« 2021年5月 | トップページ | 2021年7月 »

2021年6月

2021年6月28日 (月)

電話調査

20210628

このところ、定期的に「週刊新潮」と「週刊文春」が我が家に回って来る。両誌を毎週購読している家庭から読み終わったものを週遅れで回して貰っているのだが、わざわざ買う程ほどではない週刊誌も「小室」問題などを暇つぶしにアップデートするにはちょうど良い。斜めに読んでさして記憶にも留まらない記事が多いとはいえ、週刊新潮の6月24日号では「新聞テレビに騙されるな、嘘だらけ『世論調査』の大半はゴミ」という記事が目についた。執筆者は大阪商業大学学長の谷岡一郎氏とあり、大阪商大のホームページを見ると、谷岡氏は学長で社会調査論などが専門とある。週刊誌といえども執筆者はこの道の先生で、その意見が4ページに亘って掲載されているので真面目に読んでみた。


世論調査が気にかかったのは、いま週末になると都議選に関するテープによる電話調査が頻繁にかかってくるからだ。この2週間で4回、土・日の昼過ぎに電話のベルが鳴り受話器を取ると、都議選とそれに付随したオリンピックや政党支持の電話調査である。こちらは急ぐ用事がある訳でなし、受話器を上げると電話口の向こうのテープは「無作為に固定電話に掛けております」と云うのだが、そもそも週末の昼下がりに固定電話に出る層を対象にしているだけで、サンプルに大幅なバイアスがかかっているはずだ。最近の若者はスマホで用をすませ固定電話を持つ所帯は、20代はわずか5%、30代で20%とのことで、これでは若者の声をまったく取り上げていないことになる。まして2分に亘る無味乾燥な質問にプッシュホンで答えるのも私の様に暇なシニアが多いだろうから、この都知事選の事前調査はほとんどが「団塊世代以上に限った」声だといえよう。


都議選に関する電話調査は大体が投票したい候補、支持政党、菅内閣の支持不支持、小池都知事の支持不支持、オリンピック開催の是非にこちらの性別、年代とどれも定型の質問である。今朝の読売新聞を読むと私が受けた電話の一つであろう都議選電話調査の結果が載っており、自民党支持が減り、小池知事の都民ファーストが後を追っているとある。また小池都知事の人気は高く、都民ファースト支持者が五輪の有観客開催に批判的などとあるが、どうもこれはテレビや従来の新聞から情報を得ている「ひまなリタイア世代に限った」声ではなかろうか。もっとも選挙に投票所に足を運ぶのも老人が多いから、若者も含めた実際の都民の声とは異なり、電話調査の結果予測と投票の結果が近くなるのかも知れないが、同じような調査を何度も受けるとこの程度のサンプルでまともな予測になるのか甚だ疑問に思うのである。


週刊新潮に掲載された谷岡氏の説明によると、私が今回感じたように「世論調査」では、サンプリングが適当かという問題がまずあるとされる。例えば「今年60歳になる」人に聞く貯蓄額に関するアンケートでは、退職金を貰っているか否かで大きく違うはずで、今年60歳にならんとする人をサンプリング対象にするのはミスリードであると谷岡氏は例を挙げている。そのほか回答者を一定の方向に導きがちな恣意的な設問もしばしば見られることを氏は指摘する。調査結果を分析する際には因果関係と相関関係の混同や解釈ミスが起きがちで、「収入が低いから草食化」するのか「草食系だから収入が低いのか」など調査によって結果と前提の混同が見られるそうだ。選択的夫婦別姓に賛成7割の欺瞞など「だいたいにおいてメディアが社会調査について大声で騒ぐときには、眉にツバをつけて聞いて欲しい」と記事は結ぶが、果たして都議選の当落については電話調査の結果に近くなるのか。何回も同じような電話調査を受けた身としてはその結果が待たれる。

 

追記:と思っていたら月曜日だというのに5回目の電話調査が来た。よほど都内には固定電話を持つ者がいないのか。こんな調査で良いのだろうか。

2021年6月23日 (水)

