ラストエンペラー 習近平
日本ではお馴染み、米戦略国際問題研究所の上級顧問エドワード・ルトワック氏の文春新書「ラストエンペラー 習近平」(奥山真司・訳 7月20日新刊)である。2016年に出版された同新書「中国4.0 暴発する中華帝国」の続編ともいえる新著で、「中国がはまった戦略のパラドックス」とある本の帯を書店で発見して読んでみた。「中国4.0」では同国の近年の行動について2009年ごろまでの平和的な台頭時期を中国1.0、その後リーマンショックや北京オリンピックを経て対外的に強硬になる2014年までを2.0、アメリカに拒否され選択的な強硬姿勢に転じた時代を3.0と区分けしてその攻撃性を分類していた。習近平体制となったのち採られている「戦狼外交」、すなわち2.0をより深刻にした最近の全方位的強硬路線が4.0体制である。今回の「ラストエンペラー」ではいかにして習近平の4.0体制を砕き、よりマイルドで協調的な5.0を国際社会が一致して中国から引き出すかの処方箋が提示される。
ルトワック氏の著書でいつも感心するのが、我々一般人がなかなか思いつかないパラドキシカルな「戦略家」としての見立てだといえよう。例えば中国が体現する「弱者は必ず強者に従う」という考えに対して、彼は多くの歴史的な例を紹介しつつ結局のところ「大国は小国に勝てない」と断言する。また中国の覇権主義のバックグラウンド「経済力が国力である」というテーゼに対しては、「安全保障は常に経済より優先される」として凡庸な平和主義とは異なる考えを披露してくれる。軍拡に邁進する中国だが、軍事力を左右するのは兵器や艦船、航空機の数ではなく戦い方の「シナリオ」に即したハード・ソフトの整備で、「いま目の前にある技術を、戦略的に使うこと」が重要だとの説明がなされる。戦いをすれば相手は必ず何らかのリアクションを起こすもので、斬新かつパワフルな新兵器はその効果を発揮するのは難しいというのも戦略専門家ならでは分析。実際に台湾海峡有事の際に中国海軍の力を削ぐにはアメリカの攻撃型潜水艦が3隻あれば十分で、今後もこの点では米国の圧倒的な優位はゆるがないと頼もしい指摘である。
異形の指導者、いまやシナの終身皇帝になろうとする習近平の生い立ちやパーソナリティに言及しつつ、ルトワック氏はチャイナ4.0は最悪の選択であり、習近平はアメリカだけでなく世界を敵に回しているとしている。共産主義の後ろ盾がなくなる一方で、指導者が選挙で選ばれず常にその正当性について不安な立場に置かれるため、内外でおこる様々な問題に過剰に反応するのが中国の現状である。また歴史的に地域唯一の大国であったために、強者と弱者という視点しか持ちえず、戦略のロジックやパラドックスの視点がないのが中国の夜郎自大的な行動の源とのこと。では中国を4.0から5.0に導くには国際社会は何をすべきか。協調的な戦略が理解できない中国に対して、チーム力や同盟の力をもってNOを突きつけ、独裁体制の脆弱さを衝くことが必要なのだという。強者は何でも出来るという考えを覆すには、習近平に恥をかかせ彼の判断力や実行力に疑念を生じさせ、権威や政権担当能力を否定することが中国5.0への道だとルトワック氏は主張する。平和への大変な脅威でありながら、東西冷戦時代と異なり世界経済に断固とした地位と占めてしまった中国に対して世界はどう立ち向かうのか、ユニークな視点を展開する「ラストエンペラー 習近平」であった。
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