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2020年9月

2020年9月19日 (土)

飛鳥Ⅱクルーズ再開

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アムステルダムの飛鳥Ⅱ 2018年5月世界一周クルーズにて

ヨーロッパでは限定的ながらクルーズ船の運航も始まる中、日本船はどうなるのか注目していたところ、にっぽん丸が10月25日から愛媛・新居浜を発着とする2泊3日のクルーズを行うことになり、飛鳥Ⅱもようやく11月2日から営業を再開すると発表した。殊に飛鳥Ⅱについては、乗船を予定していた今年のワールド・クルーズがほぼそのまま来年に延期になったため、その去就に注目していたところだが、まずはクルーズを再開するというニュースが聞けて嬉しい限りだ。飛鳥Ⅱは、郵船クルーズの持つたった一隻のクルーズ船で、かなり老朽化した船体をリニューアル工事で延命使用してきた船である。今後の事業展開について親会社の日本郵船が悩んでいたとの話があちこちから聞こえていたので、これを契機にクルーズはやめた、となるのではと危惧していたが、ちょっと一安心である。


発表された営業スケジュールは11月2日横浜発の3泊4日清水寄港の「30周年オープニングクルーズ」を皮切りに、横浜・神戸起点の2泊~3泊のショートクルーズと、12月後半以降のクリスマス・年末クルーズなどである。何となくおっかなびっくり、まずは何かあってもコントロール可能な範囲と日数でクルーズを再開しようという意図のようだが、これもあのダイヤモンドプリンセスの大騒動をみるとやむをえない措置といえよう。しかも今回発表されたクルーズは、7デッキのK.Fステートルームをクルー個室のために使用するため、客室としてはE.DバルコニーとC.A.Sのスイートルームのみの販売で、最大でも定員の半分の400名の乗客募集である。外国船に比べれば高値の日本船のなかでも飛鳥Ⅱは高く、特に今年初めの改装後には一段と値上げをしていた中において、今後しばらくは最も高価なバルコニー付きキャビンしか販売しないことになる。ウイルスが怖くて出歩かない高齢者も多いから、こうなるとどの程度の人たちが乗客として戻ってくるのだろうか。


クルーズ再開にあたり発表された感染症予防対策は、乗船前の唾液によるウイルス検査に始まり、舷門や船内での検温、船内でのマスク着用・アルコール消毒などの他、ビュフェの中止、ダンスやセイルアウェイパーティなどイベントの中止、その他ディナーやショー観覧は指定席とするなど広範囲に亘る。パブリックスペースやバーも一部立ち入りや入場人数制限が実施されるようで、そもそも定員の半分の船内で一体どのような雰囲気になるのだろうか。朝のリドのビュフェで好きなものをとりわけ、ゆったりと一日のスケジュールに思いを巡らしたり、知人と予定を確認しあったりの会話なども制限されるのだろうか。また船内でマスクを着用するのも鬱陶しく、ダンスもできないとはクルーズの楽しみが削がれるし、ディナーで新しい友人ができる機会も少なくなるだろう。なかには自粛警察のような乗客もいるかもしれず、当面何かと不便な船内生活になるであろう。


などとも思うが、もうSTAY HOMEも飽きた。クルーズ料金もGoToトラベルの対象になるというので、早速11月2日「30周年オープニングクルーズ」を申し込むことにした。船上から見る流れゆく雲のさまや、さまざまに変化する海の色、海上に伸びる本船の引き波などを久しぶりに眺めることができるかと考えると、矢も楯もたまらなくなったのである。3泊4日のこのクルーズは西口総料理長のアニバーサリーディナーにゲストは歌手の麻倉未稀、寄港地は清水となっている。清水港はもう幾度も行ったので、今度は清水駅から東海道線で金谷まで行き、大井川鉄道のSLの旅でも楽しむか、と予約後は時刻表をあれやこれや繰り、すでに旅が始まった気分だ。これまで毎週習ってきたダンスができないのは残念だが、その分ゆったりとした船上生活が期待できそうだし、先般のドックでフルにきれいにしたデッキ回りをチェックしたり、改装後の露店風呂に早く飛び込んでみたりと1年ぶりの船上を楽しみたい。早く予約確定の返事がこないものか。