日比谷ダイビル レストラン「にっぽん丸」

20210623

日比谷ダイビルの地下に6月19日(土)レストラン「にっぽん丸」がオープンした。当初の発表から遅れたものの、無事開店したことがわかり、酒類も提供されるようになったのでディナータイムに行ってみた。「にっぽん丸」は、ダイビルにあるレストラン「ライン」の店内外の内装を一部変更しアンテナショップコーナーを設け、船の絵画を店内に展示するなど、同船に乗船しているかのような雰囲気作りがなされていた。ダイビルは商船三井の子会社であり「ライン」は商船三井の社員食堂の運営もしているので、ちょうど郵船、三菱グループの丸の内「ポールスター」のような存在である。武漢ウイルス騒動で休航中の「にっぽん丸」の応援キャンペーンと云うことなのだろう、7月17日(土)までの期間限定で(但し途中貸し切り・休業あり)、「食のにっぽん丸」として船のダイニングで供されるメニューを都心で展開している。


「にっぽん丸」のカラー写真が大きく張られた入口では、船内ダイニングなどで見かけるチーフが予約の確認と出迎えをしてくれた。この期間中は店内の厨房始めサービス要員は「にっぽん丸」のクルーが務め、運航が再開したらまた海上勤務に復帰するそうだ。メニューはコース料理が中心で、「シェフのおすすめコース」「にっぽん丸特製和牛ローストビーフコース」がそれぞれ8500円、そのほかにオードブル、スープ、メインから自由に選択できる「お好みコース」も用意されている。私はメインが豪州産牛のポワレ・ロッシーニ風の「おすすめコース」を、妻はせっかくの「にっぽん丸」ということで本船名物の「ローストビーフコース」を注文。


テーブルを見るとフォーク、ナイフ、皿などの食器は「にっぽん丸」のプレミアムダイニング「春日」で使われているものであった。こうなると乗船してダイニングにいるような気分になり、よほど我々はクルーズに飢えているのか高揚して、ワインは白では値段の一番高いカリフォルニア産「KENDALL-JACKSON」のソービニョン・ブラン(7500円)を奮発してしまった。「にっぽん丸」に乗船するたびに不満を感じるのがお替りが原則不可の夕食のボリュームなのだが、ローストビーフは1枚(100グラム)でも2枚(200グラム)でも良いとのことだったので、妻は当然のことながら2枚盛りの注文である。


店内は関係者とみられるグループの他、若い女性客などもちらほらで、サービス係もこちらの要望に良く気がついてくれて雰囲気はなかなか良い。感染症対策ということで、アルコールが出されてから90分間で退店しなければならないと最初に釘を刺されたのはやや興覚めだったが、これは小池都知事の意味のない要請なので仕方のないところだ。対面アクリル板ごしの会話は聞き取りづらいし、せっかくのフルコースを急いで食べ終わらなければならないのは勿体なかったものの、二人で久々に楽しんだ味はさすが「食のにっぽん丸」だけの事はあった。オードブルにスープ、口直し、メイン、サラダ、デザートにコーヒ(紅茶)でお腹は満杯になり、店内アンテナショップでお土産まで買って下船した。

にっぽん丸名物ローストビーフの豪華な2枚盛り
20210623_20210623120901

2021年6月21日 (月)

飛鳥Ⅱ 新スケジュール 8月1日▶10月5日

20210621

旅行社経由で飛鳥クルーズから8月1日以降10月5日までの新スケジュール案内パンフレットと「新型コロナウイルス感染症対策プラン」(2021年6月第五版)とされた冊子が届いた。さきの「ゴールデンウィーク 青森・北海道クルーズ」で横浜港出港翌日に武漢ウイルス陽性者が一名乗船していたことが判明したために、早々に以後の航海をキャンセルして横浜に戻って以降、5月に入って休止していた飛鳥Ⅱのクルーズがこれでようやく再開されることになる。問題のクルーズでは乗客全員が一週間前の唾液によるPCR検査で陰性だったものの、乗船直前に再度受けた検査において、一名の陽性が判明したのが出港の翌日だったというものであった。しかしながら従前のウイルス対策によって同室者を含め船内で他人には感染せず、全乗客が無事に帰宅できたのである。「ゼロ・コロナ」などありえず、武漢ウイルスとこれから永年共生していなければならない事を考えると、この際の飛鳥Ⅱの防御策は"ダイヤモンド・プリンセス"号の例を活かして完璧だったと私は高く評価しているが、慎重の上にも慎重を期す日本のクルーズ船ゆえ「これでもか」とばかりにさらに厳しい「新対策プラン」を実施するそうだ。


