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2019年12月 9日 (月)

沈香も焚かず屁もひらず

最近、ある業界トップ企業の子会社に出入りしている。親会社は誰でも名前を聞けば知っている大会社である。12月に入りその会社と恒例の忘年会をしようと持ちかけると、今年は残念ながら外部の人との飲み食いが一切できないと担当者から答えが返ってきた。一体何がおこったのか無理やり聞くと担当者は重い口をひらき「会社のマネジメント数名が業者にたかって飲み食いしてたのが分かって問題になり、今年は会社全体で一切の対外的な会食が禁止になりました。残念です!」とのことだ。

そういえば少し前に船員が飲酒によって操船事故を起こしたある海運会社も、事故とまったく関係ない営業や経理部門の社員までも社外での飲酒を禁じられていた。業者との癒着問題がおきたり飲酒が原因で事故が起きた際に、本来なら当該関係者だけ処分すれば良いのに、旧式の軍隊ばりの連帯責任で、会社全体が「自粛」と云う名の強制を強いられる風潮がなんとも情けない。どうせ弁護士やコンサルタントあたりの入れ知恵で、なんでも「安全第一」「会社ぐるみの謙虚な姿勢」を示せば良いと云うところだろうが、とんだとばっちりを喰った他の社員の歎きがあちこちから聞こえてくる。

おりしもNHKの大河ドラマ「いだてん(韋駄天)」では、先の東京オリンピックの大功労者である田畑政治の活躍が紹介されている。ドラマなので脚色があるにせよオリンピック成功のために身を賭しての田畑氏の活動は、選手第一主義を貫き、時に独断、時に越権の大奮闘ぶりである。今で云えばコンプライアンス違反、ガバナンス無視と罵られるであろうが、当時でも彼の行動は大きく規範からはみ出していたに違いない。難局には彼のようなリーダーが必要ということをこのドラマは語っている。

ひるがえって「コンプライアンス」や「ステークホールダーのため」と云う逃げ口上で型にはまったようなお詫びや安全第一主義に固執する現在の組織人を見ていると、この先田畑氏のような傑物はもう出てこないだろうと残念だ。田畑氏だけでなく戦後の復興や高度成長をリードしたような経済界の大物人材の再出現も期待できないようだ。日本が失われた20年から浮上できないのも、欧米式のコンプライアンスやガバナンスばかりに気をとられ、「沈香も焚かず屁もひらず」のリーダーが多いことに、その原因の一端がある気がしてならない。

20191209
名だたる大企業が立ち並ぶ丸の内

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