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2022年3月

2022年3月29日 (火)

「カムカムエヴリバディ」の英語

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NHK朝の「カムカムエヴリバディ」に毎朝チャンネルを合わせている。朝の連続ドラマをきちんと見るのは2020年前期の古関裕而氏を描いた「エール」以来だ。「カムカム」はストーリ展開がテンポが良いうえ、出演する役者の持ち味を活かした演技が見ものである。画面を見つつ出演者の演技に思わず拍手を送ったり涙をもらったりで、「いや、プロの役者というのはやはり凄いな」といつも感じている。ただこの種のドラマで気になるのが、英語を喋る際の役者のセリフ。日本語の場面ではあれだけ間合いを決めたり、わざと言い淀む、あるいは言葉に詰まった喋り方で情感を繰り出す彼らが、英語になると長い言い回しでも余りにもすらすらと一気に喋ってしまうのがなんとも不自然である。

 

海外はアメリカしか住んだことがない私がしゃべる英語を聞いた妻は「あなたはYou Know派なのね」と笑うが、高校は英国の現地校を卒業した彼女にとっては"You Know"は米語であり英国ではあまり使われないフレーズだと言う。このアメリカ人が頻発する"You Know"の他にも"Well"や”"Umm" "Lets see" "I see"などと繋ぎのフレーズなどでちょとした「間」を取りつつ、次に何と言うか頭の中でつらつら考えつつ喋るのが我々の英会話の実際である。よって相当の英語の達人やネイティブの役者でもない限り、長い文章を喋る際に相当の「間」やらかなりの間投詞が入ってくるはずである。劇中、日本語では実に上手に演技をする役者たちが、英語のセリフとなると書かれた文章をよどみなく読み上げる調子になってしまうのは、まことに日本人らしくなくリアリティに欠けて聞こえる。

 

と偉そうなことを書いてみたものの、最近は英語を聞くのにめっきり耳が悪くなったことを痛切に感じる。一昨日はカムカム冒頭の"Ten yeays has passed"というナレーションを、"Can you hear that?"と言ったのか妻に尋ねると、「全然違う、あなた耳は大丈夫?」と呆れられてしまった。最近受けた健康診断の聴力検査は「異常なし」なのでこれは機能的な問題ではないらしい。仕事から離れ身近に英語を使った会話をする必要がなくなった事と、真面目に英語を聞こうという意欲が欠落してきたがことがこの聴き取り力の減退になったに違いないと自己分析をしている。対策として、かつてよくやった新作DVDを買い英語字幕モードで繰り返し見ることをまたやってみようかと思っている。

2022年3月26日 (土)

飛鳥Ⅱ 電気系統の不具合で4月11日まで長期修理

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購入したジェットフォイルの航走(PUNIP CRUISE氏の水彩画)

3連休の先週末は、ドライブがてら横浜港大さん橋から「春の連休 四日市クルーズ」に出港する飛鳥Ⅱを見送りに行った。ちょうど旅行会社ゆたか倶楽部の横浜港大さん橋営業所内で船専門のイラストレーター"PUNIP CRUISE"さんの作品販売会が行われているので、リフォームした我が家に似合う絵がないかと思いたったのだ。気にいった小さな絵を買い、大さん橋の送迎デッキ(くじらの背中)に持参のUW旗を片手に出ると、目の前の飛鳥Ⅱは出港約30分前の避難訓練にさしかかるところであった。クルーが集合場所を示すカードを手にプロムナードデッキに立ち、出港セレモニーのバンドも演奏を始めたところで、突然「電気系統の不具合のため避難訓練を延期します」との船内放送が対岸の我々にも聞こえてきた。「あらら」と思いつつ見守るうち、出港予定時刻である午後5時少し前に出港は延期する旨の船内放送があった。いつ出るか分からない船を眺めていてもしょうがない、見送りはお開きとしUW旗を撤収、家に帰って大さん橋の中継カメラを見ると、夜になってもまだ飛鳥Ⅱは出港していない。そのうち乗船者のツイッターで「クルーズは中止、明日10時下船がきまった」ことがわかった。


