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2021年2月

2021年2月28日 (日)

サンデーモーニング 風を読む 街の声

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今朝のTBS「サンデーモーニング」「風を読む」”官僚と政治不信”というコーナーで、「街の声」として私がインタビューされた場面が放映された。先週の金曜日、仕事の都合で銀座4丁目の交差点を歩いていると、「TBSですがちょっと良いですか」と声を掛けられて応じたものだ。その時は「森さんのセクハラ発言についてどう思いますか」とでも聞かれるのかと身構え、「彼は何も悪くない、メディアやリベラルによる集団リンチだ」とカメラに向かってわめこうかと思ったが、予想に反して「東北新社・菅首相長男と総務省の接待問題について」の件だと云う。この問題にはさして興味がないし、細かい点までフォローしているわけではないものの、仕事は急ぐ必要もなく、たまにはテレビに出るのもまあ良いものだと、ミーハー的気分でインタビューに応じてしまった。という事で、今朝は録画されたインタビューの場面が放送されるかと、普段はヒダリ巻き論調でまず見ない「サンデーモーニング」にチャンネルを合わせたものである。


今回、銀座の街角で質問をしてきたテレビ局の40歳くらいの男性インタビュアーは、予め幾つかの質問を紙に書いて用意していた。「問題の総務省接待疑惑をどう思いますか」「国民にとってどういう影響があるでしょうか」「官僚の姿勢は」とか「接待はどの程度から問題になると思いますか、喫茶店でも問題ですか」などけっこう細かいことまで全部で10分以上も要する質問であった。平日とは云え、銀座の街を歩く多くの人々の視線を感じつつカメラに向かって答えるなか、「今回の総務省接待などは大した問題じゃあないよ」「私の父も官僚だったけど、昔はもっと接待は大っぴらで派手だったよ、この位でいちいち目くじらたてるなよ」「こういうやり方も日本の伝統じゃないの」とのいつもの持論コメントが喉まで出かかってくる。しかしそこはそれ、テレビに出る為にはリベラルと云われるTBSのご意向に沿った答えをしないとボツになるから慎重に言葉を選んで答えることにした。


実をいうと、これまでも都内を歩いていた際に、私がよほど暇そうなオヤジを見られたのか、幾度かテレビ局にインタビューをされたことがあった。かつてオカルトブーム時代に、「UFOがいると思いますか」と丸の内で聞かれた際に「いるわけないじゃない、いるなら自衛隊のパイロットやいつも夜空を見あげている天文学者がすぐ騒ぐはずだ」とカメラに向かって断言し見事にボツになった。また新橋のSL広場で自民党内閣の不祥事に際し「いや、今の政権はよくやっていると思うよ」とコメントした時にも、オンエアされなかった。ということで、せっかく時間を潰して答えるからには放送して欲しいものだと咄嗟に思いたち「いまこそ(過剰接待を)自粛しなければいけないときに(総務省は)国民に対して示しがつかないのでは」と、我ながら気恥ずかしくなるオポチュニスト的コメントを吐いた部分が、今朝は思惑通りに番組で放送された。


もっとも「官僚への接待は長い間続いた日本の慣習で直ちにすべてを変えることは難しい」「大多数の公務員は真面目に国民のために汗を流しており、こういうニュースは彼らにとって可哀そうだ」「法律に触れるなら処分されればよいが、それ以外の道義的部分まで問題にするのはどうか」などと、私の信条の幾分かはインタビューを通じてカメラの前で喋ったのだが、そういうコメントは割愛されており、テレビ局が都合の良い部分だけ切り取ったのは100パ―セント予想通りであった。結局こうして放送された場面は10秒ほどで、私のほかにはあと2人の中高年男性が「街の声」としてインタビューされていた。まあ、この問題を把握できるのは壮年以上の男性サラリーマン風に限るとの局側の目論見もあって、今回はカメラクルーの目にとまったのであろう。映りたい一心でかなり自説をオブラートに包んだのだが、こうしてみると日ごろ放送される「街の声」は、街の声を使ったメディアの声、話半分ウソ半分と思っておけばちょうどよいのではなかろうか。経験者は語る。(君子は豹変す、)小人は面を革む。

2021年2月22日 (月)

飛鳥クルーズ in 下北沢

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asuka cruise(飛鳥クルーズ)のLINEから数日前に「期間限定ショップオープン!」のメッセ-ジが入った。2月21日(日)~28日(日)(除く22日)に、小田急線・井の頭線下北沢駅から至近の下北線路街「空き地キッチン」に於いて飛鳥クルーズが出店するのだと云う。飛鳥Ⅱの料理人たちがここで出すのは「ピクニック気分で気軽にいただけるメニューや、飛鳥クルーズオリジナルのアルコールをご用意し、さらにチョコレートウエハースや、ホワイトクランチチョコレート、ぬいぐるみなどグッズの販売も予定しております」とのことだ。このところ困窮する飲食店応援のため不要不急で出掛けて外食に精を出している私たちゆえ、今回はクルーズ中止に追い込まれている飛鳥Ⅱを少しでも盛り上げようと発起し、初日に下北沢まで行ってみることにした。


飛鳥クルーズの出店は下北沢駅から徒歩5分、小田急線の新宿に向かう旧線路跡の空き地であった。2013年に小田急線が地下化されたのに伴い、それまでの線路敷地が空地になり、そこに食べ物ブースやワゴンが並ぶ「空き地キッチン」ができているが、その一角、20フィート・コンテナを改造したブースが飛鳥Ⅱの「期間限定ショップ」である。目的地を探してブースが並ぶ中をキョロキョロ見まわしていると、「あ~ら、〇〇さまじゃありませんか」と若い女性の元気な声が呼び止めてくれる。よくみれば元は船内エンターテイメント部門所属だった顔見知りの若き女性である。マスク姿にも拘わらず、こうして我々の名前を覚えてくれ、声をすぐかけてくれるのが飛鳥クルーズの素晴らしいところだ。


「お店はここ?」と話し始めると、周囲は船上で見覚えのある日本人のサービスクルーの顔が並んでおり、その一画だけはなにやら飛鳥Ⅱの船内のようだ。もっとも今はサービスクルーも乗船前の2週間はウイルス対策で隔離されているそうだから、ここにいるのは現在は陸上勤務中の人達が中心で、かつて会ったもののしばらく船上で見ない顔もある。顔見知りが多いことに安心してこちらも豪気になり「一番高いもの2つ」と注文して頼んだメニューは「黒毛和牛のグリルと彩り野菜」でカットステーキと付け合わせの野菜、バジルトーストであった。本来、飛鳥Ⅱでは2月20日から5月12日出発までのクルーズで「飛鳥クルーズ就航30周年を記念し、丑年にちなんだ限定メニュー」として「限定黒毛和牛ランチ」を提供するとしていたが、クルーズの催行中止で使えなくなった高級牛肉をどうやらここで善用しているらしい。


