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2022年2月

2022年2月25日 (金)

ロシアのウクライナ侵攻

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最近は毎日8時間たっぷり寝たうえに、昼寝やらうたたねをするありさまである。寝すぎでさすがに数日に一日は寝つきが悪かったり、朝早く目が覚めたりする。早暁に起きてしまった今日は、あちこちのニュースやネット記事でウクライナ情勢を見ている。ロシアのウクライナ侵攻でまず頭に浮かんだことは、国際的な紛争に対する最終的な答えは国連の決議などではなく軍事力であるという冷徹な現実であった。と共に日本国憲法の「平和を愛する諸国民の公正と信義を信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」という前文は、武力によって安全が失われる現実を前にしてなんと空しく響くことかという気持ちであった。今回の当事国であるロシアや国際的な脅威となっているシナにわが国は地理的に直ちに向きあっているのに、「平和を愛する」彼らの「公正と信義を信頼」せよというのであろうか。まずは日本国憲法の見直しが急務であることがわかる。こう書くと、これを機に飛んでもないこと云うなと反対の声も聞こえそうだが、武漢ウイルス対策では政府の小さなミスさえあれほど問題視するのが日本国民である。となると有事の際わが国の安全に関して、対ウイルス以上の完全な準備と予防が国民から求められるだろう。憲法は、現実に即して見直しておいた方が良いに決まっている。 

 

さてウクライナがNATOにすでに加盟していれば、今回の事変にもEUが結束して軍事的な反撃したはずで、ロシアも簡単に手出しはできなかったであろう。集団安全保障がいかに重要かが今回のロシアの侵攻が明らかにした。目を転じれば、尖閣を始めシナの横暴はますますエスカレートし、ロシアの軍用機も変わらず毎日のように我が国に向けて偵察飛行(昨年上期だけで102回-統合幕僚本部)を繰り返している。このような敵対勢力を前に、わが国の存亡のためには日米安保体制をより盤石にする為のあらゆる施策と防衛予算の大幅な増額が求められよう。またウクライナは過去に諸国の「公正と信義を信頼」して核兵器を廃棄しているが、もし彼らが今も核を保有していれば、ロシアもこう一方的な侵攻はできなかったはずである。これを契機に日本でも抑止力として独自の核を持つべしという議論が深まることを期待したい。残念ながら一国の独立のためには「力」が必要だというのが、まずはここまでの教訓だといえる。

 


今回はEUが有効な手出しをできぬ最大の理由が、脱炭素政策で石炭火力や原発による発電を縮小・廃止してしまい、ヨーロッパのエネルギー源をロシアの天然ガスに頼っていることにあるとされる。今年末で原発をすべて停止しロシアの天然ガスに頼る予定だったドイツの弱腰が、これを如実に語っている。云うまでもなくエネルギーの確保は国家運営の最も重要なポイントである。この侵攻を期に先進国では脱炭素政策を棚上げし、石炭火力発電や原子力発電の見直しの動きが強まることであろう。日本も休止中の原発を一刻も早く再稼働し、より安全な原子力利用へ研究・開発に予算をつぎ込とともに、最先端の技術をもつ石炭火力発電を見直すことが安全保障の観点からも求められる。またシナは虎視眈々とロシアのやり方と米国や西側の動きを注視していると云われている。ロシアがウクライナを攻撃したように台湾の外省人保護などを名目に、シナは硬軟とりまぜた台湾攻略作戦を想定しているはずである。台湾にとどまらず北海道の水源林などを買い占めているシナ人や、沖縄は独立すべしなどと唱えている人々と呼応して、中共は将来日本に向けてなにを起こすのか分からない。ウクライナの出来事は決して対岸の火事ではない。

 

2022年2月24日 (木)