8月以降に再開する新スケジュールはすべてが横浜発着2泊3日のショートクルーズばかりである。新対策プランでは一週間前に行われてきた唾液によるPCR検査に加え、当日の検査が乗船前に判定できるように、午前中に横浜に集合して検査会場(大さん橋内か否か未定)で唾液検体採取検査をするそうだ。結果が判るまで3~4時間要するために当日は昼食が用意されると云う。また船内の食事は同室者または住居を一にする家族のみでテーブルを囲み、食事時間は約1時間で済ませられる内容にするとの事。寄港地では本船のツアー以外での下船は着いた岸壁上だけで、徒歩やタクシー、公共交通を使った外出は禁止となる。もちろん船内ではマスク着用で当面7デッキの客室は販売せず、セイルアウエイパーティーやダンスも行わないというのはこれまで通りである。こう見ると何やら小学校か中学校の修学旅行のような窮屈さで、ここまでやる必要性があるのかと甚だ疑問に思うのだが、「このご時世に」という同調圧力の強い日本だから「完璧でございます」という処を見せなくてはならないのだろう。


新スケジュールによると2泊3日のクルーズは、横浜発着で伊豆諸島や伊東沖を寄港地なしで周遊するコース、同じく清水寄港コース、鳥羽寄港コース、常陸那珂寄港コースの4パターンを繰り返す旅程である。料金を見るともともと販売されていた恒例の加山雄三の「若大将クルーズ」以外は割安に設定されているのが判る。ゴールデンウイークの休航前に発表されていたスケジュールでは、8月1日発の伊豆大島・新島遊覧クルーズ(2泊)がK:ステート142,500円、D:バルコニー186,500円に対して、新料金では同日発でそれぞれ109,000円と164,000円となっている。鳥羽・伊勢クルーズ(2泊)はもともとの鳥羽ウイークエンドクルーズがK:ステート148,000円、D:バルコニー194,500円だったものが120,000円と180,000円となり、特に9月28日発は109,000円と164,000円とかなりお得である。鳥羽は通船上陸なので岸壁に下りることができないが、その代わりに伊勢神宮内宮半日観光が別料金の発生しない「組み込みツアー」となってクルーズ料金に含まれるのが良い。常陸那珂や清水でも「組み込みツアー」込みがあり、その分得した感じだが、自由に出歩けないとなると自由行動派には不満が残るだろう。


特筆すべきは当日午前中に行われるようになった唾液検査の導入により乗船日には昼食が出されるようになったことと、若大将クルーズ以外は横浜への帰港が14時と大幅にゆっくりになったことである。これにより昼食2食が追加になり、下船日にはあたふたと荷物を準備する必要もなくなった。乗船日には朝早くに横浜に出向き、下船日はいつもの9時ではなく午後までと、今までよりは長くクルーズ気分に浸っていられるのは嬉しい。相変わらず連続乗船はできないようだが、不便な中でもわずかに「安く長く」なるのは光明だと云えよう。武漢ウイルスのせいとは云えこの1年半に楽しみにして待っていたワールドクルーズやオセアニアクルーズなどが次々とキャンセルになり、仕方なしとして予約した9月の小樽発着の稚内・オホーツク網走クルーズも無くなってしまった。新しく発表された2泊ばかりのクルーズに乗船してもダンスもなし、ディナーは1時間だけと楽しみは半減するものの、飛鳥Ⅱも感染対策をよりタイトにしながら精一杯事業継続に努力しているのだから、10月までに1航海くらい乗ろうかとパンフレットを眺めながらため息をつく。

2021年6月20日 (日)

なんとかせい!明大島岡御大の置き手紙 (丸山 清光著)

