"EVER GIVEN"スエズ運河で巨大コンテナ船座礁
今回事故があった付近のスエズ運河(2018年飛鳥Ⅱワールドクルーズで撮影)
スエズ運河で大型コンテナ船"EVER GIVEN"号が座礁し運河を完全に塞ぐ事故が起こった。船主は日本の正栄汽船、運航会社(船社)は台湾のエバーグリーン社、船舶管理はドイツが本社のベルンハルト・シュルテ・シップマネジメント社となっている。AISデータを見ると座礁した地点はスエズ運河の紅海側起点から約5.5マイル(10キロ)の場所で、運河の西にエジプトの街、東側に砂漠を望む地域である。この辺りはエジプトとイスラエルが争った第4次中東戦争の戦車の残骸が運河を行く船舶から見えるほか、今でも非常時用に渡河に使う簡易ポンツーン(浮き桟橋)が運河沿いに準備されているきな臭いエリアでもある。スエズ運河の北部(地中海側)には水路が2本あり、北行き・南行きが別々になっている部分もあるが、残念ながら事故の起こった箇所は一つの水路を両方向に向かう船舶が共有しており、ここがブロックされると運河の機能は完全に麻痺してしまう。
本船はアジアからヨーロッパに向かうコンテナを積み、地中海向きの船団の一隻としてパイロットが乗船して(注:下記)紅海側錨地を早朝に出発、運河に入った直後に強風と砂嵐で進路を誤り、水路を完全に塞ぐ形で座礁したものと思われる。コンテナ船は甲板上の風に当たる面積も大きいので、強風に流されたのだろうか。折しも世界的な巣ごもり需要でコンテナの需給がひっ迫しており、今治造船で造られた2万個積みの新鋭・超巨大船である"EVER GIVEN"号は、写真で見ると喫水も満載の16米に達している。現在タグボートを使って、離礁作業が行われている模様だが、このような事故が起きるとその事故責任は日本の船主にあるのか、運航するエバーグリーン社にあるのかが話題になる。先般モーリシャスで起きた"WAKASHIO"の場合は、岡山県の船主が所有し商船三井が運航しており、両者が交わしているのが「定期用船契約」であることが判っていたので、船主責任が明確であったが、今回は正栄汽船とエバーグリーン社の用船形態によって責任の所在が違ったものになる。
正栄汽船とエバー社が本船を"WAKASHIO"と同じく「定期用船契約」でチャーターしているとすれば、その場合は船舶管理者のシュルテを起用しているのは正栄汽船と考えられ、すべての事故責任は船主・正栄汽船となる。船舶管理者とは乗組員を手配し、船舶保険やPI保険を付保、船体や諸機器の補修・整備を行って本船を航海に堪える状態にする外注事業者を云う。古くは船主がもっぱら自分たちで行っていたが、最近はこれを専門に行う業者も多数あり、シュルテ社も船舶管理の大手だとされている。(船舶管理者とその雇い主との責任関係についての説明はここでは省く。)同社は古くからドイツにある船会社で永らく船主業を営んでおり、私もかつて同社のバラ積み船をチャーター(定期用船)した事があったが、最近は船舶管理業社としても業容を伸ばしているようだ。正栄汽船は今治造船グループの会社で、もともとは今治造船が作った船の自社所有(ストックボート)を引き受ける役割であったが、近年は大手船主として国内・国外の多くの船会社(運航会社)に様々な種類の船を用船(チャーター)に出している会社である。ストックボートとは、自動車のディーラーが売れない車を取り合えず自社登録するようなものと云えば分かり易いだろう。
一方で、正栄汽船とエバー社のチャーター契約がもし「裸用船契約」であるなら、正栄汽船は船舶そのものを貸し出すだけで、エバー社側が船舶管理者であるシュルテ社を起用して本船を運航可能な状態にしていることになる。船主は本船の資本費相当の用船料をエバー社側から受けとるだけであり、今回のような事故の責任は一切なく、事故責任はエバー社側にある。船主は事故で本船が不稼働になっても、その期間の用船料も受領できる。日本の船主は伝統的にあまりヨーロッパ系の船舶管理会社を起用しないので、シュルテ社が使われていることからすれば、本船の用船形態は裸用船なのかもしれない。エバーグリーン社は台湾の大手コンテナ船会社で、エバー・エアなど航空業界にも進出しているのは周知の通り。設立当初から親日的な会社で、日本の造船所や日本の商社、日本の船主とも繋がりが深く、その一環で"EVER GIVEN"号を今治造船で建造、船主に正栄汽船を起用したものと思われる。現在、スエズ運河では必死で離礁作業が行われているのだろうが、もし運河の閉鎖が長引くようだと、コンテナ船だけでなくバラ積み船など、いま高騰している海運市況が一層上昇するかもしれない。
注)パイロット乗船中の事故でも一義的にパイロットには責任はない。パイロットは船長の雇人で事故責任は船長(または船長を雇う会社)にある。
この辺りは非常時の渡河用にあちこちにポンツーンの準備がされている
【参考(過去の投稿)】
WAKASHIOの座礁油濁事故を考察する(2020年8月14日)
WAKASHIO の座礁油濁事故を考察する(続)(2020年8月22日)
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