イギリスが羨ましい

昨日のオミクロンによる死亡者が246人だそうで、相変わらずメディアは大騒ぎをしている。しかし厚労省の「データからわかる-新型コロナウイルス感染症情報」を見れば、2月22日までの約2年間の累計死亡者約22,000名の内、70歳以上の高齢者の死亡が約80%弱を占めていることがわかる。このデータでは性別・年齢が判明している21,000名の武漢ウイルス感染による死者(正しくは何の病気・事故で死亡してもPCR検査が陽性だった人数)のうち、70歳以上の男性は約9,000名、女性は約7,400名であり、特に男女とも80歳台の死亡が多いことが示されている。80歳台の死亡が多いということは、日本人の平均寿命(男性82歳、女性88歳)とほぼ同じであり、亡くなった方たちは武漢ウイルスに罹患しなくとも遅かれ早かれ他の病気で寿命に到達していたのだと考えれられる。こう書くと「遅かれ早かれとは、人の命を何という扱いをするのだ」という筋違いのクレイムをわめく輩もいるが、統計や疫学上の数字と死者に対する個人の感情をすり替える意味のないセンチメンタリズムは排したい。


最近メディアやネットで大活躍中の医師で元厚生技官だった木村森世氏によると、日本での一年間の死亡者数は約138万人であり、うち肺炎で亡くなる方が例年約10万人だったと云う。この肺炎10万人の1割~2割は風邪が原因だとされるので、年間1万人~2万人が風邪による肺炎で亡くなっていたことになるが、この数は今回の武漢ウイルスによる年間死亡者とほぼ同数となる。いまフツーの風邪やインフルエンザがまったく流行していないから、彼女はこのオミクロン禍も風邪程度、あるいは風邪が置き換わった程度ということだと解説する。木村さんはメディアが武漢ウイルスを煽りに煽ることによって、高齢者が施設でものも言わずにアクリル板に向かって食事をしたり、人との触れ合いがなくなり老人の様々な楽しみが奪われている現状が何ともやるせないと訴え、早く正常な生活に戻すべしとあちこちで主張している。まさに同感である。「今日は武漢ウイルスの感染者が○○人」などと云う情報弱者向けのテレビニュースは、もうやめたら如何だろうか?


イギリスは日本の半分程度の人口にも拘わらず、これまで1,882万人の感染者(日本の4倍)と死者16万人(日本の7倍)を数えていたが、死亡者数が減ってきていることを理由に1月末から公共施設でのマスク着用義務など諸感染対策を撤廃した。関係者によると「経済を望ましい状態に戻すため、一定程度のリスクを受け入れる」とのことで、いつまでたっても感染症2類相当を5類のフツーの感染症に変えられない優柔不断な岸田政権と違い、英国のジョンソン首相の決断はジョンブル魂を見るようで羨ましい。過去20年間の低経済成長率によって先進国の地位も危うくなった日本が、続く蔓延防止策などのウイルス対策でいつまでも人の動きを止めていれば、ただ一人世界の負け組になってしまうだろう。テレビばかりを見る暇な老人の選挙での投票率が高い事に影響されるのか、あまりにもポピュリズムに同調して必要以上の安全策を取るわが国の対策がどうにも気になる。オミクロンが終わればまた次のxx株が襲来とメディアや、これで食べている(いわゆる)専門家たちは騒ぐに違いない。いつまでも武漢ウイルスなどに関わらず、人の動きを再開させ、飲食も自由にできるマスクなしの世の中に早くなって欲しいものだ。私はそろそろ皆でカラオケに行って唾を飛ばして大声で歌いたくなってきた。

 

2022年2月20日 (日)

立憲民主党はどこへ行く?

立憲民主党の退潮が著しい。バイデン大統領にまるで相手にされない親中の岸田首相・林外相への批判の声が国内でも高まり、自民党もヨロヨロしているのにそれ以上の失策の連続である。公共メディアを謳うCLP(CHOOSE LINE PROJECT)に動画制作費を拠出していたことに始まり、怪しげな団体ブルージャパンへの巨額の支出、菅元首相の対維新への「ヒトラー」発言、蓮舫議員の不適切ツイッターの数々など次々と耳目を集める問題がこの党に沸き起こっている。何かあると自民党を舌鋒鋭くしつこい追及を続けるのに、自分たちへの批判に対しては説明責任は果たさず、開き直ったり都合の悪いことにダンマリを決め込む姿勢が国民に呆れられているようだ。