20210620

明治大學を卒業した知人に薦められて丸山清光著「なんとかせい!」(副題「島岡御大の置き手紙」)(文藝春秋社刊)を購読した。応援団出身で野球部の経験がない明治大学野球部の名物監督、島岡吉郎氏(1989年77歳で死去)が、ピンチやチャンスの際に選手に飛ばした檄、「なんとかせい」をテーマに、御大と呼ばれた島岡氏の人となりを描いたB6版350ページの大著である。著者の丸山清光氏は長野県上田高校出身の明治大学の主戦投手で、昭和50年度の野球部主将であり、そのアンダースローのピッチングに当時戦力が低迷していた母校・慶應義塾が東京六大学野球リーグ戦できりきり舞いさせられた記憶が私には残っている。マウンド上の丸山氏は当時の野球部には珍しいインテリ風の眼鏡顔だったが、案の定卒業後は朝日新聞に入社し、販売などに力を尽くしたことも本書に記されている。


このブログでも何度か取り上げたように、昭和27年から37年間の長きにわたり明治大学野球部の監督や総監督を務めた島岡吉郎氏は、他校ながら私にもさまざま強烈な思い出を残してくれた。豆タンクのような体で晩年はなぜか大きな白いマスクをつけて神宮球場に現れ、試合中の判定で一旦もめごとが起きるとベンチから飛び出し血相を変えて審判に抗議する島岡監督の姿はまことに印象的だった。本書でもグランドには神様が宿ると選手に説き、時として鉄拳制裁ありの熱血漢だったことが綴られているが、中でもびっくりしたのは日米大学野球の際の逸話であった。日本チームの総監督だった島岡氏が、法政のエース江川が米国で練習に遅刻したことに対しビンタを見舞ったもので、異国の地で他校の選手にビンタをふるうとは「4年間で最も驚いたことだった。なき御大にかわり江川に詫びたい」と丸山氏は述べている。


とは云うものの私の知る数人の明治大学野球部の出身者で、島岡監督の悪口を云うものはいない。先日も東京六大学野球のネット中継で明治出身でプロでも活躍した解説の広澤克実氏が、御大にまつわるさざまなエピソードを面白おかしく語っていたが、その言葉には御大を慕う気持ちが滲み出て、明大野球部を出たものはみな同じなのだと認識をあらたにした。なぜ彼らが同じように御大を慕うのかは、島岡監督が人と人との縁を大事にし、なにより情熱を持って全身全霊で若い選手に接する「人として底知れない器量」があった事だと丸山氏は力説する。この本でも紹介されたように、控えの部員の就職にも奔走する島岡氏の姿が卒業後も人を寄せ付けた所以であろう。昭和は遠くなりにけりで島岡スタイルの指導をいま実行するのは難しいが、御大の様々な面を知るにつけ、部外者の私にも卒業生の御大に対する気持の一旦が理解できる。本書は御大にまつわる思い出の他に六大学野球やアマチュア野球への言及も多く、当時の各校選手の懐かしい名前や写真を見るうちに、毎季変わらず神宮球場に学生野球を見に行った若き日々を思い出してしまった。

2021年6月14日 (月)

第70回 大学野球選手権 慶應が34年ぶりに優勝

20210614
6月9日、和歌山大戦を前に神宮球場で記念撮影

第70回全日本大学野球選手権記念大会は東京六大学野球連盟代表の慶應義塾大学が優勝した。1987年の第36回大会以来34年ぶりの日本一となり、野球部や関係者の喜びもひとしおであろう。決勝戦は神宮球場に応援には行かなかったが、大会3日目の6月9日水曜日、午後3時からの慶應 対 和歌山大学の2回戦はテレワークをさぼって試合を観戦に行ってきた。この日は初夏の日差しが照り付ける中、国立の和歌山大学の左腕・瀬古投手の緩急つけた投球術に慶應打撃陣が翻弄されたものの、終盤になって下位打線の踏ん張りでなんとか勝利をもぎ取った試合であった。あまり意味があるとも思えない感染対策とやらで学生野球にしては珍しく応援団やチア、ブラスバンドもないゲームだったが、その分選手同士やベンチの声がよく聞こえ、グラブやミットの捕球音、カーンというバットの音がグランドに響きわたり「あ、これも野球の原点のようでいいね」と一人内野席で観戦を楽しむことができた。


