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2020年11月14日 (土)

半日鉄道プチ旅行・東急多摩川線

20201112
かつての東急線電車の塗色、青と黄色の塗分けをした1000系とすれ違う

取引先の若者に「家はどこですか?」と聞くと「多摩川です」と答えが返ってくる。一瞬どこだか分からなかったが「あー、昔の多摩川園前ね。東横線の他に目蒲線もあって便利で良いですね」と言うと、彼は怪訝そうな顔をして黙り会話は途切れてしまった。後でどうしたことかと考えてみたら、今は目蒲線はもうないから最近沿線に越してきた若者には通じなかったことに気が付いた。目黒と蒲田を結んだ東急・目蒲線は目黒と多摩川園前(現多摩川)間が地下鉄と相互に乗り入れて東急・目黒線となり、残りの多摩川園前と蒲田間が東急・多摩川線となったのが西暦2000年のことで、それから早くも20年たって目蒲線時代を知らない若者がいても不思議ではないわけだ。


この会話に刺激され目蒲線時代の情景を思い出していると、その昔ラジオでも時々かかる程度にヒットした「目蒲線物語」という歌が頭に浮かんできた。「♯僕の名前は目蒲線、寂しい電車だ目蒲線、あってもなくてもどうでもいい目蒲線♪」という歌で、3~4両の旧型車両で東京の城南地区を地味に走る電車を茶化していた。とはいうものの1923年(大正12年)に出来た目蒲線は大東急の発祥路線であり、路線全長13キロながら目黒でJR山手線、蒲田では京浜東北線と連絡するほか、田園都市線を除く東急電鉄の各鉄道線に乗り換えられた大変便利な路線であり、地元の足として大いに機能していた。


20年前に2つに分かれた目蒲線のうち東半分である目黒線は、地下鉄乗り入れですっかり近代化され、今や堂々の幹線に格上げされている。この目黒線は2022年度に東急が相模鉄道と相互乗り入れした暁には、海老名や二俣川方面から20米車・8両編成の電車が走る予定で、「あってもなくてもどうでもいい目蒲線」時代から大出世である。しかし今回、半日鉄道プチ旅行でどの鉄道に乗ろうか考えた時、旧目蒲線のもう一方、まだローカル色が色濃く残る多摩川線を選ぶことにした。多摩川線は「乗るぞ」と決めないと、この後一生乗るチャンスがないかも知れないのも選択の理由である。


平日の昼下がり、蒲田駅の多摩川線ホーム先端にたたずむと、同じく蒲田を起点とする東急・池上線の18米3両編成の電車も見ることができる。東急の他の鉄道路線が20米4扉の大型車両で運転されているのに、この2線だけは18米3扉車というのが、いかにも地元限定の住民の足という感じがする。やってくる車両はかつて日比谷線乗り入れ車両として活躍した1000系のほか、7000系という新型車両があるのが目をひくが、これらも多摩川・池上線2線だけで運転される。


蒲田から終点の多摩川までは両端をいれても5駅、わずか5.6キロ、所要時間10分の多摩川線はワンマン運転となっている。ワンマンと云っても所定の停止位置に止まると、ドアの開閉操作は自動で行われるようで、駅に着いても運転士は2両目・3両目のモニター画面を見て安全を確認しているだけだ。車内はやはり地元のおばちゃんや高校生が目立ち「あの人、最近見ないけど病院に通っているの?」などと言う会話が聞こえてくる。蒲田でそこそこ埋まった座席も、終点多摩川に近づくと徐々に減っていくので、この時間はJR線から乗り換えて来た沿線住民の利用が多いのだろう。


