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2021年11月

2021年11月30日 (火)

西武鉄道 52席の至福

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特別運行「52席の至福x兎田ワイナリーwith乾杯共和国」車両

明治神宮大会も慶應は準優勝に終わって、この次に何か面白いことがないか考えていた時に、妻が「これに乗りましょ!」と提案してきたのが西武鉄道が運行している「西武 旅するレストラン 52席の至福」である。「52席の至福」は西部鉄道秩父線用の4000系4両編成電車を改造し、2016年から営業を行っている乗客定員52名のレストラン専用列車のことである。このレストラン列車は、週末や祝祭日の午前11時前に池袋または西武新宿を出発し、80キロの行程を経てゆっくり2時前に西武秩父に着くブランチコースと、当日その折り返しで秩父を17時42分に出て、池袋または西武新宿に20時過ぎに帰って来るディナーコースの2つの運用がレギュラーに設定されている。あの地味な西武鉄道がレストラン列車を運行しているというのは驚きだが、普段は人気で予約が取りづらいぐらいの盛況だと云う。


妻は以前よりこの列車に興味はあったものの、午前便に乗り朝から酒を飲み酔っぱらうと一日がもったいないし、秩父発の夕方の列車では、早くから暗くなるこの季節で外の景色が見えずに寂しいと乗車の機会を探っていたそうだ。そんな折、平日の昼前にアーリーランチコースを行い、その帰り便で午後2時16分に秩父を出発し、新宿に16時32分に到着するレイトランチコースの特別運行が実施されることをネットで知った。この列車は秩父の兎田ワイナリーとのコラボ便で、レイトランチなら午後のひと時、車窓から晩秋の奥武蔵の紅葉を楽しみつつ、地元ワインでゆっくりランチを楽しめる。と云う事でさっそく座席を検索すると、平日のためかすんなりと予約がとれた。西武鉄道より送られてきた乗車キットには西武線全線が当日乗り放題になるフリーパスが入っており、これで都内から始発の西武秩父駅までは各自で来て下さいという手筈である。


予約してあった秩父行きの特急ラビューが朝の人身事故の影響で運休になるハプニングはあったものの、当日は絶好の行楽日和で心わくわく準急と各駅停車を乗り継いで西武秩父駅に到着した。この地域のシンボルである武甲山を遠望し、秩父神社にお参りしていよいよ「52席の至福」に乗車する。ホームで発車を待つ4両編成の「52席の至福」は、かつて武蔵野を疾駆した101系の機器を流用した4000系がタネ車というあたり、いかにも堅実経営の西武鉄道らしい車両である。しかし内装・外装はかの建築家・隈 研吾氏が手掛け、乗車した4号車の天井は地元埼玉の製材による凝った作りとあって、同社は相当気合を込めて4000系を改造したことが分かる。各地の西武鉄道職員に見送られてのレイトランチは秩父地方の食材を中心にした献立で、提供される白ワインや赤ワインとのマリアージュを意識した味付けだった。廻りを見れば車内は満席で、特別運行だけあってアルコールの消費も目立っていた。普通の通勤電車の合間を縫ってのダイヤ設定のため、都内に入ると買い物や通学客で込み合う駅で急行待ちなど退避時間も長い。私鉄の駅で忙しそうなホーム人たちの視線を感じつつ、ガラス一枚隔ててゆっくりワインを傾けるのも面映ゆい心境で独特な楽しさだった。

秩父ルージュ2018マスカット・ベ ー リーA&メルロー 秩父市釜の上収穫
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イチローズモルトでマリネした武州黒毛和牛のロースト

2021年11月22日 (月)

第52回明治神宮野球大会 慶應義塾大学 対 東農大オホーツク

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慶應義塾大学が東京六大学野球秋季リーグ戦で優勝し、2年ぶりに明治神宮野球大会に出場するので、昨日はチャリに跨り神宮球場に行って来た。一昨年11月に慶應が出場したのを応援して以来「第50回 明治神宮野球大会(2019年11月18日)」の明治神宮大会である。東京六大学野球秋季リーグ戦は今季もウイルス禍で各校10試合づつのポイント制となり、しかも延長戦なしの変則的な運営のなか、4勝1敗5引き分けという「負けない」野球を展開した慶應が優勝した。「延長なし」のルールとなると、本来の大学野球の戦い方に比べ同じ野球といっても「似て非なる」もののようにも思えるが、リーグ開幕直前の東京オリンピックは無観客開催を余儀なくされたくらいだから、これも仕方のないところだろう。結果として秋のリーグ戦は引き分け試合が多くなり、負けずに粘って引き分けた試合が多かった慶應に勝利の女神は微笑んだ。また今季は開幕前に法政大学野球部で武漢ウイルスのクラスターが発生したのだが、各校が法政戦を不戦勝・不戦敗とせずリーグ戦の全日程を変え最後まですべてのカードを実施したのは、入れ替え戦のない固定校による「対『校』戦」精神の発露だと賞賛できよう「東京六大学野球秋季リーグ戦開幕(2021年9月20日)」。