お詫びでその晩は船内はフリードリンクだったそうだが、クルーズのためにPCR検査を何回も余儀なくされ、荷造りをして期待に胸を膨らませ3泊4日のクルーズにようやく乗船、なかには家族・友人の見送りもあった中でなんともしまらない話だ。と思っていたらその後飛鳥Ⅱの郵船クルーズからは4月11日までのクルーズをすべて中止すると発表があり尚更驚いた。電気系統の複雑さは客船と比べると比較にならないが、もし貨物船が荷物を積んだまま3週間も機関不調で止まってしまえば、荷主への説明や貨物の安全保持に船会社はてんやわんやの事態となる。たまたまウイルス禍で乗船客がきわめて少なく、何と言っても人間は歩いて下りてくれるし、航海も国内限定のショートクルーズばかりなので今回は混乱も限定的だったのは不幸中の幸いであろう。無念の乗船客には払い戻しのほか、旅行約款にはなくとも迷惑料としてクルーズ割引券などが配られるのだろうか。


本船は船齢が30歳を超えたうば桜とは言っても、1月から3月初めまで佐世保で長期ドックに入っており、この航海はドック明けの初営業航海と云うのに一体電気系統に何がおきたのか。船はさまざまな機械の塊である。ドックで解放点検を行うとかえってその後にその箇所の調子が悪くなる、というのはよく聞く話だが、それにしても修理に20日以上要するとは堪航性に影響する致命的な故障なのか訝かしく思う。それとも不具合の機器が外国製で取り寄せに時間がかかるのか。本船はもともと日本郵船が往時所有していた米国のクリスタルクルーズ向けに作った外国籍のクリスタルハーモニーである。三菱重工で建造されたので船内の主要機器は国内のメーカーのものだったが、新造時は電気関係や補助エンジンにフィンランド製の機械も据えられていた。ただ日本籍の飛鳥Ⅱとなってすでに15年以上経過し、取り換えが必要な機器は手近な日本製となっているはずである。レーダーは当初の外国製が日本無線製になっているのはデッキに出れば一目でわかる通りなのだが、はたしてエンジン・電気系統は違うのか。飛鳥Ⅱは5基のエンジンで発電した電気を使いモーターでプロペラを廻すディーゼルエレクトリック推進で、この装置になにか固有の欠陥があるのか。乗船者の安心のために、郵船クルーズは不具合に関する必要な情報を公開することを望む。


(むかしヨーロッパの荷主の要望でノルウエーの造船所で専用の貨物船を造ったことがあった。クルーの居室はホテルかと思うほど豪華な仕様だったが、とにかく初期は船の不具合が多く、修理も手間暇がかかって暫く関係各所が大変だったことを思い出した)

見送りのUW旗もこの日は空しく大さん橋から撤収
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2022年3月20日 (日)

フェルメールと17世紀オランダ絵画展

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キューピッドが浮かぶ「窓辺で手紙を読む女」の入口看板

上野にある東京都美術館で開かれている「フェルメールと17世紀オランダ絵画展」に行って来た。ドイツ・ドレスデン国立古典絵画館のコレクションが来日しており、有名(らしい)なフェルメールの「窓辺で手紙を読む女」が今回の目玉である。これまでも何度か記してきたとおり、美術にはさっぱりの私も、最近は「少しは教養のある風に見えるジジイ」になりたい一心で、なるべく妻の絵画展鑑賞に付き合うことにしている。このような展覧会はクラシック音楽の演奏会と同じように、眉をひそめたくなるようなおかしな輩がまずいないし、最近は日時予約指定制の予約入場につき押すな押すなの大混雑がなく、落ち着いた空間でゆったりと時を過ごせるので気持ちが良い。