 

2020年9月17日 (木)

岸 信夫・防衛大臣との苦い思い出

菅 義偉 新内閣に岸 信夫氏が防衛大臣として入閣した。懐かしい顔を久しぶりに見た気がする。岸 信夫氏が慶応義塾を出て新入社員で入ったのは、住友商事の穀物部である。私が海運会社で一般バラ積み貨物船営業の管理職だった1980年代後半から1990年代に、岸氏は住商穀物部で麦や米の輸入責任者として第一線でバリバリ活躍しており、彼とは何回か直接会って商談をしたことがある。自民党の幹事長や外務大臣を経験した安倍晋太郎氏の息子だという事は知っていたが、当時の彼はまだ30代で、切れ者だった印象はあるも尊大な素振りはまったくみせず、当初は私のような取引先にはごく温厚な好青年だったと云う印象が残っている。


さて、従前「一粒とも米は輸入しない」としていた日本も、1993年冷夏による米騒動に端を発した問題などから、1995年に米のミニマム輸入枠(ミニマム・アクセス)を設定し、カリフォルニアや豪州・タイ・中国から食料米を輸入する政策に方針を転換した。これにより農水省の行政機関だった食料庁の監督のもとに大手商社数社が輸入実務を担当することになったのだが、主食である米の本格的輸入は画期的なことであり、国内の農家や農協の圧力を前に輸入米の取り扱いはきわめてデリケートな問題でもあった。またミニマムアクセス米は予算で裏打ちされた数量と価格、さらに主食の輸入という政治的な観点から、当初は限られた商社が納入業者として認められ住友商事もその中の一社であった。


しかし自由競争の世の中ゆえ時の経過と共に次第に米輸入に参入しようとする商社も増えてくる。新規参入商社とそれに結びついた海運会社が、限られた数量のミニマムアクセス米に商機を求めて殺到するのは世の常である。当時は私も若かった。次々と新規に参入を企図する商社からの船舶引合いに応じるうち、図らずもその頃あった業界の秩序を完全に無視して業容を大幅拡大する事態になっていた。既に米輸入に従事していた大手の商社からは「暴れるな」と私に幾たびか警告が聞こえてきたし、会社の上層部からは商権を伸ばせと云われていたにも拘わらず 「 おまえは何を無茶苦茶しているのだ!」 と後ろから鉄砲も撃たれた。


それらをいっさい無視して営業活動に励むうち、既存組大手の住友商事の岸氏から、とうとう「あなたは住商にお出入り禁止」と宣言されてしまった。以後、一般貨物船を扱う我が部署は住友商事との商談が一切できなくなり、しばしば運んでいた同社の穀物輸送もなくなったが、当時は「まあ他にも商社はいくらでもあるさ」とさして気にも留めなかった。そのうちこちらが関連会社へ出向した後は、会社は住商とも仲直りをしたようでまずは一安心であったが、彼の顔がテレビに出る度に「お出禁」事件をどうしても思い出してしまう。人づてに聞くと、岸氏は「あいつ(私のこと)は見たくもない」と当時言っていたそうである。いまや閣僚となった向こうはまったく覚えていないだろうが、私にしてみれば半沢直樹の十分の一くらいの血気で突っ走り、のちの大臣にあれほど嫌われたあの時代が妙に懐かしい。時も過ぎ今やノーサイド、がんばれ岸 新大臣!