初夏に迫った参院選で、立憲民主党は共産党と連携し選挙協力を継続するのか、共産とは水と油の連合の顔を立てるかの股裂き状態で、候補者選びがまったく進展していないそうだ。弱り目に祟り目とあって、立憲民主党は参院選では壊滅的な敗北を喫するのではなかろうか。それにしてもなぜリベラル(と呼ばれるサヨク)がこれほどまでに退潮傾向にあるのだろうか。日本の世論の右傾化、と云うより日本が「フツーの国」になろうとするトレンドを完全に見誤り、世相に乗り遅れてしまったと感じてならない。米ソの冷戦時代には「非武装・中立」の旧・社会党のような無責任政策を掲げても国民から一定の支持があったが、中国共産党の覇権主義・軍国化・人権問題さらには朝鮮半島の情勢で、今やそのようなお花畑が通じる情勢ではなくなった。現在の日本の置かれた立ち位置にまったく無頓着で目をつぶり、政府の批判ばかりしているのがサヨク後退の大きな要因であろう。


右傾化と云えば石原慎太郎氏の死去で思いだしたのが、1970年代から80年代に話題になった自民党の青嵐会のことである。「非武装・中立」論が流布され、社会党・共産党に推されたマルクス主義者の美濃部都知事の時代に、反共を掲げ、日教組に支配された教育の正常化、国防に対する国民の覚醒、自主独立の憲法などを訴えて世間の耳目を集めたのが石原氏や浜田幸一氏らの青嵐会であった。当時彼らへの評価は「極右」「国粋主義者」であり、世相からするとかなり浮いた存在であったが、かつて教員の50%以上が加入していた日教組も今や加入率が20%と低下し(文科省調査)、憲法改正を前向きに考える国民も最近の各種世論調査では約半数またそれ以上となった。あの青嵐会の主張が今ならごく普通の国民にも受け入れられる意見となったことは、我が国が右傾化(フツーの国化)していることの証左であり隔世の感で誠によろこばしい。


昨秋の衆院選を前に当時の代表・枝野氏が掲げた公約には、LGBTやら日本学術会議のサヨク学者の任命問題など、「フツー」の国民にとってはどうでも良い(というより気持ちが悪い)項目が並び、あらためて「この党はだめだわ」と唖然とした。サヨクを支持する団塊世代の老人が高齢化し、政府批判ばかりで左傾化したマスメディアは働き盛り世代以下には見向きもされない時代である。これまで野党を支持した選挙の票は、見当違いの立憲民主党に代わり維新の会に向かったとされるが、維新は小さな政府や新自由主義を標榜しており、この政党の伸長が日本の幸福につながるのかは疑問である。立憲民主党は共産党の抱き着き戦略を速やかに振りほどくとともに、LGBTやら人権・平等・夫婦別姓などを叫ぶコア支持層と距離を置き、もう少し右旋回して中庸な国民政党に転換しないと消滅してしまうのではなかろうか。

 

2022年2月16日 (水)

新橋第一ホテル ANNEX最終日

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ディナー最終営業日のイタリアンレストラン・ラパランツァ

武漢ウイルス禍で(個人的には嬉しいが)シナ人の爆買い観光客などが来日しなくなり、東京都心のホテルは軒並み窮状に陥っているようだ。昨年6月末には九段下のホテルグランドパレスが49年の歴史に終止符を打ち閉館となり、1989年開業の新橋第一ホテルANNEXもこの2月12日を以て営業を終了した。ともに都内ではそれなりに有名なホテルだったから、過剰な武漢ウイルス対策の犠牲になって早々に営業を終えるのは寂しいものがある。しかし外国人観光客の来日などはいつのことになるのかまだ先が見通せないなかで、設備の古いホテルがやめるのも止む無しなのだろう。


その第一ホテルANNEXでは「ご愛顧感謝セール」と銘打って、1月下旬から最終日まで食事つきの宿泊プランを展開することを「阪急・阪神第一ホテルグループ」のDMで知り、夫婦で2月12日の営業最終日に宿泊を申し込むことにした。「ご愛顧感謝セール」は同ホテルグループ会員に限り、部屋代込みに6000円程度のイタリアンの夕食、3600円の洋風朝食セットまでついて、なんと一泊一人税込みで8550円ぽっきりだというからビックリだ。第一ホテルANNEXは都心の一等地に位置するホテルとあって、バブルの時代や訪日観光客で賑わっていた頃は、素泊まりで一人一泊2万円近くはしたであろうから、2食付きでこの料金なら超破格の設定と云える。我々は「外出自粛要請」もほとんど考慮せずによく夫婦で外食に出かけているが、この料金でホテルクオリティのディナーと朝食が味わえるなら、宿泊代タダ、或いはメシ代がタダみたいなものだ。ホテルのメンバーズクラブなどは申し込むのも面倒なのだが、たまにはお得な特典もついてくるものである。


