« 2021年6月 | トップページ | 2021年8月 »

2021年7月

2021年7月28日 (水)

ラストエンペラー 習近平

20210728
日本ではお馴染み、米戦略国際問題研究所の上級顧問エドワード・ルトワック氏の文春新書「ラストエンペラー 習近平」(奥山真司・訳 7月20日新刊)である。2016年に出版された同新書「中国4.0 暴発する中華帝国」の続編ともいえる新著で、「中国がはまった戦略のパラドックス」とある本の帯を書店で発見して読んでみた。「中国4.0」では同国の近年の行動について2009年ごろまでの平和的な台頭時期を中国1.0、その後リーマンショックや北京オリンピックを経て対外的に強硬になる2014年までを2.0、アメリカに拒否され選択的な強硬姿勢に転じた時代を3.0と区分けしてその攻撃性を分類していた。習近平体制となったのち採られている「戦狼外交」、すなわち2.0をより深刻にした最近の全方位的強硬路線が4.0体制である。今回の「ラストエンペラー」ではいかにして習近平の4.0体制を砕き、よりマイルドで協調的な5.0を国際社会が一致して中国から引き出すかの処方箋が提示される。


ルトワック氏の著書でいつも感心するのが、我々一般人がなかなか思いつかないパラドキシカルな「戦略家」としての見立てだといえよう。例えば中国が体現する「弱者は必ず強者に従う」という考えに対して、彼は多くの歴史的な例を紹介しつつ結局のところ「大国は小国に勝てない」と断言する。また中国の覇権主義のバックグラウンド「経済力が国力である」というテーゼに対しては、「安全保障は常に経済より優先される」として凡庸な平和主義とは異なる考えを披露してくれる。軍拡に邁進する中国だが、軍事力を左右するのは兵器や艦船、航空機の数ではなく戦い方の「シナリオ」に即したハード・ソフトの整備で、「いま目の前にある技術を、戦略的に使うこと」が重要だとの説明がなされる。戦いをすれば相手は必ず何らかのリアクションを起こすもので、斬新かつパワフルな新兵器はその効果を発揮するのは難しいというのも戦略専門家ならでは分析。実際に台湾海峡有事の際に中国海軍の力を削ぐにはアメリカの攻撃型潜水艦が3隻あれば十分で、今後もこの点では米国の圧倒的な優位はゆるがないと頼もしい指摘である。


異形の指導者、いまやシナの終身皇帝になろうとする習近平の生い立ちやパーソナリティに言及しつつ、ルトワック氏はチャイナ4.0は最悪の選択であり、習近平はアメリカだけでなく世界を敵に回しているとしている。共産主義の後ろ盾がなくなる一方で、指導者が選挙で選ばれず常にその正当性について不安な立場に置かれるため、内外でおこる様々な問題に過剰に反応するのが中国の現状である。また歴史的に地域唯一の大国であったために、強者と弱者という視点しか持ちえず、戦略のロジックやパラドックスの視点がないのが中国の夜郎自大的な行動の源とのこと。では中国を4.0から5.0に導くには国際社会は何をすべきか。協調的な戦略が理解できない中国に対して、チーム力や同盟の力をもってNOを突きつけ、独裁体制の脆弱さを衝くことが必要なのだという。強者は何でも出来るという考えを覆すには、習近平に恥をかかせ彼の判断力や実行力に疑念を生じさせ、権威や政権担当能力を否定することが中国5.0への道だとルトワック氏は主張する。平和への大変な脅威でありながら、東西冷戦時代と異なり世界経済に断固とした地位と占めてしまった中国に対して世界はどう立ち向かうのか、ユニークな視点を展開する「ラストエンペラー 習近平」であった。

 

2021年7月25日 (日)

