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2020年3月

2020年3月30日 (月)

ちょっとだけヨ

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テレビもネットも武漢ウイルスの話ばかりでもう飽き飽きした。こんな時にこそ、日本は素晴らしいとか皆が幸せになるとかいう話を聞きたいものだが、相も変わらずニュースやワイドショーでは政府や行政、さらには日本人の欠点をあげつらうような批判記事ばかりが目立つ。この騒動が沈静化したら、一体どの識者やコメンテーターが一番国民の不安を煽ったか、この機に乗じて単に当局に対し批判の為の批判を展開したのか、誰かが一覧表でも作って発表してもらいたいくらいだ。そういえばこの週末には、町でクルマがエンコして大きな通りの真ん中で立ち往生する場面に2回も遭遇した。すると2回ともたまたま近くにいた歩行者やトラックドライバーが、頼まれたわけでもないのにクルマを安全な場所まで押す手助けをしていたが、それを見て東京人の協力の精神もなかなかのものだと嬉しくなった。我々の住む日本の社会は、毎日のように垂れ流されるいい加減な批判記事ほど酷いものとは私には思えない。


週末は東京都の外出自粛要請に加えて日曜日は都内でも雪で、まことに意気があがらない。こんな時はパァーと楽しい映像でも見ようと、ドリフターズの「8時だョ!全員集合」のDVDを取り出してみた。1970年代から80年代にかけて土曜日の午後8時、国民の半分が見た、と云われたオバケ番組の名作記念盤で、冒頭の「8時だョ!全員集合!」といかりや長介が叫ぶところから懐かしさと可笑しさで見るのを止められなくなってしまう。「タブー」の音楽に合わせて加藤茶が演ずる「ちっとだけョ~」、志村けんの「東村山音頭」や「カラスなぜなくの、カラスの勝手でしょう」など当時は子供の教育上まことによろしくない、と問題になった場面である。下ネタ満載の場面に涙を流して笑いながら画面を見ていると、妻には「あんたも好きネェ~」と笑われる始末。今あらためて見ても大がかりな舞台装置、ドリフターズの体を張った演技が素晴らしく、これを毎週公開生放送した関係者の努力に拍手を送りたい。


志村と桜田淳子の「淳子幸せ、♯タリラリラ~♬」などと云う新婚夫婦コントも子供には理解できなかっただろうが、それでも公開の劇場からは子供たちの大きな笑い声が聞こえてくる。もっとも画面からは、いかりやの「バカ~」というせりふや、容姿に対する悪口もひっきりなしに飛び出して、今ではとても放送できない内容である。それを考えるとこの番組が放送された頃から40年、この間に放送の規範が随分変わったことがわかる。当時はせいぜい世間の良識が許さないことぐらいが規制の基準だったが、今ではいじめや嫌がらせを思わすセリフのほか、いわゆるハラスメントの類がすべて口にできないようで、コメディの笑いも堅苦しくなってしまった。研ナオ子と志村との下ネタギャグで研が自分で笑い崩れてしまい演技にならない場面を見るにつけ、言葉狩りなどやめてもう少し大らかなセリフのやり取りが今の放送にあってもよいのにと思ってしまう。

と、ここまで書いたら志村けんさん死去のニュースが飛び込んできた。ご冥福をお祈りします。長い間、笑いをありがとう。

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2020年3月27日 (金)

連休 奈良・飛鳥訪問 (3)

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西の京駅

今回は楽しみにしていた2020年飛鳥の世界一周クルーズが中止となり、代わりのクルーズ旅行もすべて催行されず、それではと奈良にやって来たわけだ。せっかく奈良まで来たからには飛鳥にも足を延ばそう、という事で唐招提寺・薬師寺の後は近鉄橿原線で西ノ京駅から橿原神宮前駅に向かった。「飛鳥が駄目なら飛鳥に行こう」である。それにしても「西の京」駅を通る近鉄樫原線の路線図を眺めていると「尼ケ辻」「畝傍御陵前」などいかにも古都らしい駅名がならび、この沿線の歴史を感じさせてくれる。奈良から飛鳥に向かって並走するJR桜井線にも「京終(きょうばて)」「帯解(おびとけ)」「巻向(まきむく)」など味がある駅名があって旅心がくすぐられる。やたらに○○平やらXX台、△△丘などとってつけたような駅名が多い関東に住んでいると、案内標識の駅名を見ただけで由緒ある地にいるのだと実感させられる。