海外クルーズに出る際に積んだ食料は免税品として本来は船外に持ち出せないが、現在のところ飛鳥Ⅱは国内を回るクルーズだけを実施しているので、買い入れた業務用牛肉を提供するのは問題ないのだろう。こうして本当は船内でクルーズ中に出されるはずの分厚くカットされ肉汁がしたたるステーキが、ここ下北沢では1200円で食べられるとあって、隣のブースで買った生ビールの大とともにすぐに完食。そしてつい追加注文してしまうのが、我々二人の食い意地が張ったところである。周囲はと見れば、飛鳥Ⅱの乗客らしき人がちらほら、それに元クルーやら関係者などが多いようで空き地キッチンのテーブルはそこそこ賑わっていた。春を思わせる陽気のなか、西口元総料理長や瀧総料理長などと他愛のない話を交わし、すっかり飛鳥Ⅱワンナイトクルーズに乗船したかのような宵であった。

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2021年2月16日 (火)

BS フジプライムニュース 真田・鈴置コンビに司会の反町氏

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最近テレビをほとんど見なくなってしまった。武漢ウイルスを煽りまくり、森元五輪組織委員長に集団リンチをかけるような偏向報道ばかりを見てもしょうがない。スポーツ中継以外にテレビをつけるとすれば「笑点」や月曜日のテレビ東京の「YOUは何しに日本へ」「世界!ニッポン行きたい人応援団」くらいだろうか。そんな中だが、ウィークデイ夜8時からの「BSフジ・プライムニュース」は取り上げるテーマによって週に1~2度興味深く見ている。「BSフジ・プライムニュース」は2時間枠で、政治・経済・国際問題・時事などフレッシュな話題を解説・討議する報道番組である。その日のテーマに沿って各回2~3名出演する専門家や学者・政治家は同じような顔ぶれが多くややマンネリ気味ではあるものの、司会の反町 理の進行やツッコミが面白く毎回安心して見ることができる。


昨日は、東銀出身の国際金融学者である真田幸光氏と、「米韓同盟消失」(2018年10月22日ブログ)を著した韓国通ジャーナリスト鈴置高史氏の、東アジアに詳しい名コンビによる中国・韓国問題に関する討議で、バイデン政権に代わってからこの地域で起こっている出来事を両氏が分かり易く解説してくれた。なかでもバイデン大統領はやはり中国利権でスブズブの可能性があり、トランプ政権から引き継いだ今の対中強硬姿勢は”ポーズ”に過ぎない可能性があるとして、バイデンを礼賛する日米メディアとは違う説明がユニークだった。また同盟重視というバイデン政権は結局リーダーシップなどはふるえず、中国の台頭を今以上に許すのではないか、という両氏の見立ても肯けるところだ。


注目すべきはイギリスのアジアへの再関与で、空母を太平洋に展開すると発表した彼らの動きは、香港返還の際の中・英の約束を簡単に反故にした中国共産党への怒りと、アングロ・サクソンの復権という基調があるのだと云う。考えてみれば従来の世界の商取引は、永い間ポンドや米ドルの基軸通貨体制の下、英語を用い英米法を準拠法にしアングロサクソン流で行われていたが、今このスキームに中共がチャレンジし覇権を奪おうとしている。英国と米国は時として離反することはあっても、その付き合いの根底にはアングロサクソン同士の信頼がある、という意見は一聴に値する。TPPに英国が興味を示しているのも、国内対策で動けない米国に代わっていち早く英国が加入することで、中共の加盟を阻止するという暗黙の了解が米・英にあるとする真田氏のコメントには思わず膝を打った。


韓国の文政権に対しては、バイデン政権は何も期待していないと両氏は口を揃える。いま米国新政権の高官やVOICE OF AMERICAが中国と米国の間でフラフラする韓国に厳しい論調をとるのも、おだてればつけあがる韓国の国民性が周知され、1年半後に迫った韓国大統領選挙に向けて「次はサヨク政権を許さない」という米国の強い意志を示しているのだと云う。次も左翼政権になれば半導体などの産業政策や通貨政策でアメリカは韓国をつぶしにかかるだろうとの両氏の予測であった。あっという間の2時間番組だったが二人の専門家の意見を聞いていると、ただちにディープステート論をすべては信じられないものの、国際社会は我々が想像もつかないようなさまざまな流れが渦巻く権謀術数の世界であることに改めて気付かされるのだ。

2021年2月15日 (月)

久々の皇居一周21分台

「梅は咲いたか桜はまだかいな」としょんがえ節でも唸りたくなるが、今年の梅の花はまだ蕾がかたく一分咲きである。それでも三寒四温の季節で気温が10度以上になる日もあり、そんな時はジョギングも短パンに着替えて走る。ねんりんピック始め各種のマラソン大会も、来年になると70歳以上の部で走ることになるため、そのクラスの上位入賞を目指し、術後の体調を完全に戻し準備を整えておきたいところだ。それにしても50歳になった時に60歳代のランナーを見て、ずいぶんと走る力が衰えるものだと思ったし、60歳になった際は70代になるとみな走るのがなんと遅いのかと感じたが、もうすぐあと一年ほどで自分がその年齢に達するようになるとは月日の経つのはなんと早いものだろう。


この週末は天気も良く、気持ちよくホームグラウンドである皇居一周の5キロ(標高差約20米)を走ってみると、久しぶりに一周を21分台で走れることができた。昨夏の手術後では最も良い記録で、平均時速にすると14キロ弱だからまだまだやれるという気になってくる。と云うことで以前の日記を取り出して記録を比較をしてみることにしてみる。古い日記をたどれば30歳代の頃、当時、事務所が丸の内にあり残業で疲れた後にリフレッシュなどと思い時々走ったが、気合を入れて走った日には17分代や18分台という記録も見られる。今なら前を走るジョガーをほとんどすべてごぼう抜きとなろうが、1970年代や80年代には仕事が終わって皇居を走るという酔狂なサラリーマンはほとんどおらず、当時はスピード感もわからずにただただ宵の道を突っ走っていたようだ。


