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2021年12月

2021年12月31日 (金)

2022年への期待

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日本ではなぜか武漢ウイルスが収束しているので、私の周りでもこれまで中止になっていた同窓会やらOB会やらが再開し始めている。ところが今度はオミクロン株の出現とかで、(いわゆる)専門家やメディアがまたお祭り騒ぎを始めたようだ。欧米ではオミクロン株の感染が広がりを見せているが、重症者も死亡者もこれまでより大幅に減っていることがすでに明らかである。これはウイルスの特性上、生き残りのために感染力を強める一方で自分は弱毒化し、人類社会に「受け入れてもらう」戦略なのだとされている。すると武漢ウイルスもただの風邪に過ぎなくなるのだが、それでは困る人たち、すなわちワクチンで大儲けした業界、(いわゆる)専門家、それにメディアなどは、今度はなんと感染者数ではなく「濃厚接触者の人数」を持ち出し、かつ「〇〇県でも市中感染」などと問題視し始めた。彼らにとっては、なんとしても武漢ウイルスが猖獗を極めてくれなければ困るのだろう。メディアは煽りに煽った挙句、経済活動の後退で広告収入が減ったというから自業自得ではあるが・・・。


都内でも感染者が増えたとまた報道されているが、冬なのだから風邪が増えるのは当たり前のことだ。もういくら当局やメディアが煽っても街はクリスマスや年末年始の人出で賑わい、レストランの予約も取りにくくなってきたし道路は渋滞である。人々は自分の常識、肌の感覚で自らの活動を判断しているのである。もうこの馬鹿騒ぎも2021年限りにして、来年は是非フツーの生活を取り戻したいものである。そのほか来年は、ここ数年喧伝されてきた事項が本当か?と問い直す動きに期待したい。地球温暖化は本当なのか、ましてや脱炭素などという動きはまやかしではないか、日本は本当に成長していないのか、格差は拡大したのか、LGBTやら夫婦別姓問題などの「ポリコレ」が世の中を良い方向に向かわせているのか等々、巷間流布される問題が「正しく」検証されるようになって欲しいものだ。ディープステートの存在を信じるわけではないが、「環境」やら「平等」に名を借りて、良き伝統や社会を破壊するような活動はこの辺りで御免こうむりたい。


などと来年を想いながら、正月休みには、講談社現代新書の新刊「激動 日本左翼史」学生運動と過激派1960-1972編(戦後左派の失敗の本質)を読むことにした。11月6日にアップした池上彰、佐藤優両氏の真説 日本左翼史「野党共闘の失敗、日本共産党の特殊性」戦後左翼の源流1945-1960の続編である。私は全共闘が華やかなりし頃、彼らに向かって石を投げていた側の「保守反動」、登校時は常に学ラン着用の體育會大学生だったから、戦後サヨクの流れにはまったく無知である。なぜ左翼はこれほど権威主義かつ教条的で頭が固いのか、物事の捉え方が一面的なのかを知るには彼らの歴史をざっと知っていた方が良いとの気持ちである。本書前編を読む限り、入門書、概論としては良くまとまった本であったから続巻が楽しみだ。もう一冊はかのエマニュエル・トッド氏の「老人支配国家 日本の危機」(文春新書)。至れり尽くせりの老人の介護・福祉ではなく子育て世代への給付や支援をもっとすべし、と日ごろ感じているのでタイトルに惹かれて買ってみた。これらを読みつつ除夜の鐘でも聞こうか。さて来年はどんな年になるのだろうか。

 

2021年12月24日 (金)

参政党 新しい保守に注目

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参政党参議院選挙予定候補者の発表会見の終了後画像(Youtubeより)

クリスマスの時期になった。若かりし日を思い出すと、この時期は欧米諸国や豪州が休みに入り、海外からのテレックス受信もほとんどなくなり、新年を前にホッと一息、のんびりと出社していた候である。あの頃は世界経済や国際貿易・物流に中国という国の存在がまったくなく、いわゆる白人の先進国だけが商売の相手であった。まだ学生気分も抜け切らない若い頃、英法に基づく論争や、欧米先進国流の商習慣で攻めてくる人たちとの対応に一年間悩まされ続けてきただけに、テレックスのマシンからはじき出される通信内容が、クリスマスのお祝いメッセージ一色のこのシーズンは、平和な気持ちで過ごすことができた。


