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2020年8月22日 (土)

WAKASHIO の座礁油濁事故を考察する(続)

20200822
モーリシャス島・ポートルイス港のタグボート 孤島なので今回のサルベージもこのクラスのタグか
(2011年飛鳥Ⅱのワールドクルーズで撮影)

モーリシャス島で起きたWAKASHIO号の座礁・油濁汚染事故について、船主たる岡山の長鋪汽船と用船者(=運航者)たる商船三井の用船(チャーター)契約について責任関係が如何になるかの関心が高いようだ。そこで長鋪汽船のような瀬戸内の船主の歴史的な背景と、用船契約における船主責任に関して今一度以下の様に纏めてみた。

1)瀬戸内船主の歴史
陸上の街道が整備される以前の上代より、人や物資の行き来は船を使って行われるのが主流であった。例えば中国大陸や朝鮮半島から日本の中心部だった畿内にやって来るために、九州の沿岸に着いた船は、風力の他にまず関門海峡の強い潮に乗って瀬戸内海まで進んだと考えられる。その後、来島海峡の上下げ潮の急流で船足を進め、芸予諸島などの島や港で風待ち、潮待ち後、今度は明石海峡の潮汐を利用して、京や奈良に近い畿内の津にたどり着いたことだろう。当時は海上の航路がもっとも早くて便利な大陸との物流ルートであったはずだ。瀬戸内海の沿岸や点在する島々に住む人たちは、舟の所有者として海上運送の仕事に携わったが、時には平家や源氏など権力者の水軍になり、時には海の難所のパイロット、はたまた海賊となって付近を航行する船から通行税を巻き上げるなど、海をベースに様々な仕事を営んできた。明治以降彼らは機帆船の船主として物流に直接携わるようになり、そのうちの有力な業者が戦後の高度成長期を迎え外航船の分野に進出することになる。このような事例はわが国にとどまらずヨーロッパでも見られ、バイキングの末裔たるノルウェーや北ドイツの船主、あるいは地中海物流を基盤としたギリシャ船主などがその典型である。

2)船主業の発展 
これら外航海運に進出した瀬戸内の業者の多くは、地方銀行など地場の金融機関の融資をもとに外航船を地元の造船所で建造し船主業を営むようになった。WAKASHIO号の所有者、長鋪汽船もその一社であろう。船主は、荷主と契約して輸送運賃を収受する日本郵船や商船三井のような海運運航業者にはならず、これら大手に船をチャーター・アウト(=用船に出す)して定期的にチャター料(用船料)をもらう船主専業者となった。なぜ運航会社ではなく船主業に特化したのかという理由は、運航会社(=用船者)は荷主から受け取る海上輸送運賃が荷物を積んだ後に受領する一方で、現金決済が必要な高額な燃料費(=バンカーと呼ばれる燃料代)や入港した港で払うタグ代やパイロット料金、岸壁使用料、税金などの港費を航海前に現金先払いするので手元に潤沢なキャッシュが必要なこと、運航会社は世界中の航路や拠点を維持する要員や代理店網が必要であり通常数隻しか所有していない船主では対応できないこと、船主は地場の造船所や金融機関など地方の海運クラスターを基盤として事業展開しており、東京や大阪に拠点を置く荷主とは疎遠であった事、かつては船主の信用力が無かった事、定期用船の用船料はスポットの輸送運賃より相場が安定的だったことなどがあげられる。なお日本郵船や商船三井のような運航業者は、オフバランスの観点から船主から借りてきた用船が増えているが、一部自社船も保有し船主業も兼ねている。

3)船主負担費用
このように船舶を所有する事と運航する事は、今では別の事業分野に分かれるケースが多くなったが、その費用負担はどうなるか。船主はまず金融機関の融資を受けて造船所で船を造り、用船料を原資にそのローンの返済を行う。船員を手配し船員費を支払いながら係船ロープやエンジンなどの部品・備品のほか潤滑油の補充を行い、本船の故障箇所の修理や必要なドックの手配を行って常に本船を航海に堪える状態に保持する。また衝突事故や座礁、船舶火災に対応する東京海上火災などの海上保険会社に船体保険を付保し、今回の油濁事故のような第三者への損害賠償のために船主相互責任保険クラブ(Protection and Indemunity Club = PI Club)の保険に加入して保険料を支払う。また安全運航や環境汚染に関する国際ルールの遵守も船主が求められる。これらを総じて堪航性を保持する業務と云い、航海に際して湛航性を担保するのが船主の責務である。