乗っていると途中の鵜の木駅で、50年前に何度か乗り降りした事を突然思い出した。当時、高校3年の第二外国語は仏語を選択したのだが、そもそも英語さえ逃げていたので仏語などは論外。惨憺たる成績で、家で"toi et moi"(トワ・エ・モア)をトイエット・モイなどと発音したらしく、勉強にはあまり口を出さなかった母があまりの酷さに慌て、知り合いの娘さんに仏語指導を頼んだのだった。その彼女は立教大学仏文科の大学生で鵜の木駅近くの大きな家に住み、夏休みの間なら時間が取れるという事だった。鼻血ブーの男子校高校3年生は、2人きりで女子大生から勉強を教わるというシチュエーションに、妖しい妄想を抱いて鵜の木駅を降りて家に向かったが、やはり期待したような事は何も起こらなかったひと夏だった。などと思い出に耽っているうちに多摩川線の旅も終わり、あまりにあっけないので終点・多摩川から東横線・大井町線・田園都市線と東急線を乗り継いで家路に着いた。

 

追記:多摩川線には蒲田より延伸して京急空港線に乗り入れ羽田空港に至る蒲蒲線構想がある。そうなれば旧目蒲線の蒲田口も再び脚光を浴びるだろうが、標準軌(1435ミリ)の京急線に狭軌(1067ミリ)の東急線がどう乗り入れるのか乗り越えるべき課題は大きい。

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コメント

バルクキャリアーさま、こんばんは。

前記事レスで「それぞれの路線や駅には思い出がある」と仰いましたが、30年近く乗車していない東急多摩川線には深い思い出があります。30数年前の新入社員の営業マン時代に、営業力の強さで有名な某オーナー企業を新規開拓しようと本社に何度もアタックしましたが全く相手にされませんでした。そこでオーナー宅の住所を調べその自宅豪邸への朝駆けアタック作戦に変更しました。

住所が田園調布本町だったので田園調布駅ではなく多摩川線の「沼部駅」が最寄でした。今では鬼籍に入られたその高齢オーナーは朝7時に運転手付きのベントレーで自宅を出るので車に乗り込む寸前に、自己紹介文やら熱い気持ちを書いた手紙を渡し続けました。
朝駆けが50回を超えた所で本社に招かれ超大口の注文を頂きました。先方曰く「どれくらい根性があるか試した」とのことでしたが、商品の良し悪しより「人間性」を評価してくれたことが嬉しかったです。

この新規開拓で自信がつき営業成績も鰻登りとなり数年後の大スカウトとなったのですが、コンプライアンスや個人情報保護法等で規制が厳しい今の時代には、この営業手法はご法度でしょうね(笑)そう言った意味では良き時代に社会人のスタートを切れ良き人々に出会えたとの感謝の念が生まれます。

バルクキャリアーさまの記事は時にノスタルジーに浸らしてくれて心が穏やかになります。今宵はもう少しその気持ちを持続させたく妻とワインを飲み交わしながらニコラス・ケイジ主演2000年作「天使のくれた時間」を久々に鑑賞しようと思います。

M・Y様

こんばんは。コメントありがとうございます。

田園調布駅のロータリー側は大屋敷が並んでいましたが、田園調布本町や鵜の木などあの周囲も古くからの立派な邸宅が多いですね。その中に乗り込んで朝駆けされたバイタリティーはさすがM・Yさんと感服いたします。

M・Yさんご指摘の通り、今や個人情報保護やらコンプアライアンスでこのような個性的なやり方ができないのが残念です。人とはまず会って話す、少々言い過ぎややりすぎがあってもまず誠意を見せるのがビジネスの第一歩です。

先週金曜日に、元いた会社で用事があって会議をし、そのあと若者4人ほど引き連れて食事をしました。席上、まず人と会え、現場に行け、やたら形式ばった丁寧なメールや敬語に気をつけるより書きたいことを率直に書けとやや先輩風を吹かせて忠告しました。彼らも十分問題意識はあり理解してくれましたが、彼らの少し上の課長代理・課長クラスがコンプライアンスでがちがち。冒険は一切せず問題提議はせず、ちんまりと自分たちの殻に閉じこもりがちな中間管理職が多いのが今の組織の欠点だと私は認識しています。まあ入社以来、年に何回も弁護士やら監査部門の講義があり、シュリンクさせる事例ばかり見せられたら彼らが余計な事を一切行わない主義になるのもわからないではないですが。

ただしこのままでは総じて今の日本の会社はダメになると危惧しています。どうかM・Yさんの組織ではコンプライアンスのためのコンプライアンスをはねのけて成長せれますようお祈りいたします。

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