昨年の51回明治神宮野球大会は中止だったので、2年ぶりとは云え慶應はこの大会へは実質的に連続出場となる。明治神宮外苑名物の銀杏並木も色づき人出も多かったが、その一画を占める神宮球場も相当な観客が入っており、早慶戦でもないのに学生野球としては珍しく第2内野席まで解放する盛況ぶりである。皆、お上のいうことを真面目に聞いて、これまで外出を控えていたのが、やっと武漢ウイルスも下火になり、安心して野球観戦に繰り出したというところか。長い間、武漢ウイルス騒ぎで学生野球の熱気も盛り上がらなかったからだろうか、振り返れば2年前の50回大会が遥か遠い過去のような気もする。見上げれば上空は今にも雨が落ちて来そうな曇天で、昭和の初めNHKの松内アナウンサーが「神宮球場、どんよりとした空、黒雲低くたれた空。カラスが一羽、二羽、三羽、四羽。戦雲いよいよ急を告げております。」と早慶戦をラジオ放送したような場内の雰囲気である。


慶應義塾の初戦の相手は、東農大北海道オホーツクと奇しくも一昨年の初戦で当たった東海大札幌と同じ北海道の代表チームであった。といっても最近の地方リーグはレベルも上がっているから、関東や関西の大学もしばしば足をすくわれることがあって油断はできない。案の定、相手の打席に立つバッターは1番から沖縄水産、熊本工業、暁星国際(千葉)と出身高校については慶應よりも全国区である。それでもドラフトでソフトバンク2位指名の主砲・正木君(4年慶應)のホームランなどで得点を重ね、投げては増居君(3年彦根東)が6回被安打1の好投、オリックス4位の渡部君(4年桐光学園)の好守もあって7対0と7回コールドで慶應が初戦を飾った。堀井監督の采配も相変わらず冴えていたので、願わくば前回と同様にこのまま優勝まで突っ走って欲しいところだ。さて明日11月23日はお隣の秩父宮ラグビー場で、毎年この日に行われる恒例の早慶ラグビーである。スポーツ観戦の度に色を増す外苑の銀杏並木を眺め、秋の深まりを感じるこの頃である。

神宮外苑の銀杏並木にも大勢の人が繰り出していた
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2021年11月17日 (水)

飛鳥Ⅱダイニング イン 岡山天満屋

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宇野港から戻った午後は、岡山市の天満屋デパートで11月3日から14日まで開催されているスぺシャルイベント”飛鳥Ⅱダイニング”である。実は10月に神戸から乗った飛鳥Ⅱ「秋の瀬戸内航行 土佐クルーズ」で瀧淳一総料理長から「今度、岡山の天満屋デパートさんでイベントを行うので是非来てくださいよ」とお誘いを受けていた。プロモーション用の社交辞令とは思うものの、その時は「おう、それはもちろん行きますよ」などと例によって安請け合いの調子よい返事をしていた。しかし下船した後は、いくら瀧さん直々のお誘いでも都内からわざわざ岡山までディナーを食べに行くのはどうしたものかと迷っていたところ、たまたまイベントの時期に玉野発の実証クルーズに乗れることになり、それならと岡山に乗り込んだのである。


天満屋といえば岡山が本社である。なんでも三越や高島屋など全国規模の百貨店や、東急、阪急など私鉄系デパートを除いた地場百貨店では、天満屋は売り上げで日本一なのだそうだ。確かに初めて訪れた天満屋本店は、都内や大阪のデパートに劣らない威容を誇る本格的な店舗であった。なにより岡山市内の多くのバス路線が天満屋バスセンターに乗り入れて、ここが地元に密着した由緒ある百貨店であることを示していた。そんなご当地のプレステージアスな商業施設の地下1階、催し物エリアに”飛鳥Ⅱダイニング”は開設されていた。ダイニング入り口にはお馴染みのアルバトロスのロゴとともにASUKA CRUISEと大きくプリントされたサインが掲げられて人目を引く。