40歳代になると仕事が忙しくなった上に、夜は接待やら宴会やらで皇居を走る機会もなくなったが、ようやく50歳代半ばから時間に余裕ができランナーで溢れる皇居コースに戻って来ることができた。日記を見ると55歳頃には一周で19分台という記録もあるものの、60歳を超えると20分代で走るのがやっととなり、65歳では20分後半~21分台というのが気合を入れ頑張った時の記録である。年齢とともに遅くなるのが自然の摂理とはいえ、例えば5キロのうちのどこで粘れないかと顧みると、3キロを過ぎ呼吸が苦しくなってからの下半身の筋力にあるようだ。苦しくなってからも着実に歩幅が落ちず、ピッチを刻むには腹筋や大腿四頭筋の筋持久力が必要なのだろうが、筋肉そのものはトレーニングで衰えを遅らせることができても、筋持久力の維持はなかなか容易ではないようだ。それでも短いパンツに履き替え若者を次々抜きされば「まだまだ簡単には抜かれない、早く70歳にならないか」と気持ちが前向きになってくるのがわかる。春の息吹を感じつつ、あと数年、取り合えず身体が続く限り走ろうかと思っているところである。

昨日の新江戸川公園の梅
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2021年2月11日 (木)

烏森の焼鳥「ほさか」とニイハオ・トイレ

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緊急事態宣言で困り切っている飲食店を少しでも助けられるかと思い、最近よく外食に出かける。先日は、久しぶりに出社した後に妻と新橋で待ち合わせて焼き鳥に行くことにした。場所は烏森神社にごく近い「ほさか」という昔からの店で、彼女が内幸町で銀行員だったウン十年前にはよくここで飲み会をしたという。場所は新橋・烏森神社の目の前、かつては花街であったごちゃごちゃとした小さな路地にお店はある。新橋から京橋にかけては伝統的に焼き鳥の老舗が多く、現役時代にはよく「鳥繁」や「伊勢廣」という接待族ご用達の店に通ったが、妻は「ここは美味しい上に値段がリーズナブルだから家計費で来るなら」とこちらを主張するので11年ぶりの再訪だ。


午後5時きっかりに「ほさか」の入口を開けると、店内では赤い顔の酔客がすでにカウンターやテーブル席を占めており、急な階段を上って二階の畳敷きの小さな部屋に通された。今はアルコール提供が7時まで、営業は8時で終了とされているために呑んべえ達の出足も早いようだ。灰皿の置かれた昭和の雰囲気が漂うテーブルでビールの中瓶を飲みつつ、出てくる焼き鳥コースの串を見るとみな小ぶりである。ただし最初のコース(5種または7種)で供される串は、すべて2本で1セットのため量的な物足りなさはないし、炭火での焼き加減や塩加減もほど良く、さすがコストパーフォーマンスに厳しい銀行員が良く利用するというだけの事はある。


ただ3年前に膀胱、昨年は前立腺と泌尿器系の手術を連続して終えた身としては、アルコールが入って困るのがトイレが近くなることだ。「トイレは店の中にはありません、横の共同トイレを使って下さい」という店員の指示で、下まで転げ落ちそうな急階段をなんとか下りて店外のトイレに行けば「エ、これがトイレ!?」と一瞬躊躇するほど路地に面してオープンな一角がそれであった。男子小用は道路から丸見え、便器もなくタイル張りの壁面に向かって放尿するスタイルだ。男子2人が並んで用を足すようになっているが、その間には仕切り板もない「ニイハオ・トイレ」が東京のど真ん中にあった。幸いまだ早い時間で他に利用者もいなかったから問題なかったが、もし連れションならどっちの方が壁に高く飛ぶかと競った子供時代みたいだ、等と妙なことを考えながら用を終えた。


びっくりトイレ以外は中国人店員もキビキビ動いて機転が利き、妻も「ね、味もサービスもなかなか良いでしょ」と鼻が膨らんでいる。ここではご飯ものがないので、ゆずの風味が効いた鳥スープや残りの串を堪能し、会計を終えて外へ出る。まだちょっと腹に余裕があるので、〆は近所のコンビニでおにぎりを買うこととし、「ウエスト」の喫茶室は間もなく閉まってしまうので家でお茶でも飲もうとモンブランを買った。こんなに早い時間で飲み終わると身体は楽だし、アルコール摂取量もそう多くはならないようだ。肝臓の数値もこのところ基準内とあって、緊急事態宣言も悪い事ばかりではないなと夜風に吹かれつつ相変わらず人通りが少ない銀座の街を後にした。

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新橋・烏森神社前「ほさか」

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タイルに向かって放尿・仕切りなしのトイレ(左ドアは女子用)手前はすぐ道路

2021年2月 9日 (火)

森 オリンピック組織委員会会長批判に反論する【言葉狩りはやめよう】

このブログの読者の方から、女性蔑視とされる発言をした森オリンピック組織委員会会長を批難するメディア報道に対し、憤りを感じるとのコメントを昨日頂いた。詳細は2月6日付け「海運業界、思わぬ好決算」のコメント欄に記したとおりで、私もこの方の意見に完全に同意する。例によって森氏に対するバッシングは、氏のコメントのごく一部を切り取ったものに違いないから、スピーチ全体で何が述べられていたのか、どういう場での発言かの検証が必要と感じネット検索をしたところ、日刊スポーツで以下のスピーチ全文を見つけ早速読んでみた。

スピーチの概要は以下のとおり:
時間・場所:本年2月3日・渋谷区に2019年5月に新しくできたジャパン・スポーツ・オリンピック・スクエア(JSOS)会議室で開かれた日本オリンピック委員会(JOC)の臨時協議会に於いて、東京オリンピック・パラリンピック組織委員会会長である森氏が行ったもの。時間は約40分と他のソースが伝えている。
スピーチの骨子:(注:森氏独特のサービス精神なのか、話はあちこちに触れながらの半ば与太話風のスピーチではあるが)

  1. JOCや日本スポーツ協会が入るJSOSの新しいビルは素晴らしいとの賛辞。
  2. 自分が体協の会長に選出された経緯や東京オリンピックの組織委員会が入る岸記念体育館のあれこれ、体協への不満など。(注:いずれのトピックスもリラックスした口調で面白可笑しく紹介し、お茶の水にあるサッカー協会の建物などにも触れ脱線気味の内容となっている)
  3. 森氏がラグビー協会に関わった際の病身を押してのロンドン訪問や、今のウイルス禍などの小噺。
  4. 東京オリンピック・パラリンピックに無責任に反対する人たちへの不満。
  5. 会長、名誉会長であったラグビー協会への不満。
  6. オリンピックは今年何としてでも行うとの固い決意。

