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2020年11月11日 (水)

半日鉄道プチ旅行・東急世田谷線

20201109

仕事がテレワーク体制となって時間の余裕ができ、首都圏近郊の半日鉄道の旅への興味がますます湧いてくる。先々週の西武新宿線・東武東上線の川越往復に続き、今回は東急世田谷線に乗ることにした。東急世田谷線は路面電車だった旧東急玉川線(玉電)の支線で、都電荒川線とともに東京で生き残った珍しい軌道線(路面電車)である。軌間は1372ミリで運転手の目視に頼る無閉塞運転を行う鉄道だが、世田谷線は荒川線と異なり三軒茶屋・下高井戸の全区間を専用軌道で走る。私は子供の頃玉電沿線の世田谷区駒沢に住んでいたので、三軒茶屋で下高井戸行きに乗り換えて、塾に通ったり京王線方面によく出かけたものだった。思い出のノスタルジック・ツアーである。


玉電といえば、東京オリンピックの頃から大山街道(現国道246)の交通渋滞が著しく、路面を走る電車も走ったり止まったりのなか、三軒茶屋から下高井戸方面だけはスイスイと走り快適だった。専用軌道を走っていたという事から、1969年に国道246号線拡幅と首都高3号線建設のため玉電が廃止された際に、この区間だけが世田谷線として単独で生き残ったのである。世田谷線は全線わずか5キロだが、始点と終点で京王本線と田園都市線、途中の山下駅で小田急線豪徳寺駅に乗り換えることができ、沿線には国士館大学や世田谷区役所などもあって一日5万人以上が利用している。


下高井戸からほぼ50年ぶりに乗る世田谷線の車両はすっかり新しくなり見違えてしまったが、小さな電車がトコトコと住宅地を走る風景は昔と変わらない。平日の昼過ぎとあって車内も近所の高齢者や高校生たちが目立ち、近隣の庶民の足と云う感じである。松陰神社で下車して世田谷区役所近くの商店街を散策すると、まだ「昭和」の雰囲気が色濃く残り、その昔自転車であたり一帯を駆け巡っていたころの景色とさして変わっていないようだ。勝手知ったる世田谷とあって、住宅街を足の向くまま田園都市線の駒沢大学駅方面に歩いていくと、犬を連れた高齢男性の散歩姿や庭の水やり姿が目立つ。地元に残った同級生の多くがああなったのだろうか等と思いつつ、帰路、玉電の代替として敷設された地下鉄の田園都市線(新玉川線)に乗ると、セピア色のノスタルジーの世界から一気に現実に戻って来た。

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鉄道」カテゴリの記事

コメント

バルクキャリアーさま

一般的な軌間は1067ミリと認識していましたが、世田谷線は無閉塞運転で軌間1372ミリとは知りませんでした。ちょっとしたトリビアでマニア心をくすぐりますね。昔「トリビアの泉~素晴らしきムダ知識」というタモリの番組がありましたが、この種の話は好きで知ると得した気分になります。

子供の頃は駒沢お住まいでしたか、大学卒業して独身寮があるたまプラーザ駅から渋谷まで田園都市線で通勤したので三軒茶屋とか駒沢と聞くと懐かしく響きます。豪徳寺・山下は更に郷愁を覚えます、大学時代の彼女が小田急線沿線でしたので下高井戸からよく送っていきました。父親が某商船会社の船長で音大に通うお嬢様でしたけど30年超経った今は、きっと素敵なオバ様になっていることでしょう。

そんな風に過去に思いを馳せると私も一瞬セピア色のノスタルジーに浸れました。
さて、午後はタフなネゴシエートがあるのでビジネス競争社会で戦うとします。

M・Yさま

仕事中のお休み時間にコメントありがとうございます。

私は今日もテレワーク(明日は出社します)でコメントを早速拝見しました。

鉄道の軌間は結構盲点で、鉄道ファンでもあまり注意を払わない人が多いようです。1372ミリのゲージは元々イギリスの鉄道馬車の軌間で、日本に路面電車(当初は東京も鉄道馬車)が導入された際に用いられたそうです。東京市電に乗り入れた玉電や、京王線(本線)、京成線、京急線などが1372ミリゲージを採用していますが、京急・京成はのちに標準軌(1435ミリ)に改軌しています。

現在では都電荒川線の他に関東私鉄大手幹線で1372ミリゲージを使っているのは、京王線とこれに乗り入れる都営新宿線のみですね。関東私鉄の揺籃期に設備や規則が緩やかな軌道法で免許を申請した方が安く早く建設できるため、これらの会社は1372ミり軌道を採用したそうですが、実際に道路の上を走るのは東京方起点のごく限られた区間で、あとは鉄道法に依らねばならない郊外電車並みの運転をしていたというから適当な時代だったわけです。実際に京王線はかつては新宿御苑入口あたりにあったターミナルから幡ヶ谷までは甲州街道上を走っていました。このあたりを辿ると、一冊の本が書けるくらい様々な歴史的経緯があって面白いです。

あと閉塞方式を採用しない世田谷線でも環七を横切る際に、電車も道路側の赤信号を待って通過するのは有名です。

M・Y さんが言われる通り、それぞれの路線や駅には思い出深い駅があります。特に彼女を送って行ったとか、携帯電話もない時代にひそかに彼女を改札口で待っていたなどという駅は、今になっても忘れません。駅の伝言黒板はロマンがあってよかったですね。

それではネゴの成功をお祈りします

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