「こんにちは」と声をかけると予約が通っていたためか「あ、○○様、いらっしゃいませ」と即座にあちこちから声をかけられた。見るとこれまで船内で顔見知りになった多くの日本人サービスクルーが出迎えてくれたのだが、船内で中核を占めるスタッフが何人もこちらにいては、肝心の飛鳥Ⅱが順調にクルーズを続けられないのでは?などと軽口を叩きたくなるような豪華陣容である。イベント会場はそこそこの入りで、漏れ聞こえる会話からは、飛鳥Ⅱの乗船経験者も訪れていることがうかがえる。さっそくビールを注文して、予約していた4500円のセットメニューに移ろうとすると瀧さんがやって来て、「ふだんの○○さんご夫妻の食べっぷりからこれでは足りないと思います。テイクアウトメニューの前菜盛り合わせも追加で出せます」と飛鳥Ⅱらしい親密な気配りをみせてくれる。


ということでその晩に出てきたのは前菜盛り合わせ、瀬戸内産白身魚のマリネと彩り野菜サラダ、メインの黒毛和牛のグリエで、いずれも瀧さんらしいメリハリの効いた攻めの味の料理。多めについでくれたグラスワインの酔いも回って岡山まで来た甲斐があったと料理を堪能したが、それでも朝からのクルーズなどで胃の中はまだ余裕がある。「目の前のポンパドウルでカレーパン買って帰るわ」と冗談を言うと、「では飛鳥Ⅱドライカレーですね」とデザートの前にカレーまで食べて、ようやく満腹になって天満屋を後にした。旅に出るとタガがはずれるが、これも旅の楽しみというものだ。武漢ウイルスの蔓延期に岡山県知事は「(都会の人は)岡山に来るな」と暴言を吐いたので、騒動が終わってもこんな県では絶対に消費すまいと固く誓っていた。しかし来てみればなかなか良い街ではないかと、駅傍のホテルまで夜風に吹かれつつブラブラと帰った。

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2021年11月16日 (火)

観光拠点再生計画 宇野港発 瀬戸内海遊覧クルーズ船 実証運航

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宇野港 旧国鉄岸壁傍ポンツーンが実証クルーズ船”マリンストーク”号乗り場


この週末は、妻と岡山県に旅行に行った。目的は「玉野市宇野港から瀬戸内海を遊覧するクルーズ船無料実証運航」を体験し、その後に岡山市の天満屋デパートで11月3日から14日まで開催されているスぺシャルイベント”飛鳥Ⅱダイニング”のコース料理を味わうことである。天気も良さそうだったので、ついでに日曜日は倉敷の美観地区を散策し、秋の山陽路をゆっくりと楽しむことにした。例によって金曜日は夕方までに仕事の目途をつけ、「大人の休日倶楽部・ジパング倶楽部」の3割引切符を利用して新幹線「ひかり」号の飛び乗り岡山に。岡山駅直結のビジネスホテルに宿泊し、土曜日は朝から宇野線で終点・宇野まで行き、港から2時間弱のプチ瀬戸内海クルーズを経験した。


この催しは、国土交通省が全国的に展開する『観光拠点再生計画』に基づき催行される実証実験のクルーズという位置付けだ。「観光拠点再生計画」とは全国の観光拠点を再生し地域全体の魅力と収益力を高める事業とのことで、要は国交省の予算によって全国各地域で観光の目玉を掘り起こそうという計画である。宇野港のある岡山県玉野市では、既存の渋川海岸と王子が岳という名勝地に加え、海上からの遊覧を追加して観光事業の活性化を目指すことを国交省に登録し、その実現のために今秋は実験クルーズを毎週数航海づつ運航することにしたらしい。当該「渋川海岸・王子が岳 魅力拡大プロジェクト」のホームぺージには、「玉野市宇野港から瀬戸内海を遊覧するクルーズ船無料実証計画を実施」し「乗降者数のデータを蓄積し今後のクルーズ船利用促進に活かす」と記載されている。