と言ってもキリスト教の素養がまったくない私には、西洋の暗い色調の宗教画などはどうも馴染めないのだが、この展覧会ではイエスキリストの磔刑画などはあまりなさそう、と妻が言ったのも今回は上野に足を運んだ理由である。館内の展示作品は光線を印象的に使った肖像画や、市井の人々を描いた精密画が多かったが、これは当時オランダで商業が発展し市民社会が形成されていたことと深い関係があるに違いない。17世紀にはまだ写真はおろか印象派の絵や抽象画も生まれていないので、パトロンであった貴族や豪商が絵画に期待するものは現在とはまったく違ったはずだ等と、美術史は門外漢の私でも色々想像してしまう。


さて肝心の「窓辺で手紙を読む女」は、窓から差し込む光で手紙を読む女性像で、フェルメールが自身のスタイルを確立した初期の傑作なのだそうだ。この絵には1979年のX線調査で女性の背後の壁面にキューピッドが描かれた画中画が塗りつぶされていることがわかったのだが、その後の調査でこれはフェルメールの死後に彼の意思とは関係なく何者かによって為されたことが確実になったとのこと。今回見ることができたものは、大規模な修復プロジェクトが2021年9月に完了して往時の鮮やかな色調や、キューピッド画が現れたオリジナル版であり、その展示はドレスデンでのお披露目に次いで世界初公開なのだそうだ。画中画が何故塗りつぶされたのか、なにやらこれだけで一冊の推理小説かドキュメンタリー映画が出来そうである。

2022年3月17日 (木)

東京・大規模停電

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昨晩の停電、右方向の地平線は真っ暗になった文京区方面

東北大震災から11年経過した昨日、また宮城県沖を震源とする震度6強の地震が発生した。東京でも震度4の揺れを観測したが、今回は周囲の誰に聞いてもスマホやテレビで地震の警戒予告がなかったと言っている。肝心の時に作動しない警報でこれから役立つのだろうか頼りないものだ。それはさておき昨夜の地震直後には都内はじめ関東一円で大規模な停電がおき、暫くの間、我が家から北の方角にあたる文京区一帯は、真っ暗の闇夜に覆われていた。2011年の東北大震災の折には計画停電こそあったものの、今回のように突如として電気がこなくなるような事態はおきなかったからこれは一体どうしたことだろうか。いずれこの停電の原因が発表されるのであろうが、日本では原発の停止や脱炭素化のために石炭火力発電所が削減され、そもそも電力供給がぎりぎりであるうえ、再生可能エネルギー送電などにコストがかかって幹線送電網が十分でないために停電がおきたのかと素人頭ながら考えた。


なぜこんなに電力供給がギリギリになっているかと云えば、原発が政治的な思惑によってその殆どが操業を停止していることが第一の原因である。そして地球温暖化などという怪しげな説の下で2030年までに50%近い二酸化炭素を削減すると国際公約し、二酸化炭素の排出量が多い石炭火力の発電所を減らしていることも綱渡り的電力供給の大きな要素である。左巻きの人たちは原発や火力発電を忌み嫌い、再生可能エネルギーと云われる太陽光や風力による発電をやけに持ち上げるが、お天気まかせの電力ではなんともならないのは、脱原発・脱火力発電に踏み切り再生可能エネルギーとロシアの天然ガスに頼ったドイツがいま窮状に陥っているとおりである。肝心の我が国における脱炭素目標についてもどうにも解せないことが多い。日本は人口がこれから減っていきサービス産業が主体となる国家である。エコである鉄道網も世界一発達している。二酸化炭素の排出削減義務などは、人口が多いまたは増加していく、あるいは工業化を進める国にこそより強く求めるべきであろう。また我が国は世界でも有数の森林資源を持ち、国土に対する森林率は世界のトップレベルを誇る。二酸化炭素を吸収する植物の分布面積がより少ない国により厳しい制限をかけるのが妥当だと考えるが、その辺りは国際的な基準作りにどう反映されているのか疑問に思う。