当時は、欧米と日本が世界の経済の中心だったが、今や中共の覇権主義が世界を席捲せんとし、世界のパラダイムも大きく変容している。仕事も暇になった昨今、新年を迎えるに当たって我が国はどこへ向かおうとしているのか大いに気になるところである。まず来年早々に迫った北京オリンピックの外交的ボイコットにしろ、対中非難決議にしろ、岸田首相の対中共姿勢はまだ明確になっていないが、このままずるずるとわが国は、無法な中共との関係を続けていくのかが心配だ。また地球が温暖化しているとする怪しげな前提で、脱炭素社会の実現を早急に目指すというあきれた世界の潮流を見ると、やはりその裏にディープステート的なるものの存在があってもおかしくない、という疑心さえ湧きあがる。国内では「ポリコレ」の名のもとにLGBTの権利やら夫婦別姓などを声高に叫び、日本の良き伝統を潰さんとする勢力が跳梁跋扈し目障りな事この上ない。何にもまして、重症化もしないのに、オミクロン株なるものの出現で、またメディアや(いわゆる)専門家がお祭り騒ぎを繰り広げるのかと思うとほとほとうんざりである。そろそろ我々も真剣に将来を考えるべきが来たのではないか。


そんな時に一つ、興味を惹かれる新しい話題を発見した。「参政党」という昨年結成された新しい政党が、来年の参院選に選挙区で最低でも15人、比例代表に5人以上の候補者擁立を明言したニュースである。なぜ山の物とも海の物とも付かない新政党に注目するかと云えば、その中心メンバーがこれまで保守の立場からYoutubeで政治や社会問題での発信に熱心に取り組み、彼らの顔やその主張を良く知っていた事にある。Youtubeを通じて知る限り、彼らの言動は、日ごろ私が抱く思考と重なり首肯する点が多い、というのが彼らに期待する所以である。リベラルという名の左翼や共産主義の人たちが報道界の主流を占め、ポリコレ的なエセ正義を喧伝するのに対して、保守の側、良き日本の伝統を守ろうとする側の発信は、これまでネットや一部の雑誌などに偏ってきた。参政党なる新組織の人たちがネットの場から国政に進出し、広く保守的な正論を開陳する事が、これからの我が国に必要だと私は考える。それは公明党や党内親中派の顔色を窺い、なかなか動かない自民党を突き上げる契機にもなることだろう。


という事で、さっそく参政党の綱領を読むと「先人の叡智を活かし、天皇を中心に一つにまとまる平和な国をつくる。」「日本国の自立と繁栄を追求し、人類の発展に寄与する。」「日本の精神と伝統を活かし、調和社会のモデルをつくる。」とあって、その言やよし!とまずは拍手を送りたい。参政党の幹部として私が知るのは、元大蔵省の官僚で衆議院議員を一期務めた経験もある松田学氏である。Youtubeを通じて知る限り、彼の考えは経済的にはリフレ派ないしMMT論に近いようであり、また最近は武漢ウイルス騒動は大騒されすぎと冷ややかにとらえた発信を続ける点に好感が持てる人物である。同じく幹部の篠原常一郎氏は小室・眞子問題に切り込み、小室母を刑事告発したことでかねてよりネット界では注目を浴びている人物だ。この告発自体はややミーハー的過ぎる気もするが、問題を自ら掘り起こし行動する積極的な姿勢は大いに評価できよう。それにお馴染みの武田邦彦氏は「虎ノ門ニュース」や彼のサイトで地球温暖化に疑義を唱えるなど、ポピュリズムにおもねることなく、常に独自の視点で切り込むのが人気の科学者である。かの赤尾敏氏の姪が幹部の一員、というのも興味深い。彼らを中心に動き始めた参政党が、今後どのような活動を展開するのか、注目してフォローしたい。

2021年12月19日 (日)