京都鉄道博物館

20210725

夜9時過ぎ、東京九州フェリー”それいゆ”を新門司港で下船すると、徒歩乗船客のためにJR門司駅経由でJR小倉駅までの無料連絡バスがあった。この夜は小倉駅のJR九州ステーションホテル小倉に一泊、翌日「大人の休日倶楽部」を利用して、新幹線で帰京することにした。とはいっても真っすぐにトンボ帰りは芸がないので、途中下車して京都で寺社見物でもするかと考えたが、妻がそれは次回ゆっくり行くとして今回是非行きたい所がある、ということで梅小路にある京都鉄道博物館を訪れた。確かにここなら京都駅に近く九州からの道中に立ち寄るには手ごろな場所だと云える。これまで神田須田町にあった旧交通博物館や大阪弁天町の旧大阪交通科学博物館はじめ、大宮の鉄道博物館や名古屋のリニア・鉄道博物館を訪れ、海外でも米・ボルチモア鉄道博物館などに行ったとおり、時間が許せば各地の鉄道博物館を訪問しようと心掛けてきたが、聖地ともいえる梅小路は確かに鉄道ファンとして一度は経験してみたい場所だ。


京都鉄道博物館は、2014年に閉館した大阪弁天町の交通科学博物館と2015年に閉館した梅小路蒸気機関車館が合体して出来た施設である。新大阪方面に向かって東海道新幹線下り列車で京都駅を発車すると、ほどなく進行右手に灰色の扇形機関庫が見えてくるが、これが旧梅小路機関区である。この機関区にはかつて東海道本線の特急「つばめ」や「はと」などの優等列車を牽引したC62はじめ多くのSLが所属し、最後は昭和46年まで山陰本線を走ったC57などがいた名門の機関区であった。SLの運用なき後、1972年にSLの動態保存を目的に機関区は梅小路蒸気機関車館となったが、ここに交通科学博物館の展示物などを加え、2016年新たに京都鉄道博物館として開業した。この京都鉄道博物館には蒸気機関車から東海道山陽新幹線500型まで53両の鉄道車両や数々の展示物がおかれており、なかでも20両に及ぶSLの動態保存が博物館の目玉になっている。現役の東海道本線(JR京都線)や山陰本線(JR嵯峨野線)の列車が目の前を走るのもいかにも鉄道博物館らしい好立地といえよう。


館内の展示物については、大宮の鉄道博物館で感じた事とあまり変わらずツッコミ不足と思える。例えばEF66電気機関車の実車展示があり、その横にある案内版には「EF66は従来の吊駆式でなく中空可とう駆動方式を採用」だとか「台車は揺れ枕つりを介して車体を結んでいましたが、EF66では空気ばねの横たわみを利用する構造を採用」などとマニアックな説明がされている。その台車の構造を見学できる通路もEF66本体下部に作られているのだが、眼前の実車を前に台車のどこが「中空可とう駆動方式」や「空気ばねの横たわみを利用する構造」なのか具体的に表示されておらず、せっかくの解説が生かされていない。また貨物列車のさまざまな運用を分類するパンチカードは旧大阪交通科学館からの持ち込みで実際に見学者が扱えるのだが、肝心のカードは誰かが持ち去ったのかなくなっており使い物にならない。そのほか入換信号と進路表示器は展示が逆で、内容のわかる係員がいないかと探してみたが、博物館でよくある様に「学芸員」が見当たらない。これまでの「鉄道博物館」で記したように、大人の鉄道マニアが”目からうろこ”とばかり楽しむには、より専門的な展示や資料がやや少なすぎる感がした。


とまあディスってはみたものの、京都鉄道博物館の展示は子供たちやオタクでないフツーの鉄道ファンの知的好奇心を掻き立てるにはとても良く出来ていると思う。館内には一世を風靡した数々の名車両が展示されているほか、シュミレーターを使った実体験コーナー、大きな鉄道ジオラマなど工夫をこらした様々なディスプレイが設置され、日曜日で父母に連れられた子供たちの人気を博していた。屋内の展示ゾーンを抜けて大きな扇形機関庫の前に出ると、そこにあるのは転車台を挟んで多くの蒸気機関車の雄姿であった。なかでも線路上にたたずむ何台かの機関車には石炭が実際に積みこまれ、車軸の下に油受けが置かれて、これら機関車たちが「生きている」ことを感じ取ることができる。公園などに朽ちて置かれたかつての名機関車を見ると何とも寂しいが、ここ梅小路ではどの機関車もよく整備されて余生を楽しんでいるかのようだ。傍らで子供たちが蒸気機関車に歓声をあげているのを見るとなぜかこちらまで気分がなごみ、多くの家族連れで賑わうC56が牽引するトロッコ列車SLスチーム号に300円を払って乗り込んでしまった。