2020年9月12日 (土)

尖閣沖衝突事件、中国人船長釈放についての民主党政権の嘘

あれからちょうど10年という事だろうか、今になって2010年の9月に尖閣諸島沖であった中国『漁船』による、わが国海上保安庁の巡視船への衝突事件が話題になっている。産経新聞の取材に対してそのころ外務大臣だった前原誠司衆院議員が、当時の民主党政権の菅直人首相が逮捕した中国人船長の釈放を強く指示したと証言している。衝突事件で逮捕された中国人の船長を、政府は当初は「日本の国内法に基づいて粛々と対応する」としていたのが一転、中国の抗議が強まると、2週間後には「検察の判断で釈放して中国に送り返した」「政治的な関与はない」と発表した事件である。産経新聞の記事によると、前原氏は同年11月に横浜市で開催予定だったアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議に、中国の胡錦濤国家主席が来なくなることを菅直人首相が恐れたという。「悪夢の民主党政権」時代の出来事、やはりそうだったかと当時のことを思いおこす。(下記ブログ)


この証言については元民主党議員で、現在は自民党の長島昭久衆院議員が「前原氏の証言は、紛れもない事実だ。菅政権の一部では、この内容は共有していたはずだ」と述べている。当時も菅直人政権の説明はおかしいと大問題になったが、もしこの前原証言が事実ならば、中国人船長の処分を検察の所為にして政権の責任を放棄すると云う、あるまじき権力の横暴と国益を毀損した行為が民主党政府によって行われた事になる。退陣する安倍首相が「モリ・カケ」「サクラ」の説明責任を果たしていないなどと、未だ些末なことを問題にする野党やサヨクメディアがあるが、菅直人元首相の嘘と役人に責任を押し付けて批難から逃げてしまった行為、なにより中国を相手に外交的失策をやらかし国益を大きく損ねた事こそいま問題にすべきではないか。


当時の官房長官であった仙谷由人官房長官はすでに亡くなり事件が風化しようとしているが、菅直人氏や前原誠司氏はまだ現役の国会議員なのだから、この証言を機会に国会で特別委員会でも開いて事件の検証をすべきではないのか。当時どのような圧力が誰ににかかり、それに対して政権の誰が発言して誰が決定したのか。その過程で役人の「忖度」や「公文書の書き換え」があったのかなど、安倍首相が野党にさんざんとネチネチとやられた、「モリ・カケ」「サクラ」の「倍返し!」を新政府・自民党に期待したい。11月の米大統領選でトランプとバイデンのどちらが選ばれるかわからないが、いずれにしても今後米・中の対立は抜き差しならぬ段階に進むであろう。安全保障は日米安保で、経済は中国と協調しながら、などという中国寄りのお気軽・無責任な論調がメディアに目立つが、経済的損失が甚大でも中国とは距離を取るべき覚悟がわが国には求められている。あの事件の顛末をつまびらかにし、もって中国との付き合い方を再考する時ではないだろうか。

2010年10月4日の我がブログ「ごまめのはぎしり」(10年前の予想はその通りになっているようだ)

2020年9月11日 (金)

BS日テレ 友近・礼二の妄想トレイン

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「半沢直樹」や「YOUは何しに日本へ」などごく一部を除き、ニュースを含めて今の地上波のテレビ放送には見たいという番組があまりない。バカなタレントが並んでウイルスの恐怖を煽るワイドショーに、「放送しない自由」のニュースばかりでまるで面白くないのだ。その点BS放送の方がよほどまともで、ちょっと視聴してみようかというプログラムがこちらの方に多い (ただし韓流ドラマはご免蒙りたいが)。例えば夜の8時から10時まで放送されるBSフジのプライムニュースは視点もしっかりしており、ゲストコメンテーターもリベラルが多い地上波よりよほど信頼おける専門家が登場している。プライムニュースを見だすとつい最後までみてしまい、夜ももうこんな時間かと時計を見ては驚く。そのほか早朝のクルーズ船の番組もBSならではの放送で、いつも録画してはポスト武漢ウィルスのクルーズ再開に夢を馳せている。