YOU TUBEでお馴染み、著名な工学博士である武田邦彦さんの説では、日本から出た二酸化炭素は上空の偏西風に乗って太平洋上に流れ出た後に洋上の雨により海水に溶け、それが海草や魚の食物連鎖に良い影響を及ぼしているとする。武田氏によると地球はいま寒冷期であり惑星誕生以来の歴史を見れば二酸化炭素は増えていない上、日本の二酸化炭素は世界の環境保全に役立っていると云うが、こういう説も一考に値するのでないか。他にも地球物理学者などから、地球温暖化説に疑義を唱える声が聞かれる。先に米国のトランプ大統領がパリ協定から離脱したことをとても興味深く見ていたが、アメリカよりも脱炭素化が進んでいる我が国が、自らの立ち位置とこれからの国益を考えるなら脱炭素の「まやかし」から距離をおくべきではなかろうか。国内で何か異変があった度に昨晩の様に突然大規模な停電がこれからも起こるのなら、さっさと原発を再開し、二酸化炭素削減などという目標は一切無視して化石燃料をもっとバンバン焚いたうえ、これらからの電力供給網を整備して冗長性を促進・確保すべしと暗くなった文京区の空を眺めながら考えた。

停電の地域と停電戸数
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2022年3月15日 (火)

都内上空・着陸待機飛行

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flightradar画面 ANA246便の航跡図

すっかり春めいてきた。暖かくなり南風が吹くようになると夕方3時から7時まで、2年前から運用が始まった羽田空港新飛行経路を着陸する飛行機を家の窓から眺めることができる。池袋・新宿・渋谷あたりでは山手線の上空900米ほどを羽田空港のA・C滑走路に向かう機材がゆっくり高度を下げていくのである。一昨年から春になるとネットの”flightradar”サイトで目の前を飛ぶ飛行機の機材や着発地、高度・速度などを確かめながら12倍の双眼鏡を持ち出し、色鮮やかに塗られた各社の飛行機を眺めつつ、空の旅に夢を馳せるのが夕方の楽しみ「羽田空港 新進入路(2020年4月8日)」となった。


と思っていたら緩い北風が吹く昨日昼前に、目の前をANAのボーイング787が新飛行路を逆に北に向かって飛んで行くので驚いた。「あれ!離陸経路も新しい試みが始まったのか?」と思ったが、見ていると飛行機は高度を上げずに水平に池袋のサンシャインビルを目掛け都内を北上していく。あわててfrightradar画面をチェックしてみるとこれは福岡発羽田行きの全日空246便で、航跡図によればどうやら羽田空港混雑のために上空待機(HOLDING)を管制から命じられた機体のようである。画面から同便は都心から埼玉県南部~千葉県上空を高度1300米で一周し、再度羽田空港D滑走路に着陸する便であることが分かった(frightradar画面参照)


武漢ウイルス騒ぎで国内線のフライトが減っており着陸待ちで上空待機の便がなかったためか、この2年間目の前を北方に向かって低空で飛ぶ飛行機を見たことがなかったが、やっとここにきて羽田空港が混雑するようになってきた証であろうか。飛び去る青と白のANAの機体を目で追いながら、年度末でもあるし春の旅行シーズンが到来して旅客需要が戻ってきたのかと嬉しい気持ちになった。もう効果のない(ただやったふりの)蔓延防止策などは今や人々の関心を寄せないに違いない。外国のエアラインならきっと「当機は管制からHOLDINGを命じられました。到着が遅れますことをお詫びします。燃料消費が増えて機長としては残念ですが、乗客の皆さまは春たけなわの東京都心遊覧飛行をお楽しみ下さい」などと粋な機内放送が聞けるに違いないが、246便の機内ではどうだったであろうか。待機であれ着陸であれ目の前を飛行する便がこれから大いに増えて楽しませてもらいたいものだ。

2022年3月 7日 (月)