これまでアップした鉄道博物館のブログ
鉄道博物館(2010年11月3日)
名古屋リニア・鉄道館 車掌シュミレーション(2015年3月10日)
ボルチモア鉄道博物館とマクヘンリー砦(2018年6月11日)


阪急2000系に使われた私の好きな住友金属製ミンデンドイツ台車FS345の展示
20210725_20210725230401

2021年7月20日 (火)

東京九州フェリー”それいゆ”乗船記(2)/(2)

20210720
左舷 大分県の関崎、右舷 愛媛県の佐田岬


横須賀‐新門司間に乗船して気が付いたことを記すことにする。

  1. クルーの対応
    船内の案内所やレストランのサービス係に何かを質問をしたら、決してお座なりな答えではなく、聞きたいポイントを笑顔で丁寧に教えてくれたのは大変好感が持てた。レストランはタブレットを使用して注文する方式だが、こちらが手間取っているとそれを察した係員がさっと近付いてにこやかに手順を教えてくれる。昼食はデッキでIHコンロを使ったBBQを楽しんだが、ここでもメニューの料理の量やドリンクの種類・値段を分かり易く提示してくれた。この笑顔は一部のクルーだけでなく船内で出会ったクルーすべてで、会社の教育やサービス方針が徹底していることを感じた。船長の挨拶も必要な航海情報を過不足なく知らせてくれ、きわめて適切で有用なものだった。
  2. 乗客の織り成す雰囲気
    夏休みの前だったため、クルマでの乗船者と徒歩での乗船を合わせても船客は100名程度だったようで、船内はのんびりした雰囲気だった。乗船者は若者や働き盛り年代の男性が多く、新造船で営業が始まったばかりのためか乗り物マニア、船オタクらしき人たちも散見された。たまたまなのかもしれないが、通路ですれ違う際にちょっとよけてくれたり、エレベーターのドアを我々のためにホールドしてもらう、あるいは写真のシャッターを切りましょうかと申し出てくれる場面などを幾つか経験し、国内旅行では珍しく気持ちの良い距離感だった。
  3. 客室
    ”それいゆ”ではプライベートテラス(ベランダ)やごく小さなバスタブがあるデラックスルーム(24平米、うちテラス6.8平米)は僅か2室で、18あるステートルーム(18平米)はテラスがなくシャワーのみである。扉でセパレートされているツーリストSクラスが62ベッド、蚕棚形式ながらプライバシーに配慮されたツーリストAは96人分が用意される。系列の新日本海フェリーはゴージャス志向で、スイートルームや16~24室あるデラックスルーム(除く和室)にテラスがあるのに対してシンプルな造りといえる。また新日本海フェリーでは上級キャビン向けにレストランの他に専用グリルが設置されているがこちらにはそれがない。本船は夜行で瀬戸内を走る傍系の阪九フェリー並みの仕様といえるが、東京九州フェリーは一昼夜近く航走するのだから、船旅の楽しさを掻き立てるような豪華な設備がもっとあっても良いのではないか。本船の設計に際して横須賀‐新門司間の客層をどう想定していたのだろうか知りたい気がする。
  4. デッキプランと船内アコモデーション
    露店風呂付き大浴場、フォワードサロン、アミューズメントルーム(カラオケ)、スポーツルーム、ドッグフィールドなど最新のフェリーとしての施設は完備している。ただ本船名”それいゆ(ひまわり=北九州市の花)”をイメージしているのかもしれないが、木目調の壁板やみどり色・黄色を多用したカーペット・扉などはカジュアル過ぎる感じがするし、全体的に各所の照明は明る過ぎで、エレベーター廻りを彩る照明はまるでゲームセンターのようである。総じて日本のフェリー全般に云えるのだが、船内はもう少し暗く、アコモデーションはよりダークでシックなものにして欲しいところだ。また乗客に開放されているデッキは主に6階だが、せっかく船尾方向に広いオープンスペースがあるのだから5階か4階のデッキにウォーキングトラックなどを設けて欲しいと思った。
  5. うねりの影響
    今回の航海では波高は約2.5米ほどだったが、船尾から船首方向に向かって太平洋の彼方から押し寄せる大きなうねりが見られた。スマホに組み込んだクリノメーター(傾斜計)では、ローリング・ピッチングとも2度ほどであったが、低気圧に接近すれば、船体が細く高速で走るフェリーが揺れやすいのは確かだろう。本船には揺れ防止のフィンスタビライザーが装備されているものの、スケジュールに従い定時運行が重視されるフェリーは、多少の時化でも速度を落とさずに針路を保持するために酔い易い。しかしこの揺れも船旅の一部と心得て楽しめば、21時間余りの船旅もさして苦にならないというものだ。首都圏から北九州に旅するのに飛行機、新幹線のほかにこれからは直行フェリーという手段が加わり選択肢が一つ増えることはとても嬉しい。潮岬、足摺岬、関崎など名だたる岬の景色も堪能出来るこの航路の繁栄を期待したい。