そろそろ旗幟鮮明に、岸田首相

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ここ数年、定期的に1~2週間遅れで読み終わった週刊文春と週刊新潮を知人から貰っている。週刊文春はどうしたわけか、このところ左旋回とポピュリズムにおもねったような記事ばかりで、冴えもなくあまり面白くないが、週刊新潮には武漢ウイルス騒動にしても、眞子問題にしても「オヤッ!」と思わせる切り口の記事があって、最近はもっぱら新潮の方を読む時間が多い。特に週刊新潮12月16日号の「真珠湾攻撃80年の真説、日本はなぜ米国と開戦に突き進んだか」とする牧野邦昭・慶応義塾大学経済学部教授の特集記事は目を引いた。現在は石橋を叩いても渡らないような慎重な日本人だが、世界を相手に大東亜戦争に入った時の我々の父祖の代は、今とは違う何か特別な世代であったのか、と云うのは私にとってまだ解答が見えない永年抱いてきた疑問である。


この特集記事では、満州国の経済建設に関わった陸軍の秋丸次郎主計中佐の「秋丸機関」関係書類が最近の調査で明らかになり、その中で読み解かれた事柄からなぜ日本が戦争することになったかを牧野教授が解説している。ヒトラーによる独ソ戦開始に伴い日本の軍部内では南進論と北進論が対立したあげく、結局両論併記となり、「当時の日本に明確な方針がなく・・・近視眼的な選択をしていったことで、とりうる選択肢が狭まって行き、最後は極めて高いリスクを冒して戦争に賭けることになってしまった」と記事は述べる。メディアや議員が対米強硬論を主張し、世論がそれを支持すると「集団心理が働くと極論が支持される」ようになり、戦争に勝つ確率はごく低いのに「様々な情報のうち都合の良い部分」を材料として、「人間は希望的観測にすがりたくなります」とする。長期的ビジョンの欠落が希望的観測を過大評価し、その場の状況に応じて近視眼的な判断をして、かえって国が行き詰まることを牧野教授は警告している。


同様な指摘は月刊"WILL"1月号の葛西敬之氏(東海旅客鉄道会長)と櫻井よしこ氏による「太平の眠りから覚めよ、日本!」と題する対談記事からも読み取れる。対談のなかで、第二次大戦の欧州でフランスがあっさりとドイツの占領下に置かれたのに対し、チャーチル率いるイギリスは挙国一致でナチスと戦った例を踏まえ、リーダーが現実を直視しその現実を国民に告げる必要がある事を2人が話している。葛西氏は、中共の覇権主義と軍拡を前にして、「国家の礎ともいえる安全保障について国民が危機意識を共有しなければ、民主主義そのものが成り立たない」と危機感を顕わにし、大東亜戦争後「多くの政治家、リーダーたちはそれ(=国家が進むべき道を示すこと)をせず、(近視眼的に)民意に従い寄り添うこと」ばかりを選んできたとしている。「その点で、安倍氏は確固たる国家感、歴史観、世界感を持ち・・・メディアを敵に回す覚悟を決めて安保法制を成立させたことで、集団的自衛権の道を拓いた」と氏は安倍元首相を称える。まさに同感である。


さて大東亜戦争から76年経過し、日本は初めて自ら対中共に対する長期的ビジョンを明確にすることが求められている。台湾危機も取り沙汰される中、日本は地理的に中共と対峙する最前線に位置する一方、経済的には日中両国は深く結びつき相互依存体制を築いている。きわめて我が国の立場は微妙であるがゆえに、今般の米英豪カナダなどの北京オリンピック「外交的ボイコット」に対して、「オリンピックの意義、わが国の外交にとっての意義などを総合的に勘案し、国益の観点から判断していきたい」と岸田首相はあいまいな姿勢を取り続けている。しかし戦前の南進・北進論と同じく、自由と民主主義を共有するアメリカの側につくのか、欲に目がくらんで専制独裁主義の中共につくのか、今こそリーダーの決断が試されているのである。このままずるずると近視眼的な場当たり姿勢で米国の安全保障にすがりつつ、中共とはつかず離れず、しかし経済的にはエンジョイしたいというムシの良い「両論併記」を我が国は続けることができるのか。自由や民主、人権とは程遠い強権的覇権国家を目指す中共とあいまいな姿勢で対峙することは、結局国家の存在を危うくするのではないか。かつて長期的ビジョンの欠落、近視眼的な対応が大日本帝国を危うくしたが、今は国内の経済団体を敵に回しても、経済に多大な影響があろうとも国家の大計のためには、中共と一線を画すべきだと私は確信する。そろそろ岸田首相には、旗幟鮮明に対中非難決議や北京オリンピックの外交ボイコットを発表してもらいたい。