やってきた樫原神宮前行きの近鉄電車は通勤車輛の主力8000系で、例によってかぶりつきに陣取って大和路を南下する運転台の様子を楽しむ。みるとこの車両は東京近郊では少なくなってきたブレーキハンドルとマスコンの旧来の2丁ハンドルで、アナログな計器やスイッチが運転台に並んでいる。駅進入の際は比較的早くから減速してゆっくりと停止位置に向かうが「プシュー、プシュー」とブレーキハンドルを細かく操作する制動は、ワンハンドルが主流になった関東の幹線ではあまり見かけなくなった光景である。日本全国、地方や鉄道会社によって少しづつ運転方法や標識が異なるのだが、それを体験・見学するのも旅の楽しみだといえよう。関西のJR西日本の電車に乗ると感じるのが、女性の英語車内放送の"STATION NUMBER"のNUMBERの部分に疑問符が続くような、シンガポール英語のようなアクセントが少しあることだ。乗り換え案内の車内放送で喋る"TRANSFER"のERにもややシングリッシュなまりがあって、新幹線から関西のJR電車に乗り換え英語の車内放送を聞くたびにいつも妻と二人「関西に来たね」と思わず視線を交わしてしまう。


こうして訪れた飛鳥である。樫原神宮前駅で自転車を借りて甘樫の丘、石舞台、高松塚古墳など計15キロほどを半日かけてめぐり、最終日は日本最古の神社の一つと云われる大神(おおみわ)神社にお参りしたのち、山の辺の道の一部を桜井市まで歩いてきた。晴天に恵まれたうえ「大人の休日倶楽部・ジパング」で東京・奈良の往復が二人で4万円ちょっと、奈良駅前のネット予約でとったホテルは2人で2泊14,000円、貸自転車やら拝観料、駅弁など入れても2人で6万円そこそこの旅であった。あちこちの土産物店やレストランで「商売はどうですか?」と尋ねると、いちように「一時は死んだようになっていましたが、この三連休で少し人が出てきてくれて、ちょっとホっとしているところです」との答え。武漢ウイルスのため今回はどこに行ってもゆっくり楽しめたが、またいつの日か、平城宮の再建工事が進んだら来てみたい場所である。「大和はくにの まほろば たたなづく 青がき 山ごもれる 大和しうるはし」

甘樫丘から見る耳成山(左)と香久山(右)
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2020年3月25日 (水)

連休 奈良・飛鳥訪問(2)

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復元された平城宮朱雀門

妻の希望で当地名産の大和牛を食べ満足した翌朝も、起きると奈良の上空には青空が広がっていた。朝食前に日課のジョギングを済ませようと、ホテルから距離的に適当と思われる平城宮跡まで走って行くことにした。平城宮は奈良時代の国の都であった平城京の最北部に位置する東西・南北およそ1キロほどの一画で、大垣で仕切られて庶民が行き交う町とは区別されていたとされる。その中には政治や儀式を司る役所や天皇の住まいがあったと云うから、今でいえば霞が関と皇居が一体になったような場所である。平城宮は都が京に移った後は埋もれてしまい長い間田畑になっていたが、そこを国営公園としてかつてのように復元するプロジェクトが進行中である。


ここではすでに平城宮の入り口にあたる朱雀門や政治・儀式の場である大極殿の壮大な建物が復元され、整備中の広大な公園を突き切って近鉄奈良線の電車が走っている。かつて修学旅行に来た際にはまだ始まっていなかった工事で、東京にいるとこのようなロマンあふれる大プロジェクトが奈良で進んでいることなど知る由もなかった。発掘調査が一部で行われている公園の整備予定地を、名阪間で運転を始めたばかりの近鉄の新型特急「ひのとり」が奈良線の試運転列車として通過して行ったが、奈良の古都と朝日に映える最新鋭の車両のコントラストが印象的であった。