BSで面白いのが、BS日テレで毎週月曜日の9時から1時間弱放送される「友近・礼二の妄想トレイン」だ。この番組は大の鉄道ファンであるお笑い中川家の礼二と、それほど鉄道ファンではないのだが好奇心満々の旅好き姐さん友近に、二人のゲストを交えて時刻表を見つつスタジオから架空の旅をするという設定となっている。毎回、主に東京をスタート地点としてゲストの好みの寄り道ポイントを経由しながら、設定された目的地まで鉄道のほか、グルメや景勝地を映像で巡る趣向である。番組はずぶずぶ鉄ちゃんのゲストと、それほど鉄分の濃くないもう一人のゲスト、それに女子鉄の久野アナウンサーが絡んで時刻表ベースに、料理や宿などの紹介が適宜織り込まれている。スタジオも、鉄道好きならいかにも考えそうな、列車や駅の銘板に囲まれた凝ったつくりである。


この番組は最新の車両や珍しい車窓風景も画面に多く登場するが、かつて都会で働いていた通勤車両が地方私鉄でまだ活躍している場面など、ロートルに敬意を表すかの鉄道愛あふれる場面が多いのがほほえましい。特に番組中で笑ってしまうのが礼二と毎回変わる鉄道好きゲストがしばしば掛け合いで行う、鉄道場面に関する声帯模写である。車内放送や駅の構内放送のものまねに始まり、電車や気動車の走行音や風切り音など、鉄道ファンなら「ここ!ここ!」と耳を傾けるポイントの擬音芸は秀逸で聴きごたえある。また友近や鉄でない方のゲストが、気動車を「電車」と言うと、さりげなく「電車でなく列車!」と礼二がツッコむのもお約束どおりで、鉄道ファンが安心して楽しめる内容となっている。旅番組というとグルメや豪華な旅館、温泉や寺社仏閣などに焦点が置かれがちだが、鉄道や時刻表を中心に旅を楽しむという切り口が新鮮で、毎回見終わると番組と同じ鉄旅をしたくなってくる。

 

2020年9月 7日 (月)

銀座 LA BETTOLA(ラ・ベットラ)の夜

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油の乗った穴子とサラダ、雲丹のクリームスパゲッティ

「日本で一番予約のとりにくいイタリアン」と呼ばれる落合務シェフの銀座一丁目"LA BETTOLA da Ochiai"に9月4日(金)の夜に行ってきた。飛鳥Ⅱの2015-2016南極南米ワールドクルーズで知り合い、以後しばしば都内で夕食を共にする仲良しのご夫妻が私の快気祝いを催して下さったものだ。もう一つ、この秋に催行予定の飛鳥Ⅱ就航30周年記念「アニバーサリー・オープニングクルーズ」を申し込んでいたら、これがウィルス騒動で中止なったので弔い合戦の意味もある。このクルーズは5泊の船内で「BETTOLA」の落合シェフの他、フレンチ「ラ・ロシェル」の坂井宏行シェフ、「赤坂四川飯店」の陳健一シェフ、「つきじ田村」の田村隆シェフによる「和仏伊中」のスぺシャルディナーが供されるのが売り物で、以前より乗船を楽しみにしていたのだが、この状況下ではクルーズが行われないのもやむなしか。「飛鳥の仇は銀座で討つ」である。

 

"LA BETTOLA"の住所は銀座一丁目とあるものの、実は昭和通りよりも海側で地下鉄・宝町駅にも近く、以前は木挽町と呼ばれた場所に店を構えている。このあたりは江戸時代初期に、江戸城を作る木挽きが多数住んだと云われる職人の町で、銀座といっても昔からの小さな店が残っている庶民的な街だ。その一角にごくひっそりとあるLA BETTOLA前の路上は昼の部も夜の部も、時間になるといつも開店を待つ人の群れができており、ここがいかに人気のあるレストランなのかがわかる。素晴らしい素材に、本場仕込みながら日本人の口にもあう味付けのイタリアンが、夜のコースでも4500円というごくリーズナブルな料金で食べられることが人気の秘密なのだろう。

 

