沖縄漁船「第二十八克丸」の遭難救助
火災を起こした漁船の救命いかだを収容するMOONLIGHT DOLPHIN号(ネットの動画ニュースより)
1月21日朝、沖縄から南東740キロ(400マイル)付近の太平洋上で、那覇のマグロはえ縄漁船「第二十八克丸」が火災をおこし、日本人の男性船長とインドネシア人乗組員7名、計8名が船体を放棄して救命いかだに乗り移るとの通報が海上保安庁にあった。報道によると同船の機関長はなぜか陸上にいたとされるから、何が火災の原因なのかは今後の調査によるが、事故当時はインドネシア人だけで機関を操機していたに違いない。実質的に東南アジアなどからの出稼ぎ船員で日本の漁船が操業している実態に改めて驚かされるが、漂流していた8名は、保安庁の要請を受け付近を航行中だった日本船籍の貨物船「MOONLIGHT DOLPHIN」に全員救助され、まずは不幸中の幸いで良かったと云えよう。
救助に向かった「MOONLIGHT DOLPHIN」号は17万6000重量トン、長さ300米近くあるケープサイズと云われる大型の鉄鉱石専用船である。本船は日本郵船の運航で神戸製鋼の加古川製鉄所で鉄鉱石を揚げた後、次の積み地である西豪州のダンピア(Dampier)港に空船(バラスト状態)で向かっていたようだ。テレビのニュース映像では、救助された救命いかだが本船のデッキに引き上げられる様子が映し出されていたが、「MOONLIGHT DOLPHIN号」の船底からデッキまでの高さは24米もあり、バラスト水だけを積み込んだ状態での本船の乾舷(海面からデッキまでの高さ)も約20米ある。荒れる冬の北太平洋上で、高いデッキから縄梯子を伝って海面の人命やいかだを救出した同号のクルーも大変な苦労であったことだろう。
私は新入社員当時、まず配属されたのが製鉄原料部で、ダンピアとか加古川という港名を毎日頭に刻んでいたし、人命救助にまつわる様々なトラブルにも遭遇したのでこの事故も他人事とは思えない。まずはこの救助行為に関わる本船の離路(Deviation)で発生した時間や、燃料のロスを船の船主が負担するのか、用船者(運航者)である日本郵船が負担するのかの問題が生じる。例えば四国の船主などが船の所有者で、日本郵船などが運航者になる場合には、Deviationの時間や費用分担で揉めることがよくある。調べてみると「MOONLIGHT DOLPHIN」号は船籍が東京都である日本籍の船で、日本郵船が実質的に保有しかつ運航している船舶なので、今回の救助のための離路にはまず問題が起きないであろうことが分かった。
一般的には、船主と運航者が交わす用船契約(Timecharter Party)の標準約款(NYPE)には遭難船舶を救助する事に関して次のような条項がある。"The vessel shall have the liberty to sail with or without pilots, to tow and be towed, to assist vessels in distress, and to deviate for the purpose of saving life and property."。日本訳にすれば「本船は、水先人を乗船させ又は乗船させずに航行すること、遭難船舶を救援すること、及び人名並びに財産を救助する目的で離路することができる」となる。しかし問題はこの遭難救助に関わった時間や燃料油代が誰の負担になるかは明記されておらず、しばしばTimecharter Partyの追加条項として「その時間や費用はすべて船主持ち」または「船主と用船者(=運航者)が折半する」などとする特約が交わされる。遭難船の救助は人道的立場やSeamanshipの証として当然の行為ではあるものの、世界の海域には難民を多数乗せ遭難船を装い偽のSOSを発信している船もいる。そのような偽の遭難船を助け間違って難民を収容した船は、予定の寄港地で入港を拒否されるなど想定外の事態も起こるなど、SOSを発した船舶の救助も注意が必要となる。
対荷主との関係ではどうであろうか。今回のケースは積み荷がなく空船で西豪州の積み地へ回航中で、鉄鉱石などのバラ積み輸送契約の場合には積み地の到着日に制限があり、例え海難救助と云えども約定の日までに本船が到着しない場合には、荷主には輸送契約をキャンセルする権利が認められている。また船会社(船主及び運航者)は積み荷の遅延に関する商業リスクを求償されることも想定しなければならない。たとえば積み荷のコンテナにクリスマス用商品を積んでいたコンテナ船が、人命救助の為に3日間揚げ地の到着が遅れ、その結果荷主がクリスマス商戦に間に合わずに大きな損害を蒙った場合に、荷主は船主や運航者に求償できるかという問題が発生する。船積みに際して荷主に発行するB/L(船荷証券)には、国際条約のヘーグルールによって「相当の理由ある離路は運送契約の違反と見做さず」と記されており、救助の為の離路が認められているものの、ヘーグルールを批准していない国もあって紛議を呼ぶこともある。このように人名救助という美名の名の下には様々な議論があるのが現実である。ニュースを見ただけで昔の経験からいろいろなことが脳裏に浮かんでしまい、さまざま事件の度に事態の収拾に法務専門家や弁護士と奔走した若き日々を懐かしく思い出す。
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