朝食をとった後はバスを使って西の京、唐招提寺や薬師寺にお参りする。このあたり周囲はたおやかな山に囲まれ流れる川はせせらぎ、穏やかな春の日差しに寺の照葉樹林も活き活きとして見える。東大寺や興福寺など奈良市中の大伽藍に比べると、どこもお参りする人たちの数が適度に減り、薫風の下、「あおによし奈良の都は咲く花の」という歌が自然に脳裏に浮かんでくる。唐招提寺の鑑真大和上のお墓に詣でると、なぜこんなに立派な高僧を生んだ当時の先進国が、王朝や君主が変わり没落していったのか、中国や朝鮮半島国家の覇権争いや政権交代の過酷な歴史と、それらと一歩も二歩も距離をおけた我が国の歴史的行幸に思いを馳せるのである。旅は良いものだ。

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奈良線試運転で平城宮跡を快走する近鉄の新型特急ひのとり

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唐招提寺

2020年3月24日 (火)

連休 奈良・飛鳥訪問(1)

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鹿と興福寺

飛鳥Ⅱの2020世界一周も中止、ほかのクルーズも皆催行中止となって寂しい春となってしまった。しかたなく春分の日3連休は、「大人の休日倶楽部ジパング」を利用し、3割引きの新幹線「ひかり」で、かねてから行きたかった奈良や飛鳥を楽しむことにした。「大人の休日倶楽部ジパング」では「のぞみ」に乗車できないが、時間的には「のぞみ」に対し「ひかり」に乗っても東京―京都間でわずか30分しか到達時間が違わない。また外国人旅行者用のジャパン・レイル・パスも「のぞみ」に乗れないため、ふだんは外国人で混み合う「ひかり」も今ならゆったりと利用できる。連休中の奈良の天気が晴天であることを見極められるぎりぎりである出発前日まで待っても、ホテルの予約が簡単にとれたのも正に武漢ウィルス騒動でどこも空いているおかげであった。


奈良訪問といえば中学の修学旅行以来、50数年ぶりだが、新幹線で京都駅についた後、奈良までの列車について時刻表検索をすると、すべてJR奈良線を利用する表示が出るのに困惑した。私が神戸に住んでいた前回の東京オリンピックの頃は、京阪神間の移動は不便な旧国鉄ではなく阪神・阪急や京阪電車を使うのが普通で、奈良も大阪や京都から近鉄電車で行くものだった。奈良線などと云うとディーゼル車が単線をトコトコ走るローカル線のイメージで、運転本数も少ないし時間もかかって不便だろうと思い込んでいたのだが、JRになってからの関西アーバンネットワークはまさに隔世の感ありだ。今では221系電車を使った「みやこ路快速」なる列車が京都‐奈良間を45分で結び、西大寺で乗り換えが必要な近鉄電車よりも便利。しかもネットで予約できる新しいホテルは、近鉄奈良駅の近辺よりJR奈良駅の周囲に多く、なおさらJR奈良線利用が便利になった。おそるべしJR!。


という事で初めて乗った奈良線「みやこ路快速」で連休初日の快晴の下、ごく快適に奈良の町に到着した。まず訪れた東大寺や興福寺などは「ひので」号で来た中学の修学旅行で確かに見物しているのだが、当時の思い出といったら好きな女の子と観光バスで横に座るれるかとか、今晩は雑魚寝の大部屋でどうやって騒ごうかなどといった事ばかり。改めて大人の視点で奈良の大伽藍や春日大社を巡ると、仏教が伝来した意味、律令体制下の仏教と国家の庇護、大陸や朝鮮半島との関わり、日本独自の仏教の発展、神道との距離感や混淆など、いまのわが国の在り方を考えるきっかけが多々得られそうだ。もっとも出発前に関西出身の知人から「いま外人観光客が来ず鹿せんべいやりが少なくなり、腹をすかした鹿たちが怖いから気をつけて」と言われた通り、妻が鹿せんべいを手にしたら、はやる鹿の群れに尻や足を噛まれ半べそになっていた。これはこれで今ならではの良き思い出となろう。