乗船したクルーズは、ふだん海上タクシーに使われる小型の旅客船を利用し、宇野港から瀬戸大橋方面まで往復2時間の瀬戸内海を航行するもので、国の予算がついているために乗船料はかからない。その代わりにこの船旅が将来の観光事業に寄与するのかを調べるために、乗客は簡単なアンケート調査に応じる必要があった。クルーズの予約はネットでの応募のみで、広く全国には知られていないようだったが、我々が乗船した土曜日の朝の航海は船の定員30人が一杯となる満船状態となっていた。乗客は自家用車で港へ来たカップルやファミリーなど地元の参加者がほとんどで、遠隔地から鉄道を利用し宇野駅から徒歩で乗船した我々のような物好きは他にはいなかったようである。


宇野港と云えば瀬戸大橋開通に伴い廃止になった国鉄の宇高連絡船に乗船して以来50年ぶりである。連絡船と鉄道を結んだ可動橋はどこだったかなどとノスタルジーに浸る間もなく、17ノットの快速で小さな旅客船は瀬戸内海へ滑り出した。進行方向左手に直島の旧三菱金属直島精錬所、右手には旧三井造船玉野工場や三井金属日比精錬所などふだん通る瀬戸内海本航路からは遠い工場群がこのクルーズでは身近に見えて興味深い。船は地元の渋川海岸や王子が岳沖を通り、県境が島の真中にあると云う大槌島や貸し切り無人島になっている竪場島(たてばじま=通称くじら島)などを次々と交わしていく。やがて鷲羽山が迫って来たかと思う間もなく、このクルーズのハイライトである瀬戸大橋のうち、斜張橋の岩黒島橋と吊り橋の下津井大橋をくぐることが出来た。飛鳥Ⅱや大型フェリーで幾度か通った瀬戸大橋も、海面近い小型船の視点で眺めると違った迫力を感じるものだ。


この間に適宜船長の案内放送があるものの、彼はふだんは海上タクシーの業務専任とあってバスガイドのように次々と流ちょうな解説があるわけではない。また肝心の近辺の地図が配布されないのも残念だった。しかし瀬戸内海といえば上代から大陸と畿内、あるいは九州と畿内を結ぶ重要な回廊であった。瀬戸内の各地には水軍と呼ばれる勢力が存在したし、下って江戸時代になると北前船の風待ちや潮待ちのための津が賑わい、明治以降は今でも見える高い工場の煙突から近代日本を作る煙がたなびいていた。日本で最も早く国立公園に指定されたように世界に誇れる多島美と歴史、産業の槌音が共生してきた地が瀬戸内海である。最近は超高級クルーズ船”ガンツウ”だけでなく、瀬戸内しまたびラインの”SEA SPICA"など、移動の手段としてではなくこの海を楽しむ新たなサービスも始まった。玉野市の前には最近芸術面でも有名になった直島もある。歴史の旅、産業の遷移を見る旅、地質学的な旅、芸術の旅、無人島の旅など様々な切り口で小回りの効く小型船によるサービスを提供し、適切なガイドを配置すれば、新たな「観光拠点再生の拠点」になるはずだと玉野への帰路、波に揺れる船内で考えた。

 

日比精錬所 普段みることのない視点で工場を眺めることができる
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2021年11月 9日 (火)

カーナビとドライバーの感覚差

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カーナビに素直に従ったら林道のような狭い道を走ることに(函南付近)

先週末は湯河原温泉に一泊で遊びに行った。宿はまだそれほど混んではいなかったが、往復の東名高速道路はけっこう交通量が多く、やっと皆が外に出掛け始めたことを示していた。せっかくここまで来たのだからと、帰りに御殿場近くにある妻の父が眠る富士霊園に寄ることにした。湯河原から富士霊園までは北西に向かい箱根連山をこえて直線距離では30キロほどで、このあたりは良くドライブに来たことがあり何ということもない快適な山道である。しかし会計を済ませフロントで「この前の道を上っていけば箱根峠に出ますよね」と念のため尋ねると「湯河原パークウェイがこの夏の崩落で通行できないので、御殿場へ行くなら熱海から回ることをお薦めします」と云う。ということで仕方なく遠回りになるが熱海経由で箱根を目指すこととした。


