« 第70回 大学野球選手権 慶應が34年ぶりに優勝 | トップページ | 飛鳥Ⅱ 新スケジュール 8月1日▶10月5日 »

2021年6月20日 (日)

なんとかせい!明大島岡御大の置き手紙 (丸山 清光著)

20210620

明治大學を卒業した知人に薦められて丸山清光著「なんとかせい!」(副題「島岡御大の置き手紙」)(文藝春秋社刊)を購読した。応援団出身で野球部の経験がない明治大学野球部の名物監督、島岡吉郎氏(1989年77歳で死去)が、ピンチやチャンスの際に選手に飛ばした檄、「なんとかせい」をテーマに、御大と呼ばれた島岡氏の人となりを描いたB6版350ページの大著である。著者の丸山清光氏は長野県上田高校出身の明治大学の主戦投手で、昭和50年度の野球部主将であり、そのアンダースローのピッチングに当時戦力が低迷していた母校・慶應義塾が東京六大学野球リーグ戦できりきり舞いさせられた記憶が私には残っている。マウンド上の丸山氏は当時の野球部には珍しいインテリ風の眼鏡顔だったが、案の定卒業後は朝日新聞に入社し、販売などに力を尽くしたことも本書に記されている。


このブログでも何度か取り上げたように、昭和27年から37年間の長きにわたり明治大学野球部の監督や総監督を務めた島岡吉郎氏は、他校ながら私にもさまざま強烈な思い出を残してくれた。豆タンクのような体で晩年はなぜか大きな白いマスクをつけて神宮球場に現れ、試合中の判定で一旦もめごとが起きるとベンチから飛び出し血相を変えて審判に抗議する島岡監督の姿はまことに印象的だった。本書でもグランドには神様が宿ると選手に説き、時として鉄拳制裁ありの熱血漢だったことが綴られているが、中でもびっくりしたのは日米大学野球の際の逸話であった。日本チームの総監督だった島岡氏が、法政のエース江川が米国で練習に遅刻したことに対しビンタを見舞ったもので、異国の地で他校の選手にビンタをふるうとは「4年間で最も驚いたことだった。なき御大にかわり江川に詫びたい」と丸山氏は述べている。


とは云うものの私の知る数人の明治大学野球部の出身者で、島岡監督の悪口を云うものはいない。先日も東京六大学野球のネット中継で明治出身でプロでも活躍した解説の広澤克実氏が、御大にまつわるさざまなエピソードを面白おかしく語っていたが、その言葉には御大を慕う気持ちが滲み出て、明大野球部を出たものはみな同じなのだと認識をあらたにした。なぜ彼らが同じように御大を慕うのかは、島岡監督が人と人との縁を大事にし、なにより情熱を持って全身全霊で若い選手に接する「人として底知れない器量」があった事だと丸山氏は力説する。この本でも紹介されたように、控えの部員の就職にも奔走する島岡氏の姿が卒業後も人を寄せ付けた所以であろう。昭和は遠くなりにけりで島岡スタイルの指導をいま実行するのは難しいが、御大の様々な面を知るにつけ、部外者の私にも卒業生の御大に対する気持の一旦が理解できる。本書は御大にまつわる思い出の他に六大学野球やアマチュア野球への言及も多く、当時の各校選手の懐かしい名前や写真を見るうちに、毎季変わらず神宮球場に学生野球を見に行った若き日々を思い出してしまった。

« 第70回 大学野球選手権 慶應が34年ぶりに優勝 | トップページ | 飛鳥Ⅱ 新スケジュール 8月1日▶10月5日 »

書籍・雑誌」カテゴリの記事

コメント

バルクキャリアーさま
この本を最初手にした時「ずいぶん分厚いな、御大と呼ばれる島岡吉郎監督の人となり、エピソードが沢山詰まっているのだろう」と思いました。読み進めると確かにその様な内容も満載ですが、それだけではない筆者の情熱(passion)を感じるのでした。

筆者は明治大学野球部という「人間修養場」で指導者である島岡御大から「人間力」を叩き込まれそれが社会人になってから真に役立ったと述べています。それ故に筆者の大学卒業後の社会人(企業人)としての生き様に興味を持ちました。

それは、p288からの新聞応援歌「新聞もなんとかせい!」に記されていました。自分を社会人として育ててくれ今は地盤沈下が著しい新聞界に「このままじゃ駄目だ、何とかせい」と檄を飛ばす様、高校球児の金属バット使用に警笛を鳴らし「深い野球愛」を語る様、もっと良い世の中になれるはずだと熱く世相に訴える様等に筆者の情熱を感じたのです。

筆者は昭和28年生まれで私より一回り(12歳)年長ですが、この年代は企業の第一線を引退してシュンとしている人も多いのではないでしょうか。それとは逆に気力を奮い病室にで原稿用紙100枚超を一気に書き上げ三百数十ページもの著書を世に発信するとは大したものだと思います。

M・Yさま

コメントありがとうございます。

丸山氏は島岡御大への感謝の念と共に、六大学野球だけでなく社会人野球などのアマチュア野球、新聞社、そして彼が過ごした北海道などについて愛情と情熱をもって筆をすすめたことが良くわかりました。

自分が経験しその中で成長してきたことを前向きにとらえ、次代や後輩に託したい彼の「情熱」を私も本書から感じました。

最近のネットニュースには霞が関の元官僚でトップクラスになるほどの出世をしておきながら、政府が悪い、役人が悪いと自分が育ち永年鍛えられた旧職場を悪しざまにいうだけの人たちがいて不愉快になりますが、筆者はそういう恥知らず達とは正反対の人であるのでしょう。

建設的批判は良いのですが、自分が過ごし育った環境に感謝し、常に後輩を引っ張っていくような彼のようなシニアーになりたいものです。

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« 第70回 大学野球選手権 慶應が34年ぶりに優勝 | トップページ | 飛鳥Ⅱ 新スケジュール 8月1日▶10月5日 »

フォト
2021年9月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30    
サイト内検索
ココログ最強検索 by 暴想
無料ブログはココログ