などが読み取れる。どこをとっても、活字にしたら何やらよくわからない与太話の類であるのが全文を読めばわかる。

いまさかんにメディアなどで女性差別とされる発言は5. の項目で、名誉会長としてラグビーワールドカップ日本大会を大成功に導いた際に、氏が経験したラグビー協会の人事軋轢などのあとに為されている(下記全文、太字参照)。文脈から明確に分かるのは、女性の比率を一律4割にという乱暴なガイドラインに疑問を呈し、例としてラグビー協会の女性理事たちの事を否定的に言及した後に、組織委員会の女性理事は素晴らしいと述べていることである。早稲田のラグビー部に入りながら病気で退部せざるを得なかった森氏には、ラグビーに対して特段の思い入れがあることは衆目の一致するところだ。であらばこその様々な不満が身内とも言える日本ラグビー協会にあることを彼は吐露したまでで、これとは対比しながら組織委員会の女性理事については評価しているのである。(身内のラグビー協会への不満はスピーチの他の部分にもある通り)


JOCの入るビルでJOCの臨時協議会で招かれ、組織委員会の女性理事を引き立てるために謙譲の精神で身内を引き合いにしたのだろうが、そういう対比が良いかどうかは別として、全体を見れば何ら女性をおとしめる発言はしていないのが明瞭だ。果たしてこれのどこが時代遅れの女性蔑視の発言なのであろうか。さらに問題の発言の部分を声に出して読んでみたが、ここをゆっくり読んでもせいぜい2分程度で終わる長さで、やはり批難は「切り取り」であることがわかる。こうしてみると森氏の今回の発言に対する批難は、サヨクやリベラルお得意の「ため」にする批難、批難のための批難であると断言できる。40分と云われるスピーチのほんの一部を切り取り、曲解を重ねた上でよってたかっってバッシングするような社会が寛容な社会といえるだろうか。昨日のコメント欄でも触れたが、このような「言葉狩り」や「メディアの集団リンチ」が横行する社会はごめんこうむりたいものだ。


2月11日追記:森発言について下記赤字部分を追加しました。「全文」と謳いながらメディアはここでも自分の都合のよいように切り取っていることがよくわかります。それも森さんが女性をほめている部分を意図的に削除し「全文」だと言っているのです。いかにメディアが劣化しているのかよくわかります。

以下森氏「日本オリンピック委員会(JOC)の臨時評議員会(2021年2月4日)」での発言を
日刊スポーツ2月4日付「森会長/発言全文1~3」から引用
毎日新聞2月3日付「森喜朗氏『文科省がうるさくいうんでね』JOC評議員会での女性理事についての発言」から赤字部分補記

この建物(ジャパン・スポーツ・オリピック・スクエア=JSOS)に、いろんな会議場があるんでしょうが、会議というものに参加したのが今日は初めて。実に立派な会議室だなと。

私どもの組織委員会の会議室とまったく違う。私どもの会議にはじゅうたんは入ってないです。つまり、我々のは瞬間的な時間が決まった団体で、JOCは長い歴史がある。これからもスポーツの中心的役割を担うということだと思う。

ああいう、全部すぐ(映像が)映るような部屋はわたくしどもののところにはない。毎日のようにIOC(国際オリンピック委員会)と会議としてますが、会議場があっちこっち変わって、その都度職員が大きなテレビを持ち歩いて、そこから放映したり視聴したりしている。言い方よくありませんが、お粗末な会議場でありまして。(JOC会長の)山下(泰裕)さんはうらやましいなと。

しかし、建物、これで公式的には3度目かな、いや4度目。最初は竣工(しゅんこう)式のパーティーの時。その時、長々と歴史の話はしましたので省きます。2番目は山下さんが決められて、なんかあったな、それで参りました。3回目はバッハ会長が安倍前総理にですね、功労賞をお渡しになるのでそれをどこにしようかと官邸から相談がありました。すぐに新しいスポーツ会館(JSOS)がいいだろうと。バッハさんも、安倍さんもこれるし、みんなこれるんじゃないかと。ここでやったのはつい最近であります。その次は参りました4回目が今日です。

いずれも立派なお仕事ができる環境。新国立競技場の真ん前にあり、その横に、競技場のエリアにあった青年館を横に、というよりスポーツ会館の後ろにもってきた。競技場のエリアにあった青年館を横にもってきたと。

そういう構図で、JOCを中心に競技場もあり、これからラグビー協会というより国策に基づき、秩父宮競技場を移転させると。これは国が決めたことで、近所に移る予定だそうです。いずれにしても、この場所は日本のスポーツ界の中心地だと。こんなところはない。結果として、私は当時、(渋谷にあった)岸記念(体育館)におりました(日本)体育協会の会長をしてまして。なった経緯を申し上げますと、河野洋平先生だったんです。河野洋平先生がきて、「一生に1度の頼みだから」と。「体協の会長に推薦されたんだ」と。「実は息子の太郎から肝臓をもらった」と。移植をやった直後で。「医者から飛行機に乗ってはいけないと言われているので、だめなんです。やる気持ちがない」と。従い、「よく分かってくれているのは森さん、あんただから、私は君を推薦したいんだよ、頼むよ」と言われまして。まあ、選考委員長はラグビーの大学の先輩である日比野先生だったものですから、「お願いだから断るな」と、「オレに恥をかかせるなよ」とこう言われまして、それでスポーツ協会、当時の体協の会長をいたしました。

今日は見えているかな、体協の方?さぼってんですか、それとも。(「オンラインです」の声に)オンラインでいるなら、あまり悪口は言えないな。

当時体協の専務、岡崎さんです。「一切口は挟まないからただひとつ」と。「岸記念館を建て直すことがあなたの仕事です」。えらいことになったなと。土地は国のものなんですけど、その下に水道局の施設が入り、そう簡単に動かせない。石原知事にも「森さん無理だよ、動かしたらダメだよ」と。

その時おもしろい話をしてくれた。次の五輪は晴海のほう、新しいフロントシティーでやりたい。従って国立競技場はそっちに持って行く。その時、NHKから相談があったので、NHKは国立競技場がもし晴海に行くなら、NHKの建物もかなり年期がたっているので大きくしたいと、そこ(跡地)に移ると。いまのNHKのビルはそのまま使える。それを協会のビルにすればと。そりゃいい話だと。