熱海の市街地は狭い海岸沿いと急傾斜に曲がりくねった細い道が多く、助手席の妻はこの辺りでスマホの最新ナビゲーションガイド(google)をオンにし富士霊園へのルート検索を開始した。我が愛車BMWのナビは画面が小さくて見づらいうえ、何と言っても2008年製の古いソフトのまま更新もしていないので、どうせ見るならと妻はスマホの最新版を頼りにしたいらしい。とはいうものの私はナビが嫌いでほとんど使ったことがない。これが発する「この先、右方向です」などと云う音声ガイドを聴いても、道なりにじんわり右方向へ進むのか、ごく小さい横丁を意識的にシャープに右に入っていくのか判然としないことがあり却って混乱することが多い。以前あるゴルフ場へナビのルート案内に従って運転していたらいつまでも田舎道が続き、「目的地付近に着きました」の声で周囲を見るとゴルフコースから遠いゴルフ場の従業員宿舎の前で、集合時間に遅れてしまったこともあった。


運転にはアナログの地図帳を見るのが一番だと思っているものの、この日は久しぶりに熱海のごみごみした街を抜け箱根ルートを辿るので、スマホの画面と音声に素直に従うことにした。熱海の街を抜けて箱根外輪山にとりつき3キロ弱、道路はぐんぐん高度を上げて笹尻という三叉路に差し掛かった。分岐箇所の道案内には右方向は箱根峠、左は熱函道路、三島方面とあるので当然の如く右へ進もうとすると、ここでナビは左へ行けと指示してきた。「ムッ!こっちのはずなのに」と一人唸るも、相手は最新のナビである。右へ行けば新しい崩落個所でもあるのかとまずは素直に左に行くことにする。ところが曲がってみると長いトンネルを抜け、道は箱根外輪山から函南、三島方面に向かって下るだけで、このあたりで「ン!?これは一部不通箇所の迂回などではなく、ナビの意図と私の想定が完全に噛み合っていないのでは?」と思い始める。助手席の妻はと見ると「いずれ富士霊園に着くわよ。箱根の峠道は気持ち悪くなるからこっちの方がいいわ」と涼しい顔である。


下り続けて山麓の集落まで来たら、今度は「函南駅方面へ右折してください」とかなりローカルな道を示してきた。ナビは箱根を突き切るのでなく、最寄の第2東名高速道路のICに誘導し、今春開通したばかりの新御殿場ICを目指しているのがはっきりしてきた。「オイオイ、俺はただ箱根へ北上したいだけだよ」とハンドルを握りながら焦り出すも、分岐点をとっくに過ぎて引き返すには時すでに遅しである。箱根を通ることを信じて疑わなかったから、経由地設定もしなかったのが痛い。地元のクルマがたまに通るだけのローカルの道を辿り、次にナビが「ここを左方向です」と指定したのは農家の庭先をかすめて、すれ違いも難しいような山林の中の道路であった。このナビは何としても最短距離で我々を強引に第2東名に導きたいらしいが、もしここで何かあったら他のクルマは来ないし、助けを呼ぼうにも電波が届くのか?とさえ思える寂しい急坂の山道である。


右左折を繰り返してやっとのった国道では左に海が見え、大阪方面に向かっているではないかと一瞬不安になりつつ辿り着いたのは第2東名の長泉沼津ICであった。終点の第2東名・御殿場ICから富士霊園へも、これまでの経験や勘とはまったく違うルートを示され、運転していても面食らうことばかりで、目的地に着いたらドッと疲れを感じた。もっとも到着した時間はナビの示す予定時刻通りだったし、帰宅して計測すると私の当初の予定とナビ通りに走った実際の走行距離差は、10余キロほど遠回りした程度である。予期せぬ高速料金はあったものの人出が増え出した箱根山中の渋滞を考えると、最新のスマホナビのルートはむしろ合理的な選択だったのかと改めて見直している。それにしても走り出す前に「これからルートを案内します。その中には高速やトンデモない里道もありますので驚かないで下さいね」くらいの親切な事前案内があったら良かったのにとアナログ派の私は苦笑している。

熱海~富士霊園間 カーナビが示し実際に走った経路(左)/私がイメージしていた経路(右)
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2021年11月 6日 (土)

野党共闘の失敗、日本共産党の特殊性

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衆院選も迫った先週末、交差点で信号が変わるのを待っていると、団塊の世代らしき白髪頭の女性がビラを渡そうと近寄って来た。どうもサヨク陣営の選挙応援オバさんのようなので目が合わないようにしていたら、案の定「日本共産党を宜しく」とかなり強引にビラを押し付けてくる。思わずあっちへ行けと手で遮り「共産党は大嫌いだから」と拒否すると、驚いたことに「そんなこと言わずこれ(ビラ)を読んで好きになって下さい」と彼女はしつこく食い下がってくるではないか。ようやく信号が変わったので「誰が共産党など好きになるものか」とつい大人げなく毒づいてその場をたち去ったのだが、言われたら言い返す共産党のオバさんの強さに思わずたじろいでしまった。敵もさるもの、である。