20210720_20210720161201
明るい色調を使い過ぎて安っぽいと感じた船内

2021年7月19日 (月)

東京九州フェリー”それいゆ”乗船記(1)/(2)

20210719_20210719122001
姉妹船”はまゆう”と潮岬沖ですれ違い

20210719
横須賀港ターミナル内の船客待合室。新しく気持ちよい

この週末は7月1日に航路が開設されたばかりの東京九州フェリー横須賀・新門司航路に乗船して来た。帰りは新幹線のトンボ帰りなので、クルマではなく徒歩での旅である。この1年以上”飛鳥Ⅱ”や”にっぽん丸”のクルーズを幾度も申し込んできたが、多くの航海が武漢ウイルス騒動によってキャンセルとなりフラストレーションは溜まる一方。この辺りで潮気の補充が是非したくなってのフェリーだ。首都圏から九州方面に向かう長距離フェリーは、かつては川崎‐宮崎間や久里浜‐大分間にサービスがあったが10年以上前に廃止されている。残ったのは徳島港経由のオーシャン東九フェリーだけだが、こちらはカジュアルクルーズと銘打たれサービスは簡素、特に船内にレストランがなく、冷凍食品を自分で温めて食べるなどおよそ船旅を楽しむという感がしない。いま潮気充填の船旅を楽しむならこれしかない、どうせ乗るなら船も新しいうちにということで新造船”それいゆ”に乗船することにした。


東京九州フェリーの横須賀ターミナルは、最寄の京浜急行・横須賀中央駅から約1キロほどで、ゆっくり歩いても15分の場所にあった。品川駅から横須賀中央駅までは頻繁に運転される京急の快特で50分である。出港1時間前までに乗船手続きをする必要があるものの、出港は23時45分と遅いため、都心や横浜の繁華街でゆっくり食事をしてもゆったりと乗れるのがとても便利だ。もっとも横須賀中央駅に降り立つと周囲には乗り場の案内らしきものはなく、スマホの地図を片手に港の方向に夜道をまっすぐに歩くことになる。ほどなく寂しい夜の海岸通りに出るが、目の前には横須賀警察署や市の救急医療センターがあり、この辺りからフェリーの大きなフェンネルが遠望できる。とかく港の周辺は夜間は寂しいものだが、ここでは駅からフェリーまで特段怖いということもなかった。ただせっかく鳴り物入りで航路を開設したのだから、横須賀中央駅や途中の街路には徒歩乗船者への案内表示を設けてもらいたいところだ。


乗船手続きを行い出港まで待つターミナルは、簡素ながら新しくモダンなつくりであった。しかし照明に煌々と照らされて目の前に広がるエプロンには乗船を待つ自家用車が数十台、トラックのシャシーも数えるほどで、サービスの周知や運送業者への営業はこれからという印象を受ける。東京九州フェリーがこの岸壁を新しく借り受けて使用するのに際し、直前まで既得権益を主張する既存の港運業者とごたごたがあったそうだが、そのような紛議のあとはまったく見られない整った施設と整備されたターミナル構内であった。ターミナルの船客待合室でビール片手に待つことしばし、ほどなくボーディングゲートがオープンし、何もかもがが新しい施設の中を新しい船内へと案内された。船内中央部に開いた乗船口を通って一歩船内に踏み入れると、煌々とした照明に照らされた廊下(パッセージ)が船主方向に向かって伸び、いよいよこれから新造船の旅が始まると期待に胸が膨らむ。本船”それいゆ”はここから新門司まで約1000キロ(540マイル)を21時間余、実に平均スピード26ノット程で航走する。