昨日の決勝戦は相手が福井工業大学となったが34年前の大学野球選手権でも、慶應は大会2日目の1回戦で鈴木(哲)投手(福島高校、のち熊谷組からライオンズなど)の頑張りで福井工大に4対0で勝っている。あの頃は鈴木の他に好投手の志村(桐蔭学園)、打者ではジャイアンツに行った大森(高松商業)がおり主将は猿田(秋田高校)だった、などとNHK BS放送の決勝戦TV中継を見つつしばし懐旧の念にひたっていた。画面を眺めていると、そういえば鈴木も猿田も2浪だったことなど当時の様々な記憶が自然に蘇ってくる。この時の決勝戦の相手は東北福祉大学で、日ハムへ進んだ上岡投手に随分苦しめられたが、志村の粘り強い投球と大森、猿田らの活躍で3対2で慶應が競り勝った試合だった。その日本一達成の瞬間を私は神宮球場の3塁側スタンドから見ていたのだが、あれからもう34年経ったかと思うと、時の流れの早さに愕然とするばかりである。


昨日の慶應のオーダーを見ると慶應高校や大阪桐蔭高校、桐光学園などいわゆる野球の強い学校の他に文武両道の県立学校出身者が多いことが目についた。先発投手の増居君やショートの朝日君は彦根東高校、DH北村君が福岡の東筑高校、ライト橋本(展)君が島根・出雲高校、クローザーのピッチャー橋本(達)君が兵庫・長田高校である。その他に慶應の顔ぶれを見れば、この選手権の2回戦・準々決勝でDHだった中澤君はなぜか法政二高から浪人しての入学、かと思えば幼稚舎から慶應というリードオフマンのセカンド広瀬君のような選手もいて正にその顔ぶれは多士済々といえよう。一貫教育で下から上がって来る者、甲子園に出るなどスポーツが優れておりAO入学してくる者、学力試験を突破してくる者、初志貫徹で浪人して入ってくる者、それぞれ出身は違うが大学に入れば皆が同じ塾生である。私の経験から言えば慶應では下から来た選手と、大学からの入学組にはスポーツをする上では何の垣根もなかった。野球部も強いだけでなくこのまま良いチームであり続け、秋季リーグ戦に勝って、秋の日本一である明治神宮大会を目指して欲しい。日本一おめでとう、野球部!!

優勝旗授与の場面のNHK(BS)放送
20210614_20210614131601

2021年6月13日 (日)

鬼怒川温泉と東武ワールドスクエア 

20210612
バチカン サンピエトロ寺院 (後ろにエッフェル塔があるのがご愛嬌)

飲食店でアルコールが出ない都内にいてもしょうがない。新緑の候とあってどこか郊外に行こうかと妻と話すと、鬼怒川にある「東武ワールドスクエア」に行きたいと云う。世界各国の遺跡や有名な建築物を25分の1のモデルで再現したミニチュアワールドである。1993年に開園した当初は人気で大混雑したらしいが、さすが30年近く経て今では園内でゆったりと過ごすことができるだろうという目論見だ。都心から150キロちょっと離れた「ワールドスクエア」にクルマで行くなら温泉に浸かってゆっくりしようと、前夜は鬼怒川温泉に宿をとることにした。ネットで予約した旅館は週末というのにガラガラで、こんな値段で申し訳ないとこちらが思う程の至れりつくせりのサービスである。外出自粛の同調圧力など気にせず一歩足を延ばせば、鉄道も道路も旅館も安く快適に過ごせるというものである。


鬼怒川渓谷を望む露天風呂で朝湯を浴びた後、到着した「ワールドスクエア」は、予想通り土曜日と云うのに駐車場もガラガラだった。山裾にいだかれた敷地は周囲が約800米ほどで、ここに47の世界遺産を含む102のミニチュアモデルが展示されており、園内は植栽の整備も掃除も行き届いて快適にすごせるようになっている。順路に従って歩を進めると、まずは東京駅や国会議事堂、成田空港など現代日本ゾーンとなる。ひときわ目立つスカイツリーや東武鉄道の特急スペーシアの走行に目を奪われているうちに、アメリカゾーンに足を踏み入れるが、ここでは9.11で倒壊した在りし日のワールドトレードセンターの巨大な2棟のモデルが心を痛める。過去と現在が一体になり、時空を超えた疑似体験ができるのもミニチュアならではである。