衆院選では立憲民主党が共産党と組んで選挙戦に挑んだものの、大方の予想通り比例区で大幅に議席を減らして負けた。自民党政権に飽き足らない人たちの票は維新に流れたと分析がされたが、立憲民主党の枝野代表は票欲しさのあまり共産党の特殊性を忌避する国民の気持ちにあまりにも無関心すぎた。そもそも日本共産党は「敵の出方論」を掲げていたような政党である。「敵の出方論」とは彼らにとって気に喰わない勢力次第では、暴力をもって彼らの理想の革命を成し遂げると云う何とも物騒な考えである。先般「敵の出方論」がテレビのワイドショーで問題になったことに慌てた共産党は、「用語」としてはこの表現を使わないと確認したそうだが、これは表現が記されている論文や出版物を人目に触れないようにするだけで、肝心のその路線を公式に否定したわけではないらしい。さらに政権を奪取した暁には天皇陛下や皇室の存在を認めず、日米安全保障条約や自衛隊も否定すると云うのが共産党である。斯様な政党と組んで選挙に勝利すると真面目に考えた枝野氏が選挙敗退の責任を問われるのは当然であろう。


なぜ日本共産党はこれほど特殊な政党なのだろうか。その点でいえば今週2日(火)夜、BSフジのプライムニュースに出演した同党の国対・選対委員長である穀田恵二氏が、共産党の攻撃的な体質や唯我独尊ぶりを身をもって体現しており面白かった。プライムニュースは反町キャスターのツッコミと司会裁きが巧みでよく見る番組だが、この夜は立憲・共産・維新の野党幹部を呼んでの衆選挙総括特集であった。立憲民主党の長妻氏が議席減の責任を感じるとの発言を繰り返す一方で、穀田氏は「責任の取り方はそれぞれの党の考え」として、幹部人事をふくめ負け惜しみの態度がありあり。ジャーナリストの田崎史郎氏が「そういう姿勢だから共産党はいつまでも7%の支持しかない」と指摘すると、色をなして「結果だけをみて国民の支持がないと云うのは言い過ぎ」と反省の素振りは見せないどころか、田崎氏に対して喧嘩腰でしつこく反撃する。穀田氏のふてぶてしさや開き直りとも思える態度からは、自分たちは正しいが選挙民が悪いとの共産党の本音が透けて見えるようで、テレビを眺めつつその自己無謬性を変えない姿勢に驚いた。これでは日本共産党は国民の政党にはなれないことが明らかである。


ビラ配りのおばちゃんから党の幹部まで、一貫した日本共産党のこの独善性は一体何によるのだろうか。日本共産党の歴史に興味を覚え、池上彰と佐藤優による講談社現代新書「真説 日本左翼史 戦後左派の源流1945-1960」(本年6月出版)を読んでみた。彼らがなぜこれほど教条的かといえば「人間が理性に立脚して社会を人工的に改造すれば、理想的な社会に限りなく近づけると信じている」から(同書21ページ)で、「全人民が武装すれば国家の横暴に対抗しうる」と考える人たち(22頁)、革命政党(35頁)だからだそうだ。社会の伝統であるとか経験値を軽んじ、頭でっかちな理想を常に求めるから、僅かな立場の違いを絶対視して内ゲバを起こすし、「どんなものにも良いものと悪いものがある」(105頁)と社会を2分し「共産党的弁証法」に陥って「権力者のスキャンダを暴くことはいいことだけど、共産党員のスキャンダルは党内部で処理すべきことであり、これを外部に漏らす行為は反階級的で反革命的だ」という態度になるとされる(106頁)。選挙の負けを負けと認めない穀田発言は共産党体質そのもので、この本を読んで日本共産党の歴史を知ると、やはり彼らが「特殊な政党」であることが理解できる。かつての社会党には「共産党と一度組んでしまったら軒を貸して母屋をとられる」ことを懸念する人たちがいたそうだ(99頁)。立憲民主党は先輩達に習い、母屋を取られる前にこの辺りで日本共産党と一切縁を切るのが良いのではなかろうか。

2021年11月 2日 (火)