”それいゆ”は三菱重工長崎造船所で姉妹船”はまゆう”と共につくられた新鋭船である。総トン数は15515トン、全長222.5米・幅25米で、何といっても親会社である新日本海フェリーグループの他航路の船と同じく時速28ノット(時速約50キロ)以上で航海できる高速船になっているのが特徴と云える。省エネに効果があるとされる垂直船首を採用し、揺れを軽減するフィン・スタビライザーやそれぞれ2基のスラスターを船首・船尾に装備、高速を活かして”はまゆう”と両船で横須賀・新門司間をデイリーサービスする。私たちは今回も奮発して本船に2部屋しかないデラックスルームに乗ったのだが、ベランダがついているのはデラックスルームのみであり、グループ僚船にある上級キャビン向けの専用グリルも本船にはない。従来のフェリーの特徴であるザコ寝部屋こそ廃止されたものの、船客向けの設備が総じてシンプルに配置されているのは、日本海や瀬戸内で事業展開する同グループ初の太平洋航路進出とあって、さまざまな試行錯誤を行うその表れであるように感じたのだった。(続く)

ボーディングブリッジとその後ろのエプロン。まだ利用車両は少なかった
20210719_20210719121001

2021年7月16日 (金)

オリンピックに観客を入れよ

米国デンバー、"MILE HIGH STADIUM" COORS FILED("標高1600米" クアーズ・フィールド)で行われた2021MLBオールスターゲームでは大谷選手の溌剌としたプレイを実況中継で楽しませてもらった。COORS FIELEDには1995年、まだ出来立て新装の頃コロラド・ロッキーズのゲームを観戦に行ったことがあったが、場内で売っているビールが当然のことながらCOORSばかりで、新鮮なビールにすっかり酔っぱらってしまったことを思い出した。それにしても画面に映る場内満員の観客席にはマスク姿が見られず、すっかり日常が戻ってきたことがわかるが、そのアメリカは7月半ば現在で一日あたり武漢ウイルス感染者が約25,000人、死者が約300人も出ており、日本の感染者約3,400人、死者20人(7月14日)に比べ人口差を(米国は日本の2.5倍)を考慮しても、まだ圧倒的に事態が収束していない状況だ。やはり一日約30,000人感染者が出る英国が行動制限を解除し普通の生活に戻すことを決める中、我が国は「さざ波」程度の感染にもかかわらず早々と「オリンピック無観客」を決めてしまい、世界の笑い者になるようで何とも恥ずかしい。いまプロ野球もサッカーも相撲も観客を入れて開催されているのに、なぜオリンピックは無観客なのか首をひねるばかりだ。


東京都に度々出される緊急事態宣言は、そもそもは医療の崩壊を防ぐことが目的だったはずだ。ところが今や都内の多くの感染者(というより他国より厳しい基準(Ct値)で行われる検査の結果、陽性・擬陽性であることが判明した者にすぎない)は働き盛りの50歳台以下であり、これらは無症状か軽い症状の人たちが多く、重症者数は60人前後で推移し、東京の医療はまったく逼迫していない状況だ。いつの間にか単に感染者の数だけを減らすことが緊急事態宣言の発令基準にすり替えられてしまったようだが、そうだとしても昨日は1,400万人都民のうちの1,300人が陽性者と発表されており、その率はわずか0.01%、10,000人に1人である。毎日毎日コロナのニュースばかりだが、心配するならもっと他のことがあるでしょうと言いたくもなる。「Go toはけしからん」「県を超えた移動は自粛」で観光や運輸業が壊滅的な打撃を受け、「酒の提供は禁止」「8時で営業終了」で多くの飲食店が経営の危機に陥いっているのが現状とあって、緊急事態は医療体制ではなく、生きる術を奪われている旅行・観光業者や飲食店の方だと云える。