大きなピラミッドのエジプトゾーンを通りヨーロッパゾーンに入ると、さすがに多くの建築物、城や教会、宮殿などのモデルが展示されている。ミニチュアと云っても25分の1の大きさとなるとそれなりに迫力があり、ベンチに座り薄目でぼんやり眺めていると、ヨーロッパに来て本物の建物の前にいるような錯覚に陥る。ガウディのサグラダ・ファミリアでは、写真やガイドブックで見るより建築中の内部の詳細が一目でわかりミニチュアの特性に興味を引かれることしばし。人物のフィギア一体一体にも工夫がありすべてが手の込んでいる展示なのだが、やはりヨーロッパゾーンを見ている時間が一番長くなる。万里の長城などが展示されたアジアゾーンを抜け、最後の日本ゾーンには馴染みの国内の多くの社寺仏閣のモデルがこじんまりと並び、これで世界一周が完了したことになる。


この間にかかった時間は2時間強で、歩いた距離を後から計測すると1300メートル、それぞれのゾ―ンで何度も同じように見かけるグループがいたので、我々の見学スピードは標準的だろうがけっこう歩きでがある。展示されているモデルは今年4月に完成した沖縄・首里城など新しく整備されたものもある一方、今はなきクルーズ船「ふじ丸」の展示は開園当初から在ったのか船体はかなり疲れている。採算的には厳しいのだろうが、現代日本を現すならば、最新の船舶に入れ替えることが必要だろう。現実にはなかったJR東日本塗色の新幹線100系や、旧JAS塗装のボーイング747(ジャンボジェット)がここでは堂々と活躍しているのもミニチュアならではのご愛嬌か。来る前はさして興味もなく妻の希望で来てみたものの、ぐるっと回ると童心に戻り旅心が大いに刺激された「東武ワールドスクエア」であった。来年、飛鳥Ⅱのワールド・クルーズが実施されたら、寄港予定地のバルセロナでサクラダ・ファミリアの実物を見学したいものだとあらためて心に刻んだひと時だった。

今はなきNY ワールドトレードセンター
20210612ny

ふじ丸は船体がかなり疲れている展示
20210613

2021年6月 7日 (月)

山縣君 日本新おめでとう 

20210606
6月6日NHKニュース7の映像より

陸上競技、男子100米で競走部の後輩、山縣亮太君が9秒95の日本新記録を出した。2019年には気胸を患いその後も度重なる故障で、一時は彼ももうこのまま終わるのかと心配していたがそこから見事な復活である。心からおめでとうと祝福したい。試合見学などでたまに日吉の慶應義塾の陸上競技場に行くと彼の姿を見かけることがある。ただ先輩といってもこちらはその他大勢のOBの一人であり競技の実績からすればまさに天と地ほどの差がある。競技人としては神様と奴隷のようなもので「よ、調子はどうだい」などと彼に声をかけるわけにもいかない。それでも「山縣は最近良くなって頑張っているよ」との話をいろいろな人から聞いていたから、東京オリンピックに向けてトレーニングを積んでいるのだろうと密かに期待はしていた。それが今回の記録は我が予想を上回る大記録である。追い風2.0Mの公認ギリギリだが「運も実力のうち」で、そもそも実力がない選手には運も味方しない。


新記録達成のNHKニュースでは陰に高野大樹氏と云う新しいコーチの貢献が語られ「重心の位置を前にしてバランスの良い走りをしたことが今回の記録に繋がった」とされていた。慶應の競走部には各パートのコーチの他に、アドバイサーと呼ばれる人たちがおり、たしかに高野氏も短距離部門のアドバイサーの一人としてその名を連ねている。ただ他のパートのアドバイサーは棒高跳びの丹羽清氏(法政大出身)や幅跳びの川越孝悦氏(日大出身)、臼井淳一氏(順大出身)などかつてそれぞれの種目の第一人者だった人たちで、高野氏の競技者として実績を知る者はほとんどいない。調べると彼は「フリーランス」の陸上コーチで埼玉大学出身、大学院では義足スプリントの研究をしており、その関係もあって山縣君と競走部の同期でロンドン、リオのパラリンピック2大会に出場した高桑早生選手のコーチを務めていたようだ。高桑選手の縁で知り合った高野氏のコーチングもあって山縣君が日本新記録を出したのだろう。インタビューで山縣君は周囲への感謝を口にしていたとおり、人の縁もこの記録達成に味方したと思われる。