 

2021年12月12日 (日)

最後の福岡国際マラソンと朝日新聞社

毎年12月第一週の日曜日に開催されてきたのが福岡国際マラソンである。これまで幾多の有名選手が出場し、激しい勝負が繰り広げられた福岡国際マラソンも75回目となる今年が最後になるそうだ。この大会は毎年テレビで完全中継されてきたが、そのなかで記憶に残る最も古いものは、1964年の東京オリンピックの頃に優勝した寺沢徹や広島日出国選手の雄姿であった。その後アメリカのフランク・ショーターやオーストラリアのド・キャステラなどが圧倒的な強さで優勝したことも良く覚えているし、また中山竹通や瀬古俊彦選手など日本人が活躍した年には、テレビ画面に向かって大きな声援を送ったものだった。その由緒正しきレースが来年から開かれないとは、なんとも寂しい知らせである。駅伝ブームで実業団の選手が正月のニューイヤー駅伝を目標にするために福岡に出場しにくくなったことや、大会開催のための財源難が原因と報じられているが、私は主催者である朝日新聞社の窮状もレースが行われなくなる原因の一つではないかと推測している。


以前850万部販売と云われた朝日新聞も、2015年には700万部、昨年は500万部と読者が急激に減っており、「押し紙」を除いた実売部数は現在350万枚ほどだと云われている。朝日はかつて大東亜戦争前は戦意を煽る側の急先鋒だったし、戦後は共産党の伊藤律会見成功というデッチ上げ記事を報道、1989年には記者がわざとサンゴ礁を傷つけ観光客のモラル低下を批難したサンゴ捏造事件をおこした。極め付けは未だに日韓で問題になっている朝鮮人売春婦に関わる大誤報で、あきれた報道姿勢の新聞であることが明らかになって読者を大きく減らしてきた。我が家では子供の頃から朝日新聞を取っており、成人して家庭を持ってからも朝日であったが、あまりの左偏向ぶりに20年前に読売新聞に替えたのはこのブログでも何度かアップした通りである(読売もオャっ?と思う記事が時折あるが・・・)。朝日新聞は、コラム「天声人語」が高校や大学入試の国語で最も多く引用されるなどと長らく自賛していたが、最近はそういう話も聞かなくなった。新聞の発行部数が減る中で朝日の落ち込みは特に激しいようで、経営危機で希望退職者を募集しているのも身から出た錆というべきであろう。

朝日新聞がもしもう少し”まとも”で、これほどの落ち込みがなければ、福岡国際マラソンも生き残ったのではないかと思いつつテレビを見ていたら、読売新聞の宅配読者に配られる月刊「はいからエスト」の最新号(201号)にある「一期一筆」というコラムに、読売の元記者である石井仁氏が朝日についてこんなことをかいていた。引用開始;「(全国紙のA紙は)社説でオリンピック開催に反対していながら、紙面ではほかのニュースが見つからないほどのの過熱報道を展開。さらに週刊誌でも『東京2020オリンピック総集編』と銘打つ200ページに及ぶ増刊号まで発行したのである。開催反対の社説と過熱報道。言行不一致であり、かなり重い自己矛盾症だ。」「自己矛盾を意に介さない無責任な姿勢は、人間として許されることなのだろうか」;引用終了。私はこのブログで、一貫してオリンピックは当初の予定通り観客を入れて開催すべしと主張してきたが、やはり結果をみれば武漢ウイルス第5波の流行とオリンピックは何の関連もないことが明らかだった。ひと時の感情に任せて「オリンピックを中止」という社説を出しながら、その反対に紙面では大騒ぎするような無責任体質の報道機関が大きなスポーツイベントの主催者たりえるのだろうか。このまま朝日の報道姿勢が変わらず、販売の落ち込みが続くようだと、彼らが開く夏の高校野球まで影響を受けるのではないかと、最後の福岡国際マラソンを見ながら心配になってきた。

 

2021年12月 9日 (木)

