦前・戦後を通じて狭かった道路に人や車が溢れていた光景は、写っている人々の様子から今よりずっと街に活気に満ちていたようだ。新宿区内の街はどこもすっかりきれいになったが、一方で庶民の生活の気配が漂う個人商店は表通りから消え、都電の走った通りはビルやマンションに囲まれて味気がなくなった。会場を見て回るうちに老人が増える都内の再活性の為に、路面電車(あるいはライトレール・トランジット)が再登場できないものか、例えば荒川線は早稲田から再延長し、神田川や日本橋川沿いに飯田橋から都心へ乗り入れるようなルートができないだろうかなどと空想していた。

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常設展示会場にある5000系のレプリカ

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