4)用船者(=運航者)負担
こうして稼働状態になった本船を借り受け船主に定期的に用船料(チャーター料)を払いつつ、荷主と輸送契約をし貨物を運び運賃を貰うのが商船三井のような用船者(=運航者)である。用船者は指定した港へ配船し、自らの費用と責任(あるいは荷主の責任)で荷物の積みおろしを行なう。世界中のどこへ、いつ配船するかは用船者の任意であるから、航海に必要なバンカーオイルの手配やその費用、入港した港の港費は用船者負担となる。船主負担と用船者負担の分担は、「船を常に稼働させるための費用は船主負担」であるのに対し「航路や積み荷など用船者の要求で変動する費用については用船者負担」が原則である。なお船が事故や故障で不稼働になると、オフ・ハイヤーとなって用船料は不稼働の期間について支払われない。

5)航路選定や事故の責任
用船者は任意に彼らの指定の荷物を指定の量を積み、指定した港に指示したスピードで向かえと船長に指示書を出す立場である。ここで用船者には、指定の港および航海海域は紛争地域でないなど安全な場所に配船する事が求められる絶対条件となる。このような役割分担・費用分担を定めたチャーター方式(用船方式)を定期用船契約(英語ではTIME CHARTER)と呼び、広く世界で普及している船舶の貸し借り形態となっている。それでは今回のような海難事故や油濁事故は誰の責任になるであろうか。海事に関わる事件を裁くのは今も世界的に英法が準拠法となっており、英法は周知のように成文法でなく判例主義なので、定期用船下でのトラブルについては膨大な議論がこれまで尽くされてきた。しかし事故の最終責任者は船長の雇人たる船長にあるという原則から、安全海域である限り事故や航路選定に関わる事項は、定期用船契約下で船長(船主)に帰するという結論が明確になっている。船外に流出したバンカーオイルも用船者の資産であろうと、その管理に対するすべての責任は船長にある。この点について定期用船契約に使用されるNEW YORK海運集会所発行の標準様式(NYPE FORM1981版)には次の様に記されている。

Nothing herein stated is to be construed as a demise of the vessel to the Time Charterers. The Owners shall remain responsible for the navigation of the vessel, acts of pilots and tug boats, insurance, crew, and all other similar matters, same as when trading for their own account. 訳;本様式の記載事項は用船者への責任移転とは解されない。船主は本船の運航、タグボートやパイロット『が例え用船者手配であっても』の行為、保険手配や乗り組み員、その他同様の事項に船主自身が航海したものと同じ責任を負うものとする。(注:『』内は筆者加筆)

この項目はDEMISE条項と呼ばれ用船契約の責任事項に関して述べたもので、これによって海難・油濁事故の責任は用船者の指示の下の航海でも用船者たる商船三井ではなく船主・長鋪汽船にあることが明確なのである。なお本船は再用船として、例えば長鋪汽船ー商船三井のスキームから川崎汽船など他運航者に再び定期用船に出される(長鋪汽船→商船三井→川崎汽船=運航会社として荷主と輸送契約)こともしばしばあるが、その際でも事故の責任は船主である長鋪汽船である。道義的・社会的責任は別として法的には船主の責任は重いのである。

追記;ファンネルマークや船体のロゴは定期用船契約上、用船者(=運航会社)が任意に書き換える事ができる。WAKASHIO号のファンネルもオレンジ色の商船三井カラーであるが、これによって輸送責任や事故責任の重さが変わるなどの法的効力は一切ない。

長鋪汽船と商船三井間で締結されたであろう定期用船契約標準様式のサンプル

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