オールディーズミュージック ON ASUKA Ⅱ

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船内で開催されたオールディーズトーク

横浜~横浜の2泊3日クルーズ、”オールディーズミュージック ON ASUKA Ⅱ”に乗船してきた。この一年間、「自粛」ムードには心底うんざりだったので、年末を控え、この辺りで一発”ブヮッー!”と景気付けをしたいとの思いを込めての乗船である。オールディーズミュージックといえばアメリカには専門のFMラジオ局がいくつもあって、北米駐在員時代には、会社の往復に朝はクラシック専門チャンネルを、帰りはカントリーかオールディーズをハンドルを握りながら聴いていた。オールディーズミュージックはメロディーが耳に心地よくコードの進行がシンプル、歌詞も聞いているうちに何となくわかる部分もあって、いらいらしがちな通勤ドライブ中にはうってつけであった。今でもアメリカで買った60年代ポップスのCDやカセットテープをかなり持っており、当時を思い出しては一人で聴いたりするから、飛鳥Ⅱとオールディーズの組み合わせなら乗らないわけにはいかない。


前回10月「秋の瀬戸内航行 土佐クルーズ」と同様、2週間前からの体温測定、1週間前の唾液によるPCR検査に加え、今回も乗船直前の横浜港で再度PCR検査を受ける必要があった。大桟橋で唾液を採取し、外部の人との接触禁止状態で結果が判明するまで約一時間。ここで陰性が確認されて、ようやく晴れて船内に足を踏み入れることができる。クルーにも厳格な検査と行動制限がなされており、船内は「世界で一番武漢ウイルスからフリーな空間」だとも云える。それでも、もしクルーズ船で感染者でも出ようものなら「この時期に一部の金持ちの道楽」だの「一体、何を考えているんだ」などと大いに非難されることになろうから、船側もごく真面目にコンサバで対応せねばならない。船内のフォーシーズンズダイニングには各テーブルの間に相変わらずビニールのパーティションが屹立し、クラブ2100ではまだダンスが踊れないようにフロアにソファが置かれているのだが、これもこの時期なら致し方ないだろう。


とは云うものの船内はクリスマスのデコレ―ションのほか、ジュークボックスやLPレコードが置かれ、その上に流れる音楽は60年代ポップス一辺倒で、クルーズテーマを盛り上げようとの演出が至るところに見受けられる。オールディーズをフィーチャーしたクルーズは初めてだそうで、乗客は250名程度らしいが皆がどのくらい盛り上がるのか、飛鳥Ⅱ側も大いに気になっているようだ。ドレスコードは2晩ともカジュアルで、乗船前の案内では「オールディーズスタイルに合わせたドレスコードで一緒にクルーズを盛り上げましょう」と記載されている。それならとこちらもその気になってノった方が勝ち、ボタンダウンシャツにチルデンセーター、タータンチェックのパンツで靴はスリップオンで決めることにした。と見ると船内にはかのVAN JACKETのオリジナルジャンパーを着ている男性もいて、このクルーズ狙い撃ちの乗客も結構多いことがうかがえる。


2日目の終日航海日はハリウッドシアターのオールディーズトークに始まり、夜のライブショーは銀座・横浜ケントスなどに出演している11人編成のSweet Childによる50年代・60年代の歌と演奏の洋楽ヒットメドレーである。ファンらしき人もちらほらのギャラクシーラウンジでの彼らのパフォーマンスは拍手大喝采の盛況で、これまで私たちが見た飛鳥Ⅱのショーの中でも最も盛り上がったものの一つであった。飛鳥Ⅱの乗船平均年齢は70歳代前半ほどだと思われるが、その世代なら誰でもが知っている曲を連ねたSweet Childステージは、観客の期待のドツボに嵌った設定だったようだ。極め付けがその夜10時過ぎからパームコートで開かれたツイストパーティ。ショーの余韻を残しつつ、フロア一杯の参加者とともに汗だくで体をくねらせていると、この2年間の馬鹿馬鹿しい武漢ウイルス騒動の憂さも晴れ、乗船して良かったとの思いが込みあがってきた。感染対策は行ないつつも、こうして徐々に日常が戻ってくることを期待し、恒例の船内アンケートに、毎年このクルーズを催行して欲しいと書いて下船した。いやあ、久しぶりにはっちゃけた。

アスカプラザのジュークボックス
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大型スクリーンにもオールディーズの映像が
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