順天堂大学・献体遺骨返還式

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順天堂大学学長の立派な礼状

三年前に亡くなった母は医学の発展に資する志で、生前に順天堂大学の解剖学教室に自らの意志で献体の申し込みをしていた。その気持ちには大いに賛成であったものの、ただでさえ人が亡くなった直後には混乱がおきるなか、葬儀やさまざまな手続きが普通と違う段取りになるであろうことが、喪主となるはずの私にはやや心配であった。実際問題として母が亡くなったのは土曜日の早朝で、遺体は直ちに病院の霊安室に安置されたが、そこには病院詰の葬儀社が配置されており、火葬場やお寺の準備の相談に乗ってくれるルーティンになっていた。特段の注文が無ければ、予算に応じて葬儀の規模・場所や霊柩車の車種から僧侶の手配まで、一貫したサービスを展開してくれるシステムなのである。


ところが母の遺体は献体に供するために、その葬儀社の世話にはなれない。亡くなった直後に、予め登録本人が死亡したら電話をして下さいとあった順天堂大学の解剖学教室の教授の携帯電話番号にかけると、休日の朝のためか誰も電話に応答しないので困った。仕方がないので1時間ほど間をあけて何度か携帯に電話をして漸く話が繋がったものの、この病院にクルマを手配するまでまた数時間を要するとのこと。遺族一同が交代でお昼を近所の飲食店ですませ手配を待つこと数時間、同大学差し回しのワゴンに母の棺が載せられたのは、その日の夕方であった。こうして順天堂に運ばれた母の遺体は、本来なら一年ほどかけて医学生の解剖実習に供され、翌年春に同大学の手配で火葬されて遺骨が返還される予定となっていた。


ところが武漢ウイルスの蔓延で順天堂大学では解剖実習ができず、遺骨返還が大幅に遅れている旨の書状がその後に届いた。すべて本人の遺志で献体登録したものの、この間まだ順天堂大学のどこかで冷凍されたままであろう母の遺体を想像すると、やや複雑な気持ちになったものである。ようやく解剖実習は昨年夏から11月にかけて行われたとのことで、その後順天堂大学により火葬され、結局予定より大幅に遅れて駒込の吉祥寺で数年分の遺骨の合同返還式が行われるとの通知が先日あった。遺族の参加を要請するその書簡には、ウイルス感染予防のため返還式の出席人数は各1~3名にして欲しいとのことで、弟と吉祥寺に出かけると全部で41組の遺族が参集していた。


返還式では医学部長や解剖学教室の教授の挨拶があり、人体の解剖が医学教育にいかに重要かの説明とともに、献体をした故人とそれを認めた遺族へ丁寧なお礼が述べられた。実際に解剖実習に当たった医学部2年生の挨拶からは、初めて本当の人の体を解剖する際の緊張や、その意味の重さが語れられる。そういえば日本における西洋医学の創始者である杉田玄白や前野良拓の著書ターヘルアナトミア(解体新書)は、オランダの解剖学の本だったことを思い出したが、医学生が人体の構造を知るのはまず解剖がその第一歩であるのは論を俟たないのだろう。こうして返還式も滞りなく終了したが、母の遺体が医学のために、また彼らが立派な医者になるために少しでも役立ったのなら、やや面倒だった葬儀手続や大幅な遺骨返還遅延も亡き母の良き思い出になるだろう、と骨壺を抱え吉祥寺の山門を歩み出た。

 

2022年3月 2日 (水)

二年ぶりのスキー(石内丸山スキー場)

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高校時代の友人に誘われて2年ぶりにスキーに行って来た。上越国境の石打丸山スキー場である。いまでは東京駅から上越新幹線で最寄の越後湯沢駅までは僅か1時間20分で到着するし、手ぶらでいってもスキー、ストック、ウェアなどはレンタル店で借りることが出来る。事前に連絡しておけばレンタルショップが駅からゲレンデまで送迎してくれるので、まるで近所に行くような軽装で出掛けられる。上越国境なら自宅の玄関からリフトに乗るまで3時間もかからない近さである。若い頃に靴をリュックに詰め込んで2米もある長いスキー板を担ぎ、上野から急行「さど」に乗り、半日かけてこの近辺のスキー場にたどり着いたことを思えば何と楽になったことか。この便利さがあるので私のようなジジイでもスキーに行こうかという気分になるのだ。