2020年3月19日 (木)

高輪ゲートウエイ

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史上最速で桜の開花が報道されたように、東京にいつもより早い春がやってきた。陽気に誘われるまま、会社の昼休みにこの3月14日に開業した「高輪ゲートウエイ」駅までぶらぶらと散歩に行ってみる。「高輪ゲートウエイ」は山手線や京浜東北線にできた久しぶりの新駅で、駅名公募の際には「高輪」や「芝浦」「芝浜」と云う多くの応募名をおしのけ、とってつけたようなカタカナの名前が採用され話題になった駅である。近くにある江戸時代の高輪大木戸がゲートウエイの名の由来だとされるが、このあたり田町から品川の間は、山手線でも駅間距離が2.2キロと一番長かった区間で、その中間に新しい駅ができたことになる。

もっとも新駅が造られた場所は、その海側(東側)にJRの広大な車両基地が広がっており、当面そちら側からはアクセスができない変則的なところである。開業当初に出入り口が設けられたのは山側(高輪側)のみで、その近隣は泉岳寺などの寺社のほかは高級住宅地街が広がり、それほど多くの人が利用するとは思えない環境だ。またほど近い場所に京急・都営地下鉄の泉岳寺駅があるので、新駅を造っても、利用者が少なくて有名な京浜東北線の上中里駅(北区)のようなことになるのではと危惧される。しかし新駅の地区は近い将来、品川の再開発プロジェクトの一環として高層オフィス街の建設と就業人口の増大が期待されているそうで、それに対応してJRは世界へのゲートウエイの役割を担う駅を開きカタカナ駅名を採用したのだと云われている。

開業した真新しい駅に行くと、昼休みもあってか駅前は利用者より見物客が多く、高架の駅前テラスから風景を眺める人、駅舎をバックに記念撮影する人などが目立つ。ふと傍らを見ると3~4名の中学1年ほどの男の子たちの会話が聞こえてきたが、そのリーダーはよほどの鉄道少年らしく、開業した駅の事を自慢げに仲間に語っていた。昼のそよ風の下、聞くともなく彼の話を聞いていると、そのうちに鉄オタの性か、こちらも誰かにウンチクをたれたくなってきた。「よく知っているねえ~」と少年に声をかけ、「目の前に広がる線路にはかつて田町電車区や品川客車区、東京機関区があってね、新幹線ができる前の東海道線の特急や急行が整備されて運転されていたんだよ」とつい鉄の先輩風を吹かしてしまう。と、神妙に聞き入っていた子供たちの脇の中年男性がにこにこして割って入り「良くご存じですね、勉強になります」と答えてくれる。「あ、お父さんですか、これは失礼」と赤面の体であわてて話を切り上げ会社に戻ったが、知っている知識をつい偉そうに誰かに喋りたくなってしまうのは変わらぬ我が性癖なのだろう。

2020年3月14日 (土)

これから武漢ウイルスと呼び続けよう

乗船予定だった飛鳥Ⅱの2020年世界一周クルーズが中止になり、取り敢えず代わりになるものとして申し込んでいたにっぽん丸の「飛んでクルーズ沖縄」も催行中止になってしまった。日本船だけでなく世界中でクルーズ船の運航が難しくなって、個人的には余ったエネルギーをどう使うかに心を砕く日々だ。この機会に中国人や韓国人が消えてゆっくり見物できる京都や奈良観光に出かけるか、はたまたフェリーを乗り継いで日本一周してみようかなどと計画を練り始めているところだ。クルマの調子が悪っかたので世界一周クルーズから帰国した7月に、バッテリー充電と一緒に直そうかとディーラーと話していたのも、予定を変えて急遽修理に出すことにした。それにしてもインフルエンザよりも感染者が少なく、普通の若者なら感染しても軽症にとどまると云うから、センバツ高校野球までやめる事はないじゃないか、と思うが、今回は「罹るのは自己責任」と言っておられず、被害者がただちに加害者になってしまうのが恐ろしいところだ。