その夜、私がチョイスしたのは脂の乗った穴子サラダ、スペシャリティの雲丹のクリームスパゲティ、ほどよい食感の豚のカツレツと、どれも期待を裏切らない味で、夜の更けるのも忘れクルーズ再開の期待や友人たちも苦戦しているダンスレッスンの話などで盛り上がった。料理の途中で落合シェフが挨拶に顔を見せたが、ここの顔である友人夫妻によると、ウイルス騒動で落合氏のゲストシェフ出張や講演などがなくなり、店に毎日顔を出すので従業員は気が抜けなく大変らしいとのことである。すっかり話し込んで長居をした帰り道、妻と二人ぶらぶらと地下鉄の駅まで歩くと、金曜日の夜だというのに銀座界隈はまだ人通りが戻ってこないのに気付く。柳の並木道が早く人出で賑わうようにと、酔いにまかせて「待ち合わせてあ~るく銀座♪」「みゆき通り、すずらん通り、二人の銀座♯」と山内賢と和泉雅子の「二人の銀座」を歌いながら家路についた。

金曜の夜というのに人出もまばらな銀座並木通り

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2020年9月 4日 (金)

白井聡のツイッター

内田樹などとともに本屋の店頭にあるサヨク本で良く名前を見る白井聡がやらかした。松任谷由実がラジオ番組で、安倍晋三首相の辞意表明会見を見て「テレビでちょうど見ていて泣いちゃった。切なくて」とコメントしたのに対して、「荒井由実のまま夭折すべきだったね。本当に、醜態をさらすより、早く死んだほうがいいと思いますよ。ご本人の名誉のために」とツイッターで発言して炎上したという。彼はあちこちからの批判にさすがに抗しきれなくなってツイッターを削除し、反省のコメントを出したそうだが、共産党推薦のサヨクの論客と呼ばれる人物でもこの程度の「知性」だったかと笑えてならない。彼らサヨクは日ごろヘイトスピーチと云われるものに敏感だが、本当にそうであるならば自分も人に対して「死んだほうが良い」などと過激なことは言わないだろう。それを平気でやるのは、主義主張の異なる人には厳しいが、自分がいうことは過激でも良いと彼は思っているはずだ。

 

なぜリベラルと云われる人たちやサヨクが嫌われるのかと云えば、彼らが日ごろ発する「言葉」が結局ブーメランとなって自分に返ってくるという事実に無自覚だからと思われる。今回も首相退任に際して、大事な時に体を壊す癖がある人を総理に担ぎ続けてきた自民党の責任は問われるべきとした立憲民主党の石垣議員のツイッターが物議をかもした。出自や病気など自らコントロールできないことを理由として責めるのは不適切だという、日ごろリベラルが声高に主張するのと反対の発言に我々は驚かされたわけである。そういえばかつて「非武装・中立」のスローガンを掲げていた社会党の村山党首が、自民党と連合政権を組んで首相に任命されるや、日米安保や自衛隊を認め、結局のところ党の存在意義がなくなって社会党が消滅したことを思い出した。社会党はただ反政府の「言葉」として「非武装・中立」を唱えていただけで、責任ある立場になり現実と向かいあうや、自分が唱えていた「言葉」は実現する気がないことが露骨に分かり国民は白けてしまったのである。

 

「人がすれば不倫疑惑、自分がすればラブロマンス」ではないが、野党やリベラル・サヨクなど政府・与党をするどく批難する人こそ、自分の言動にはより注意深くならねばならないはずだ。ところが日ごろサヨクやリベラルが発する「言葉」は口先だけのもので、本音は自ら実践や体現する気もないただの空理・空論に過ぎなかったいうのが白井発言や石垣発言からうかがえる。米・中の本格的対立で世界のパラダイムが変わろうとしているなか、日本を取り巻く環境は大きく変わろうとしている。安全保障はアメリカに委ねながら経済は中国と密接のままで良いのか。世界の警察をやめようとする米国にこのまま安全保障を委ねてよいのか。憲法改正に向けて動き出すべき時と私は思うが、口先だけの「言葉」を弄する野党やサヨク、リベラル相手に時間を浪費していてよいのか。健全な民主主義のために、野党やリベラルがもう少し大人になるように期待したい。