といっても新橋は我々にとって昼夜問わずあまりにも「日常」の世界である。ふだんの会社の行き帰りや飲食のほか、すぐ近くの皇居も週に何度もジョギングで来るので、いくらホテルと云ってもどこかへ来たという気がしない。ならば、という事で、宿泊は電車の線路に一番近い部屋をリクエストし、眼の前を通る新幹線や、東海道線・山手線・京浜東北線の電車を眺めて過ごすことにした。蔓延防止等重点措置の3連休中で、館内の宿泊客はガラガラとあって、チェックインすると希望通り4階の線路間際の部屋がアサインされ、目の前を色とりどりの各種電車が通り過ぎていく光景を一日楽しむことができた。ホテルの窓ガラス超しに新橋駅脇の見事なS字カーブを身をくねらせて通過するN700系新幹線や235系通勤電車を眺めていると、まるで鉄道模型の大きなジオラマに入り込んだような錯覚に陥いる。ここでコンビニで買った持ち込みのビールでも飲んでいれば、新橋でも「非日常の世界に没入」と云う気分になってきた。


セットの夕食はホテルの地下一階の”イタリアンレストラン・ラパランツァ”で摂る。ここは半地下の構造で地上の景色も大きなガラス窓越しに垣間見えるのだが、座りながら外を見るうち、目の前の新幸橋の交差点に、かつて個人及び大日本帝国4社(大和・日本交通・帝都・国際)タクシーの専用乗り場があった事を思い出した。そういえばバブルの頃には、毎晩のように銀座の接待帰りにタクシー券を握りしめここで並んでタクシーに乗車したものだった。多くの酔客で賑わったあの頃と、現在のラパランツァの閑散とした店内やウイルス禍でひとけのない新橋界隈の光景はまるで別の国のようだ。妻もかつてすぐそばの都銀本店におり、深夜残業の帰りにここを通ると、優雅にカクテルを傾けるカップルが目に入り羨ましいと思ったらしいが、今回はこうしてこちら側に座り、最終営業日に立ち会うのは不思議な感じがすると述懐している。

ジオラマの世界・新橋駅付近の線路
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2022年2月11日 (金)

膀胱がん+前立腺がん治療記 (その後)

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同時に両方に違う癌がある人は珍しいと泌尿器科の先生に言われたが、その膀胱がんの手術より3年半、そして前立腺がんの全摘手術より1年半が経過した。先日は膀胱内視鏡と血液検査による半年ぶりの定期的な術後の経過観察検診があり、両方とも順調、問題なしとの診断を受けた。初めての人はだいたい皆、痛いといって怖がる膀胱内視鏡も最近はすっかり慣れてしまったし、PSA値もほとんどゼロに近いごく低値安定である。今回はなかったが時々下半身のCTも撮り、転移がないかを注意深く診てもらっているので、まずは一安心というところである。膀胱なのか前立腺なのかどちらが大きく寄与したのかわからないが、最近は夜間にトイレに起きることもなくなり寝入ると朝までぐっすりの日が多く、妻には「アナタ、本当に毎日良く寝るわね、まるで10代の若者みたい」と笑われる。


さて昨年の3月に膀胱がん+前立腺がん治療記 (6/6)で記したように、前立腺が無くなるとほとんどの人に尿漏れが起きるそうで、私も前立腺手術後は尿漏れパッドのお世話になる体になった。ただ毎朝起きた直後と毎夜就寝前に、お尻の周囲にある骨盤底筋群を鍛える尿漏れ対策の体操を5分程実施している効果か、日常生活においては尿漏れを気にするほどでなくなり、今は20cc吸収の少量用薄型パッドを一日一回取り換える程度である。男性用の尿漏れパッドは最大200ccから最小10ccまで多種あって、手術後はまず200cc用を試しに使ってみたのだが、時間の経緯と共に徐々に少量用で足りるようになってきたものである。ただこれまでパッドなどを使った経験がないので、入浴後パンツを換える際などに装着し忘れ、数時間後にふと気が付いてあわてて下着に沁みがない事を確認したりすることもまだしばしばある。


