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2020年1月 4日 (土)

箱根駅伝・記録の変遷から思う

20200104

正月は特に予定もなくのんびりであった。2日と3日は朝だらだらと起き、テレビのスイッチをオンして箱根駅伝を眺めていた。天気も穏やか、新しい高反発シューズの効果もあるのか、今年は区間新記録の連発で青学大が10時間45分台の新記録で優勝した。半世紀ちかく前、たまたま好運に恵まれて私が箱根駅伝を走った頃と較べると、トップの記録が約一時間も早くなっており、かつて参加したスポーツとなにやら別の競技かとさえ思えてくる。それもその筈、アナウンサーの解説では近年10000米の記録が28分台の選手が箱根には多数出場しており、中には27分台で走るランナーもいるそうで、それを聞くと時代が変わったと思わざるを得ない。

ちなみに我が家にあった1974年11月の陸上競技マガジンを取り出して見ると、トラックシーズン終盤の同年10月12日現在でその年の10000米学生記録トップは、大東大・大久保初男選手の29分19秒で当時28分台の学生選手はいなかった。記録の進歩に驚きつつテレビを眺めているうちに、この50年でどれだけ箱根駅伝の記録が変遷したのかを比べてみようとにわかに思い立った。と云っても箱根駅伝の記録は当日の天候もさることながら、年によってコースが変わっており厳密な意味での比較は無理である。私たちが走った頃は2区・9区は横浜駅の山側を走っていたし、10区も大手町の読売新聞本社には日比谷通りの馬場先門を直進してゴールしていた。選手、役員を悩ませた京急線の蒲田踏み切りももう無くなった。

正月で呆けた頭の体操、今昔のタイムを比較するために、自己流で以下の方法を考えてみた。1982年(58回大会)までは2区・9区で横浜駅は第二京浜国道を走っていたが、今は第一京浜を使用しており距離は昔の方が片道約1500米x2=往復3000米長い。また75回大会(1999年)以降、10区は日比谷通り馬場先門を右折して中央通り京橋・日本橋経由大手町読売新聞までゴールしており、その走路は以前に較べて1700米現在の方が長い。一方、箱根の函嶺洞門のバイパスや元箱根市街を走る走路の変更は誤差として考えなくてよいだろう。選手の速さを時速20キロとすると、1982年以前の記録は横浜駅付近で走路が短くなったのとゴール前で長くなった分を差し引き1300米分、4分マイナスをすればよいし、また1990年の記録は10区のゴールが短い分5分プラスすれば帳尻があいそうだ。

以上、1970年と1980年は1.3キロ分(=4分)差し引き、1990年は1.7キロ分(=5分)プラス補正してこの50年間の優勝校、10位と最下位記録をみると次のようになる。

  1位 10位 最下位
1970年 46回大会 日体大 11時間31分21秒
(補正後11時間27分21秒)
駒沢大 12時間11分15秒
(補正後12時間07分15秒)
拓殖大 13時間11分31秒(15位)
(補正後13時間07分31秒)
1980年 56回大会  日体大 11時間23分51秒
(補正後11時間19分51秒)
東海大 11時間54分56秒
(補正後11時間50分56秒)
法政大 12時間13分20秒(14位)
(補正後12時間09分20秒)
1990年 66回大会 大東大 11時間14分39秒
(補正後11時間19分39秒)
法政大 11時間40分12秒
(補正後11時間45分12秒)
亜細亜大11時間54分47秒(15位)
(補正後11時間59分47秒)
2000年 76回大会 駒沢大 11時間03分17秒 法政大 11時間23分27秒 東洋大 11時間40分45秒(15位)
2010年 86回大会 東洋大 11時間10分13秒 明治大 11時間21分57秒 亜細亜大11時間41分09秒(20位)
2020年 96回大会 青学大 10時間45分23秒 東洋大 10時間59分11秒 筑波大 11時間16分13秒(20位)

これで気が付くのは箱根駅伝の高速化だ。特に注目されるのは中位~下位校の底上げで、今年の最下位だった筑波大も10年前なら上位に入っていた記録だと云える。1980年代後半にテレビの完全中継が始まってから箱根駅伝が関東の大学の宣伝の場となり、多くの新興校や、これまで運動に力を入れてこなかった学校が箱根駅伝予選会に出るようになった。それにより中~下位の学校の底上げも顕著になったが、陸上競技の一部としてではなく駅伝だけに力を入れる学校や、長距離の選手ばかり特待生が多い学校もあると聞く。またアフリカ人選手を取るためにブローカーが暗躍するという話もしばしば耳にする。選手の努力には大いに敬意を表するものの、いまや「良きアマチュア」とか「文武両道」から離れ、専門化しているかの箱根駅伝である。私には箱根駅伝は青春の良き思い出だが、テレビ中継するアナウンサーの絶叫を聞いていると、商業主義に陥った大会がこのままでよいのか、という気持ちも一方でわいてくる。

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