岸記念体育館のほうが渋谷の商業地に隣接しているのに、緑地公園なんちゃらで上に伸ばしちゃいけない。NHKの横は閑静な住宅街でしょ。どういう政治的判断があったのか。岸記念体育館は5階建てですか。結局、国立競技場の移設は反対になりました。日本陸連が、あそこは海から風が来るので、陸上競技の種目、風具合にでは公式記録では扱えなくなると。基本的な問題を考えないで、よく考えないで石原さんらしいけど、海側にいくのを断念した。結果として、いまのNHKのところにいくことができなかった。あれだけ大きいのでNF(国内競技団体)の方には広々とした部屋を提供できると思っていたのに、残念でありまして。NHKは動かないと。

さて、岸記念体育館をどうするかと、随分苦労しましたが、見事にスポーツ協会、JOCは、この建設地になったんですね。東京都のみなさんが考えてくれたことだろうと思いますが、もう1つ、あとは日本青年館ですね。青年館の郷里には農業関係の青年が多いですが、青年館は地位が高いですね。東京では日本青年館というのはあまり評価されていないですが、古い団体であることは間違いないですね。当時(新国立競技場建設にあたり)怒られました、なんで国立競技場から出すんだと。避けて建てればいいと。死んでも動かないとなりましてね、たまたまその当時の理事長が、鹿児島県選出の先生でした。私は平身低頭して日本のスポーツ界のためにお願いした。それだけ日本青年会は素晴らしい建物になるはずだと。国立競技場もラグビー場も神宮の野球場もみんな見える、酒を飲みながら見れるいい部屋が理事長室になるはずだと申し上げたら「それはいいな」と。していいかどうか、本人の名誉のために言っちゃいかんかったですが、もう亡くなられましたので。亡くなられる前にお見えになり、感激をしておられました。

青年館が移ったものですから、こちらにもってきたのは妙案だった。それがこの建物です。

オリンピックのマークもつけてもらい。これは竹田さんがやられたのか山下さんがやられたのかわかりませんが、我々も五輪マークをどこかにつけようと、虎ノ門、晴海の時もつけられないか言ったが、絶対に駄目だと。それがいとも簡単にこの建物に。国立競技場を見に来るお客さんは、あれは五輪会館だとこういうんです。ちょっと寂しい感じがしました。本当は体協なのになと。スポーツ協会とJOCが協力して建てたのになと。ところが国民は誰もそうは思ってない。これは五輪会館だなと。どこにあるんだと聞かれると、国立競技場の前に建物がありますと。スポーツ会館というと、「オリンピック会館じゃないんですか」と。これはもう定着した感じがあります。

サッカー協会が自前でお金を作って文京区にビルを作られた。しかし、知らないですよ。これはあっという間にオリンピック会館と言われるようになった。サッカー会館というと、「どこですか」とよく聞かれたんですが。順天堂大の前を…とか言っているんですが、その点、オリンピックのネーミングはそれだけ強いものだなと思います。日本のスポーツ界のまさに牙城、本城だと理解してもらい大いに活用してもらえばなと思ってます。

私も84歳になりますので、この建物を建てるまでだなと。新国立競技場ができるまではどうせ命は持たないだろうと。もうだめだろうと思ってたら、2015年のワールドカップのラグビーがイギリスでありまして、その時に医者に頼んだら、ダメだよあなたは年内までだと。海外とんでもない。海外で死ねば本望と言ったら、賢明な女房がつえついて行きなと。歩くのもやっとだった。ロンドンに行ったときは抗がん剤をして、一歩一歩歩くのがやっとでした。帰ってきて、医者に行ったら、年内の命だなと思ってたら、その時に厚労省から薬が認可おろしてくれて。今のワクチンと同じで、もっと早く準備すればいいんですよ、今ごろになって準備とか。その頃からワクチンの準備しないといけないんですけど、厚生省に聞くとどの薬を使うか決まってないからダメだと。結局この薬いいだろうとなってからやるのが、何が必要かと話すのが日本政府のやり方ですね。この建物ももっと早く使えるようになればと。

余計なこと申し上げましたが、今日、本当はお願いに来たわけです。いよいよ、JOCのお力を借りて、スポーツ協会の方のお力を借りて、五輪目前であります。あと半年です。ぜひ実現をしたい。今日もですが、見出しをみていると「森が謝った」とか「早く辞めろ」とか、そういう記事がたくさんばかり出ています。こないだまで悪口は山下さんばかりだったんだけど、最近は私か菅さんとどっちが多いかというぐらい悪者になってますね。うちの家内にこの年になって「総理の時は我慢していたけれど、総理の時よりも悪口を言われるということはよっぽど悪いことをしているんですか」と言われるんですが、切り取るところが、悪いんだろうといって女房を説得しているわけです。

端的に言うと、いま出ているニュースは山下さんや私に対するものというのは、結局オリンピックをさせたくないんですよ。オリンピックを失敗したら菅さんに責任を取らせるし、森にも責任を持たせるし、山下さんも。ということを考えている方がスポーツ関係の中にはかなりおられると。スポーツ界、NF、役員構成、理事構成、年齢構成などで必ずトラブルがあるわけですね。長く務めていると、JOCの理事、スポーツ協会の理事、副会長というのは肩書は世間的にはいいですが、そういう意味で長くやられた方は辞めるのが苦痛なんだと思います。ですから私は体協もラグビー協会も本当は、前代未聞のラグビーワールドカップをやったんですから、皆さんがもうちょっと残ってやったらどうかと言ってくれるかなと思っていたが、誰もそうは言ってくれなかった。それでしゃくに障ったんで、九州にいる森(重隆)さんを会長にしたんです。いずれにしてもラグビー協会の会長も早く辞めて、私に名誉顧問や名誉理事くらいと思ってそれもない。いかにラグビー協会は冷厳であるか。

そのラグビー協会もW杯前の19年6月に人事。新聞記者に聞いたら、W杯を目の前に辞めることないんじゃないかと。W杯が終わったら辞めればいいと。当時の会長もそうだとなり、みんなが黙って言えないことになっていたんだと。私はそれで憤慨したんです。自分たちがやりたいがために役員人事を半年延ばすのはもってのほか。私は強く抗議した。ただし、今まで一生懸命に苦労した役員のみなさんにはW杯の試合を全部見られるように手配しなさいと。見事に直前に岡村さんから今の森さんに変わられたと。山下さんからガバナンスコードについて、かなり難しい状況なんじゃないかなと。これもいろいろ聞いていました。同じように理事として頑張った方をどうやってオリンピックの時にと。これは山下さん、理事としてきちんとやってさしあげないとだめだと。