都内ではあちこちの会社で在宅勤務が始まっており電車がすいている。銀座通りはこの騒動の前は中国人の団体でごった返してまっすぐ歩けなかったが、かつての人混み程度に落ち着き「ギンザ」という風情が戻ってきた。皇居周回ジョギングコースは、欧米人と違って人の気配にうとい中国人団体が大声で道幅一杯に広がって歩き、ところどころ走るのもままならなかったが、最近はスムースに走れるようになったのも思わぬ余波だ。接待用のレストランは予約なしに飛び込んでもだいたいあいているし、公園からは長期休校になった子供たちの声がこだまして、町がいつもと違った風情なのも面白い。とはいうものの急遽在宅勤務を導入した多くの会社は、自宅に居ても通常と同じ対応をしますとしているが、ペンディングになっていた事項に対して進展の提案をしても返事が来ずで、その影響は小さいとは云えない。


SARSなどいくつかの疫病に続き、今回も中国起源の感染症が世界中で猛威をふるうことになった。まことに迷惑な話である。中国の統計数字などは到底信じられないが、ようやくこの騒動も一応彼らの国内では感染の勢いが一時ほどではなくなってきたと伝えられる昨今だ。こうなると中国は自国の強権的な対策を自賛し、あろうことか今回のは「日本型ウイルス」であるとか「ウイルスは米軍が武漢に持ち込んだ可能性がある」などとデタラメを発信し始めたそうで、彼らは世界に迷惑をかけたなどと露ほども思っていないのだろう。嘘も100回繰り返せば本当になると云われるから、これからも中国は被害者であり感染を効率よく抑え込んだなどという与太話を世界で拡散して行くことだろう。この調子で彼らは「天安門事件」はなかったことにし「南京大虐殺」があったと歴史を改ざんしてきたわけだ。日本もアメリカのポンぺオ国務長官に倣って、これから武漢ウイルスと呼び続けることが事実改ざんを許さぬために必要である。愉しみが武漢ウイルスでなくなった者の恨みぶし。

2020年3月 9日 (月)

箱根の区営保養所

コロナウイルスのニュースには飽き飽きした。無責任に関係者への批判ばかりを垂れ流す評論家やコメンテーターの意見はもう充分だ。ちょっと前まであれほど大騒ぎをしていた「桜を見る会」など皆もう忘却の彼方らしい。さすがに外出から帰ったらうがいや手洗いは励行しているが、それ以外はごく普通に暮らしている私には、このコロナ騒ぎにうんざりするばかりだ。ただ一つ考えることは、ここ数十年、人や資本の自由な移動を目指してきた世界の流れが、トランプ大統領の政策やブレクジットと相まって、ウイルス騒ぎを契機に国境や国家の壁が高くなり、脱グローバル化の枠組みへと変わっていくかも、という事くらいだろうか。

 

小人閑居して不善をなす、世の中では無駄な外出は控えよの掛け声がこだまするが、蟄居していても碌なことはない。週末は箱根強羅にある区営の保養所に行ってきた。あいにくの天気だったが、雨に打たれながら強羅の露天風呂に浸かっていると、周囲の木々のつぼみも膨らんで春が近いことを実感できる。驚いたのはこの時機なのに、全部で30室程ある保養所の部屋がほぼ満室だったことだ。昨年11月の台風19号に伴う豪雨被害で箱根登山鉄道は運転されていないから、クルマで来る宿泊客が多いことは予想していたが、正規の駐車場がいっぱいの際に回される従業員用駐車場まで満車だったのは初めての経験だった。みな宴会自粛や自宅待機に飽きているのだろう。

 