この男性用尿漏れパッドは、ブリーフ型の下着の中に付けて下さいと説明書きにあるものの、私はこれまで風通しのよいトランクス型デカパンを永年はいてきた。しかたなく手術後はブリーフを使用していたが、ぴっちりした形状のブリーフだと厚さ3ミリといえどもパッドが肌に密着し、とにかく股間が蒸れて気持ち悪いことこの上ない。尿漏れが徐々に収まってくるに連れ、やはりすっきりしたトランクス型の下着が恋しくなり、最近は術前まで使っていたトランクスを引っ張り出しては、無理やりこれにパッドをつけて使用する日も多い。パッドについている接着テープの効きはブリーフに装着する際より弱いものの、空間が大いにあるトランクス型の方がはるかに下半身の空調という点では快適である。肌に密着しないトランクスでも特に問題ないというところまで尿漏れは改善したと嬉しく感じるところだ。


といってもジョギングの際にはまだ尿漏れがある。これまで速足で歩くこととジョギングはそれほど肉体的に変わらないと思っていたのだが、走る行為は下半身が想像より強く上下運動して膀胱の周囲も揺さぶられるようだ。前立腺の摘出手術は比較的高齢者が多いためか、ジョギングが術後の尿漏れにどのように影響するかという報告は今までほとんどなかったそうで、主治医の先生は定期診察にたびにその具合を詳しく尋ねる。「一定のスピードで走り続けるよりも、交差点で立ち止まってまた走り出したり、走る方向を大きく変えたりする際にどうも尿漏れしているようです」などと説明するとなるほどとカルテに入力しているようだ。こうして半年ぶりの検診を無事終えるとホッと一息、学生時代に定期試験が終わったような気分がするのである。

2022年2月 3日 (木)

石原慎太郎 元東京都知事逝去

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石原都知事が始めた東京マラソン、夫婦で延べ5回出場:2009年都庁前スタート

月刊WILLに連載されていた石原慎太郎氏と亀井静香氏の「甘辛問答」が、最近なくなってどうしたのかと気になっていた。亀井さんの名前はネットニュースなどで時々見かけるが、石原さんの動静が久しく聞こえないので病気にでもなったのかと心配していたところであった。と思ってたらやはり闘病中でこの2月1日に亡くなったという報道があった。1999年から2012年の石原都政時代、都知事選の際には常に石原氏に投票し応援してきたので大変残念な知らせである。彼がもし今も都知事だったら、「緑のタヌキおばさん」こと小池百合子現都知事が行った豊洲市場移転の際の莫大な税金の無駄遣いや、単に「やってます」感を出すだけの武漢ウイルス対策が、もう少し納得のいくものになっていたはずと残念でならない。


振り返れば石原氏が知事であった期間は、羽田空港の国際化、臨海副都心の整備など今の東京の近代化に寄与する大プロジェクトが大きく前進した時代でもあった。彼が実行したディーゼル車の排ガス規制は怪しげな地球温暖化対策などと違い、賛否両論のなか都民の健康を守るためのユニークな強い施策だったと評価される。都心で大規模な市民レースなど無理という声にもめげずに、東京マラソンを始めたのも石原都政で、そのおかげで我々夫婦は延べ5回もこの大会に出ることができた。東京都財政立て直しの功績も実に大きい。なにより尖閣周辺で日本の巡視船に体当たりした中国漁船の船員を無罪で帰国させた民主党政権に怒り、尖閣諸島の寄付金を募り島を所有しようとしたのも国士らしい彼の発案である。我々も1万円以上応募したが、全部で10億円以上集まった憂国の金が彼の逝去でウヤムヤになってしまわないことを切に祈りたい。