特にこの山下会長は竹田さんから20年ぶりくらいに会長が変わった。これは珍しい。それは竹田さんという大変な崇高なお立場の方でいました。立派な方なので自分で何か意思をおっしゃることはなかった。しかし、周辺が相当気を付けないと、評価されない面がたくさんあったと思う。いろんな不祥事もありました。お金の面で解決したことは1つもなかった。立ちはだかる競技は、橋本聖子さんがやってましたから、追及しにくい雰囲気があった。ですから、橋本さんが常に前面立つべきだという。国会の議員仲間に物が言いにくいということがあったと聞いています。そういう中で山下さんが皆さんの手によってお選びになられた。山下さんを全員で支える。

実を言うと昨日、組織委、JOC、東京都みなさん、国、関係者集まり、自民党本部で関係各位の会議がございました。その最後に山下さんがあいさつした。びっくりした。これが山下さんなんだなと。柔道以上にけれんみがあった。本来、山下さんがあれだけ立派な演説をするとは。みんなそう言っていた。しゃべり方だけではなく、理路整然と1つ1つしっかりした話をされてました。この原稿は籾井さんが作ったのかなと。いろいろ考えましたが、いずれにしてもみんな力を合わせて山下会長を守っているのだと安心しました。しかし、演説をしたのは山下さん。私もいろんな話の間、すばらしい山下さんのリーダーシップ、あらためて、大いに評価をし、これからもオリンピックに向けてしっかり頑張っていただきたいと。ご協力を賜ります。

これはテレビがあるからやりにくいんだが、女性理事を4割というのは、これは文科省がうるさくいうんでね、女性がたくさん入っている理事会、理事会は時間がかかります。これもうちの恥を言います。ラグビー協会は倍の時間がかかる。女性が10人くらいいるのか、いま5人か。女性は優れており、競争意識が強い。誰か1人が手を挙げると、自分もやらなきゃいけないと思うんでしょうね、それでみんな発言されるんです。結局、女性はそういう、あまり私が言うと新聞に漏れると大変だな、これはまた悪口を言ったと書かれるが、

  • 必ずしも数で増やす場合は、時間も規制しないとなかなか終わらないと困る。そんなこともあります。(日刊)
  • 女性を増やしていく場合は、「発言の時間をある程度、規制を促しておかないと、なかなか終わらないので困る」と言っておられた。誰が言ったかは言わないけど。(毎日)

私どもの組織委にも、女性は何人いますか。7人くらいおられるが、みんなわきまえておられる。

  • みんな競技団体のご出身で、国際的に大きな場所を踏んでおられる方ばかり、ですからお話もきちんとした的を射た、そういうご発言されていたばかりです。(日刊)
  • みんな競技団体からのご出身、また国際的に大きな場所を踏んでおられる方々ばかりです。お話もきちっと的を射ており、欠員があればすぐ女性を選ぼうとなる。(毎日)

長くなって恐縮です。山下さんが、私に最初にあいさつしろと。こう言うもんですから。私は長くなるよ、と。議事進行にご迷惑になるからと。というよりは私の立場を考えて、何か先にしないと失礼になると事務局は考えたと思う。そういう考えは無用です。ここに来れば、みんな同じなんです。ですから、そういう意味で、誰か偉い人が来たら、すぐさせるとか。特にそういうのは会議の途中でありますから「ただいま、何とか大臣が見えましたので、ごあいさつを」というのがあります。あれ1番、良くないですね。そんなつもりで来てるんじゃない。

今日、私は実際、しゃべりはないと。そう思って。言われなかったから原稿も用意してなかった。急な話ですから昨日一昨日使った、当時使った、この原稿を使ってくださいと。一昨日しゃべったことを何でなんだと。まあ、こういう風にみんなが気をつかってくれることは、ありがたいことでありますが、どうぞ、あんまり気をつかわないで。あんまり気をつかわれたら私もう来ないようにしますから。さっきから事務局の皆さんにも、そう申し上げた。山下さんも出てこられたんで、あなたが私を出迎えにエレベーターへ来られると、全理事にしなきゃいけませんよ、と。それができるんだったらいいが、できないんだったらやめなさいと、さっそく注意した。そういう意味で皆さん、円満にスポーツのことをしっかり考えて。

そして今日、最後にお願い申し上げるのは、オリンピック、ぜひ、どんなことがあってもやります。あまり具体的なことは言えません。これテレビがあるから言えないんですが、まあ、無観客、ということも当然想定しながら、いくつかのシミュレーションをしております。その無観客にもまた、いくらでも細かい部分はあります。要は、外国から来る一般のお客をどうやって水際で防げるかということです。選手、役員、その他関係者はですね、割といい。あとはアプリをみんな持ってもらって。今、認証カードで全部、自分の母国を出た時の写真が東京へ入ってくる。どの会場にも、その写真がいくというようなシステムを今、一生懸命、企業が考えてくれております。

ですから、どんなことあってもこれはやらなきゃなりません。簡単に来年に延ばせばいいとか、フランスに変わってもらえばいいとか、4年後でいいんじゃないかとかですね、そういう無責任なことを言う人たちがスポーツ評論家の中にもあるというのは、何なのかなあと。学問をやっているようだけど神髄がわかってない人たちがある。これを1年延ばして、皆さんに大変ご迷惑を掛けました。特にアスリートの皆さんにご迷惑を掛けた。しかし、これを延ばすことによって今、公表されてますが(追加で)3000億のお金がかかりました。したがって(延期前が)1兆3500億円でしたかな。それが予算が(合計)1兆6500億円まで広がったわけです。これを東京都と私どもが折半します。国が出すのはパラリンピックだけでありますので1500億。これはそのままになります。

したがって、私どもはスポンサーを集めて、お金を集めることはできないわけじゃない。しかし、これをやれば東京都と組織委員会には同額にするという約束になってますから。東京都が、そのお金を出さなきゃいけない。東京都はお金をどこから出すかと言ったら税金から出すしかないわけで。1兆6000億でおきたいんですが。

これをですね、また1年延ばすと簡単におっしゃいますが、選手の管理をやられてるだけでバスを二千数百台、借りているんです。今年1年あるわけでしたが、そのまま据え置いて来年、乗用車が約600台から700台。バス運転手も、その倍います。取っておかないといけません。変な話ですが、築地の跡に車を止めてありますが、そこに運転手がみんな控えるとなりますと、トイレから何から全部、想像を絶するような準備をしなきゃいけない。

ホテル、やっと昨日初めて、担当局長がホテル協会と解決しましたと。キャンセル全部しちゃったわけです。そのキャンセル料を1円も払わずに、また1年延ばして、同じ条件でまたやってくれと。こんな虫のいい要求を私は恥ずかしくてできないんだけど「会長は出ないでください」「あんたが出ると妥協するから」と言われまして。しっかりとした局長が、しっかり言ってました。だから全く昨年と変わらない形でホテルも全部、契約を済ませました。