保養所の食堂は「ビュフェスタイルがウイルス拡散にいけない」とのお達しで、各自が取りに行けたコーヒーが従業員がサービスする方式になっていた。学校や幼稚園が一斉休校になったせいで、3月初めというのに家族連れや元気な子供たちの姿が食堂では目立つ。そのほか最近の傾向として、中高年の男性だけのグループがちらほらと散見される。学校時代の仲間か、リタイヤした元の職場の同僚か、みな和気あいあいと酒を酌み交わしていた。高齢化社会になって男性は孤独で取り残されがちなどと云われるが、こういう場所で昔の仲間と温泉に浸かりながら飲み会をするのも良いものだろう。区営のこの保養所もかなり古くなったが、運営は民間業者に委託されており清潔で安価、世の中がシュリンクするこんな騒動時の息抜き場として最適だ。

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追加で注文した特別料理、かさごの唐揚げ820円也

2020年3月 4日 (水)

千鳥ヶ淵の寒桜

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今年は暖冬で桜の開花が早いそうだ。今日は千鳥が淵の寒桜が満開。居並ぶソメイヨシノも今や遅しと開花を待っているようだ。桜が満開の頃にはコロナウイルス騒動も一段落してほしいと願う。

2020年3月 2日 (月)

トイレットペーパー買い占めとコロナウィルス

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春めく中、ジョギング途中に東京マラソンの大迫選手(バイクの前)らを応援

三寒四温のころとなった。暖かい日には短いジョギングパンツで足を出して走ることができ気持ちよい。昨日はジョギングがてら、市民ランナーなしの東京マラソンを沿道で応援した。コロナウイルスのことを私はほとんど気にしていないのだが、閑散とした街を見ると、暖かくなるにつれこの騒動も下火になってほしいと思う。ところでジョギングしながらドラッグストアの前を通ると、分別ありそうな若者が、購入したてのトイレットペーパーの束を抱えて出てくる光景に出くわした。中国の生産がストップして紙製品が品薄になるなどいう話は完全なデマだとわかっているのに、それでも彼らが焦って買うのは、皆が買うと品切れになるからその前に買っておきたいという心理なのだそうだ。無駄な連想ゲームごっこは何ともご苦労なことだ。

 

昭和48年(1973年)のオイルショックの時もトイレットペーパーが店頭から消えたが、当時と違ってウォシュレットが普及し紙を昔ほど沢山使うわけでもない。それでも真っ先にトイレットペーパーが品薄になるという現象を見ると、危機の際の人間の深層心理と、トイレットペーパーがどこかで結び付くのだろうか。デマといえば関東大震災の際に朝鮮人が暴動を起こすと云う噂が流れ大混乱になったそうで、それから100年近くたち、これだけ情報網が発達した世になっても人々の行動はそう変わらないものだと感じる。そういえば3.11の福島原発事故で東京も放射能汚染で危ないとデマが巻き起こったときには、友人の会社に勤める若者が会社を辞め、地縁も血縁もない西日本にあたふたと逃げて行ったことがあった。心配性というか、おっちょこちょいというか、彼などは今頃またトイレットペーパーやマスクの列に並んでいるのだろうと想像してしまう。

 

個人としては外出から帰宅したらうがいをし、手をきれいに洗ってはいるものの、コロナ騒動もなんだか他人事のように感じ、騒ぐメディアを小ばかにしていたら、なんと知人夫妻がダイヤモンド・プリンセス号に乗船しており、船内検査で陽性となって隔離されていたそうだ。彼らとは2011年の飛鳥Ⅱワールドクルーズで知り合い、その後も年に2回ほど飲み会や旅行など定期的な集いをもっていたので、身近にコロナウイルスに感染した人が出たことになりびっくりである。まさに災難は忘れた頃にやってくるものだ。習近平の訪日が延期されるかもしれない、などと云うニュースもやっと出始めているが、もし彼が4月にノコノコとやってくるようなら「中国は軍備拡大に使う予算があったら、国内の衛生管理や疫病予防にそれをすべてまわせ」ときつく安倍総理には申し渡してほしいところである。

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