今回の「布施スプリント」競技会の100米決勝には、棄権した桐生選手と在米のサニブラウン選手以外の日本のトップスプリンターが集結した。この中には2015年度の競走部主将だった山縣君のほか、2018年度の主将・小池祐貴君(住友電工)、2019年主将の永田駿斗君(住友電工)と3名の慶應の元キャプテンが名を連らねており、ニュース画面で彼らの雄姿を一挙に見ることができて感無量であった。5位となった永田君の10秒22は自己新であろうし、小池君は10秒13で3位と健闘。小池君は200米も得意な選手でまだまだ100・200とも伸びる余地がありそうだ。さて広島・修道高校時代から注目されていた山縣君がスポーツ推薦のない慶應を選んだ理由は「自由にのびのびと勝利を目指せる大学でないとダメ」であり、彼は「自由であることは自分ですべての責任を引き受けること」(慶應義塾ホームページ『KEIO TIMES』2019年5月17日)とその覚悟を述べている。この言葉のように彼は環境を上手に利用しケガや病気にもめげず自己責任でここまで伸びてきたが、新しいコーチを得て今後走りがどう変わっていくのだろうか。

山縣亮太君、高桑早生さん 慶應競走部リオ壮行会(2016年7月22日)

2021年6月 2日 (水)

東京オリンピックまで2ヶ月切る ボランティアユニフォーム受領

20210602
ボランティア ユニフォーム一式

東京オリンピック・パラリンピックのボランティアに登録されている妻が先日ユニフォームを貰ってきた(彼女の担当はテクノロジー部門)。いま全国数か所でユニフォームの授与が行われており、関東では取り壊し予定になっているホテル・オークラの旧館がその会場である。当日はユニフォームの他に帽子や靴、ポーチ、大会IDなどが配布されることになっていて、予約した時間に会場に到着すると極めて整然とシステマティックに手続きが進んでいったそうだ。全国で8万名にのぼるボランティアを組織・統率し、オリンピックという目的に向かって進むためには、このような手続きにもノウハウを持った専門家や専門業者が多数必要なのだろう。こういうことで大会組織も肥大化するのだが、それも最近の商業主義的オリンピックの成功のためには欠かすことができない要素と云えよう。


7月23日の開会式まで2ヶ月を切りいよいよオリンピックのムードも高まってきた。いろいろな筋からは、もう中止や延期はないとの情報が入ってきているし、豪州のソフトボールチームは群馬県で事前合宿に入ったそうだ。よほどのことがなければ予定通り東京オリンピック・パラリンピックが開かれるのは間違いないだろう。いまは客観的な事実や統計数字に基づき「武漢ウイルスは大した感染症ではない」と発言するとポリコレに反するかのおかしな世相になったが、内閣官房参与だった高橋洋一さんのツイッター通り、この程度の「さざ波」感染でオリンピックを返上したら「世界の笑いものになる」ことは間違いない。


メディアは変わらず武漢ウイルスの不安を煽り、政治家はオリンピック開催の是非を政局にしようとしている。朝日新聞はオリンピックのスポンサーは続ける一方で、社説で「東京五輪中止の決断を首相に求める」として笑ってしまうが、この新聞の主張の反対をすれば日本は大体間違いないことは現代史を顧みれば明らかな通り。私の周囲には、この一年間、若い人も含めてガンで入院・手術した知り合いが何人もいるのに、武漢ウイルスの検査陽性者(発病者に非ず)は遠い「知人のまた知人」が2名いただけである。最も感染者が多いとされる東京都内の真ん中に住んでいてこの程度で、本当に怖いものは何なのかと神経症的な感染恐怖症の人たちに問いたい。もう日本人もこの集団ヒステリーから目が覚めても良いころで、オリンピックが馬鹿馬鹿しい武漢ウイルス騒動の払拭によいチャンスになると期待する。この夏はボランティアの妻をボランティアでアシストするのに忙しくなることだろう。

« 2021年5月 | トップページ | 2021年7月 »

フォト
2021年8月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        
サイト内検索
ココログ最強検索 by 暴想
無料ブログはココログ