石原都知事の記者会見の映像には、不勉強だったりポピュリズムに乗って軽薄な質問をする質問者を、「何新聞だ?馬鹿なことを聞くんじゃない。じゃあ君はどう思うんだ?答えてみろ、ハイ、これで質問終わり」などと一蹴する場面が良くあり、そういう応答を見て私は画面に向かって大きな拍手を送ったものだ。今やほとんどの政治家が「ポリコレ」ばかりを気にして、うわべだけ、形ばかりの薄っぺらい答弁に終始するが、「巧言令色少なし仁」である。( とは云うものの、実は彼には「情の人」であることを示すエピソードが多いのも事実。)知られるように石原さんは若い時から共産党やサヨク嫌いだったのでメディアには好かれなかったが、メディアの圧力をむしろ自分の糧にして存在感を示す彼のような憂国の政治家は、今や自民党の麻生さんくらいしか思いつかない。安全運転の言葉だけに終始するような政治家がほとんどの中、彼の直言が聞けなくなるのは何とも寂しい限りである。石原都知事の号砲一発で新宿の副都心を晴れやかにスタートした東京マラソンを思い出しつつ、彼のご冥福を祈りたい。

東京マラソン:2012年新宿3丁目
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2022年2月 1日 (火)

LP レコード 大人買い

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神田神保町には中古レコード店が数軒健在

家のリフォームで居間が広々としたので、これを機に再びLPレコードに凝っている。これまで何度かこのブログでアップしたとおり、若い頃は給料を貯めてはかなり高価なオーディオ機器を購入し、LPレコードも数百枚ほど所有していたが、結婚やら引っ越しやらで大きな装置はみな捨ててしまった。音源もCDやカセットテープに買い替えてしまい、LPレコードは必要最小限でどうしても聞きたいもの30枚ほどに絞っていたのである。ところが広くなった新しいリビングでLPレコードを取り出して聞いてみると、スピーカーから出る音はやはりCDよりはるかに活き活きとして聞き応えがある。


人間の耳は20ヘルツの低音から20000ヘルツくらいの高音まで聞くことができるとのことで、CDはこれに合わせて22000ヘルツより上をカットして録音しているそうだ。一方でLPも同じように22000ヘルツ以上はカットされているが、なにせアナログの世界なのでこれ以上の高音も録音されているとされており、これが「LPの方がCDより音が良い」と云われる理由らしい。実際に聞き比べてみるとポピュラーの音楽では両者の再生音にはそれほど差がなく、むしろCDのシャープなサウンドが良いと感じる場合もあるが、クラシック、特に大編成の弦楽器の演奏においては、LPの方が圧倒的に音の厚みや弦のふくよかな響きが伝わってくる。


リフォームを期に不要なものは捨てたうえ収納場所も以前より増えたので、レコード盤に針を落とす度に捨て去った過去のLPレコードを買い戻したくなってきた。そういえば中学生になって自分の小遣いで初めて買ったのが、バックハウスとハンス・シュミット・イッセルシュテット指揮ウイーンフィルによるベートーベンのピアノ協奏曲「皇帝」で、レコード盤が擦り切れるほどよく聞いたものである。高校の入学祝いで講談社の「ステレオ世界音楽全集」を全17巻買ってもらい、各々2枚入っていたロンドン盤のLPに収録された世界の名演奏も飽くことなく聞いた。その他ベームのベルリンフィルやアンセルメのスイスロマンド管弦楽団など、自室で寝転がってステレオの名盤を聞いた若い日の情景が時々頭に蘇ってくるのだが、そんな思い出の名盤もすべて引っ越しのごみとなって消えてしまった。


幸い自宅から程近い神田神保町には中古レコードを販売している店舗が何軒か健在である。ただ移り変わりの激しい東京の街だからこの界隈もどう変貌するか分からない。思い立ったが吉日と散歩がてら中古レコード店を廻って、かつて持っていた懐かしのLP版を中心にレコードを買いあさることにした。中古品ゆえ店やレコードの状態によって値段はかなりの開きがあって、1枚数百円の盤から2千円もするかつての新品と変わらないものもある。学生時代なら2千円のレコードを前に買うか買わぬか店頭で逡巡したが、そこはシニアの余裕、人生で二度とこのレコード盤には出会えぬかもしれぬと腹を括り、躊躇なくエイヤッと大人買いするのである。新しい居間でコーヒーを沸かし、購入したレコードに静かに針を落とす瞬間がなんとも言えない。

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