とは云うものの怖いのは怪我である。2年前に最後のスキーをする前は15年以上間隔があいており、若い頃に比べればスピード感や技術・筋力は大いに劣化している。スキーで骨を折りましたなどと言ったら、まさに「年寄りの冷や水スキー(2020年2月4日)」と周囲から笑われること必定で、今回もまずは暫くスキー場入口に近い緩斜面で足慣らしをしてから山の上方に向かった。友人は今年すでに4回目だとかで彼にとっては石打がホームコースのような場所なのだが、しかしスキーではこういうパートナーと同行するとよくおこることがある。ゲレンデに出るとだいたい慣れている方が「ここは大丈夫、大丈夫!」などと言ってリフトを乗り継ぎ、山頂近くまで行ってしまうのである。今回も何十年かぶりの石打でコースも良く知らない私は彼に付くて行くのに必死となる。といっても友人の手前「ここは怖いから俺は下へ行くよ」と別れるのはなんだか男の沽券にかかわる。永年の友人でお互いほとんどの事を知っていても、スポーツでは見栄を張らねばならないあたり男は大変なのである。


友人に連れられて山頂まで来て下ろうとすると、そこはコブも多い中上級者向け急斜面であった。アチャーといささか狼狽しつつ、とにかく怪我をしないように慎重にスピードを殺しつつ降りてきたが、歳をとると踏ん張りが効かないもので、上越の重い湿雪に足をとられ、バランスを崩してコース途中で派手に転倒してしまった。急斜面とあってそのまま背を下に為す術もなくずるずると滑り落ちるうちに、今度は左足のスキーも外れてしまう。ようやく雪中でもがいて何とか滑落を止め、まずは怪我がないか体のあちこちを回してチェックしたが幸い何ともないようだ。気を取り直してここでスキーを装着しようと試みるも、あまりに急斜面すぎて片足で立つのもままならない。レンタルで借りたスキーは左足のビンディングの調整が最初から合っていないと思っていたが、こんな急斜面でスキーが外れるとは何ともついていない感じだ。仕方なく外れた左のスキーを肩にかつぎ、右足はズボズボと膝まで雪に埋もれながらホウホウの体で友人が待つ緩斜面までたどり着いた。


初級者の妻とスキーに行くとだいたい私がさっさと降りてしまい、彼女が半べそ顔で遅れてきて「ここは大丈夫だと言ったのにかなりハードだった(怒)」とか「ずっと一緒に滑ってくれると言ったのに、毎回すぐにいなくなって肝心な時に助けてもらえない(怒)」などと不平不満の嵐なのだが、今回はその妻の気持ちの一端がわかった気がした。老人のスキーは自分の実力に合わせて安全なコースを選ぶのが第一と気を取り直し、その後は大汗をかきながら何とか下のゲレンデにたどり着いたのだった。そうこうして半日かけて久しぶりのスキーを楽しみ、その夜は越後湯沢の居酒屋からラーメン屋、ついでにカラオケスナックを2人で梯子して雪国の温泉街の夜を過ごす。相変わらず続く武漢ウイルス蔓延防止対策で、新幹線はガラガラ、スキー場も空いているうえ、普段はすぐ一杯になりそうな地元の小さい居酒屋もいまなら予約なしで楽しめる。アルコールが入れば先ほどのスキーを担いで斜面を下ったという屈辱も忘れ、これからも体が動く限り年に一度はスキーをしようと決めたのであった。それにしても翌日は体のあちこちが筋肉痛で階段を下るもままならない。

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