まあ、そんなこと言い出したら切りがないです。これを全部、国民の皆さんに話してしまえば、だから金がかかるから五輪には反対なんだよ、という、またそういう声が出てくることになります。しかし、今はコロナになっておりますが、原点は東北。震災から始まったこと。熊本、新潟、災害はたくさんあって、そういう災害から立ち上がっている諸君を激励しよう、皆さんを元気づけましょう、ということがオリンピックの最大の目標だったはずです。それをみんな事を忘れて、コロナ、コロナ、コロナだから辞めてしまえと。そうじゃないんだと思います。しかも世界から多くのお見舞いをいただいた。

世界から、たくさんのボランティアが来た。募集した我々が想像した以上に集まってくれた。そしたら組織委が金を払ってやれとか、車代を出せとか、タダなら学徒動員と同じだ、とまで書いた新聞社もあるわけですから。そこまで、やっぱり批判されてきたわけです。1つ1つ、そういうものを挙げたら本当に切りがない話なんです。

ですが、皆さんの真心と各競技団体。そして何と言っても、役員のために、JOCのために、組織委員会のために五輪があるわけではないんです、IOCのためでもないんです。日本のアスリートのためでしょ。アスリートは、この本番でお客さんがいなくてもやりたいと言ったら、やらせてあげるしかないじゃないですか。誰もいなくても、走るだろう。

それを去年の1年前のイベントでご覧になったと思いますが、池江(瑠花子)さんを使って、国立競技場で1人で手を挙げて、トーチを持ってましたよ。大きな広告を全国の新聞に出しました。あの心境なんです。1人でも私は、やります。こんなに体力なくても私はオリンピックを目指します、という感じ。それを国民に見てもらった。だから日本中の国民の皆さんも、あの広告を見て「あ、五輪やるんだな」。そういう思いを皆さんが持っていただいたと思っています。どうぞ、大事な大事なアスリートのために、この五輪を何としても開催するんだ、ということを皆さんもご理解をいただいて、これから極めて難しい時期になりますけど、格別のお力添えをたまわれますように。また日ごろ、皆さん、すべての団体を代表して組織委員会にも多くの皆さんを派遣していただいておりますけども、厚く御礼を申し上げて、以上、長々と申し上げましたが、ちょうど時間になりましたでしょうか。ありがとうございました。どうぞよろしくお願いします。

2021年2月 6日 (土)

海運業界、思わぬ好決算

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20,000個積み超大型コンテナ船"MOL TREASURE"(商船三井運航)2018年4月 スエズ運河・スエズ港錨地にて

2020年4月-12月期の決算が発表され、武漢ウイルスで航空会社が苦境に陥っているほか、外出自粛が広がり旅行や外食、衣料品への支出が大きく落ち込んでいると報道されている。一方でデジタル関連やゲーム機器、通販や宅配など家庭で消費する項目に関連した業種は業績を伸ばしているそうだ。そんな中で大手外航海運各社の2020年度通期予想が発表になり、近年にない高い利益水準になっているのが目を引く。期初の予想では日本郵船がトントン、商船三井は数百億円の赤字で、総じて業界として先行きが見えないとしていたが、ここへ来て郵船は1,600億円・商船三井が950億円・川崎汽船が500億円の経常利益をあげる予想となった。武漢ウイルス汚染が世界中で拡大していた昨春には誰も予想だにしなかった数字である。原材料やエネルギー関連の輸送が想定したほど悪化しなかったことに加え、何と言ってもコンテナ船部門が未曾有の好況に沸いているのが各社の業績を大きく押し上げた。


青息吐息だった邦船三社(郵船・商船三井・川汽)のコンテナ部門が寄り集まって出来た、ONE(OCEAN NETWORK EXPRESS)は通期利益が25億ドル(約2,600億円)というから大変な好決算である。武漢ウイルスの感染拡大で需要減を予想し、コンテナ船の大規模な欠航やサービス体制の合理化を図っていたところ、昨年夏からの想定以上の世界的な巣ごもり需要によって船腹スペースの供給が追い付かない状況となった。巣ごもり需要といえば家庭で消費する日用品やゲームなどの通信機器が挙げられるが、これらは総じて中国などアジア諸国で作られ北米で消費されるため、アメリカへ向かったコンテナが滞留して戻ってこないことも市況を押し上げる要因となっている。加えて世界的な港湾の混雑、さらにアメリカでは一部の港で湾荷役業者からウイルスのクラスターが出て作業が遅れる事などの事態が混乱に拍車をかけている。


顧みればここ数年、主要航路には20フィート換算のコンテナを10,000個から20,000個も積める超大型船が次々と就航して、貨物スペースの供給を大幅に増やしてきた。2018年の飛鳥Ⅱのワールドクルーズの途中、世界中の港や運河、海峡などで超大型コンテナ船が列をなして航行するさまを見て、船舶の供給過剰でコンテナ船の市況は当分回復しないと思ったものだが、あれから僅か2年でこういう需給タイトな状況になるとは世の中わからないものだ。確かに我が家でもこのウイルス禍で旅行が思うようにできないので、「飛鳥Ⅱ絶景世界旅行」のDVDセットを買ったり、高機能フライパンを買ったりと、普段なら買わない家庭用品を購入している。我が家でさえこうだから家の広いアメリカの家庭なら、もっと気軽に台所用品や家電、ゲーム機器を買おうとするだろうが、個々の家庭の消費がこれほど大きな物流の需要になるとは驚きだ。


しかしこの好況に味をしめて大型の新造コンテナ船を造ったりすると、その後に必ず到来する不況で反動が来て、その部門がお荷物になるのが海運業界の常。私が北米コンテナ船航路の企画・運営をしていた1980年代は中国という市場もなく、日本から北米西岸向けのコンテナ船は800個から1,600個積み、ニューヨーク航路がせいぜい2,000個積みと、今ではアジア域内のフィーダー航路を走る船並みの大きさだった。当時は海運業は万年不況産業などと揶揄されたが、これだけ設備や船舶が大型化された結果、巨額の利益をコンテナ船が生み出すようになるとは、世の変化の激しさ、浮き沈みの大きさに改めて目を瞠る。設備産業の投資とは難しいものだが、逆風の中でもあきらめずに投資をして商売を続ければいつの日にか陽の目をみることもある。いま世界中でクルーズ船の運航がウイルス禍で停止し、米国の大手クルーズ船会社などはキャシュフローがあとどのくらい持つかなどと取りざたされるが、この危機を乗り越えれば必ず浮かぶ瀬もあると、大手海運会社の決算を見て一人思った。