緊急事態宣言下で飲食店に酒類を卸す業者に対して金融機関からの締め付けを求めたり、国税庁からのお願いを出した西村経産大臣などの行動は狂気の沙汰で、法律に基づかない要請などを易々と発令するこの人のアタマこそ「コロナ脳」に100%汚染されているようだ。傍から見ていても、政府は煽るメディアなどに影響されずにもう少し冷静になって数字を見ろ、ゼロコロナなどはありえないと言いたい。菅首相も観客を入れてオリンピックを開催する方針を断固として貫いてほしかったが、野党や分科会の意見に右往左往し、横から小池都知事や二階幹事長に足をすくわれて無観客の決定としてしまった。結局のところ彼は「非常時」のトップの器ではなかったことを露呈したようで、安倍さんが退いたツケはやはり大きかった。後年この武漢ウイルス騒動が収束した暁には、今回人々がとった行動や政策方針の決定過程が、日本人の特異な国民性を計る良い資料になるだろうと思いつつ、武漢ウイルスドタバタ劇をあきれながら眺めている。大東亜戦争に入る時、戦争を煽る朝日新聞などのメディアと、周囲が見えなかった国民世論の動きも今回と似たようなものだったろうと想像に難くない。満員のMLBボールパークからの中継を見ながら、マスクもしないアメリカはいいなぁと羨ましく思う日々である。

2021年7月12日 (月)

大谷選手と「エンジェルス」 ANGELS IN THE OUTFIELD

20210711-angels2

テレビは武漢ウイルスを煽り、コロナ脳ばかりを刺激する馬鹿げた番組ばかりだが、その中でMLBロサンジェルス・エンジェルスの大谷選手の活躍を見るのは楽しみだ。オールスターゲームを前に打っては33本のホームラン、投げては先発登板で4勝とその2刀流はとどまることを知らない。なにより野球少年がそのまま大きくなったようにのびのびとプレーする姿が溌剌としており見ていて気持ち良い。彼はいまベースボールをやっていて毎日が楽しくて仕方ないのだろう。毎朝のNHK-BS放送でMLB中継が始まるとルーティーンのテレワーク事務を後回しにして、妻と二人で赤いユニフォームの大谷君をウォッチする日々となった。画面から流れるアナハイムのエンジェルススタジアムは、大半の観客がマスクをせずに観戦をしていて羨ましい限りだ。プロ野球もJリーグも大相撲も観客を入れているのに、オリンピックは無観客だというまったく訳の分からないわが国とは大違いである。


現地から中継される映像を眺めていると、エンジェルスのピンチやチャンスの場面で一部のファンが座席から立ち上がって両腕を羽ばたくように揺らしている時がある。そうだ、これは1994年公開のディズニー映画「エンジェルス」を機にこのスタジアムで見られるようになった風景だと思い出して、家にあった「エンジェルス」("ANGELS IN THE OUTFIELD")のDVDを書棚から取り出し久しぶりに鑑賞した。この作品はピッツバーグ・パイレーツを舞台にした1951年の映画"ANGELS IN THE OUTFIELD"をディズニーがリメイクしたもので、設定をディズニーに縁が深いロサンジェルス・エンジェルスに変更し「信じれば夢はいつか叶う」をテーマにした同社らしいファミリー向けの夢物語である。テーマ曲や作品のバックに流れるランディ・エデルマンの音楽も明るく雄大で、きっとどこかで耳にした人もあるだろう。


DVDの解説にはこうある。「今シーズン、カリフォルニア・エンジェルスはリーグ最下位のドン底状態。母親と死別し父親とも離れて暮すロジャーは、父親が別れ際に気休めに言った”エンジェルスが優勝したら一緒に暮らせる”を信じ、夜空の星に祈った。数日後、エンジェルスの試合を観戦していたロジャーは、不思議な光景を目にする。突然、空から天使が現れ、絶対絶命のエンジェルスの守備を助けたのだ。驚く彼の前にアルと名乗る天使が登場し、こう言った。”私たちの姿は君にだけ見える。君が祈ったから来たんだ”と…」。果たして天使たちの助けを得たエンジェルスは優勝することができるのか、優勝したら一緒に暮らせると言った父親の言葉を信じるロジャーの願いは叶うのか、ストーリーはシンプルだがユーモアあり、アメリカの抱える問題を映す場面あり、思わずほろりとする場面もあり、気軽に楽しいひと時が過ごせる映画であった。このような夢の舞台で思う存分力を発揮できる大谷選手は何と幸せなことか、彼の益々の活躍を祈りたい。