飛鳥Ⅱ2023年世界一周クルーズ発表

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さきごろ飛鳥Ⅱを運航する郵船クルーズより「飛鳥Ⅱ2022年世界一周クルーズ」を中止し、同時に「2023年世界一周クルーズ」を催行するとの発表があった。顧みれば2020年のアスカⅡ世界一周クルーズが武漢ウイルスによって出港直前の2月にキャンセルになり、以来2021年、2022年とワールドクルーズは、販売をしては世界各地の感染拡大で中止を余儀なくされてきた。この間、飛鳥Ⅱは中止のアナウンスと同時に翌年の世界一周新スケジュールを発表し、振替に当たる事を繰り返してきたことになる。この一連の手続きにより2020年のワールドクルーズに申し込んでいた我々も二度の延期を経験し、4回目の世界一周クルーズの実現が2022年に繰り越しになっていた。もし2022年春の出港が可能となればそろそろ寄港地発のオプショナルツアーの受付が始まる頃だと思っていたが、いまだシンガポールや欧米の寄港予定地では感染が深刻な状況とあって来年も催行は無理かと半ば諦めていた矢先の発表であった。


2020年の世界一周クルーズに向けて2019年8月末までに全額払い込んでいた2人分の(早期全額支払割引)代金は、2年以上預けっ放しで郵船クルーズと旅行代理店の間を行ったり来たりしている。中止と再予約の都度、一々払い戻しを受けてまた支払い手続きをするのは面倒なためである。もしピースボートのように払い戻しは分割払いで勘弁して欲しいだとか、てるみくらぶの如き旅行代理店の倒産があれば大変なことになるが、飛鳥Ⅱの親会社である日本郵船は海運市況の高騰でいまや絶好調の決算だし、信頼している旅行代理店も国内最大手とあってこの点の心配はまず不要と云える。銀行に預けていてもほとんど金利がつかない時代ゆえの預けっ放しだが、それぞれの年ごとに日数変更などによって微妙に生じる差額料金の調整だけを都度この旅行会社としてきた。


ということで「来年もやはりダメだったか、でも次の年のを発表してくれて良かった」と気持ちを切り替え、2022年の予約と預けている代金を2023年の世界一周に振り替えることに決めた。仕事もそろそろ引退の時期と考えていたので、その点でも再来年の方がちょうど良い。なにより感染対策であらゆる面での自由が制限され、ダンスもできない船内や、寄港地での不便を考えると、世界各地を巡るクルーズも2023年の方がより楽しめるに違いない。もっともそのあと2年我慢して2025年になれば飛鳥クルーズには新造船が投入されるが、今回のウイルス禍で身に沁みて感じたのは「世の中は何が起こるか分からない、思い立ったが吉日、遊びを含めてやりたいことは出来る時にしておくべし」ということだった。新造船が就航してもすぐにワールドクルーズに投入されるかは未定だし、その折に身体的にも金銭的にも余裕があればその時点でまた考えれば良いのである。


旅行会社から届いた「飛鳥Ⅱ2023年世界一周クルーズ」のパンフレットを見ると、2023年は4月2日の横浜からアジア、ヨーロッパ、北米中米を巡るオーソドックスな西回り104日間のコースである。我々が当初予約していた2020年のコースに比べてマラッカ(マレーシア)寄港が追加、ソグネフィヨルド(ノルウエー)クルーズがなくなったこと以外は寄港地はすべて同じであり、日数も103日が104日と1日増えただけである。肝心の料金は2020年に比べて一泊当たり5千円高くなっているのは、寄港地の港費や食料などの値上がりを考えると止む無しとも思えるが、一方で中止になった2022年(107日間)と比べると、2023年は3泊ほど日程が少ないのに料金は同額でやや強気の設定とも思える。やむを得ない事情とは云え、楽しみにしていた世界一周クルーズの再三の延期を経験させられた側としては、航海日数が前年より短くなるにも拘わらず同料金なら、何かインセンティブが欲しいところだ。例えば2020年から3回振り替えを余儀なくされた乗客は、船内のアルコールフリーなどはどうだろう、などと振替申し込みに当たって都合の良い注文を付けてみたくなった。

飛鳥Ⅱ2020年世界一周クルーズ出港の日(2020年4月2日)
飛鳥Ⅱ2020年世界一周クルーズ中止(2020年2月27日)
飛鳥Ⅱ2020年世界一周クルーズ・説明会(2019年2月9日)

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