我が家の巣ごもり用品「飛鳥Ⅱ絶景世界旅行」DVDセット
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5,000個積みコンテナ船"NYK DAEDALUS" (日本郵船運航)2007年建造で15年前は大型船とされた 2018年6月 パナマ運河・ガツン湖に
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14,000個積みコンテナ船"MUNCHEN BRIDGE"(川崎汽船運航)2015年建造 2018年5月 スペイン・バレンシアにて
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2021年2月 3日 (水)

半日鉄道プチ旅行・「妙な線路大研究」(竹内正浩・著)を読んで

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かねてから不思議に思っていたことがある。東京の西郊外に延びる東武東上線や西武新宿・池袋線、小田急線や京王線はターミナル駅から真っすぐ西に向かっているのに、都心の東側に路線を展開する東武伊勢崎線や京成線は東京近辺でなぜあれほど線路が複雑に曲がっているのだろうか。東武伊勢崎線は北千住から南は線路がくねくねと方向を変えるし、京成本線も上野公園下や日暮里に急カーブがあるほか、路線図を眺めるとあちこちで線路が屈曲しているのがわかる。また京成押上線はせっかく都心近くまで来ながら、永い間なぜか隅田川の向こうの押上で寸止めだったなど、東京の西で生まれ育ちこの辺りに地縁のない私には分からないことが多い。極めつけは両鉄道の線路が平行して走っている千住付近(下地図の黒〇中、京成本線の関谷・東武線の牛田駅近辺)で、ここでは浅草方面行きの東武上り線と、千葉方面に向かう京成の下り線が500米ほどまったく同じ向きに走っている。上り電車と下り電車が同じ方向に向かって走るさまを見る度に、ここはまるで鉄道のラビリンスかと妙な錯覚にとらわれるのだ。


新刊「妙な線路大研究・東京編」(じっぴコンパクト新書・竹内正浩著)がこの疑問を解決してくれた。筆者は膨大な資料に当たり、地理的条件だけではなく政治・行政、往時の軍の施設など多角的な視点から「なぜ鉄道がこの場所を通るのか」「なぜこの鉄道はこんなに妙な線形をしているのか」について詳しく述べている。品川駅の南に北品川駅があるとか、東武東上線や西武新宿線は山手線の内側まで進出する計画があった、などのトピックスに加えて、地下鉄・大江戸線は各駅を出るとまず下り勾配になって節電しながら加速し、駅の手前は上り勾配で減速しやすい構造になっていると目からウロコの解説もあちこちに散りばめられている。とくに本書には「なぜ東武と京成の都心の線路はY字なのか」「浅草と亀戸で悶え苦しむ東武鉄道」「京成の疑惑事件と浅草延伸断念」「なぜ東武線は荒川堤防ギリギリを通っているのか?」と興味深い事項に頁が割かれており、これを読んでやっと永年の疑問が氷解した。


なぜ、東武伊勢崎線や都内の京成線の線路が複雑なのかはこういう事らしい。そもそも武蔵野台地が広がっていた東京の西郊外に較べて、東側は早くから集落が発達していた上に、荒川(隅田川)・中川・江戸川など大きな河川が集まっており、鉄道敷設のための環境が厳しく真っすぐ線路を建設できなかった事が挙げられる。また隅田川より西の都心部は東京市電の路線網が広がっていた上、すでに関東大震災前に地下鉄(銀座線)の建設計画もあり、都市計画上、東武伊勢崎線や京成押上線が隅田川を超えて都心に進出する許可がなかなか下りなかった。そのため京成電鉄は押上から隅田川を超えて西進するのをあきらめ(ただし後年、都営地下鉄・浅草線に乗り入れて都心進出は実現)、別の鉄道会社が日暮里へのルートについて免許を持っていたのでこれを吸収合併しようやく上野方面に路線を伸ばした。また隅田川は川筋が蛇行しているので、その東岸に線路を敷いた東武は川の屈曲に沿って鉄道を作るしかなかった上、大正末期に隅田川のすぐ東に荒川放水路が掘られたため、一旦作った線路の付けなおしを余儀なくされ、ますますウネウネと曲がる路線となった。


この「妙な線路大研究」を読んで現地踏査をしてみようと思い立ち、過日、上野駅から京成本線の各駅停車で関谷駅で降り、そこから東武伊勢崎線の堀切駅経由、鐘ヶ淵駅まで探索に行ってきた。関谷駅で千葉方面に向かう京成電車の各駅停車を下車すると、目の前に東武の牛田駅がある。この牛田駅から東武線で都心に戻るためには、改札口を入り向かい側の千葉県に向かうかのホームに立たねばならないのがなんとも奇異である。しかしここから東武の線路は90度近い急カーブで右に折れて南へ下り、堀切駅から荒川放水路の築堤に沿って鐘ヶ淵に向かうルートをとる。「妙な線路大研究」によると荒川放水路ができる前は、東武の線路は景勝地の堀切菖蒲園近くまで今は水路となった地をもっとゆったり大きなカーブを描いていたが、工事の完成で築堤の下をショートカットで南下せざる負えなくなったのだと云う。線路は鐘ヶ淵でまた右に急カーブをとって元々あった線を浅草や押上に向かうようになっており、水にまつわる歴史がこの近辺のトリッキーな線路配置を際立たせている。夕暮れにぶらぶらと歩きつつ、荒川放水路の築堤から東武伊勢崎線の線路を見ていると、ひっきりなしに通るのは地下鉄・半蔵門線経由で乗り入れてくる東急の車両で、東武が都心乗り入れに苦労したのは遠い過去の出来事なのだと改めて思い起こさせてくれた。

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東武伊勢崎線と京成線
東武線(赤)は荒川(中央)と隅田川(その左)の間を苦労しながら走る。牛田と鐘ヶ淵間は荒川開削までもっと大きなカーブだった。
京成線は押上線(下の紫)が隅田川の手前で終わり、日暮里までの現本線(上の紫)は後年に吸収合併した他鉄道の免許線である。
〇印が京成と東武が逆方向に向かって走る牛田駅付近

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荒川放水路開通で築堤の下を走るようになった東武伊勢崎線の線路(鐘ヶ淵から上流を望む)

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鐘ヶ淵駅の大カーブ。築堤下(右)を走ってきた線路はここから本来の経路で浅草(画面奥)へ向かう

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