大谷選手の中継放送を見ていると映画で演じられたように手を振るエンジェルスの応援風景が見られる
20210711-angels-1

2021年7月 8日 (木)

半日鉄道プチ旅行 久喜行き

20210708_0231
東武スカイツリーラインは北越谷まで複々線・日比谷線から直通してきた各駅停車を抜く急行前面展望

テレワークが良いのは監視する者がいないことで、その日に大した用事がなければ外出して遊んでいても誰にもわからない。これまでもあまり自粛要請には従っていないものの蔓延防止とかの生活にも飽きてきたので、先日はテレワークの合間を縫い「鉄分」補給の半日プチ旅行に行って来た。今回は都内から東武スカイツリーライン、伊勢崎線経由で埼玉県の久喜駅まで行き、帰りはJR東北本線(湘南新宿ライン)で帰ってくるという往復100キロの行程にした。都内で東急田園都市線や地下鉄半蔵門線に乗ると、南栗橋行きや久喜行きの電車がよくやって来るが、東京の城南地区で育ち川崎市で永らく暮らした私には東武線沿線の地域にまったく馴染みがない。かねてよりこれらの電車の終点に行ってみたいという願望があり、それを実現せんと半日の息抜きをしたのである。これまでも東武の日光行きのデラックスロマンスカーには何度か乗ったことがあるものの、特急のリクライニングシートに座ると直ちに同行者と缶ビールを”プッシュー”が常だから、今回は純粋にかぶりつきで乗り鉄を楽しみたいと考えた。


ということで北千住駅で久喜行きの急行を待つと、地下鉄半蔵門線経由で入線する車両は、相互乗り入れ先からやって来た東急の5000形である。せっかく東武線の旅を楽しもうと思っていたが、ここで東急の車両とはテツとしてはちょっと場違いな気がしないでもない。最近の東武車両は運転席の真後ろが仕切り版となっておりガラスの窓がないが、せっかく全面ガラス窓で眺望の良い東急車両に乗車したのに、例によって運転手側のブラインドが下がり視界が一部遮られていた。組合闘争が盛んだった60年代、東武線でブラインドの向こうの運転士が停車駅で漫画本を読んでいたのをホームから目撃したことがあるが、今でも東武は組合の力が強くこういうことになっているらしい。JRもその他の私鉄も昼間やトンネル外はみな前面全開なのに、真昼間からブラインドを下げるという悪習はもうやめたらどうかと思う。案の定、右側のガラス越しにキャブをのぞけば、信号喚呼の声は聞こえず、信号確認を指差す手も「ただ、やってます」感のちょっと緩慢な風に見えた。


それはさておき、さすが北千住から埼玉県に伸びる東武のトランクライン(幹線)は施設的に立派である。北千住から北越谷までの20キロほどが複々線になっており、私が乗車した平日の昼には久喜や南栗橋行きの急行が急行専用線を、北千住から乗り入れる地下鉄・日比谷線各駅停車が緩行線を使用し、緩急接続(急行と各駅停車間の乗り換え)が効率良くできるような設備が整いダイヤが組まれているようだ。そのほかに場所的に余裕のある駅では急行線の外側に特急通過線も敷かれており、さすが有料特急を多数運転し、近鉄に次いで民鉄第2位、関東NO.1の路線網を誇る東武鉄道だけのことはある。住宅やビルの密集した地域の複々線では各駅停車の列車と並走したかと思う間もなく、窓外は次第に郊外の景色と変わり、ほどなく一直線に線路が伸びる沿線に田園風景が広がっていく。こうして車窓を楽しみつつ、都内から一時間弱でJR線接続の久喜駅に着いた。