 

2020年9月 1日 (火)

武漢ウイルス騒ぎはそろそろやめにしませんか

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前立腺の全摘手術から早くも3週間以上が経った。帰宅してから友人たちにメールをすると「実は俺も手術したんだ」という返事が結構あった。どうも我々の年代では少なくとも2割以上の男性が、前立腺に問題があって手術をしたり検査を経験しているみたいだ。私の場合はロボットのダビンチによる手術で、以前より入院期間もかなり短くなったようだが、それでも入院とは何とも退屈なものであることを実感した。ことに今は武漢ウイルスの院内感染を防ぐために、家族でも入退院と手術日以外は入院患者への面会謝絶とあって、時間のたつのがより遅くて困った。たぶん日本中の病院で入院患者への面会禁止が行われていると思われるが、武漢ウイルスは世の中あらゆる場面で迷惑をまき散らしているのだ。武漢で新しい感染症が発生したという情報を隠蔽し、世界中にウイルスをばらまいた中国の態度には怒りを覚えるのみである。


とは云うものの、もうこの騒動もこの辺りで終わりにしないか、というのが今の率直な思いである。日本では武漢ウイルスによる重症者や死者が欧米諸国より極めて少ない中、何度もこのブログで書いているように、経済を大きく疲弊させてまでこの大騒ぎを続ける意味があるのだろうか。そう念じていたら、やっとここにきて一部の雑誌でも、私の思いと同じ論調が散見されるようになってきた。我が愛読誌の一つである月刊「HANADA」10月号は、国民全員PCR検査やれと一つ覚えの放送を連日繰り返していたモーニングショーの玉川徹らを「まだ懲りないバカのクラスター」と名指しし、彼らが「恐怖を煽るデマ、自粛警察を生む倫理操作」を拡散していると断じている。週刊新潮も8月に入ってから「怖いのはウイルスよりも集団ヒステリー」「ゼロリスクと叫ぶ偽善者たち」とワイドショーほか、ウイルスに過剰反応するポピュリストの知事たちを非難する記事を連載し始めた。昨日は新聞を広げると週刊ポストの広告に「岡田晴恵、玉川徹は恐怖の伝道師、モーニングショーは自粛警察の総本部」とある。高齢者や基礎疾患がある者以外は大した感染症でないことがわかってきた武漢ウイルスを必要以上に騒ぎたて、引き続きウイルスをネタに『商売』をしようとする「バカのクラスター」がまだ国内に多く巣くっているのである。


私もマンションのエレベーターには「マスクを着用してください」とあるのでエチケットとしその中ではするし、通勤電車や地下鉄の駅、それに狭い店などではマスクを着用してきた。外出後の手洗いやうがいも、この春からはきちんとするようになった。それでも「ジョギングにマスクがいるのか(5月3日)」でアップしたようにジョギング中や広い道・公園を歩くときにはマスクはしない。黙って近くを通り過ぎただけで感染はしないだろうし、何より暑いさなかに鬱陶しいものが顔についているだけで不愉快である。ということで昨日は退院後久々にジョギングを再開しようと皇居前の広い道でゆっくり走り足慣らしをしていると、向こうから歩いて来たマスクの男性にジロっと睨まれ、いきなり「チッ」と舌打ちされた。状況からしてこちらに何も思い当たる節がないから、その男性はマスクなしで1米くらい脇を走る私を見て、俺のそばで息を吐くな、とでも言いたかったのだろう。そう云えば先日、地下鉄でマスクをつけて普通に会話をしている二人連れ男性に「車内で会話をしないでください」とヒステリックに叫んでいたおばさんもいた。どこにでもワイドショーに感化されたような神経症的な自粛警察がいるものだ、と改めてバカのクラスターたちの罪に腹がたった。武漢ウイルスの大騒ぎはそろそろやめて、経済活動に飲食・旅行、スポーツや文化活動をふつうにやりませんか。

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