東京近郊のどこにでもあるような久喜の駅前をぶらりと冷やかし、帰りはJR湘南・新宿ライン逗子行きのE231系電車のかぶりつきに乗車。こちらは前面展望もよくJRの若い運転士は指差し喚呼を確実に履行し、その際にキャブのモニター画面に異常がないかも確認しているのが気持良い。今回初めて湘南新宿ラインに乗ったが、列車は大宮から貨物線に入り、王子を過ぎて上中里の先から、中里トンネルで大きくUターンして山手貨物線に乗り入れるのを体験することができた。大宮から都内まで前面に次々と展開する幾多の線路群を眺め、進路が開通している方向(すなわち青信号が点灯している線路)はどこなのか、それはどの線に通じるのかなどを観察するのはちょっとした迷路探しのようだ。今はセンターでこれらポイントや信号を制御しているのだろうが、当たり前の日常とはいえ、時間通りに間違いなくポイントや信号が切り替わり、列車が確実に設定された目的地に向かう陰には多大な先人の努力と技術の積み重ねがある。鉄道のシステムはなんと精緻なものかその凄さを再認識しつつ、平日の午後に5時間、経費は2000円弱で近郊鉄道の乗車を堪能した。

湘南新宿ラインのE231系キャブ
20210708jr231

2021年7月 5日 (月)

都議選が終わって思う事

20210705
最も予想が当たっていたような都議選・読売新聞電話調査結果(6月28日朝刊)

先回アップした都議選の電話調査は、その後ウイークディも含め計7回もかかってきた。もっとも録音テープで質問する相手はどの報道機関なのかは分からない。調査結果はと見ると、読売新聞の電話調査は都民ファーストが粘っており自民党との差が縮んでいるとされていたが、その他の多くのネットニュースに掲載された他の新聞社や通信社の予想は自民・公明の圧勝ということで、ずいぶん報道機関によって違うものだと感じていた。きっとそれぞれの会社に思惑があるか、何かたくらみでもあるのだろうかとも思っていたが、選挙が済んで蓋をあけてみると自民は都議会第一党に返り咲いたものの大きく進展せず、僅差で都民ファーストが第2党となり、読売がほぼ正しかったということになった。それにしてもこんなに多数の電話調査を受けるのは初めてで、これは固定電話を自宅に引いている家庭がよほど少なくなった証に違いなく、各社の予想のブレをみると「固定電話調査」サンプリングの信頼性に疑問を抱くのである。


昨日は雨をついての都議選投票であった。今朝の結果を見て驚くのは全127議席のうち共産党が19議席を占めたことで(選挙前18議席)、天皇陛下や自衛隊、日米安全保障条約を認めないと主張する人々がこんなに都内で票を集めるのかと改めて慨嘆にたえない。我が新宿区でもトップ当選が共産党の大山とも子氏なのだが、彼女の選挙公報を見ると案の定「オリンピックは中止しコロナ対策に全力を」と大書きされている。しかしIOCと東京都が結んだ「開催都市契約」によると、オリンピックを中止するか否かの決定権はIOCにあることが明白であるうえ、都議選公示の時点で引き返すことは完全に無理なことを承知でこの候補者はポジショントークをしているに過ぎない。「さざなみ」程度のわが国の武漢ウイルス感染でIOCが東京大会の中止や再延期をするはずもなく、大山氏のスローガンはただただオリンピックを政局に利用しただけであるのがミエミエといえよう。お気楽なものだ。


皇居前など都内の名所では、オリンピック関係者とみられる外国人若者グループが観光に訪れる光景を見られるようになった。開催に向けて後戻りできない現在となっては「開催する以上は良い大会となるようにオールジャパンで万全を期す」というのが、ホスト国・ホスト都市の責務であろう。しかし安倍元首相が雑誌で(共産党や朝日新聞など)「歴史認識などで一部から反日的ではないかと批判されている人たちが、今回の開催に強く反対している」と述べた通り、もう開催が決まっている大会を党利党略や自分のポジショントークに利用したい人々が少なからず存在する。共産党のみならず、東京オリンピックのスポンサーでありながら、社説で「夏の東京五輪中止の決断を首相に求める」朝日新聞などは笑止の存在で、彼らは大会が成功に終わればしれっと後援者として大きな顔をし、万一感染が拡大すれば「それ見たことか、わが社の警告とおり」としたり顔をするのだろう。都議選が終わった後、これら反日的と批判される人々に影響されず大会が無事開催されることを望みたい。

« 2021年6月 | トップページ | 2021年8月 »

フォト
2021年9月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30    
サイト内検索
ココログ最強検索 by 暴想
無料ブログはココログ